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    viva la vida(前)勤務時間外に一堂の見舞いに行った。
    怪獣相手のやっつけ隊の中でも、嬉々として怪獣に向かい、粗暴な冷越のプロレス技にも笑顔で技をし返し、可愛い顔して人使いの荒い女子隊員及び物星のダメ出しにもめげず、大間にオカズを取られてもヘラヘラ笑っている、あの一堂が、仕事中に倒れた。

    「検査は一通りしましたがね。自律神経のバランスを崩してる、で片付けられちゃいましたよ。帰りたかったのに、今晩は休養して帰れってさ」

    少しはしおらしく、病室のベッドで伏せっているかと思いきや、病院のご飯は薄味だ、物足りないからカップラーメン買ってきてなどと、上司を使いっ走りとしか思っていない言動に、ひとまず大丈夫かと安堵した。

    「給湯室、曲がって右ですよー」
    「わかっとるわっ!」

    病院に運んで付き添いをしてやったのだ、隊長である、この俺が。付き添いをそこそこにして、一旦、俺は隊の仕事に戻り、定時過ぎてから、また駆けつけた。当然こんなもの、時間外手当も出ない。部下の体調を把握するのもこちらの仕事だが、管理まではやっとれん。

    「お前、こーゆーのばっかり食べてるから倒れるんじゃないのか」

    三分も待たずに、一堂は俺が湯を入れたカップラーメンに食らいついた。言っても無駄か。食べることは好きらしいが、大間や出瀬みたいにグルメというわけではないようだ。当然物星や女子隊員みたいに健康やら美容やらに気など使うはずもない。

    「事代隊長、どーせ暇でしょ?潔くんがくれたお見舞いの本でも見てみます?」

    俺の説教を聞きたくないのか、一堂は俺に雑誌を手渡した。

    「……でらべっぴん……」
    「隊長殿は、お尻派ですか?だったらこっちかなぁ?私はどちらかと言えば、胸派なんですけどね」
    「いらんわっ、こんなもん」
    「ダメですよー、ちゃんと抜かないと」

    もちろん肩の力ですよと、一堂は、いつもどおりの人を食ったような笑顔で、カップラーメンの汁をすすった。しょっぱい、旨いと歓喜の呟きをあげる。この男は個性が強いように見えて、一人だとこれと言った特徴がないのだ。各隊員に見られる、拘りというものがない。

    「俺が来なくても大丈夫そうだったな。河川にでも来てもらって、林檎でも剥いて貰えば良かったか」
    「……ほんと、みんな、そういう話好きだな」

    呆れたように一堂が呟いた。拘りに乏しい男は、殊更、そちら方面には興味を持とうとしない。

    「実際のところ、どう思ってるんだ?河川はお前に気があるみたいだぞ」

    冷越や出瀬の下ネタには大笑いして乗っかるものも、生身の人間に対しては興味が薄い。

    「やめてくださいな。唯ちゃんは妹みたいなもんですよ。彼女にはもっといい相手が見つかりますって」
    「お前、その若さで何を捨て鉢になってんだ」
    「仕事が恋人ですもん。隊長もそうでしょ」

    朗らかになる雑談しかせず、メシは手っ取り早く腹を満たすものと割り切り、なんのかんの言いながら、牛馬の如く働く男だ。

    「お前は、天職かっていうくらい怪獣退治が好きだもんな」
    「でしょ?」

    いや、そうでもないか。たまに、怪獣たちが街をしっちゃかめっちゃかしているときに、この男を探しても見つからない場面が多々あった。時間にして四、五分と言ったところだが、どうせサボるなら時と場合を選ばないのか、この男は。

    「おや、もう帰るんですか?隊長殿?」
    「明日も、俺は仕事だからな。お前はきちんと体を休めとけよ。復帰したら、こき使ってやる」
    「ええーっ。これあげるから、気を取り直して貰えませんか?」

    一堂は、出瀬から見舞いに貰った本を、無理やり俺に押し付けた。

    「いらんわ、胸も尻もっ!」
    「一人暮らしだから、なんの気兼ねもないはずでしょ?無理しちゃってー」

    一堂は病院の玄関先まで俺を見送ると、今度キャバクラに連れてってくださいね、とニッコリと笑った。


    出瀬から見舞いに貰った本は、俺のカバンの中だ。食うことと眠りが満たされて、ようやくそちらに気が回る。カバンの中で眠る、綺麗なネーちゃんたちのしどけない姿を想像しながら、俺は家路に向かった。

    怪獣相手の稼業である、やっつけ隊も詰まる所はサラリーマンだ。生き甲斐やら人のためにといった精神面の栄養だけで生きていける年齢は、俺はとうに過ぎてしまった。自分より世代が一つ下の一堂、もう少し下の河川たちが、理想や情熱だけで、怪獣退治を乗り切っている姿を見るたび、どうか、お前たち、人生に響く怪我や、死ぬことだけにはならないでくれと、願わずにはおれない。
    こんなに臨時出動が多いとコンパすら出来ないとボヤく出瀬に、嫁が欲しけりゃ他の仕事の方が割があうぞと、返したこともあるし、酒乱の気がある冷越の飲み屋での喧嘩騒ぎなど、勤務時間外で、自分で責任が負える範囲ならと黙認している。他の連中も、給料や時間が許す範囲内で、怪獣退治以外の時間を楽しんでいる。大間は大食、宇留は装飾、物星は女装、河川は、病弱の母の代わりをやっているから、大変な分、家族と過ごす時間を楽しんでいるようだ。

    仕事以外の生き甲斐を持って生きている。この先の憂いも、過去に上手いことやれなかった後悔も、みんな騙し騙しだ。


    「カッコいいスーツ姿ですね、隊長。彼女とのデートに着たりするんですか?」
    「先週、振られた」

    俺も大概なお人好しだ。一堂を快気祝いと称してキャバクラなんぞ連れてってやったのだ。俺のスーツを褒めていたが、この男だって細身で程よく筋肉のついた身体で見栄えのするジャケットを羽織り、腰から脚の曲線がわかりやすいズボンを履いて、華のある雰囲気を纏わせている。次から次へと転がる会話に、俺なんかそっちのけでキャバ嬢たちと盛り上がっていた。

    「見る目がなかったんですね、彼女さん。大丈夫。生きてさえいれば、必ず次の人が見つかりますよ」
    「適当なこと言うな、馬鹿野郎」

    生身の人間に興味が薄いくせに、身近にいる女性隊員の好意も素知らぬふりをするくせに、そのくせ、モテる余裕を上司に平気で見せつける。

    「お前なんか大っ嫌いだ」

    なんでこんな奴と肩を並べて、繁華街の灯りを背に、帰り道を共にしているのか分からない。夜の帳が下りてから随分とたち、日付けが変わろうとしている時間だ。お互い肌寒さを感じたのか、連れ立って歩く距離が近い。

    「私は好きですよ、隊長のこと」
    「酔っとるなー。ほら、まっすぐ歩かんか」

    俺が言うや否や、一堂は肩を借りていいと了承を得たとばかりに、俺の肩に腕を回し体重を預けてきた。こういうところだ、この男の食えないところは。

    「俺が見舞いに行った晩、怪獣が暴れてた場所で、病院にいるはずのお前が倒れていたのは何故なんだ?」
    「……………すみません」
    「黙秘権ってやつか?二度も運び込まれた病院で、お前に会った早々、ぶん殴った俺も悪かったがな」
    「参ったな。隊長のこういうとこには」

    この男なりに反省しているのか?目を伏せて気弱に呟く一堂を見て、俺は快気祝いの今晩だけは楽しい気分にさせておくべきだったと、軽くため息をつき、体重をかけてきた一堂の腕を握ってやった。

    「もう怒ってないぞ、一堂」
    「お前、自分がどうなってもいいのかって、言ってくれましたね。隊長はそういう人です」
    「それ以上しゃべるな、酒くさい」

    安酒を飲んだせいか、一堂の体が暑い。

    「なあ、一堂」

    掴み所のない男の腕を掴み、俺は故意に足取りを止めた。

    「こんなことを言う俺は、隊長失格かもしれんがな。生き甲斐や誰かの期待だけに、自分の人生を捧げるような真似は絶対するな」
    「………それ、自分に言ってます?」
    「今日のネーちゃんたち、綺麗だったろ。あと、河川もな。ああいうのは、男の心を慰めてくれる。一堂、お前はよくやってるぞ。たまには出すもの出してスッキリしろ」
    「お説教と思いきや、まさかの下ネタですか。酔ってるなー、隊長も」
    「出すのは日頃溜まった膿みだ、馬鹿もの。キャバクラ連れて行けというあたり、お前にも、まだまだそういう欲があるんだろ?」

    うるさい小言を紛らわすかのように、一堂は俺の肩に回した腕で、俺を引き寄せながら歩き出す。

    「いい男だね、隊長。なのに、なんで振られるかなあ?」
    「……恋とか、したことあるのか。お前」

    俺たちの歩みと共に、繁華街の灯りもまばらになっていく。飲み屋や日頃の寂しさを紛らわす店も途切れ出し、人通りも少なくなった。男二人、暗闇が目立つ方角に進んで行く。

    「見てる分には可愛いけど、めんどくさいでしょ、女の子って。いろいろ自分のことを探られるのは苦手なんですよ」

    ここも、黙秘権か。キャバクラの様子や河川たちへの対応を見ていると女慣れはしているし、出瀬たちの下世話な話もついていけるほど世慣れもしている。なのに、ある一定の線以上は決して踏み込ませない。

    「はっ。まるで正体を明かしたがらないどっかのヒーローみたいなやつだな、お前は」
    「近いね。いい線いってますよ、隊長」
    「人のために生きるという志を利用する輩なんて、いっぱいいるからな。俺なんか、その最たるもんだ。使い勝手の良いお前に倒れられては困る。息抜きに付き合ったんだから、明日からキリキリ働け」

    自衛隊から栄転と言う名の左遷を受けて、俺は怪獣退治の最前線に立たされている。子供の頃に抱いた誰かの為にという夢も希望も、大人になってからことごとく粉砕された。あとは時間と若さと身体を引き換えに金を貰って、また時間を潰す日々だ。

    「それに、怪獣退治と言っても、どこかの酔狂なヒーローもどきの奴が、いつも自動的に怪獣をやっつけてくれるだろ、なんだっけ、あいつの名前は……ええと」
    「ワラトルマンね」
    「そうそう、あいつ。見えるところは一生懸命やっといて、ヤバイところは全部あいつに任せとくくらいでいいんだ」

    俺たちが危険な目にあうことも、手を汚すこともない。怪獣退治にあたる俺たちの前に、いつもあいつ、灰色と赤のペインティングを施した巨大な怪人ワラトルマンが立ちはだかり、盾となり剣となってくれるのだ。ワラトルマン自身に、それが何の得になるかはわからない。いつも罵声や僅かな賞賛を背に、怪獣とともに何処かへ去っていくだけだ。

    「お前が、病院から抜け出して、命をすり減らす必要なんかないんだぞ」

    とりあえず人類を助けてくれる、ヒーローもどきに全てを追い被せておけばいい。

    「いまの、ワラトルマンが聞いたら、がっかりするんじゃないかなー」
    「知るか。俺には生活の安定と、手持ちの駒が大事だ。そう言えば、お前が抜け出した晩、現れた怪獣相手にワラトルマンも苦戦してたな」
    「まさか、あの怪獣が火を噴くとはね」
    「ああ。ワラトルマンが盾になってくれたお陰で、俺たちも街も大した被害を受けずにすんだよ。ワラトルマンには可哀想だと思うが、恩義だけ感じとけばいいんだ。危険に身を晒すな。お前はどうも危なっかしい」

    せこい大人になったもんだ、俺は。

    「………可哀想だと思ってもらえるだけ、まだましか」
    「なんか、言ったか?」
    「いいえ。ところで隊長、お金余裕あります?」
    「なんだ?お前、まだたかる気か?」
    「いやね、もう終電すぎちゃったなー、なんて」
    「……くっ!タクシー代か?」
    「高いでしょ?もうちょっと隊長とお話ししたいけど、朝まで居酒屋って言うのもくつろげないしなぁ」

    あのお城みたいなところに行きません?

    一堂はいつもの油断のならない笑顔で、連れ込み宿を指差した。繁華街の外れには、様式美のようにゴテゴテした建築物が並び、その中で、俺たちが守った市民は愛を交わしているのだ。

    「お風呂も入れるしビデオも見れるし。修学旅行みたいなこと、隊長としてみたかったんですよ」

    有無を言わさず、一堂は俺を建物の中に引っ張りこみ、俺の耳元で囁いた。

    「私たちも楽しんで、何が悪いんです?」

    その晩、俺は一堂に襲われた。

    今日のやっつけ隊は、暇すぎてあくびが出るほど、平和だった。寝不足の俺が机に向かって書類をまとめているなか、一堂と河川が、窓ぎわで会話している声が聞こえる。個性的な顔立ちながらも細身で見栄えのする青年と、一回り小柄な美少女が、くすぐったくなるような仕草と笑い声で並んでいる図は、やっつけ隊の制服さえ着ていなければ、新婚夫婦のようだった。

    「零さーん。このカーテン、黴びてるねー」
    「唯ちゃんは流石に細かいなー。私なんかそこまで気が回らないのだ」
    「たまに洗わなきゃダメよね。わたし、洗ってくるね、零さん」
    「えー。君の可愛いお手手が水仕事で荒れちゃうなんて可哀想なのだ」

    なにが、なのだ、だ。俺といる時とは明らかに語尾が違う。俺には、どうみても一堂の本命が河川にしか見えてならない。二人とも語尾にハートをつけてるんじゃないかというくらい、口調が甘ったるく、室内の温度も湿度も高くなっているように感じる。

    「大丈夫、唯ちゃん。私に任せるのだ」

    どさくさに紛れて、一堂が河川の手を握る。一堂の突然のスキンシップに、河川の頰がポッと赤くなったが、一堂はそれに気づいてないようで、俺に声をかけた。

    「事代隊長、新しいカーテン買うから、お金くださーいっ」

    脳天気に、俺に向かって手をぶんぶん振り回す一堂に、俺は自席の机を叩いて怒鳴った。

    「洗えっ。洗剤つけて洗えっ!」
    「けちんぼだなー、隊長は。止むを得まい、唯ちゃん。いちまんえん渡すから、君のように可愛いらしいカーテンを買ってきてくれたまえ。気にしないでいいとも。カーテンの予算は、必ず私が分捕ってくるのだ」
    「はぁい。行ってくるね、零さん」

    躊躇いもなく、河川は一堂から一万円を受け取ると、とろけそうな笑顔で敬礼をして、いそいそと出かけていった。

    「あっ!どうせ暇なんだから、唯ちゃんとふたりでカーテン買いに行けばよかったなー。それってデートみたいだと思いません?」
    「鼻の下を伸ばすなっ。仕事しろ」

    堂々と部下にサボタージュされた俺は、自尊心を軽く傷つけられたが、一堂はそれを知ってか知らずか、俺に矢庭に近寄ると、俺の肩に軽く手を置いて笑った。

    「さては、やきもちですかな?」
    「やかましいっ」
    「わかります、唯ちゃんは可愛いから。おや違う?ひょっとして、私に対して?」

    人を食ったような表情をする男だ。上司を上司とも思わない不遜さ。……だからか?あの夜、俺を平気で抱くことが出来たのは。俺の胸元や腹やその他柔らかいところに、一堂がくちづけで軽くつけた痣は、服を脱ぐたびに、あの夜のことを思い出させる。一堂は俺の耳元で、囁いた。

    「言ったのは、あなたなのに。こんなことはお互い忘れるんだって」

    一堂の息遣いを耳たぶや首筋で感じ、俺は戸惑いを紛らわすように捨て台詞を吐く。

    「悪魔だ、おまえ」

    あの夜、何もしないからという言葉を信じて、一緒のベッドで横たわり、迎え酒をしながら、くだらないテレビを見て、油断したところを襲われた。

    「この前は正体を明かさないヒーローみたいだと言ってみたり、今日は今日で悪魔だと言ってみたり。一体わたしは隊長のなんなんです?」
    「タチの悪い部下だっ。席に戻れっ。他の隊員への示しがつかん」
    「大間隊員はデスクで寝てるし、冷越隊員と宇留隊員は足りない備品や食料品の買い出し、出瀬隊員と物星隊員は資料室でデータ整理してますよ。まともに我々を見る人間はいませんが」
    「くっ。どいつもこいつもっ。まあいい。怪獣が出なきゃ、俺たちはお役に立ちようがないからな」
    「その怪獣も最近出てきませんね。おかしいなぁ」
    「一堂、お前も帰れる時は定時に帰れ。俺は書類が山のように残っているからな」
    「目の下にクマ出来てますよ?心配だな。ちゃんと寝てます?」

    誰のせいで眠れないと思っているんだ。俺の顔を覗き込む一堂に、憎たらしさと、みぞおちから喉元へのこそばゆい感情を感じた。それは肌を重ねた相手だからだろうか。

    「あなた、抱え込みすぎなんですよ」
    「ほー。人の心は持ち合わせてるみたいだな」
    「皮肉ですかね。唯ちゃんといちゃつくなと命令するなら、従いますよ。天気もいいし、屋上でタバコでも吸いません?息抜きも必要でしょ?」
    「上官に命令するか、お前は」


    一堂に誘われて共に行った屋上で見た空は、抜けるように青い。
    一堂が病院から抜け出したあの夜、現れた怪獣は火を噴き、あたりは夜の黒と炎の赤が混沌となっていたのを思い出した。やっつけ隊で怪獣に対応している方が余計な事を考えずに済むと、常日頃思っていたが、その日に限って、助っ人となるワラトルマンはなかなか現れず、現場で死人や怪我人が出ないように対応しているだけで精一杯だった。
    怪獣が出てくる世に慣れ、正義の味方が我々を助けてくれる展開を信じきっている。赤と黒が混じるあの夜、怪獣をやっつける我々が、市民が混乱を極める中、自分たちの無力を思い知り、助けてくれるものなら正義の味方でも悪魔でもなんでもいいと祈るしか無かった。

    「あの火を噴く怪獣、潔くんがチャッカドンと名付けてくれたやつ、あの日、暴れるだけ暴れて、空飛んで逃げちゃいましたね」

    一堂が、チャッカリと俺のタバコを一本分捕って、煙を燻らせる。

    「顛末書を書くの手伝いますよ、隊長」
    「出動してないはずのお前が書くのはおかしな話だろ?ワラトルマンの存在に頼ってて、日頃のシミュレーションを怠った俺が悪い」

    こちらが必要な時には真面目になるところと、端々で気がきくところ、どんな状況でもユーモアを忘れないところに、ワラトルマン同様、俺は一堂も頼っていた。

    「私から見れば、一小隊の隊長が全部の責任を感じるのもおかしな話ですよ。国家レベルの危機なのに、世間は呑気だな。よっぽど怪獣のいる世から目を逸らしたいと見える。……人心が混乱している隙を狙っている輩がいたら、どうするんでしょうね」

    なーんちゃってと呟きながら、一堂は俺が咥えたタバコに火をつける。

    「なんつー火のつけ方してるんだ、お前」
    「私からあなたへ、火を渡すのってロマンチックでしょ」

    一堂がタバコを咥えたまま、俺の顔に近づけていたからだ。
    一堂のタバコに着いた火は、俺の火のついていないタバコへと灯された。火を渡しやすいようにと傾けた顔と、火種を強くするべくタバコを俺の唇の近くで吸う音が、一緒に泊まった夜の口づけを思い起こしてしまった。

    「隊長がタバコ咥えてるの、さまになりますね。私、豪くんから似合わないって言われちゃったなー」
    「もういいだろ、顔が近い」

    何を意識しているんだ、俺は。素っ気なく返した俺を見て、一堂は軽く不機嫌な顔をした。癖のある髪質、瞳や顎は直線で出来ていて硬質な顔立ちながらも、柔和な表情と仕草、背中から腰にかけての緩いながらも無駄なたわみがない曲線。この男に身体を触らせてからというもの、奴はかなり魅力ある肢体をしていることに気づき、俺の脳裏からこの男が離れていかない。
    一緒に泊まった夜は、寝床の上で、すぐ隣で体温を感じていたのだ。この男がタバコを咥えている唇は、俺の唇に触れていた。一度や二度ではなく、泊まっていた部屋を出るギリギリまで何度もだ。

    誰かと口づけをするなんて、俺にとって、何年振りのことだろう。

    最近まで付き合っていた女性は、上司からの紹介で結婚を見据えての付き合いであり、おいそれと手を出せなかった。彼女は俺と深い仲になるのを望んでいたのかそうでないのか、それすら確認出来ないまま、離れていってしまった。

    「ここには誰も居ませんよ。キスしません?」
    「するもんかっ。俺は河川の代わりじゃないからな」

    可愛くないと一堂は呟くと、空を見上げてふわっとタバコの紫煙を吐いた。空の青は、一堂が吐いた紫煙も穏やかに吸い込んで行く。赤と黒の夜と同じ空とは思えない。

    「私たちいつ死ぬか、わからないのにね」

    火を吐く怪獣に対峙したとき、死を覚悟した。火を吐く怪獣を退治出来るものがあるなら、それが神でも悪魔でも、俺たちの正義だ。その正義のためなら……待て。俺は一堂に、やり甲斐や期待の為に自分の人生を捧げるなと言ったはずだぞ。

    「仕事中だ。目先の肉欲に囚われるな」

    一堂は定規を引いたような切れ長の目で、気怠げにこちらを見る。紫煙の向こうの表情は明らかに河川に向けた表情とは違っていた。

    「可愛かったですよぉ、あの夜の隊長は」
    「まさか、お前に男色の気があるとは思わなかった」

    冗談めかして連れ込み宿に入り、二人で順番に風呂に入り、備え付けのガウンを安物だといっては袖を通し、まあいいかと高めの値段設定のビールを迎え酒しては、二人で一つのベッドに寝転がり、会話のネタに深夜のくだらないテレビを見て……。その時の俺は安らいでいた。命の危機に晒される緊張を、キャバクラの興奮で紛らわせていたが、本当に欲しいものは紛らわせるものではなかったのだ。どこまでも安堵できない日々を感じて生きるなか、そばに誰かがいて体感を共にしてくれる時間が、嬉しかったのだ。相手が一堂だとしても。

    「私は、隊長を振った彼女さんの代わりに、なれましたかね?」
    「男の尻を掘る女が何処の世界にいる。ええい、くそっ。俺がジャンケンさえ、弱くなければっ」
    「別に私は入れられる方でも良かったですよ?」
    「先に言え。負けた方が女役と思うじゃないか」

    相手の体を受け入れる側が女だと思っていたし、今も思っている。一堂に襲われ、こいつの手は何本あるのかと思わせるくらいに巧みに身体中を撫でくりまわされ、たまに自分で慰める部分を舐めて吸われた。恥ずかしながらも声も出たし、骨盤や背筋や涙腺が、快楽に押し寄せられ、ビクビクと身をよじらせてしまった。
    ああもう、そんなことは忘れてしまいたかったのに、俺に向かって可愛いとまで言いだしたのだ、この男は。

    「こっちは嬉しかったんですよ。私を受け入れてくれて」

    取っ組み合いや殴り合いをしたら、まず負けはしないし、拒絶だって出来たはずだ。

    「その場のノリというものがわからんほど、俺は野暮じゃないからな」

    この男に自分の身体への侵入を許したのは自分だった。

    「お人よしだ」
    「我ながらな」

    自分を振った彼女が俺に何を求めていたのか?生活の安定か?愛情の供給か?その二つを車輪にして未来へと走ることが出来ないと、彼女は俺に見切りをつけたのだろう。この仕事は危険と隣り合わせだ、誰かと将来を誓うだなんて、俺には出来そうもない。
    だが、一人は寂しい。
    一堂に口びるを重ねられ、執拗に口の中を掻き回されたとき、凍えた心が熱い湯につけられたように思えたし、俺は目を閉じて、一堂が口を吸う感覚だけに集中していた。一人だと決して味わえない感覚に心が浮き立っていたのだ。

    「もういいだろ。お前もなんの気まぐれか知らんが、溜まったものを出してすっきりしたんだ。上官をからかうのもこれまでだ」

    今ならなんの思い入れもなく、スパッと一夜限りのこととして割り切れる。

    「隊長は、なんであの夜のことを忘れろと言ったんです?」

    俺なら、人に愛してもらったという記憶でしばらく生きていける。身体に入って来られて深く求められた感覚は、これ以上味わったら、それ以外のものは何を捨ててもいいとしか思わなくなりそうで恐ろしい。
    俺が俺でなくなるのだ。

    「私はやだな。命令だとしても、私の頭の中は私のものだ」
    「それなら、少しでも建設的なことに頭を使え。まだ若いお前の人生のためにな」
    「唯ちゃんの話なら、聞きません。あの子は家族のために頑張ってるんですよ。私なんかで心を惑わせたら可哀想だ」

    なんだ、やはり恋をしているのだ。一堂は河川に。

    「河川に手をかけるのが怖くて、俺に欲求を吐き出したわけだな」
    「違いますよ」
    「皆まで言うな。俺はそういう扱いには慣れてるんだ」
    「なんでそうなりますかね」
    「俺と性交渉をしている時に、お前、ずっとガウン着たままだっただろう?俺は裸になったのに、お前は脱ぐのを嫌がった」

    女子か、俺は。
    こちらからも一堂に愛撫を返そうとしたのに、一堂がガウンの下から、俺の手を差し伸べられるのを嫌がった時に、気がついてしまった。
    一堂がしたいのは性交渉で、情交をしたいわけではないのだと。
    俺が大人しく、女役を引き受けたのも、一堂は欲求を吐き出すために俺の身体を利用したいだけだと思ったからだ。

    「……そ、れは……その……」

    怪獣退治が好きで、ある一定の線以上は決して踏み込ませない、正体不明の正義の味方みたいなところもあれば、上司を上司とも思わない不遜で悪魔みたいなところ、両極端な雰囲気を持つこの男が、年相応に困った顔をしただけで、俺は満足した。

    「俺だって人の心は持っている。火を吹く怪獣……なんだっけ?」
    「チャッカドンって名付けましたけど?」
    「それな。ワラトルマンがチャッカドンの火を、街を守るため背中で受け止めた時なんか、流石に申し訳なく思ったぞ」
    「……それが当然なんでしょ?」
    「ワラトルマンの目的がなんだかわからんが、あいつが頑張ってくれているお陰で、こちらは生き延びていられる。知ってるだろ、お前。冷越と宇留がいつも一緒にいてるの。付き合ってるそうだぞ、内緒だがな。まあ、バレてるか。だから、お前も気兼ねなく河川に行け。ワラトルマンが暮らしを守ってくれるうちだ。……お前の言葉を借りたら、我々はいつ死ぬか分からないんだろう?」

    半ばやけくそだった。生死をかけた仕事に託けて決定を後回しにして、彼女に、ついてこいとも自分のものになれとも言えなかったのだ。隊員たちはそうならなくていい。
    俺がそうなる理由を探して安堵しているだけだ。

    だがしかし、目を閉じて味わった一堂の口づけの激しさだけは、自分の中の頑なな、一人で生きる理由というものを溶かしてしまった。


    「………潔くんの声だ?!」
    「なに?」

    館内アナウンスの声だ。緊迫したやつの声から、件の火を吹く怪獣、チャッカドンとおぼしき飛行物体をレーダーが拾ったとのことだった。

    「チャッカドン、せっかく拾った命なのにな」

    河川も見たことがない、俺ですら見たことがない表情を浮かべ、一堂はタバコの煙を吐き出すと、さっきまで吸っていたタバコを屋上の備え付けの灰皿に押しつぶす。
    それを見て、俺も慌ててタバコを消す。隊長として、部下に遅れを取るわけには行かなかった。

    「行くぞ、一堂!」
    「その前に、キスしてから行きません?」
    「お前まだ、そんなこと言うかっ」

    俺で遊ぶのもほどがある。半ば呆れている俺に、一堂は両手の手のひらで俺の頰を包み、互いのくちびるを重ねる。

    「隊長、くちびるが苦い」
    「タバコ吸った後だと、そうなるぞ。河川の時は気をつけるんだな」

    俺がそう言うと、一堂は先程見せた不機嫌な顔を見せてから、俺の額を軽く叩いた。

    「……痛いっ」
    「生きている証拠です。ちゃっちゃと片付けますよ」

    一堂は俺の手を引っ張ると、なあに心配いりません、実は私、ワラトルマンなんですよぉー、などといつもの人を食ったような口調で、笑った。
    こまつ Link Message Mute
    2019/04/25 17:33:22

    viva la vida(前)

    #奇面組 #腐向け #一堂零 #事代作吾

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