美の襲撃に遭いまして「ちょっとアンタ、よくそんなボサボサの頭で外を歩けるわね」
唐突なダメ出しに面食らう監督生の髪を一房つまみ上げ、ヴィルは思案する。
「……良い機会ね、ちょっと来なさい」
「え、あの」
腕を掴まれ、問答無用とばかりに連れていかれた先はポムフィオーレ寮の中庭。
芸術作品を思わせる美しい空間に一人佇んでいたルークはヴィルと監督生の姿を捉えると同時に笑みを浮かべる。
「おや、毒の君にトリックスターくんじゃないか。これはまた珍しい取り合わせだね」
「ど、どうも……」
「良いところにいたわねルーク。この子の髪を整えるからすぐに準備して」
「ウィ、仰せのままに」
恭しく返事をするや否や、ルークは優雅な足取りで寮へと向かう。
「あ、あの」
「悪いようにはしないから安心なさい」
一見穏やかな言葉の裏に隠された苛烈な意思を悟った監督生はひゅっ、と息を呑んだ。
「ああもう!櫛の通りは悪いし毛先が痛みまくってるじゃない!」
ぎゃあぎゃあと喚きながらもヴィルは手際よく監督生の髪を纏め上げ、一房ずつ下ろしては霧吹きをして毛先を切り揃えていく。
「……長さはこれくらいで良さそうね」
そう呟くとヴィルは鋏を持ち替え、微調整を加えていく。
「前髪やるから目と口を閉じなさい」
ヴィルの指示にこくこくと頷き、監督生はぎゅっと目を閉じる。
小気味の良い鋏の音と顔に落ちてくる毛の感覚がやたらと気になるのは視覚情報が遮られたことで他の感覚が研ぎ澄まされたせいだろう、と監督生が思い始めた辺りで突如熱風が顔に吹き掛けられる。
「ぶっ!?」
「あらごめんなさい、ドライヤーをかけるって言い忘れたわね」
手短に謝罪の言葉を述べるとヴィルは改めてドライヤーの熱風を監督生の髪に吹き掛けていく。
「……こんなところかしらね」
「トレビアン!とても素晴らしい仕上がりだよ、ヴィル」
「ほら、アンタも自分の目で見てごらんなさい」
ヴィルに差し出された鏡を覗き込み、監督生は目を見開く。
そこに映っていたのはボサボサ頭の垢抜けない生徒ではなく、整った髪型が好印象を抱かせそうな生徒だった。
「あ、ありがとうございま──」
礼を言おうと顔を上げた瞬間、聞き馴染みのある音が目の前で響いた。
「あら案外写真写り良いのねアンタ」
「へ、」
呆然とする監督生をよそにヴィルはスマホの操作を続ける。
「毒の君、次はどうするんだい?」
「そうね……ルージュかアイシャドウの選定を──」
「あ、あの……」
「何よ。言っとくけどアンタに拒否権なんて──」
「どうしてこんなに色々してくださるんですか?」
監督生の問いにヴィルは固まる。
「自分にはヴィル先輩が気に入るような──ってあれ?ヴィル先輩?」
「あ、アンタ……何を言って……」
「毒の君、残念ながら時間切れのようだ」
「っ……あらそう、じゃあお楽しみは次の機会まで取っておきましょうか」
「ウィ、それが良い」
くつくつと笑うヴィルとルークが向けた視線の先には息を切らしたケイトの姿があった。
「ちょっとヴィルくん、これどういうこと……」
「どうもこうも、アンタが普段やってることじゃない」
「そういうことじゃなくて!」
「あ、あの……」
「ムシュー・マジカメ、トリックスターくんがお困りだよ」
「っ!」
ルークの苦言にケイトは一瞬固まる。
「ご、ごめんねーユウちゃん。ちょーっとテンパっちゃってさー」
「えっと……」
「あっその髪ヴィルくんにやってもらったんだよね?良いじゃん、すっごく似合ってるよ!」
「相変わらず切り替えが早いわね」
「……オレがバズらせたかったなー」
「おや」
無意識に呟いたであろう一言を聞き逃さなかったルークは笑みを深くした。
後に監督生はヴィルのマジカメアカウントに自分の写真が投稿されていた上に相当な数のいいねを稼いでいたことを思わぬ形で知る羽目になるのだが、それはまた別の話。