生活インプローヴメント「お、おい、監督生?」
「急にどうしたんだゾ?」
「大丈夫か?」
「お前たち、どうかし──っ、」
声をかけようとしたトレイとケイトは眼前の事態を即座に理解し、言葉を詰まらせる。
「あ、トレイ先輩にケイト先輩!」
「突然監督生が倒れて──」
「話は後だ」
「今は監督生ちゃんを保健室に運ぶのが最優先だよ」
青い顔の監督生を担ぎ上げ、ケイトは踵を返す。
「ケイト、一人でいけそうか?」
「よゆーよゆー!寧ろ軽すぎて心配なくらい……かな」
ほんの一瞬だけ曇った表情を見せた後、ケイトは大股で歩き出す。
「──つまり昼以外はロクに食べていないんだな?」
威圧的ともとれるトレイの質問に監督生は申し訳なさそうな顔をしながら小さく頷く。
「しかも夜遅くまで勉強してて寝不足だったんでしょ?そりゃー倒れもするって」
「つーかさ、何でそんなハードな生活を送ってるワケ?」
「学園長から生活資金はもらっているんだよな?」
「一応もらってはいるけど大半はグリムの食費で……」
監督生の言い分にエースたちは一斉にグリムの方を見る。
「ふなっ!?お、親分が沢山食べるのは当たり前なんだゾ!」
「いや親分なら子分にちゃんと食わせてやれよ!」
「親分子分の話は一旦置いておくとして、勉強の方はまだ基礎の段階だろう?」
「その基礎すら全く分からなくてトレイン先生やクルーウェル先生からもらったエレメンタリースクールのテキストやドリルを使って猛勉強中です……」
「……そういえば監督生は別の世界から来たんだったな」
「だとしても無理しすぎー」
「う、」
あれこれ言われて縮こまる監督生の頭を軽く叩きながらトレイは苦笑いを浮かべる。
「とにもかくにもまずは食生活の改善からだな。監督生、オンボロ寮のキッチンは使えるのか?」
「えっと……掃除した時に水道とコンロが使えるのは確かめてあります」
「調理器具や食器は?」
「全滅してたので先日マグカップを一個、購買部で買いました」
「……冷蔵庫は?」
「あるにはあるんですけど、ツナ缶ぐらいしか入れてなくて……」
「いや何でツナ缶はあるんだよ」
「オレ様の──」
「またお前か!」
「ふなーっ!?」
エースとデュースの一喝にグリムは飛び上がる。
「……思った以上に深刻だな」
「これもうガッツリ面倒見た方がよくない?」
「そうだな、少なくとも三食キッチリ食べる習慣をつけさせないと……」
そんなこんなで監督生の生活環境整備が行われ、健康問題は大幅に改善された。
不足している調度品はハーツラビュル寮のお古で賄い、少ない食材と手間で作れる料理をトレイが教え、クルーウェルの手を借りてグリムを徹底的に躾けた。
「──そもそも奴には保護者の自覚が足りん」
監督生の事情を聞いたクルーウェルは吐き捨てるように言いながら指導棒で自分の掌を二度叩く。
「提供した住処の定期的な整備と充分な栄養の摂取が保証された食事の安定供給。義務を果たしたと宣いたいなら最低限これぐらいはこなせとお前からも言ってやれ、仔犬」
「が、頑張ってみまーす……」
消極的な監督生の返事にクルーウェルは肩を竦める。
「……何を遠慮している」
「へ、」
「お前はもっと周りを頼れ。少なくともハーツラビュル寮の連中は──」
「あ、後でたかられたりしませんかね……?」
「誰にその疑心を植え付けられた……」
こめかみを押さえながらクルーウェルは首を横に振った。