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    その温もりを食べる好きな焼肉メニュー。
    千石―ハラミ、タン、ビビンバ。
     岸―最初から冷麺。肉も少し。
    森井―何でも食べるがロース派。
    細木―タンとハツ。脂と野菜と米は要らない。
    宮崎―ロース。白ご飯。浅漬け胡瓜。
     
     
     千石の背は、綺麗に肉が付いている。しっかりとした骨格を、筋肉と適度な脂肪が覆っているのだ。  
     
     岸は自分よりも大柄の体に、腕を回した。
     懐に入れるにはいささか大きいが、思いの外柔らかい。表面の肌の感触も心地よく、体温も高くて、ついつい触れたくなってしまう。
     収まり切らない存在感もいい。閉じ込められないのに、それでも離れていかないのは、向こうもくっ付いて居たいから、と自覚できた。
     
     吐息しかないベッドの中で、岸は千石を強く抱き締めた。
     
     病理解剖に回される患者は、痩せてしまっている事が多く、当たり前だが冷たい。死んだ友人も痩身だった。
     正反対の体は、どこからも死の匂いがしなかった。
     細身で黒スーツを愛用する自身を棚上げして、岸はこの健康的な存在を、とても気に入っていた。
     その温もりを抱くと、本当に良く眠れた。
     
     ―――――――――
     
    『本日はゴリラの保護活動〜。見たかったらおいで。場所は森井君に聞いてね。焼肉屋◯◯』
     
     というメッセージが細木から届いた。岸はとりあえず技師の森井に、スマホの画面を見せる。
     
    「行く?」
    「奢りなら」
    「まあいいけど……そっちはどうする?」
     
     後ろの宮崎を振り返る。そういえば、ステーキを奢る約束をしていたような気がする。千石が。
     
    「焼肉?! 行きます!」
     
     仕事終わり。ヘトヘトになっているのに、肉と聞いて元気を取り戻すのは、若い証拠だろう。
     肉にあまり興味のない岸が、無視せず誘いに応じる。珍しいなと、案内役に名指しされた森井が疑問を口にした。
     
    「どういう変化です? 焼肉に誘うなんて」
    「ゴリラって絶滅危惧種らしいよ」
    「ええまぁ……」
    「レッドリストのゴリラに、肉も食え、と心配されるのは癪じゃない?」

     いい傾向だと、森井は思った。
     その人に、何かと食事に連れ出される事が増えて、岸の顔色は格段に良くなった。
     
    「目の下の隈も無くなりましたね」
    「睡眠の質が上がったからかな。重い毛布は良く効く」
    「毛布て……それ、本人に言ってませんよね?」
    「言ったよ? 褒めたつもりなんだが。それに、僕が良く眠れるならと喜んでたけど」
    「うわ健気な……」
     
     毛布やゴリラと言いたい放題される相手に、森井は少し同情した。

     
     以前に、森井と細木が密談した焼肉屋は、他に客が居なかった。平日の遅い時間帯なら無理もない。
     おつー、と入店した3人に、細木がトングを持つ手を上げた。
     真ん中の広い席ではなく、奥の、4人掛け。そこだけはすぐ隣に、6人掛けのテーブルがあった。団体客用だろう。
     
    「おつかれ。先に頂いてる」
     
     細木の向かいの、千石が言った。オフだったのか、緩いシルエットのニット。髪も下ろしており、黒縁の眼鏡。
     素のポテンシャルが高いのか、ラフな衣服なのに、美人な細木と並んでも遜色なかった。
     
    「なにこの焼き場……肉しかない?」
     
     隣のテーブルではあるが、岸は千石の近くに自然と座った。
     ちらりと見た鉄板には、肉が所狭しと焼かれており、その周辺には順番待ちをしている皿が並んでいる。

    「野菜も食ってるよ」
    「ビビンバを野菜と言っていいんです?」
    「森井君、そんな事言うと野菜嫌いの細木が怒るぜ」
    「普段は生野菜食べてるよー。焼肉に来て肉以外を焼くのが嫌なだけだもん」
     
     ビールと肉(主にタン)を、細木がゴクゴクと進めている。いっそ潔い。焼く工程も好きなのか、食べながら、空いた隙間に肉を詰めていく。
     病理組は、飲み物は全てウーロン茶。岸は普段からあまり飲まない。若い2人も、今日は食べる日と決めたようだ。
     
    「なに頼んだの?」
     
     と、岸が隣に聞いた。
     
    「タンとハラミ」
    「美味しい?」
    「カルビやロースより脂が少ない。あっさりだけど旨味が強いし、柔らかいからいくらでも食える」
     
     ちょうど良く焼けたハラミが、千石の皿に放り込まれた。肉に触る権利は細木が握っており、千石は食べるだけだった。
     1度返しただけの肉は、お手本のように綺麗に焼けていた。タレに付けて、千石は大きな口に運ぶ。
     んー、と幸せそうな顔をするから、珍しく岸の食欲も掻き立てられた。
     
    「ここのハラミ美味しい」
    「僕もそれ。あと冷麺」
    「私ロース食べたいです。それからご飯と胡瓜」
    「タン、ハラミ、ロース。俺も米。大盛り。それから焼き野菜」
    「カルビ派がいないのは意外ね。あ、肉は残っても大丈夫よー。今日はこいつがいるからねー。すみませーん、こっちハラミ追加でー」
     
     最後のは細木だ。
     それなりに腹が膨れたらしく、急にペースを落とし、チビチビと飲んでいる。つまみは、美味しそうに食べる、目の前の千石。
     よく一緒に来るんですか? と森井が聞いた。
     
    「たまにね、もの凄く食べたくなるの」
     
     じゅ、と肉を炙る音がした。
     食事制限や、食欲の減退。食べられない患者は多い。それらを見てきた、細木なりのストレス解消なのだが、大食いではないし、どうしても体型の維持を考えてしまう。
     だから、代わりに千石に食べて貰っているのだ。
     千石も金額を気にせず、目一杯食べられて、双方得していた。定期的に開催していたという。
     
     そんな話のやり取りを眺めながら、岸は冷麺をすする。肉は誰かが焼いてくれるだろうと思っている。
     
    「せんせー、肉貸せ。こっちで焼く。もう俺のしかねえし。細木、場所空けて」
     
     空腹2人に、火が追い付いていない。岸の分をと、千石が手を伸ばした。
     余談だが、宮崎は自分で焼きたい派で、このメンツなら焼くのは俺かなと思っていた森井は、自分の分だけ好きに焼けばいい状況に、マイペースを決め込んだ。
     脂と、タレの焼ける匂いが、充満していく。
     
    「そういえば、全員知ってるんだっけ?」

     ちらりと、細木が宮崎を見た。満面の笑みで食べている宮崎は、その視線に気付かない。
     千石がむぐっと肉を詰まらせた。食べながら焼いていた。慌ててビールで流し込む。
     
    「一応……それとなく…」
     
     オブラートには包んだが、話してはあった。宮崎は驚いていた。が、特に偏見もないらしく、良かったですねぇと言ってくれた。体の関係までは知らない。
     
    「あんた、あんまり言ってないから、今回も黙ってるかと」
     
     片面を焼いて、ひっくり返す。触りすぎない、と細木から指摘が入った。
     その間にも、タンが焼けた。レモン汁をかけて、千石は口に放り込む。歯ごたえと同時に、旨味が広がる。
     
     千石の分を細木が焼き、岸の分を千石が焼く。
     
     歳上3人の行動を横目に、森井は自分の為にロースを焼いて、ご飯と一緒にかき込んだ。玉ねぎはたっぷりタレに絡めて食べた。これでタダ飯とか最高だな。
     宮崎は胡瓜をかじってご満悦だ。

     千石が、ビールの残りを流し込んだ。そして、勢いよくジョッキを置き、細木を見た。
     
    「偶然バレたおまえや、森井君なら仕方ねえけど、率先して言いたくはねえよ」
     
     千石がテールスープを追加する。森井が引いた。空いた皿を見て、まだ食うのかと。
     岸は慣れているのか、特になにも思わない。
     
    「でも宮崎さんなら大丈夫かなって。ほら俺、人を見る目あるし?」
    「見る目があったなら、岸なんかに転ばないわよ〜」
     
     見事な返しに、ぐうの音も出ない。
     
    「せんせー様よぉ、俺あんたのせい(主に性格)で責められてんだけど」
    「それ絶対、僕のせいじゃない」
     
     こういうのは、惚れた方が負けなのだ。僕なんかを好きになった、弁護士が悪い、と岸は思った。
     
    「ほい、焼けた」
     
     まず2枚。皿に乗せて、千石が差し出した。タレで味付けされており、そのままでも美味しいと。
     赤身に近い味わいのハラミは、柔らかく旨味があった。美味しいが、数枚で充分。基本的に岸は和食の方が好きだ。
     
    「残ったら食べて良いよ」
    「あら、岸も餌付けしたいの?」
    「うん」
    「餌付けっつーなよ。せんせーも頷くな」
    「だってあんた、ちょっと痩せたよ? 代謝良いのは知ってたけどさー。普段もそれなりに食ってんでしょ? 忙しい? お金ない? 何か、思い当たる?」
     
     医療関係者には、原因不明での痩身など怖いものでしかない。
     はい、焼けた食えー、と肉を移しながら、細木は矢継ぎ早に聞く。見る限り、食欲はあるのだ。
     飲み込んで、千石は空になったビビンバの器と、皿を、簡単に片付ける。ついでに細木のジョッキも寄せて、代わりに水を頼んだ。
     
    「大丈夫だって。病人がこんだけ食えるかよ」
    「これだから素人は。糖尿病や腫瘍でも、食欲増加は起こり得る。食べてるのに何もせず痩せたから、聞いてんの。ねぇ岸せんせ、どう思う?」
     
     モグモグと呑気に肉を噛む千石へ、細木が矛先を変えた。ごくんと飲み込んでから、チラリと千石を見る。
     
    「2キロ減」
    「…なんでそこまで知って」
    「見れば分かる」

     チッ、と千石が舌を打った。
     医師2名がいるので、森井も宮崎もそこまで心配していない。食べる方が重要だ。
     
    「ちょっと……運動してるだけだよ」
     
     思わぬダイエットになった事柄を思い浮かべて、千石は俯く。耳が赤い。
     
    「ああ……岸のせいかー」
    「言いがかりだ。なんでも僕のせいにするなよ」
    「うーん、そうねー……確かにこいつががっつくイメージないわぁ。エグい系?」
    「風評被害。普通のことしかしてないぞ」
     
     余波の大きさに、岸は千石を肘で突いた。タイミングよく、宮崎は席を立っている。森井は不運だが、心を閉ざす術があるので、大丈夫だろう。
     
    「いや、その……せんせーとの行為が……気持ち良すぎて……」

     だから岸は悪くないと。
     同級生の異性にそこまで打ち明けてしまい、眼鏡の奥の目が涙目だ。
     
    「やだ、泣かないでよ。虐めてる気になるー」
    「虐めてんだよ」
     
     いつものサングラスではないから、綺麗に潤んだ瞳が窺えた。
     
     会計は医師2人が持った。
     テールスープの飲み残しもなく、千石は綺麗に平らげた。ご馳走様ですと、3人が頭を下げる。これがあるから、ウソで誤魔化さず、細木の質問にちゃんと答えたのだろう。
     女性陣を途中まで送る最中、千石がさりげなく車道側を歩く。あまりに自然で、細木ですら、その気遣いを察知していない。
     
     後ろから眺めていた岸は、少し眉を顰めた。一瞬だけ振り返った千石が、僅かに目を細めたのだ。
     通り過ぎる車のハイビームが、眼鏡には辛いのだろうと思った。
     
     ―――――――――
     
    「クソ……俺もう、医者以外と付き合える気がしねえ」

     汗を流して、シャワーから戻った岸に、千石がそんな事を言った。ベッドの上で、大の字になって横たわっている。
     
    「なんで医者限定?」
    「人体知り尽くしてっから……正直、怖えよ。俺ここまでなったことねえもん。なぁ、医者って全員こんな感じ?」
    「上手いと言いたいなら知らないぞ。だいたい、相性だろ。まだ動けない?」
    「あー……ちょっと、お手を拝借」
    「こう?」
    「違うわ。手打ちの準備してんじゃねえよ。起こしてくれっつってんの」
     
     ヨイショと引っ張り上げると、千石はその勢いを借りて、ヨタヨタとバスルームに向かった。
     
     戻って来る時もふらついていたから、朝まで休ませた方がいいだろう。幸いな事に、明日はどちらも休みだ。
      
    「痩せるほど疲れるなら、少し加減しようか?」
    「いらね。慣れてやる。次は勝ってやんよ」
    「なに対抗意識を燃やしてんだ」

     弁護士とは、全てを勝負に持ち込む生き物なのだろうか。ならば千石は向いていないのかも知れない。男の本質は、憎しみとの決別を口にした、あの姿だろうに。
     最も、向き不向きほど、他人と自身で見え方が違うものはない。
     
    「対抗心ね……宮崎先生さ、白衣じゃねえと更に細く見えるな」
     
     取り出したペットボトルを傾けて、千石が言った。急な話題に、岸は首を傾げる。
     
    「身長も低いからね。同じ人種とは思えない?」
    「どうせ、俺は……いい、なんでもねえ」
     
     岸は、シーツを叩いて隣に呼ぶ。が、千石はちらりと見ただけで、動かなかった。ゆっくりと水を飲むだけだ。なんとなく、岸はそれが気に入らない。

    「こっちに来ないのか? 帰る?」
    「泊まる……けど、毎回抱えんなよ。重いだろ」
    「温かくて良く眠れる。いいからおいで」
    「温もりだけなら、他でもいいだろ。本当は……細木とか宮崎さんみてえに、腕に収まる方が良かったんだろうな」
    「……おまえ、なに言ってんだ?」
     
     つまらない嫉妬だと気付いていたのか、ため息を吐いて、千石はベッドに戻ってきた。
     
    「1番のライバルは、あの人かなって。後ろ振り返ったら、宮崎さんと並んで歩いてるのが見えて……バランス良くてさ……自然、だよなぁって思っちまった」
     
     端に腰掛けて、ない物ねだりだ、なんて事を呟くから。馬鹿だな、と岸は思った。人が目の心配をしていた時にだ。
     腕を引くと、千石がころんと仰向けに倒れ込んだ。やっと隣に来た恋人の胸に、岸は指先を這わせる。
     
    「横隔膜だっけ?」
    「ハラミ? ああ、まあ……そこ…」
     
     つつ、と細い指先を滑らせる。自慢じゃないが、岸は器用な方だと自負している。その証拠に、千石が浅い息を吐いた。
     
    「岸せんせ、止めろよ」
    「なぜ?」
    「……解剖されてるみてえ」
    「不謹慎だな。これで感じる、きみが」
    「っ……」

     本来は、胸から腹にかけて、メスを入れる。岸はそうせず、上へと指を動かした。
     何事にも動じない自信はあるが、目の前の体に病理医のメスが入る所だけは、想像したくなかった。
     
     手を広げて、胸元に。
     先程まで、何度も赤く染まっていた箇所を、優しく撫でる。千石は色素が薄く、ドライで達する際にセッ◯ス・フラッシュ(オー◯ズムで肌が真っ赤になる)を起こす。
     昇り詰める様が目に見えるのも良いが、胸元から肩にかけて走る朱色が、単純に美しかった。
     そして、血の滴る、新鮮な肉を連想させた。
     
    「きみは食べ応えありそうだ」
     
     ほどよく脂が乗っていて、柔らかくて、でもちゃんと弾力もあって、温かい。
     口に出せば、焼肉のメニューか、と反論されそうな文句だが、他に魅力を伝える語彙が無かった。
     肩口に、そっと顔を寄せて。かじっ。
     
    「痛ってえ! 齧るな! 肩ロースじゃねえぞ」
    「美味しそうでね。僕の食欲を刺激するのは、蕎麦と貧乏弁護士ぐらいだよ」
    「毛布の次は肉かよ」
    「忙しいね」
    「クソ、蹴りてえなこの人。褒め言葉だと分かる俺も嫌だ」
    「うん、この上なく褒めているよ。貴重な存在だと自覚してくれ」
     
     だから、誰かと比べる必要なんてないのだ。
     
     毛布と一緒に、腕の中へ連れ込む。背を撫でると、もっととせがむよう、身が寄せられた。腕にある重みに、岸は内心でうんと頷いた。
     張りと熱。どこに触れても、生きているぞ、と主張してくる体は、妙に落ち着けた。
     
    「痺れたら転がしていいぜ」
    「存在感あって、これがいいんだ。だから、他の医師と浮気なんてしないで」
    「しねえよ。言葉のあやだ」
    「……気持ちよくして、文句を言われるとは思わなかったな」
    「俺がせんせーを気持ち良くしたいんだよ。散々イかせやがって、腹立つ」
     
     そんな恨み言を言うから、可愛い人だなと微笑みながら、岸は夢に誘われた。
     
     その温もりを抱くと、本当に良く眠れた。
    lev Link Message Mute
    2022/09/24 19:23:10

    その温もりを食べる

    🐨<今回人!
    🐻‍❄️<しかも再録!
    きしせん。ごめんなさいこれだけ。

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