友人と言うには甲斐甲斐し過ぎる 友人と言うには甲斐甲斐し過ぎる
真経津から、毒を飲んだから診察して、とメールが入った。家に居た村雨は立ち上がると、胃カメラの準備を始めた。
出来れば開いて直接見たいが、どうせ腹黒だろう。見た目も中身も変わらなければ、面白くもない。
開く、暴く。
そんなイメージに引き摺られて、性格も素直(ギャンブラー当社比)で、内臓も健康な人間が浮かんだ。
あれも面白くない部類なのに、外も中も健全そうなのに……ほんの少しだけ、引き摺る影が、心を擽る。
根底と言うか、今に至る原動力と言うか。
あの人間は、影を、傷を、癒す術を知らないまま、如何にして賭場に立ったのか。
知りたいと思ったら、我慢ができない好奇心の塊でもあるのが、村雨だ。
真経津はまた、CCに入れていた。
だから、今日ならいいぞ、と村雨は返信した。全員に宛てて。
キッチンはあるよな?
馬鹿にしているのか? あるに決まっている。
前提として、この会話がある。
文章で残っているが、結果的に獅子神にとって、何の助けにもならなかった。
医療器具だけが並んだキッチンに、獅子神は早々に膝を折った。
無いだろうな、と思って持ち込んだ米、薬味などの食材の他は、マトンとエプロンのみ。調理器具はない。
それでもちゃんとお粥になったのは、応用力ではなく、1人食べるものが無い、という状況にしたくない単なる意地だ。
真経津の診断は、2週間の食事制限。ただ若いので回復も早いとのこと。幸いな事に食欲はある。
「それは良いんだけどよ、いやマジで……」
「お粥って食べ応えないね」
「ネギと卵入れてやったんだから我慢して食え」
「ポテトは揚げたてがいいな」
「買ってきて貰った奴が文句言うな」
獅子神の声音が低い。地を這うようだ。
「ご機嫌斜めのようだが、正気を疑われたのはあなたが悪いぞ。あなたはキッチンの有無しか聞かなかった」
甥と姪がいる為か、むくれる様が彼らと重なって、村雨はつい子供に対する言葉を使った。
それは珍しい傾向なのだが、獅子神は歳下扱いされたと、更に憤慨した。
「うるっせえな! 鍋どころかスプーン1本無いとか思わねえだろ普通はよ!」
「普通に囚われているの、獅子神さんらしいね」
「その普通の人間が、奴隷をどうしていたんだ?」
じーーーっと穴が開くほど凝視され(覚醒後なら分かる大量の目)獅子神は視線を落とした。悪戯が見つかった子供の、バツの悪さが見て取れる。
「別に、どうもしてねえよ」
嘘は言っていないから、村雨もそこで追求を控えた。
「獅子神さーん」
「んだよ」
「お粥以外食べたい。飽きたー」
憎まれ口を叩きながらも、お粥を完食する真経津に、獅子神はふっと怒りを、恥じらいを、散らせた。
「つってもここじゃ無理だぜ」
「獅子神さん家行っていい?」
「あー、スープぐらいなら大丈夫かい? お医者様」
「それなりに満足させないと、菓子に手を出すぞ」
「だよなー。うわ、生活力ねえ村雨から的確な助言が……意外と、ガキの扱い慣れてるとか」
「小児科には向かん」
それは分かる、と獅子神は、ククと喉を震わせた。
「生野菜はダメだよな。刺激物もNG」
スマホを操作し、獅子神はレシピを検索する。
昼、卵と崩し豆腐のあんかけうどん。
夜、固形物で腹が膨れるよう、ポトフ。
「こんなもんで良けりゃ、家にある材料で出来るぞ。嫌なら買い物に付き合えよ」
来るな、と言わない辺りに何か感じたのか、真経津はニコニコしながら、はいママと答えた。
「ステーキも追加しろ」
「何でだよ」
「私が食べるからだ」
「そもそもテメーは病人じゃねえ」
病人であっても、あなたが面倒を見る必要はないのでは? だよね。2人が視線で会話するのも知らず、獅子神はキッチンを片付ける。
使ったのは自分だから、自分が片付けるらしい。食器用洗剤もスポンジも無い中、獅子神は何とか洗って行く。
器具(医療)はちゃんと洗浄と消毒をするので、放置して構わないのだが、と見詰めていた村雨に、ふと獅子神が声を掛けた。
「村雨さ、耳治ったんだな」
「あなたの声も聴こえている」
「おお、良かった」
青い目を細め、右目にかかる前髪を揺らし、獅子神は心からの笑顔を浮かべる。
生来の髪色の影響だろうか。村雨には、少しだけ眩しく見えた。
真経津は中々帰らなかった。獅子神は食事を多めに仕込む。本日はビーフシチュー。
味薄いのヤダと駄々を捏ねるので、胃に優しいなんてメニューを、早々に投げ捨てた。
野菜も肉もたっぷり。パンは従業員が。
食事を終え、オークションが始まるまでの間、真経津に仮眠を取らせた獅子神は、電話を掛けた。出なければ止める。そんな賭けをして。
「肉仕込んでたら、オメーの録音かと思う声が聞こえてさ」
「それならステーキにしろ」
「ステーキだと冷めるだろうが」
「……私の為か」
「違えよ。たまたま、たまたまいい肉があったから。真経津も食うだろうし、ああもう要らねえなら」
「誰もそんな事は言ってないだろ。頂こう」
村雨邸に訪れた獅子神は、鍋と共に持参した器に、たっぷりとシチューを注ぐ。
「店とは比べんなよ。所詮趣味の範囲だ」
「いや、温かな料理が出てくるだけで十分だ」
何時間も趣味ではない手術をすれば、疲れる。そんな日に、湯気のある皿が差し入れられる、有り難み。
「村雨でもそんなふうに、思うんだ」
「私を何だと……」
「ギャンブラーのお医者様。さすが、賭けは強え」
「……シチューにあり付けたからな」
「ハハ……肉、どう?」
「よく煮込まれていて柔らかい。味も滲みている。口当たりが優しいのは、何か工夫があるんだろう」
「村雨は、食べさせがいがあるなぁ。真経津はさ、何食っても美味いしか言わねえから」
「あなたの料理はどれもが美味い。お粥も、柔らかく丁寧に作られていた。ふふ、しかしあんな物で料理する人間がいるとはな」
面白い人だなと、村雨は素直に表情にのせた。優しい村雨の笑顔を、獅子神は初めて見た気がした。