ポテトは塩味だと物足りない「どうして呼んだ?」
バーガー店にて、村雨が真経津に問い掛けた。
問い掛けておきながら、村雨の耳はもちろん聴こえていない。
しかしゲーム中も今も、問題なく会話は成立している。
「そっちこそ、何で来てくれたの?」
と真経津が返した。
「仕事が終わって時間があった。それに、私を誘った理由を聞きたかった」
その理由は、もう聞いた。
気になったから、会えなくなる前に遊びたかったと。
聞きたいのは、同じメールで呼んだもう1人だ。
質問に答えろ、と視線で促せば、真経津はちらりと階段を見遣った。
話題の人間は、追加注文を取りに、1人で階下に行っている。
「来ないと思ったから、保険だよ」
失礼な話だ。
実際、真経津は獅子神のメールを無視していた。
「お粗末だな。私の代理としても。あなたがそうやって、ミスを装うのも」
CCに入れたのはわざとだろう。
会わせたかったのだ。村雨と獅子神を。
村雨はその理由が知りたかった。
「面白そう……じゃ納得しない?」
「面白いか? あれは、どちらかと言えば彼らに近いだろう?」
ダイスに視線を移す。
テーブルに残されたそれは、先程まで獅子神が必死に格闘していた物だ。
真経津や村雨と違って、目は揃っていない。
「私がダイスを揃えた時、驚いていた。あれはまだ追い詰めるのか、という驚愕だ」
「甘いって?」
「ナイフを出したマヌケを、殴って止めたのも、私がメスに手を伸ばしたからだろう。4リンクにしても、甘過ぎる。一般的な感性の持ち主が、よくこちら側に居られるものだ」
村雨の声には感心すら含まれていた。
それほどまでに、2人と獅子神は格が違う。
獅子神のいるランクすら当てて見せた相手に、誤魔化しは効かないと、真経津は苦笑した。
「村雨さんはさ、友達ってどういうものだと思う? 同じ知能レベル? 同じ感性?」
「……友人と呼べる存在は記憶にないな」
「ならボクの自論を。ボクは互いに楽しければいいと思っているんだよね」
ギャンブルの相手や、1人で遊ぶオモチャとの違いが、真経津の表情からは読み取れなかった。
この男もきっと、友人というモノに不慣れだ。
だが、不慣れだからこそ、そうなる可能性を排除したくないのだろう。
「友人になればぶつかった際に、私が手加減すると?」
村雨も今は4に居る。
もし獅子神とぶつかっていれば、結果は明らか。
「別にそこはどうでもいいけど、今は楽しい相手じゃないよ。村雨さんも分かって言ってるでしょ」
「直接対峙したあなたよりは見えていない……今はと言う辺り、何かあったか?」
「んー、想像とはちょっと違ったんだ」
殻を割ったら、青い卵だったみたいな?
「負けてからの彼は、面白かったよ」
トントン、と真経津は右手を指で叩く。
獅子神の、傷跡と同じ場所をだ。
賭け事の負傷を処置する、医師のレベルは高かった。
だから、ワザと残したのだろう。
磔にされた聖痕だとでも言いたいのか、マヌケだなと村雨は内心で呟いた。
「それにジュースもちゃんと作ってくれたでしょ?」
ふむ、と考え、村雨はポテトを摘んだ。
医師のその細く器用な指先は、先程、ナッツに隠されたダイスを見つからずに取り出した。
余談だが、オレンジジュースも、作りが綺麗だった。
論理感は備わっていないが、マナーは身に付いている男は、結局、ポテトにソースを付けず口に運んだ。
塩味だけでは少し物足りなかった。
「ほらよ、ご注文の品だ」
両手にトレイを乗せた獅子神が、席に戻って来た。
パンケーキにシェイク、クリームソーダ、それから自分のチーズバーガー。
と、ケチャップ&マヨネーズのソース。
「子供舌っつーか、食べ物の流れを見るに、これもたぶん好きな味だと思う」
村雨の前に置き、ポテトにどうぞと。
マナー違反ではないし、ご自由に、という意味を込めて、獅子神はチーズバーガーの添付ポテトをそこにディップし、口に運んだ。
ぱちりと瞬いて、村雨はポテトを摘み、真似をした。
距離を詰められたのは、初めてだった。
同級生は遠巻きにし、違う世界のバケモノを見るような目を向けた。
大学生を負かした際に、獅子神もまた畏怖を顔に浮かべた。
だが、彼らとは決定的に違う。
人間は理解できないモノに触れると、恐怖を覚える。
そして距離を取る。
しかし、共に食事し、会話し、無視されたと殴り掛かってきて、こちらの好みをわざわざ持って来てくれた。
恐怖を見ないようにしているにしても、その距離感は、妙に心地良かった。
村雨は再び手を伸ばした。
ポテトではなく、ダイスへ。
握り込み、無造作に投げた。
Aの目が5つ揃っていた。
げ、と獅子神が顔を歪ませる。
「イカサマと言われた方が、まだ納得できる」
「あなたは指先を意識し過ぎだ。手首を使え」
「簡単に言いやがって……助言どうも」
「ポテトの礼だ。中々美味い」
「ボクも食べるー。獅子神さん半分こしよー」
「半分て、何とだよ?」
「アイス部分はあげないからコーラかな」
「要らねえわ」
「私も貰おう。代わりにこちらのポテトをやる」
「いやお前もかよ! 自分のポテト食えよ! 冷めた方押し付けんな!」
打てば響くリアクションに、村雨は口角を上げた。
聴こえていなくとも、これは楽しい。
どれだけ優秀な成績を残しても、
どれだけ有能な外科医として実績を積んでも、
『友』というものを得られなかった村雨が、初めてそれに触れた瞬間だった。
悪くないな、と呟いて村雨はスマホを取り出すと、知らない人間だった獅子神のアドレスを登録した。