遊びに行く時はおやつ持参 遊び足りない! ボクの部屋へ行こう!
そう言って譲らない真経津を、誰が説得出来ようか。
そもそも1人は明日は休みだから構わん、と乗り気であり、もう1人は早々に諦めたのだから、説得を試みていないという説が有力だ。
買い出ししたい、という獅子神の要望に添い、3人を乗せたタクシーは近場のコンビニに停車した。
「ここから歩いてすぐだよ」
そう言いながらコンビニに入った真経津は、ホスト側なのも忘れて(元々もてなす気はない)アイスを吟味し始めた。
村雨は何やら、ポテチの成分表記を読み込んでいる。
「自由だなコイツら……」
数時間で2人に慣れた獅子神は、分かっていた事だろと自分を慰めてから、コンビニのカゴを手に取った。
泊まりになるかもなぁ。
そんな発想が頭をよぎり、獅子神は家に居る奴隷へとメッセージを打った。
奴隷相手なので簡潔に、泊まるかも、とだけ。
さて買い物だ。
歯ブラシが入った、トラベルセットは2つ。
飲み物はペットボトルの、お茶、コーラ、コーヒーと柑橘系を数本。
紙パックのコーナーで、500mlの牛乳と、端に追いやられたボトルの青汁(無添加)を。
カット野菜にコンソメ、ベーコン、食パンをカゴに入れて行き、少し考えてスティックタイプの砂糖を追加した。
あとは生卵にバターを手に取っていると、パッケージ越しに見詰めている人間と目が合った。
「あなたは何を作る気だ?」
ポーカーフェイスが基本の男が、嫌そうにカゴを覗き込んだ。
青汁の人気の無さを獅子神は悟っている。
「朝食。食うだろ? 青汁は俺用」
「……あぁ、泊まるのか。食べる」
「熱心に見てっけど、添加物に恨みでも?」
このバケモノ染みた人物が、何をそんなに真剣に読んでいるのか、気になったのだ。
しかし、ド派手なチップスの絵を突き付けられ、
「このBBQ味とはどんな味だ?」
という、何ともくだらない理由を語られ、肩透かしを食らった。
「そんな事かよ……買ってやるから自分で確かめろ」
ひょいと取り上げて、ついでにいくつかスナックを選び、獅子神はレジに向かう。
何気なく、村雨も後を追った。
「真経津、アイス持って来い」
「全部買っていーい?」
「3つまでにしろ」
「はいママー」
「誰がママだコラァ!!」
勢いよく走り込んで来た真経津が、体当たりしながらカゴにアイスをぶち込む。
「うおっ……!」
よろけて、喧騒が聞こえていないだろう村雨へと、体が傾いた。
相手もそれなりの身長だが、獅子神とは厚みが違い、また怪我人という意識もある。
庇う意味で、片腕で抱き込んだ。
途端に、村雨の眉が寄る。
「……オイ」
「悪い。あっぶねえな真経津! 走るんじゃねえ!」
「あははゴメン手が冷たくって」
「つかどさくさに紛れて5つも入れんな!」
文句を言いながらも、獅子神はそのままカゴをレジへ置く。
チンピラ風の男に目の前で怒鳴られ、萎縮した店員へと、騒がしくて悪いな、と謝罪を口にしながら。
「真経津」
訝しげに眉を寄せたままの村雨が、真経津へと向きを変えた。
「……あの胸のメリットは何だ?」
「エアバッグじゃない?」
そうか、と返しつつ、じっと手を見詰める。
抱き込まれた際に触れた、柔らかな胸筋の感触に、村雨は人知れず混乱していた。
真経津の部屋は、想像以上に散らかっていた。
少々困惑するゲストをよそに、家主はさっさと部屋着に着替え、ゴロゴロし始めた。
ちらり、と獅子神が隣に目をやる。
村雨もパーティーに誘われたので、相応の格好だ。
平たく言えば堅苦しい。
真経津に着替えをと頼めば、ジャージを手渡された。
そのまま村雨へ差し出す。
「着替えちまえよ。肩凝るだろ」
「私が? これを?」
「俺はサイズ的に無理」
ジャケットだけ掛けさせて貰うわ、と。
オーダー品で固めていた村雨だが、実はそこまで衣服に興味はなく、まぁいいか、と抵抗なくジャージに袖を通した。
確かに楽で、村雨はソファーにくつろぐ。
クッションを抱えたのは、感触を比べたかったからだろう。
一方獅子神は、ゲームを始めた真経津に、そこは右じゃないか? などと的確な意見を言うお医者様を横目に、どんどん床を片付けて行った。
綺麗だと安心する、自分の為に整理しているので、世話を焼いているという意識はない。
ここまで見越して、獅子神を友人側に引き込んだのなら、真経津という人間は本当に恐ろしい。
「で? BBQ味はどうだ?」
一通り整理整頓でき、村雨と寝転がる真経津の間に、獅子神は長身を落ち着けた。
パタパタと振られる、真経津の足をガードしながら、思い出したように村雨に問う。
匂いで味の予想はついた、と開けたポテチを放置する村雨に、耳治ったらマジで一発殴らせろ、と軽くキレながら、獅子神は何気なくゲーム画面を見詰める。
ひと言……凄え楽しい、と零して。
帰り道にお菓子を買って、友人宅でゲームをする。
幼少期に叶わなかった『憧れ』だと理解しながらも、そこからは目を背け、獅子神は輪の中央に居続けた。
余談だが、零れ落ちた言葉が、医師が物理的に腹を探ってまで見たかった、誠実さ(嘘偽りのない心からの言葉)に彩られていた事など、獅子神は知らない。
翌朝、肩が凝ったという獅子神に対して、同じソファーで寝た筈の2人からは、思いの外、身体に不具合はないという意見が寄せられた。
「クッションよりも上質だったな」
「エアバッグというより、枕だったね」
「良かったな。格が上がったぞ」
2人が枕にして寄りかかっていたのは、獅子神の胸元であり、その評価だ。
「1ミリも嬉しくねえわ」
褒められた実感のない獅子神は、2人を早々に洗面所へと追いやり、ダイニングテーブルに朝食を並べた。
獅子神クッキングその1 朝食
※レシピはクッ◯パッドや公開されているプロの方の物を参考に。
いつもの時間に起きた獅子神は、欠伸を噛み殺しながら左右の人間を起こさぬよう、そっとソファーを離れた。
まず洗面所へ向かう。
人の家だが気にせず使わせて貰う事にしたので、断りはしない。
トラベルセットで歯を磨き、顔を洗い、手櫛で髪を整えた。
それから朝食の準備に取り掛かる。
朝食のメニューは、フレンチトーストと、野菜のコンソメスープに、スクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコンの予定。
材料はコンビニ調達、という限られた中なので、メニューに幅はないが、定番から外れてもいないだろう。
フレンチトーストは、昨日の内に準備を済ませてある。
卵、牛乳、砂糖を混ぜ合わせたものに、食パンを浸しておいた。
あまり使われていないフライパンに、バターを軽く溶かし、フレンチトーストを焼いていく。
弱火でじっくり。
蓋をしたい所だが、蓋が見つからない。
仕方なく、獅子神はアルミ箔を被せた。
このまま10分〜15分ほど焼く。
次にスープを。
詰め合わせのカット野菜を、更に細かく刻む。
1日にも満たない付き合いだが、両名共に野菜は得意そうにない。
サラダ油で炒めて、水とコンソメを投入。
しばらくクツクツと煮る。
この隙に、リビングのテーブルを何とかしなければ。
アイスのカップや、開いたままのスナック袋、飲み掛けのペットボトルを片付け、綺麗に拭く。
掃除機は家主に任せた。
スープの火を止め、フレンチトーストをひっくり返し、裏側も同じように焼く。
そろそろ起こした方がいいか、と獅子神は2人に声をかけた。
何やら嬉しくない会話をしつつ、歳下も歳上も、何となくだが朝食を楽しみにしている空気が読み取れて、獅子神はこっそりと微笑んだ。
レンジはある。
奇跡的にキッチンペーパーも。
ベーコンをペーパーで挟んで、レンジへ。
1分〜2分後、裏返してもう一度。
フレンチトーストを皿に移し、空いたフライパンでスクランブルエッグを作る。
卵をボウルに割り入れ、箸で溶きほぐす。
牛乳と塩、こしょうを加え、更に混ぜる。
バターが少し溶けた所へ、卵を一気に注ぎ入れ、獅子神はそのまま放置した。
触れずに待つのがコツらしい。
縁が固まってきたら、手早く混ぜる。
余熱で固まるよう、全体がトロリとしたら火を止め、フレンチトーストとは別の皿にベーコンと共に盛り付ければ、出来上がり。
それぞれの分を並べて、カップにスープを注ぐ。
「うっわ、これ食べていいの?」
マテをかけられた犬のように、真経津はソワソワと落ち着かない。
「2人分しかないのだが?」
「俺はいい。昨日の夜食い過ぎたし」
村雨に席をすすめて、獅子神は青汁のボトルを開けた。
グラスに注ぎ、テーブルに着く。
どーぞと告げれば、真経津がフレンチトーストにフォークを突き刺した。
「っ……美味しい! 何これ!?」
「フレンチトースト」
「ふわふわだよ獅子神さん作ったの??」
「おう」
モチモチと頬袋を膨らませながら食べる姿に。
「……美味いな」
「口に合って何より」
スクランブルエッグを口にして、ふっと笑みを浮かべる姿に。
嬉しい、なんて思いながら、獅子神はグラスを傾けた。