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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
    親愛なる裏切り者さんへ水溜りを泳ぐ ビリー+タチアナCOLT PYTHO ビリー+不死不運髪を洗う ビリー+アンディホワイトパズル ビリー+アンディ水溜りを泳ぐ ビリー+タチアナ 
     泳いだ事がないの、と不安げな声が言った。
     目の前には、深いプールが待ち構えている。水深7メートル。機器の性能を試す実験用だ。
     闇競売から救出され、メンバーに加わるべく訓練に励んでいた少女は、拘束装甲具の球体の中で小さく身を震わせた。
     水中テスト直前での告白に、ラボメンバーが目を丸くする。が、きっと言い出せなかったのだろうと、理解を示す。責めはしなかった。
     しかし、無言が少女を追い詰めた。
     付き添っていたサングラスの男が、少し屈んで目線を合わせた。
     
    「タチアナ」
     
     優しく呼び掛けると、アイカメラが声に反応する。
     
    「必要な実習だ。それは分かるかい?」
    「はい……ビリー様」
    「怒ってはいないよ。誰もね。ただどうやって進めようか悩んでいるんだ」
     
     海にでも落ちたら、誰も引き上げる事が出来ない。自力で戻って貰うしかないのだ。
     タチアナとて、この体で泳ぐ必要性は感じていない。脳波コントロール。頭の中だけ。だが、水の中。それも7メートルと聞いて、足が動かなくなった。
     未知の、頭まで沈む感覚。閉ざされた球体の中、更に水の壁に覆われるいう。怖くて、タチアナはぎゅっと強く両目を瞑った。
     こんなんじゃきっと嫌われる。
     浮かんでくる不安に、胸が締め付けられた。円卓に座れなくなったら、ここには居られない。離ればなれになるという懸念が、一番、痛かった。
     硬直したタチアナに、ミコが仕切り直そう、後日にしようと伝えようとした。
     遮るようにして、男は間に入る。
     
    「悪い、ちょっと待ってくれ」
    「何か方法あるっすか?」
    「ボクが一緒に入るよ」
     
     上着を落として、ビリーが言った。
     うえ? とミコが驚く中、次いでリボルバーのホルスターを。靴と靴下。ネクタイ。シャツのボタンを上から順に外していく。
     肩を晒して、腕を抜く。銃以外は基本的に全て雑に手放した。
     上半身裸だ。下は悪いがこのままで許して貰う。
     縁に立って、両手を広げた。
     
    「タチアナ、見てて」
     
     少女に恐怖を感じさせないよう、無防備に後ろに倒れて行く。聴覚では水面までだ。
     その先も見えなければ、柔らかな壁としか受け取れない。
     正直、怖さはある。
     反面、楽しみでもあった。
     
     プールで泳ぐなんて、何年ぶりだろう。
     
     派手に水飛沫を上げて消えた体が、数秒後に文字通り顔を出した。ぷは、と息を吐き、ビリーはズレたサングラスを直す。
     掛けたままだった事にようやく気付いて、一人で笑っている。
     
    「ハハ、忘れてた」
    「ビリー様! 大丈夫?!」
     
     突然の行動に恐怖を忘れて、タチアナはプールサイドぎりぎりまで進んでいた。
     ビリーは上には何も身に付けていない。髪はセットの面影なく乱れている。少女が初めて目にする男の姿だ。
     助けようと伸ばしたマニピュレータの手に、両手が差し出されて。
     
    「おいで」
     
     誘われるまま、指先を繋いだ。
     泳ぐのを止めたらしく、男の体はそのまま沈む。追い掛けるよう、球体が水中へ落ちた。
     着水しカメラに被った水に、タチアナはビクリと球体の中で肩を跳ねさせた。
     どうして伝わったのか、ビリーが手を伸ばして来た。指先で落ち着かせるよう、レンズを軽く撫でる。
     反射的にだ。
     タチアナは、目の前の男の体を掻き抱いていた。溺れる様に似た、すがり方。
     特殊金属の装甲は、空も飛べるから基本的に浮く力は出力調整。潜る際は、浮力よりも重い自重で。
     男を抱き締めたまま、一気に沈む。足元が抜けるような感覚がようやく底で止まった。
     ぶつかる衝撃に、身を竦めたタチアナだったが、カメラが捉えた映像に思わず目を見張った。
     透明度の高い水。
     照明は底まで届いて。
     煌めき、ゆらゆらと揺蕩う光の中。
     
     生身で、酸素も伴わない男が、笑っている。
     
     落下速度に耐え切れなかったのか、サングラスが無くなっていて、表情が良く見えた。
     カメラレンズに手を添えて、額をコツリと押し付けて、ビリーは喉を鳴らして笑っているのか、微かな振動を響かせた。
     水中が楽しくて仕方がない。年甲斐も無くはしゃぐ心を抑え切れないようで、時折苦笑がよぎる。
     子供みたいだなと、タチアナは驚いた。
     泳ぐのが好きだったのだろうか。
     見えていた頃は潜っていたのかも知れない。
     今は、暗闇の中にいる人間だ。
     まともに自分の位置すら掴めていない。だから、腰を支える手だけが頼りだと、気付く。
     先程は離れていく手を恐れた。
     今は手を離すのが恐ろしい。歳上の男が、何故かあっさりと死んでしまいそうに思えた。
     そしてそれは、きっと正解。
     男は生身で、目も見えなくて、こんな風に沈んだら、一人では戻って来られない。
     
    『泳ごうか』
     
     唇の動きだけで、ビリーが言った。
     少しだけ推進力を。最初は上手くいかず、くるりと横に回転する。慌てて男の背を支えて、タチアナは深呼吸を一つ。
     浮け。その思考だけに絞ると、イルカが泳ぐように、スムーズに進んだ。空中よりも重力を感じさせない浮遊感。好きかもと思う。
     恐怖が消えると、世界が開けた。競売の檻の中とは違う。この球体の中は、こんなにも自由だ。腕を増やして沈むサングラスを拾った。
     
    「っ……」
     
     不意に、ビリーが口元に手をやった。
     眉を寄せ苦痛を飲み込む仕草に、頭の芯が冷える。
     服を脱いでいるから、筋肉の動きが良く見える。限界まで我慢していたのか、ぐっと喉が引き攣り、息苦しさを押し殺すよう、腹筋に力が込められて。空気を求めた口元が、上に、と弱々しく綴った。
     タチアナは慌てて浮上する。
     どうしてそんなになってまで……。浮かんだ疑問はすぐに打ち消された。楽しそうだった。でもそうじゃない。全部、全部、私の為だ。
     タチアナの恐怖が消えるまで、待っていてくれたのだ。
     底から水面まで。素早く的確な動きに、モニターしていたラボメンバーから拍手が沸くが、タチアナはそれどころではない。
     
    「ビリー様っ……ビリー様!」
     
     荒い息を吐く、男の背をさする。ビリーが大丈夫大丈夫と、手を振って、
     
    「泳いだ事ないなんて、嘘だろう?……ボクより上手いじゃないか」
     
     息も整わない内にそんな事を言うから、ぎゅっと肩を抱いた。
     
    「もう、怖くないかい?」
    「うん」
    「もし、いつか機会があったら、海に潜ってごらん。綺麗だよ。見渡す限り青い世界で、少し怖いけれど……今の君なら大丈夫。どんな所にも行けるから」
     
     世界を広げてくれた男は、皮肉にも閉ざされた暗闇にいて、胸が苦しくなった。
     
     この頃からだろうか。せめて、目になろうと決めたのは。
     
     ふと、カメラに映る男の上半身が、裸だと思い至って、タチアナは慌てた。
     綺麗に付いた胸筋や、広い肩幅、割れた腹筋から目が離せなくなった。反対に、心配になるほどウエストはくびれがあって、見てはいけない気がするのだ。
     ドキドキと心臓が煩い。プールサイドに上げて、借りたタオルで拭い、大急ぎでシャツを羽織らせた。
     その余りの慌てっぷりに、ビリーは勘違いしたようだ。
     
    「ああ、ごめん。見苦しいね、こんなおじさんの体」
    「違っ……そんなことないの。ただ、か…風邪を引いて欲しくなくて……」
     
     適当な言い訳をしながら、目を逸らす為に、髪を拭きにかかった。男はシャツのボタンを下から留めて行くが、何故か1つズレて。
     
    「ビリー様、掛け違っているから……私にやらせて」
     
     タオルを肩に置き、留め直していく。すると、ビリーが済まなさそうに眉を下げた。服も着れないタチアナに、着衣を手伝わせて申し訳ないと思っているらしい。
     そんな事はないと、言いたいのに言葉が出なかった。
     ボタンを留めるなんて久しぶりで、でも思う通りに機械の指は動いてくれた。泳ぐのも、ボタンを留めるのも、全て頭の中で行える。
     
    「私はどこにでも行ける」
     
     小さな自信だった。
     
    「ありがとう、助かったよ」
    「助けて貰ったのは私の方だけど……」
    「ボクはプールで泳いだだけだ」
    「……ビリー様」
    「いつか、一緒に行こうか……ああ、ちゃんと見られてもいいようにウェットスーツを着るから、心配しないで」
     
     一緒に。それは生きる意味にすら感じた。
     サングラスを外した男の表情は、凄く豊かで、金色の瞳が美しくて、タチアナは眩しげに目を細めて答えた。
     
     数年後、男はタチアナを残して消えた。
     裏切り者という汚名と共に。
    COLT PYTHO ビリー+不死不運 
     拳銃を教えて欲しい。
     射撃場にいたビリーに、不死と不運のコンビがそう声をかけた。
     ビリーは白いシャツにホルスターという軽装で、ネクタイも緩くどこかオフの雰囲気を醸している。他はサングラスと、首に掛けた防音イヤーマフ。
     いつも後ろを付いて歩くタチアナは、シェンとトップと共にチカラの回避訓練中だ。
     
    「これはお揃いで」
    「ジュイスから指示来てんだろうが。コイツに銃の指南してくれ」
    「あぁ、それなら断ったよ」
     
     乗り気ではない空気に、風子がオロオロと二人の男性に視線を動かす。邪魔をしたかな? 怒っているかな? タチアナから話は聞いていたが、ろくに挨拶もしていない。
     身長は同じぐらいだろうか。長身の男二人が見合っていると、少し怖かった。
     ボタンを押して、向こう側にある標的の紙を引き寄せたビリーが、アンディへとそれを見せた。
     
    「ボクに教えられるとは思えない」
     
     人型を模した紙には、中心を外し散らばった弾丸の痕があった。タチアナが自慢げに言っていた話とは異なり、風子が反応に困る中、アンディが鼻で笑った。
     
    「聴覚まで縛っておいて何言ってやがる」
     
     今は首に掛けているが、先程まで防音イヤーマフで耳を覆いながら、ビリーは射撃訓練を行なっていた。
     
    「残念な事に、ボクにはこれしかなくてね」
     
     トントンと指先で耳を叩いた。防音なしで射撃を行うと、難聴になる危険性が高い。実戦で外すのは、情報を遮断できないだけで、時折耳は痛むのだ。
     射撃場では装着してね、と少女にだけ備え付けのイヤーマフを渡す。マイクも内蔵されているから、会話に支障はない。着けた姿に微笑むと、堅かった表情が柔らかくなった。不死にも一応聞いたが、要らないとのこと。
     
    「そもそも君、撃てるでしょ。自分で教えなよ」
     
     断る理由探しが面倒になり、二人でイチャついて欲しいものだ、とビリーが暗に言えば、アンディがそっぽを向いた。
     
    「タチアナがあんまり褒めるから、オマエに教わりたいって……」
    「ハハ、なんだ。なら仕方ない」
     
     フラれたのか、とは口に出さなかった。
     
    「分かった、いいよ。だが君も手伝え」
    「……」
     
     何となく悪い予感がしている不死を他所に、ビリーは風子に向き直る。見せてと、手袋の上から手に触れた。ほんの一瞬だけ重ねて終わる。小さな手だ。さてどうするかと考えて、
     ビリーは、おもむろに背のホルスターから一丁の銃を抜いた。コルト・パイソンだった。
     
    「これ使って」
    「え……」
     
     驚いた声を上げたのは、アンディもだった。この銃の癖を知っていても不思議はないかと、ビリーは内心笑う。仕方がない。保護者に許可を取ろう。
     
    「ダメかい?」
     
     アンディに問えば、まず顔で難色を示した。ビリーはその空気を察する。
     
    「素人に渡す物か? それにデカすぎんだろ。グロック辺りでいい」
    「オートはオススメしない」
    「オマエの趣味は聞いてねえ」
    「否定はしないけど、不運発生して暴発……君に当たる未来しか見えないな」
     
     自動拳銃はどうしても暴発の危険が伴う。
     頭を抜ける様がありありと思い浮かび、アンディは天を仰いだ。問題はそこまで大きな不運ではないこと。敵を倒せる規模ではない。ただアンディとクローゼスが痛いだけ。無駄だ。
     
    「UMAや否定者相手じゃ、小さいと意味ないしね。少し手に余るけど、片手で撃とうとしなければ何とかなるかな」
     
     まず持ち方を教える。
     
    「グロックは弾数が多くて軽いけど、プラスチック多用なんてするから一つも手に馴染まないし、殺す重みも守る使命感も伝わって来ない。他国の軍はこれでよく戦えるものだ、と思うんだ」
    「おい本当に嫌いなだけだろ」
    「だから否定はしないって」
     
     会話の弾み方に、男二人が仲良くなれそうかなと安堵していた風子の前で、ビリーはじゃあそこ立って、とアンディに指示した。
     射撃場のレーンの、ど真ん中だ。
     
    「よし、じゃあアレ撃ってごらん」
    「ふええ?!」
     
     いきなりの状況に、風子が慌てた。アンディはもう諦めており、クロを標的の輪っかに変えている。
     
    「待って、私本当に素人」
    「ヴィクの頭に撃ち込んだ人が今更だろう?」
    「あうあう」
    「君に必要な練習は、人を撃つ。それに慣れる事だ」
     
     余談だが、弾の種類を問い掛けたアンディに、ビリーは笑顔で答えた。.357マグナム弾だと。
     
     まずは絶対に両手。真っ直ぐ両目で見て構えればいい。
     ボクの真似はしないこと。
     コルトはシングルアクションにした方が狙い易いから、撃鉄を起こして、そうそれ。
     理由? 見せた方が早いな。ちょっと頭抜くけど我慢して。君は銃見てて。ここの回転とハンマーのコック……撃鉄の動きが連動してて、摩擦が強くなる。それから元々スプリングの形が悪い。だから引いていくと、この辺りで引き金が重くなるんだ。こっちに意識が向くから、標的を狙うどころじゃなくなる。先に起こしておくと楽になるよ。
     で、こう(発射されFMJ弾がアンディの頭を抜く。再生が早いと抜けるだけになる)慣れたらダブルアクションにすればいいよ。感触が変わるからそこも練習だ。
     狙いは、こことここの間にターゲットを置いて、トリガー……ごめん、引き金を引いて。
     一気に。もっと強く。
     ダブルアクションの時は特にそれ意識して。
     撃鉄の落ちるタイミングが読み辛いから、止めようなんて考えないで引き切って。
     肘だけだと辛くなるから、肩や体全体で反動を逃す。うん、そうそう。
     
    「筋はいいよ。二ヶ月やれば、まぁ、狙った場所には当てられるかな」
    「ありがとうございます」
     
     風子がお礼を言う奥で、穴だらけの不死と痛いと泣く服のUMAが佇んでいる。中々にシュールな絵だ。
     
    「戦闘訓練が終わったら、その銃はあげるよ」
    「うえ、いやそれは恐れ多いというか、私なんてほんと……そのへんの安いので」
     
     高そうだなと、重量感や精巧な造りで思ったのだろう。それは正しい。だが、
     
    「素人なんだろ。今日一日を無駄にしない。本番と同じ物で練習しないと意味がないんだ。銃によって異なる癖もあるし。その都度、対応できる?」
     
     正論で黙らせてから、ダメ押しを。
     
    「他にも持ってるから気にしないで」
     と言えば、風子はほっとした笑顔を見せた。
     
     二ヶ月後。
     箱の中には、磨き上げられた銃が寝かされていた。
     COLT PYTHON .357 MAGNUM。男の手を離れて、不運の少女の手に渡る事となった。

     ふと、タチアナには何もプレゼントが無いなと、残念に思った。
     何一つ残せない。
     言葉も、笑顔も、思い出も、塗り潰される。
     何一つ残らないのだ。
     
     ああ、でもこれだけは置いていこうと決めて、ビリーは箱を閉じた。
     
     男が残したものは、誰の目にも見えない。
     誰も気付かない。
     伝言ですらない。
     けれど、確かにそこにあった。
     
     少女を護るよう構えた、友人の手の中。
     それが、如実に物語る。

     ボクの心はここにある。
    髪を洗う ビリー+アンディ 
     猫脚の白いバスタブを前に、ビリーは途方に暮れていた。
     出来る事なら神に祈りたい。出来ないのであれば、速やかに消えてくれ。そうすれば、とりあえず無かった事になる気がする。
     目の前では、不死の男がドボドボとバスタブに湯を溜めながら、バブルバスを泡立てている。
     今からこれに入るのか?
     待ってくれ冗談だろ、という感情に打ちのめされながら、男は包帯の巻かれた左手を握り込んだ。
     
     本日、不運の少女に頼まれて、銃の指南を行っていた。的である、不死の頭にも当たるようになってきたから、そろそろ休憩をと思っていた矢先。
     ほぼ無意識だろう。コルト・パイソンを引き続けた指が疲れたのか、風子が人差し指を伸ばした。真っ直ぐリボルバーの側面に添わせて、引き金には中指が掛かって。
     
    「……風子っ!」
     
     気付いたアンディが止めるより先に、撃鉄が落ちた。

    「この程度で済んで幸運だと思え」
     
     裂傷と火傷の処置を終えたニコが、盲目の男に言った。男は包帯の巻かれた左手を、軽く握って動きを確認する。
     縫ったばかりで触るなと、怒られたにも関わらずだ。
     付き添いは少女ではなく、珍しく不死の男。
     やってはいけないよ、と言われていた構え方をした少女から、ビリーは六丁を抜く速度で銃を奪い取った。火を噴く正にそのタイミングで。
     いきなり目の前から銃が消えた風子に、指を前に出す形はダメだと強めに言い渡し、ビリーは訓練を切り上げた。
     表向きはコルトの調整。だが咄嗟に出た左の手には血が滴っていた。無造作にポケットに入れて隠す。
     人差し指を前に伸ばす。オートでは偶に見掛ける構え方だが、リボルバーではNG。シリンダーと銃身の隙間から、高圧の発射ガスが漏れて怪我を負う。マグナム弾ともなれば、指を切断する威力。
     射撃場を出るビリーの背を、アンディが一人で追った。手を見せろと詰め寄っても、初め、ビリーは何ともないと言った。
     埒が開かないと、アンディは逃さぬよう男の腕を掴んで、ニコの元に連れて来た次第だ。
     
    「何年扱ってんだオマエは。素人みてえな怪我しやがって」
     
     ボケと付け加えられた、正論が痛い。何も言えずにビリーは横を向いた。不死が追い討ちをかける。
     
    「で? どの辺りが何ともねえって?」
    「嫌味だな。指はある」
    「あればいいのかよ。なぁドクター、コイツ殴っていいか?」
    「いいぞ、縫合に使った俺の時間分も加えとけ」
     
     本当は、シリンダーが回転しないよう押さえたかったのだろう。間に合わなかった。それをミスと捉えた。見た目以上に落ち込んでいるらしく、だから意地を張る。
     素直に隠さず診せに来れば、誰も責めないのだが。
     ぷい、とそっぽを向いたままの男に、ニコは日頃の恨みを募らせた。
     どれだけオマエの体を縫って来たと思っていやがる内臓縫った数ダントツだからな礼はいらん次怪我しねえようにしろって毎回言わせんじゃねえよこのボケが。
     こっそりと、意趣返しを思い付き、不死を呼ぶ。
     ミコが試作したバブルバスをコイツで試せ。配管工事はこっちで終わらせておく。
     アンディは二つ返事で了解した。
     そうして、ビリーが自室に戻ると、先に医務室を出たアンディが居て、冒頭の光景があった。
     猫脚の滑らかなバスタブに、きめ細やかな泡が立っていく。分かる自身の聴覚と、空間認識能力をビリーは初めて恨んだ。
     
    「試作品。いい物なら貰うつもりだ」
    「……初めから二人で楽しめよ」
    「クク、機嫌悪いな。痛むか?」
     
     平気だ。だから出てけ。そう込めて左手を上げたが、不死は頷いただけだった。普通に動くし骨にも異常はないのに。
     半分ほどバスタブを埋めた所で、アンディが振り返った。
     
    「自分で脱ぐか、オレに脱がされるか、選べ」
     
     もう溜息も出ない。ビリーは諦めてネクタイに指を掛けた。
     香りは悪くなかった。ふわふわと触れる泡の感触も心地良い。試作品と言ったからラボ製だろう。
     左手だけ外に出して、真ん中に座った。後は身を任せる事にした。
     アンディが掬った湯と泡を黒髪に馴染ませて、ゆっくりと指先を動かす。乱雑に洗われる覚悟をしていたビリーが、おぉと感嘆の声を漏らす。
     
    「上手いな……」
    「元美容師。大昔だけどな」
     
     耳の後ろからこめかみ付近。後頭部と、少し上向かせて、前髪を。一通り洗って流す。
     頭から泡を流したビリーは、髪をかき上げて水分を落とした後、ありがとうと告げる。
     
    「体も洗ってやろうか?」
    「要らねえよ」
     
     荒い口調ながら、どこか楽しげに言って、ビリーはバスタブに凭れた。
    ホワイトパズル ビリー+アンディ 
     不死者の男の部屋には、パズルがある。
     3000ピース、730×1020の大きなもので、テーブルを我が物顔で占領している。
     男の趣味だ。
     新しい物ももちろん好きだ。流行りは一通り試す。世に拒絶感はない。
     だが、なぜかこの静かな世界も好きだった。
     バラバラになった欠片が、在るべき場所にピタリと嵌る。その瞬間がなんとも言えない。
     作っては壊すを繰り返してきた、お気に入りのパズル。つい先日、また始めた。
     組織に入って追われる事も無くなり、構いたい誰かも訓練などに忙しくなった為、久々に趣味に費やそうと思い至ったのだ。
     連む少女が眠った後、酒の入ったグラスを傾けながら、アンディはピースを手に取る。欠片はいつもと違わず、洗練された美しい姿だ。
     オーソドックスに、まずは分類を。周囲を固めるのはその後。
     準備段階と思われる、この振り分け作業が意外にも苦ではない。能力の攻略のように、差異を捉え、細かく分類する。
     今までの軍関係の仲間や、円卓の若者組は、誰も手を伸ばさなかった。部屋を訪れても、趣味だ、ふーん、と言う会話でいつも終わった。
     初めてだろうか。本日ふらりとやって来て、一緒にやっていいかい? と聞いて来た相手は。
     テーブルの向かいには、男が一人座っていた。
     長い脚を組み、頬杖をついて、もう片方の手に持ったパズルのピースを、サングラス越しに眺めている。形状でも思い浮かべているのかと思いきや、
     
    「これ何の絵だ?」
     
     と、聞いてくるから、アンディは吹き出しそうになった。
     
    「絵に興味があるのか?」
    「それなりに。ジーナの絵も見せて貰ったが、あの人水彩で。よく分からなかった」
     
     彼女の性格的に、雑に説明したのだろう。盲目の相手に、自分の絵を主観で伝えるのは難しく、羞恥も入る。
     触れても色も像も結ばないだろうに、もう見ることはないな、と残念そうに思い出を語るから、持っていた欠片に手を伸ばした。貸してみろと言って。
     偶には趣向を変えるのもいい。
     
    「……青。この部分は青に、少し黒が混ざる」
    「元絵が知りたいんだが?」
    「当ててみろよ」
     
     ニヤリと笑うと、男が眉を寄せた。
     
    「意地が悪いぞ」
    「ヒントはやる。せっかく一人じゃねえし、お喋りに付き合え」
     
     自分のグラスにウィスキーを注いだ。相手は酒を断ったから、揃いのグラスにアイスティーが入っている。
     色は似ているから、勝手にグラスをぶつけて、勝手に飲んだ。雰囲気で充分。
     ビリーが、ネクタイに指を掛けた。緩く、ほどく。
     
    「画家名は先に教えろ」
     
     完全に絵画と思っているらしく、アンディはくつくつと喉を震わせた。子供の頃に、絵のパズルを作ったのだろうか。
     
    「それ教えたら面白くねえだろ」
     
     チッと舌打ちか聞こえた。ネクタイを引き抜くと、上着の掛かった背凭れに投げた。英語で中々に汚く罵ってくれる。やる気を出してくれたようで、何よりだ。
     絵も英語も、男の内が透けて見えるようで、可笑しかった。
     
     それも青系。
     系統は無理だ。
     あー、さっきより明るい。
     もう少し具体的に。
     海底に差す月の光。
     ああ、分かりやすい。これは?

    「その前にいいか? オマエそれ……」
     
     枠を作り、似た形に分類し、効率よく進めるアンディとは違い、ビリーは手当たり次第に嵌めようとしている。
     当たるまで全て試す、総当たり。恐ろしく時間が掛かるやり方。
     そこで、気付いた。
     ビリーは嵌らなかったピースを、一度触れたもの、に分けている。
     指先で複数の弾丸を識別するように、僅かな窪みの違いを記憶しているのだ。最終的には3000ピースを全て叩き込む気だろう。
     何とも恐ろしい男だが、頭の方は、色から導き出す絵に夢中らしい。
     
    「どうした?」
     
     ビリーが微かに視線を鋭くした。しかし200歳の男の経験は誤魔化せない。絵本の続きを急かす子供のような目が、サングラスの奥にあって。
     
    「……外枠こっちで作っていいか?」
    「君のだろう? 邪魔する気はないぞ。嫌なら言ってくれ」
    「いや、いい……居ろよ」
     
     さすがに欠片の元の位置まで、覚えてはいない。随分と適当になる。許して欲しいと思う反面、
     
     ここは薄い、オマエの目に近い。
     自分の色なんて忘れた。
     そこは思い出せ。頑張れ。
     無名のオリジナルって事もあるのか?
     まぁ有名どころではねえな。
     ……徹夜しても終わる気がしねえぞ。
     別に急いでねえ。数日で作るもんじゃねえだろ。暇な時に来りゃいい。付き合ってやるから、オマエちゃんと完成させろよ。
     
     アンディはこの男が仕上げる絵を、見てみたいとも思った。
     
     
     不死者の男の部屋には、パズルがある。
     3000ピース、730×1020の大きなもので、作りかけのまま、テーブルを我が物顔で占領している。
     
     絵にタイトルがあるのなら、ミルクパズルと呼ばれる名称が一般的だろう。

     
     何も描かれていない、その真っ白なパズルは
     誰かの帰りを待つように今も男の部屋にある。
    lev Link Message Mute
    2023/03/04 3:16:11

    親愛なる裏切り者さんへ

    アンデラ。何でも許せる方向け。
    webイベント開催おめでとうございます。
    今のループと別人ですがそれでも宜しければ。

    more...
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