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    環 三章十二話「初めて」十三話「百々創」十四話「未練」十五話「計画について」十六話「妹だから」十七話「家族だから」十八話「スパイ」十九話「金継ぎ1」二十話「金継ぎ2」二十一話「トラップ」十二話「初めて」


    「……なんでだ」

     一ミリも騒ぎにならなかった。
     例の女が手を回した結果、そうなったのかどうかは分からない。
     ただただ、いつも通りなんだよ。
     騒ぎも無ければ、それに関係する噂話の一つも耳に入らないレベルで。
     帷子と艮の二人も「クラスメイトから何も言われないし何も聞かれないし、自分達を見る目もいつもと変わらない」と言っている。
     毎日会う兄貴でさえも、噂なんて一ミリも知らないようなアホ面で味噌汁を溢して火傷していた。

     このまま噂が広まるのを待ったとしても、意味は無に等しいんだろう。
     むしろ悪化しそうというか…あの騒ぎの目撃者すら、騒ぎの事を忘れてしまいそう、というか、なんというか。
     頭が働かない。微塵も良いアイデアが浮かんでくれない。
     一月も待った。それなのに広まらなくて、何も、進まなくて。
     ただワキノブ達と無意味な話し合いをしているだけで、このままだとあの女と話すよりも前に、あの女が卒業してしまいそうで。
     そうなったら私がこの学校に来た意味はどうなる?何も成し遂げられないままあの女が卒業したら?



     どう、しようか。
     女子トイレで手を洗いながら、鏡の中に居る自分へこう問いかける。

    「……どう、すればいいと思う?」

     例の女が手を回した結果、こうなったんだとしたらそれでいい。
     でも、もし手を回していなかったら?いやそもそもというか、例の女が手を回したとしたら、一体どうやって封じ込めたんだ?
     分からない。一ミリたりとも、理解できない。

     水の流れる音。
     安っぽい芳香剤の匂い。
     脳味噌の動きが停止し、自らの非力さへ、自らの、察しの悪さへ腹が立つ。

     晶、お前は今、何をしているんだ。
     お前は、今も、私をどこかで、見ているのか?
     私を見下したような目で、見ているのか?


    「蹴散らしたちゃん、久しぶり」


     その時、ハスキーな女の声が右隣から聞こえた。
     声のした方を見ると、そこには。














    「……佐鳥…晶……」
    「名前覚えててくれたん?嬉しいな」

     ……!!

     長い前髪で、肩までのボブヘアー。私から見て左側のもみ上げだけが短い。
     私よりも少し背が高く、雪のような肌に、すらりと高い鼻、そして、薄い紅色の唇。蛇のような目。

     背に冷たい汗が流れる感覚がした。
     なんでこの、こいつが、一年のトイレに、いや、それよりも、蹴散らした…ちゃん……って……。
     やっぱり、あの噂を広めたのは…こいつ、なのか……。

    「この高校めっちゃ無駄に偏差値高いからさ、テスト結構難しかったやろ?大丈夫やった?」
     眉を下げ、心配そうに私を見つめるこいつ。
    「……大、丈夫」
     恐る恐るそう答えると、晶は満足そうに頷き、私の隣の手洗い場で手を洗い始めた。

    「なあ華菜ちゃん」
    「……」
     名前を呼ばれる度に強張る体。
     震える手。ハンドソープの安っぽい匂い。
     気付かれないよう、拳をグッと強く握りしめると、晶はそれに気付いたのか、クスリと笑った。

    「…智明、喜んでたよ、華菜ちゃんと同じ高校通えて…なんでこの高校来たん?」
     ざわりと立つ鳥肌。
     全てを分かっていて、全てを、理解しているくせに、あえて、バカのフリをして、掌の上で転がそうとしているのか。

     ペーパーナプキンで手を拭いてから、唇に色付きのリップを塗る晶。
     ぐっと覚悟を決め、大きく息を吐き出してから、晶の問いかけにこう答えた。


    「お前と会うためだ」


     晶は、目を見開いた。
     目を見開いてから、しばらく固まり、何かに納得したのか一度頷き、こう言った。

    「うん、うちもそうやで」




    「わ、そんなことがあったんですね…」
     晶と会った事を、私は、ワキノブにだけ話した。
     学校から少し離れたファストフード店の奥の席。
     壁に、妙にアーティスティックな絵が描かれていて、二人で「この壁なんかキモい形だな」なんていつも通りの雑談をして、少し和んでから話すことにしたんだ。
     ワキノブにだけ話そうと決めた理由は、澁澤は晶に対して大きな感情を抱いていそうだったから。
     もし私と晶が会ったと言ったら…動揺して、何か、ダメなことになってしまいそうな気がしたからだ。

    「晶は、私を、どこかから、ずっと、見ていたのかって思うと…」
    「…怖いん、ですか?」
     頷く私。流れる沈黙。
     すると、慰めるためか、向かいの席に座ったワキノブは、少し身を乗り出して私の耳たぶを撫でてくれた。

    「高校デビューのためにピアス開けといて「怖い」なんてよく言えますね」
    「それとこれとは関係ないだろ」
    「ふふ…確かに、関係ないかも」

     私の言葉を聞きクスクスと笑うワキノブ。
     ワキノブの顔を見ながら、氷が溶けたあまり美味しくないオレンジジュースを一口飲む。
    こいつの横顔を見ていると、ふと、分厚いレンズの奥に光る目が、菜那さんの瞳の色と少し似ているな。いや、半分だけ似ているな、と思った。

    「…お前、なんで、メガネかけてんの?視力そんな悪かったっけ?」
     私がそう尋ねると、ワキノブは困ったように首を傾げてから、小さな声でこう答えた。

    「視力がめっちゃ悪い、というのもあるんですけど…綺麗すぎるから、姉様に隠した方がいいって言われて」
     綺麗すぎるから、隠した方が良い?
    「どういう意味?何が綺麗?」
     ワキノブは、私の質問に、また、首を傾げた。
     そして、少し考えてから、お茶を一口飲み、ゆっくり話してくれた。
    「私の顔が、綺麗なんです…その、いや、綺麗すぎるもの、って、時には、悲しい目に遭うって、小さい頃から、姉様に…言われ続けていて…」
     小さく震える手を、ぎゅっと握りしめるワキノブ。
     その手を、ワキノブの小さい手よりも小さい、私の手で包み込む。

    「私が守るよ」
     目を見開くワキノブ。
     少ししてから、ワキノブは、メガネを外した。


    「……うん、確かに、綺麗かも」
    「…知ってます、でも…ありがとう」
    「……」
    「……華菜さん」
    「……うん」
    「……」
    「…名前呼んでくれてありがと」
    「…うん」
    「ワキノブ」
    「そこは忍って呼ぶとこだろ」

     しばらくそうやって話し合っていると、ワキノブが、氷が溶けて薄くなったお茶を飲み、文句を言ってからこう尋ねてきた。

    「このお茶不味すぎる…氷が溶けただけで普通こうなる…?……あ、あの、華菜さん、今更こんな事言っちゃダメかもしれないけど…晶さんって人、本当に悪い人なんですかね…?」
    「え?」
    「話を聞く限り、その、私には、貴方を心配して会いに来たように思えてしまって…」
     ワキノブの言葉で、あの時感じた恐怖心を思い出した。
    「……そっか」
     私がそう言うと、ワキノブは慌てながら言葉を続けた。
    「あっ!その、華菜さんの事は勿論信じますよ、でも…私が、晶さんがどういう人なのかを理解してないからかも、しれませんけど…あ、じゃあ…今、この話はやめた方が…良いですよね」
    「ううん、大丈夫だよ、言って、聞きたい」
    「……えっ、と…」
     ワキノブはしばらく悩んでから、こう続けた。

    「…晶さんが、悪い人だっていう認識は間違ってる、とまでは言わないけど、疑う、余地くらいはあっても…良いんじゃないですか?」
     怯えたように、珍しく私の顔色を伺いながらそう話すワキノブ。

    「……なんでそう思った?」
     何となく気になって、そう聞いてみる。
     するとワキノブは、真っ赤な唇をぐっと噛み締めてから、泣きそうな声でこう言った。


    「姉様の、大事な…友達なんです…晶さんって人」
    「……!」
    「晶さんの事を姉様に聞いてみたら…姉様は、恩人だ、とか…良い人って言っていて、なら、晶さんが、華菜さんに接触したのも、友達の、妹だから、心配で会いに来たんじゃないか、とか、いや、それだったら…最後の言葉の意味が分からないし…」
     怯えたような、私の機嫌を伺うようなワキノブの態度。
     初めてだ。ワキノブのこんな姿を見るのは。

     少し悩んでから、私は、さっき私を慰めてくれたワキノブよりも大きく身を乗り出し、ワキノブを抱き締めた。

    「板挟みにしてごめん、ワキノブ」
    「ううん、大丈夫…こちらこそ、ごめんなさい」
     背に恐る恐る回されるワキノブの手。

     ワキノブも、誰も、晶も、傷付けない道を、選べたら。
     もしそんな道があるのなら、私は。例え。何をしてでも。


    十三話「百々創」


     6月3日。昼休み。
     晶と話して数日が経った時、菜那さんが作ったチャットルームに澁澤からの連絡が入った。
    「転校生が来たよ」
     こんな時期に転校生?と返信すると、澁澤は犬が側転をしているスタンプで返信してきた。
     意図掴めんし正直意味不明だけど、なんか触れるに触れられず「そっか、報告してくれてありがとう」とだけ返信しておいた。
     横で見ていたワキノブはくすくすと笑ってから携帯の電源を切り、私の顔をじっと見つめた。

    「転校生の事どう思う?」
     私がそう尋ねると、首を傾け、少し何かを考えてからこう答えてくれた。

    「もしかしたら、例の女の、関係者かも?」
    「確かに、この時期に転校生って、妙な感じするよな」
    「本当に…今のこの時期、華菜さんと晶さんが二人で話したほぼ直後に転校生が来るってだけで、ちょっと怪しいですよね」
    「な…マジで怪しいと思うわ…」
    「偶然であればいいんですけど…」
    「うん…」

     ワキノブと二人で、転校生について、澁澤の謎のスタンプについて話していると、澁澤からまたメッセージが。
     今度は簡潔に、分かりやすい表現で、こう書いてあった。
    「転校生と友達になったよ」と。

     ほう。

    「……あの人何してんの?」
    「わからん…でも頼む手間省けたわ……」
    「えぇ…?」

     転校生という存在がいることを知ってから、どうやって接触しようか。どうやって探ろうか。もし協力者なら転校生側からこっちに接触してくるよな。でもそれを待っているだけっていうのは少しモヤモヤするな、なんて色々考えていた私達をまるで見抜いていたかのような澁澤からのメッセージ。
     なんというか、少し怖くなった。

    「華菜さん、利用するものは利用するんでしょ?」
     それを見抜いてくれるワキノブ。
     私は、安心した。

     端から見ればワキノブを疑うべきだと言われるかもしれないけど、ただ、ワキノブが好きだった。
     だから、信じたかった。信じていると決めたんだ。




    「こん、にちは、まさかこんな大勢と会うとは思わなかったんですけど…1、2、3……あれ…?」

     放課後に会うことになった、澁澤から紹介された転校生は、丸刈りの男だった。
     ぎょろりとした目に、下がった口角。真顔だと怒っているのかと勘違いしそうな少し怖い表情をしている。
     背丈はワキノブと帷子の間くらいで…多分160後半くらい?で…190の艮に怯えている様子の男。

    「わ、私は…百々、です…百々創」
    「どどはじめ?かっこいい名前!私は額塚菜那!」
     転校生に一番に話しかけたのは、やはり菜那さんだった。
     美人に褒められて嬉しいのか眉を八の字にし「私の臓器が目当てですか」と失礼な事を言う百々。

    「はーー!?なにそれ!私ド正直に褒めたんですけど!」
     怒る菜那さんに怯え「ごめんなさい!」と連呼する百々創。
     艮と同じように、見た目で誤解されやすい男なんだな、と思った。

     彼は私の顔をチラリと見てから、軽く頭を下げ、ぐっと目を逸らした。

    「三年生で転校なんて…色々大変だね…」
     帷子がそう言うと、百々はゆっくり頷きこう呟いた。
    「それも家の事情で、ですよ…なんか、身勝手な感じがして嫌な気持ち分かります?」
     家の事情で転校…それも三年で、か。苦労しているんだな。
     頷き「分かります…大変ですね」と言うと、百々は二度頷き、自分の首の後ろを左手で撫でながら「初対面なのに愚痴を言ってしまってごめんなさい」と、悲しげな表情をした。

     なんか…思ったより、良いやつっぽいな、本当に。

    「貴方が、例の、人ですか?」
     百々の回りで好きに話しているみんなを見ていた時、百々がこっちを向き、私に話しかけてきた。
     こいつの口調から察するに…またクラス票での話を持ち出されるんだろうな、と察してしまった。何回私は否定しなきゃいけないんだ?

    「お兄さんのために進学先選んだっていう、優しい妹さん」
    「違う私は蹴散らしてなんか、あ、いや、あの、え?」
    「え?別の人?蹴散らしたって?何の話です?怖い…」




     百々と過ごして、多分そろそろ一時間かそんくらい。
     ワキノブと二人で行ったのと同じファストフード店に行って、例の女についての話はせず、お互いの趣味や好きな物の話をしている間、百々はずっと自分の携帯を気にしていた。

     まさか、例の女からの連絡を待っているとか…?百々は例の女と繋がっているのか?と思いながら百々の表情を注意深く伺っていると、私の考えに気付いたのか、澁澤が私の顔を見てから一度小さく頷き、百々の肩を優しく叩いた。

    「…さっきからずっと携帯見てるけど…連絡待ち?何かの懸賞にでも応募したの?」
     うわ、なんか、嫌な聞き方…。
     すると、百々は澁澤の方を見てから「ごめんなさい」と謝り、私達に小さい声でこう答えた。
    「あー、その、知り合いからの連絡を待ってるんです、ちょっと…その、も、揉めていて…」
     その言葉に、澁澤とワキノブが顔を見合わせた。

    「その知り合いの方って、どんな人なんですか?」
     ワキノブがそう尋ねると、百々は眉を八の字にしてから小さく唸り、携帯を一度見てから、下唇をグッと噛み締めた。
     そんな、誰なのか言い辛い…人なのか。
     なら、もしかしたら、こいつは…やっぱり、晶と関係あるんじゃ…。

     澁澤、ワキノブ、そして私以外にも、菜那さんと帷子も、そして艮もてつもレンも百々を怪しく思ったのか、百々の言葉を注意深く聞いている。
     百々はしばらく悩んで、泣きそうな顔をしてから辺りを注意深く観察してから、小さい声でこう答えた。


    「…私が、連絡を待っている相手は…」
    「うん……」
    「…一週間前に…別れた…彼女…です…」
    「あー……」
     それは…言い…辛いよな……。
    「…あの、聞いて…ごめんね」
    「…なんか、良い、解決策、見つかると、良いね」
    「……気を遣わないで…もっと、辛くなるから……」


    十四話「未練」


    「…あの子からの連絡は?」
    「……無い」
    「今日で3日目だっけ?」
    「……と、3時間43分…」
    「創、分数まで把握しちゃうのはちょっとキモいよ流石に」
    「…!!ついたついたついたついた!!既読!!ついた!!ついたよ遥!!!」
    「ほんと!?なら返信来るよ返信来る来る来る」
    「既……ッ」
    「…どうした?返信来た?」
    「……行ってくる」
    「何?」
    「この子寂しがってる」
    「いや…あのね、言うのやめようと思ってたけどこの際だから言わせて?」
    「行ってくる」
    「創はさ!元カノが他の男と会ってたから喧嘩して別れたんだよね?そんな人と復縁しようって思う方がおかしいよ!」
    「噂でしょ、私噂信じないタイプの男だから、遥とは違って」
    「あっ…百々創!待て!なんて来たかだけ言って!先っぽだけで良いから!!」
    「…って言われた」
    「行け行け行け行け!今すぐに行け!!!ゴー!振り返るな!!」
    「行ってくる」
    「お肌綺麗にして行ってきな!」
    「行ってくる!!」


     あの……話し合いするんじゃなかったっけ?
     レンから「おともだちが増えたから、この際まとめてみんなの自己紹介でもしない?」って、誘われて、来た筈なのにな…。
     てか、なんで帷子と百々の二人はあんな仲良くなってんの?いつの間に…。
     菜那さんと顔を見合わせ「恋愛って難しいですね」と話していると、てつが菜那さんと私に向けて恐る恐るこう尋ねてきた。

    「あの、一個質問なんすけど…よくドラマとかで見かける、友達に好きな人から送られてきたメッセージを見せる流れってあるじゃないですか?あれって実在するんすか?」
    「するよ、私中学ん時友達に見せられたことあってさ、○○君から送られてきたメッセージ見てーって」
     私の言葉を聞いた菜那さんは嬉しそうに私を後ろから強くぎゅっと抱き締めてくれた。
    「え!本当なんだ…わ、華菜ちゃんも結構青春してるね!お姉さんなんか嬉しいな~!」

     なんか…石鹸の良い匂いがするな…とか思ったら変態っぽいかな…。
     なんて思いながら、私を抱き締めてくれる菜那さんの腕を撫でていると、そんな私達二人に向けて、レンが興味深そうに身を乗り出してこう質問してくれた。
    「ねえねえ、そのおともだちはどうしてかなちゃんに見せてくれたの?」
     レンの言葉を聞いて、中学時代の事をふと思い出した。
     友達から「どうしたらいいかな!」と相談を受けまくって、恋愛経験ゼロなのに恋愛マスターみたいな扱いをされていた日々を。

    「なんて返信すれば良いか自分以外の意見が欲しいらしくて…確か「誰よりも素直な華菜に聞きたい!」って言ってたっけな」
     レンの問いかけに私がそう答えると、ワキノブが納得したように息を吐いた。
    「おおー…なんか、華菜さんらしいですね…」
    「私らしいってなんだよ」
    「ねえねえ華菜ちゃん華菜ちゃん?その子と好きな人は、賢い華菜ちゃんのアドバイスで付き合えた?ダメだった?」
    「あそこ見せられたって言ってたから男の方一発殴った」
    「わーかっこいい…ぼくがそのおともだちだったらかなちゃんに惚れてるよ…」
     レンはそう言いながら冗談っぽく胸の前で手を組んで、恋する乙女のような仕草をした。
    「あはは!なんだそれ…」
     その姿が面白くて笑っていると、レンもつられたように笑ってくれた。
    「ふふ、どう?ぼくかわいい?」
    「うん、かわいいとおもう」

     レンとそうやって微笑み合っていると、てつが申し訳なさそうにこう問いかけてきた。
    「えーでも、あの…友達にメッセージ共有して返信どうするか聞いてるってなんか怖くないっすか…?」
    「あー…たしかにそれ、いわれてみたらこわいかも…」
    「確かに!考えてみて!変なメッセージ送ってて…それを友達に共有されてたらって思うと怖くならない!?友情怖~!絶対男子会とか女子会とかでネタにされてる~!ってならない!?」
     菜那さんは私から離れ、そう言いながら辺りを見渡すような動作をした。
    「付き合ってもない奴に他じゃ見せられんような変なメッセージ送る方が怖いです」
     冷静なワキノブの言葉。菜那さんは納得したのか大きく頷いた。
    「それもそうだな…」


     その後、元カノに物凄く辛い振られ方をした百々が帰ってきてから、みんなでお互いの趣味や名前、家族構成、その他諸々についてを話し合うことにした。

    「私は百々創、誰からも愛されない男です…」
    「百々君には申し訳ないけど落ち込み方めちゃくちゃ面白いね」
     俯き、恐らく元カノの名前を何度も呟く百々創。
     そんなに元カノが恋しいのか…じゃあなんで別れたんだろ…?
     しかしそんな事が聞けるわけもなく、代わりに、豪快に笑っている澁澤を見て怪訝な顔をしている百々創へこう質問した。
    「恋人さんとは付き合って何ヵ月くらいだったんですか?」

     百々は、しばらく悩んでから…嬉しそうに、でも、どこか悲しそうにこう答えた。
    「半年です…大好きで、大切だって伝えたら振られました…」
    「それは彼女の方に問題があるんじゃない?」
     なんて答えようか悩んでいた私の代わりに返事をしてくれたのは菜那さんだった。
    「私が重いのが彼女のせいですか…?」
     そう言いながら悲しげに俯く百々。

    「そ、そういう…あぁ…どう、しよっか…」
     あの菜那さんが気を使ってる…。
     どうしようか、なんか、き、気まずいな…。
     てつと顔を見合わせ、どうしようかと首を傾げたその時、ワキノブが口を開いた。

    「私は花脇忍です、恋人はいません、趣味は眼鏡磨き」
    「ワキノブ、お前どういう精神構造してんの?」
    「ワキノブ…可愛いあだ名ですね…」
    「可愛くないですから」
    「はは、このあだ名あんまり好きじゃないんだ?」
    「はい」

     おい、なんでワキノブでちょっと元気出てんだよ百々創。
     まぁあの状況だったら無理矢理でも話を変えた方が…。
    「…彼女も君みたいに、自分のあだ名が嫌いだったな…」
     始まった!!
    「あーーー私は沢田華菜!恋人はいない!趣味はマスコット集め!」
    「彼女も好きだったな、ポピーラビット…」
    「お、俺は…う、艮…清…」
    「綺麗な名前…私の彼女みたい……」
    「それはちょっと嫌だな……」
    「あーーーえっと、お、俺は丸岡徹!!恋人募集中!趣味は読書!!」
    「読書?え、好きな本はなんですか?」
    「え、俺ん時は彼女に絡めたこと言わないんすか…?」
    「あ…ごめんなさい…彼女が読書家アンチで、私が本を持っているだけで「別れる」って言ってくるから…もう半年読んでなくて…」
    「あ、した」
    「そんな女別れて正解だよ」
    「マジでそれ」
    「うるさい、もういいよ、はい、終わり、私の人生終わり」

     うわ…も、元カノの事ディスられて露骨に不機嫌になってる…。
     まあ、百々本人が彼女にまだ未練タラタラみたいだし、そんな状態だったらどんな声かけても無駄だよな。
     なんて思いながら、百々の隣でずっと色んな言葉を掛けているてつの肩を軽く叩き、首を横に振ると、察したのかてつは「まあ、あなたが良いなら良いんすけど…」と言いながら百々から離れた。

    「まぁ、正直、彼女があんまり…その、良い子じゃないのかもっていうのは、遥に相談してた時に察してはいたんですけど…」
    「ならなんで別れを切り出されるより前に分かれなかったの?」
    「それは…彼女の事が誰よりも好きだったから…」
    「へー、帷子君下の名前遥って言うんだ!」
    「額塚さんと帷子さん、なんでそんなに仲良いのにお互いの下の名前知らないんすか…?」


    十五話「計画について」




    「晶晶!この前行ったカフェさ!また新しいフェアやってるみたいだよ!」
    「え、マジで?行こ行こ!」

     親友であり家族であり、恩人でもある存在。雅朱里が、下校途中の私を呼び止めこう言った。

    「相談したいことがあったんやけど、そこでしても大丈夫そうかな?」
     私の言葉を聞いた朱里は、少しだけ悩んでから頷き「一応もしもの時のためにメモ帳あげるね!」と言いながら私へ小さめのメモ帳を手渡してくれた。

    「ありがとう」
     お礼を言うと頷く朱里。
    「予備なら山ほどあるから安心して」
    「流石朱里、愛してる」
    「ふふ、私の方が愛してるよ」



     カフェに到着し、朱里と二人で新商品であるパフェと、大好きな紅茶を注文し、運ばれてくるのを待っている間に、少しだけ話し合うことにした。

    「朱里、どう思う?」
    「あのパフェ?あれはね~」
    「うん」
    「イチゴが乗ってるから確実に0カロリーだよ」
    「そうやな、確実に0カロリーや、イチゴは野菜やからサラダみたいなもん」
    「だよね、あーまた健康になっちゃうよ…!」
    「それとさ、華菜ちゃんについて話さへん?」
    「り」

     朱里は頷いてからお冷やを一口飲み、私と自分の分のペンを鞄から取り出して机に置いた。
    「ありがとう」
     私も鞄からさっき朱里から貰ったメモ帳を取り出すと、それと同時に朱里はメモ帳に何かを書いていく。
     私はそれを読みながら少しずつ話し始めることにした。

    「この前あったやん、三年の教室の前でなんか…揉め事?」
    「……うん、あったね、あのイチャイチャ…彩ちゃんと二人で見て盛り上がってたよ!いやー最高だった…」

     朱里のメモ帳を見て、書いて、読んで、また話し始める。

    「ずっと思ってたんだけどさ、あれ、なんで騒ぎにならなかったの?」
    「あれはな…三年生みんなの感覚がバグってるからやで」
    「感覚が…バグ?ってる?というと?」
    「うん、うちが二年の時に起こしたアレと、終業式で大怪我してる二人と、華菜ちゃんの蹴散らした事件のせいと…最終的に男二人がイチャつき始めたからや。多様性を認め始めてるんやな、世の中は」
    「だから三年の教室の前で揉め事をさせたの?それも作戦のうち?」
    「せやで!やから、もし一年生のクラスの前で揉められてたらちょっと困っちゃったかもしれへんねん」
    「…それを考えたのは、スパイの子?」
    「それは…どうでしょう?」
    「わー!おもしろい…天才!」

     運ばれてきた色とりどりのパフェを見て、朱里と二人で顔を見合わせ「かわいい~!」と盛り上がり、写真を撮ってから、落書きまみれのメモ帳を見た。


    「この明人めっちゃ似てるわ!お腹空いたときの池崎や!かわい!」
    「最近ずっとこの顔してるよね?ダイエット中だっけ?」
    「そうそう!痩せんでも良いのに…えー待って、この神足かわいい、天使ちゃん?本人に見せたいな」
    「いいよ」
    「ありがと!」
    「天使ちゃんって神足ちゃん本人に面と向かって言える?」
    「あーー無理言えない」
    「なら持って帰って言ったげな、え!この私めっちゃ似てる、最大限に太ってた時の雅に似てる」
    「今何キロやったっけ?」
    「58!数字なんてただの数値だって言い聞かせてる~」
    「せやで、うち41」
    「死ね」
    「し、死ね?」


    十六話「妹だから」



     ワキノブと澁澤と私の三人。
     今日も、いつもと同じように、気付いたら一緒にいるようになった三人で学食に集まりご飯を食べていた。

    「華菜ちゃん、テストどうだった?」
    「正味私よりワキノブの方が大変だったと思うわ」
    「黙ってください、これでも赤点は回避してますから」

     澁澤と微笑み合い、拗ねたワキノブを存分にからかってからラーメンを啜る。
     この三人で過ごすと、安心するな。
     澁澤が何を考えているか、何を思っているか、こいつが本当はどういう人間なのか分からないことを差し引いたとしても、私は澁澤とワキノブの三人で過ごすことが好きだった。

     カツ丼を頬張る澁澤を見ながらそんなことを考えていると、突然、こっちにダッシュで向かってくる菜那さんが。

    「か、華菜ちゃん!あ、あたし!やばいこと知っちゃったんだけど…!」
     菜那さんの手には漫画本が握られていた。
    「ひっ」
     その漫画本の表紙を見た途端、ワキノブが小さく悲鳴を上げて自らの目を覆った。
     漫画本を、表紙に怯えているワキノブの前から遠ざけてからよく見てみると、そこには、服をはだけさせた、恐らく、男性が描かれていた。

     それをまじまじと見つめている澁澤へ「知っているか」と尋ねると、澁澤は一度大きく頷いてから、菜那さんの事を睨み付けた。

    「どこでこれ見つけた?」
    「去年あった事が気になって、調べてたら、これが出てきた」

     菜那さんは少し前に、候補に上がった一人一人のSNSアカウントを見つけ、その投稿から探ってみようと決め、それぞれの本名を一人一人検索していったらしい。
     すると、とあるネット記事を見つけ、それを読んでみると、それは、ボス候補の一人、池崎明人が中学時代に遭った性被害についての記事だった。
     その経験が大々的に報道され、それをモデルにした漫画本が発売され、その漫画本が、菜那さんが持ってきた漫画本だった。

     それを聞いた澁澤は、その池崎明人の事件の事を知っていたらしく、三年の間では一時期、その話題で持ちきりだったと答えてくれた。

    「それについては触れないでおこうと、明人君の知り合い達は結託して隠していたんだよ」
     そう、悲しげに呟く澁澤。

    「でも、もし、この漫画本を製作する過程に、例の、女が関わってたらって思わないの?」
     菜那さんの言葉に、澁澤は反論しようと口を開いたが、下唇を噛み、黙り込んでしまった。


    「…額塚さん、これは、帷子君や、創君に、言わないで欲しいんだけど、いいかな」
     澁澤の言葉に頷く菜那さん。

    「晶は、明人君の一番の親友なんだよ」
    「……」
    「…関係ない、と、断定はできないかもしれないけど、違う、と、信、じたい…ね」
    「……」
    「…あ、華菜ちゃん、どこに行くの…!?」



     我慢出来なくなった。
     色んな事情があったと仮定しても、あの女の思考が微塵も理解できない。
     暴力事件に、菜那さんが言っていた、例の女と知り合いである池崎明人がモデルになったという漫画本。
     菜那さんの言う通りあの本の製作過程に、あの女が関わっていたとしたらと、嫌な想像をしてしまった。
     そんなわけがないと言いたいけど、あの女の事が分からない今。否、もっと分からなくなった今。
     あの女と違って頭の良くない私に取れる行動は一つだけだった。

     あの女の教室へまっすぐ歩いていった。
     皆に「邪魔だけはしないでくれ」と頼んでから、歩いた。真っ直ぐ。真っ直ぐと。

     視界が晶を捉えた。
     しかし、私と晶の間に立ち塞がる存在が現れた。
     その、立ち塞がった存在は。





    「……ウジ虫野郎」
     兄貴の幼馴染のウジ虫野郎、松田龍馬だった。
    「華菜ちゃん、あのね…か、華菜ちゃんが、知らなくてもいことって世の中に山程あるんだよ…?」

     恐る恐るそう言うウジ虫野郎。
     ウジ虫野郎の後ろにいた晶は、いつの間にかどこかへ行ってしまった。
    「怖いのか?」
     そう尋ねると、ウジ虫野郎は首を横に振った。
    「怖くはないよ、ただ…恐れているだけ」
    「は?」
    「華菜ちゃんは怖くない、でも…これから先、君をここで通したら、起こる出来事については、恐怖心を抱いているよ」

     晶の顔が浮かんだ。
     しかしそれもすぐ消え、気付いたら、私は、幼い頃からずっと疑念を抱いていた松田龍馬の胸倉を掴んでいた。

    「お前、何いい人ぶってんの」
     私がそう言うと、松田龍馬は、怒りを抑えるためか、何の目的があってかは分からないけど、大きく深呼吸をした。

     昔から、こいつの事が良く分からなかった。
     分かりたくなかったというのが本心かもしれない。
     ありんこにビビる兄貴。同じようにありんこにビビる龍馬。次からはビビらなくなった兄貴。
     二人の仲を、何か、大切な秘密みたいな物に、私という部外者が割って入ってしまいそうで、苦手意識のような、苦手意識に似た、妙な、なんというか、嫉妬心のようなものを感じていたのかもしれない。

    「実際いい人なんだから仕方無いでしょ」
    「お前、マジ、どうした…五月から変だぞ」
    「うん、ごめん」
    「は?」
    「でも、僕からも華菜ちゃんに一言だけ言わせて」
    「……何だよ」
    「お前は人生舐めんなよ」
    「クソガキ」

     震える私の手。見たこと無いこいつの顔。
     私は、恐れるどころか、喜んでいた。

    「……ウジ虫野郎、卒業したんだ」
     頷く松田龍馬。
    「君は…俺の宝物の、智明の、妹だから、俺に、守らせて」
     そう呟く松田龍馬の手には、ピンク色のウサギのマスコットキャラクターが握られていた。
     兄貴が好きな、ポピーラビット。ピンク色の、可愛い兎が。

    「…龍馬、頼む、行かせて欲しい」
     松田龍馬は目を閉じた。
     そして、頷いてくれた。

    「華菜ちゃん、あのね、これから先、何が起きても、この事は忘れないで」
    「……何」
    「僕は、君が、智明の妹だから守るんだよ」


    「、そっ……か」


    十七話「家族だから」


    「晶、話したいことがあるんだけど、ちょっといい?」
     晶の元に向かった筈の華菜ちゃんが「会えなかった」と落ち込んだ様子で帰ってきた。
     それを見、我慢できなかった俺は、友達と歩いている晶を見つけ、呼び止めることにした。
     すると晶は怪訝な顔をしてから頷いてくれた。
     晶の隣に居た友達に軽く会釈をすると、ふと、その子がどこかで見た覚えのある子だという事に気付いた。

    「君…」
     俺がその子に話しかけた途端、晶がその子の背を撫で小さな声で「じゃあ放課後な」と言い、何故か俺からその子を遠ざけた。

    「さっきの子、誰?晶のお友達?」
     俺の言葉に、晶はまたもや怪訝な顔をしてから「今度教える」と答えてから、俺の方へ顔を向け、首を傾げた。
    「で、何の用?」
    「ここじゃなんだから、人が少ないところにしよう」
    「嫌、ここで話せることしか話さんといて」
     晶は譲らなかった。
     少しだけ、考えてから俺はこう切り出した。

    「あの、お友達の女の子も…晶の、事、知ってるの?」
     晶は俺の顔をじっと見つめてから、ゆっくり頷いた。
    「うちの友達みんな、うちの家の事とか、事情について、大体は知ってるよ」
    「じゃあ、あの子にも、華菜ちゃんの事…邪魔させてる?」
     俺の言葉に、晶は、呆れたように笑ってから首を横に振った。

    「うん、あの、女の子には、させてないよ」
    「その言い方、女の子じゃなかったらさせてるみたいだ」
    「考察は人それぞれや」
    「そうだね」

     晶は微笑んだ。
     微笑み、クスクスと笑い、そのあとすっと顔色を変え、声色を変え、俺へこう言った。

    「あんたって意外と固い頭してんねんな、もっと賢いと思ってたわ」
     困惑した。
     しかし、困惑したという事を察されてはいけないと思った俺は、平静を装ってこう言った。

    「自分は、俺と違って賢い、みたいな言い方してるね?」
    「実際そうやろ?あんな馬鹿達と屯して、華菜ちゃんやとか、忍君?やとかを見下して、お世話してる気分になってるあんたよかうちのが賢いやろ」

     、察された。

    「晶、あの」
    「あのな澁澤、あんたがうちの事どう思ってるか、とか、うちとあんたの家の関係が、とかあるけど…個人的にうちはあんたの事あんま好きじゃないわけよ、それは分かる?」
     、
    「うん、分かってるよ、昔から色々、言われてたし」
    「そう、それが分かってるあんたは賢いよ、でもな」
    「……」
    「…騒動やとかに首突っ込んで、華菜ちゃん巻き込んで、華菜ちゃんの意思尊重する言うといて自分のエゴ押し付けてるあんたには、あんたの周りにあるもん何もかもが勿体ないし不釣り合いやで」
    「華菜ちゃんの事」
    「大事よ、うちも華菜ちゃんと同じ女やからな」
     そう言ってから微笑む晶の言葉が俺の胸をぐっと締め付けた。
     女、だからか。

     俺に背を向ける晶。
    「あの、あ、晶」
     俺が名前を呼ぶと振り返る晶。
    「まだなんか用あんの?そろそろ、変な女の子達とばっか付き合っちゃう帷子君とか、陽気で名前覚えへん額塚ちゃんとか、あんたの事が大好きで仕方ない丸岡んとこ行ったら?」

     晶はやはり、いつだって、なんだって俺よりも先で、俺よりも上を行くんだ。
     、エゴだ。これは俺の。

    「そこのお二人さん、そんなとこで妙な話してると、こんな学校だから…不審な噂立てられて、嫌なとこで話題になっちゃいますよ」

     その時、晶と俺の間に割って入る存在が現れた。帷子君だった。
     晶は帷子君の顔をじっと見つめてから「じゃあまたあとで」と俺達二人に背を向け立ち去った。

    「……帷子君…」
     晶が立ち去ってから、隣に立つ帷子君の方を向くと、にっこりと微笑んでから俺へこう言った。
    「ねえ環くん、二人で話せる?」



    「会話、聞くつもりはなかったんだけど…環くんが話してた相手って晶さんだよね」
     帷子君に連れられ中庭に来た俺は、中庭の、帷子君と額塚さんの二人と初めて会った時に座っていたベンチに座った。
     帷子君が僕の隣に座り、優しく微笑みながら話し始める。
    「華菜ちゃんは、晶さんと環くんがこうやって、華菜ちゃんの事を心配して話し合ってること知ってるの?」
    「…知らない、んじゃないかな」
    「じゃあ、自分は、晶さんとの事を話せないくせに、華菜ちゃんには華菜ちゃんの事情だったりを色々話させてるんだね、環くんは」
    「いや、そ、そういう…事情があって…」
    「そういうとこ嫌いだな、僕、普通に」
    「……!」
    「そういうの、なんか、事情があるとか言い訳して、責任を免れようと、自分が正しいと思い込んでる感じ?普通に大人ぶっててキモいと思う」

     ぐっと息が詰まった。何を言おうか、何を言えば…いいのか分からなかった。
     何も言わないのが正解なのか、分からなくて…。

    「環くんにはさ、大人ぶらないで欲しいんだよ、僕」
     背を撫でる帷子君の骨張った手。

    「…え?」
    「キモいってのもあるし、見下されたくないってのもあるけど…普通にそうやって生きてたら息苦しくなるでしょ?」
    「……帷子君」
    「遥って呼んでよ、僕ら友達なんじゃないの?」
     そう言って微笑む、遥。
    「…は…遥」
     俺が彼の名を呼ぶと、遥は優しく微笑んでくれた。

    「……もしかしたらさ、環くんは色々考えちゃう人だろうから、僕のこの言葉が、利用している、とか、僕が環くんの事を好きなんじゃないか、みたいな風に思っちゃう原因になるかもしんないけど」
    「…」
    「友達を気遣いたいってエゴで、妙に大人ぶったこと言ってる高二のクソガキの言葉かもしれないってことも、その考える事リストに追加してよ」
    「…分かった、遥…」

     俺は何をしていたんだろう。
     晶のように、人の思考を操ろうと、自分の思う通りに動かそうとする事が間違いだと、分かっていたはずなのに。俺は何をしていたのだろうか。

    「…実はさ、僕…弟が4人居るんだよね」
     しばらく黙りこんでいた俺へ、遥が優しくこう話しかけてきた。
    「弟たちみんな個性的で、僕の事一応慕ってくれてはいるんだけど、正直めちゃくちゃに舐められててね」
    「…うん」
    「喧嘩もするし、怒ったりもするし、怒鳴ったりもするし、たまに絶交宣言されたりして拗ねたりもするんだよ…そういうときはどうすると思う?」
     首を横に振る俺。遥はクスクスと笑ってから、弟さん達の顔を思い浮かべているのか、愛おしそうに微笑んでから、ゆっくりと話し始めた。

    「大人として、長男として怒るんじゃなくて、一人の人間として、一人の…家族として忠告して、お互いのペースで話すんだよ」
    「…うん」
    「環くんと華菜ちゃんは家族じゃないけどさ、それって、友達でも、先輩後輩でも、先生と生徒でも通じることだと思わない?」
    「…うん、俺もそう思うよ」


    十八話「スパイ」


    「スパイがいる?」
     松田龍馬や、噂が広がらなかった事について考えていた私は、皆をいつもの中庭に集めずっと考えていた事について話すことにした。

    「噂が思うように広がらなかったり、しようとしたことを遮られたりしたんだよ」
     私の言葉を聞いて頷く百々。
    「遮られたっていうのは、どういう…?」
    「前、晶に話しかけようとしたら晶の仲間に邪魔された」
    「…その一回で、ですか?」
     百々は私の言葉に首を傾げた。
     確かにそれはそうだ…と引き下がろうとした時、ワキノブが百々の顔を見つめながらこう言った。

    「一回でも妨害は妨害でしょう」
    「…うん、それも、そうだね」

     百々はそんな私達を見て不思議に思ったのか、突然、こんなことを言い出した。

    「忍君と華菜さんって、凄く仲良しですね」
     顔を見合わせる私達二人。
     そんな私達を見てから、百々は、どこか寂しそうにこう続けた。
    「良いな、私、友達いないから…少し羨ましいかも」
    「あー……」
    「……」
    「……」
    「ちょっと分かるかも…俺も友達あんまりいないから…」
     艮までそう来たか。
     き、気まずいな。
     ワキノブと顔を見合わせ、どうしようか伺い合っていたその時、ずっと私達を無言で見ていた澁澤が口を開いた。

    「そういえばさ、俺みんなに言おうか悩んでたんだけど、少し前に晶と会ったんだ」
    「え?」
    「え~なにそれ初見~!!」
    「初耳なんすけど!」
    「そうだ初耳だ、私バカなのかも、目じゃなくて耳だよね」
    「あの、今は一旦、澁澤の話を遮らないで」

     澁澤に話を続けるよう促すと、澁澤は嬉しそうに頷き、私にお礼を言ってからこう続けた。
    「ありがと、まあ、俺から話しかけたんだけどね?晶に「君は今何がしたいの?」って聞きたくて」
     澁澤の言葉を聞いた菜那さんが澁澤にこう尋ねる。
    「もっとマシな言い方なかったの?」
    「なんか額塚さんらしくないっすね、まともな事言わないでくださいよ」
    「は~~~~!!??」
    「……続けて良い?」
    「続けて続けて、私達の事は気にしないで!」
    「うっわ…その言い方マジで嫌なんすけど…」

     菜那さんの言葉に、何故か頭を抱えるてつと、それを見て笑う菜那さん。
     それを見た澁澤は、声を出して笑ってから、何故か帷子の顔をじっと見つめ、澁澤と目が合った帷子は一度頷き、話を続けろと促した。

    「…そうしたら、晶は…俺らの内部事情を次々に言い出した」
     息を呑むレン。
    「たとえばどんな内部事情?」
     レンの質問を聞いた澁澤は、どこか悲しそうで、でもどこか嬉しそうな声色で答え始めた。
    「遥が変な女の子達とばっかり付き合ってるとか色々ね」
    それを聞いた百々が帷子の方を見つめた。
    帷子は、百々が自らの方を向いたことに気付き、百々の顔をじっと見つめながら首を横に振った。

    「創、僕が自分の恋愛事情を君ら以外に大っぴらに言うようなタイプに見える?」
     すると、百々も同じように首を横に振った。
    「いや、そうは見えないよ…私のは聞いても自分のはあんま言わなかったもんね…」
    「だよね、ならよかった」
    「どんな子と付き合った?後で教えて」
    「うん、後でね?」
    「あぁ…やっぱり私ばっか損してる気がする…私だけ知らないって何…」

     微笑む帷子。少し悔しがる百々。
    それをじっと見つめ、何かを考え込んでいた艮が口を開いた。
    「あの…色々って他には何を言ってた…?言いにくいことなら深くは聞かないようにするけど…」

     澁澤は艮の顔を見つめ、そして、少し照れくさそうに、笑いながらこう答えた。
    「てつが俺のこと大好きとか…額塚さんが名前を覚えないとか、そんな些細で可愛い情報だよ」
    「は?いや!大好きって…尊敬はしてるけど大好きではないっすから!」
    「嘘つけ、愛してるくせに」
    「額塚さんよ!お前は黙っててくれるか!」
    「は~~?酷すぎ!その言い方!!」
    「愛の形はそれぞれだから否定はしませんよ…叶うといいですね」
    「ワキノブ君だけはそういうこと言わないと思ってたんすけど…ああ、最悪だ…」

     頭を抱えて唸るてつ。
    「でも、どんな些細な情報だとしても、晶って人が私達について知り尽くしてるって事は事実…ですよね」
     ワキノブから出た言葉を聞いた皆が一斉に口を閉ざした。
    「……確かに、なんか…ちょっと、そう考えると怖いかも…」
     帷子が頷くと、レンが帷子の顔を見てから同じように頷いた。
    「だから本当に、中にスパイがいるかもって…思っちゃうのは分かりますね」
     百々の言葉を聞いた皆が、一斉に百々の方を見た。

    「……え」
     なるほど。皆の考えが手に取るように分かった。
     安直かもしれないけど、妨害は百々が来てから起きたな。

    「…」
     百々はしばらく黙り込み、ポケットからゆっくりとスマホを取り出し、何かを操作してから私達に画面を向けた。
    「これは、少し、モラルが欠けているかもしれませんが…協力したくて撮った写真があるので見てください」
    「……こ…れは…」

     そこには、どこかで会った地味な女生徒と晶が親しげに話している姿が映っていた。
     お互いの髪を撫でたり、お互いの爪を見せ合ったり、照れ臭そうに話して、耳に何かを囁いている様子だ。
     晶もこんな可愛い顔するんだ…なんて思いながら見ていると、ワキノブが身を乗り出し、画面をじっと見つめこう言った。

    「…これ、もしかして…宮部さん?」
     宮部?宮部といえば…艮と仲良くなる前に会いに行って、菜奈さんに向かって「誰?」って言った、三年の地味な女の人か…。
    「レンさんから聞きましたけど…額塚さん、貴方宮部さんと親しいんですよね?」
    「え、うん、親しいと思うけど?あの時「貴方誰ですか」って言われたけどね」
    「えぇ…その宮部さんは、見て分かる通り、晶さんと相当の仲良しみたいですよ」
    「…えっ」

     黙り込むみんな。
     帷子も菜奈さんの顔と、百々が表示している画面に映っている二人を見比べている。

    「…環さんは知ってましたか?宮部さんと晶さんの関係を」
     環は画面に映る晶を見つめてから、ゆっくりと首を横に振った。
    「…いや、知らなかった…」

     百々が提示した証拠を見た皆が黙り込んだ。
    「……」

     その時、皆の顔をじっと見つめて黙り込んでいたレンが口を開いた。
    「…だれがスパイとか考えてうごくのは、軽率なんじゃない?」
     レンから出る冷静な言葉。

    「そうやってぼくたちが分断するのがあきらさんの作戦なのなら、ぼくらはそれにひっかかっちゃいけないよ」
     それを聞いた澁澤が数回頷く。
    「あの、俺も……これから少し警戒するとしても…俺らん中でああじゃないこうじゃないって言い続けるのは、違う気がするっす」
     てつもレンと同じ考えだったようで、レンに同意しそう発言する。

    「…それも、そうですね…軽率でした、反省します」
     百々はスマホを閉じ、ポケットにしまいこんだ。
     …私も反省しなきゃいけないな。疑わしきは罰せずってドラマでも言ってたし。
     みんなに謝らなきゃいけないな。

    「あの、私も……色々ごめ」
    「あ!!!!!」
    「うわ」
    「びっくりした」
    「何」
    「怖」
     その時、百々が、何か連絡が来たのか、ポケットにさっきしまったばかりのスマホを取り出し、簡単に操作して、突然立ち上がった。

    「彼女からメッセージ来た」
    「まだ元カノと連絡してんのかよ!!」
    「これ聞いたら行けって言うよ!華菜さんも絶対思うから!」
    「なんて来た!!」
    「ほら!『カフェ行こ♡あのときはごめん♡』って!」
    「はじめくん、その行動、軽率だよ」
    「ふふふ、レンくんそういうこと言うんだね…面白すぎる」
    「でも!でも!環さん、廉さん、私の彼女が」
    「どうせ奢らされて終わりっすよ!!座って!!」
    「百々くん絶対ダメ!行ったらまた依存されちゃうから!!」
    「創、おばか元カノに奢るなら今カレの俺に奢って」
    「そうだそうだ~!」
    「本当に行っちゃダメだと思うよ…?」
    「待って!なんで誰も遥の今カレにツッコんでくれないんですか!!!あ、艮君、被ってごめんね…」
    「行ってください」
    「おいワキノブお前正気か」
    「行って女の顔に水かけて帰ってきてください、あたしはあんたのおもちゃじゃないのよって」
    「そうだそうだ~もうあたしであそばないでちょうだい~ってビンタして帰ってきて!」
    「レンさんの言う通り!そう!ロン毛ひらひらはためかせて帰って来れば良いんすよ!」
    「皆さんの中での私のイメージなんなんです?私もしかしてDIVAだと思われてる?」


    十九話「金継ぎ1」


    「今日は何時くらいにあんたの事帰らせたらいいかな?」
    「別に帰らせなくてもいいよ?」
    「ふざけたこと抜かすな…」
     今年の三月に、大怪我した龍馬と智明を連れてきた私の家に、大好きな人を連れ込むことにした。
     だだっ広い和室で、同年代の女の子達みたいに大した装飾も無くて、あるのはお母さんの遺影とか、みんなで出掛けた時に撮ったプリクラ、前旅行に行った時に朱里と明人が作ってくれた旅のしおりを飾ってるくらいの部屋。
     大好きな人は不思議そうに私の部屋を見渡した。

    「整理整頓してるね、凄い!偉いね」
    「あんたの部屋は?してる?」
    「あーーー全くしてないけどそれでも待って?これお母さん?美人だね!!」
     そう誤魔化しながら、お母さんの遺影を見る大好きな人。
    「ふふ……うん、美人さがそっくりやろ?」
     私もこの子を笑わせるためにあえてそう言ってみると、大好きな人は遺影と私の顔を見比べながら頷いた。
    「うん、目元はお母さん似だ、でも鼻とか口はお父さん似」
    「え?ほんまに?」
     初めてだった。私の顔を見て冷静に分析されたのは。
     みんなただただ「お母さんに似てる」とか「お母さんと瓜二つだね」だとか「お母さんの生き写し」だとか言ってくるのに。

    「…」
    「かわいいね」
    「やろ?お母さんほんまモテたらしいから…」
    「晶に言ってるんだよ」
    「…………デキ婚で…お母さんが、ヤクザを、支配するために、あえて妊娠したんちゃうかって…言われてて」
    「いいや、晶はね、きっと、この二人を結ぶために天から贈られたプレゼントだったんだよ」
    「……私、お母さんの生き写しで」
    「似てるのかもしれないけど、晶は晶、お母さんはお母さんだよ」

     抱き締められた。

    「…家、連れてきたくなかった」
    「どうして?」
    「……あんたにお母さん見せたら、お母さんとうちを比べられると思って…」
    「私には晶しか見えてないよ」
    「……口が上手い、頭の回転早いな」
    「晶を見たら勝手に口が動くだけ、全部晶のお陰だよ」

     私を抱き締める腕に力が入るのを感じた。
    「…あんたがそんなお喋りやとは思わんかった」
     離して欲しかった。
     嫌な訳じゃなくて、ただただ、甘えてしまいそうで。
     このまま一緒に、駆け落ちでもしないかなんて言われたら、従ってしまいそうで。
    「おしゃべりな私の事、嫌いになった?」
    「嫌いじゃないよ…大好きなんやけど…でも…」
    「…大好きなの?」
     私のたった二言で、大好きな人の心拍数と体温が少し上昇したのを感じた。

    「……うん、好き」
    「私も大好きだよ」
     大好きな人の口からするすると簡単に出る甘い言葉。
    「……」
     心を読もうとして、やめた。
    「離れて、お父さん来るから」
    「分かった」

     簡単に従ってくれる大好きな人。
     なんかわがままを言いたくなった。
     離れてってお願いしたのに『なんで離れるの』とか言ったら困っちゃうのかなって思った。

    「晶、お父さん来るんでしょ」
    「……」
     みっともなくシャツの袖の部分掴んで、ギリギリまでこの子とくっついてようとして。
    「晶……」
     ちっちゃい子相手にするみたいに甘い声で名前呼ばれて。なんか嬉しくなって。

    「晶、ちょっとええか、友達おるのにごめんな…話したいことが…」
     その時入ってくる父親。
     安心した。それと同時に残念にも思った。
     出てけとも思った。
    「あ、大丈夫…お父さんとこ行ってくるわ、神足はここで待ってて!漫画とか色々あるし好きに読んでていいから!」
    「うん…分かった、待ってる」
    「ごめんな神足ちゃん、晶借りてくわ!」
    「はい、お気遣いなく!お義父さん」
    「ほんまええ子やな!じゃあ行こか」
    「ちょっと待ってやあの子お父さんのことお義父さん言うたけど聞いてた?なんで無視すんの!?」





    「お前が5歳かそんくらいの時に抗争が起きたのはもう知ってるな?」
     今まで一回も見たことのない、お父さんの真剣な顔。
    「うん、それで、お母さんがうちを庇って…東のやつに殺されたんやんな…」
    「そうや、でもそれで死んだのはお前のお母さんだけやないんや」
    「……」
    「組の上層部とかおったやろ、それも一人残らず殺された……お前のおじいちゃんおばあちゃんもな」

     お父さんの部屋にある、おじいちゃんおばあちゃんの遺影を見た。
    「……うん、それは…知ってる…」
    「…今この組のトップにおるんは澁澤柳太朗やな?でも、トップにしては若すぎると思わんか?」
    「…上層部が軒並み殺されて、組が壊滅状態に陥った時に、救ったのが澁澤やったから、トップになったん?」
    「それも理由のひとつや」
    「なら他の理由は?」
    「これは、俺と、お前のお母さんと、晶っていう三人にとっては酷な話やけど、いつかは知っておくべきやから今言うで」
    「……」
    「澁澤に息子がおったからや、サトシいう利口な子がな」

     ため息が出た。

    「…やから、あいつはトップに推されて、俺らは邪魔者扱いされてきたんやで」
    「…産まれてきた子供が、女のうちやから?」
     お父さんは、唾を飲み込み、悔しそうに頷いた。
    「……そうや」
    「でも…!」
    「あぁ、なんも悪ない、何一つ悪いことはない!恨んだ事なんか一回もない!お前がわしの娘でほんまに良かったと思ってる!ずっと大好きやしお前ら二人の事を心から愛してる!」

     肩を掴まれて、お父さんの目に涙が貯まってた。

    「……お母さんは、なんでトップになれへんかった?お父さんはなんで?」
    「わしとあいつの性格も理由の一つや。いつかはてっぺん取って、東の奴らみんな軒並み殺したろ思てるわしら二人は、この組の思う未来の姿ってもんに似合わんかったんや」
    「……この組の思う未来の姿は何なん?」
    「東との合併や」
    「……は?いや、なんで…」
    「やから、悪いことは言わん」

     大きく息を吐いて、二度頷くお父さん。

    「あいつの残した宝物のお前には、お前のしたいように、生きたいように生きて欲しいんや」
    「…」
    「これからどうするか、この組の未来、全部わしら大人に任せてほしい」
    「でももしまた抗争が起きたら…」
    「その時には澁澤もろとも大人しく潰れたるわ」
    「や、でも、もしお父さんが……殺されたら…」
    「殺されても死なへんわ、それだけは約束したる」

     その言葉を聞いて、ある男の人の顔が浮かんだ。
     お父さんもそうだったようで。

    「環の父親、知っとるか」
    「…まだ、目覚まさへんの?」
     私の質問に、父親は一度頷いた。
    「環、学校でどんな感じや」
    「…うん、元気よ、友達とか作って、みんなで仲良くやってるわ」
    「…智明くんはどうや、元気か」
    「うん、元気、最近ラーメン屋のバイトの時間、増やしたって言うてた」
    「そうか、社会勉強になるもんな…よかった…」
    「…うん…ほんまによかったな」



     予定よりもかなり遅くなってしまった。
     外はもう真っ暗で、神足を帰らせるべきなのか、それとも泊まらせるべきか悩んだ。
     部屋に向かう足が止まる。

     悲しくなった。
     実の親であっても、やはり、この組の人間は…環だけを、サトシだけを気にするのかと。

     あの子も、そうなのかと気になった。
     あの子も、環を知ったら、お母さんについてを知ったら、そうなるのかな、と。

    「…晶…いたんだ」
    「……」
     目の前に不思議そうな顔をした環がいた。
    「…俺、さっき親父から話聞いたんだけど…晶のお母さんって凄かったんだ…」
    「……」
     環に、何も言わずに背を向けた。


    「……遅くなってごめん…」
     部屋に入ると、神足は畳の上に正座で座り、私の本棚から読みたい漫画を見つけたのか、1巻と2巻を膝の上に乗せ、3巻目を読んでいた。

    「大丈夫だよ、この面白い漫画読んでたから…でもなんかめちゃくちゃ過激で…」
    「……」
    「大切なお話をしてたの?あ、この本読んじゃダメだった?読んでも良いよね?でもこれ結構アレで…もしかして隠してた?」
    「……」
    「……晶?どうしたの?」
    「…うちとお父さんの話、こっそり聞いてた?」
    「聞いてないよ、ずっとここにいた…これ読んでたし…」
    「本当?」
    「晶には申し訳ないけど、晶のおうちの人めっちゃ怖くてここから動けなかったっていうのが本心…あと足痺れて立てない…」
    「ふふ…座布団使えばええやん…」
    「使ったけど、ちょっと私のお尻にはぺったんこすぎてさ…」
    「あんたのお尻は高級志向のお尻なんか?」
    「そう!かも、トイレットペーパーもダブル使ってるし」
    「なら座布団も二枚重ねればええねん」
    「あー!そうか……次からはそうする…晶は賢いね、やっぱり…」

     そんな話をしながら神足の足の上に乗っている漫画本を持ち上げ、棚に戻すと、神足も唸り声を上げながら立ち上がり、同じように3巻を棚に戻した。

    「この漫画そんなに面白かった?めちゃくちゃBLやけど…」
    「面白かった!また来ていい?続きが気になる、あの後の二人はどういう結末を迎えるのか」
    「今読んでも良いよ?」
    「いや、次来る為の明確な目的が欲しいから残しとく!」
    「そっか」

     嬉しそうな横顔。

    「それか、晶の言うとおり今読むか…そしたら次来る目的が無くなるかな…」
     そんなに続き気になるのか…おもろ。
     普通にこの後ただただ二人のダラダラした同棲生活が続いて終わるだけなんやけど…でもこれ言うてもな…なんて悩んでいたら、神足が私の方を向き、首を傾けながらこう言った。

    「じゃあ、次の目的も晶でいいかな?」
    「…あんたほんまふざけるのも大概にせえよ」
    「ふざけてないよ?本心」
    「疲れたわもう…なんやねんほんまあんた…しんどいわもう…」
    「晶」
    「何や!」
    「産まれてきてくれてありがとう」



    「…」
    「今日、泊まってもいい?」
    「……うん」
    「同じ布団で寝てもいい?」
    「うん」
    「晶がどこにもいかないように、抱き締めて寝てもいい?」
    「うん…」


    二十話「金継ぎ2」




     親父に呼ばれ、佐鳥の屋敷。晶の家へ来る事になった。
     男連中が毎日毎日集まってる上に、同年代の男が足を踏み入れるなんて、高3の晶はどう思っているのか、負担に思ってはいないか、なんて思った。
     だからといって、俺が「澁澤の屋敷に親父さんを呼ぼうよ」と言ったとしたら、佐鳥の娘に惚れているのかと揶揄されて終わり。
     それが事実だから尚更言い出せないし、かといって、何と言えば良いのかも分からなくて。

     親父についていき、屋敷に足を踏み入れる。
     まとわりつくような佐鳥組の視線。その中に見覚えのある人を見つけた。

    「……?」
     何故貴方がこの家に?そう思い、声をかけようとしたが、名前を思い出せなかったからやめた。
     ヤクザの男連中に囲まれても、物怖じせず、俺をじっと怒りや恨みに似た目線で睨み付けている女の子。
     口が動いていることに気付いた。
     恐らく言葉で、俺に向けて何かを伝えようとしている。
     恐らく「覚えていろ」と。




    「ここなら人も少ない。うちの組の連中は好き好んでこの場所には来ないから、会話の内容を考えてみると、ここは本当にちょうど良い場所だ」
     佐鳥達に少し狭めの会議室のような場所へ通された。
     親父は奥の席に座り、俺はその向かいの席に座った。

    「…親父、話したいことって?」
     俺の問いかけに、親父は大きく息を吐いてからこう言った。

    「佐鳥の女についてだ」
     ざわりと鳥肌が立った。
     晶の母親。この組で、伝説の女と言われている存在。
     会議室に飾られている、遺影を見た。
     それを見て、ふと、思い出した。
     知り合いに、伝説の女の旧姓と、同じ子が居たなと。

    「あの女は凄かった、この組の歴史を変えたんだよ」
     大きく息を吐きながら、感心するような口調でそう言う親父。
    「何故あの女がこの組に入ったか、それは覚えているな、環」
     俺は頷く。
    「うん…授かり婚だと聞いたけど」
    「あぁ、それも計算なんじゃないかと言われている」

     何故か、チクりと胸が痛んだ。
    「それも、計算って?」
    「この組の事を知って、どうにか内部から掻き回そうとした結果、佐鳥と繋がり、子を授かって、無理矢理でも仲間入りしようとしたんじゃないかと噂されてるんだ」
    「その為に晶を利用したと?」
    「こんなのはただの憶測でしかない、本人に聞こうにももう居ないからな」

     晶の顔が浮かんだ。
    「その証拠に、佐鳥の女の旧姓が分かるか」
    「……」
    「扇だ…東の組の、トップと同じ姓なんだよ」
    「……だとしたら、俺は、伝説の女を凄い人だとは思えない」

     息を吐く親父。

    「…佐鳥の娘に惚れてるのか」
     また、チクりと痛む胸。
    「……」
    「…お前に話さなければいけないことがある」

     親父はまた息を吐き、伝説の女、晶の母親について話し始めた。


     親父曰く、晶の母親は強かでずる賢く、どんな手を使ってでものし上がろうとしていたんだそうだ。
     そんな、伝説の女の手腕や行動力に憧れ、背中を追おうとした者達が集まった結果、今の佐鳥組の形が出来た。
     嫌われ者で、汚くて、そして、何よりも、誰よりも団結していて、内部事情が何一つ外側に漏れ出さない組織が。

     約18年前。晶が腹の中に居る間。
     色んな組織と敵対し、色んな人間を敵に回し、自ら望んで争いの渦中に飛び込んで行った伝説の女は、その時の俺らの組の組長へ向けて、物怖じせずにこう言い放ったんだ。
    「お前が死んだら次の組長は私だ」と。

     批判された。そして、蔑まれた。
     当然だった。
     しかし、その時の組長は彼女の言葉を聞き、笑い飛ばしたらしい。
     冗談だと思ったのだそう。
     しかし、彼女は本気だった。
     しっかりと組長の目を見つめ、こう言った。

    「ガキが何を偉そうに」と。
     組長は彼女を睨み付けた。
    「……」
     女であり、まだ若い彼女なら怖じ気付くと思ったのか、何も言わずじっと睨み付け、出ていけと合図した。
     しかし彼女は退かなかった。

    「退かせたいんなら、いつも組員にしてるみたいに私を殴れば済むだろ。何でそうしない」
     彼女の強気な言葉。組長はまた笑った。組員も笑っていた。
     しかし、彼女は本気だった。

    「女は殴らないとかいう妙な考えがあんなら、男だから殴れるとかいう妙な考えがあるなら」

     彼女は一歩踏み出し、スカートの腰部分に入れていたドスを取り出し、鞘から抜き、刀身を撫で、組長に突きつけた。

    「男を男だと決定付ける物が男茎なのなら、私はこの組織の男全員をこれで去勢して回るよ」

    「それを身に付けて歩けば私も男だろ」

    「誰よりも男だろ」

    「男を決定付けるものが声の低さなら私は自分より声が低い奴を殺すし、偉さを決めるものが年齢なら私より年上のやつ全員を殺す」

    「恐れられる者が男なのなら今の私が誰よりも男だろ」

    「寝込みを襲って殺すような馬鹿は私に近付けもしないし、今私の腹の中に居る子に何かがあれば、去勢とか、皆殺しとか、そんな可愛いもので終わらない事件が起きる恐れだってある」

     彼女は抗争が起こることを予め知っていたようだった。

    「なあ澁澤」

     彼女は、親父の方を向いた。

    「この中で、誰が一番男だ」

    「恐れを知らない者が男か」

    「利口な者が男か」

    「女の手柄持ってって」

    「女の考え横取りして」

    「汚いもん全部に自分を乗せて考えて」

    「下半身が自分の自我だと思ってる者が男か」

    「男で居んの嫌になったか?」

    「じゃあやめな?」

    「私が代わってやるから」

    「男って最悪だな」

    「最低だな」

    「男でいてもいいことないじゃん」

    「私が代わってやるから男やめな」

    「おつかれさま」

    「大変だったね」

    「男で居るの大変だね」

    「つかれたね」

    「おつかれさま」

     親父は彼女をじっと見つめた。
     鞘に刻まれたハナミズキの模様。
     晶が持っている、母親の形見のドス。


     部屋から出る。
     冷たい夜風にざわりと鳥肌が立った。
     そして、考えた。
     伝説の女が、東の組織と関係していたとして、抗争が起こることを予測していたとしたら。
     抗争を起こしたのが、彼女だとしたら。
     年上を皆殺しにしたのが、彼女だとしたら。
     命を賭してまで守ろうとしたのが、娘なんだとしたら。
     晶に何もかもを託そうとしたのだとしたら。

     目の前に立つ晶。
     晶が、もし、彼女の考えを引き継いでいたのだとしたら。

    「…晶…いたんだ」
    「……」
     目の前に晶がいた。恐らく晶も自分の親父さんから話を聞いていたのだろう。

    「…俺、さっき親父から話聞いたんだけど…晶のお母さんって凄かったんだ…」
    「……」
     晶は、何も言わずに背を向けた。
     背を向け、去って行った。


    二十一話「トラップ」


     学校帰り。
     駅前のカフェに寄り、みんなで晶の事や学校の事を好き勝手に話してから帰るというのが、もう一つの私達のルーティンになった。

    「ねえねえ華菜ちゃん華菜ちゃん、今スパイとかの事考えてて思ったんだけどさ?うちの学校ってかっこいい名前の人多くない?松田龍馬とか、あと沢田智明とか!百々くんもかっこいいよね!」
     いつも通り、ブラックコーヒーを飲みながら、右隣に座っている私に明るく話しかけてくれるのは菜那さんだった。
    「あー、確かに…意識してなかったけど名前だけで見たらかっこいいかもしれませんね…」
     私の言葉を聞いた、私の向かいの席に座っているてつも同意してくれた。

    「ほんとに!澁澤環もかっけえし!ね!」
     てつのそんな言葉を聞いた澁澤は気まずそうに顔を逸らし、レンの事を見つめる。
    「ね!って言われてもな…それを言うならレン君の方がかっこいいよ、扇廉!二文字ってのが雅で良いね」
    「ありがと!ぼくも気に入ってるんだ!自分のなまえ!」
     渋澤の言葉を聞き、レンはミルクティーを飲みながら嬉しそうに微笑んだ。

    「ねえねえ、しのぶくんもかっこいいおなまえだよね!お姉さんはなんていうの?お姉さんのおなまえなんだっけ?」
     そう言われたワキノブは照れ臭そうに、でもどこか自慢げに、ほうじ茶を飲みながら答えた。
    「花脇楓です、いい名前でしょ、楓、なんか良い匂いしそうで」
     花脇楓…良い名前だな。

    「ワキノブ…ワキ…カエ…」
    「なんだ、私の姉様のあだ名も考えるのか、なんかちょっと期待しちゃうぞ」
    「楓さんだな」
    「考えろや」
    「めーぷるちゃん!」
    「扇さん、それもしかして姉様が楓だからか?良いですねそれ、パクります」
    「ぼくにも文句いってよ~」

     嬉しそうに口元を緩ますワキノブ。それに気付いたのか「たまらない」といった表情で微笑む菜那さん。
     そんな二人を見ながらレモンティーを飲んでいると、ワキノブが私の顔を見つめ、そして、何かを覚悟したかのように、皆の方を向き、少し震えた声でこう言った。

    「そうだ、あの一つ考えてて、したい事があるんですけど…あの、スパイを炙り出すため、というか、スパイの居場所を失くすためにすべき事かなと思ったことが…」
    「すべき事…?」
     不思議そうに首を傾ける百々。
     艮は「何の話か知ってる?」と言いたげに私の顔を見つめた。
    「…ワキノブ?すべき事って?」
     艮に向けて「知らないよ」と伝えるため、首を横に振ってからワキノブの名を呼ぶと、ワキノブは大きく息を吐き、何を思ったか眼鏡を外し、机に置いた。

    「皆さん、私の顔、見てください」
     皆がワキノブの顔に注目する。

     大きな目。真っ黒で大きく綺麗な瞳。
     緊張のせいか、滲んだ涙でキラキラと照明を反射していて、ずっと見ていると吸い込まれそうだった。
     血色感の無い真っ白な肌と真っ赤な唇が綺麗なコントラストで、昔どこかで見た絵画を思い出した。

     見るのが二回目でも、二回目だとしても綺麗すぎて驚くような、何回見ても初めて見たような感覚になる、非の打ち所の無い、美しすぎる顔だった。

    「…その、ワキノブ君の顔が、ここにいるスパイが揺らぐ何かになるって言いたいんだね?」
     環がそう問いかけると、ワキノブは一度大きく頷いてから、前髪をかき上げ、皆にしっかり顔が見えるようにした。

    「あまり、なんでみなさんに顔を見せたのかを言いすぎると、スパイの思うがままになっちゃうから、詳しくは言わないけど…簡単にお教えしますね」
     大きく息を吐くワキノブ。

    「もし…こうして、顔を隠してる私が、顔を見せるに至った動機を、晶さんの友達である、私の姉様が知ったら?」
     そう言い終わると、ワキノブは私をじっと見つめた。
     ワキノブが顔を隠している理由、それは綺麗すぎるから。
     綺麗すぎるものは隠すべきだ…とお姉さんから教えられて、隠して生きていたワキノブが、何故私達に顔を見せたのか…。

    「あ…なら、早く眼鏡……早く、かけた方がいいんじゃないかな…」
     何かに気付いた様子の帷子は、ワキノブのメガネのレンズ部分に触れないよう持ち上げ、急いだ様子でワキノブへ眼鏡をかけろと促した。

    「……ごめん、あの、本当にごめんね…なんか、さっきからずっと話が見えてこないんだけど…」
     恐る恐る艮がそう発言すると、ワキノブは眼鏡をかけながら返事をした。
    「姉様と晶さんが知り合いで、もし私が晶さんのスパイを突き止めるために動いたと、晶さんを経由して姉様に伝わったら?」
     艮はそれを聞き、しばらく考えてから菜那さんの方を見た。

    「そうなったら…弟の身を案じたお姉さんが、晶さんから離れて、結果的に晶さんは、スパイとお姉さんを切り捨てるしかなくなる?」
     頷くワキノブ。目を見開く菜那さん。
    「晶さんが人を切り捨てる事とか、人を利用する事に罪悪感を抱かない人だとしても、利用されている人が、そうじゃないとしたら」
     震えるワキノブの声。
    「もし、晶さんが、池崎明人さんの、噂の、ある事情に関わっているのなら、その、綺麗な私に食い付くんじゃないかなって…」
    「……」
    「そうしたら、姉様も黙っていられなくて、そうなったら…晶さんは、スパイに、責任を追及するかもしれない…」

     静寂。
     その静寂を破ったのは百々だった。

    「その、池崎?明人?さん?の事情と、忍君のお顔に共通点があるとしたら、晶さんは次、どんな手で来ると思う?」
     百々の問いかけに、ワキノブはしばらく悩んでから、恐る恐る口を開いた。
    「…明人さんと私を接触させるとか?それとも…なんか、また違う…」
    「ワキノブ君が、そういう目に遭ったって、デマを流すかもしれない」
     どこか、怒りのこもった菜那さんの声。
     ワキノブはそれに、冷静な口ぶりで答えた。
    「…多分、私の行動を封じるために、噂として流されるのは、デマじゃなくて…真実なんだと思います」
     沈黙。

    「…じゃあ、これからの俺らがすべき行動としては、何を聞いても俺らの中だけで留まらせる事。でも何よりも、ワキノブ君を保護する事を第一に考える。いいね」
     環がそう言うと、みんな頷き、ワキノブへどこか悲しげというか、同情するような目を向けた。

    「私をそんな眼で見るな」
    「ごめん……」

     謝る百々の眼に、焦りが見えた。
    「……百々、大丈夫?」
     私がそう尋ねると、百々は頷き、ワキノブの背を撫でてから、大きくため息をついた。

    「…うん、これから、もっと、大丈夫にするよ」
    正ちゃん Link Message Mute
    2025/09/19 19:00:00

    環 三章

    #オリジナル #創作 #オリキャラ #一次創作

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