ほの白いすんなりした指が、小気味いい音を立てて落花生の殻を割った。
反射的に手のひらをくぼませてさっとハイジの前に差し出す。走の手のひらに、砕かれた殻がざらりと落ちた。
兄貴分が煙草を手に取ったらすかさず火と灰皿を出すやくざの舎弟みたいだ、と思っておかしくなる。走は手のひらの殻を自分の脇のゴミ箱にそのまま捨てた。単に走のほうがゴミ箱に近い位置に座っているというだけのことだ。ならばハイジと走の間にゴミ箱を置けばよいのだが、そんな邪魔者に割り込まれるくらいなら喜んでゴミ捨て係を引き受ける。
「いい風が入るな」
竹青荘は静かで夜が暗い。ハイジは窓からの夜風を気持ちよさそうに受けた。髪がなびいているさまにしばし見とれた。
美しいひとだ。
「飲んでいいぞ」
ぬるくなった缶ビールがこちらに押しやられた。
「……飲み残しじゃないですか」
「飲み足りないんだろう?」
「もうじゅうぶんです」
二階での飲み会で皆が早々に酔い潰れ、退散して自分の部屋で飲み直していた。にぎやかな酒席を思うとやや物寂しく、酒があまり進まないのはお互い様だった。
「やれやれ」
ハイジが座布団をずらしてごろりと横になる。なんとなく壁のほうに少しあとずさり、先輩が寝るスペースを確保しようとした。
「走、俺はきみに秘密があるんだ」
「…………」
走は内心で深いため息をついた。これは彼がこのところ大のお気に入りの遊びだ。ゲームとも呼べない茶番劇に、もう何度も何度も付き合わされていた。
「おい走、きみに隠していたことがあるんだよ、俺は」
「……なんですか」
走があきらめ顔で乗ってきたことを悟ったか、それともこちらの事情など気にも留めていないのか、ハイジは無造作に指でちょいちょいと招いた。猫じゃないんだから、と思いながら黙って顔を寄せる。ついでに両手で頬を軽くこすり、表情を整える。この面倒な先輩を満足させるためには、なによりも演技力が重要だ。
「走、俺はね……」
「はい」
ハイジの大きな瞳がきらりと見開かれた。
「きみのことが好きなんだ」
「……えーっ!」
息を吸って腹から声を出す。驚愕に目を丸くして、わなわなと震えてみせる。
「ふふふふふ」
寝転がったままの鬼が楽しそうに笑っている。
「知らなかっただろう。まさかなあ。恐ろしい話だよ我ながら」
「全然知りませんでした。びっくりして、胸がどきどきしてます」
「そうだろうそうだろう」
ハイジは満足そうだ。頬骨のあたりの筋肉がひきつって痛い。
「ときに走、きみに言い忘れていたことがあるんだが」
「なんでしょう」
「ここだけの話、秘密があるんだ」
「えっ、本当ですか?」
「秘密の秘密だ。誰にも知られたくないんだ」
「絶対誰にも言いません」
「俺はきみのことが」
「はい」
「好きなんだ」
「……えええーっ」
「あっはっはっは!」
これが延々と繰り返される。
「…………あの、このノリそろそろ遠慮していいですか」
「は?」
あわてて「いえ、なんでもありません」と座り直した。
「……きみはノリとかネタだと思ってるのか?」
「はあ」
そりゃ残念、とハイジはつぶやき、手のひらに残った殻のくずを無造作に払って畳に落とした。すれてけばだった畳の目になじんで、どこにくずが落ちたか見えなくなった。忘れずにあとで掃除しなくては。酔いでじんとした頭に懸命に刻み付ける。
「愛しているとか、好きだとか、いつ言ったらいいのか分からない」
「いつでも言ってください」
どさくさにまぎれて本音を言ってみる。お遊びに付き合ってやっているのだから、このくらいの主張は許されるだろう。
ハイジは走をまっすぐ見た。なにもかも見通すような視線に身が縮こまる思いだったが、腹の奥に力を入れて目をそらさないようにした。
「このゲームには楽しい点がふたつあって」
「はい」
「ひとつはきみに好きだと言えること、もうひとつは、きみの驚いたかわいい顔を見られること」
走は膝の上でぎゅっとこぶしを握り、頬を赤らめた。彼はいつだって不意を打ってこちらを陥落させる。
「走のことが好きだよ」
「…………」
「走?」
「……ハイジさん」
「うん」
「俺、ハイジさんに隠していた秘密があるんです」
ハイジはにっこり笑った。
「聞こうじゃないか」