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    真白の欠片を ラギーは自室にいた。ルームメイトもおらずひとりきりの部屋で、机の上に真白い欠片を転がしている。コロコロと転がる欠片は軽くて小さくて、目を離せばあっというまに失くなりそうだ。この欠片は、つい先日までラギーの愛しい恋人だった。

    「ユウくんったら、すっかり真っ白だね」

     最近は日が照るからと日焼けを気にしていた。少し赤くなった鼻を指でつつけば、擽ったそうに笑っていた。温度の集まった頬がふっくらとしていて可愛かった。今はすべて、遠き思い出に成り果ててしまった。

     その日は夜にオンボロ寮で、夕食を共にする約束をしていた。ラギーは部活で、グリムも補習があるからとユウは一人で街へと出かけていた。後から知ったのだが、ユウは街で評判のドーナツをラギーの為に内緒で買いに出ていたのだという。きっとイタズラを仕掛けるような顔で、弾む足もそのままに街へと繰り出したのは想像に難くない。少女が考えた恋人への小さなサプライズは、そのまま飛び込んできた車へ潰されてしまった。

     連絡が来たときの事を、今でもラギーは正確には思い出せない。そう確か、ちょうど部活の休憩中だったことで、マナーモードにしているスマートフォンが震えているのに気がつけたのだ。通知欄を見れば表示されているのは恋人の名前。彼女はあまりスマートフォンを使う人ではなかったので、如何したのだろうかと訝しんだ。マア休憩中なのだから構わないだろうと電話に出れば、飛び込んできたのは見知らぬ声。一体誰が何のつもりか問い詰めようとした途端に、電話越しの相手は警察官だと名乗ったのだ。

    「ブッチさん、携帯電話の履歴から失礼いたします、今からお話することをどうか落ち着いてお聞きください」

     目の前が眩んで真っ白になった。嘘だと叫んだような気もする。声を出せずに立ち竦んだような気もする。唯一無事だった携帯電話から、彼女の身元ないし連絡先を探ったのだと言う。ユウさんが先ほど、交通事故でお亡くなりになられました。たったそれだけの言葉が、ラギーの日常をすべてひっくり返してしまった。

     それから後の記憶は飛び飛びなのだ。ラギーはその翌日には、学園長とグリムを伴って警察の安置所へと赴いていた。今思えばよくその場に、いくら恋人とは言ってもただの学生である自分が行けたものだ。きっと事の次第を知ったレオナが、上手いように取り計らってくれていたのだろうと思う。

    「道に飛び出した子供を庇ったと、目撃情報をいただいています」
    「そうでしたかそれにしては随分と、いえこんな言い方はどうかとは思いますが、綺麗なままで」
    「検死は終わりましたから縫合魔法と接着魔法で、すべて元通りとはいきませんでしょうが」

     担当者と学園長がポツポツと言葉を交わすのを横目にしながら、ラギーはグリムと並んで立っていた。グリムは不気味にすら思えるほど押し黙ったまま、ジイとユウを見つめている。ラギーも倣って彼女を見つめる。昨日にはあんなにも瑞々しく薄い薔薇色をしていた頬は、いまや血の気も失せた蝋人形のような有様だ。いっそ本当に作り物であったなら、どんなに救われたことか。目の前にいるのはただの偽物で、彼女が後ろのドアを開けて入ってきてくれたならば。祈りを重ねてみても、映る景色は代り映えなく現実が覆りもしなかった。

    「なあラギー、ヒトって死んだらどうなるんだ?」
    「……どうもしないっスよ、骨になって土に還るだけ」
    「じゃあ、ユウもこのまま土になっちまうんだな」

     グリムのことだから、きっと感情のままに涙を流すのだろうとラギーはどこかで思っていた。だというのに、グリムは神妙にラギーの言葉を受け止めている。ラギーもなんだか、心がぽやぽやとした夢見心地で現実味がないままだった。きっと二人とも、それは同じ気持ちなのだ。

     ユウはそのままオンボロ寮へと運ばれた。身内もなく、頼るものも学園にしかいない彼女だ。葬儀を行うには、住まいであるかの寮が選ばれた。ゴーストたちは透けた体で質量のない涙を延々と流して悲しんで、グリムとラギーを迎えてくれた。

    「辛かったろうね、グリ坊」
    「耳の坊やもさぞ悲しかっただろう」
    「ユウはゴーストにもなれないで、若い身空で、なんてむごいことを」

     未だ涙を流せないラギーとグリムを気遣うように、ゴーストたちは泣き続けた。いわば孫のような少女がいきなり消えてしまったのだ。悲しいのは自分たちも同じだろうに、とは思っても伝えなかった。きっと誰もが喪失感を抱えているのだから、下手な慰めは野暮だろう。

     とにもかくにも、そのあとオンボロ寮には関係者たちが集まって話し合いを始めた。葬儀はどうするか、参列者は任意でいいのか。サアこれから彼女が眠るための墓を用意してやらななければ……という段階になって、それまで黙り込んでいたラギーは声を上げた。

    「燃やしてやれないスかね、ユウくんの故郷ではそうして弔うらしいって聞きました」

     この世界の葬儀は棺に遺体を納めて弔うのが一般的と聞いたとき、ユウは少し驚いた顔をしていた。そして彼女の生まれ育った国の葬儀を教えてくれた。水の豊かな国であるから、きっと衛生面の問題も含んでいるのだろうけれど、死んだ人は燃やしてお骨にしてしまうんです。小さな壷に入れて、石造りの墓へと納める。燃やすときの煙に祈りを乗せる人たちもいるのだと。ラギーはそれを聞いて、何だか故郷を懐かしむようなユウの表情に、鼻がむずむずと痒くなったのを覚えている。だってこの子にはもう、この場所しかないのだ。精々気張って己が大事にしてやらなければ。そう思いながら、ギュウと柔らかい身体を抱きしめたのだ。

     ラギーの提案を聞いた周囲は、馴染みない異郷の弔いに驚いた顔をしていたけれど、すぐに同意を示してくれた。ついぞ故郷へ帰れることの無かった少女を、きっと誰もが少なからず憐れんでいた。ラギーだって、最期ぐらいは彼女に馴染みあるやり方で見送ってやりたかったのもあるけれど。本当はもうこれ以上彼女の身体が少しだって損なわれるぐらいなら、いっそ全部燃やしてしまいたいだけだったのかもしれない。

     葬儀はそれから数日して、つつがなく進んだ。暗く沈んだ顔の青年たちが、時には涙しながら棺に花を投げ入れていく。柔らかな花たちに飾られて眠る少女は、ぞっとするほど美しかった。すべて終えて白く美しく飾られた棺を、舐めるようにして炎が包んでいく。魔法仕掛けの炎は消えることなく燃え盛り続ける。轟々と唸るような追い風が、火の勢いを益々強めた。危ないからと炎には近寄れないように境界線が引かれている。白く昇り続ける煙は掴むことなんてできなくて、それが更にラギーの寂寥を強めた。
     
     燃え盛る炎がぶすぶすと煙を吐く燃え滓になったころ、参列者たちは焼け跡へと近づいていく。ユウの骨を拾い集めるためだ。ラギーも焼け跡へと近づいて、骨を集める群れへと参加する。そうして目にとどまったほんの小さな欠片を、誰の目にも留まることなく制服のポケットへと押し込んだのだ。

     部屋に持ち込んだユウの欠片を、如何するでもなくラギーは指で弄んでいた。墓に納められなかった愛しい人の一部、温度などとうに燃え果てた残滓。白く変わった恋人は、随分と軽くなってしまった。そんなものは無いというのに、腹に大穴が開いてしまったようだ。ヒュウヒュウと吹く風が、すり抜けていくかのように感じる。ふと窓の外を見やれば、暗闇を切り裂いて煌々と月が輝いていた。

    「ユウくん」

     一度呟いてしまえば、言葉は水のように流れおちた。堰き止めようにも、あふれ出てくる感情の洪水を止めるすべなどラギーは持たない。別れなんて何度も経験してきたはずだった。愛しいものを見送ったことだって、一度や二度では無かったのに。

     君に会いたい。君に触れたい。独りの夜はこんなにも冷たい。朝になっても、もう君はどこにも居ない。笑いながら名前を呼んでほしい。小さな指先で手に触れてほしい。料理をしているときに味見を強請ってほしい。抱きしめたときに見えるつむじが、可愛くてたまらなかった。キスをしただけで照れる仕草が、本当に好きだった。

    「あいたい、ユウくん」

     どんなに名前を呼んでみても、応えてくれる彼女はもうこの世界のどこにもいなかった。未来にどんなことが在ったって、二人なら幸せだろうなんて柄にもないことを願えたのに。前触れもなく椅子から立ち上がって部屋を歩く。フラフラと倒れるようにベッドにもつれこんだ。何も見たくなくて、目を閉じる。こんなにも悲しいのに、涙は出てこなかった。

     眩しさを感じて、目が覚めた。明けたばかりの柔らかい朝陽が部屋に射している。ルームメイトは昨晩から戻っていないようで、静かな部屋には未だラギーひとりきりだ。気を使わせているのかもしれないな、とは薄っすら気が付いていた。ユウがいなくなって数日経ち、表面上ラギーはいつも通りに振舞っているつもりだった。弱肉強食のサバナクローでは、陰った心はそのまま弱みだからだ。愛する人を失い悲しむ姿を見せれば、あっという間に足をすくわれると思っていたのに。あるいは貸し一つという事なのかもしれないが、今はその配慮が素直にありがたいと思えた。

     机のほうへと歩いていけば、骨は変わらずそこに鎮座していた。すべてを吸い込んでしまうような白が、早朝の光に照らされて明るい。手のひらに乗せてみれば、じんわりと温かかった。握りこんでみたり、開いてみたりを意味もなく繰り返す。チクチクと角が刺さるのが、そこにあると主張されているように感じる。
     
     ふいにラギーは、ユウだった欠片を口に含む。飴玉のように転がしてみても、燃やされた灰の風味が広がるだけだ。それでも数分ほど舐め続けた後に、勢いよく奥歯で噛み砕く。ザリザリと粉にして、すりつぶして舌で広げる。丁寧に丁寧に何度も舐めて、粉の一粒も残さぬようにして飲み込んだ。

    「あんま美味いもんじゃ、ねえなァ……」

     骨を腹に収めてみても、ポッカリと空いた胸の寂しさは一向に埋まる気配がない。きっとこの穴は、これから先もずっとラギーを苛み続けるのだ。この寂しさだけが、彼女を愛した証明になる。それだけは身に染みるように理解していた。

     窓に近づいてみれば、朝陽がだんだんと昇っていく様子が克明に見える。今は早朝ゆえに寝ている寮生たちも、きっとあと少しもすれば起き始めるのだろう。事実としても彼女が死んでも世界は変わらず、何も消えなかったかのように回り続ける。アア畜生、そんなにも照り付けやがって。当然のように夜を越えやがって。

     昨日のように思い出せるユウの笑顔も、声も、においも、温度も。きっと幾度もの朝と夜を重ねるたびに薄れていってしまう。思い出に成り果てた恋を、懐かしむ日が来てしまうのだ。そのことがただひたすらに憎くて憎くて、恐ろしかった。
    みなも Link Message Mute
    2022/06/18 0:48:38

    真白の欠片を

    死ネタのラギ監♀/監督生=ユウ
    https://pictspace.net/items/detail/258985 同人誌版の通販もしてます

    #ラギ監

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