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    ふたりの旅路ふたりの旅路愛する者よ我が心臓よふたりの旅路
     肌寒さがまだ残る初夏。晶は今、中央の国と北の国の境の村を訪れていた。湖のほとりにある穏やかな美しい村なのだが、果てに位置するだけあって観光目的の旅人は数年に一度来るかどうかなのだとか。

     普段村を訪れる客は農産物を仕入れに来る行商人ぐらいなものでらしく、晶が宿として案内されたのも隊商宿であった。観光に来たと話す晶に驚いたように、口髭をたくわえた宿の主人は尋ねてくる。

    「こんな辺鄙なところに、何故あんたみたいな若い人が?」

     少し不躾にも思えるような質問だが、主人からは純粋な興味が見て取れた。悪意あっての言葉ではないのだろう。だから晶の方でも気を悪くせず、幾度となく口にした旅の目的をそっと話した。

    「大好きな人と、旅をしてみたかった場所なんです」

     賢者の魔法使いたちと大いなる厄災との戦いが終わりを告げてから、今はもう幾らか年月が過ぎた。世界にも多大な爪痕を遺した先の戦いでは、誰もかれもが無傷というわけにはいかなかった。魔法使いたちを苛む奇妙な魂の傷は癒えたものの、身体を蝕む物理的な傷を皆少なからず負ったのだ。

     その場の誰もが息を荒げて、襲い来る脅威に抗い、空を箒で駆け抜けた。あのおぞましいほどに美しく輝いた月の大きさは、随分おぼろげな思い出になってしまった。

     そう、まず誰かの声が聞こえたのだ。賢者様、危ない。次の瞬間に厄災はもう、晶の身を切り刻まんと暗い手を振り上げていた。走って逃げようにも間に合わない事が分かる。目を見開いたまま動けない晶の視界に、滑り込む誰かの影があった。風にはためく白衣が見える。フィガロが既のところで割り込んできたのだ。

    「ふぃ、がろ、」

     声を出すのもやっとの衝撃だ。それでも、フィガロは決して晶の前から退こうとはしない。肩越しに振り返った彼は、優しく晶に笑いかける。厄災とフィガロの魔力とがぶつかりあっては火花のように弾けていった。他の魔法使いたちも賢者の無事を確認すると、空に燦然と輝く仇敵を見据えて空へ飛び込んでいく。

     正直なところ、晶はその後のことをきちんと覚えてはいない。誰かを鼓舞するために口を開いたような気がする。誰かの手を握りしめて、祈りの言葉を渡したような気がする。明けることがないと思わせる夜は、世界が割れるような音と共に幕引きを得た。

     ガラガラと音を立てて、月が崩れていく。世界を覆いつくさんばかりに大きく肥大した月が、殻を剥がれてはしぼんでいった。そうして少しもしないうちに月は、空を彩る天体の一つにまで小さく姿を変えていた。

     濃紺の夜空を切り裂くように、地平線から赤い太陽が昇ってくる。魔法使いたちが守り切った世界を、優しく包み込むような柔らかな朝日であった。

    「ああ終わったねえ、お酒の一杯でも飲みたいところだ」

     朝日を見つめているのか、フィガロは晶に背中を向けたままだった。今ではもう聞きなれた彼の軽口に、日常が帰ってきたことを感じる。

     賢者と賢者の魔法使いとは、ようやく恐ろしい夜を越えることが出来たのだ。張り詰めていた心がほどけていくのを感じる。まだ礼もまともに言えていないのだからと、フィガロに近づいてそのまま。見る見るうちに晶の顔は色を失った。

    「フィガロ、からだ、からだ、が」
    「うん、ちょっと頑張りすぎちゃった」

     ゆっくりと振り向いたフィガロの身体に起こった変化は、見るも明らかだ。指先がパキパキと硬質な音を立てて、マナ石へと組み変わっていく。晶が震える手で掴んだフィガロの指先は、すでに肌の柔らかさを失っていた。

    「あはは、最期ってどうしようもなく呆気ないもんだね」
    「あ、だめ、フィガロ、だめです、だめ」
    「誰かを守れる最期なんて上出来じゃない?俺、随分と満たされてるんだ」

     首元から下が石に変わってなお、フィガロはいつもの笑みを絶やさない。狼狽する晶の瞳は宙を泳ぎ、ふと目線が交じり合った。榛色と灰色の混じる、フィガロの色が慈しみに溢れている。本当にもう、お別れなのだ。

    「ねえ賢者様、俺はここで終わりだけど……」
    「いや、いやです、フィガロ!」
    「俺がきっと、君を守ってあげるよ」

     その言葉が最後だった。パキン、と何かが崩れる音がして中身を失った服が地面に落ちる。縋りつくように服の中身を暴けば、虹の燐光を帯びる石がそこにはあった。宝物を扱うように、晶はフィガロのマナ石をひとつまみだけ拾い上げる。

     彼が抱えていた二千年の孤独を、きっと晶が理解出来る日は来ない。そしてこれからする行為が、魔法使いでない己にとってどれほど意味のない事かも分っていた。

    「フィガロ、俺と貴方の約束です」

     そうして晶は、そのままマナ石を飲み込んでしまったのだ。

     それから晶の身体には、驚くような変化が訪れた。まるで魔法使いのように、老いる事がなくなってしまったのだ。今の晶は精霊の姿すら見ることができる。もちろん不老になっただけで不死ではないし、腹も空けば怪我だってする。けれどそれこそ魔法のように、軽い不調や擦り傷程度なら不思議と治ってしまうのだ。

     自発的な魔法の使用は全くと言っていいほど出来なかったが、それでもたったひとつだけ。箒で空を飛ぶことは出来た。誰が称したか今の晶は、賢者でありながら疑似的な魔法使いでもある。何とも不思議な存在になったものだと、晶は素直に驚いていた。それからいろんな事を話し合った末に、晶は世界を巡る旅に出ることにしたのだ。

    「わあ、本当に綺麗だなあ……」

     通された宿の一室で、晶は窓から見える湖を眺めていた。若い身空で恋人を亡くした気の毒な青年と気を使われたらしい。晶にあてがわれたのは、宿の中でも特に湖が良く見える部屋だった。

     農業で成り立つ村だけあって、朝は早いのだろう。並び立つ家々の灯りはすでに落とされている。宿を同じくした商人たちが、酒場を兼ねた一階で情報を交わす声は微かに聞こえてくるが、宿の周りを見回しても人影はひとつとして見当たらない。

     そうっと物音を立てないように、誰にも気づかれないように晶はゆったりと箒を用意して跨った。窓の桟に足を掛けて、勢いをつける。夜の冷たい風を受けながら、湖へと散策に繰り出す為だ。

     夜の湖面はまるで鏡のように星々を映して輝く。水質が澄んでいるのもあるのだろうか。湖の中心で箒を停止させれば、見渡す限りの絶景が広がっていた。この湖の美しさを教えてくれたのは、かつてのフィガロだった。

    「国境の村なんだ、穏やかで小さくて……でも湖が本当に綺麗でさ」
    「それは見てみたいですね」
    「機会があれば見せてあげたいよ、星が見事だった」

     フィガロは長命で博識で、尋ねれば様々な事を教えてくれた。晶ももっとこの世界のことを知りたくて質問を重ねたし、そのどれもにフィガロは快く答えをくれる。晶がいましている旅は、その思い出をなぞる旅でもあった。なんせ時間だけはいくらでもあるのだから、旅はもう数十年目にもなっていた。

     月のように光る夜の海を見た。貴方が話してくれた通りの、どこまでも澄んだ色をしていて。濃い藍の色は悲しいほどに美しかった。

     陽を反射して照り付ける雪の原を見た。凍えるような吹雪の合間に射す陽光は暖かくて。きっとこの道をかつての貴方も歩いたのだ。

     貴方が作った優しい国を歩いた。岩ばかりの野に住む穏やかな人々の中に、貴方はやっぱりどこにも居なかった。

    「フィガロ」

     だから晶はそのたびに、優しくて寂しがりだった彼の名前を呼ぶ。記憶が薄れる事のないように祈りを込めて。あの日飲み込んだマナ石の冷たさを忘れることは決してないように。たった四文字の名前は、消えること無い傷とよく似ている。
    愛する者よ我が心臓よ
     フィガロが晶とはじめて出会ったのは、誰もが慌ただしく蠢いていた塔の中。燃え盛る魔法舎とそこに押し寄せる兵隊たちによって、この上なく荒れた場でのことだ。他者を思いやれる、ありふれた善性を持ち合わせた人間だと思った。けれど思考に浸っている場合ではなかったというのもあって、そんな印象はすぐ頭の隅へと追いやってしまった。

     幾日か経って場を改めたフィガロは色々と試してみることにした。真木晶と言う人間は見るからに無害そうではあったが、そんな普通の人間ほど暗い心に支配されたときに厄介なものなのだ。たとえ彼が道を誤ったとしても、晶が賢者である限り賢者の魔法使いである自分たちは彼の心に沿うしかないのだから。

     だからフィガロは手っ取り早く彼を籠絡しようとしてみたりもしたのだけれど、これはあまり上手くいかなかった。それどころか師匠たちにも怒られる羽目にもなってしまった。

     自分に残された時間は有限といえども、人間からしたら長い時間だろう。その間に彼がほだされてくれれば上々。有事の際には使える手段でも講じておけば良い。そんなことを考えながらフィガロは魔法舎で生活し始めたのだ。

     ここで嬉しい誤算であったのは、晶が善性を持つ人間の中でもひと際穏やかな部類の人物であったこと。そして彼がどんな相手でも心通わそうとする、非常に聡明な青年であったことだった。

    「見てくださいフィガロ、子猫です」
    「可愛いねえ、生まれたばかりだ」

     中庭のベンチに腰掛けてふたりは猫達と戯れている。晶はよちよち歩きの子猫たちに破顔しきりだった。そっと猫に触れるその手つきは優しさに満ちている。晶は魔法使いたちを猫に例えているのだそうだ。個性豊かで生い立ちもバラバラ、心も身体も同じものは何一つ持たない彼ら。それでも晶は賢者の魔法使いたちと会話して、触れ合って、時には傷と対面し長らも日々を送っていた。わからないからこそ貴方たちを知りたいのだと、こうも真っ直ぐに言われると気恥ずかしくはあれど悪い気はしないものだった。

    「この子はちょっとフィガロに似てますね」
    「一番男前ってことかな?」
    「毛がふわふわな所がフィガロの髪とそっくりです」

     件の子猫は晶の膝の上で伸びをしている。二千年も生きてきて、歩くのもおぼつかない子猫に例えられたことなんてあっただろうか。揶揄も悪意も感じられない、まっさらな好意の言葉なのが更に素晴らしい。おそろしくも偉大な北の魔法使いとして生きてきた頃には、到底考えもつかない経験だった。

     優しい風がそっと吹き抜けてふたりの髪を揺らす。見れば晶の頭には今しがた飛んできたらしい木の葉が付いていた。なのでフィガロはそれを指で払ってやる。少し恥ずかしそうに礼を告げた青年の姿は、フィガロが作り上げた国の安らぎによく似ていた。

    (君の穏やかな優しさが好きだよ)

     心の中でそっと思って口には出さない。にゃあにゃあと鳴く子猫を揉んでいる晶は顔面をとろけさせていて、そんなフィガロの心中など知る由もなく。フィガロは何故だかその横顔を見るのに集中したかった。

     二千年も生きてきたのに、ここ十数年は得難い経験ばかりだ。先生と慕われて、日々育つ幼子を慈しみ、行方知れずだった弟子とも再会できて。賢者の魔法使いになったから、君と出会えた。魔法使いのたちの心に寄り添おうとしてくれる晶が、賢者で良かった。今は心からそう思っている。

     だから大いなる厄災との戦いの夜に、フィガロが晶を庇わんと動いたのも納得づくでのことだった。21人のなかで自分が一番早く晶の元へ向かえると判断したからでもある。すんでの所で間に合いはしたが、晶を襲わんとした厄災との間に無理やり割入ったせいであまり余裕はない。肩越しに振り向いて声を掛けるのが精一杯だった。

    「賢者様、きちんと意識はあるかな?」
    「は、はい、無事です」
    「ああ良かった!じゃあそこから動かないでいてね」

     晶のいる場所を中心に守りのための魔法をかけていく。荒れ狂う厄災相手では一晩ともたないだろうが、数回ぐらいなら耐えるはずだ。おぞましい瘴気の群れから晶を遠ざけようと、オーブを掲げたフィガロの手がほんの少し動きを止めた。空からまき散らされた瘴気とは別に、フィガロの後ろから滲む良くない気配がある。厄災が振り上げた刃が飛び散り、晶の身体に見えない破片をまき散らしていたのだ。

     あまりにも場に漂う負の気配に、事態に気付くのが遅れた自分を恨む。もう一度肩越しに振りかえって、晶のほうへよくよく目を凝らした。左胸を中心に悪意の力場が渦巻いているのが見えた。魔法使いならばなんとか耐えうるだろうが、人間には致死となる呪いだ。このまま放っておけば晶は明日の朝陽も拝むことは出来ないだろう。

     なんて最悪なんだろう。舌打ちしたくなるのをこらえて、フィガロはまた正面に向き直った。大いなる厄災の猛攻は更に激しさを増し、視界の隅に圧されかけた仲間が見えた。年嵩のものが年少のものの助けに入ってはいるが、さらなる助力が必要だろう。

     細く長い息を吐いて、もう一度視線を戻す。何重にも守りの魔法をかけたから、今この時ぐらいは持つだろう。後ろを振り向いてフィガロは晶に近づいた。震える手足を誤魔化して立っている未だ幼さの残る青年は、フィガロを目にしてへにゃりと笑った。

    「賢者様、まだ立てるかい」
    「みんな戦っています、せめて俺は見届けなきゃ」
    「うん、君のその真っすぐさが好きだよ」

     オーブを片手で宙に浮かべたフィガロが、晶の心臓の真上にもう一方の手を置いた。晶は少し驚いた顔をしながらも、フィガロの一挙一動を見つめている。ああ、なんて信頼しきった無垢な瞳で俺を見つめてくれるんだろう。俺が悪い魔法使いだったなら、君は瞬きの間に大変なことになってしまうかもしれないのに。心地よい信頼を受けて、フィガロはそっと晶の胸を押す。

    「ポッシデオ」

     少し咳き込んだ晶が不思議そうに目の前の男を見上げる。上手くいったとばかりにフィガロは目を細めて笑った。そのまま服の乱れを直してやって、フィガロの指先はそっと離れた。

    「厄災の呪いが心臓に纏わりついてたよ、賢者様」
    「えっ」
    「でももう大丈夫、息は苦しくないかな」
    「はい全然……ありがとうございますフィガロ」

     流石に驚いたらしい晶が目を白黒させているうちに、結界の中からなるべく出ないよう指示して離れた。もういちど晶に背を向けて厄災に向き直ったフィガロに、幾人か視線を寄こすものがあった。流石に古株の魔法使いたちには気付かれたらしい。

     動転している晶は頭から抜けてしまっているようだが、厄災から受けた呪いを治す方法は現状無い。厄災を無事に打ち倒すことができれば、巣食った傷ごと消えるかもしれないが。未だ戦いの最中において、呪いを紐解くことは出来ないのだ。だからフィガロは傷を受けた晶の心臓を、こっそり自分のものと入れ替えてしまった。

     じわじわと臓腑のうちを焼くように広がる呪いを感じる。元々今夜のフィガロは無茶を通すために場を飛び回ってはいたけれど、流石にこれは不味いかもしれない。段々鈍くなる手足の感覚の危うさはフィガロが一番理解していた。

     フィガロは不意に、そのまま視線を空へ向けた。空を覆いつくさんばかりに埋め尽くす巨大な月。この世界が生まれてより幾星霜、地表に住まう魔法使いたちと人間を傷つけ続けた忌まわしくも美しい敵。

    「君はきっと今夜俺たちに打ち砕かれるだろうけれど……その姿をきちんと見届けてあげるから」

     この世界の住人の多くは月を憎み厭わしげに睨みつける。しかし二千年もの時を生きてきたフィガロにとって大いなる厄災は憎みべき敵でありながら、生まれた時からの知己でもあった。それに空を埋め尽くすこの輝きを、晶は美しいと呼び称したから。

     俺たちの賢者様。もうすぐこの夜は明けるよ。崩れた月を抱いた世界がどうなるかは誰にも分からない。俺はその場に居合わせられそうにはないけれど。君には生まれ変わったこの世界を見据えてほしい。

     異世界からのお客様。俺の友人。大切な晶。君がこの世界を美しいと思ってくれた時に、君の心臓の横に俺の居場所を作ってくれるのならば。こんなに嬉しいことは無いと思えた。
    みなも Link Message Mute
    2022/06/19 0:08:46

    ふたりの旅路

    マナ石になったフィガロと、不老になった晶くんの千年旅行。
    Twitterにあげていた小話をまとめました。

    #フィ晶♂  #フィガ晶

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