イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    白い花を君に白い花を君に白い花をあなたに白い花を君に
    「クリスマスマーケットですか」
    「そうそう、この辺りの伝統的なやつ!」

     ハーツラビュル寮の談話室で、何てことはない世間話が繰り広げられている。エースとデュースを訪ねてきたは良いものの、折り悪く用事の渦中だったのが先程の話。少しの間待って欲しいと頼まれ、ユウとグリムは談話室へと案内をされたのだ。

     暇をつぶすものは何も持ってきていなかったので、同じくソファに寄りかかるグリムの肉球をマッサージして過ごす。ごろごろと喉を鳴らしているので、嫌ではないようだ。慣れぬ固さのソファでそんな風にぼんやりしていると、ふいに見知った顔が通りがかった。

    「あれ?ユウちゃんとグリちゃん、こんにちは」
    「よおケイト」
    「こんにちは、何かの準備中ですか?」

     通りすがるケイトは、何やら衣装品を手にしていた。ブローチにヘアピン、指輪にカフスボタン。手袋や帽子もあるだろうか。抱えられるほどの段ボール箱に入れられたそれらは、すべて冬の意匠を凝らしてあった。寮で使うのだろうかとも思ったが、如何せん数が少ない。不思議に思っていると、ケイトが隣のソファへと腰を下ろす。

    「もうすぐクリスマスマーケットがあるからね」

     それからケイトは、この島特有の市について説明をしてくれた。遥か昔にこの島へと移り住んできた者たちが、故郷のクリスマスを懐かしんで市を開いた。様々なルーツを持つ住人たちの文化は混ざり、独自の発展を遂げる。そうして数百年も経つ頃には、名物ともなるマーケットが出来上がっていたのだという。

    「そのブローチやらなんやらも着けるのか?」
    「冬っぽくて可愛いでしょ、おめかししなきゃ」
    「屋台もたくさん出るんでしょうね」
    「勿論だよ!ラクレット食べたり、大人はホットワイン飲んだり」
    「へえ……」

     初期の移民には、輝石の国から来た者も多く混じっていたそうだ。かの国は食へのこだわりが強く、遠く離れたこの地にも子孫たちは食文化を花開かせた。そのせいか食べ物の屋台は特に多いのだとか。
     昨年の帰省の折にそれを話題にしたところ、先週頃に実家から子供時代の装飾品が送られてきたとケイトは話す。

    「でもやっぱサイズ小さくてさ、グリちゃん着ける?」
    「貰えるんなら貰っとくんダゾ!」
    「よかったねえグリム」

     おそらく小さな子ども用のミトンは、そのままグリムの手にピッタリのサイズだった。手首の縁に白い花の刺繍がレースのように列なっているのが可愛らしい。両手を上げてはしゃぐグリムが嬉しそうで、ユウも笑顔になった。

     ケイトはそのまま、ユウの首にもマフラーを巻き付ける。端についた鮮やかなフリンジと、刺繍された白い小花が愛らしい。ケイトが幼いころに着けていたものだというけれど、小柄なユウには丁度よいくらいだ。

    「私までどうも有難う御座います」
    「お古で悪いけどさ、早めのクリスマスプレゼントってことで」
    「いえいえ、とっても嬉しいですよ」

     ふと、にわかに玄関ホールの方から話し声が聞こえてくる。どうやらエースとデュースが用事を終えて帰ってきたらしい。同じく声を耳にしたケイトが、トートバッグを手にソファから立ち上がる。

    「じゃあオレはそろそろお暇します、またね」

     ひらひらと手を振って廊下に消えていく背中をグリムと見送る。手持ち無沙汰なユウとグリムのために、今まで相手をしていてくれたのだろう。相手に対してさりげない気遣いの出来る人だ。

     そんな事を思っていると、談話室の入り口から予想していた通りの顔が見える。ハーツラビュルで飼われている動物たちの世話帰りの為か、幾分かラフな格好のエースとデュースが歩いてきていた。

    「いやー、今回はマジでごめん!」
    「僕たちから呼び出しといて、本当に悪かったな」
    「今度からは気をつけるんダゾ!」

     グリムが柔らかな肉球で頭を小突くのを、デュースは甘んじて受けている。ぽすぽすと気の抜けた後が響いているので、本気で怒っているわけではないのだろう。やり取りを見守っていると、エースが不思議そうに首を傾げた。どうやらユウとグリムが見慣れぬ防寒具を着けていることに気が付いたらしい。

    「アレ?どうしたの、その冬装備」
    「うん、さっきケイト先輩がクリスマスにってお古くれたの」
    「じゃあもしかしてマーケットの話も聞いちゃったか?」

     エースとデュースの話というのは、そのまま件の市へのお誘いだったらしい。異世界からで文化への見識が乏しいユウと、モンスター故に人間の文化に疎いグリム。どうせなら街の紹介ついでに遊んでしまえというわけだ。


     そうして三人と一匹は次の休日に、祭りのただ中にある街へ繰り出していた。譲り受けたばかりのマフラーを身につけて、飾り付けられた道を歩く。

     不思議な香りのする屋台や、綺羅びやかな装飾たちが目についた。ユウは街についてすぐに、可愛らしい装飾のヘアピンもを買ってしまった。繊細な白い花のデザインに陽気な気分になって、袋も貰わずそのまま髪につけたのはご愛敬だ。マフラーの刺繍に合わせた白い花。ユウは今日ずっとご機嫌だった。

     浮かれ気分のままで見たことのない景色に、目線をあちらこちらに漂わせていたのが悪かったのだ。喧騒から少し離れた公園のベンチで、先程買ったココアを少し飲む。白い息が宙を舞っても、座っているのはユウひとり。お手本のような完全なる迷子だった。

    「スマホはグリムが持ってるし……どうしよう」

     立ち往生していても始まらないと、公園のベンチにたどり着いたまではよかった。しかしこの先如何すればよいのかが、どうにも思いつかない。ココアの甘さだけが喉に染みる。心なしか涙すら滲んできた目を前に向けたときに、あるものを見つけた。

     七歳ぐらいの男の子が、花壇の脇にしゃがみこんでいる。花々の隙間をかき分けては落胆したように肩を落とし、また別の隙間を覗いている。転んでしまったのだろうか、服の裾には土埃が付いてしまっていた。周りを見ても、保護者らしき影は見当たらない。一体どうしたのだろうか。

    「僕、何か探しもの?」
    「……えっ」

     知らない声が掛かったことに、驚かせてしまったらしい。不安そうに少年の緑色の瞳が開かれる。言葉を探すたびに、長い前髪が顔の横で揺れていた。変質者と勘違いされてしまっただろうか。やはり今からでも交番を探すべきか。そう思ったところで場違いに間延びした音が響いた。クルクルキュウキュウ。情けないようにも聞こえる音は、少年の腹から聞こえていた。


    「あの、ごめんなさい良く知らない人に……」
    「いえいえ、熱かったら言ってね」

     場所は変わらず公園のベンチ。少年とユウは並んで座っていた。入り口近くのワゴンで買い足したクッキーとココアをトレーに載せて、二人の間に仕切りを作る。ふうふうと小さな口で、飲み物を冷ましているのが横目に見えた。お礼がきちんと言える、随分としっかりした子だ。

    「よかったらこれも使って、せっかく綺麗な服だから」

     服についている土汚れを取ってもらうつもりで、タオルハンカチを差し出す。少年の着ているコートは、作りも良く品がある。それに、彼の気持ちとしても汚れたままでいるのはあんまりだろう。ユウの意図を理解した少年が手を伸ばし、差し出されたハンカチを掴んだ。不安そうに見まわしているのは気まずさからだろうか。そしてそのまま、彼は俯いてしまった。

    「どうしてこんなに、優しくしてくれるの?」

     感じたことが、そのまま漏れ落ちたかのような声だった。心底分からないと言ったように、少年は自身の膝を見つめている。迷子になった子供特有の心細さに、彼が持つ寂しさがにじみ出ている言葉にも聞こえる。こんな時、なんと言葉をかけてやれば良いのだろう。

    「私もいま、迷子の真っ最中だからかなあ」
    「お姉さんも?」
    「私の故郷はすごく遠い所なんだけど、誰も帰り道を知らないの」

     思ってみれば途方もない話だ。あるかも分からない、存在すら定かでない懐かしき故郷。常識も身よりも、頼るものなんて何一つ持たず此処に来た。さまよわせた手を首に置けば、マフラーのフリンジに触れる。渡してくれたケイトの笑顔が脳裏に浮かんだ。ああそれでも、手を差し伸べてくれる人たちがいたから此処にいる。

    「でもいろんな人に優しくしてもらって、恩返しがしたいのかな」
    「オレはお姉さんに何にもしてないよ」
    「実は今も友人とはぐれててね、誰かとお話したかったんだ」
    「お姉さん、迷子になってばっかだね」

     流石に驚いたのか、少年が顔を上げてユウの瞳をじっと見つめる。先ほどまで悲しさに沈んでいた緑色も、今は呆気に取られたような揺らめきを称えていた。いまいち話に締まりがなくなってしまったが、少年が前を向いているので良しとしたい。

    「オレは買ったばっかりの、ヘアピン落としちゃったんだ」
    「それで探してたんだね」
    「うん、いつもお姉ちゃんたちのおさがりばっかだから」

     なけなしのお小遣いで買ったものだったのだと、彼は話してくれた。嬉しくていつもはしないような回り道をして帰路にも付いた。そして自宅の姿見を見た時には、もう無くなっていたのだと。それで昨晩通った道を片端から確認していたのだそうだ。

    「でもいいんだ、きっとお別れする決まりだったんだよ」

     妙にさっぱりとした顔で、彼は諦めの言葉を口にした。それでも気にいっていたのだろうに。でなければあんなに必死に探したりしない。

     ユウは少し考えて、自分の髪についていたヘアピンをそのまま少年の髪へ移した。驚いた顔をした彼と目が合う。きっと替わりにはならないだろうけれど。ユウはそっと微笑んで、柔らかな前髪を分けてやった。

    「お姉さんに悪いよ」
    「じゃあコレは貸してあげるだけ、今度会ったら返してね」
    「いつ会えるの?」
    「今日よりは明日の、いつかかな」

     まだ納得していない様子の少年が、ユウが引き下がる気がないのを見て頷く。まだ会って少ししか経っていないけれど、この素直さがそのまま彼の魅力なのだろうと分かる。

     場を引き裂くように、少年のポケットから電子音が鳴った。帰りが遅いことを心配して、両親が電話を掛けてきたらしい。慌てた様子で立ち上がった彼に手を振る。小走りで去った少年は、一度だけ振り返って声をあげた。

    「借りただけだから、返しに来るからね!」

     夜の闇へと消えていく背中を見送れば、あたりには静けさだけが残った。どうやらココアは持って帰ったようで、トレーには手つかずのクッキーが残っている。ハンカチもあげちゃったな、もっと綺麗な柄の持って来ればよかったかも。袋を開けてクッキーにかじりつくと甘い感触が広がる。食べ続けて最後の一枚を咀嚼し終えた瞬間、不意に見知った声が聞こえてきた。

    「ユウちゃん!」
    「ケイト先輩、こんばんは」
    「もー、こんな所にいた!」

     そこにいたのはケイトだった。私服姿で随分と雰囲気も違うためか、何だか違和感を覚えた。エースたちは偶然街に訪れていたケイトに、ユウが迷子になっていることを話したらしい。見つけ次第連絡を入れる約束をして、分かれたと話してくれた。そんなこともつゆ知らず、ユウは暢気にクッキーをかじっていたわけだ。

    「すみません、とんだご迷惑を……」
    「見つかったなら良いよ良いよ、はい連絡完了」

     素早い動作でスマートフォンの画面を操作して、ケイトがメッセージを送る、合流できるよう計らってくれたらしい。あまりに申し訳ないので、大通りで何か飲み物でも奢ろう。そう提案しようとしたユウの顔を、ケイトがふと覗き込む。そのときにユウはようやく、ケイトに抱いた違和感の招待に気が付いた。いつも上げられている前髪が、今日は下ろされていたのだ。気分でも変えたかったのだろうか。

    「そーだ、ハイこれ」

     そんなユウの心中を知らずに、ケイトはユウに向かって手を差し出す。ポケットを探った手の上に乗せられていたのは、白い花の装飾が付いたヘアピンだった。ユウはこれに見覚えがある。だってこれは、さっきあの少年に。呆気に取られたユウの髪を、手袋越しのケイトの指が耳にかける。至極優しい手つきで白い花はユウの髪へと収まった。

    「今日よりは明日の、いつかだからね」

     いったい何が起こっているのかわからなくって、ユウは言葉も告げられない。いたずらが成功したような顔で、ケイトが目を細めて笑っていた。
    白い花をあなたに
    「さーて、どうしたもんかなあ」

     吐いた息も白く凍る日に、ケイトは街へと繰り出していた。毎年開かれるクリスマスマーケットを目当てに、先程まではひとりきりの休日を楽しんでいたのだけれど。

     手袋越しにスマートフォンの画面をタップすれば、地図アプリが現在地を明滅させる。年頃の女の子が行きそうな場所を考えてみても、祭りの最中の街には該当場所が多すぎた。

    「ユウちゃん何処行っちゃったんだろ」

     ケイトは今、尋ね人の居場所を考えているのだ。何処から回ったものかは、悩ましいところだったが。

     今日の外出は、特に当て所もなく大通りをふら付くだけだった。目にも鮮やかな装飾で飾り立てられる街並みは、見ているだけでも満足する。それにこういうイベントは、カフェなども限定メニューを打ち出してくるものだ。角の店ではスパイスティーを出しているそうだから、さっそく向かおうか。そう思っているときに、後ろから覚えのある声で呼び止められた。

    「あっ、ケイト先輩!」
    「エーデュースちゃんにグリちゃん?奇遇だね」

     振り返ってみれば、立っているのはよく見慣れた顔だった。マーケットを目当てに来たのであろう、私服姿のエースとデュース。ついこの間にケイトが譲ったおさがりの防寒具を身に着けているグリム。あれ、ひとり足りないな。訝しむケイトの表情に気が付いたのか、デュースが慌てたように口を開いた。

    「いきなりスンマセン、ダイヤモンド先輩!ユウの奴を見ませんでしたか?」
    「ユウちゃんは見てないけど、迷子なの?連絡とかは……」
    「オレ様がスマホ持っちまってるから、連絡出来ねえんダゾ!」
    「それで今、すれ違った知り合いにオレ達声かけまくってて」

     よく見れば二人と一匹は額にうっすらと汗をかいている。懸命に探していたのだろう。流石にこれで見ないフリをするのは気が引ける。それに探されているのは他でもないあの子だ。少し考えて、ケイトは提案を持ちかけた。

    「じゃあオレも一緒に探してあげるよ」
    「ありがとうございます!恩に着ます」
    「とりあえずあっち側を見てくるから、何かあったら連絡頂戴ね」
    「じゃあオレたちは、もう一回来た道戻ろうよ」

     三人で連れ立って駆けていく背中に手を振る。三手に別れさせたほうが良いのかも知れないが、あまり街に慣れてないだろう彼らを分断させる方が不味い。適当な路地裏に引っ込むと、ケイトはマジカルペンを軽く振った。瞬く間に数人のケイトが表れて目線を合わせる。

    「じゃあオレくんは入り口のほう見てきて」
    「オレくんは飲食店の方見てくると良いんじゃない?」
    「そしたらオレは移動遊園地のほうかなあ」
    「オレは公園の方行くね」

     散り散りの方向を目指して、ケイトたちは街へと消えていった。残るケイト本人も広場へと足を進めた。あの辺りには座れる場所も多く、人通りも多い。何かしらは情報が掴めるだろうと考えたのだ。

     凍えるような道を歩くうちに、ケイトはユウのことを考えていた。すぐに浮かんできたのは、この前の談話室での出来事だ。

     あの日は実家から届いた小包を手に、ケイトは寮内を歩いていた。先の帰省で姉たちに、賢者の島のクリスマスについて話したからだろう。箱の中にはケイトが幼いころに使っていた装飾品や防寒具が詰められていた。

     『懐かしくなったから』なんて理由書きも着けられていたが、結局のところは邪魔になったものを押し付けてきたのだろう。子供用ゆえに作りももしっかりとしているそれらは、捨ててしまうには何だか忍びない。頭を悩ませていると、談話室のソファに来客の顔を見つけた。

    「あれ?ユウちゃんとグリちゃん、こんにちは」

     大きなソファの真ん中に、くっつくようにして一人と一匹が腰かけていた。ケイトが近寄ると、挨拶を返してすぐに隣のスペースを空けてくれる。きょろきょろとあたりを見回していたし、緊張でもしていたのだろうか。

     きっとエースとデュースを待っているのだろうし、それまでお喋りでもしていよう。ケイトが話題として振ったクリスマスマーケットの話には、驚くほど食らいついてくれた。グリムは色気より食い気といった様子で話を聞いていたが、ユウは祭りそのものに興味を持ったようだ。

     同級生でも誘えばいいと提案しようとして、ケイトは口をつぐんだ。見知らぬ男の隣を歩くユウの姿は、何故だか想像するだけで気分が悪かったからだ。けれど己が誘うほどには、二人の間に甘い親密が無いことも自覚していた。

     どうしたものかと視線を下げて、段ボール箱の中から覗くマフラーが目についた。ユウは同い年の学生と比べてもかなり小柄な方だ。子供用ではあるけれど、きっとサイズは合うだろう。手にしようとして、それよりも更に小さな手袋を先に掴んでグリムに渡した。そうして次にようやっと、白い花の刺繍されたマフラーをユウに巻き付ける。

    「お古で悪いけどさ、早めのクリスマスプレゼントってことで」

     ユウが動くたびに、マフラーの端についたフリンジが揺れた。随分と嬉しそうに、細い指が生地を撫でている。ユウの指先にほくろがあることを、この日ケイトは初めて知った。

     最低限の衣服しか持ち合わせていないと言っていた彼女は、きっとこのプレゼントを疑いも持たずに使ってくれるだろう。たとえそれがケイトのあずかり知らぬ外出であっても、この花は彼女の首元で咲き誇る。そう思えば心のどこかが満たされた。

     そんな思考を裂くように、談話室へと向かってくる話し声が聞こえた。どうやら待ち人が来たようだ。別れもそこそこに手を振って、ケイトは自室への道を歩いていく。ああ、危なかったな。今はまだ優しい先輩のままでいたい。あれだけでも充分と満足しなければ。そうは思っていても、口元は緩んでいる。その日はベッドで眠りにつくまでも上機嫌だった。


     先日の出来事を思い返しているうちに、ケイトは広場へと着いていた。街の中央にあるここには、毎年ひと際大きなツリーが設置される。今日はどうやらイルミネーションライトの点灯式だったようで、周囲には多くの観光客や住人が押しかけていた。

     来る時間帯を間違えてしまった、こんなに人が多くては探すのもままならない。引き返そうと方向を変えた瞬間に、ツリーにまばゆい光が灯った。近くで見ようとごった返す人波が横を通り過ぎていく。端に寄ろうとしたケイトの身体に、小走りの男性がぶつかった。

    「あっ、すみません!」

     随分大柄な男性だったこともあり、ぶつかった拍子にケイトの髪が縺れる。前髪を上げていたヘアピンも落ちてしまった。咄嗟に拾おうとしてくれたらしいが、人波に流されてその姿すら見えなくなった。

     立ち往生していては邪魔になると、人の隙間をすり抜けて歩いた。来た道とは反対側の、広場の入り口にほど近いベンチへと歩いていく。人影も大分まばらになったころに、不意にケイトのコートの裾が何かに引っ張られた。今度は何に挟まったというのか。勢いよく振り返ると、宙に浮くように掴まれたコートが見えた。

    「えぇっと……?」
    「お母さん、見ませんでしたか」

     悲しそうな顔をした見知らぬ少女が、ケイトの服裾を引き留めていたのだ。迷子を捜していたら迷子に声を掛けられたなんて、小話にもなりそうだった。


    「お母さんと一緒に街まで来たんだ」
    「うん、でも人ワーッて来てね、お母さんいなくなっちゃった」

     マーケットの総合案内所に行こうにも、案内所は広場の中心近くにあるため人波が引くまでは近寄れもしない。ケイト自身も来た道を引き返すためには、広場を突っ切らなければならない。数分ほど待てば状況も変わるだろうと、ベンチに腰掛けて少女とケイトは話をしていた。

     それにして人懐こい子だった。最初は緊張していたようだが、ケイトと言葉を交わすうちに緊張も解けたらしい。随分と大物に育ちそうだ。二つに分けて結ばれた黒髪は、ケイトの探し人を彷彿とさせた。ユウにもこんな頃があったのだろうかなんて思うのは、目の前の少女が彼女に似た雰囲気をしていたからだろう。

    「お兄さんはデートですか」
    「だったら良かったんだけどね、迷子の後輩ちゃんを探してるんだ」
    「今日は迷子たくさんですね、わたしもだけど」

     神妙そうに呟かれた言葉が、幼さに似合わず笑ってしまう。肩が揺れるのと同時に、長い前髪がケイトの顔にかかって視界を遮った。ああそうだ、ヘアピンも失くしてしまったんだった。ケイトが鬱陶しそうに前髪を指で払うのを、少女は不思議そうに見つめていた。

    「長いのに、とめないの?」
    「さっき落としちゃったんだよね、どっかで買わなきゃ」
    「じゃあコレあげます」

     少女は自身の鞄を探ると、小さな紙袋を取り出した。そしてそれをそのままケイトの手袋越しの掌に載せる。開けてみると、そこに入っていたのはヘアピンだった。白い花のモチーフが繊細に象られていて可愛らしい。

    「さびしかったわたしと、お話してくれてありがとう」

     少女はそのまま、自身が抱いていた寂しさをそっと教えてくれた。母親とはぐれてしまって心細かったこと、周囲は見知らぬ大人ばかりで声もかけられなかったこと、やっとの思いでつかんだのがケイトのコートだったこと。感謝とともに伝えられたのは、そんなところだった。

     少女が手袋を外して、ケイトの前髪をヘアピンでとめる。小さくて細い指先にほくろがあるのを、ケイトはどこか他人事のようにみつめていた。

    「なんか悪いよ、オレ何にもしてないし」
    「じゃあ貸すだけです」
    「貸すだけ?」
    「今日よりは明日のいつかに、わたしに返して」

     微調整を繰り返して、やっと満足のいくように髪をまとめられたらしい。満足げな表情をしていた。優しい子なのだろうと、この短時間でも分かっていた。

     途端に少女が広場のほうを見つめた。耳元に手を当てて、聞こえてくる音に耳を澄ましているらしい。そのあとすぐに、ケイトにも状況が理解できた。女性がわが子を探す声が、ここまで響いてきていたのだ。

    「お母さんいたから、もう行くね」
    「うん、気を付けて」
    「お兄さんもきっと探してる人見つかるよ」

     大きく手を振った少女が、ベンチを飛びおりて駆けていく。人の群れに入ろうとした瞬間に、少女が勢いよく振り返って声を上げた。

    「お兄さん、私の名前はユウです!またお話してね!」

     驚いたケイトが思わず跳ね上がるようにベンチから立つ。追いかけようにも、小さな体はとうに人混みの中へと消えていた。雪の日が見せた幻を疑っても、ケイトの髪には小さな白い花が留められていた。呆気に取られて立ち尽くす彼の目の前に、人影が立つ。

    「やっほーオレくん、公園の方で見つかったよ」
    「……ありがとオレくん、じゃあ向かおうか」

     マジカルペンを軽く振れば、瞬く間にもう一人のケイトが消えた。今ここにはいない、周辺に散らばったケイトもみな姿を消したはずだ。地図を開いて確認した公園は、道を二本挟んだ先だった。

     そう遠くない場所にある公園には、数分ほどで着いた。見渡してすぐに、ベンチの近くに立つユウを見つけた。そのまま近寄ろうとして、髪を彩っているヘアピンを外した。だって今夜は、今日よりは明日のいつかだから。ポケットに小さな白い花を忍ばせて、ケイトはユウに声を掛けた。
    みなも Link Message Mute
    2022/06/18 23:39:02

    白い花を君に

    クリスマスにTwitterに上げておりましたケイ監♀SS加筆修正版。
    監督生=ユウ。

    #ケイ監

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品