イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

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  • くまさんのプロフがかけないなら過去話を書けばいいじゃない!
    と思い立って書いたはいいんですが予想以上に(くまさんと関係ないところで)血みどろな話になってしまったのでクッションにどうしてこうなったを貼っておきます。
     ___
    / || ̄ ̄|| ∧_∧
    |.....||__|| (     )  どうしてこうなった・・・
    | ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
    |    | ( ./     /
     ___
    / || ̄ ̄|| ∧_∧
    |.....||__|| ( ^ω^ )  どうしてこうなった!?
    | ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
    |    | ( ./     /
     
     ___ ♪ ∧__,∧.∩
    / || ̄ ̄|| r( ^ω^ )ノ  どうしてこうなった!
    |.....||__|| └‐、   レ´`ヽ   どうしてこうなった!
    | ̄ ̄\三  / ̄ ̄ ̄/ノ´` ♪
    |    | ( ./     /
     
     ___        ♪  ∩∧__,∧
    / || ̄ ̄||         _ ヽ( ^ω^ )7  どうしてこうなった!
    |.....||__||         /`ヽJ   ,‐┘ 
    1 多忙な商人
    くそ、厄日だ。仕事先の治安がいいのに加え町に急ぎの用事があることにかまけて護衛を雇わなかったのがいけなかった。幸いにも荷物に取り返しのつかないものは無かったが、縛られて放り込まれた部屋には私と同じ境遇らしき人物が十数人いる。一体こいつらは何を考えているんだ、と周囲を見回すと部屋の隅の椅子に座る男が一人。その傍らには大振りの剣が立て掛けられていた。…命という財産を奪われそうだ。
    私たちはこれからどうなるのだろうか。先行きの見えない不安が襲う。とりあえず目の前の人間の機嫌を損ねないようにしなくてはいけない。大剣は立て掛けてあるだけでその場を圧迫していた。
    一人を除いて。

    「すまない、何でもいいから食べるものをくれないか。このままではお前たちの身が危ない。」
    何言ってんだこいつ。
    縛られた者の間で緊張が走った。
    見張りからの反応は一切無い。しかし当の本人は大真面目なようで同じ類の内容を繰り返し訴える。微妙な空気が漂い始めた頃、見張りの口から絶望的な言葉が飛び出した。
    「安心しろ。明日には腹も空かないだろうからな。」
    私たちの顔が青ざめる一方で、例の彼女は意味が分かっていないのか、明日まで持つか怪しいのだと食い下がる。しかしもう見張りには取り付く島も無かった。

    どうやらこの野盗共は相当な悪癖を持っているようで、襲った人間をその場で殺さず、奪ったものを全て金に換えた後で祝杯を挙げつつその余興に殺すという。
    逆に考えれば、逃げ出す機会が多いということだと光明を見出していたが甘かったか。もう今日の日はとうに落ちた。あと数時間のこの命、どう使う。下手をすれば更に寿命が縮みかねないが、こんな理不尽な死を受け入れるなんて嫌だ。こんなところで、終わってたまるか。見張りが眠ったのを見て取ると、私は行動を開始した
    他の捕まった人間から情報を集めようと会話したが、彼らもついさっき捕まったばかりであるらしく最初から居たのは先ほどから食べ物を要求している彼女のみであるらしい。眩暈がした。先程の行動から彼女が頭のいい部類の人間でないことは明白だった。

    2 問い
    それでも何か情報を持っている可能性が一番高いのは確かなので、小声でも会話できるよう近づく。気配に気がついたのか彼女が振り向いた。跳ね気味の琥珀の長い髪が揺れる。目深に被ったキャスケット帽の下から淡い菫色の瞳が覗いた。
    「幾つか訊きたい事がある」
    そう言うと彼女は一瞬顔を強ばらせたような気がした。
    「おう、何だ?」
    「貴方はこの中で一番先に捕まっていたそうだが、それは何日前のことだ。」
    「ええと、昼に連れてこられて2と1回日が落ちた。」
    『2と1回』と言う表現に言い知れぬ不安を感じた。これは見張りの交代の時間を訊いたところで無駄ではないか。しかし今は絶望する時間も惜しい。
    「見張りの奴がどんな時に交代するか教えてくれ」
    「交代しなかった」
    はあ?
    「一度日が落ちてから次に日が落ちるまであの戸から2が2回食べ物が運ばれてきた。だがこの部屋から離れなかった」
    「嘘だろ…本当に同じ人間か?」
    「一睡もしていない。本当だ。」
    「…お前がか?」
    「私も、彼もだ。」
    見張りがどこかへ行った隙に靴に隠したナイフで縄を切って逃げようと思っていたがそううまくはいかないか。
    この部屋へ連れて来られた後扉に鍵がかかる音が聞こえた。閉じ込める為の部屋なのか、内側からは鍵が開けれないようだし、見張りの傍らには大剣が鈍く光っている。見張りはともかく、扉は次に開いた時どうにかするしかチャンスは無い。
    「次に食事を持ってくるまで後どれくらいか分かるか」
    「月が真上に昇って、空が白み始める迄の真ん中くらいだ」
    窓の外を見ると、満月が丁度真上に来ていた。
    「…お前は何か食べるものを持っていないか。生でもいい。」
    そう言って彼女は蹲る。一睡もしていないというのは空腹のためだろうか。情報を持ったまま倒れられては困る。
    「悪いが何も持っていない。いつから食べていない?」
    「わからない。そろそろまずい」
    分からないと言うのは数字が分からないのだろうか。よく見れば彼女の着ている衣服はずいぶんと土で汚れている。一体どこで捕まったのだろう。
    一体どこで捕まったのだろう。見る限り彼女を襲ったところで大した実入りは無いだろうに。
    「しかし大変だな。いくら仕事とはいえ、これだけ長時間同じところに居続け一睡もしないなんて。それとも町ではこれが普通なのか?だとすれば町で仕事を探すのはまずかったか」
    こいつどんなド田舎から来たんだろう。この知能で町で就職できると思っているのだろうか。少し気の毒になってきた。
    「こんな労働条件なのは特殊な職業の奴くらいだ。安心しろ。だが故郷に帰った方がいいのは確かだな。生きて町に帰れたら送ってやる。故郷はどこだ」
    「…ミルフェントの山奥。本当に送ってくれるのか」
    「ああ、約束は守ろう」
    「そうか」
    彼女はそう言うと猫のように背中を丸めた。
    3 動かない見張り
    俺は頭が嫌いだ。別に長時間に渡る交代無しの見張りが苦だからではない。己の趣味の為部下の負担を省みず当然のように振舞うところが上司として嫌いなのだ。
    いい加減手を切りたいのだがこんな仕事だとそう簡単な話ではなく、何かうまい手段はないかとぼんやり考えるうち時が経つという悪循環に陥っている。
    考え事は嫌いだ。頭が良くないんだ、俺は。仲間内に同志を見つけて考え事は全てそいつに押し付けてしまうのが一番楽なのだが、いかんせんそれが難しい。頭に密告されたら見せしめに殺されてお仕舞いだ。
    だから俺は反旗の旗手を殺されゆく人間に任せることにした。と言うのも頭を殺す絶好の機会は、頭が一人きりで舞台に登り捕らえた人間を殺すその時しかないのだ。頭以外にも腕自慢は数人いるがこの集団は良くも悪くも頭が居るから結束しているのだ、頭が死んだら連携が崩れるのは目に見えている。その中で瓦解を食い止めようとするだろうヒエラルキーの上層に居る魔宝持ち二人を斬ればいい。他はその時考えよう。皆殺しにする必要は無い。追っ手さえ来なければそれでいいのだ。

    そんなわけで今まで自ら見張りに立候補し続けてきたが俺が思っていた以上に一般人というものは日々緊張感無く過ごしているようで、頭を殺すどころか隠し武器の一つも持っていない。護衛の中には持っている奴も居たが奴らは襲う時に始末するので意味は無い。
    (このまま我慢して生きろってことか)
    俺はあと数回駄目だったら諦めようと思いながら、暗い気持ちでいつものように寝たふりを始めた。

    声をあげそうになるのを何とか堪えた。
    (やっと来たか…!)
    小声でなされる情報交換の声に、扉の鍵に細工できそうなものを探す物音。そして何よりも、縄を刃物で切るその音に。
    俺は歓喜した。

    もっと寝たふりをしてやりたかったが、無情にも夜食のノック音が響く。流石に無視することもできず目を開き入室の許可を出す。今日は誰だろうか。相手によっては縄を確認するから、奴の縄を誤魔化す必要がある。
    鍵を開けてすぐさまかけられたやたらと馴れ馴れしい声に、俺は自分の不運を呪いたくなった。
    「よーう元気か?お前も毎回頭の趣味に付き合わされて大変だよな!まあ朝までの辛抱だ踏ん張れよ、その後はいくら寝ても酔っ払って寝てる連中に混じって誰も気付かねえだろうからな!」
    頭に最も従順な奴だ。頭からの信用が厚く、おまけに細かいことによく気がつく。捕らえた人間の縄が切られていることがバレたら芋づる式に俺の計画まで露見してしまうだろう。視界の隅に男が扉に細工するのが見える。時間を稼がなくては。俺はいつものように軽口を叩き合うことにした。

    4 従順な男
    オレは従順な肉だ。
    弱肉強食という熟語は実によくできた言葉で、たった四字にこの世が凝縮されているとさえ思う。弱者が強者の生きる糧となるシンプルな構図は人間社会においても例外ではなく、
    ただ他と少し違うのは利用価値が強者に理解され身を尽くして奉仕すればなんとか死を免れるということだ。少なくともオレはそうして生き延びてきた。
    しかし最近あることに気がついた。

    身の肉の代わりに精神の肉が食われている。

    オレはこの扉の向こうに入る度そう感じずにはいられないのだ。

    コンコン
    「おい、夜食だぞー」
    「入れ」
    仲間の無愛想な声が聞こえる。オレは唯一存在する鍵で忌々しい扉を開ける。
    無数の目に噛みつかれた気がした。ピラニアの水槽に落ちたらこんな感覚なのだろうか。こんな部屋に何日も居続けて普段と全く変化の無いこいつはきっと既におかしいのだろう。いや、おかしいのはこいつだけではない。余興と称して行われ続ける殺戮。それを笑って盛り上げる仲間たち。正気の沙汰ではない。
    オレだって人を襲うことに抵抗は無い。その際後腐れなく皆殺しにすることもだ。だがこれはそういう範疇を越えている。
    オレが人を殺すのはあくまで金の為であり弱肉強食の世を生き抜くためだ。もはやただの鬼となったこいつらとは違う。
    正直この集団の中で過ごす事に限界を感じ始めていた。しかし引退しよう
    とした奴の末路を思うと、とても実行に移すことはできなかった。

    退職金は皆等しく死だった。
    ある日、頭に足を洗おうと思うと言った奴がいた。意外にも頭の反応は歓迎するもので、皆で盛大に祝って送り出してやろうとまで言い出したものだから酷く驚いた。こんな人間でも仲間を大切に思う心は持っているのかと心に沁みた。
    締めにそいつの胸が剣に貫かれるまでは。
    呆然と遺体から広がる血を見つめていると周りは一様に涙を流し、良い奴だったなあ、と口々に言う。裏切る可能性の懸念や逃げる者への報復を全く感じない、心からの親愛の情のこもった口ぶりに恐怖を感じた。
    オレの理解し得ない道理でこいつらは動いているのか。
    その日にでも逃げ出したかったが、むざむざ命を捨てるまねをする気になれない。どれだけ追っ手をうまくまいて逃げたところで魔法で居場所が割れてしまうことは魔宝を預けられている身としてよくわかっていた。実際何度か居場所を探ったこともある。逃げられない。

    気持ちを切り替えて見張りにいたわりの言葉をかける。やはり無愛想な返事が返ってきた。いつものような軽口の叩き合いが始まる。
    …思考が解らないこの集団の中でも、こいつだけはまだ理解できる範囲に居るような気がする。表情も会話の調子もいつも通り。ただ、何か。いつもと違う、何かを感じさせる。あくまでも『何となく』の話であって憶測の域は出ないが、力を持たず腹の探り合いの中でしか生きる道を見つけられなかったオレの勘が確かな異常を知らせている。
    何だ、何が違う。命取りになるようなものなら潰さねば。武器を突きつけられてからでは遅い。
    オレには戦う力など無い。死にたくない。
    夜食のリゾットを見張りに渡して、オレは捕らえた人間の縄の確認をすることにした。正確に言えば、見張りの反応を見ることにした。横目で見ると、奴は大人しくリゾットを食べている。見張りの傍らにある大剣が視界に入る。あれを扱えるのは俺たちの中でもこいつだけだ。
    こいつの持つ力のほんの少しでも俺が持っていたなら、俺はこの部屋で過ごすことができたのだろうか。

    恨みの篭った目で見つめられるという事は、
    いつ襲われてもおかしくはないという事。
    いつこの命を失ってもおかしくはないという事。
    お前の食べているそのリゾットは、今飢えて転がっている娘ちゃんが腰に下げていた金でできている。
    恨みという毒混じりの食べ物を毎日食べているオレ達は、そのうち精神の肉が腐り果てて死んでしまうに違いない。
    お前のように力があれば、お前のように強靭な精神を持っていれば。
    オレはこのまま精神の肉が食い尽くされても生きていけたかもしれない。
    価値が見出されたかもしれない。

    オレは駄目なんだ。
    精神の肉が食い尽くされたなら、価値は無くなってしまう。
    強者の肉になるしか、ないんだ。

    あかん時間が足りん続きはまた今度で。
    ちなみにこれ13くらいまであります
    5 有効な手段
    見張りの死角で扉に細工をする。知り合いの受け売りの方法で、うろ覚えもいいところだったが何とか成功したようだ。
    ほっとしたのも束の間、夜食を持ってきた奴が縄の確認をし始めた。
    まずい、自分の番までに何とかしなくては。でもどうする。縄は完全に切り落としてしまったし、もう一度結ぼうにもなかなか難しい。
    部屋の奥から徐々に近づいてくる。対して私は細工を終えた扉のすぐ傍に居る。周りの人間もさりげなく私の順番が遅くなるように協力してくれているが…とりあえず腕を隠すように背中を壁につける。自分で手を縛るのがこんなに難しいとは。焦りで手が震えて思うように縄を通せない。落ち着け。私の番まで時間がある。

    密かに息を吐く。縄を確認する声が近いが、なんとか腕を拘束することができた。周りを見回す。
    足を拘束する縄を確認している光景が目に入った。
    一気に血の気が引く。私は、足を拘束していた縄をどこへやった?急いで辺りを見回すが誰かが気を利かせて隠してくれたのか、どこにも見当たらない。どうする。腕の拘束を解いて半分に切るか?駄目だ。そんな時間は無いし、流石に長さで気づかれる。確認する声が近づいてくる。終わった人間から縄を貰うか。駄目だ、気付かれず受け取れる距離ではない。始めから縛られていなかったとしらばっくれるか。確認して回っている少年は捕まった時には居なかったはずだ。そうだ。これでいこう。

    スプーンを置く音が聞こえる。見張りが立ち上がった。
    「俺も手伝おう」
    やっぱりこれも駄目なようだ。

    6 最後に全力で駆けたのはいつの日か
    ぎいぎいと床が軋む音がする。見張りは私に向かって歩いてくる。
    どうする。全員の手足が縛られていたことを見張りのこいつが知らないはずが無い。一足先に殺されることは無いだろうが、ナイフを奪われると打つ手が無くなる。ナイフだけ隠すか?どこに。第一正座している状態からブーツの中に隠したナイフを気付かれずに取り出すなど無理だ。
    床の木目と睨み合っていると、聞こえなくなる足音。視界に入る、靴の爪先。

    金属の鈍い輝きは、無い。


    爪先が動いた瞬間、私は力の限り見張りに体当たりした。
    すぐさま扉に向かって走る。後ろから派手な音が聞こえる。扉にぶつかった勢いのまま部屋の外に転がり出る。右手に開け放たれた窓。飛び込もう。足に焼けたような痛みが走るが、気にする暇は無い。足音が追いかけてくる。窓の外に飛び込んだが、服を掴まれ引きずり戻された。
    逃げようと暴れるが、容赦の無い一撃を腹に入れられ思わず咳き込む。動きの止まった足に布を掛けられ蹴り揉まれる。足が痛い。
    蹴られただけの痛みではない。足に目をやると、靴が焼け落ち露になっている足は赤く水ぶくれができていた。本当に燃えていたのか。
    部屋に引きずり戻されそうになり我に帰る。暴れたが見張りの駄目押しの一撃で今度こそ動けなくなった。
    「どうする?脚、焼き落としとくか」
    少年の声がする。脚って焼き落とせるものなのだろうかとぼんやり思った。

    (゜-゜)
    13までと言ったな、あれは嘘だ。
    7 強者を決めるのは何者か
    ようやく大人しくなった男を見て深く息を吐く。足を燃やしても速度を落とさなかった奴など初めてだ。
    男に歩み寄り、左手で首から下げた赤氷を握る。油断はできない。脚の縄が無いことを思うと、腕の縄が解かれていてもおかしくはないし、見張りが解いたりしない限り縄を切る何かを所持しているはずだ。
    右手を男に向け、脚に目をやると、ブーツの端から鞘のようなものが見えた。

    ああ、もう二度と仲間の裏切りなど知りたくなかったのに。

    珍しく縄の確認の手伝いを申し出た時から怪しいとは思っていた。何日にも渡ることのある見張り係を毎回一人で任されるこの男が、これを見逃すはずが無い。確信を得るため、揺さぶりをかけてみる。
    「どうする?脚、焼き落としとくか」
    「やめてくれ。俺のヘマがばれちまう。お頭の機嫌も悪くなるだろ。黙っといてくれよ」
    この男の脚を落とす選択肢など始めから存在しないように、オレを止める。
    合わない視線。
    すぐさま返ってきた答え。
    それに何より、紫の魔宝を持ったあいつに全ての会話は筒抜けであることを知っているはずなのに、失態を『黙っておく』よう頼み込む。

    完全に、黒だ。こいつは、この男を使って何かしようとしている。
    何だ?もうすぐ殺される人間の利用方法など限られている。ましてや、力を持たない一般人など。ここでは何の役にも立たないことは、オレが一番知っている。
    とにかく武器を奪おうと視線を転がっている男にやると、目が合った。真っ直ぐな目だ。微塵も怒りの感情を感じないそれに驚く。オレは、お前の足を焼いたんだぞ。理解のできなさに仲間たちと同じ気味の悪さを感じたが、同時に心が休まったことも事実だった。あの、憎しみのこもった眼差しで見つめられなかったことに安心した。
    男のナイフに手を向けたが手を下ろす。見張り係がこの男を見逃したのなら、ナイフの回収を妨害するだろう。『口封じ』される。
    一般人の凶刃をかわす位ならわけないが、見張り係が手を出すなら話は別だ。

    「貸しだからな」

    リゾットの皿を持ち部屋を出る。頭領に知らせようか迷ったが、見えなかったことにした。
    オレは己の恐怖に従順な肉だ。
    8 年寄りの耳は都合の悪いことは聞かない
    あの少年は、私を見逃してくれたのだろうか。あの視線は確かに、ナイフに向かっていた。
    理由を考える間も無く、扉の前で外の様子を伺っていた見張りがこちらに歩いてくる。袋叩きにされるかもしれない。ナイフで反抗しようにも先程の一撃がよほど強烈だったのか体に力が入らない。転がったまま、来るだろう衝撃に目を瞑る。足音が止んだ。

    何も起こらないまま、また足音がする。不思議に思い目を開けると、見張りが座っていた椅子の方へ歩いてゆくのが見えた。
    まさか剣で。いや、そんなはずは無い。先程少年を説得するとき捕まえた人間を傷つけないよう言っていた。見張りは机の上に置いてあった紙袋を手にし、慣れない手つきで何かを書いた。

    『こえおだすな。わたしわみかた』
    ひどく歪な字が何よりも頼もしく見えた。
    とはいうものの、素直に信じることができないのは職業病だろう。
    じいと見張りを見つめると、彼はまた何かを書いた。
    『わたしわここからぬけたい。あなたがかしらおころしたら、にげるてつだいする。えんかいでさしころしてください。あなたにしかできないこと』
    なるほど、確かに見張りのこの様子だとリーダーに対する不満が溜まっていてもおかしくはない。…おかしくはないが。
    たった一人で、少なくとも二十人はいた盗賊から私たち一般人の集団を護ることができるのか?非現実的だ。それとも、他にも仲間がいるのか。あの少年か。いや、それにしては会話が殺伐としていたように思う。このままでは埒が明かない。質問させて欲しい。
    縛られていた腕を振ると、見張りは縄を解いてくれた。転がっていた万年筆を手に取り、手早く要件を書く。空がうっすらと白み始めている。
    『これはお前だけの計画なのか。組織内に同志はいないのか』

    広がる静寂。
    訝しく思い見張りを見ると、彼は苦い顔をして私の手から万年筆を取る。
    『もじがよめない』
    お前自分の汚い字を見てから言え。と喉まで出たが、なんとか飲み込む。大体さっきから文章が全てひらがなで構成されている上に、接続するひらがなが間違っているからイライラしていたのだ。私は万年筆を取り返すと、懇切丁寧に、ひらがなで、文節の間隔を十分あけて書き直した。

    『このけいかくわ だれにもはなしていない。なかまもいない』
    見張りは、そう返した。

    では、少年の行動は何だったのだろうか。何故ナイフを見逃した?
    考えられる可能性は三つ。
    一つ、実はナイフに気がつかなかった。
    二つ、少年も反逆の意思があり、ナイフを見なかったことにした。
    三つ、多勢に無勢だったため気がつかなかったふりをしたが、今頃他の仲間に情報を広めている。
    一つ目の可能性は非常に低いだろう。願わくば二つ目であって欲しいが、そう楽観はできない。三つ目だった場合は絶望的だ。しかしああ見えて抜けた人間である可能性もあるし、魔宝を持っていたのなら人間の数など大した問題ではないかもしれない。この可能性自体、私の願望であるような気もする。
    駄目だ、情報が少なすぎて選択肢が絞れない。見張りから聞き出すしかないか。
    『さきほどのしょうねんはちゅうじつなほうか』
    『なぜそんなことおきく』
    『しょうねんにないふをみられたから』

    お仕舞いだ、という擦れた声など私は聞こえなかった。そうだ、私は何も聞こえなかった! 
    9 一番命が危なかったのは誰なのか
    腹が減った。

    森を出るときに持っていた食料は既に尽き、食料を獲りに行こうにも人間に行動を制限されて身動きが取れない。無理に逃げ出してもいいが、『あの人間』は人間社会で過ごしたいのなら力任せな行動は控え、言われたことには従うことが重要だと言っていた。警察に目を付けられたらお仕舞いだとも。
    この人間たちに捕まってから私は大人しくしていたつもりだし、危険な存在だと感じさせることも無かったと思うのだが、警戒されているのか食べ物も飲み物も与えてもらえない。
    太陽がふたつ沈んだ頃から徐々に人間社会などどうでもよくなってきた。どうせ興味が湧いただけなのだ。無理に中に入る必要は無い。料理は盗めばいい。腹が減った。

    いま、腹が満たされるのなら。
    そう思い始めていたら、多くの人間が部屋に入ってきた。
    (もうこの際こいつらでも)
    外に出て魚を獲る時間さえ待てなかった。
    手足に結ばれている植物の束を引き千切ろうとした時、ふと思った。
    この座っている人間は食料を自分で獲らずに仲間に持って来させている。つまりこの集団の長なのだ。お願いすれば食べ物をくれるかもしれない。
    私は人間方式でお願いしてみた。

    願いは聞き届けられた。明日には腹いっぱいご馳走してくれると言う。思わず耳がぴくりと動いた。
    (これは明日まで絶対に眠りに入るわけにはいかないな…!)
    次に目を開けたら春になってました、など冗談ではない。人間の英知の結晶、受け継がれ進化し続ける永遠の宝たる『料理』が食べることができると思うと、胸が躍ってとても寝ることなど出来そうになかった。しかし同時に不安になった。
    (明日まで持つだろうか)
    普段はとても食べる気になれない人間に、よだれが出るのに。

    なんとか今日中にできないか頼んでみたが無理なようで返事は無かった。
    残念だったが、明日には料理が食べられると思うと先程思っていた程人間社会の生活を捨てる気にはならなかった。明日まで何としてでも耐えてみせる。

    頑張って空腹に耐えているところに先程連れて来られた人間がひとり寄ってきた。私に聞きたいことがあると言う。
    どきりとした。
    獣人であることがバレたのだろうか。町ではどうか知らないが、森から一番近い人間の集落では獣人と分かると武器を手に殺しにかかってくる。料理を食べさせてもらおうなどというのは夢のまた夢なのだ。
    思わず手を頭にやる。『あの人間』に貰った帽子の感触。どうやら耳が出ているわけではないらしい。
    心臓を押さえ込んで何だと聞き返す。いつ連れて来られたか問われた。よかった、バレている訳ではないようだ。
    昼間に連れてこられて…ええと2の次は何だったか。仕方が無いので2と1と答えるときちんと伝わったようで次を聞かれる。
    彼は奇妙なことばかり聞いてきたが人間同士のように会話するのは新鮮だった。

    10 可能性
    扉の外の騒がしさで目が覚めた。外を見れば日が高い。
    私が目を覚ましたことに気がついた見張りが、頑丈に見えるが非常に解きやすい方法で腕を縛る。扉の向こうから声がかけられた。
    「ドーレル、そろそろ始めんぞ」
    窓の脇に座っている見張りを見ると、目が合った。ゆっくりと頷く彼の目を見ていると少し落ち着く。

    新たに渡された靴の脇に触れる。
    一刺しで片がつく。頭領を殺しさえすれば、あとはどうとでもなるんだ。彼の指導でナイフの扱いに大分慣れたし、確実に急所を狙えるようになった。縄の素早い解き方も習得した。
    あとは私の演技力と肝の太さだけ。
    「おい、まさか寝てんのか?」
    外から聞こえる声で覚悟が決まる。彼に相槌を返した。扉が開けられる。
    失敗は死、成功しか許されない。さあ、一世一代の大勝負だ。

    ナイフは私の手を突き刺した。
    「まさか盗賊の頭相手に成功するとでも思ってたのか?ずいぶん嘗められたものだな」
    頭を床に押し付けられる。手を貫通した刃は床に刺さっていて動かせない。助けを求めて見張りを探すと、冷たい目をしてこちらを見ていた。
    (見捨てられた)
    思考が停止する。手の痛みが鈍った。
    微かな希望を抱いて少年を探す。少年は一人、我関せずと窓の外を見ていた。
    「祈りは済ませたか?」
    盗賊の頭が手からナイフを抜き、私の首に押し当てた。
    死にたくない。まだ納めていない商品があるのに。
    最期だというのにそんなことしか考えられない私は、いわゆるワーカホリックと言うものなのだろう。もっと楽をしようという気持ちを持てたなら、今頃こんなことにはなっていなかったろうに。しかしこの上なく私らしいと、納得してしまった。
    ゆっくりと目を閉じる。自分に刺さる銀の光を見るのは、恐ろしい。

    「待ってくれ、何故そいつを殺すんだ」
    数秒の静寂。この声を、空気を、私は知っている。目を開ける。声の主を探すと、あの時と同じ琥珀色が見えた。
    「貴方たちは警察じゃないのか?」
    何でこいつはこんなに無知なんだ。もはや腹すら立たない。
    あの時は気にする時間も惜しかった為流したが、3という数字を知らないなどいくらなんでもおかしい。下手をしたら歩き出した赤ん坊でも知っている。本当に人間に育てられたのか。狼にでも育てられたのではないか。

    そこまで考えてある可能性に気がついた。手に熱い痛みを感じる。
    まだ諦めるには早いようだ。
    11 その後の意識は無い
    「待ってくれ、何故そいつを殺すんだ」
    声があがる。手を止めてそちらを見ると縛られた女が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
    「理由?そうだな、俺達は皆能力と関係の無い理由で雇ってもらえなかったり、解雇された人間なんだ。だから普通に働くことのできる人間を見るとどうしようもなく悲しくなってくるんだ。同時に何か激しい感情が湧いてくる。殺したら治まるんだよ。
    お前、こいつの仲間か?何なら代わりになるか?どの道全員死ぬんだがな」
    そう答えると相手は謎が深まった様子で首を傾ける。
    「貴方たちは警察じゃないのか?」
    場が笑いに包まれた。まさかよりによって警察に間違えられるとは。下の男が叫ぶ。
    「んなわけあるか!こいつらは極悪犯罪人だ、警察に追われる側だ!」
    「つまりどうなってもいいんだな?」
    女の目と『どうなってもいい』という言葉に嫌なものを感じ、手で合図を送る。
    (押さえろ)
    何人か仲間が飛び出して女を床に押さえつける。俺の下から一層大きな叫びが上がった。
    「そうだ!指名手配されているし、どうせ殺しも初犯じゃない!捕まっても処刑は免れねえよ!」
    殴って黙らせようと男を押さえている反対側の腕を振り上げた。
    バツッ
    前を向くと押さえつけていた仲間を殴り飛ばして走って来る女の姿。帽子が脱げ露になったそこには人には無い耳が付いている。獣の気迫を感じるが、
    (勢いだけだな)
    流して仕留めようと立ち上がる。女の振り上げた腕を見ながら半歩引いて避けるイメージをする。お話にもならない。

    しかし足が動かせなかった。頭めがけて力強く腕が振り下ろされる。背を大きく反らしてかわした。足に纏わり付いている男のうめき声が聞こえた。男共々背から床に倒れこむ。熊女が俺めがけてもう一度腕を振り上げたが仲間が襲い掛かって注意がそれる。
    この間に何とか男を引き剥がさねば。俺が避けたことによって引き裂かれた男の肩を渾身の力で蹴るが離れない。仲間が倒れる音が聞こえる。ナイフに手を伸ばす。男の首めがけて振り下ろした。仲間の体が飛んできた衝撃で狙いがそれる。俺の脚を僅かに切り裂いた。床に刺さったナイフを急いで抜く。
    「お頭!」
    仲間の声に顔を上げた。女の指が俺の目に吸い込まれる感触。指が勢いよく上に引き上げられた。
    12 赤い氷は喋らない
    ああ、またこの時間が来た。
    初めてこの宴に参加してから、オレは窓の傍の椅子に座り、景色を眺めることにしている。外を見ていれば、少なくとも殺されゆく人間と目が合うことは無い。
    仲間が勧める料理を口にする。何の味も感じない。目の前に広がる鬱蒼とした森のせいかもしれない。
    それでも森を見つめる。背後の光景よりは、ずっと心安らぐ光景だからだ。

    バツッ
    耳慣れない音に思わず目をやる。視界の端に何か動くものを捕らえた。目を向けた先には床に落ちている縄の残骸のみ。背後から上がった頭の叫びで、この場の強者の首が挿げ替わったことを悟る。
    咄嗟に取った行動は、オレから遠い位置の仲間に火を点けることだった。
    複数の箇所から上がる悲鳴を背に物陰に隠れる。魔宝を持つあいつが場をまとめるかと思ったが声が聞こえない。妙だな、と思っていたらこの裏切り者が…!と腹の底から絞り出したような声が聞こえた。ぞっとしてそちらを見る。件の人間の上半身が転がっている。見開いた目は何も映してはいない。
    今のは、オレに向けた言葉だったのだろうか。もう知る術は無いが、奴の勧めた料理が何一つ思い出せない時点で、きっとオレにとってはどうでもいいことなのだ。そう自分に言い聞かせて、オレは奴の手からそっと紫色の石を取ると、入念に砕いた。
    焦げ臭いにおいに混じって血の焼けるにおいがする。誰かが縄を解いたのか、捕らえられていた人間の外に避難する足音が聞こえた。
    火の燃える音しか聞こえなくなった頃、オレは物陰から出た。ゆっくりと辺りを見回す。まだ息があるが死が確実な者、どう見ても死んでいる者、中には体が分離している者が入り混じっていて判別し辛いが、一人ひとり確認して記憶と照合する。
    オレを抜いて七人足りないな。
    どいつも放っておいて問題無さそうな顔ぶれだ。この先会うことが無ければ大した問題ではないだろう。
    煙で喉が熱いが、やることがある。床に這って首から下げていた赤い雫形の魔宝を取り出した。会話を試みるのは久しぶりだ。
    「おい、聞こえてんだろ。見ての通りお前の持ち主の敵は死んだ。
    これからどうすんだ。一緒に燃えて消えるのか、オレと一緒に来るのか。」
    返事が無い。咳が止まらなくて息が苦しい。
    外に避難しようと腕に力をこめたら、次の瞬間オレは放り投げられていた。
    13 馬鹿しかいない
    頭が死んだ直後、目の前に居た魔宝使いを斬った。仲間が俺の行動に戸惑っている隙に、手当たり次第に殺す。数を減らさねば勝機は無い。
    向かってきた奴を全て叩き斬った後、すぐ外へ出た。目をやる暇も無かったが、部屋中に焦げ臭いにおいが充満していたからだ。一体何人斬ったか見当もつかないが、追っ手を絶つ為に必要な魔宝持ちの片割れは殺したので大丈夫だろう。
    それにしても、あんなに頭に忠実だった奴が、頭を裏切るとは思わなかった。反旗を翻すのに協力した訳でもなく、そもそも直接反抗の意思を確認したわけでもない。しかし奴が仲間に火を点けたのは事実であるし、それにより混乱が生まれ予定以上に団員の統率が乱れたのだ。事実上の仲間と言っていい。人間とはわからないものだ。
    感慨深く燃え盛る家を眺めていると、背後から例の獣人の声が聞こえてくる。
    「頼む、せめて魚料理だけでも!」
    「火事場に飛び込むバカがいるか、川魚で我慢しろ」
    馬鹿がいる。思えばあの女は始めから食べ物への執着が強かったな、やはり半分獣な分本能も強いのだろうか。しかし食べ物のために突っ込むなんて馬鹿にも程が…
    弾かれたように辺りを見回す。火をつけた本人がいない。
    合流する義理も無いのでここに居ないことは何ら不自然ではない。魔宝使いを斬った後には既に居なかった。もう遠くに逃げてしまったのかもしれない。
    自分の考えに違和感を感じる。
    あんなに疑り深い男が?魔宝使いの死も確認せずに?
    そうだ。自分の目で確認せずに何処かへ行ってしまえる人間ではない。
    燃え盛る家の扉は開け放たれている。
    居るかどうか確認するだけなら崩落する前に出てこれそうな雰囲気に思えた。
    火事場に突っ込む俺は馬鹿だったようだ。

    火事場に居残っていたこいつはもっと馬鹿だと思う。
    うっすらと目を開くと煙が目に沁みる。歪む視界と記憶を頼りに低い姿勢で居間まで走ると、誰かが煙に咳き込むのが聞こえた。力強い咳だ。手を伸ばすと人体らしき何かを掴めたので力任せに引く。
    ぐえっと鳴いたので当たりだったようだ。

    14 恩と借り
    腹は満ちた。
    川へ走り込み、魚をたらふく食べた。水が故郷程澄んではいないためか、魚に独特の風味があったが十分おいしく食すことができた。
    腹が落ち着いたところで、人間に貰った服が重く濡れていることに気がつく。あわてて川から出るが、無我夢中で食べていたので魚の血がべっとりと服についていた。あの人間は確か、服を乾かしたい時は火の近くに置いておくといいと言っていたな。私は自分の走ってきた道を急いで引き返した。

    家の周りには、まだ多くの人間が留まっていた。家は完全に炎に包まれ、あちこち崩れ始めている。皆、その様を静かに見つめていた。一人以外は。
    疑問に思い、私を送ってくれる人間に歩み寄る。
    「なあ、人間は炎に包まれても平気なのか?」
    そう尋ねると、人間は呆れたような顔をした。
    「そんなはずないだろう。人間も木も同じだ。炭になって死ぬ」
    「今、見張りが家の中に入って行ったんだが」
    「何!?」
    人間は燃え盛る家に振り向いた。出口に人影は見えない。一瞬、周囲もざわついたが、すぐに木の爆ぜる音しか聞こえなくなった。人間は何も喋らない。
    「なあ、あの人間は死にたかったのか?」
    「ありえない」
    確信めいた言い方だ。
    「何で分かるんだ?」
    「彼は己の自由の為に戦ったからだ」
    「自由って何だ?」
    「…私は自分の意思で行動することができることだと思っている」
    「人間は自由じゃないことがあるのか?」
    「ああ、ままある」
    「何で大人しく縛られているんだ?」
    「…生き残る為の、一つの手段だからだ」
    「じゃあ何で見張りは火に飛び込んだんだ?死んでしまうのに」
    「……」
    人間の手が震えている。また少し、がらりと家が崩れた。
    「人間は本当に、炎に包まれたら死んでしまうのか?」
    「…ああ」
    「見張りが死んだら、悲しいか?」
    「彼がいなければ、私たちは全員死んでいた。
    これは悲しいのではない。大きな恩を返すことができなくて、後味が悪いんだ」
    「『おん』?」
    「そうだ。恩は、返さなければならないものなんだ。それが、人間のあるべき姿だ」
    「どうしたら、返すことができるんだ?」
    「見張りが生きていれば、いつだって」
    「わかった」
    人間界で学ぶことを志す私は、恩を返さなくてはいけないだろう。私は火に飛び込んだ。

    「あつっ」
    床が熱い。足の裏を見ると真っ黒になっていた。
    前を見ようとすると、煙が目に沁みて目が開けられない。手近な壁を殴る。バリバリと壁が破壊され、外への大きな穴が開いた。煙は外に出て行き、火の勢いが増す。
    視界の端に人間の足が見えたので掴む。脚だけだった。投げ捨てる。
    駄目だ、目は頼りにならない。耳を、鼻を、使わなくては。
    ところどころから咳が聞こえる。肉の焼けるにおいがする。肌が熱い。
    目を閉じながら手探りで進むと、天井が崩れて間近に落ちてきた。
    「ああああ!!!」
    下敷きになったであろう人間の叫び声は、見張りのものだった。
    助けようと瓦礫を退かすが、通路が狭くて思うように動かせない。
    見張りは自分を助けようとする存在に気がついたのか、私の足を叩いてこう言った。
    「俺は、いい。奥の少年を助けてくれ」
    見張りに言われるまま手探りで進んだ先は、濃い血のにおいがした。通路を塞ぐように人間の声が聞こえた。
    「はは、裏切り者には、ぴったりの末路だ」
    子供の声ではない。前へ進むのに邪魔だ。私は大きく腕を振った。たやすく肉になった。血溜まりを踏んで部屋に入る。一層濃く熱い煙が顔にかかる。

    (まずい)
    血と煙の臭いで人間の匂いが分からない。何より、息苦しさが段違いだ。
    空気を吸おうと手近な壁を殴る。しかし入ってきたのは、より多くの煙だった。
    息苦しさに、手当たり次第に壁を破壊する。一向に外と繋がらない。突如床が消え転倒する。床についた手が熱い。急いで床穴から脚を抜き身を起こそうとするが、動きを止める。
    (少し、呼吸がしやすい)
    私はそのまま床を這って行くことにした。
    15 血と憎悪
    俺が引き当てたのは少年ではなかった。
    黒々とした憎悪の瞳が俺を映す。それと同時に、手斧が振り下ろされた。
    家の内部にはもう戦う能力のある人間は居ないという油断からか、早く奴を見つけて脱出しなければという焦りからか、反応が一瞬遅れてしまった。
    避けるも腕から胸まで深々と斬られる。次の攻撃に構えるが、奴は俺に見向きもせず、もう動かないであろう半身を引きずりながら奥へと進んでいった。
    拍子抜けし、数秒呆けてしまう。
    (俺に向けられたものでは無かったのか?)
    では、あの黒い瞳が見ていたのは誰なのだろうか。
    胸の周りがじわじわと赤い染みで覆われていくのがわかる。止血しようと手を腕にやったとき、奥の部屋から大きな物音がした。続けて聞こえてくる乾いた笑い声。
    やられた。何をやっているんだ俺は。この状況で仲間に憎まれているのは俺と奴以外居ないだろう!
    服を裂き傷口に巻きつけ、声のする方へ向かう。

    その部屋は廊下の突き当たりにあり、空気の循環が悪いのか、他のどの部屋よりも煙が蔓延していた。
    (声から奴の居る位置はわかるが…)
    この部屋に置いてあった家具などの障害物の位置が、全く分からない。
    奴がこの部屋の構造を熟知していた場合、嵌められて殺されるのは俺だ。
    (見張りがこんな風に裏目に出るとは)
    少年の声が全く聞こえないことが焦りを煽る。止まない笑い声。時折聞こえる、何かが崩れる音。
    (どうする)
    しかし廊下で戦うような事態は避けたい。
    ただでさえまともな姿勢で戦えないのに、大振りの剣を振るうには、あそこは狭すぎる。

    意を決して乗り込もうとした時、廊下から何者かの足音が聞こえた。
    (まずい、これ以上の数は…!)
    助けた一般人がここに乗り込んでくるはずが無い。こいつは、戻ってきた仲間もしくはこの場で身動きが取れなくなった誰かだ。
    煙で視界が閉ざされ少年の位置も把握できない以上、新たな敵は気付かれる前に確実に殺すしかない。
    廊下の物陰に隠れ息を殺す。煙が蔓延してきたのか、喉が痛い。
    敵が目の前を通り、剣を抜こうとしたその時、天井が崩れ落ちてきた。

    誤って煙を吸い込み、激しく咳をする。
    左脚が瓦礫の下敷きになって動かすことができない。さっきの獣人に頼めば退かして貰えただろうが、少年の方に向かわせた以上救助は見込めない。
    意を決し、再び剣を抜く。仲間にしたよう戸惑い無く、自分の足に刃を振り下ろした。
    16 赤い氷は喋れない
    (ルーカス、目を覚まして!焼け死んでしまうわ!ルーカス!)
    突然彼の背後に現れた手斧を持った男。そいつはルーカスの服の裾を勢いよく引くと同時に手のそれを振り下ろした。
    しかしルーカスが想定より軽かった為か、バランスを崩し手斧は虚空を裂く。ルーカスはすぐさま手斧を叩き落し蹴り飛ばしたが、男は気にも留めずルーカスの首を絞めた。必死に抵抗するも力が足りず、彼はそのまま意識を失った。男はそれを見て取ると首を絞めるのを止め、ルーカスを壁に叩きつけたのだ。
    彼が壁に叩きつけられた拍子に床に転がり落ちてしまった私は、彼が今どのような状態なのか全く分からない。しかし全く身動きした様子が無いところを見ると、どうやらまだ気を失っているようだった。
    (声さえ出れば…!!)
    しかし思いも空しく私の音が空気を震わせることは無かった。
    魔宝というものは、本来は意思を持ち、言葉を話す。
    私もかつては言葉を話すことができた。しかし二人前…盗賊に襲われた時の持ち主が殺されて以来声が出なくなってしまった。
    盗賊の最初の持ち主にはずいぶん乱雑な扱いを受けたものだったが、彼は失態も多くすぐに殺されてしまった。その頃は自分の行く末を考えるとうんざりして、いっそのこと壊れてしまいたいとすら思っていたけれど、盗賊が貴重な魔宝を捨ててくれるはずも無く。

    次の持ち主はまだ幼い少年だった。新入りだという彼は、何も言わない私を綺麗な水で洗い、優しく拭いてくれた。
    魔宝には意思があると知った後、彼はルーカスと名乗り、私に名前を尋ねた。私は本当の名前を口にしたが、音にはならなかった。初めて、声が出ないことを悔しく思った。彼が、酷く悲しそうな顔をしたから。
    それでも彼は私を赤氷と名付け、様々なことを話してくれた。生まれ育った村のこと、事故で家族が死んでしまったこと、働きに出た先で濡れ衣を被って解雇されたこと、路頭に迷っていたところに頭領に声を掛けられたこと、誘われた当時は感謝していたが、今ではもう嫌悪しか感じないこと。
    逃げたところで子供を雇ってくれるところなんてあまり無いし、追っ手の心配も拭えないこと、散々人を見殺しにしてきた自分に救いを求める資格があるようにも思えないこと。
    今日の献立から心の奥の悩みまで、全て打ち明けてくれた。
    ……何度この声が出たらと思ったことだろう。
    心の痛みを和らげてあげたい、
    自然な笑顔が見たい、
    大切にしてくれてありがとうと伝えたい、
    この少年と、話がしたい。
    幾度挑戦しても声が出ることは無かったが、ルーカスは変わらず私に話しかけてくれた。
    これからも変わらず、少年と共に居ることができるのなら。
    声が出なくてもいいと、そう思った。

    (声が出るようになっても、彼が居なければ意味は無い)
    魔宝である私は、自らルーカスを助けに行くことも、外に助けを呼びに行くこともできない。
    ルーカスが私に触れて、呪文を唱えれば火を収めるのなんて簡単なこと。
    でも私は、彼の手の中に転がって行くことさえ。

    (お願い、出てよ私の声!
    声さえ出たなら、目を開けることのできないルーカスに居場所を伝えることも、火を収める呪文を伝えることもできるのよ!
    なんで声が出ないのよ、ただの宝石じゃないわ、魔宝なのよ?!
    彼を助けたい!こんなところで炭に埋まるなんて嫌、
    ルーカスと一緒に、外へ出たい!)

    「なんだこれ」
    赤くべとついた大きな手が、私を摘み上げた。
    私の表面を撫でる指に、希望を見出す。
    先程外へ避難した獣人だ。彼女なら、ここが崩れ落ちる前にルーカスを外へ連れ出すことができる。
    何をしに戻ってきたかは分からないが、私が転がっていたことで、直ぐにルーカスを探してくれるだろう。
    (よかった、ルーカスが助かる!)
    彼女は私を撫でるのを止め、
    脇に投げ捨てた。

    頭が真っ白になる。
    なんで。
    床を跳ね転がりながら、心が絶望で染まりゆくのを感じた。
    獣人も眼を開けることができないほど部屋が煙で満ちているのに気がつき、もう出ることは無い涙が出そうになった。

    私が、話せたなら。
    17 『イクスティングション』
    空から無数の氷が降ってくることがあるらしい。
    氷は地や屋根に穴を穿ち、辺り一帯を冷気で包む。一つだけだと簡単に噛み砕かれる氷でも、高いところから無数に降ってくることで十分な脅威となる。
    始めて耳にしたときは、信じられなかった。生まれ育ったのは雪など滅多に降ることの無い地域だったし、人間が作った氷だって直ぐに融けてしまう。
    『氷』が地面に落ちるまで形を保っているはずが無いと、そう思っていた。

    だからオレは、赤いのにどこか冷たく感じるその石に、赤氷と名前を付けた。
    親指の爪ほどの大きさの小さな石。氷だったならすぐに融けて消えてしまうだろう。こんなに小さい石なのに、人が使うことによって魔法が発動する。下手をすれば、人の命を脅かすほどの。氷のようだと思った。
    人格があると知った時から、一定の敬意を持って扱った。オレの今の地位を支えているのは、死なずに済んでいるのは、こいつのおかげだったから。
    話しかけると、澄んだ赤がゆらめく。オレの話に相槌を打っているように思えた。
    嬉しくなって、ついいろいろなことを話してしまう。傍からは狂人にしか見えていなかっただろう。オレは人目など気にならなかった。ここでの唯一の味方を得たような気分だった。

    何か冷たいものが手に触れた。
    薄らと目を開ける。涙で歪んだ視界の先に、炎よりずっと赤い光があった。
    (今日は一段と、心が乱れているみたいだな)
    手を伸ばし、指で包み込むように握る。

    囁くように、『鎮火』
    と唱えた。
    脚を落とした左膝の上をきつく結び、体を引きずるようにして出口を目指す。
    (流石に、血を流しすぎたか)
    体に力が入りにくい上に、視界が闇で満ちている。視力を失って初めて見えるものがあると言うが、本当だったようで。
    新鮮な空気の流れてくる方向が、わかる。俺は力の入らない腕を無理やり動かし風上へ向かう。
    死んでたまるか。
    出入り口の階段を転げ落ちる。幾人かが駆け寄り、冷たく濡れた布で体を冷やしてくれている。誰かが止血帯をさらにきつくしている。
    てきぱきと応急処置がなされる中、旗手が話しかけてきた。
    「獣人を知らないか」
    「、げほ、奴を、助けに行くよう頼んだ」
    「水だ。布を口に含めて摂れ。…何があったかは話さなくていい。どの辺りに向かったかを教えてくれ」
    「!…廊下の突き当りを、」
    「カエルガさん!火が治まってきてます!」
    「全て燃え尽きたのか?」
    「い、いえ、途中から急に」
    「何にせよ有難い。私はあの獣人にも恩がある」
    火の音が徐々に小さくなっていく。安堵して大きく息を吐いた。
    (生きていたか)
    何の消火活動もされていない火事が途中で鎮火するはずがない。これは魔法だ。家を焼き落とすつもりだった火を鎮めたということは、脱出し損ねたのだろう。火が完全に消えたら救出に向かわなくてはいけないかもしれない。
    身を起こそうとするが、全く力が入らない。目も開いてはいるが、依然として目の前には闇が広がるばかり。目を開けているのも辛くなってきたので目を閉じる。

    なぜ、うらぎった。
    消えゆく炎の中、微かに囁く声が聞こえた気がした。
    碧_/湯のお花 Link Message Mute
    2014/02/21 16:46:23

    ある日森の中熊さんは盗賊に出会った

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