Web再録本『始まる前に終わる話』サンプル「居なくなった仲間を捜してるのに、誰も心配そうな目をしてなかったの、なんかやだな……」
「あそこの本丸の刀、全部が全部そうとは限らない」
頭上から振ってきた言葉に乱が顔を上げれば、鬼丸は正面を見据えたままではあったが、一切迷いの無い動きで低い位置にある肩を、ぽん、と軽く叩いた。
「うん、そうだね。そうだといいな」
彼らの元に二度と『鬼丸国綱』が戻ることは無いと知っている乱は、どこか寂しそうに笑むも、すぐさま、ぱっ、と表情を明るくし鬼丸の手を、ぎゅっ、と握る。
「演練が終わったら甘い物食べて帰ろうよ」
「いいねぇ。季節限定のメニューが始まったばかりだぜ」
常ならば「おれはいい」と断りの言葉を口にする鬼丸だが、それが久しぶりに本丸の外へと出た太刀ふたりを気遣っての発言であることは容易に察することが出来た。
答えに窮している鬼丸の代わりに大典太が、そうだな、と応じる。
「多少の寄り道なら、審神者もなにも言うまいよ」
「やった!」
歓喜の声を上げる乱に続いて短刀たちは「そうと決まれば今日も勝ちますよ!」と気合いを入れたのだった。
全員の注文をまとめて行った乱は去って行く店員の背中を見送りつつ、ざわめく店内を、ぐるり、見渡した。
自分たちと同じように演練帰りと思しき卓がいくつかあり、今入ってきた六振りもそうであると見受けられる。彼らは馴染みの客であるのか店員に軽く手を振って見せた後、案内されるまでも無く空席へと足を進めていく。
その集団にも鬼丸がおり、乱たちの囲む卓の横を通る際、ちら、と紅玉が視線を投げてきた。
「そちらさんも大変だったなぁ」
そのまま通り過ぎるかと思いきや、緩く声を掛けてきたのは最後尾に居た御手杵だ。マスクをしている一団は思いのほか目立ち、演練場で絡まれていた本丸だとすぐにわかったのだろう。
「あの本丸はいつもあぁなのか」
大典太が真っ先に応じれば、珍しいモノを見たと言わんばかりに御手杵が目を丸くする。
「俺が知ってる限りだが、鬼丸が居る所にはいつもあんな感じだな」
やんなっちまうよなぁ、と御手杵がぼやけば、全くだ、と大典太も頷く。
「なんであんなことをしてるのか、あんたは知っているのか?」
「ん? んー、噂程度だけどな。なんでも本丸を引っ越す時に手違いで鬼丸を置いて来ちまったんだと。それで、その古い物件に別の審神者が入ったと聞いて、鬼丸をネコババしたんじゃないかって言い出したらしくてさぁ」
「とんだ言いがかりだな」
呆れたように話に加わってきた薬研に、だよなぁ、と御手杵も呆れ顔を隠しもしない。
「当然、引っ越してきた審神者は潔白だから相手にしないだろうし、探してる側からすれば手がかりが無い以上、手当たり次第に他の本丸を疑って掛かってる訳だ」
現状をまとめた薬研の言葉に、その場の全員が深々と溜息をついた。
「そもそもなんで刀を置いて行くんだって話だよ」
忘れるとかあるか普通? と御手杵は心底理解できないといった顔で首を横に振る。
「まぁ俺たちは物だからな。ないとは言い切れないだろ」
うっかりは誰でもやらかすもんだ、と薬研が笑えば、納得は行かないまでも反論はせず、御手杵は肩を竦めて見せたのだった。
「あぁ、それとも大事にしすぎて別の場所にしまい込んでたら、肝心のしまった場所がわからなくなったとかな」
はは、と笑みを零しながらの薬研の発言は明らかに冗談だとわかる。
「特殊な仕掛けを施して入れる者を制限していたりな」
「例えばあんたみたいに霊力が強い奴とかか?」
だが、それに続いた大典太の予想外の発言に、これまた予想外に御手杵が食いついたのだ。
「極端な話、審神者しか出入りできない秘密の部屋とかありそうだもんなぁ~」
「あくまでも可能性としてあり得ると言った話だ」
話半分に聞いておけ、と大典太が話を終わらせれば、御手杵は軽く手を上げ、じゃあな、とその場を去って行った。
御手杵が足を止めていた間、意外なことに鬼丸も足を止めており、二振りの鬼丸は視線を交わすだけで口を開くことは無かった。
無言のまま、ふい、と立ち去った鬼丸の背中を見送り、乱が不思議そうに目の前に座する鬼丸を伺うも、伏し目がちに手元のおしぼりをいじるだけで先のことを気にしている様子は皆無であった。
「思った以上に面倒なことになってたな」
薬研の率直な感想に短刀たちの小さな頭が、うんうん、と上下に動く。
「それにしても、随分と際どい所に斬り込んだじゃねぇか。正直、ヒヤヒヤしたぜ」
先の大典太の発言に対して薬研が正直な感想を述べるも、当の本人はどこ吹く風だ。
「……噂というのはこうして広がるんだな」
ぽつり、漏らされた鬼丸の言葉も併せ、誰が聞いているとも知れぬ場所でこれ以上話すことも出来ず、ちょうど運ばれてきた団子におのおの手を伸ばしたのだった。
【加筆内訳】
・密やかに秘めやかに
→約2500字
→web掲載分の続きで1シーン追加。
・○○しないと出られない~
→約300字
→web掲載分の続きで気持ち程度追加。
・声が呪われてるやつ
→約1万字
→既存の物に加筆修正+新規でシーン追加。オチは変わらず。
・始まる前に終わる話
→約600字
→あちこちに少し追加されてる間違い探し状態。
【収録タイトル】
・淫紋の話
・不器用ふたり(web掲載時タイトル『手首を縛る』)
・鬼丸さんがバグった話
・名はよすが(web掲載時タイトル『鬼丸さんが夢に取り込まれそうになる話』)
・皆に隠れて
・○○しないと出られない系の部屋
・ガバ判定な出られない部屋
・かごの鳥
・霊力中毒
・密やかに秘めやかに(web掲載時タイトル『鬼丸さん身請け話』)
・始まる前に終わる話
・ある本丸の後始末をする話
・典鬼ワンライ再構成版
・現代遠征+お子様ランチの話
・ロリ丸国綱リターンズ
・ハロウィン話
・声が呪われてる鬼丸さんの話
おまけ本『お題を使った短い話 その他まとめ』
【収録タイトル】
・背中にキス
・全ては輝いていた
・わがまま
・騙されてやりたかった
・手探りキス
・両思い拗れ話
・世界線が混線する鬼丸さん
・RPG風パロ
・記憶喪失話
・もしもの話
・飢餓の呪詛
・寂しい時に限っていない
・ラッコ
・鬼丸さんの具合が悪い話
・夢で甘える話
・痴話喧嘩
・距離感がおかしい
・狸寝入りの話