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    Wavering#01_海事々始 テラの時とは違って、文官が一人だけつき、リオウに先立って部屋に入っていった。数秒、間があって、内側から開かれた扉を通り抜ける。待っていたのは、リオウが思っていたよりもはるかに若い人物だった。
     ゼロからの海軍再編成に助言と指導をするというから、相当な経験を積んできた人物に違いないと、まあ勝手に、思っていたのだ。歳は、上にみても二十五だろう。十代にさえ見える。リオウが部屋に入る間に、興味があると言うので出させておいた小さな額縁、ハイランド王国海軍の「零号司令」をテーブルに戻した。
    「リオウ様。こちらが群島諸国連合の海軍再建支援団の連絡係、セルセス殿です。」文官は体の向きを変え、
    「セルセス殿、こちらがデュナン国王、リオウ・カン・デュナン様です。」
     リオウは気恥ずかしさにほんの短い間顔を斜めにして相手の視線を避けた。元が孤児で、ただのリオウでは対外的に示しがつかないため、そういう氏姓が贈られたが、馴染まないし、呼ばれるのが恥ずかしい。それでも顔を上げなければならない。この顔が、今や一国の顔である。セルセスと呼ばれた青年はリオウと視線がまっすぐかち合ってからさっと頭を下げた。動作の機敏なことと、隠れてもまぶたの裏に像が残るほど鮮やかな明るい碧眼が最初の印象になった。
    「群島の、セルセスです。お会いできて光栄です、閣下。」
     セルセスは、群島諸国連合の上層部しか存在を知らない生きた切り札である。真の紋章の一つである〝罰の紋章〟の継承者で、その力もさりながら、卓抜した知見と判断力を頼んで、微妙なかじ取りが必要な難しい問題があると、呼び出すことになっている。
    「リオウです。長旅ご苦労様でした。」
     そうしたことは、リオウは知らない。握手を交わし、応接用の椅子に座る。
    「正直なところを言わせてくださいね。確かに、僕らはハイランド王国から引き継いだ海軍の扱いに困ってましたけど、このことについてまさか群島の方から接触があるとは思ってませんでした。」
     セルセスは板を当てたように背筋をまっすぐに立てて座っていたが、リオウの言葉を受けてほころぶように笑った。笑顔になると急に印象が幼くなる。
    「都市同盟の方は知らなくても無理ないですけど、ハイランド王国とは海で交易をしていたんです。何十年かに一回は船を売ってましたし……(彼は咳払いをした)記録によると。
    その海軍が持て余されてしまうのは見るに忍びなく……。予算をなかなか割いてもらえないみたいで、勿体ないなあと、群島目線では思っていたので。
     それに、ほぼゼロからの指導教育なんて、群島では逆にできませんから。いろんな知見を得られると踏んでのことです。」
     セルセスが裏腹を割って語るのを、リオウは測るようにじっと見ていた。油断のない目は、見た目の若さの印象を裏切る。
    (真の紋章をもってるんだっけ。今いくつなんだろう?)
     セルセスはデュナン統一戦争については伝え聞いたことしか知らないが、計算してみても二十にならないくらいのはずだ。やはり年齢よりもずっと大人びている。
    (えらいなあ~。)
     最近、知り合う人間がみなとても立派に見える。若いのに頑張っている人ばかりだ……と顔なじみにこぼしたら、「今あった人は四十を越していて決して若くはない」、さらに「会う人みんな孫みたいに思っているのではないか」と言われた。そうかもしれない。このカン・デュナン氏など、目鼻立ちが丸っこくて子犬のようなのに、戦争に勝利を収めて、国を領している。
    「でも、そのために十年も群島を離れて、皆さん大変じゃないですか。」
     気遣いもできる。とてもえらい。セルセスは内心でしみじみとした。新設海軍をまっさらな状態から育て上げ、独り立ちさせるまで支援団は十年デュナンに留まる。その間に国王たるリオウとセルセスが会って話すことはそう何度もないと思うが、自分も真の紋章を持っていて、不老であることを今のうちに話すべきかと考えた。
     しかし、今日初めて顔を合わせるし、面会の理由と違って個人的なことなので、別の機会にしようと思う。
    「人を育てるのには時間がかかるものです。船の上は本当に仕事が多いんです。でも十年あれば、一通りの部署に一流の人員を置けるようになります。後進の指導も自分たちでできるようになるでしょう。」
     リオウは驚きと不信が入り混じった感情を、表に出さないようにした。群島の善意は底が知れない。裏があるのではないかと、リオウが疑いたくなるのは当然だ。
    「僕らには、売られる恩が大きすぎると思うんです。どうして、そこまでなさるんですか?」
     今の敬語はいらなかった、と頭の中を厳しい言葉が飛ぶ。この国にあっては最高の立場の人間として、多少偉そうにしなければいけないのが、性に合わないのだ、本当に。
    「世界の海を航海したいんです。そのためには、できるだけたくさんの国と友好的な関係を持っておくのが一番、と群島は考えています。」
     その時セルセスの顔は海から照り返す日を受けているようにきらきらしていて、世界中を航海するのはこの人個人の夢なのではないか? と直感が囁いた。これ以上は何も確かめられないが、デュナンが損をすることはなさそうで、リオウは意味合いが重くなりすぎないように頭を下げた。
    「お話は分かりました。もとより、ぜひもない。うちの海軍をどうぞよろしくお願いします。」
     セルセスは反射的にというように、同じように頭を下げてから、
    「閣下にも、学んでいただかなければいけないことが沢山あります。」
     と言った。
    「え?」
     リオウは面食らったが、セルセスは今から楽しみだという様子を隠さず、さらさらと喋り出した。
    「まず、国軍の中で海軍が果たすべき役割を定義することから始めましょう。これはあなたにしかできないことですから。船は海に出てしまえば独立国家と同じです。政府の支配下に繋いでおくために絶対的な規律と統制を必要とします。それを守らせる方法も。航海の基本や海軍の維持費の計算なんかも、運営していく側には必要です。」
    「あー……。」
     なんと、リオウの大嫌いなお勉強である。肩が重くなったような感じがするし、部屋が暗くなったような気もした。
    「僭越ながら、僕が教師を務めさせていただきます。教えるのは下手ではないつもりですけど、甘くはしないので、怒って首を刎ねないでくださいね。」
    「え! そんな、しませんよ!」
     セルセスはにこにことしている。リオウは肩を落としてため息をついた。ちょっとたちの悪い冗談を言うひと。そういう印象を書き加える。そのうえで、やることの多さに早くも疲れが来た。リオウは少々の現実逃避を求めて、机の上の額縁に目を留めた。
    「……あの、小さな古い額縁。『零号司令』って言われてたそうですけど、さっき見てましたよね。」
    「はい。王国海軍の歴史に関わるものなので、折角なので。」
    「暗号で書いてあるじゃないですか。読めるんですか? セルセスさんは、海の人だし。」
     海の人、という至極ざっくりした呼ばわりに、セルセスは笑いを零した。
    「あはは。こういうのは、受け取る側が保管している暗号鍵がないと解けないんです。」
    「んん? そうなんですか……?」
     あれを見て、ふらっと出かけていったテラのことが思い出される。
    「ハイランドの初代皇王は海が好きだったみたいですね。」
     出し抜けに言われるので思考が複数走りだした、なぜ急にそんなことを? や、どこで知ったのだろう? が、リオウの曖昧な返答になった。それを見てか、セルセスはさりげなく情報を補足して続ける。
    「海軍の旗艦には代々〝マウロ・ブライト号〟の名前が与えられるそうで……この慣習は閣下は改めたいですか?」
     王国が滅んで、ハイランドの統治に関するありとあらゆる仕事が新しい国の政府に載せ替えられる中に埋もれて、未だ初耳の情報もある。特に伝統や慣習と言ったものは、明文化されていないだけに、それを共有する人としない人が混じり合う中で失われやすい。リオウは頭をひねって考えた。
    「うーん、今はなんとも思ってないなあ。当面の間はこのままのつもりです。現状、ハイランドの海軍を引き継いだだけなので。」
     ハルモニアの出方次第では、親ハルモニア的なその名前を看板から降ろす場合もあり得るとリオウは考えた。
    「でも、人員の方は同盟の人もガンガン入れちゃうので……さっきの、統率と規律、でしたっけ。大事ですよね。」
     統一戦争で出番のないままに故国を失った王国の海兵は、彼らの船に、海のことにはずぶの素人の同盟人を乗せなければならないのだから、忸怩たる思いがあるだろう。最初から引き締めていかなければ、最悪の場合、海上でデュナン統一戦争の延長戦を始めかねない。それをリオウよりよほど理解していることが、セルセスが呼ばれてここにいる理由だ。
    「ええ、とっても大事です。」
    「ほんと、よろしくお願いします。」
    「はい。」
     セルセスは落ち着き払った様子で頷いた。相好をたちまち和らげて、声音に親しい感じが乗る。
    「ところで、閣下はどうですか? まだお若いですよね。海で冒険とかしたいですか?」
     まだお若いですよねって、あなたこそ。と思いながら。「えっ、どうだろう、そうだなあ。」そういうことを考える時間をリオウはしばらく持てないでいる。そういえば、海軍の話ならたくさんしているが、そもそも自分で海を見たことがないと気付いて、虚しいような、恥ずかしいような気持ちになる。
    「いつかは行ってみたいです、かね。時間なら……あると思うので。」
    「……そうですね!」
     セルセスは灯りがつくような笑顔を見せた。「明日、諸々の計画を書面にしたものを届けさせるので」次の瞬間には、忠勤で人の良い印象の真面目な顔に戻ってしまう。それと比べると、さっきのは、彼の胸の中でだけ面白いことがあったような笑顔だとリオウは思った。「新設海軍の志望者を、泳げる人と泳げない人に分けて、泳げない人を湖で――」云々と、セルセスの話は続く。彼が27の真の紋章の一つ、〝罰の紋章〟の継承者で、年齢も百八十近いことを、リオウはまだ知らない。知るのは数年先になる。こうして、二人は出会った。
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    2021/01/28 22:34:02

    Wavering#01_海事々始

    かいじことはじめ
    神たわアンソロ読者アンケートお礼小説再録
    神たわアンソロ寄稿作品の直接的な後日談なので、アンソロ未読ですと意味不…だが載せたいので載せます
    ハイランドには海軍があったけど都市同盟にはなかった→戦争終結→海軍再編新創設 があるだろうという妄想に基づく

    にす…リオウ
    4様…セルセス
    #二次創作 #幻水 #にすとよん

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