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    Fractions_#03 道引く リオウは、自分の関わっている戦争について、不可解に思うことが少なくない。
     事態は、「デュナン地方を統一支配するのは、都市同盟かハイランド王国のどちらか?」を決するための、数百年いがみあっていた二国の最終戦争へと飛躍しつつある。リオウ以外の同盟軍の幹部と兵士の大半は、ハイランドを本当に滅ぼすつもりらしい。
     リオウが旗を挙げた時は、そんな趣きは全然なかった。ただ、ハイランド王国軍の名の下に都市同盟盟下の都市の占領、激しい侵略と虐殺が行なわれたため、これに抗う多数のうちの一人として、加わったのが最初だったはずだ。
     それが紆余曲折あって、リオウが一軍の首領に収まったのは奇妙なことであるが、果たして、王国軍を指揮し、この戦争を主導していたルカ・ブライトは死んだ。
     リオウは「これで終わった」と思った。ところが同盟軍はルカを討ったことでこれまでに増して勢いづいている。兵員は増えていて、城は下町を拡げて大きくなり、次の手、そのまた次の手を謀議して幹部の話し合いは日増しに熱っぽい。
     不可解だ。一番は、戦争がまだまだ終わらなそうなこと。ハイランドの高位に成り上がっていく親友の思惑。そもそも、なぜリオウがリーダーなのか。
     けれども、誰かに聞いたら、その人の心にもリオウの持っている疑いを植え付けるか、シュウの言うように、リーダーの資質を疑われて、士気に悪影響を及ぼすと思うので、疑問を自分の内に留めている。そのせいで、リオウは自分のしていることに完全に納得できないまま、戦っている。
     腹に飼われた自己欺瞞は、戦いが進むほどにリオウの心を蝕むようだった。時々、自分の口から出る言葉が自分の本心と著しく違っていると感じながら、軍議に、戦場にいる。ナナミがリオウを泣きそうな顔で見ていることに気づいて、こっちがナナミに泣きつきそうになって、踏ん張る。リオウはナナミを絶対に失いたくないと考えていて、たぶん、自分が置かれている〝大人の世界〟は残酷で、見たくないことを見せられる。そこへナナミを巻き込みたくない。この頃リオウとナナミの間には、言いたくても言えないことのせいで沈黙が線を引くような瞬間が、時々ある。
     疲れたら、倒れ込んで昏睡してしまうようになったと、以前の自分との違いを感じてもいた。
     このようにして湧いた大きな不安がリオウを圧迫していた時があった。リオウはそれが何であるか見て見ぬふりをしている〝何か〟の捌け口を、ある日、テラ・マクドールに求めた。
    「リーダーってなんなんでしょうね?」
     リオウは自分がどんなふうに問いかけたのか、軽口のように言ったか、心労でくしゃくしゃの自分を晒して言ったか、覚えていない。場所は、バナーの溜池……テラが服喪の明けに釣りをしていた池端……のように思えるが、二人が出会った時はそんな話をする状況になかったし、それ以来、バナーの奥地の池になぞ訪れていないから、これは作った記憶である。
     風は吹いていたように思う、釣りは多分していなかっただろう。あとから、テラが実は釣りがそれほど好きでないことが発覚したので。緑陰の下だったようにも思う。リオウとテラは滅多に二人だけにはならなかったが、その時は他に人がいなかった気がする。リオウは思い出した。ノースウインドウの砦に程近い森が終わって崖へ向かうところ、ルカ・ブライトを討ったその場所で、だった。グレッグミンスターから連れてきたテラに聞いたのだ。〝リーダーとはなんなのか〟、リオウが抱えるには抽象度の高い問いだったし、不安の本質からも外れていた。
     テラはルカ・ブライトが死んだ場所の、短い草を見つめていたが、リオウの問いに振り返った。表情はずっと、上機嫌そうな抑制された微笑みで、リオウの視線を受け止めていた。
    「君と同盟軍が目指しているものは、何か?」
     リオウは気づかなかったが、この時のテラはリオウに対して敬語が取れていた。リオウは、こんなふうに聞かれて、今や同盟軍という組織は、リオウ個人が望むより多くの成果を欲して動いているのだと気づいた。取られたものを取り返すだけでなく、ハイランドから返報に何かを「とる」つもりなのだと思えば、あの熱気にも納得がいく。無理もない。都市同盟から多くのものが奪われて、そのまま失われた。
     その気づきの上で、リオウは、同盟軍はもはや自分の理想を追い越しているから、去りたいと思うのではなく、軍と自分の目標で共通する部分を探した。出会った人々や日々への愛着、受けた恩に報いたい気持ちは、後にナナミに迫られるまで、リオウをここから逃げ出させなかった。
    「……平和、ですかね。」
     このように端的に口に出せたのは、あるべき理想を語る言葉をかつて聞いたことがあって、それにリオウが感応した経験があるからだ。月夜の晩だった。その月は窓に嵌まった格子の向こうにあった。リオウはこの地に平和があるべきだと、友の声で聞いた。
    (きっとジョウイも、同じ思いで)
     ジョウイはジョウイのやり方で、ハイランドを平和にしようとしているのだと信じたい。リオウがしがらみの中にいるように、ジョウイも何かにまとわりつかれて、お互い率直な手を差し出せないでいる、今はそんな状況かもしれない。
    「それは無形のもので、また、未だ地上に行なわれていないものでもあります。」
     テラはさらりと言った。リオウは思考が霞のようにふわっと散るのを感じる。
    「ん? ん……と……?」
    「平和は、触ったり持ち運んだりできないということです。そして、デュナンの地には平和がまだない。」
    「……まあ、そう……?」
    「リーダーとは、形を持たない理想を、地上で、個人的に実現する最初の人間です。平和を欲するなら、人があなたを見て、あなたに触れた時、『ここに平和がある』と思うようになされば、あなたは平和の主導者です。」
     リオウは急に空間識を失調して重力のない世界へ旅立ったようになった。口から「わかんないです」と音が出た。
    「ワカンナイデス」
    「すまない。これではっきりした……僕は教師にも向いていないようです。」
     テラは笑顔のままで悲しそうにした。
    「もしも二つの国の間に争いがなかったら--平和だったのなら、リオウ殿はどんなふうに暮らしていたと思いますか。」
     リオウは頭を抱えた両手を離して、想像の風通しを良くするように顔を上げた。目は遠くを見ている。
     もしも、都市同盟とハイランドが戦争をしていなかったら、--ユニコーン隊がなかったかもしれない。すると、リオウは、ゲンカクを喪ったあとに生計を立てる手段を失って、道場を売り払うことになっていたかもしれない。そして住む場所をなくして、ナナミと一緒に、キャロを出て、働くところを探して旅する生活をしていたかもしれない。……もしかしたら、アトレイド家を義父親子に乗っ取られたジョウイも一緒かもしれない。
     いや、そもそも。二国が戦争をしていなかったなら、ゲンカクはキャロにいなかった。リオウとナナミはもともと戦災孤児だったらしいので、戦争がなかったなら、本当の両親が健在で、彼らの庇護下で育っていたかもしれない。
     その場合、ナナミともジョウイとも出会うことがなかった。
     リオウは急に寒くなって、再び頭を抱えた。
    (『戦争のおかげ』……ってこと!?)
    「いかがしました、リオウ殿。」
    「ぼく、ぼく……『平和』を知りません。」
    「程度の差はあれど大抵の人はそうです。」
    「ちっちゃい平和ならわかるけど、でも戦争がなかったらそれもなかった。」
    「成る程。」
    「それなのに、平和を実現する、なんて……。」
     リオウは、自分がルカ・ブライトを倒して目標を失ったのではなく、自分の心で思い描ける平和が、かつて自分が暮らしていた小さい平和に限定されていることに気づいた。その小ささの外には、ピリカのように、かつてのリオウやナナミのように、親を失う子供がいた。子供が投入される戦線があり、兵士の夥しい死、破壊される生活、犯される女性たち、憎しみの連鎖が存在していた。
     本当に追い求めなければいけない「平和」とは、それらが綺麗さっぱり存在しない状態なのだ。ジョウイの求めているのも、これに違いない。リオウはようやく気づいた。ジョウイも大きな平和を知らないことは、リオウと同じだ。だがジョウイは志を立てた。いつの間にかはわからないが覚悟をしたのだ。それを思うとリオウは「自分にはできない」とは言えなかった。
     この戦争は、ハイランドと同盟のどちらが勝ってもいいのかもしれない。最終的に一つになりさえすれば、そこには大きな平和が訪れるだろう。
    「ぼくはどうしたら……。」
    「選んで、決めて、受け入れる。その繰り返しです。」
     テラは、頭を抱えたままのリオウの両手を外させて、そのままではふらつきそうな体を、リオウの両肩を掴んで支えた。
    「案内をありがとうございました。ですがもう城に戻りましょう。ここにはまだ、熒惑(けいわく:火星。火神。また、人心をまどわす。)の妖気が残っているようです。」
     テラは、両肩を掴んでリオウをくるっと反転させた。彼に押されて、リオウは城への道を戻っていき、ルカ・ブライトを討った場所を、もう振り返らなかった。
    goban_a Link Message Mute
    2023/02/04 2:25:13

    Fractions_#03 道引く

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    #二次創作 #幻想水滸伝 #Wリ  #1継承2クリア後推奨  #3以降のネタバレなし

    ぼ…テラ
    にす…リオウ
    こちらの作品には後書きはないです
    感想: https://forms.gle/bUAEpRCJQEFPb5666

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