オンイベ中に小説書けるかなチャレンジ 地図を見ればわかる。
ハイランド王国は、ハルモニアの南限から突き出して生えた棘のような形をしている。あるいは、爪や牙かもしれない。太陽暦252年、デュナン君主国の内乱に乗じてハイランドがミューズ市国を冒した時、その後背から武器や食料を送っていたハルモニアでは、ある神官が「我らの爪に然るべき力を授け」るべきであると発言したことが記録に残っている。
国土の東半分は南部が未開拓の山麓に埋まっていて、残りは海に対して開けているともいえるが、行き場を塞がれているとも言える。
デュナンの地を満たす異人・亜人たちに対して、ハルモニアからその血流を汲むハイランドが、拡張主義を取らざるを得なかったのは、国の領域が定まったときに、同時に決まったようなものだった。ハルモニアという母からへその緒を切られて生まれ落ちたデュナンの地で、とくに境を接しているミューズ市国は、すでに成熟して腹を空かせた獣だったのだから。
ハルモニアが築いて残した城塞を、十分の一以下の国土から得られる資材と労働力で維持しなければならない。交易がしたくとも敵地を歩かずに別の国へ通り抜けることはできない。
尊武の気風が醸成されるのは、必定、であった。なにぶん、隣人があまりに不行儀なため、歴史を通じて排外主義は育まれこそすれ衰えることはなかった。
200年、よく保ったというべきだ。セルセスは地図の上で、かつての皇都ルルノイエを中心とするハイイースト県と、辺境のキャロを隔てる深い断崖を示す、細い川をなぞった。リオウの話では、その崖を越える大きな橋があるらしい。キャロに避暑に来る貴族の馬車列が往来できるほどの立派な橋だが、これもやはりハルモニアが残してくれたもので、もしも落ちたら(紋章砲なら落とせる可能性がある、とセルセスは考えた)キャロは陸の孤島になってしまう。そこで、傭兵隊の砦から真北のかつての国境で山をなんとか切り崩して、陸路を開く大事業のために、水運の計画を諮問したいはずだったのだが、リオウの子供の頃のことなどに話が飛んで、話題が戻ってこない。
「貴族の馬車が通るときに道を空けるのは分かるんですけどね、通りに並んで頭下げとかなきゃいけなくて。最初からそういうふうに教わってたからなんとも思わなかったんだけど」
「馬車かあ。いいね」
群島は陸が狭すぎるので馬車は使わない。なんなら馬もほとんど目にする機会がない。
「だんだん大きくなってくると理不尽だってわかるようになってくるんですよね。ふしぎなことに」
「思春期だね。」
「え、思春期ってそういうものでしたっけ?」
二人は見た目は現在思春期にありそうに見える。残念なことに本当に思春期だったのはとうの昔となった。
「そうかなあ。ぼくは……ジョウイが怒ってたから、ジョウイのが伝染ったんだと思うんですよ。」
セルセスがぽか、と口を開けたので、リオウはひょっとして彼にジョウイのことを話すのはこれが始めてだったか、と記憶を検索した。
そうではない。セルセスは、小さい頃、自分がスノウの感情を常に窺いはしても、それに自らを浸して染めることはなかった、と考えていた。
セルセスが自覚する範囲でのことである。スノウを憐れに思ったことは幾度もある。スノウが自分に快適でいられることを優先して、考えを異にしてもそれを表に出さなかったし、なにより間違いを正さなかった。
小間使いの役割に準じていたといえば言える。だがもしも自分が十分に感受性豊かであったなら、スノウと本当に友達になるのはもっと早かったのではないか? 人より余分な責任感のために、にわかに後悔に駆られてきた。
「話したことなかったでしたっけ……。ジョウイってぼくの幼なじみで、」
「……うん。」
セルセスはジョウイのことをリオウの口から知っていたが、リオウが幼なじみのことを話す時の表情が見たくて、知らないふりをした。
故郷に帰りたい、との思いが胸を突いた。懐かしさのためではない。150年経ってもセルセスは自分の戦争で最善を尽くしたと思えないから、何か他にできることがあったのではないか、ときどき海をさまよって探してしまうのである。
地図にもう一度目を落とすも、群島は遠く、二人で見ている地図には載ってさえいなかった。