壱 鏡送りノ話こんなところ、来るつもりなんて無かった。
足を踏み入れるつもりなんて無かった。
なのに、どうして――
「こ、ここまで来ればも、もう、大丈夫……よね……?」
後先考えずに走ってしまったが、どうやらうまく逃げ切れたらしい。
「また見つかる前にこの村を出なきゃ……」
でもどこに行けば良いのだろう。
それらしい場所はもう調べ尽くしてしまったはずだ。
「まだ行ってないところ、あったかな……」
あまり動き回りたくないが、いつまでも同じ場所に留まっていたらまた見つかってしまうかもしれない。
それなら少しでも動いて、脱出の糸口を見つけなければ。
でないと、私は――
――
鷲子姉さんが失踪したのは半月前のことだ。
正確には論文に使う資料を集めるためフィールドワークに行くと言って出かけたきり一切の音沙汰が無い。
捜索願を出して警察にも探してもらってはいるが、今のところ所持品のひとつすら見つかっていない。
警察をあてにしていないというわけではないが、自分で探した方がもっと早く見つけられる気がする。
――そう安易に考え、実際に行動を起こしてしまった。
両親には友達と遊びに出かける、と嘘を吐いて家を出てきた。
――最初は俺一人で行くつもりだった。
けれど紆余曲折あって煉と沙輝も同行することになった。
――今思えば、二人の同行を何が何でも拒否するべきだったのかもしれない。
「っだあああぁもう!いくら何でも暗すぎだろ、この森!」
真昼とは思えないほど鬱蒼として暗い森の中で苛立った叫び声が響き渡る。
「
煉、気持ちはわかるがいきなり叫ぶな。喧しい」
「いやだってよぉ……!」
「確かにここは暗いけど、そのお陰で涼しいのは良いことじゃない?」
「ま、まぁ確かに暑いよりはマシか……」
沙輝の一言で煉はあっさり怒りを鎮める。
俺はどうにもこういう気配りが苦手なのでそれが上手い沙輝は別次元の存在に見える時がある。
感情の切り替えが早い煉についても同様ではあるが。
「……なぁ
鷹也、やっぱり手分けして探した方が良いんじゃないか?」
「いや、なるべく固まって動いた方が良い。効率よりも安全が優先だ」
森の中は元より迷いやすい場所であり、その上ここには暗くて見通しが悪いという悪条件が追加されている。
もしはぐれでもしたらあっという間に方向感覚を失って迷子になり、この森の中で生涯を終えることになりかねない。
「姉さんもここで迷って帰れなくなったのかな……この半月の間ずっと、ってことはさすがに無いだろうけど……」
などと非現実的ではあるが筋の通ることを考えていた時だった。
「――なぁ鷹也、沙輝」
「ん?」
「何?」
「あれ、何だと思う?」
煉が指差す先にあるものを目にし、自分の浅はかさを理解したのは。
「……村、だな」
最悪だ、よりにもよって――
「確か大分前に自然災害で壊滅した村がこの辺りにあったって
好輝おじさんから聞いたことがあるけど……もしかしてあれがその村なのかな?」
「壊滅してるんだったらあそこには誰もいないだろうな、引き返そうぜ」
「……どうやって?」
「えっ?」
煉と沙輝がほぼ同時に間の抜けた声を上げる。
当然と言えば当然の反応だ。
「どうやって、って勿論来た道を戻っ……え、」
現状を理解すると同時に二人の顔が一気に青ざめていく。
「み、道が無くなってる……どうして……?」
「いやいや、どう考えてもおかしいだろ?さっきまであったはずのものがいきなり無くなるなんてこと、有り得るワケが……」
「――そういう有り得ないことを引き起こすのが幽霊や怪異の類なんだよ」
本当はこんなこと言いたくなかった。
でも断言するしかない、これは異常事態であると。
「……鷹也、もしかして何か見えたの?」
「はっきりしたものはまだ何も。……そこら中から嫌な感じはするけどな」
いくら霊感が強くても遙か遠くにあるものは認識できない。
漠然とした気配を感じ取るのがやっとだ。
「……なぁ鷹也、俺たちどうすれば良いんだ?」
「どうするもこうするも、あの村に行くしかないだろう」
「やっぱりそうなるよね……あ、もしかしたら鷹也のお姉さんがあの村にいるかもしれないよ」
「……だと、良いけどな」
沙輝の言うとおりあの村に姉さんがいる可能性はある。
問題は生きているかどうか、なのだが。
「わかっちゃいたけど人気が無いなぁ……」
村の中は酷く静まり返っていて、寒気すら感じる。
ついさっきまでは日陰でも相当暑かったはずなのに。
「ね、ねぇ鷹也。幽霊と会話って成立するものなの……?」
「こっちに害を及ぼす気のない奴なら生きてる時と同じような対応をしてくれるはずだ」
そんな奴がいるとは思えないが、それは言わない方が沙輝のためだろう。
ただでさえこの手のことが苦手な奴を余計に怯えさせて良いことなんて一つも無い。
「……ん?」
「どうしたの?煉」
「あそこ、何か光ってないか?」
煉が指差した先には懐中電灯の光を反射する何かがあった。
恐る恐る近づいたそこにあったものは――
「鏡……か?」
大きさは掌に収まる程度。
形は丸く、赤い房飾りが二つついている。
「裏に何か彫ってあるな……
静霊鏡、作
吾妻匡壱……」
「静霊鏡って確かお土産屋とかに売ってるお守りのあれだよな?」
「うん、
彼我見市の伝統工芸品だよ」
そういえば学校帰りに見かけた覚えがある。
尤もそれはキーホルダーサイズのものだったが。
「……でもどうしてこんなところに落ちているんだろう?」
「この村の誰かが落としたんじゃないか?いや落とし物にしちゃデカすぎるか……」
「理由はともかく、お守りなら気休めくらいにはなるだろうさ」
「無いよりマシって奴か……ん?」
「どうしたの煉?」
「誰か、こっちに近づいてきてないか?」
「あ、ほんとだ」
確かに人影がこちらに近づいてきている。
「すみませーん、ちょっとお聞きしたいことが……」
声をかけようとした沙輝の顔が一瞬で蒼白になる。
理由は至極簡単、人影の正体が悍ましい姿の幽霊だったからだ。
「な、何だよあれ……!?」
「ア……アア……」
「――っ、二人とも下がれ!」
そう叫んで前に出るのと同時に幽霊は片腕を振り上げる。
「っ――――!」
反射的に両腕で頭を庇う姿勢を取ったが、痛みが襲ってくることは無かった。
「ギアアアアアアアア!」
代わりに響いたのは幽霊の断末魔。
まさか腕の間から顔を押さえながら消えていく幽霊の姿を見ることになるなんて思いもしなかった。
「な、何が起きたんだ……?」
「いきなり叫び声を上げながら幽霊が消えたように見えたけど……」
突然の出来事に混乱しているのは煉も沙輝も同じだった。
幽霊に影響を与えるものなんて何も――
いや、一つある。
「この鏡か……」
魔除けのお守り、静霊鏡。
これのお陰で窮地を切り抜けられたとしか考えられない。
「魔除けの力は本物みたいだな」
ここを出るまでは頼りにさせてもらうとしよう。
出来ればもう二枚、確保しておきたいところだが。
「あんなのがいるなんて相当ヤバいんじゃねぇかこの村……」
「もしかしなくても僕たち、来ちゃいけないところに来ちゃってるよね……」
「早いところ帰り道を探し出して……っ」
「煉?どうかし……」
「……?」
突然黙り込んだ二人が向ける視線の先にあるものを見て状況を理解し、息を呑む。
巫女装束の女が、さっきの幽霊とは比べものにならない威圧感を纏った存在がそこに佇んでいた。
「な、なぁ鷹也……その鏡でどうにかならないのか……?」
「無茶を言うな、あれはこんなちっぽけな鏡でどうにかできるものじゃない!」
格が違う、そう表現するのが適切だろう。
もしかするとこの村がこうなった原因は――
「…………」
巫女装束の女が一歩前に足を踏み出す。
たったそれだけの動作で威圧感が強くなる。
「っ……逃げろ!」
そう叫ぶと同時に竦み上がっていた二人の肩を押してその場から走り出させる。
あれを相手取ってはいけない、なるべく遠くへ逃げなければ。
二人の背中を追って走っている間、考えられたのはその二つだけだった。
「どうにか逃げ切れたか……?」
少なくともこちらに近づいてくる人影は無い。
安堵の息を吐こうとしたところである違和感に気づく。
「……煉?沙輝?」
いつの間にはぐれてしまったのだろうか。
同じ方向に走っていたはずなのに。
――いや、今留意するべきことはそれじゃない。
「何かある前に早く二人を見つけないと……」
今は姉さんを探している場合じゃない。
二人との合流を優先しなければ。
もし煉と沙輝の身に何かあったら――
「この家……他に比べるとかなり大きいな……」
煉と沙輝を探している内に辿り着いたのは朽ちかけた屋敷の前。
表札には増池と書かれている。
「他に調べられそうなところもないし……ここに入ってみるしかないか」
引き戸が外れた玄関から屋敷の中へと足を踏み入れる。
さてどこから調べたものか。
出来ればこの村に関する資料が集められた部屋を見つけたいところだが。
「とりあえずこの部屋から見てみるか」
廊下を少し歩いた先で覗き込んだ部屋の中にはたくさんの本棚が並んでいる。
恐らく書庫だろう。
「……幸先が良いな」
この引きの良さが煉や沙輝との早期合流に繋がってくれれば言うことは無いのだが、無いものねだりをしても仕方がない。
「今読むべき本は……これか」
手に取った本の表紙には
四鏡村ノ
記録、というタイトルが付けられている。
どうやらここが四鏡村であることは間違いないようだ。
さて詳細は――
四鏡村は
水科、
増池、
今和泉、
大海の四家によって治められている。
水科と他三家は宗家と分家の関係にあり、四家の当主で話し合いを行った際の最終的な決定権は水科家の当主にある。
これは鏡送りを行う鏡の巫女の選定についても同様である。
四家の当主は中立の立場で鏡の巫女の選定を行うことを義務付けられている。
例えそれが血の繋がった家族に、親しき友人に犠牲を強いることになったとしてもその決定を揺らがせてはならない。
「…………」
一通り読み終えた本を閉じ、棚に戻す。
いくつかの家が一つの村を治める形態はそう珍しくないらしいが、四鏡村は四つの家――正確には水科が頂点を、他三家が補佐を務める形で治められていたようだ。
「
由鶴兄さん……いや
日森さんがいたら雑誌のネタになるって喜んでいたのかな」
ふと脳裏を過ぎり、口を突いて出てきた言葉はそれだった。
尤も、オカルト雑誌に載せるなら村の慣習よりも心霊現象に関する情報だとは思うのだが。
「……現実逃避をしている場合か」
今考えなければならないのは煉や沙輝との合流、そしてこの村からの脱出だ。
姉さんの行方も突き止めたいがそれは二の次にしても良い。
その上で懸念すべきなのはあの巫女装束の女だ。
さっきは運良く逃げ切れたがもしまた遭遇した時は――
その時は、どうするべきだ。
静霊鏡は対抗手段として使えない。
これで撃退出来るのは弱い怨霊だけで、あの巫女装束の女に効果が無いだろう。
理想的なのはあの巫女装束の女と遭遇する前に村を脱出することだが、そう都合良く事が運ぶとは限らない。
これらを踏まえて練っておくべき策は――
「……いや、これはさすがに早計だな」
頭を振って自分を窘める。
少ししか情報を集めていない状態で最終手段を考えるのは浅慮な行動だ。
何をするにしても今はもう少し情報を集めるべきだろう。
そう考え直して別の本を取ろうとしたその時、割れた窓の向こうを横切る誰かの姿を視界の端に捉えた。
「…………煉?」
ほんの一瞬しか見えなかったがあれは間違いなく煉の顔だった。
「煉!」
行動を起こすのが遅かったせいか、窓の傍に駆け寄った時にはもう影すら見えなくなっていた。
「追いつけるか……?」
窓を横切った時の進行方向を確かめ、書庫を後にする。
調べ物は煉と合流した後に再開するとしよう。
「……どうなっているんだ」
主を失って久しい私室の中で呆然と呟く。
煉どころかこちらに襲いかかってくる幽霊すらいないなんて予想外だった。
そうなるとさっきの人物は何処に行ってしまったのだろうか。
「何か手がかりになりそうなものは……」
周囲を軽く見渡すと文机の上に置かれた一冊の本が目に留まった。
表紙に睡蓮が描かれたその本は多少くすんではいるものの殆ど劣化していない。
「これは……」
恐らくこの部屋の持ち主が生前使っていた日記だろう。
人の日記を読むのは気が引けるが、今はそんな悠長なことを言っている場合じゃない。
今日、父さんから死んだ
雫姉ちゃんの代わりに
華澄が鏡の巫女を務めることになったという話を聞かされた。
湊兄ちゃんはその決定に猛反対したけど華澄の父さんに説得されて渋々引き下がったらしい。
俺も華澄が鏡の巫女になることは反対だけど湊兄ちゃんがどうにもできなかったことを当主じゃない俺がどうにかできるわけがない。
華澄は巫女に選ばれたことを受け入れているのだろうか。
聞けるなら聞いておきたい。
今日は華澄とたくさん話をした。
華澄は鏡の巫女になること自体は受け入れているけどちゃんと務めを果たせるか不安らしい。
なるべく無責任な言葉を避けて励ましたつもりだけど、華澄の不安を和らげることはできているのだろうか。
今日も華澄を励まそうと思って家に行ったら門前払いを食らった。
何度理由を訊ねても華澄の父さんは何も答えてくれなかった。
それならと湊兄ちゃんのところに行って事情を話したら資料を引っ張り出して華澄に会えない理由を教えてくれた。
鏡の巫女は自身を清らかな状態にするため禊という体で鏡送りの日まで隔離される。
しかも隔離されている間は華澄の父さんですら華澄に会うことが許されていないらしい。
昔からの決まりごととはいえ、ひとりぼっちになることを強制するなんて酷すぎる。
親子の会話ぐらい許してくれても良いじゃないか。
もうすぐ鏡送りの日だ。
華澄は元気だろうか。
ほんの数日しか経ってないはずなのにもう何年も会ってないような気がする。
鏡送りの日が来たら華澄とはもう二度と会えなくなる。
華澄が鏡の巫女に選ばれたという話を聞いた時から分かっていたはずなのに、どうしてもその事実を受け入れられない。
父さんにも華澄の父さんにも湊兄ちゃんにも頼んでみたけど結局鏡送りに参加することを許してもらえなかった。
明日、鏡送りが行われたら華澄は遠いところへ行ってしまう。
その前にお守りを完成させて華澄に渡さなければ。
鏡送りが始まる夕方までに華澄の父さんのところに行って頼めばきっと華澄に渡してくれるはずだ。
「……思ったより収穫があったな」
この村で何が行われていたか、その概要を知るには充分な情報量だった。
まずわかったのは記録にも出てきた鏡送りという単語が何らかの儀式を指す呼称であり、鏡の巫女は鏡送りにおいて重要な役割を務める女性を指す呼称だろうということ。
次にあの巫女装束の女が鏡の巫女――恐らくは日記に出てきた華澄という名の人物であること。
そしてこの村がこうなった原因と鏡送りは何らかの関連性があるということ。
具体的に何があったのかまではわからないが、今のところはここまでわかれば問題ないだろう。
一つ問題点を挙げるとすれば、鏡の巫女を無視してこの村から脱出するのはほぼ不可能だと判明してしまったことだが。
「あんなの一体どうすれば……」
「……て…………に……」
「…………?」
今、後ろから声が聞こえたような――
「――っ!!」
振り返った先に佇んでいたのは煉――と同じ顔で違う服装の幽霊だった。
「煉……じゃない……?」
思わぬ事態の発生に間抜けな声を出してしまう。
もしやさっき書庫で見たのはこの幽霊だったのだろうか。
「渡さなきゃ……お守り……華澄に……」
「お守り?」
「渡さなきゃ……鏡送りが始まる前に……」
煉と同じ顔の幽霊は譫言めいた言葉を繰り返し呟くばかりでこちらの声には何の反応も示さない。
敵意を向けてこないのは幸いだがこれはこれで扱いに困る。
「……一応探してみるか」
ざっと見た感じこの部屋にお守りらしきものは落ちていない。
となればお守りが落ちているのはここ以外の部屋か廊下、若しくは屋敷の外だろう。
なるべく近場にあってほしいところだが。
「…………これ、か?」
目当てのもの――睡蓮の刺繍が施されたお守りを見つけたのは屋敷を出て数分歩いた先に生えている大木の根元だった。
「……見つけたぞ」
また背後に立っていた幽霊にお守りを見せると譫言めいた言葉の内容に変化が生じる。
「そのお守り……それを……華澄に……」
「自分で渡せないのか?」
「……………………」
幽霊は何も言わず、憂いに満ちた表情を浮かべる。
したいけど出来ない、と言いたいのだろうか。
「……分かった、俺が鏡の巫女にこのお守りを渡す。それで良いんだな?」
そう確認すると幽霊は頷き、姿を消す。
「……難儀な奴だな」
あの幽霊がさっき読んだ日記を書いた人物だとしたら、死してなお不自由な立場に苦しめられていることになる。
――もしかすると鏡の巫女もそうなのだろうか。
「……鏡送りについてもう少し調べた方が良さそうだな」
鏡の巫女にお守りを渡して一件落着となるのが最良の展開ではあるが、万が一に備えて他の解決策も考えておきたい。
そのためには鏡送りに関する情報が必要だ。
「あの家に戻るのは面倒だな……他の家を探すか」
お守りをポケットに入れ、その場から歩き出す。
やるべきことは変わらない。
まずは煉や沙輝との合流、次にこの村からの脱出だ。
「――ああもう、鷹也も沙輝もどこ行ったんだよ!」
苛立ち混じりに叫んだ声は虚しく響くばかりで、状況を好転はおろか悪化もさせてくれない。
「せめて沙輝とは早めに合流しないといけないのに……」
この手の状況に耐性があって静霊鏡を持ってる鷹也はともかく、怖がりな沙輝をこんなところで一人にするのは拷問同然の仕打ちだ。
鷹也と一緒にいるなら杞憂に終わることだけど――
「……ん?」
爪先に何かが当たったような感触を覚え、視線を落とすと土を被った静霊鏡が地面に転がっていた。
汚れ方を見るに鷹也が拾った静霊鏡とは別物のようだ。
「とりあえずこれで自分の身を守ることはできるな」
土汚れを払った静霊鏡をポケットに突っ込み、辺りを軽く見回す。
「沙輝が隠れていそうなのは……あの家かな」
目についたのは少し寂れた雰囲気のある屋敷。
表札には大海と書かれている。
「ごめんくださーい……」
一応挨拶をしながら玄関に入ってみたものの、何の反応も返ってこない。
「とりあえず近くの部屋から調べてみるか……」
鷹也か沙輝、若しくは鷹也の姉ちゃんと合流できれば最高。
三人の足取りを掴む手がかりが見つかればマシな方、といったところか。
「う、嘘だろ……何も見つからねぇ……」
鷹也や沙輝、鷹也の姉ちゃんどころか幽霊にすら遭遇していない。
手がかりになりそうなものも一切見つけられず、調べてない部屋はここが最後になってしまった。
「し、失礼しまーす……」
恐る恐る引き戸を開け、部屋の中に足を踏み入れる。
相変わらず誰もいないが、収穫と呼べるものはすぐに見つかった。
「えっと……鏡ノ巫女ノ記録……?」
机の上に置かれた二冊の本、その片方にはそんなタイトルが付けられていた。
「そういえばさっきの幽霊、いかにもそれっぽい格好をしてたよな……」
これを読めばあの幽霊について何か分かるかもしれない。
鏡の巫女の務めは鏡送りを成し遂げることである。
鏡の巫女は霊力高き清らかな娘が務めなければならない。
清らか、とは俗世の毒が抜けた無垢な状態のことである。
俗世の毒は清き場にて十五の夜を明かすことによって祓われる。
十五の夜が過ぎるまで、何人たりとも娘に近づくこと許されぬ。
「……だーめだ、よく分かんねぇ」
一通り読んではみたものの、ややこしい言い回しが多すぎるせいで内容が頭に入ってこない。
「
灼か
数久さんなら分かるのかなぁ……」
確か二人とも彼我見市に残る因習の研究していたはずだから――
「いやいや、今どっちもいないし」
この状況で一人漫才とか何バカなことをやってるんだ俺は。
「……とりあえずこっちも見てみるか」
読み終えた本を机に置き、もう一冊――表紙に海が描かれた本を手に取る。
出来ればさっきの本より分かりやすい情報が載っていてほしい。
死んだ親父から当主の座を継いで今日で三年になる。
そろそろ村の人たちから若当主と呼ばれるのが嫌になってきた、とこぼしたら
潤の親父さんにそんなことを言っている内はまだまだ若造だ、と頭を叩かれた。
俺が親父さんたちに一人前の当主として認められるにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
もうすぐ鏡送りが執り行われる。
雫は鏡の巫女としての務めを果たすつもりでいるようだけど、正直なところ不安しかない。
ただでさえ雫は病弱なのに禊なんて身体に負荷をかけることをしたら鏡送りをやる日まで生きていられるかどうかも怪しくなる。
もし雫が禊の間に死んだら代わりに鏡の巫女を務めるのは――
いや、雫なら大丈夫だと信じよう。
あいつもきっとそのつもりで頑張っているはずだ。
雫が亡くなった。
あと一日で禊が終わるはずだったのに。
これが運命なのだとしたら、俺は今それが呪わしくて仕方がない。
あと一日くらい、時間をくれても良いじゃないか。
雫は頑張っていたのに、どうして。
当主同士の話し合いで華澄が雫の代わりに鏡の巫女を務めることに決まった。
俺は猛反対したけど華澄の親父さんに封印を保つためには華澄が犠牲になるしかないと説き伏せられた。
本当に華澄が犠牲になるしかないのだろうか。
潤はこの決定を受け入れられるのだろうか。
そして俺は、何もできずただ流れに身を任せることしか選べないのだろうか。
今朝、潤が慌ただしい様子で家に訪ねてきた。
事情を聞くと華澄の親父さんに門前払いを食らい、その理由を聞いても親父さんは何も教えてもらえなかったから何か知ってそうな俺のところに来た、とのことだった。
もしやと思い資料を漁ってみたらこの事態に合致する記述が見つかった。
鏡の巫女は禊という体で隔離され、今日から数えて十五回夜を明かすことで身を清める。
それが終わるまでは親ですら鏡の巫女に会うことが許されない。
そう説明したら潤は一応納得したが腑に落ちないという表情を見せた。
……華澄の親父さんだって華澄と潤を引き離すのは本意じゃないはずだ。
けれど四家の当主は鏡送りの実行を最優先に考えなければならない。
だから私情を切り捨てられるようにしておけ。
親父が生きていた頃、何度もそう言われたことを今更ながら思い出した。
潤が鏡送りに参加させてほしいと俺に頼んできた。
華澄が入水する前にもう一度だけ会っておきたいという気持ちは痛いほど分かる。
だけど鏡送りに参加出来るのは四家の当主だけだ。
親父さんが健在である以上、潤に参加の資格は無い。
折角頼ってくれたのに何も力になってやれない自分が情けなくて仕方がない。
明日、鏡送りが執り行われる。
それはつまり華澄が明日死ぬということだ。
俺にできるのは鏡送りが滞りなく終わるように任された仕事をこなすこと――先日吾妻匡壱氏から受け取った儀式鏡を華澄に渡すことだけだ。
かわいい妹分にこんなことしかしてやれなくて、弟分には何の力にもなってやれない。
俺は、なんて無力なのだろう。
「何だよこれ、惨すぎるだろ……」
最後まで読み終えて真っ先に浮かんだ感想がそれだった。
事情はどうあれ、この村で行われていたのは理不尽極まりない行為だ。
死ぬことを強いるなんてどう考えても――
「……何感情的になってんだよ、俺」
ふと我に返り、溜め息を吐く。
この村が壊滅した時に鏡送りの因習も失われたはずだ。
もう終わったことに文句を言ったところで――
「……考えてもキリが無いな」
調べものはここまでにして鷹也と沙輝を探そう。
そう思考を切り替えて踵を返し――
「――え、」
ここまで全く遭遇しなかった幽霊と対面する。
「い、今頃になって――」
「…………潤」
幽霊は一言――多分誰かの名前を呟いて姿を消す。
「…………何だったんだ今の」
潤という名前はついさっき読んだ日記に出てきていたけれど、何故あの幽霊はそれを呟いたのだろう。
「……ああくそ、ワケ分かんねぇことばっかりだな」
さっさとここを出て鷹也や沙輝と合流しよう。
あれこれ考えるのはこの村から脱出した後でも良いはずだ。
「ど、どうしよう……」
無我夢中で逃げ回り、気づけば二人とはぐれて一人ぼっち。
完全にやらかした。
迷惑をかけずに鷹也のお姉さん探しを手伝うつもりだったのにこれじゃ本末転倒だ。
「……挽回しなくちゃ」
僕に出来ること、僕がするべきことは何だろう。
――少なくともここで膝を抱えて震えながら鷹也か煉が迎えに来るのを待つことじゃないのは確かだ。
「まずは現状確認から」
今僕がいるのは壊れかけた家の中。
かつては客間として使われていたであろう場所。
何か使えそうなものは――
「…………あ、」
棚の傍に静霊鏡が落ちている。
かつてこの家に住んでいた人のものかもしれないけど、今は形振りを構っている場合じゃない。
少しの間だけ、拝借させてもらおう。
「えっと、次は確か……」
以前好輝おじさんが冗談半分に言っていた――もとい、教えてくれたことを必死に思い出す。
「心霊現象が発生している空間に閉じ込められた時はまずそれに関する情報を集めて発生の原因を突き止める。原因が分かったら解決する方法を考えて実行する……だったかな」
そうなると次にやるべきことは情報が集められそうな場所の捜索だ。
候補としては書斎あたりだろうか。
「この家に住んでた人の幽霊とかと遭遇しませんように……」
遭遇するなら幽霊よりも鷹也か煉か鷹也のお姉さんであってほしい。
「えーっと、次は鏡送りについて調べたいから……」
意外とすぐ近くにあった書斎にはいかにもという感じの資料がいくつも収蔵されており、今しがた手に取った本――鏡送リノ記録もその一つだ。
四鏡村を治める四つの家とそこから選出される鏡の巫女なる役職、そして鏡の巫女が達成を義務づけられる儀式――鏡送り。
その詳細がここに記されているはずだ。
鏡送りは四鏡湖の底に空いた
常世の闇を湧出させる孔に封印を施す、或いはその封印を維持するために行う儀式である。
鏡の巫女に選ばれた娘は儀式鏡を携えて
四鏡湖に身を沈め、その命と霊力を用いて封印の形成或いは維持を行う。
鏡送りが成功すれば常世の闇によって淀んだ四鏡湖の水は澄み渡り、現世の安寧が保たれる。
「正直そんな気はしてたけど、やっぱり人柱の因習なんだね……」
寒村で行われている儀式が穏やかなものであることは皆無に等しい、と言っていたのは誰だっただろうか。
今はあまり関係の無い事柄ではあるけども。
「それにしても今度は常世の闇、かぁ……」
一つ答えを得たと思ったらまた一つ新たな疑問が浮かび上がってくる。
出来ればこれが最後であってほしいなぁ、と思いつつ目当ての情報が記されていそうな本――常世ノ闇ノ記録を手に取る。
常世の闇とは常世を包む淀んだ空気なり。
常世の闇は生あるものに呪いを齎し、死して彷徨う霊魂に歪みを与える。
常世の闇に包まれし地は正しき時の流れより外れ、異質な場へと変ずる。
常世の闇を現世に溢れさせることなかれ。
常世の闇が齎す災厄は人の手に負えるものではない。
「えっと……」
この書き方だと常世の闇が危険なものでだから溢れさせるな、ということしか読み取れない。
いや、そのくらい理解出来ていれば充分なのだろうか。
「……一旦纏めてみよう」
ポケットから手帳を取り出し、今まで集めた情報をペンで書き連ねていく。
まずこの四鏡村では常世の闇を抑え込むための儀式こと鏡送りが行われていた。
鏡の巫女は常世の闇を抑え込むために捧げられる供物であり、四鏡村を治める四つの家――水科、増池、今和泉、大海の中から選出される。
鏡の巫女に選ばれた娘は禊という体で十五日隔離された後、清め終わったその身を四鏡湖に沈める。
鏡送りが成功すれば封印が維持されるので常世の闇が溢れてくることは無い。
「……つまりこの村がこんなことになっているのは鏡送りに失敗して常世の闇が溢れてしまったから、かな?」
そうなるとこの異変を解決させるには――
「……ダ、」
「へ?」
「誰ダ、オ前ハ……!」
「う、うわあああああああああああ!」
いつの間にか目の前に立っていた幽霊を見て絶叫すると同時に静霊鏡を向けられたのは我ながら凄いと思う。
お陰で何か危害を加えられる前に幽霊を追い払うことが出来た。
「か、借りておいて良かったぁ……」
もし静霊鏡が無かったら――いや、考えるのはよそう。
「……あれ?」
ふと足元を見るとさっきまで無かったはずのもの――青い表紙の本が無造作に落ちている。
「本棚から落ちたのかな……?」
ぶつかった覚えはないけど、とりあえず軽く目を通したら本棚に戻しておこう。
今日も雨が止む気配はない。
田畑を潤し実りをもたらしてくれるのはありがたいがこうも長く降られると気が滅入って仕方がない。
ここのところ雫の体調が芳しくないのもこの雨が原因だろう。
雫は生まれつき身体の弱い子ゆえ気候の変化に対応しきれず体調を崩すことは幼い頃から頻繁にあったが、今日は殊更落ち込んでいるように見えた。
理由はおそらく先程遊びに来てくれた友人――水科の娘と遊べなくなったことだろう。
あの年頃の子どもにとって友人と一緒に遊べないことは何よりも耐えがたい苦痛だ。
あの子たちのためにもこの雨には早急に止んでもらいたいものだ。
そろそろ鏡送りの準備を始めなければならないが、一つ気がかりなことがある。
鏡の巫女を務める雫の体調だ。
普段でさえ些細なことで体調を崩しやすいのに禊――隔離なんてしたら余計に体調を崩しやすくなって最悪の場合――
考えたくはないがもしも、ということもある。
だがあの子の身体が鏡送りの日までもってくれることを祈るしかない。
離れに食事を運んでいた侍女から雫の訃報を告げられた。
鏡送りまではもたなかったが、今日まで生きてこられただけでも立派と言えるだろう。
出来ることならもっと穏やかな最期を迎えさせてやりたかったが、四家の娘として生まれた時点でそれは叶わぬ夢も同然の世迷い言だった。
当主同士で話し合った結果、新たな鏡の巫女には水科の娘が選ばれることになった。
彼女と親しく、彼女が鏡の巫女に選ばれる事態を防ぐために必死だった雫がこのことを知れば嘆くことだろう。
だが鏡送りを行わなければ常世の闇が溢れ出してしまう。
それを避けるためにも彼女には務めを果たしてもらわねばならない。
「……やっぱり鏡送りに失敗したからこの村はこうなったんだ」
もし成功しているならこの本――多分この家にいた人の日記には鏡送りをやり終えた後のことが書かれているはずだ。
日記の内容が鏡送りの準備に関する話の段階で終わっているということは、つまりそういうことだろう。
「……じゃあ、ほぼ確定かな」
この状況を打破する一番確実な方法はもう一度鏡送りをやって成功させること。
しかし鏡の巫女どころか村の住人全員が幽霊になってしまっているこの状況では実現不可能なので何か別の、実現可能な解決策を探さなければならない。
「……見つかるかなぁ」
とりあえず他の部屋を調べてみよう。
有益な情報が手に入れば良いのだけど。
「きれい……というより殺風景って言った方がいいのかな」
あちこち調べて最後に着いた場所――離れの戸を開けて最初に出てきた感想がそれだった。
鏡の巫女を隔離するために使われていた場所だとしたらそうであることが当然なのかもしれないけれど。
「何かあるかな……」
中を軽く見渡すと文机の上に一冊の本が置かれているのが目についた。
「うーん……届くかな……」
この中に土足で上がり込むのは少し気が引ける。
少し身を乗り出して、手を伸ばせば何とか――
「横着をするなんて悪い子ね」
「え、」
今の声、どこから――
「…………あ」
手を伸ばした先――文机の前に白い襦袢を着た女性の幽霊が立っている。
もしかして今僕に声をかけてきたのは――
「――っう、うわあああああああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「お、落ち着いて!何もしないから!」
土下座しながら謝罪の言葉を繰り返し叫ぶ僕に対し、その幽霊は少し慌てた様子で宥めるような言葉をかける。
「ちょっと驚かせようと思っただけなんだけど、まさかそんなにびっくりするなんて………」
「そりゃ確かに僕は人一倍大袈裟に驚くタイプですけど!そうじゃなくてもこれぐらい驚きますって!」
「え、えっと……ごめんなさい……」
ひとしきり叫び、幽霊に謝られたところでふと我に返る。
何をやってるんだ僕は。
「……僕の方こそすみません、取り乱してしまって。ところであなたは……?」
「私は今和泉雫。ここで死んだ……って話はわざわざしなくても良いかな」
「ここで……ってことは鏡送りの日が来る前に亡くなった……」
「……どうして鏡送りのことを知ってるの?」
「あ、えっと、この村から出る方法を探すためにちょっと調べまして……」
「……そういうことなら力を貸してあげられる、かな」
「ほ、本当ですか!?」
食い気味に叫んでしまったが、助力を得られるならとてもありがたい。
「でもまずは華澄ちゃんを見つけないと……」
「かすみちゃん……?」
知り合いの名前、だろうか。
「えっと、とりあえずそのかすみ……さんを探せば良いんですか?」
「うん、お願い出来るかな?」
「……分かりました、頑張って探してみます」
そう答えたところでふと疑問が浮かぶ。
「そういえば雫さんはそこから出られないんですか?」
「……本当は一緒に行きたいんだけど、ここを出てしまうと常世の闇の影響を受けておかしくなっちゃうから……」
常世の闇は幽霊――死して彷徨う霊魂に歪める。
雫さんが危惧しているのは恐らくそれだろう。
「何か予防策でもあれば……あ、」
そういえばちょうど良さそうなものが一つあった。
「もしかしてこれで何とかなりませんか?」
「これって……静霊鏡……?」
「魔除けのお守りだからもしかしたら効果があるかなって……思ったんですけど……」
差し出した静霊鏡を雫さんは恐る恐る受け取り、離れの外へ一歩踏み出す。
「……どうですか?」
「…………うん、平気みたい」
「良かったぁ……」
本音を言うと一人でかすみさんを探しに行くのが怖かったから雫さんにはついてきてほしかった。
「えっと……そういえばまだ名前、聞いてなかったよね?」
「あ、確かに……えっと、僕は
夕谷沙輝って言います」
「沙輝くんね。じゃあ、一緒に華澄ちゃんを探しに行きましょうか」
「はい、改めてよろしくお願いします」
かすみさんを探すついでに鷹也と煉に合流出来れば良いのだけど、二人は果たして無事なのだろうか。
「……ここにもいなかったか」
まだ調べてない家はあといくつあっただろうか。
いやもしかすると入れ違いになっているのかもしれない。
「せめて連絡が取れればもう少し楽に合流出来たんだがな……」
この村に迷い込んだ時から携帯は電源すら入らなくなり、ただの荷物と化している。
故に足を使って地道に探すしか選択肢が無いワケなのだが――
「…………ん?」
今、何か蹴ったような――
「……っ!これは――」
足下から拾い上げたのは使い込まれて少し褪せた緑色の手帳。
間違いない、姉さんのものだ。
「何か足取りを掴めそうな情報は……」
ぱらぱらと頁を捲り、一番最近書かれたであろう部分で一旦手を止める。
きっとこれがこの村に迷い込んでから書いたものだろう。
森を探索していたはずなのにいつの間にか見知らぬ村に迷い込んでしまった。
折角なのでここも探索しておこう。
論文に使える何かが見つかればラッキーだ。
持ってきた地図と照らし合わせた結果、ここは四鏡村で間違いなさそうだ。
随分昔に自然災害で壊滅したとは聞いていたが大半の家屋が倒壊していること、人の気配が全く無いことからその話は真実のようだ。
比較的原型を留めている家に残っていた資料によるとこの村では鏡送りという儀式が行われていたらしい。
資料には見たことも聞いたこともない単語がたくさん使われていたため、この資料の内容だけでは鏡送りがどんな儀式なのか見当がつかない。
他の家を調べれば儀式について分かりやすく書かれた資料が見つかるだろうか。
資料も集まったのでそろそろ探索を切り上げて帰ろうと思ったが、あちこち探し回っても村の外に出られそうな道が見つからない。
そもそも私はどうやってここに来たのだろうか。
それすら分からない。
人が、いた。
いやあれは人と言って良いのだろうか。
もしかしてあれは幽霊、なのだろうか。
小さい頃、鷹也が幽霊を見たと言ってお父さんを困らせていたけど鷹也の目にはずっとあんな恐ろしいものが見えていたのだろうか。
どれくらい、時間が経ったのだろう。
時計の針は動いていないし空はいつまでも暗いままだ。
資料にあった常世の闇がこの村の時間を狂わせているのだろうか。
帰りたい、家に帰りたい。
お父さんとお母さん、鷹也に会いたい。
まだ追いかけてくる。
たくさんの幽霊が私を追いかけてくる。
どうしてあの幽霊たちは私を追いかけてくるの。
なんで、どうして。
この頁以降は何も書かれていない。
村を探索している時にこの手帳を落としたのかそれとも――
「……少なくとも姉さんがこの村に来ていたことは確定したな」
それだけでも充分な成果だ。
今は煉と沙輝を探すことに集中して――
「鷹也!」
「……沙輝!?」
驚愕したのは声の主が沙輝だったこと、だけじゃない。
その背後に随伴しているあれは――
「怪我は無い?幽霊に襲われたりしなかった?」
「お前の方こそどうしたんだ、後ろの……」
「……私のこと、よね」
沙輝に随伴していたもの――白い襦袢を纏った女の幽霊は憂うような表情を見せる。
「えーっと……話せば長くなるんだけど……」
「出来れば事細かに説明してくれ。事情を正確に把握したい」
「う、うん」
意図せず別行動になって以降に起きた出来事、道中集めた情報、件の幽霊――雫さんが随伴することになった経緯――端的に言って濃密すぎる内容だった。
一応俺の方で何があったか、どんな情報を集めたかを話はしたが沙輝の体験に比べると随分と薄味に思えてくる。
情報交換を経た上でとりあえずの結論を出すのであれば。
「どっちにしろあの巫女……水科華澄を探す必要があるというワケか」
「そうなるね……鷹也はそのお守りを華澄さんに渡さなきゃいけないんでしょ?」
「ああ、一応頼まれたからな」
そういえばあいつ――煉と同じ顔の幽霊の名前を聞き忘れていた。
まぁ特に不都合は無いしこのままでも構わないか。
「鷹也くんにそのお守りを託した幽霊、もしかしたら潤くんかも……」
「潤?」
「二人と同い年ぐらいの……」
不意に言葉を切り、雫さんは酷く驚いたような表情を見せる。
その視線の先にいたのは――
「えっ、潤くん……!?」
「…………まーたその名前か……どんだけ似てるんだよ、俺とその潤って奴……」
「……悪い、俺も一度見間違えた」
「えっ?」
しまった、今のは失言だった。
「おいそれどういうことだ鷹也」
「れ、煉ストップ、ストップ!」
「待て落ち着け煉、一から説明する」
合流という目標は達成出来たがこんな騒々しい形になるとは思いもしなかった。
とりあえず今は煉を宥めて事情を説明しなければ。
つまらない経緯で幽霊の仲間入りなんて御免被りたい。
「――で、その巫女さんは何処にいるんだよ?」
一通りの事情を話し終え、漸く落ち着きを取り戻した煉が今最優先で解決すべき問題を提示する。
「えっと……雫さん、心当たりはありますか?」
「華澄ちゃんがいそうなところ……四鏡湖か自分の家、かな……」
「四鏡湖……儀式の場か」
多少の例外はあれど、幽霊が現れるのは死んだ場所か自宅のどちらかと相場が決まっている。
水科華澄の場合、前者は入水した場所――つまり四鏡湖が該当することになる。
「華澄さんにとって自分の家、って言うと……」
「水科邸。この村で一番大きなお屋敷よ」
「一番大きい……もしかしてあの家か?」
そう呟いた煉が指差す先には一際大きな屋敷の影があった。
「……なら水科邸の探索が先だな」
「そうだね、出来れば四鏡湖には行きたくないし……」
「え、何でだよ?」
「だって常世の闇の発生源がある場所だよ?そんな危険なところに行かなくて良いならそうしたいなって……」
「おいおい、いくら何でもビビりすぎだろ。常世の闇なんて本当にあるワケ……」
「煉」
それ以上言うなという意図を込めて睨み付け、口を噤ませる。
当然気まずい沈黙が流れ――
「と、とにかく!まずはあの家に行ってみようよ!ね!」
「あ、ああ、そうだな」
「……沙輝お前、怖がりな割にガンガン動くよな」
煉の思わぬ発言に沙輝はきょとんとした顔をする。
この流れでそんなことを言及するのかお前は、とは言わないでおこう。
「…………えっと、水科邸に行くのよね?」
「は、はい」
「…………とりあえず行くか」
「…………そうだな」
毒気を抜かれつつ水科邸と思しき屋敷の影がある方に向かって歩き出す。
仮に水科華澄を水科邸で見つけられたとしても会話が成立するかどうかは――今は考えないでおこう。
「……広いな」
「広いね……」
「いや広すぎだろこの家」
五部屋ほど調べ終えたところで三人同時にほぼ同一の感想を呟く。
この村で一番大きいと言われるだけのことはある広さだが、いくら何でも部屋の数が多すぎる。
あと何部屋調べたら水科華澄に遭遇出来るんだ。
「だ、大丈夫?少し休んだ方が良いと思うんだけど……」
「やっぱりそうした方が良いですよね……」
「さすがに休憩ナシで全部屋調べ尽くすのは無理があるしな……」
「……ならこの部屋を調べ終えたら一旦休むか」
出来ればここで目的を果たしてしまいたいところだが――そんな都合の良い展開が発生するはずもなく、またしても戸を開けた先が無人の私室であることを憂う羽目となる。
内装を見るにここは誰かの――恐らくは水科華澄の父親あたりの部屋だろうか。
「ここもハズレか……」
「めぼしいものがあるとしたら……まぁこれぐらいだろうな」
肩を竦めつつ煉が手渡してきたのは白い表紙の本だった。
「……また日記、か」
「有力な情報源ではあるけど、やっぱり気が引けるね……」
「不躾を承知で読むしかないのが現状だけどな」
こればかりは仕方の無いことだと割り切るしかない。
当主同士で話し合った結果、次の鏡の巫女には華澄が選ばれることに決定した。
大海の若当主は猛反対したが今和泉の娘が亡くなってしまった以上、あの子以外に鏡の巫女を務められる娘はいない。
常世の闇を抑えるためには必要な犠牲なのだと説き伏せどうにか引き下がらせた。
実の父親である私と同じくらい、いや或いは私以上に華澄のことを想ってくれているのはありがたいことだが当主は時として非情な決断を下さなければならない。
酷ではあるが、彼にはそのことを理解してもらわねば。
増池の倅は華澄にとって大切な存在のようだ。
幼い頃から共に過ごしてきたのだから当然と言えば当然なのだろうが、あの二人が楽しそうに話している様子を見るとそのことを再認識させられる。
だがあと数日経ったら華澄を離れへ隔離しなければならない。
鏡送りを行う前に鏡の巫女を清らかな状態にするために必要なことだと分かってはいるのだが、やはりあの二人を引き離すのは心が痛む。
二人とも物分かりの良い子ではあるが、今回ばかりは私のことを恨むだろう。
だが鏡送りを滞りなく行うためには仕方のないことなのだ。
鏡送りの日が近づいてきた。
華澄の様子は気になるが隔離されている鏡の巫女に近づくことは親であろうと許されていない。
今の私にできるのは華澄が鏡送りを無事成功させることを祈ることだけだ。
「……これもここで終わりか」
日記を閉じ、元あった場所であろう文机の上に戻す。
これまで読んだ日記の内容から、鏡送りに失敗したことで異変が起きたという沙輝の予想は当たっていそうだ。
「新しい情報は無さそうだったね……」
「そんじゃさっき見つけた大広間に一旦戻って……っ」
「……どうした、煉?」
「多分気のせいだと思うけど、向こうの廊下を人影が横切ったような……」
煉が言う向こうの廊下は屋敷の奥――まだ探索していない領域に向かって伸びている。
「もしかして、華澄さん……?」
「……追うぞ」
「あっおい鷹也!」
もし煉が見た人影が水科華澄ならこの機を逃すワケにはいかない。
せめて行き先だけでも突き止めなければ。
「ここは……」
廊下を横切った人影を追って辿り着いた先にあったのは壊れても朽ちてもいない小さな建造物――鏡の巫女を隔離するために使われていたであろう離れだった。
「この屋敷にも離れがあったんだね」
「まぁかなり綺麗な状態で残っているのが逆に気味悪いけどな……」
「雫さんがいた離れもこんな感じだったよ?」
「…………マジですか?」
「う、うーん……どうなのかな……沙輝くんは嘘を吐いてないと思うけど……」
「……雑談はそこまでにしてもらえるか」
他愛も無い話を出来るのは精神的な余裕がある証なのだろうが、時と場合は考えてほしい。
「……開けるぞ」
軽く息を吐いた後、離れの戸を開く。
案の定、と言うべきか中には誰もいない。
「これ……華澄ちゃんの日記……?」
雫さんが見つめる先――文机の上に置かれていたのは表紙に和鏡が描かれた一冊の本。
これは恐らく水科華澄が生前使っていた日記だろう。
「いっそのこと、プライバシーを侵害された怒りで出てきてくれたら楽なんだけどな……」
まぁそんな都合の良い展開は起こらないだろう。
とりあえずこの日記を読んで、水科華澄を説得出来る余地を見つけよう。
今日は雫お姉ちゃんと遊べなかった。
雫お姉ちゃんのお父様が言うにはここのところ降り続いてる雨のせいで体調を崩してしまったらしい。
私も雨のせいで風邪を引いたことは何度かあるけど、雫お姉ちゃんは身体が弱いから私の何倍も苦しい思いをしているのかもしれない。
早く雨が止んで、雫お姉ちゃんの体調が良くなると良いな。
もうすぐ鏡送りの日が来る。
雫お姉ちゃんとお別れする日がすぐ近くまで迫っている。
もっといっぱいお話ししたかった、もっといっぱい一緒に遊びたかった。
寂しいよ、雫お姉ちゃん。
雫お姉ちゃんが亡くなり、私が新しい鏡の巫女に選ばれたという話をお父様から聞かされた。
もし雫お姉ちゃんが鏡送りの日が来る前に亡くなってしまったら代わりを務めるのは私だろうとは思っていた。
でも本当にそうなってしまうことまでは考えつかなかった。
私に巫女の務めが果たせるのだろうか。
ここ最近、嫌な夢を見る。
私が鏡送りに失敗してしまう夢。
失敗してはいけないと散々言われてきたのにどうしてこんな夢を見てしまうのだろう。
もっと気持ちを強く持たなければいけない、私は鏡の巫女なのだから。
今日は潤とたくさん話をした。
潤は鏡の巫女の務めを果たせるか不安で仕方ない私を優しく励ましてくれた。
潤が支えてくれるなら私は鏡送りを成功させられる気がすると言うのは大袈裟かもしれないけれど、そう思えるぐらい潤の存在は私にとって大きなものだった。
きっと私は、潤のことが――
今日から私は禊のために離れへ隔離される。
鏡送りを行う前に鏡の巫女が清らかな状態になるため必要なことだとは聞いていたけど、やっぱり一人は寂しい。
潤も、湊お兄ちゃんも、お父様でさえも会いに来てくれない。
私より前の鏡の巫女たちも、雫姉さんもこんな寂しい思いをしていたのだろうか。
それとも私が寂しがりなだけなのだろうか。
刻々と鏡送りの日が近づいてくる。
――やっぱり怖い。
本当に私は鏡送りを成功させることができるのだろうか。
いや、成功させなければならない。
お父様に散々言われてきたじゃないか。
私は鏡の巫女、務めをしっかり果たさなければ。
私は心が弱いのだろうか。
私なら大丈夫、私ならできると何度言い聞かせても不安を拭い去れない。
こんな状態では務めを果たすことなんてできない。
悪夢が正夢になってしまう。
それだけは避けなければいけないのに。
「華澄ちゃん……とても思い詰めていたのね……」
「鏡送りが失敗したのはそのプレッシャーのせい、かな……」
「それでこの有様ってか?酷い話だな」
「……少なくとも現状を最も憂いているのは水科華澄本人だろうな」
自分がきちんと務めを果たせていればこんなことにはならなかったはずなのに。
そんな後悔と未練を抱きながら水科華澄は――
「…………い……」
「……?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
謝罪の言葉を述べながらすすり泣く声がする方に目を向けると巫女装束の女――水科華澄が蹲って泣いていた。
「華澄ちゃん!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「華澄ちゃん……?」
「もしかして雫さんの声が聞こえてないのかな……」
「本来は会話が成立する幽霊の方が珍しいんだがな……」
とはいえ水科華澄には会話が成立する状態になってもらわないと困る。
一番手っ取り早い方法は――
「……いや、これは悪手だな」
「は?」
「独り言だ、気にするな」
やはり当初の予定通り動こう。
それが一番無難だ。
「…………っ、それ、は……」
あの幽霊から託されたもの――睡蓮が刺繍されたお守りを差し出すと水科華澄は顔を覆っていた手を外し、お守りをまじまじと見つめる。
「……届けてくれと、頼まれた」
言葉に迷いながら手渡したお守りを水科華澄はただ呆然と見つめる。
「華澄」
「っ!」
反射的に振り返った水科華澄が見たもの、それは――
「潤……?」
名を呼ばれた幽霊――増池潤は両腕を広げ、水科華澄に笑いかける。
その意図を即座に汲み取ったのか、水科華澄は増池潤の胸に飛び込む。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!私、私……!」
「俺の方こそごめん。お前が辛くて怖い思いをしてる時に何もしてやれなかった」
泣きじゃくる水科華澄を強く抱き締める増池潤の表情は険しく、今にも泣き出しそうだった。
「本当にごめんな、華澄……」
「潤……」
出来ることならこのまま二人きりにしてやりたいところだが、そうもいかない。
増池潤との再会を果たしたことで落ち着きを取り戻した今なら水科華澄と会話が成立するはずだ。
──とは言ったものの、どう声をかければ良いのだろうか。
「華澄ちゃん」
「っ……!」
「えっ雫姉ちゃん……!?」
「潤くんも驚かせてごめんね、やっぱりびっくりしちゃうよね」
困惑する二人の頭を撫で、雫さんは優しく微笑みかける。
「雫お姉ちゃん……私……」
「大丈夫、私に任せて」
「えっ?」
「華澄ちゃん、儀式鏡はまだ持ってる?」
「う、うん……」
促されるまま水科華澄が雫さんに渡したのは一枚の鏡。
一見静霊鏡に似ているが、大きさや細かな装飾が異なっているのが遠目でも分かる。
「雫姉ちゃん、何を……」
「潤くんは華澄ちゃんの傍にいてあげて」
儀式鏡を受け取った雫さんは意を決したような面持ちで歩き出す。
「――追いかけるぞ」
「……あの二人は良いのかよ?」
「俺たちがとやかく言うべきことじゃない」
「藪蛇になっちゃいそうだしね」
「……まぁそれもそうか」
あちらにはあちらの、こちらにはこちらの事情がある。
無闇に首を突っ込むのはお節介も良いところだ。
「っ……」
雫さんが向かった先――石鳥居の向こうに広がっていたのは暗い色の水を湛えた湖。
恐らくここが四鏡湖、だろう。
「っか、ぁ……っ」
「鷹也?」
「ど、どうしたの?」
「……少し、息が詰まっただけだ」
煉と沙輝の身には何も異常が起きていないのに俺だけが息苦しさに苛まれているのは霊感の差、なのだろうか。
沙輝の話では静霊鏡を持っていれば常世の闇の影響を軽減できるらしいが、逆を言えば静霊鏡を持っていなければもっと酷く――それこそ呼吸すらままならない状態に陥っていたのかもしれない。
「雫さんは……」
「――待て」
石鳥居を潜ろうとした雫さんに制止の声がかかる。
「……お父さん」
声の主――祭服姿の幽霊たちは雫さんの行く手を阻むように石鳥居の前に佇んでいた。
「行っても無駄だ。鏡送りは失敗に終わり、封印は失われた。今更お前がその身を捧げたところで――」
「それでも、私はいきます」
「……華澄が成せなかったことを、お前が成せるというのか」
「これは本来、私がやらなければいけなかったこと。華澄ちゃんに迷惑や負担をかけてしまった責任を取る義務が私にはあります」
雫さんの意思は頑なで、祭服姿の幽霊たちの説得に応じる気配が無い。
何を言っても無駄だと悟ったのか祭服姿の幽霊たちは石鳥居の前から離れ、雫さんを挟む形の列を作る。
「雫……」
「いってくるね、湊くん」
列の間を歩き石鳥居を潜り抜けたその直後、雫さんの服装は水科華澄が纏っていたものと同じデザインの巫女装束に変化していた。
「――――、」
湖に身を沈める直前、雫さんは何と言ったのだろうか。
そう考える暇もなく湖面が大きく揺れ、波紋と共に眩い光が広がる。
その影響で薄暗かった視界が段々と明るくなっていき、空からは分厚い雲が剥がされていく。
「っ…………」
息苦しさから解放された時、空には初夏の澄んだ青色と強い日射しが戻っていた。
「……成功、したんだよね?雫さん……」
石鳥居の向こうに広がる湖の水面は静かに揺れ、陽光を煌めかせている。
最初からこうだった、怪奇現象など起きていなかったと錯覚してしまいそうなほど美しい光景だった。
「そういえば鷹也の姉ちゃん、結局見つけられなかったな」
「……そう、だな」
「鷹也?」
「……いや、何でもない」
確かに姉さん本人は見つからなかった。
多分、もう――
「帰るぞ。ここにはもう……誰もいない」
「――ったく、警察から連絡が来るまで大人しくしてろって親父さんに散々釘刺されてたよな?」
「……ごめんなさい」
「まぁ鷲子が見つかって、お前も無事に帰ってきたから良いけどよ……」
四鏡村の一件から三日後、姉さんは四鏡村跡地付近の川辺で警察に保護された。
多少衰弱はしてたものの命に別状はなく、来週には退院できるらしい。
俺たちが四鏡村の異変を解決したことと姉さんが見つかったことに因果関係は無いと思うが、ともかく無事で良かった。
――その代わり、と言うには変な話だが友達と遊びに行くと嘘を吐いて勝手に姉さんを探しに行っていたことが従兄の由鶴兄さんにバレてしまった。
こっぴどく叱られはしたものの、父さんと母さんには黙っておくと言ってくれたのが幸いだ。
その対価として四鏡村で何があったのか洗いざらい話す羽目にはなったが。
「因習に基づく儀式の失敗で滅んだ村、か。ベタだが受けの良い記事にはなりそうだな」
「記事を書くのは由鶴兄さんじゃなくて日森さんでしょ……」
「細けぇことは良いんだよ」
「……ところで由鶴兄さん、この間の取材はどこに行ったんだっけ」
「ん?この間って言うと……あー、あれか……」
どこかばつが悪そうに由鶴兄さんは頭を掻く。
余程面倒なことが起きたのだろうか。
「……鷹也お前、
夜咫神社って覚えてるか?」
「夜咫神社?確かあそこって夏祭りの――」