ティラミスこわい「さて、申し合わせたみたいに今日は集まっちゃったけど、
でもさ、顔が違うみたいに、みんなそれぞれ性格なんかも違うんだよね」
「そりゃ、そうだよ。
これだけの人数が、一斉にお手洗いに行きたい、とか言ったら大騒ぎだよ」
「もぉっ、変なこと言わないで」
「好物、ってのもみんなそれぞれ違うんだろうけど、
さくらちゃんは、何がいちばん好き?」
「私がいちばん好きなのは……、ミルクティー、かな」
「なるほど、女の子っぽいね。
のぞみちゃんは?」
「アタシは2番目がミルクティー」
「なるほどねぇ、
さくらちゃんはいちばんで、のぞみちゃんは2番がミルクティーなんだ。
で、いちばんはなに?」
「いちばん好きなのは……、2番目がミルクティー」
「2番目は分かったから、いちばんを聞いてるのっ」
「3番は……」
「3番なんて聞いてないよ。いちばんは何なの? はっきりしてよっ」
「えへへ……、男の子」
「なーんだ、言いにくいわけだ」
「こだまちゃんは何?」
「私は羊羹だね」
「ふーん、甘党なんだ。
はるかちゃんは何が好きなの?」
「……蓮根の天ぷら」
「蓮根の天ぷら……、が好きなんだ」
「さて、じゃあ今度は嫌いなものを言っていこう」
「私は蛇。ホースなんかが置いてあるだけでも、びっくりしちゃう」
「うーん、蛇、ってのは誰でもあんまり好きなものじゃないよね」
「のぞみちゃんは?」
「アタシはナメクジ、嫌い」
「こだまちゃんは?」
「私は蛙」
「義理堅いねぇ、何も順番に言わなくたっていいじゃない」
「はるかちゃんは?」
「……ムカデ」
「なるほど」
「あ、ひかりちゃんにはぜんぜん聞いてないよ。
ひかりちゃんってさ、いっつも後ろの方にいるんだから。
それで、くすくす笑っちゃってるし。
ひかりちゃんは何が嫌いなのかな? ね、怖いの、何か言って」
「んと、別に無い、かな」
「『別に無い』って、いつもあんまりしゃべらないんだよね。
誰だってさ、怖いものとか嫌いなものってあるじゃない」
「それは、まあ、無いことはないんだけど……」
「じゃあさ、言ってみて」
「それが、その、『これが怖い』って言うのも怖いの」
「ふーん、よっぽど怖いんだね。言うのも怖いんだ。
でもさ、そう言われると余計に聞きたくなっちゃう。
ね、ひかりちゃん、何が怖いの?」
「えっと、実はね……、笑わないでね」
「笑わないよ、人間誰だって怖いものがあるんだから……、で、何?」
「……ティラミスが怖いの」
「ティラミス?
ティラミスなんて虫、知ってる? そんな虫、いないよね」
「ティラミスって、あのお菓子のティラミス? あのティラミスが怖いの?
ティラミスって言ったら、カップに入ってて、スポンジがしっとりコーヒーで、チーズクリームがふわふわの」
「やだぁ、止めてよぁ。
ティラミスの『ティ』だけでも怖いのに、『カップに入ってて、スポンジが』なんて……。
だめ、なんかからだが震えちゃう。だめだよぉ、ごめんね、今日は先に帰る」
「ひかりちゃんって、変わってるね。ティラミスが怖いんだって」
「まぁまぁ、嫌いなもの、なんて誰にでもあるんだから」
「でもさ、ティラミス、なんて変だよ」
「そうだっ、面白いこと考えたっ!」
「ん? 何?」
「あのさ、ひかりちゃんって、いつもちょっと高慢、って言うのかな、
みんなでおしゃべりしててもひとりだけちょっと離れててさ、それでくすくす笑ってるじゃない。
だから、ちょっと面白いこと、しちゃお」
「何するの?」
「何って、みんなでティラミス買って、ひかりちゃんの家に行くの。
『お見舞い』って言って、パパパってティラミス放り込んだりしたら、
ティラミスの『ティ』だけでも怖がってるんだから、本物を見たらどうだろ?」
「ぽーんっ、きゃー、ばたばた、きゃー、ばたばた、って、
ひかりちゃんが転がり回って苦しむところをみんなで見て楽しむの」
「んふふ~、アタシそう言うの大好き。
ひかりちゃんをね~、じゃ、さ、さっそくティラミス買いに行こ。
ティラミスの中のティラミス、くらいのを買わなくっちゃ。ひかりちゃんに笑われないように、ね」
「さて、そう言うわけで、買ってきたね」
「うわー、たくさんだねー。
じゃあ、みんなで手分けして持って、ひかりちゃんんとこ行こっ」
「でもさ、なんだね、こんな面白いことなんて無いよね。
何が面白いって、ひかりちゃんが正味で取り乱すんだから」
「しーっ、静かに。
ひかりちゃんの家に来たんだけど、ちょっと様子見てみるね。
ひかりちゃーん、具合、どうかな? みんな心配で来たんだけど」
「うん、大丈夫、震えはやっと治まったの」
「ふーん、そうなんだ……」
「『震えはやっと治まった』んだって、ふふふっ、また改めて震え直さないといけないの、知らないんだ……。
ね、ひかりちゃん、実はね、ひかりちゃんに是非とも見せたいものがあるんだ。
せーのっ、放り込むよっ!」
「キャ~バタバタ、キャ~バタバタ、キャ~バタバタ」
「もおっ、さくらちゃんが、キャ~バタバタ、なんて言ってどうするの」
「えっ!?」
「さくらちゃんの『キャ~バタバタ』を聞きに来たんじゃないのよ」
「わざわざお金出してティラミス買って、これだけのことしたのに、中はしーんとしてるじゃない。
どうなってるの?」
「そんなこと、私に言われても……
私だってこんなことするの初めてだし。
……でも、静か過ぎるよね」
「ひかりちゃん、死んじゃった?」
「えぇっ!?」
「死んじゃったんだよぉ」
「死ぬかな?」
「だってさ、ティラミスの説明するだけで震えちゃうんだよ。
パっと顔を上げたところにティラミスがパッパッパッパーっ、って飛び込んできたんだから、
『キャ~』とか『バタバタ』とかの前に、ショックで死んじゃったんだよ」
「あんなふうに言ったら多分こうなるかな、って思ったんだけど、きっちり掛かるんだから。
私、コーヒーはぜんぜんだめだけど、甘いものって大好きなのよね。
でも、いっぱいティラミス放り込んでくれたなぁ、当分買わなくても大丈夫だよ。
うわー、上等のティラミス買ってくれたんだ」
「食べたいけど……、まだみんな居るよね……、ばれたら怒られちゃうかな……、
うーん、やっぱり我慢できないっ、ひとつ食べちゃおっ。
やっぱりティラミスって良いのはそれだけ美味しいんだよね。
クリームのコクが違うよ。ん~、これすごく上等のだよ。
こんなに美味しいティラミス、久しぶりだよ」
「え!? なんなの、これ!? 信じられないっ」
「どうしたの?」
「『どうした』って、ひかりちゃん、ティラミス食べてる!」
「えっ!?」
「ひかりちゃん、……ティラミス食べてる」
「『ティラミス食べてる』?
あーっ、ひかりちゃんに担がれたんだよっ!
うわーっ、やられたっちゃねぇ……」
「もーっ! ひかりちゃんっ!!」
「うわぁっ、びっくりしたぁ」
「えへへ、ごちそうさまでした」
「何が『ごちそうさま』よ。
ひかりちゃんがティラミス怖い、って言うから怖がらせよう、ってみんなでティラミス買ってきたんだよ。
ね、ひかりちゃん、
ひかりちゃんが本当に怖いのは、なんなの?」
「今度は、あつーい、レモンティーが怖い」
了