ほのぼのな日常 第6話 こんなの、だめだよ先に記しとく設定。
衣笠美衣那(きぬがさ みいな):女性、克晶と双子
衣笠克晶(きぬがさ かつあき):男性、美衣那と双子
命ちゃん(みことちゃん):女性、美衣那・克晶の父方の祖母
と言うことで。
アタシはミナ。『美衣那』なんだけど『ミナ』って呼ばれることが多い。だから『ミナ』。
今年、高校1年生になった。青春が始まったところ。
アタシには弟がいる。って言っても双子の弟。
名前は克晶、『かーくん』って呼んでる。
かーくんは時々、アタシを妹扱いする。
生意気だ。かーくんが弟に決まってる。
……日曜日の夕方。
アタシは自分の部屋でひとり落ち込んでる……。
今日もいつも通りかーくんとけんか。
いつもの通り、じゃれあいの延長……。
お互いのことが分かってるからできるじゃれあい。
……でも、今日はやりすぎた。
じゃれあいの延長のつもりだったのにヒートアップしちゃって、アタシ、かーくんのほっぺた、思いっきり引っぱたいちゃった……。
かーくんは「こんなのやってられるかっ!」って言って、自分の部屋に戻った。
ちょっとしてクールダウンしたらすぐに分かった。
……かーくんの心遣い。
かーくんが部屋に戻ってくれなかったら、アタシ、もっと酷いことしてた……。
かーくんに謝らなきゃ。
『ごめん』って言えば良い。でも、言いづらい。
日がしっかりと暮れた。
もうすぐ晩ごはん。
部屋に篭ってる訳にもいかない。
部屋から出た。
アタシの部屋は階段を上がって3つめ、いちばん奥。
かーくんの部屋はふたつめ。
だから、アタシはかーくんの部屋の前を通る。
かーくんの部屋の前。
かちゃり、とドアが開いた。
えっ?!
スマホを持ったかーくんが部屋から出てきた。
タイミング良く? 悪く? かーくんと顔を合わせることになった。
どうしよ、って思うけど、それよりも先に『ごめん』って言わなきゃ。
「さっきは……、ごめん」
アタシは心にある勇気、全部使って声にした。
かーくんは、ふっ、て感じでちょっと笑顔になった。
「もう良いよ」
良くない。
「でも……、酷いことしちゃった」
「そっか、でもさ、俺も言いすぎたから」
こんなとき、かーくんは優しい。
ちょっとずるい。
「んっと、じゃあ、これで全部なし」
そう言って、かーくんは一歩、アタシに近づいた。
アタシは反射的に一歩下がる。
かーくんはもう一歩こっちに。
アタシももう一歩後ろに。
もう一回したら、かかとが壁に当たった。
もう下がれない。
壁際に追い詰められた。
かーくん、何するつもり?
ちょっと不安になる。
って思ってたら、
かーくんの左手がアタシの顔の横にドンッ、て。
えっと、これって、『壁ドン』ってやつ?
え?! どう言うこと?
「全部なしにするんだから」
かーくん、持ってたスマホをポケットに入れて、右手をアタシのあごに添える。
くいっ、とちょっと上を向くことになっちゃう。
目の前にはかーくん。
すっごく真面目で、でも、すっごく優しい顔で。
えっと、かーくんってこんなにかっこ良かったっけ?
どきどきする。
かーくんの顔が近づいてくる。
「こんなの……、だめだよぅ……」
ちっちゃな声でつぶやく。
でも、かーくんは本気みたいで……。
アタシは瞳を閉じる、それしかできない。
すぐちょっと後。
パシャッ!
?
何の音?
目を開ける。
目の前にはスマホ。
かーくんのスマホだ。
レンズがアタシを見てる。
「くくくくくくっ」
笑いをこらえてるかーくん。
スマホを裏返してくれた。
画面にはアタシ。
アタシがキスを待ってる。
こんなときにちょうどの気持ちがすぐには浮かばない。
自分の写真じゃなかったら『カワイイ』とか言えると思う。
けど、写ってるのはアタシだ。
「くくくっ、
ミナ、なに期待してたんだよ」
かーくんの言葉がきっかけ。
はっとした。
かーくん、初めっからこれ狙ってたんだ!
アタシのカワイイ乙女心にイジワルするつもりだったんだ!
顔がかーっと真っ赤になる。
こんなときにぴったりの気持ちがやっと分かった。
『恥ずかしい』と『腹が立つ』だ。
『恥ずかしい』は後で良い。まず『腹が立つ』を片付けよう。
「良いかミナ、
これに懲りて大人しくすっ」
どん、とかーくんのお腹にこぶしを入れた。
かーくんの体が前のめりになって倒れ始める。
でも倒れさせない。
かーくんのシャツ、首元をつかんでむりやり立たせる。
2発目、3発目を続けて入れる。
ちょっと間をおいて4発目を入れようとしたところで、かーくんの声。
「わる、かほっ……、かっ……、けほっ……、た……」
首元をつかんでいた手を離した。
かーくんが床に崩れ落ちた。
お腹を押さえてもがいてるかーくんの横にしゃがむ。
できるだけ感情のない声で言ってみる。
「それだけ?」
アタシってこんな冷たい声、出せるんだ。新しい発見。
んと、それは今は置いといて。
「くほっ……、ご……、かはっ……、めん……」
うん、素直がいちばん。
今度はアタシのいちばんのカワイイ声で。
「じゃあ、写真、消してっ」
「けほっ……、けす……」
床に転がってたスマホ、倒れてるかーくんの前に置く。
震えてる手をむりやり動かして、かーくんは写真を消してくれた。
これで良し。
「ごはんよーっ」
ママの声。
「はーいっ」
そう答えてから、階段を駆け下りた。
テーブルに晩ごはんがならんでた。
自分の席につく。
「かーくんは?」
ママに聞かれた。
「んっと、倒れてる」
当たり前のように言う。
「あら、そう」
ママも当たり前のように。
でも、命ちゃんにはちょっとしかられちゃった。
「ミナちゃん、あんまり乱暴なこと、しちゃだめよ」
「うん、でも、かーくんだから大丈夫」
命ちゃんも納得してくれた。
アタシとかーくんのけんかはいつものこと。
だから、みんな気にしない。
『いただきます』をして晩ごはんスタート。
今日のかーくんにはさすがに腹が立った。立ちまくった。
でも、真面目で優しいかーくん、ちょっとかっこ良かったな。
了