のびのびTRPG 第1話 かなわなかった夢・かなった夢先に記しとく設定、
機械屋(主人公)と先輩は女性、
新聞記者は男性、
と言うことで。
アタイは機械屋。手先の器用さには自信があるけど、力はさっぱり。まあ、力は重力制動でどうにかなるから気にはしてない。
アタイは今、ブルックリンクサーキットにいる。
今日ここで世界中の国の連合が主催する『世界最速レース』が始まる。
惑星を一周する過酷なレース。
それだけに優勝者の名前は歴史に刻まれる。
このレースのルール。
惑星のあっちこっちに設置されてるマーカーを順番にたどって惑星を一周、このサーキットにいちばんに戻ってきたやつが優勝。
ただし、マーカーはもちろんまっすぐにはならんでない。
マーカーをたどってゴールとは反対の方向に進むのは当たり前。
北極圏のマーカーの次が南極圏、なんてこともある。
だから、実際のレースの距離は惑星を何周もしてるくらい。
もうひとつのルール。
レースの途中で一回、『バーチャルトラップ』をクリアしなければならない。
バーチャルトラップはちょっとしたゲーム。
バーチャルトラップに引っかかってる間は、その場から動けない。
加えて、バーチャルトラップがいつ発動するかは分からない。
だいたいはレースの中盤に発動するけど、スタート直後に発動することもあるし、ゴール目前で発動することもある。
あと、これもルールと言って良いか。
参加するマシンは何でも良い。
地面を走る自動車でも良いし、空を飛ぶ飛行機械でも良い。
それぞれのマシンはスピードとパワーでクラス分けされる。
レースのラスト、ゴールした順にクラス別の順位と総合順位が決まる。
総合順位のいちばんが総合優勝。
レースに参戦する連中、アタイも含めて、の目標はもちろん総合優勝。
けど、アタイには総合優勝は話にならない。アタイの目標はまず「完走」だ。
正直、完走できたら十分すぎる結果だ。
スタート地点には100を超えるマシンが集まってる。いろんなマシンがならんでる。
馬車、と言っても馬の形の機械。音速を超えるくらいは余裕だろう。
蒸気自動車、確かに蒸気で動いてるけど、熱源はマイクロ核融合炉。
そんなとんでもないのがたくさん。
アタイのマシンはいわゆる飛行機械。名前は『ディケイドスピーダー』。
先輩とアタイとで作った新世代マシンだ。
複座式で先輩とアタイが乗るはずだった。
……けど、先輩はもういない。
10年前、先輩は『エントロピージェネレーター理論』を導き出した。
エントロピーの増加をエネルギーに変換する。
理論に従えば「無限のエネルギー」が手に入る。まさに夢のシステムだ。
けど、エントロピージェネレーター理論は認められなかった。
当たり前と言えば当たり前。
理論は完璧かもしれないけど、それ以前にエントロピージェネレーターは「永久機関」だ。
認められるはずがない。
先輩はこの理論を実証するために工房を開いて、エントロピージェネレーターの実機を作り始めた。
8年くらい前か、何の因果かアタイは先輩の工房で働くことになった。
アタイが先輩に認めてもらえたのは「面白そう」だから。
2年前、ようやく完成した試作機の動作試験。
試作機は突然、不安定になって派手に吹っ飛んだ。
アタイは助かったけど、先輩は駄目だった。
先輩の最後の言葉は「機械屋ちゃんなら」。
皮肉なことに、この時のログが不安定化の原因を教えてくれた。
アタイは先輩の遺志を継いだ。
ログを解析して不安定化の原因を抑えたら、まったく問題のない完璧なエントロピージェネレーターが簡単にできあがった。
こんなことのために先輩は命を落としたのか。アタイにできたのは落ち込むことだけだった。
けど、いつまでも落ち込んではいられない。
エントロピージェネレーターの力を見せつけてやる。
だからアタイはこのレースに出ることにした。
スタートまであと2時間くらい。
レースコントロールルームの方で騒ぎが起こった。
何となく気になったから、アタイも行ってみた。
集まっていた野次馬のひとりに聞くと、レースコントロールシステムが故障したらしい。
レースコントロールシステムの中枢、タンスくらいの大きさの機械が壊れたとのことだ。
野次馬の間をすり抜けて、人の輪のいちばん前に出る。
レースコントロールルームのスタッフが機械の前にいた。けど、何もできないみたいだ。
機械の保守・整備のスタッフを呼びに行って、連れてくるのを待ってるらしい。
レースコントロールの機械か。どんなものか見てみたい。
「おっちゃん、ちょっと見せてくれ」
「何だ?」
スタッフのひとりに声をかけて機械の前に立つ。
正面のパネルを開けて機械の中を見た。
機械の中身はシンプルだった。アタイでも分かるくらい。
不具合が出てるところから結晶回路をたどる。
原因にたどり着いた。
「ああ、1番ゲートまるまる交換だな」
「何で分かる?」
スタッフのひとりに聞かれた。
「いや、見たまんまだろ」
そうとしか言えない。
ちょっとして、保守・整備のスタッフがあわててやってきた。
持ってきたセンサーやらメーターやらを機械のあっちこっちにつないで数値を確かめる。
そんな作業が30分くらい続いた。
確認した数値を見て保守・整備のスタッフが出した結論は「1番ゲート全て交換」だった。
すぐに修理がされて、レースコントロールシステムは問題なく動き始めた。
レースコントロールシステムが直ったから野次馬は解散。
アタイもディケイドスピーダーに戻った。
スタートまであと1時間。
そろそろスタートの準備に入った方が良いだろう。
最後の点検。
機体のあっちこっちのパネルの開けて確認していく。問題はない。
最後のパネルを開く。エントロピージェネレーターが載ってる。
エントロピージェネレーターに着いてるいくつかのメーターを確認した。数値は全部正常を示してる。
パネルを閉じる。
機体に乗り込む。リアシート、先輩が座るはずだったシート、に座る。
ここで気がついた。
フロントシートに誰かがいた。
「てめー、なにもんだ?」
「新聞記者だよ」
中年の男が当たり前のようにシートに収まってる。
「降りろ」
新聞記者に降りようとする気配は感じられない。
「いや、さっきのあんた見てたら面白そうでね。
取材させてもらえないか?」
「取材?
……まあいい。けど、覚悟しろよ」
新聞記者を乗せて飛ぶことになった。
スタート5分前。
キャノピーを閉めた。
それぞれのマシンの最後のチェックをしていたメカニック担当がマシンを離れてピットに収まった。
このレースのスタートは隊列を組んでノーマルコースを一周してからのローリングスタート。
もちろん組まれる隊列にも意味がある。
総合優勝を狙えるマシンのクラスがいちばん前。そこから後ろへクラスが下がる。
ディケイドスピーダーはいちばん下のクラス。完走できればありがたい。そんなクラス。
加えて、その中でもいちばん後ろ。つまり、参戦する全部のマシンのいちばん後ろからスタート。
スタート1分前。
垂直離着陸機が地面から浮き上がる。
ディケイドスピーダーも垂直離着陸機だから、機体をいくらか浮かび上がらせる。
計器板にあるランプのひとつが赤く光った。その場で待て、を示す。
30秒くらいして黄色になった。フォーメーションラップ開始の合図。
前にいるマシンがゆっくりと動き出した。
アタイはそれに続く。
少しずつスピードが上がる。
ノーマルコースを半分くらい飛んだところでランプの光が緑色になった。
レースが始まったと言うことだ。
たぶん全機がいっせいにできる限りの加速を始めただろう。
でもアタイはそんなには加速しない。
ジェネレーターの様子を見つつのんびりとスタート。
レースの前に試験飛行は何回も繰り返してる。
けど本番、何が起こるか分からない。
まずはジェネレーターの出力を30%にしてスタート。今は完全に好調だ。
30分くらい飛んだところで、いきなりまわりが真っ暗になった。
「いきなりバーチャルトラップかよ!」
スタート直後のバーチャルトラップ。
そう言うことがあるのは分かってた。けど、まさか自分が体験することになるとは思ってなかった。
とは言え仕方ない。覚悟を決めてトラップに挑む。
アタイのまわりは真っ暗な空間。
目の前に、いかにも敵キャラ、な感じのでかいキャラが現れた。
こいつを倒せばトラップクリアか。
こっちの装備を確認する。
アタイの武器は頼りないレーザーガン一丁。どう考えても不条理だ。
でも文句は言えない。これはレースのルールだ。
空間の中を飛び回ることはできるらしい。
敵キャラから次々と飛んでくるビームを避けながら飛び回る。
このトラップは確かにどう考えても不条理だ。けど、攻略は簡単。
「バイザー、オン」
アタイの目の前に透明のバイザーが現れる。
「クラッキングパウダー噴霧」
バイザーから見えない何かが噴き出される。
クラッキングパウダー、超極小のちょっとしたコンピューター、もちろん目には見えない。
ゲームではそう言う設定だ。
目には見えない。けど、バイザーを通すと見える。
バイザー越しには空間中に淡い緑色が見える。緑色が広がっていく。
そろそろだ。
「クラッキング開始」
緑色の中に小さい赤い点がいくつか現れた。赤い点が増える。赤い空間が広がる。
まわりの空間、アタイと敵キャラのまわりが全部赤くなった。
これで良し。
「まずは……、
装備変更、レーザーガンからパルスプラズマガトリングガン」
アタイの手にあった頼りない銃が、いかついガトリングガンになった。
「次に……、
対象の耐久力を1に、ヒットポイントも1に」
敵キャラ、元はとてつもなく強いキャラだったはずだ。
けど、耐久力が1に、ヒットポイントも1になった。雑魚以下だ。
ガトリングガンを向けて引き金を引く。
次々と撃ち出されるプラズマ弾が敵キャラに命中。敵キャラは爆散した。
ひゅん、と視界が元に戻った。
「あ、あんた、何があったんだ。
いきなり真っ暗になって……」
「気にすんな、バーチャルトラップだ」
アタイの言葉に新聞記者はすぐに納得してくれた。
レースのルール、バーチャルトラップだと分かってもらった。
この日は出力を30%に固定して飛んだ。
ディケイドスピーダーは順調に飛び続ける。
ジェネレーターの温度は問題なし。内圧も問題なし。安定度も問題なし。
機体全部が快調だった。
夕暮れのちょっと前、ディケイドスピーダーを着陸させた。
「どうしたんだ?」
「今日はここまでだ」
新聞記者の問いに答えた。
「マシンのチェックとメンテナンス。
何もないと思うけど、しっかりチェックしたい」
「ああ、なるほど」
新聞記者の声を聞きながら機体から降りる。
機体のあっちこっちにあるパネルを開けてまわる。
メーターがあるところはメーターの数値を見て、ログを取ってるところはログを見て、そう言うのがないところは目視で、確認する。
ざっと見て機体に問題はない。もちろんジェネレーターにも問題はない。
けど、ジェネレーターはいちばん大事だ。徹底的にチェックした。
翌日。
日の出の少し前に離陸した。
ジェネレーターの出力を40%にして飛行。
この日も夕暮れの少し前に着陸した。
機体のチェックをして、全部問題なし。
三日目。
出力を50%に上げた。
問題は何もない。
ジェネレーターの様子。温度も内圧も安定度もきれいな数値がならんでる。
着陸後のチェックでも問題は何もなかった。
次の日。
この日は出力を60%にした。
順調に飛んでた。
ピ!
「ん?
レーダーに反応?」
ディケイドスピーダーの左前方に浮遊物体あり。
スピードを落としつつこっちに近づいてくる。
こっちもスピードを落とした。
目視視界に入る。
点にしか見えなかったのが少しずつしっかりと見えてくる。
大型飛行機械、見覚えのある船。
ブラスト盗賊団の船、ビッグブラストだ。
ピ!
無線に入感した。
陽気で力強い声が聞こえてきた。
『おう、お嬢、久しぶりだな』
まさかこんなところで会うとは。
ブラスト盗賊団を仕切る大親分、団長、おやっさんの声だ。
「おやっさん、何でこんなとこ飛んでんだよ?」
『あ? ちょっと訳ありでな。気にすんな。
お嬢は惑星一周レースか?』
「ああ、そうだ。
って、何で知ってんだ?」
『それも訳ありだ。
レース、がんばりな』
「サンキュ、おやっさん」
ビッグブラストが少しずつ離れていく。
アタイは落としていたスピードを上げた。
ビッグブラストが見えなくなった後、新聞記者が聞いてきた。
「あんた、あの連中とつながってるのか?」
「ああ、昔の話だけど、世話になったことがあってな」
新聞記者は少しの間を置いて、もう一回聞いてきた。
「これは記事にしない方が良いな?」
「だな、しないでくれるとありがたい」
それで話は終わった。
また順調な飛行が続く。
1時間くらい飛んだ後か、懐かしい風景が見えた。
レースは完走できたら良い。
ちょっと寄り道しても良いだろう。
「おい、新聞記者、ちょっと休憩だ。
鉄骨峡谷に降りる」
「何でまた?」
新聞記者の問いは当然だ。
「久しぶりの鉄骨峡谷だ、親方に挨拶したい」
「親方?」
聞かれて不思議ない。
「アタイの師匠だ」
「なるほど」
新聞記者に分かってもらえた。
ディケイドスピーダーのスピードを落としつつ鉄骨峡谷へ向かう。
鉄骨峡谷の飛行機械発着場の上空でホバリングする。
おかしい。発着場からの誘導ビーコンが来ない。
下の様子をモニターに映す。
発着場には特に問題はなさそうだ。
できる限りゆっくりと降下。離着陸床に着陸した。
キャノピーを開けてディケイドスピーダーから降りる。
「そのあたりを見てくる」
「待ってくれ、俺はあんたを取材したいんだ」
新聞記者が着いてきた。
発着場から離れてアタイの師匠、親方の工房に向かう。
明らかに様子がおかしい。
ちょっとした戦闘があったようにしか見えない。
工房がいくつか吹っ飛んでた。それに、あっちこっちに爆発痕。
いったい何があったんだ?
親方の工房へ急ぐ。
親方がいた。鉄骨に腰かけ「ああ、なんてこった……」と頭を抱えてた。
あわてて駆け寄る。
「親方、何があったんだ?」
アタイを見た親方が言った。
「ああ、機械屋か、久しぶりだな」
のんきに挨拶してる場合じゃない。
「挨拶はどうでも良い。
何があったんだ?」
「何がなんだか……。
自動人形がいきなり襲ってきた。
数が少なかったんで何とか潰せたが、こっちもこのざまだ」
親方が大きなため息をついた。
「自動人形が?」
信じられない。けど、まわりを見ると信じるしかない。
「ああ、間違いなく戦闘用、数からして偵察部隊だろう」
「じゃあ、もうすぐ本隊が来るってことか!?」
洒落にならない、そんなもんが来たら鉄骨峡谷は全滅だ。
「親方、そいつらはどっちから来たんだ?」
「谷の東、砂漠の方だ」
親方は力なく東を指した。
「分かった、アタイがどうにかする!
新聞記者、急げ!」
ディケイドスピーダーへ走る。
新聞記者があわてて走ってきた。
コックピットに飛び乗る。
新聞記者も急げるだけ急いでフロントシートに収まった。
それを確認してキャノピーを閉める。
ジェネレーターコントローラーを操作して機体を一気に上昇させた。
機体を東に向ける。
方向を定めて加速開始。スピードを上げる。
20分くらい飛んだ。
当たりだ。自動人形の本隊がいた。鉄骨峡谷に向かって一糸乱れず行進してる。
数は……、数え切れないくらいたくさん。
これだけの数相手にこっちは一機。加えてディケイドスピーダーの装備は護身用のパルスレーザーガンひとつ。
正面から突っ込んだら話にならない。
けど、数が数だ。これだけの数が乱れずに動いてるってことは、コマンダーマシンで隊列を仕切ってるはずだ。
つまり、コマンダーマシンを乗っ取れば……。
先輩の真似。必要以上の準備をしてたのが正解だった。
ディケイドスピーダーに積んでる無線機は普通の無線機じゃない。
『広帯域電波送受信機』、音声通信とデータ通信だけじゃなくて、世の中で使われてる無線のほとんど全部を扱える。もちろん自動人形の制御信号も。
自動人形の隊列の上を行進に合わせてゆっくりと飛ぶ。
無線機のモードを自動人形用に合わせる。
すぐに隊列の中の信号の流れが分かった。
次は信号の出どころを探る。出どころが5つ見つかった。こいつらがコマンダーマシン。
コマンダーマシンが見つかったら後は簡単だ。
制御を乗っ取る信号を送る。
コマンダーマシンは素直に乗っ取られてくれた。
最後に自動人形の隊列から十分に距離をとって、コマンダーマシンにお願いする。
「全機に自爆信号を送れ」
自動人形が次々と爆発した。一瞬で全滅だ。
これでまずは良いけど……。
自動人形の出どころが気になる。
もうすぐ日が沈む。その前にマシンを止めて点検したいけど……。
やっぱり自動人形の出どころが気になる。
自動人形が来た方向に飛ぶことにした。
「自動人形の出どころを探る」
「おい、大丈夫なのか?」
新聞記者が不安げに聞いてきた。
「言ったろ、覚悟しろって」
「これはもうレースじゃない」
新聞記者の目的は「レースの取材」だ。
けど、
「じゃあ、ここで降りるか?」
「……いや、俺は新聞記者だ。
行くとこまで行くよ」
話はついた。
しっかりと日が暮れていくらかした頃。
正面に明るい「何か」が見えてきた。
近づいていくと、地面に明るい「何か」があるようだと分かった。
さらに近づくと、ちょっとした街? のようにも見えてきた。
その真ん中が明るく光ってる。
ピ!
無線に入感。
『私は総帥! 全ては理想の元! 新たなる時代の到来を!
見よ! 浄化の光が世界を照らす!』
光の中心はちょっとした舞台だった。
その上で『総帥?』が演説をしてる。
舞台を中心にして、とてつもない数の自動人形が整然とならんでた。
状況を確認するために上空を旋回する。
『総帥』がこちらに目を向けた。
『我が祝典の邪魔をするとは。
呪いの元、己をどこまでも追いかけよう』
アタイの脳に直接、声が響いた。
「っ!」
右手の甲に鈍い痛み。手を見ると黒い幾何学模様があった。
本能的に危ないものだと分かった。
「呪い? 何なんだ?」
とりあえず、これ以上関わらない方が良いだろう。
この場を離れようとした。けど、できなかった。
操縦桿が動かない。
また脳に声が響いた。
『我が呼び寄せた力を見よ。そして嘆くが良い』
「何なんだ? これは?」
新聞記者にも聞こえたらしい。
「分かんねぇ!」
そう答えるしかない。
操縦桿が勝手に動く。機体が向きを変えた。
方向が定まったのか、「どこか」を目指してまっすぐに飛び始めた。もちろん操縦桿は動かせない。
新聞記者が尋ねてきた。
「おい、どこに行くんだ?」
「分かんねぇ。
操縦桿が動かねぇ」
どうにもならない。こうなったらとことんつき合うしかない。
新聞記者も開き直ってくれた。
「こうなりゃどうにでもなれ!
そのかわり、しっかり記事にさせてもらう!」
ディケイドスピーダーは飛び続けた。
日が昇り、朝を迎えた。
正面に「赤い点」が見えてきた。アタイらはそいつに向かってるらしい。
近づくにつれてはっきりと見えてきた。
赤い球体。とてつもなくでかい。球体のまわりにはたくさんの「点」が見えた。
球体は赤く光ってる。その光でまわりも鈍く光ってる。
そいつをしっかり見ようと体を動かした拍子に片足が操縦桿に触れた。
機体が揺れた。
すぐにシートに座りなおして操縦桿に手をやる。手を少ずつ動かすと操縦桿が動いて、機体が動いた。
操縦できるようになったのは良いんだが……。
「何だ?
新聞記者、あれは何だ?」
「分かる訳ないだろ。
あんなもん見るのは初めてだ」
ピ!
無線が入感した。
『また会ったな、お嬢。
良いタイミングだ』
「おやっさん!
おやっさんはあれが何かしってんのか?」
『おうよ、あいつは「ブラッディームーン」、「侵略者」の総大将だ』
どう言うことなのかさっぱり分からない。
『お嬢は「総帥」を知ってるか?』
「『総帥』?
ああ、演説してたやつか?」
おやっさんが説明してくれた。
総帥はこの星を征服するために侵略者を呼び寄せた。
けど、侵略者にとっては都合の良い話だった。
侵略者は総帥なんかどうでも良い。
侵略者こそがこの星を征服するつもり。
だそうだ。
「おやっさん、何でそんなこと知ってんだ?」
当然の疑問だ。
『今日びの盗賊ってのは情報持ってるやつがいちばんよ!』
なるほど、確かにそうだ。
特におやっさんとこは情報がないと仕事にならない。
『それでだ、
お嬢は良いタイミングで来てくれた。
手伝ってもらいてぇ』
「どう言うことだ?」
何を手伝うんだ?
『ブラッディームーンを堕とす。
その手伝いだ』
「あのでかいのをか?」
アタイにできるのか?
『ブラッディームーンは鉄壁の要塞だ。
それにまわりにはでかいやつ小さいやつ、戦闘用の飛行機械が大量』
「遠距離からの砲撃は?」
ビッグブラストなら十分にできる。
『いや、無駄だった。
全体に強力な位相遮断シールド、こっちの大砲じゃ話にならねぇ。
けどよ、あいつの弱点は分かった。
あいつは自転してんだが、その自転軸は空洞になってる。
自転軸から突っ込んであいつの真ん中にあるコントロールスフィア、情報エネルギーの塊、そいつを潰せば御臨終、だ。
それは分かったんだが、こっちにはそれをできる小型機がねぇ』
理屈は分かった。
けど、ディケイドスピーダーの装備は護身用のパルスレーザーガンひとつだけ。
話になるとは思えない。
おやっさんにそう伝える。
『十分だ。
コントロールスフィアに揺らぎを入れりゃ良い。
まわりの連中はこっちが相手する。
お嬢は突っ込め!』
「了解!」
こうなったら了解するしかない。
「新聞記者、覚悟は良いか?」
「するしかないだろ!」
新聞記者はアタイの言葉に答えてくれた。
ビッグブラストが砲撃を始めた。
大型艦の一隻がプラズマ弾をまともに受けて撃沈した。
それを合図に侵略者の飛行機械がビッグブラストのまわりに集まり始める。
ビッグブラストの無事を祈りつつ、アタイはアタイのすべきことをする。
ディケイドスピーダーを地面すれすれを飛ばした。
自転軸の真下。
「行くよっ!」
操縦桿を思いっきり引く。
ぐんっと機体が垂直になる。猛スピードで上昇。
ブラッディームーンの自転軸に飛び込んだ。
自転軸の中はディケイドスピーダーには十分に広かった。
だから猛スピードで飛んで機体がぶれても、壁面に接触する危険はないだろう。
さて、ひとつ確認しとかないといけないことがあった。
「新聞記者、あんた射撃の経験はあるか?」
「そんなもん、あるわけないだろ!」
全力で否定される。とうぜんだろう。
「照準合わせてトリガー引く、それだけだ」
「分かったよっ!」
新聞記者は開き直って叫んだ。
機体がぐんぐん上昇する。
先に緑色の光点が見えた。
光が少しずつ大きくなる。
緑色の球体がはっきりと見える。
緑色に光る球体。こいつがコントロールスフィアか!
「新聞記者! 撃ちまくれ!!」
「もうどうにでもなっ!」
パパパパパッ、と撃ち出されたパルスレーザーがコントロールスフィアに次々と突き刺さる。
コントロールスフィアの表面がわずかに揺れた。
揺らぎは少しずつ大きくなる。
明らかに揺れてるコントロールスフィアをぎりぎりで避けて、ディケイドスピーダーをさらに上昇させる。
ゴウッと大きな揺れが起こった。
たぶんコントロールスフィアが弾けたんだろう。
次は、ゴゴゴゴゴ、と低い音、おそらくは爆発音、が重なった音。
コントロールスフィアのまわりで爆発が始まったか。
爆発はすぐに広がった。ディケイドスピーダーの後ろにも爆発が見えた。
すぐに爆発に追いつかれる。もうすぐ追い抜かれる。
「おい! 間に合わないぞっ!」
新聞記者が悲鳴をあげた。
ジェネレーターゲージを見た。現出力80%、いちおうの安全ラインの上限きっちりだ。けど、まだ20%ある。
躊躇いはなかった。
「先輩を信じるっ!」
ジェネレーターコントローラーを思いっきり押し込んだ。
パンッとパワーリミッターが弾けた。
ジェネレーターゲージが一気に100%を指した。
同時に機体がぐぐんっと加速する。体がシートに押し付けられた。
爆発からの距離がどんどん開く。
ふわっと視界が開けた。
自転軸から脱出できた。
安心したからか、体の力がすっと抜けた。心もいくらか軽くなった。
一瞬の後、後ろでブラッディームーンが大爆発。轟音をあげて大地に砕け落ちた。
ジェネレーターの出力を落としてひと息ついた。
安全ライン以上の無理をさせたんだ、ジェネレーターは大丈夫か? あわててチェックする。
温度少し上昇、内圧少し上昇、安定度98。
全部正常範囲だった。
ジェネレーターの次に気になっていたことをはっと思い出した。
「おやっさん! おやっさんは!?」
『お嬢、成功だ』
おやっさんの陽気な強い声。
ビッグブラストが近づいてきた。
機体には傷ひとつない。あれだけの数を相手をしたのに。
「おやっさん、ダメージゼロじゃねぇか。
どんな戦い方したんだ!?」
『おうよ、主砲・反物質砲、副砲・プラズマ砲、追加で光子魚雷とパルスレーザーガトリングガン、他にも色々。
防御は位相遮断シールド、ってもんよ。
ブラディームーンにはどうにもならなかったが、雑魚相手には余裕だ』
ありえない、ありえないスペックだ。ビッグブラストにそれだけのパワーを出せるジェネレーターを積めるはずがない。不可能だ。
「どう言うことだよ!?」
『あぁ、装備か? 簡単なことだ。
こいつのはお嬢のと一緒だ』
訳が分からない。
『お嬢のジェネレーターは何だ?』
「?
エントロピージェネレーター?」
おやっさんが陽気な声で言う。
『そうよ、こいつもそうだ!』
どう言うことだ? 何でおやっさんが?
おやっさんが疑問に答えてくれた。
『言っただろ、情報持ってるやつがいちばん、ってよ』
「ああ、そう言うことか」
おやっさんらしい。すっきりと納得できた。
『でよ、お嬢。
俺が言うのもなんだが、お嬢にはやることがあるだろ。
急げ!』
そうだ、アタイの目的はレースだ。
まだ間に合うかもしれない。機首を次のマーカーに向けた。
おやっさんに軽く挨拶をして、加速を始めた。
次のマーカーを目指して飛ぶ。次のマーカーを目指して飛ぶ。次のマーカーを目指して飛ぶ。
とにかく飛んだ。
ジェネレーターに負荷をかけたくない。
けど、できるだけ速く飛びたい。
だから出力を90%まで上げて飛んだ。
驚いた。出力90%で飛び続けても、ジェネレーターの温度も、内圧も、安定度も、全部正常範囲内だ。
先輩が描いた設計図のほとんどそのままに作ったジェネレーター。
先輩はどんな化け物を考えてたんだ?
昼も夜もない。
ひたすら飛び続ける。
何日飛んだのか分からなくなる。
新聞記者ともほどんど話さない。けど、新聞記者は時々、なにかを手帳に書き込んでた。
マーカーのひとつを通った。
最後のマーカーだと表示された。
次の目的地はブルックリンクサーキット、ゴール、だ。
ブルックリンクサーキットに向かってさらに飛ぶ。
どれくらい飛んだか。サーキットが見えてきた。
どんどん近づく。
けど、何かおかしい。
ゴールを祝いたたえ合うチームメンバーたち、スタッフたち、それに大勢の観客。
全部ない。
完走はできたんだろう。でも、遅すぎたみたいだ。
誰もいないサーキットのコントロールラインを通過。
ノーマルコースを一周してピットイン。
誰もいないピット、もちろんシャッターは下ろさせててる、にディケイドスピーダーを止めた。
記録はどうでも良い。こんな終わり方でも……。
「良いんじゃね? あんたは良くやったよ」
新聞記者が声をかけてくれた。
ディケイドスピーダーに寄りかかって、新聞記者と一緒に空を見上げた。
何もない空が広がってた。
突然、バタンッと大きな音がした。レースコントロールルームに続くドアが開けれた。
ドアからたくさんのレースコントロールスタッフが出てきた。
アタイたちの方に走り寄ってくる。
「おい、君たち!
レースログを見せてもらおう!」
スタッフのひとりが言った。
「ああ」
機体からロガーを取り外してスタッフに渡した。
スタッフはレースログ確認用の端末にロガーをつないだ。
端末に表示されたログをスタッフたちが見る。
「信じられん」
「しかし改竄はまったくない」
「本物だ」
「どうすればこんなことが」
「不可能だ」
「だが、できたのは事実だ」
スタッフたちはログを見て次々に驚きの声を口にした。
スタッフの全員がログをチェックした後、言葉がなくなった。
静かな中で責任者らしき人が言葉を紡いだ。
「君たちは総合優勝だ!
しかも、レースレコードを一日以上更新してだ!」
その瞬間、コントロールラインの上に巨大なチェッカーフラッグが現れた。
ファンファーレがサーキットに響いた。
何が起こったのか? 状況を理解できない。
右手の甲に鈍い痛みが走った。
手の甲にあった黒い模様が消えていた。
その痛みでちょっと冷静になれた。
総合優勝をしてしまった、らしい。
新聞記者が浮かれた声で言った。
「やっぱりあんた、おもしろいやつだったな。
じゃ、俺は行くわ」
「は?
行くってどこに?
表彰式はどうするんだ?」
新聞記者は何を言いたいんだ?
「表彰されるのは、あんたとあんたのマシンだ。俺じゃねぇ。
それに俺は『エントロピージェネレーター、実用化に成功』、特ダネを記事にせにゃならん」
そう言って新聞記者は去っていった。
涙が流れそうになった。だから空を見上げた。
はてしなく大きな青空が広がってた。
総合優勝? レースレコード?
そんなのはどうでも良い。
ただ、先輩と一緒に喜びたかった。
涙が頬を流れた。
涙は切なくて、悲しかった。でも、嬉しくて、誇らしかった。
了