反射「おはようございます」
「……おはよう」
リウビアさんは、私の上司はつまらないことに今日も変わらず出勤した。
いつものように返答乏しい日常会話の折に尋ねる。調子はどうか、と。リウビアさんは、何のことだ、と返した。私は答える。
「指」
途端に右腕を後ろに引っ込めたので、咄嗟に手首を掴んで目の前まで掲げる。
「もう治ったんですね。やっぱりキズ持ちだなあ」
中指を摘んで根元から先まで、皮に包まれて肉の奥、硬い骨の感触を確かめる。
「トカゲの尻尾とは違って、ちゃんと骨も再生してますね」
おもしろい。脊髄が擽られたような心地がする。研究者として興味惹かれる部分ではある。治る過程が見たかった。
「やめろっ……」
腕を引っ張られた。離そうとしているらしい。でも弱い、体勢を崩されるほどじゃなかった。
空いてる方の腕で、鼻の下を殴った。そのまま肩を押して床に倒す。腹の辺りに腰を据え、胸の上に片膝を乗せた。右腕は掴んだまま、左手は床に抑えつけた。
リウビアさんは呆然としていた。空いた口から短い呼吸音がする。あ、鼻血でてる。
改めて先日折った中指を観察する。細く長く、筋張った指だ。
そして、唇で指先に触れた。
自分の下で、リウビアさんが身動ぎした。さらにぞぶり、と口の中に含んでいく。爪が舌の表面をなぞった。無味とも酸味ともつかぬ味がする。
ついに前歯が根元に辿り着く。指先が喉に当たって違和感がひどい。
口の端から唾液が垂れる。リウビアさんの顔が引き攣っている。彼と目を合わせた瞬間、思い切り口を閉じた。
リウビアさんの呻き声がした。舌の先から血の味がする。ゴリゴリと硬い食感、顎に力を込め続ける。右手に爪が立てられて痛い。
やがて噛んでいたものが消え、口の中には何かが転がっていた。
ずるり、と吐き出すとそれは筋張った指だった。それとリウビアさんの右手、顔を見比べる。
「これ、返した方がいいですか?」
返答はない。ただ鼻と手から血を流している。
彼の髪を撫で、胸元に噛みちぎった指をおいた。
口元と手をハンカチで拭う。部屋を後にした。
楽しかった。けど、もういいかな。