ヴィーナスとジーザス ◇不倶戴天の間柄たる恋愛特異点殿へ
「恋愛特異点、まさか貴様に手紙を出さねばならない事態に陥るとは思わなかったが、これは決して貴様への手紙ではない。そのことによく留意するといい。貴様が連れていた他校の女子生徒、エーコー君を驚かせてしまった詫びを彼女にしたい。しかし貴様は知らないことかもしれないが何事も物事には段階というものがあるのだ、いきなり俺が彼女に直接手紙を出したとき彼女が覚えるのは確実に恐怖であり、彼女は怯えてしまうし、それは下手をすればストーカーと思われても仕方のない行動だ。それではお詫びの手紙にはならない。俺としてもそれだけは避けたい。
彼女が貴様を慕っているというのはあの短い邂逅でもよく解った、ついてはお前を介して謝罪の手紙を彼女に出したい。しかしただでそのようなことをさせてはお前と私の関係性が対等ではなくなる。相応の謝礼はする、謝礼の内容は貴様に任せてやるから謝罪の手紙を必ず渡してほしい。用件はそれだけだ、くれぐれも妙な気を起こしてはくれるなよ」
◇我が友人カルキへ「いきなり手紙を送ったことを許してほしい、君の知恵を貸してほしいのだ。俺の不徳がなすところだが、とある転光生の少女をひどく驚かせてしまった。それについては恋愛特異点を介してお詫びの手紙を出すつもりであるが、手紙だけでは誠意がないのではと思う。君の知人にカフェを運営しているという少年がいるのだろう? かの店の菓子類はとても評判がいいと聞いている、手紙と一緒に日持ちする菓子を誠意として送りたい。相手に菓子類を選ぶことなどよくあるのだが、俺だけではどうにも不安なのだ。どうか一考してほしい。返信は手紙でなくていい、久々に己の手で手紙を書くもので、勝手を取り戻したくて出したのだ。それでは、返信を待っている」
◇怨敵たる恋愛特異点へ「恋愛特異点、エーコー君にはお前が手紙と菓子を渡すとお前自身が確かに返信したな? だというのになぜ彼女と俺を二人きりにする! 確かに俺には彼女を害するつもりなど毛頭もなかったが、仮にも加害者と被害者を一緒にするなどと可哀そうなことをするな!
彼女が気を使ってくれたからいいものを、これではお詫びにならないではないか。そしてこの手紙に果たし状を同封した、非常に古風であるがもう貴様の所業にはもう我慢ならん、指定した場所に必ず一人で来い。いいな、先に言っておくが、エーコー君を連れてくるのではないぞ!」
◇わが友シトリー君へ「シトリー君、アプリからのメッセージではなく、手紙という形式をとったことをあまり気にしないでほしい。アプリでも問題はないのだが、俺の心情的な問題だ。未熟を恥じるべきなのだが、そう言ってられない状況なのだ。
シトリー君、君に折り入って頼みがある。もし知っていたら、今はやりのロックバンドをいくつか教えてはくれないか。出来れば早急に。理由は言いづらいので出来れば何も聞かないでほしい。急な手紙を出した挙句用件も急ですまないが、なにがしかのお礼は必ずする。どうか、知恵を貸してほしい」
◇ジャンボリーで苦楽を共にした本居シロウ殿へ「突然の手紙、大変申し訳ない。貴殿のギルドマスターについて苦情を申したく、一筆手紙を書いている。もしかするとギルドマスター本人から貴殿の耳に何か情報が入っているかもしれないが、エーコー君を私に会わせようとするのをやめさせてほしい。彼女がいつも怯えて身を震わせているのを悲しく思う、俺の存在が圧が強く大きな声が苦手だという彼女の心労となるのは重々承知している。ついては、恋愛特異点の謎の行動を止めてもらうことはできないものか。参謀の言葉ならば耳に入れると願っている、エーコー君を傷つけるのは、まったくもって本意ではないのだ」
◇ハクメンの君へ「不躾に手紙をお出ししたこと、どうか許していただきたく。お聞きしたいことがあるのです、女性が好む贈り物を、どうか教えてはくださいませんか」
◇エーコー君へ「君を傷つけるのは本意ではない、それは本当だ。君が傷つく姿を見るのが俺は嫌なのだ、出会って間もない存在が何を言っているのだと思うだろう。だが、君には笑っていてほしい。君は、笑顔こそ似合う。
あの言葉を、本気にしてもいいのか。俺は君が苦手とする概念をほとんど有している、そうしようとしていなくとも君を傷つけることがあるかもしれない。それでもいいのだろうか、君はそのままの俺を、その、好いてくれたという。君の心を疑いなどしない、けれど俺は何度も自分の意志で会おうとしてくれた君の心を汲み取れなかったのだ。
君へ、俺の意志で選んだ贈り物を一つだけ持っていく。俺の心として、それを選んだ。だからどうか、それを見て、俺という存在を本当に受け入れるか考えてほしい。君に惹かれている、在り方は儚いのに大地に強く根差す花のような君に。
どうか自分自身の感情を理解しきれていなかった愚か者に、その声で、答えを与えてほしい」