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    永久凍土 視界を白く染め上げんばかりの激しい雨が打ち付けるひさしの下で、バリアン七皇の紅一点・メラグは今朝方アストラル世界へ交渉に出掛けた兄・ナッシュの帰りを待っていた。

     過去数千年に渡り対立してきた二つの世界で幾度となく繰り返されてきた争いは七皇がバリアン世界に降り立ってからも止まず、七皇のリーダーであるナッシュは今回バリアン世界代表としてアストラル世界との和平交渉に踏み切ったのだ。だが、交渉相手となるアストラル世界代表は領民に対してさえ慈悲を与えない厳格な統治者・エリファスだ。交渉は難航を極め、両世界の住民は紅き世界と青き聖地の代表者会談を、我々の文明で言うテレビ画面と同様に、生中継放送しているいくつかの大きな異世界鉱石の前で固唾を呑んで議論の行く末を見守っていた。
     今回はナッシュが単独で交渉に臨んだため、七皇の他の六人はナッシュの玉座に続く階段の前で待機していた。数時間に渡って続き未だに結論の出ない論戦をおとなしく聞くのに飽きてしまったのか、アリトは中継画面から離れ、実体化させたBKバーニングナックラーモンスターを相手にスパーリングを始めた。ギラグはあのエリファス相手に正攻法で挑むのは無謀だと内心呆れつつも、かの厳格な守護神の冷たい仮面を突き崩すからめ手について何パターンも考えてはどれも有効ではなさそうだと思い至り己の無力さに項垂れた。ミザエルは、不穏な空気を感じ取って怯え背後から抱きついてきた銀河眼の時空竜ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴンの頬を撫でて宥めつつも、雲行きの怪しくなってきた議論ゆえかバリアライトに投影された映像を見つめる目つきが次第に険しくなっていった。ドルベはエリファスが掲げる弱者不要論に対して顔をしかめていた。自分たちがエリファスの信条にそぐわないからと疎まれ迫害されることよりも統治者が領民を守ろうとしないことに憤りを感じているらしく、バリアン世界への侵攻を企てるよりアストラル世界の内政を改善するのが先だろうと苦々しく呟いた。メラグはドルベの隣でナッシュの勝利を祈っていたが、議論が進むにつれてその可能性が極めて低いと悟り、いたたまれなくなった彼女は玉座の間を後にして七皇の城の出入り口へと向かった。ベクターはというと意外にも熱心に議論を聞き入っている様子だったが、その理由が単にナッシュの粗探しをしたいからであるのは本人の他にはベクターを蛇蝎だかつの如く嫌っているミザエルしか知らず、他の七皇はあのベクターにも真面目な瞬間はあるものなのかと吞気に感心していた。

     それから一時間後、止まぬ雨に表情を暗くするメラグの視界に紫色の光が飛び込んできた――ナッシュが帰還したのだ。庇の下に着地してすぐ、ナッシュは無表情に告げた。
    「交渉は決裂した。数日以内にアストラル世界から攻撃を受けるだろう。その前にバリアン世界の住民たちをアーク・ナイトへ一時的に格納する。その避難誘導と迎撃について七皇で話し合いたい。メラグ、会議の準備を頼む。」
     メラグはリーダーの指示に頷いて城の中へ戻った。リーダーはその場で暫し外を眺め、ゆっくりと瞬きをして城内に足を踏み入れる。
     バリアン世界に暮らしているのは七皇だけではない。普段は人型の姿をとらないが、数千から数万の魂が火の玉のような姿で紅き世界を漂っている。彼らは七皇の庇護下に生きる領民であり、バリアン世界の発展に貢献したと言われている。中には七皇よりも先にバリアン世界に来た者も少なからずいるが、若輩者だからと七皇に反発する者は見受けられない。それは七皇、というより七皇のリーダーであるナッシュの手腕を評価してのことだろう。
     彼は、自身にはその記憶は無いとはいえ、前世でも若くして大国を統べる王だった。その技量は転生によって失われることはなく、今世でも彼は紅き世界に君臨する王として民を守ってきたのだ。今回の交渉は彼にとって満足な結果とはならなかったが、その後取るべき対策について速やかに発議を決めた。人間で言えば十代前半という若さであるにもかかわらず彼は感情よりも理性を優先し、状況を冷静に見極めることに長けている。それは彼の王たる資質の一つを顕著に示していると言えよう。誰もが彼を若くして成熟した人物と評するが、大人びた理性に対して感情が年相応に未熟であるのは彼自身のひた隠しにする秘密であり、それが彼の精神に軋轢あつれきを生んでいる事実は彼の胸の奥深くに厳重にしまいこまれていた。
     ナッシュは背筋を伸ばし、長時間に渡った議論による疲労を感じさせないしっかりとした足取りで地下への階段を下る。七皇の城の地下には会議室があり、玉座の間の三分の一ほどの広さの空間の中央に円卓が置かれている他には大小いくつかのバリアライトが床や壁の一部から生えているのみで殺風景な部屋である。この部屋は地下にあり、壁・床・天井が分厚く丈夫であることから避難シェルターも兼ねている。ナッシュの魂の象徴であるサイレント・オナーズ・アーク・ナイトを一時的に実体化させバリアン世界住民を内部へ格納し、再度カードに封じ込めて会議室に持ち込めば領民共々外敵の攻撃から身を守れるというわけだが、問題となるのはバリアン世界全体に散らばる数多の住民をいかに速やかに混乱なくアーク・ナイトへ誘導するかだ。過去にも数度同様の避難を行ったが、避難誘導の際にパニックを起こしてあらぬ方向へ飛び去っていく者が少なからず発生したり、誘導のしやすさを優先し一本道を避難ルートに選んだ結果外敵に先回りされ、そのルートを先導していた七皇が応戦を余儀なくされ想定より大幅に避難が遅れたりと、その度に反省点が浮かび上がっていた。ゆえに今回の避難誘導においてもそれらの反省点を考慮してまた新たな避難ルートを決定する必要があった。
     会議室の円卓には既に六人が集結していたが、ナッシュは特別急ぐ様子はなく、威厳に満ちた歩調でゆっくりと自分の席に向かい、優雅な所作で着席した――ここで仲間を待たせては悪いなどと考えて下手に小走りになったり慌てた様子を見せては小物臭いと思われてしまい、他の七皇から幻滅されかねないのだ。あくまでリーダーとしての信頼を勝ち取る上で必要な戦略であって、けっして仲間を軽んじているわけではないことをナッシュの名誉のために明記しておく。
     この円卓には出入口から最も遠い位置を起点として時計回りにナッシュ、ドルベ、ベクター、アリト、ギラグ、ミザエル、メラグの順で着席している。座席の配置は不仲な者が隣り合わないことと、ナッシュの身の安全、そして七皇最大の問題児であるベクターをおとなしくさせることに重点を置いて決定されている。ベクターには常に目を光らせておかねばならないが、問題児をナッシュの隣に座らせてナッシュに不利益が及ぶのは避けたいというわけでナッシュとベクターの間にドルベを挟んでいる。また、ベクターとミザエルが隣り合うと主にベクターの側が物理的にちょっかいをかけて要らぬ争いを勃発させるため、二人の間にバリアン世界きっての武闘派であるアリトとギラグを抑止力として挟み込んでいる。メラグがナッシュの右隣に座るのは単に消去法で残った席だからというのもあるが、彼女がドルベと同様ナッシュの補佐役を務める立場であることやナッシュ側の〈妹を問題児に近づけたくない〉という心理も関係している。
     ナッシュが着席したことで六人の視線が彼に集まる。一度瞬きしてから彼は交渉の結果を簡潔に述べ、議題を提示した。その直後、案の定ベクターがナッシュに噛みついてきた。
    「テメエがしくじったせいで敵が再侵攻を決めたってのによくもまあそんな偉そうにできるもんだなァ?」
     ベクターは良くも悪くも知的生命体の心理に精通しており、彼から何かいちゃもんをつけられる度ナッシュにとっては痛い所を的確に突かれがちだ。今回は特に立場上自分一人の失敗の後始末を仲間に命じざるを得ないナッシュからしたら反論し難い文句を突きつけられてしまった。とはいえリーダーとして仲間に動揺を悟られるわけにはいかないナッシュは、円卓の下で密かに拳を握り締めつつも、無表情のまましばし無言を貫き平静を装うことに努めた。そのさなか、仲間を愚弄されたことで怒りの沸点に達したミザエルが天板に左手を叩きつけて立ち上がった。
    「ベクター、貴様!」
    「やめるんだ、ミザエル。」
     できる限り落ち着いた声音でナッシュはミザエルを制止する。しかし、当然それだけではミザエルは納得しなかった。
    「止めるな、ナッシュ! 中継を見た限りお前に落ち度は無かった! あれは全面的にエリファスとかいう男の頑迷さが──」
    「ミザエル、今は過ぎたことを論じている時間は無い。」
     刹那、見かねたドルベが割り込んだ。
    「ドルベ!」
     不服そうに睨みつけてくる友人に対し、ドルベは真っ直ぐに目を見て低めの声で諭す。
    「私もナッシュの努力が実を結ばなかったことはやるせなく思うし、ベクターがそれを嘲笑ったことに怒りを覚える。だが、今優先すべきはそれらに関する追及ではない。」
     言い終わるや否や、ドルベはナッシュとアイコンタクトを交わす。ナッシュはドルベに頷き、ブレーキ役のバトンを受け取った。
    「俺が奴と交渉し、結果停戦に持ち込めなかったのは変えようが無い事実だ。その点については申し訳なく思うが、アストラル世界側が再侵攻を決めた以上、今は仲間内で争ってる場合じゃない。さっきも言った通り、まずは住民の避難誘導ルートと各エリアの分担、次にアストラル世界からの侵攻に備える作戦を決定すべきだ。事態は一刻を争う。できれば今日中に結論を出し避難誘導と作戦準備に取り掛かりたい。わかってくれるな?」
    「……お前たちがそう言うのなら。」
     リーダーと友人の二人に諭され、ミザエルは渋々矛先を収めて着席した。一連の静か過ぎる顛末に、ベクターはつまらなそうに半ば瞼を下した。
    「……ケッ。」
     煽っても顔色一つ変えやしねえ、ムカつく。とりあえず殺害ポイント追加……などとベクターが内心毒づいていると、ドルベはバリアンが強い憤りを感じた時に見せる独特な赤色の光を宿した目でベクターを睨んだ。
    「ベクターも、一々揚げ足取りをするな。結束すべき時に和を乱しては仲間に危害が及びかねん。」
    「くっ……わかったよ。」
     ドルベの威圧に怖気づき、ベクターは姿勢を正した。というのも、リーダーをも蔑み一見恐れるものなど何も無さそうな彼が唯一恐れている人物がドルベなのだ。ナッシュのような何を言われても飄々ひょうひょうと受け流す人物やミザエルのような怒りの沸点が低い人物はベクターにとってさほど脅威ではない。しかし、ドルベのように常時温厚に振る舞いはするがかといって怒りを感じないわけではない人物というのは本気で怒った際にどれほどの威力の爆発を見せるかが未知数で、いわば地中に埋まった不発弾に匹敵する脅威であるのだ。ゆえにベクターはドルベの怒りが臨界点に達する前に降伏せざるを得ないのだった。
     ドルベがベクターをたしなめていた間、ナッシュの顔がほんの少しかげっていたように見えたが、彼はベクターがおとなしくなるとすぐに威厳に満ちた顔で議論再開を促した。メラグには兄のその微かな表情の変化が単なる見間違いだなどとは到底思えなかった。

     これまでの反省点を踏まえて策定された避難誘導ルートはこれまでで最も確実性が高いものとなり、バリアン世界の住民たちはスムーズに七皇の城の前に集結し無事にアーク・ナイトへ乗り込んだ。その後、七皇はこの日立てられた作戦に沿いデュエルモンスターズの魔法・罠カードを利用した罠を各所に設置する等の工作を行った。全ての作戦準備が完了したところでナッシュは七皇を召集し、会議室内での待機及び休息を命じた。そしてドルベにアーク・ナイトを預けると、ナッシュは暫く一人になりたいと言って城を後にした。その背にどこか危うさを覚えたメラグは、密かに兄の後を追った。

     たどり着いた先は城からさほど離れていないとある塔だった。バリアン世界には誰がいつ何の目的で建てたかは不明だが高さ数十メートルは下らないであろう塔が林立しており、七皇はめいめい私室代わりの塔を選び占有している。今ナッシュが足を踏み入れたのは彼の私室である塔だ。他の七皇の前とは打って変わって重々しく頼りなげな足取りで階段を数フロア上っていくナッシュの後を、メラグは一定の距離を保ち足音を立てぬよう慎重に追跡した。
     寝台の置かれた部屋へ入り、ナッシュは扉を閉めた。ただ眠るのであれば、いつ敵の攻撃を受けるか定かではない今私室へ戻る必要はないはずだと疑問に思ったメラグの耳に、即座にその疑問の答えが届いた――室内から、ナッシュがすすり泣く声が聞こえてきたのだ。声を無理矢理押し殺しているらしく、時折苦しげな呻き声が部屋から漏れている。嫌な予感がして、メラグは扉をノックする。
    「……誰だ。」
     すすり泣く声が止み、いつも通りの堂々とした声でナッシュが問いかけてきた。メラグが自身の来訪を告げると、ナッシュは不機嫌そうに言った。
    「お前らには会議室シェルターでの待機を命じておいただろう。お前はそんなことも理解できないほど愚かなのか? それとも、いい歳して俺が寝かしつけなきゃ満足に寝ることもできねえのか。」
     皮肉っぽい言い回しが彼の不機嫌さを物語っていた。だからといって引き返そうなどとはメラグは思わなかった。
    「ええ、そうなの。寂しくて眠れそうにないのよ、お兄様。城に戻りたくないのなら、今すぐ部屋に入れてもらいたいのだけれど。」
    「知ったことか。だったらドルベにでも寝かしつけてもらえ。」
    「そういうことじゃないのよ。」
     メラグが冷たい声で言い放つと、しばし沈黙の帳が下りた。ややあって、ナッシュは一段と低い声で問う。
    「……何のつもりだ。」
    「泣いているのでしょう、ナッシュ? あなたのことが心配で、おちおち寝てもいられないのよ。私でよければ話を聞かせてちょうだい。」
    「はあ? うるせえ、とっとと帰れバカ!」
     図星を突かれ、ナッシュは一転して幼稚な罵倒を繰り出した。それはむしろ余計にメラグの不安を煽ることとなり、彼女は兄の許可を待たずに部屋へ押し入った。その時彼女の視界に飛び込んできたのは、寝台のへりに座って枕を抱え込んでいる兄の姿だった。涙の乾ききらない目を見開き、ナッシュはメラグの方を見て硬直している。永遠にも思えた数秒間の後に、ナッシュは枕を放り投げて目を伏せ、赤いマントを手繰り寄せて身を守るように体を包み込んで言った。
    「一人になりたいと言っておいたはずだが。」
     ナッシュが妹にさえ自身の弱さを見せることを望んでいないのは明白だったが、それでもメラグの内に芽生えたとある疑念は彼女がナッシュの思い通りに振る舞うことを許さなかった。言っても兄が受け入れはしないであろうことを承知で、彼女は兄の正面に歩み寄って疑念を打ち明けた。
    「このまま放っておいたら、あなたが壊れてしまいそうだったから。」
    「壊れる? 何が?」
     メラグの発言に対し、ナッシュは目を閉じて冷笑気味に吐き捨てた。それを意にも介さず、メラグは淡々と心の内を明かす。
    「あなたの双肩にのし掛かる重圧が、紅き世界を統べる者としての理想の内に押し込められたあなたの精神を壊してしまいそうに、私には見えるの。」
     妹にまたしても図星を突かれた七皇のリーダーは頭を斜め前方へ向け、薄目を開けて部屋の隅を見つめて呟く。
    「……壊れないために、こうやって自力で解消してんだろうが。」
    「誰にも弱さを見せられないままじゃ、意味が無いと言っているの。」
    「はっ、御大層な大義名分を捏造してまで兄貴の無様な姿をわざわざ見たがるとはとんだ悪女だな。」
     ナッシュは目だけを動かして妹に冷たい目線を向ける。彼にとって自身の弱さを暴かれるのは凶悪な攻撃に等しく、ゆえに反撃として罵詈雑言を発するのは当然のことであった。だが、メラグにはそのような個人的な事情など関係なかった。
    「悪女で結構!」
     メラグはそう言って寝台に片膝を載せ、正面からナッシュに抱きついた。想定外の事態に目を丸くする兄に妹は囁きかける。
    「この場で起きたことは一切誰にも言わない。だからこの場でだけは、涙も声も我慢しないで。立場を捨てて存分に甘えて、弱音を吐いて。私があなたの拠り所になるから。あなたの苦しみを、私にも背負わせて。」
     メラグの請願が、ナッシュの心を覆っていた氷塊を瓦解させた。心が温度を取り戻すにつれナッシュの手がためらいがちにメラグの背に回り込み、彼女の右肩と背に置かれる。そして妹の左肩に顎を預け、ナッシュは慟哭どうこくする。
    「うっ、ぅ……俺たちが、何をしたって言うんだ。俺たちはただ、仲間と平穏に暮らしているだけだ! 奴らの攻撃から身を守ることはあっても、俺たちの側から奴らを害したことなど無い! なのに、魂がけがれていると難癖をつけられ、迫害され……ふっ、あ……穢れがあるなら石を投げつけて良いのか!? 害意が無くとも『正義』の側と思想が違えば、それだけで平穏に生きることさえ許されなくなるのか! そんなささやかな願いすら許されないのなら、いっそこのまま死んでやる! 誰も彼もを道連れにして! あああぁアァァあア!!」
     兄が心に抱える傷と痛みを受け止めて、メラグは兄の頭を撫でる。
    「よしよし、よく頑張ったわねナッシュ。大丈夫、私たちがあなたを守る。あなたのささやかな願いを叶える。だから、一度立ち止まって休みましょうか。」
     ナッシュはメラグの衣服を強く握り締め、肩を震わせ喘いだ。そんな彼をメラグはひたすらに抱き締め続けた。分厚い氷の中に閉じ込められていた種々の負の感情が混ざり合い濁流となってナッシュの内から溢れ出す間、メラグにできることは彼の涙が涸れるまで彼の体を支えてやることだけだったのだ。ナッシュの内側で長年に渡って蓄積されてきた淀みが清められるまでには三時間ほどの時間を要した。

     その後、落ち着きを取り戻した兄の隣に腰掛けメラグは微笑んだ。
    「憑き物が取れたみたいね。すっかり穏やかな顔になって。」
    「たった今あらたに他人に知られちゃ困る恥ずべき秘密が俺の肩にのし掛かったんだがな。」
     マントにくるまって不機嫌そうにそっぽを向いた兄に、メラグは問う。
    「恥って、誰に対する?」
    「あのな、誰にってことじゃねぇんだよ。兄貴が妹に縋りついて泣きわめくなんて、単純に『あってはならないこと』だろうが。」
    「別にいいじゃない、誰だって泣きたい時は泣けばいいし、誰しも隠しておきたい恥ずかしい秘密の一つくらいあるわよ。」
    「そういう問題かよ?」
    「そういう問題よ。」
    「……そういうことにしといてやる。」
     七皇のリーダーは天井を見上げてぼんやりと考える。
    〈男女の双子は結ばれなかった恋人同士の生まれ変わりだ〉なんて安っぽいロマンチシズムに酔う気はさらさら無いが、何度振り払われようとも諦めずに喰らいついてくるほどに本気で俺の身を案じたメラグの気遣いを無下すべきではないか……。
     プライドゆえに妹に辛辣な態度を取ったことを反省するも、やはり気恥ずかしさから素直になれず、ナッシュは虚空に呟く。
    「……俺の苦しみを背負いたけりゃいくらでも背負わせてやる。そんなに俺のことが心配だって言うならこれからも俺の側にい続けるんだな。」
    「ええ、是非ともそうさせてもらうわ。」
     二人は寝台から立ち上がり城への帰途についた。到着までの間、外に誰もいないのをいいことに、メラグはずっとナッシュの手を握っていた。

    終わり
    月城 衛@月光城塞 Link Message Mute
    2023/09/11 21:59:52

    永久凍土

    #遊戯王ZEXAL #二次創作小説 #バリアン七皇 #メラグ #ナッシュ #兄妹 #5001~10000字 #二次創作 #小説 ##ノベルス
    本文:約8千文字
    あらすじ:バリアン世界を統べる王としての重責を背負うゆえにいついかなる時も涙を見せず弱音も吐かないナッシュと、そんな彼を心配しつつも今一歩彼の内面に踏み込めずにいるメラグ。ある時、ナッシュの身を案じたメラグが彼の自室(バリアン世界に林立する塔の一つ)を訪ねるとナッシュの嗚咽が室内から響いてきて──
    ++++++++++
     遊戯王ZEXAL本編前時空のお話です。兄妹愛メイン・妹の想いの方が強めです。また、バリアン世界の建造物に関する妄想を含みます。
     ZEXAL本編にドルベたちがナッシュを絶対的なリーダーとして崇めているような描写がありましたが、尺の都合か〈人ならざる者となってしまった凌牙を人間に戻したい旧友たち〉の話が優先され〈七皇を率いるリーダーとしてのナッシュと彼を信奉する仲間たち〉の話があまり描かれていなかった気がするので、在りし日の七皇のとある一日を書いてみました。
    ++++++++++
    Language: Japanese version only (there is no English version).
    **Do NOT translate my novels. **
    **Do NOT execute machine translations on my novels. Machine translations such as Google, DeepL, etc. are NOT wise enough to translate my Japanese sentences into western languages. **
    ++++++++++
    Q. 何でナッシュはベクターへの恨み言を言わないの?
    A. この時点ではベクターのことを困った奴とは思っているけど別に恨んではいないんじゃないかな。ベクターを憎み出すのはあいつのせいで兄妹揃って死んだことを転生後に思い出した+人間界侵攻時(ZEXALⅡ)にあいつがドルベとメラグを虐殺したのを目撃したのが原因だろうし。

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