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    月嵐童物語 巻之参風が吹き、赤い花弁が宙に舞った。
    くるくると風に踊る無数の花弁を、花と同じ色の髪を持つ童子が夢中で追いかけている。と、花弁に気を取られすぎた童子が足をもつれさせた。だが、あわや転倒するかと思われたところで背後から強く手を引かれ、体勢を立て直す。

    −大丈夫か、よそ見ばかりしているからだ。

    かけられた声に、振り返る。そこには、舞い散る赤い花弁と同じ色の髪を持つ童子と対象的に、雪のように白く輝く髪と氷のように蒼い眼を持つ少年が佇んでいた。

    −兄上!

    少年を見た赤髪の童子が顔を輝かせ、弾んだ声を上げる。

    −兄上、ほら、ご覧ください。赤い花があんなに散って。

    −ああ、そうだな。今年は嵐が多いかも知れぬ。

    童子に兄と呼ばれた少年は、弟の手を握ったままに空に舞い散る赤い花弁を見上げた。

    −万が一の際にも民の生活に支障が無いよう、我らが気を配らねばならないな。

    −嵐が……。

    再び強い風が吹き、花弁が宙に舞う。嵐が来ると聞かされ、赤い髪の童子は思わず身をすくめ、傍らに立つ兄の手を握り返した。怯えてしまった様子の弟を見て、白銀の髪の少年は僅かに頬を緩ませる。握りしめた手は離さぬままにその場にしゃがみ込み、童子の眼を正面から見据えた。

    −大丈夫だ、そんなに怯えるな。

    舞い散る花弁と同じ色の髪を撫でながら、少年は告げた。

    −例え嵐が来ようと魑魅魍魎共が来ようとも大丈夫だ。お前も、我が一族も、この兄が守ってやる。

    力強い兄の言葉を聞いた赤い髪の童子は、またたく間に胸中の不安が消えていくのを感じていた。彼の兄は一族の歴史が始まって以来の神童と囁かれており、次期当主はこの白銀の髪の少年で決まりであろうと言う噂までもが半ば公然と流れていた。
    だが幼い童子には、一族当主だの神童だのと言う言葉が一体何を示すのかが理解できない。童子が理解できているのは、白銀の髪を持つ彼の兄は、周囲の大人の誰よりも強く凛々しく、誰よりも優しく頼りになる存在であると言うことだけであった。

    −……それが、それこそが我が役目であるのだから。

    兄に頭を撫でられながら誇らしげな想いに浸っていた童子は、ふと聞こえてきた声に先程までとは違う沈痛な響きを感じ、思わず顔を上げて兄の顔を見やる。彼の目に映った白銀の髪の少年は、何か酷く思いつめた様子でここではない何処かを見つめていた。

    風が吹き、赤い花弁が宙に舞う。
    兄の思い詰めた顔に得体のしれない不安を感じた童子は、なんとかそれを振り払おうと一段と強く兄の手を握りしめ、縋るように彼の白い顔を見つめた。だが、兄の沈痛な表情は変わらない。
    再び強い風が吹き、木々を揺らし、無数の赤い花弁を散らす。
    ああ、舞い踊り渦を巻く花弁に、兄が呑まれてしまいそうだ。その白皙の身体を真紅の花が覆い尽くし、何処か自分の手の届かぬ遠い所へ連れて行ってしまいそうだ……。

    −兄上!

    童子は恐怖に駆られ、無我夢中で兄の身体にしがみついた。赤髪の童子のその必死な様に、震える小さな身体に、白銀の髪の少年の表情もようやく和らぎ、口元に微笑みが浮かぶ。
    少年はゆっくりと立ち上がると、優しく童子の頭を撫でた。

    −お前の髪は、美しい色をしているな。まるでこの赤い花のような……

    伝説に謳われた彼の方のような……

    最後に兄が呟いた言葉は風にさらわれ、童子の耳に届くことは無かった。







    風が吹き、赤い花弁が宙に舞った。
    今年もまた、嵐を告げる美しい花が咲いたのだ。花と同じ色の、燃える炎のような赤髪を持つ若者は、風に舞い踊る花弁を眺めながら目を細めた。

    昨夜、若者は、彼ら一族を治める当主となる事を告げられていた。今や彼は一介の若者ではなく第二十七代一族当主であり、その身には一族内での絶大な権限と責任が伴う。
    自らの力量が認められて当主に選ばれた事は喜ぶべき事であり、若者自身もその目的のために日々辛い鍛錬を積んできたのだ。しかし、風に舞う赤い花弁を見やる若者の表情はどこか浮かぬ様子だった。

    次期当主の名を告げられたあの瞬間、隣で頭を下げ宣託を聞いていた兄の身体がびくりと震えたのがわかった。自分と同じように、いや、それ以上に次期当主になる為に辛く激しい鍛錬を重ねてきた実兄だ。なのに己が選ばれること叶わなかった悔恨と恥辱はいかばかりであろうか。それを思うと彼の胸は酷く傷んだ。
    だが彼は、だからと言って我が身に与えられし座を兄に譲る気は無かった。最も優れし者が長となり一族を統べるのは掟であり原則。兄とてそれは理解しているはずであるし、第一、誇り高い兄が同情で位を譲られることを良しとするはずが無い。
    二人の兄弟が同じ一つの座を目指す事を決めたならば、いつかこのような日が来ることはわかっていたはずだ。……わかっていたはずなのに。

    風が吹き、赤い花弁が宙に舞う。
    初夏を告げるこの花が美しく咲く年は嵐が多くなる。そう教えてくれたのも幼い頃より博識であった彼の兄だった。
    赤い髪の若者は、まだ何も知らなかった幼き日に兄と二人、舞い踊る赤い花弁の中で語り合った日を思い出していた。まだ一族の宿命も当主の責務も知らず、ただ無邪気に兄の背を追いかけていたあの頃の事を。
    幼い頃は片時も離れずに一緒に過ごし、眠れぬ夜は二人で布団の中に潜り込み、空が白むまで他愛もない会話をしていた程の仲の良い兄弟であったのに、一体いつからだっただろう。兄弟で会話を交わさなくなったのは。兄が、あからさまに自分を避けるようになったのは……。

    止まぬ風は木々を揺らし、花弁を散らし、その場に立ち尽くす若者の、燃える炎のような赤い髪を乱れさせた。遠くの空から微かに聞こえるのは雷鳴だろうか。

    ……一族第二十七代当主の彼の元に、実兄失踪の報が届いたのはその時であった。





    風が吹き、赤い花弁が宙に舞った。
    いや違う、あれは花弁では無い。可憐な花弁などでは無い。

    −此度も選ばれたのは其方のようだな。

    乾いた風の中で、白銀の髪の若武者が言う。彼の若々しかった肌は老人のように精気を失い、身に纏う黒曜の鎧装束は血と砂塵で汚れ果てている。変わり果てた姿の兄の、だが、その蒼い両眼だけは眼前の弟を射抜くような鋭い光を放っていた。

    −……だが、私でなければならぬのだ。

    −兄上……?

    −この世界を……我が一族を導くのは……

    舞い狂う風は一時も止まず、睨み合う二人の若武者の全身に砂塵を吹きつけてくる。ああ、なんと強い風だろう。重い甲冑で身を固めていると言うのに、ふと気を抜くと風に足をすくわれてしまいそうだ。まるで嵐の前触れのような……

    −長兄である、私でなければ……!

    白銀の髪の若武者は絞り出すような声でそう叫ぶと、ゆっくりと腰の大太刀を抜き、その切っ先を眼前の弟に突きつけた。

    嗚呼本当に、貴方であれば良かったと。

    対する赤髪の若武者は、無言で兄の眼を見やったまま、手に持つ得物を真正面に構える。

    貴方が我のこの手を握ってくれた、あの日に還れば良いのにと……。



    風が吹き、乾いた砂塵が舞い上がる。
    永劫の後か一瞬の後、二人の若武者が動いたのはほぼ同時だった。 

    …………そして。



    荒れ果てた大地に強い風が吹き、砂塵が舞い上がる。風に乗り、踊るように宙を舞うのは白く乾いた砂塵であろうか。いや違う。あれは花弁だ。嵐を告げると言う、美しくも不吉な赤い花の欠片。

    夏の初めの生家の庭先で、無数の赤い花弁が風に舞っていた。幼かった自分は夢中でそれを追いかけては足をもつれさせて転倒し、泥まみれになっては泣いていた。そんな時にいつも傍らにいてくれたのは、白銀の髪と蒼い眼を持つ彼の兄だ。
    兄は強く、賢く、頼もしかった。強い風が吹き、美しくも不吉な赤い花弁が宙を覆い尽くしても、兄はいつでも彼を導いてくれた。

    だが、今、彼の人は大地に倒れ伏し、真紅の花弁がその身体を覆っている。
    赤髪の若武者は、倒れたままにぴくりとも動かぬ兄にゆっくりと近寄り傍らに膝をつくと、彼の身体にまとわりつく赤い花弁を払おうとして手を伸ばす。ああ、舞い踊り渦を巻く花弁に、兄が呑まれてしまいそうだ。その白皙の身体を真紅の花が覆い尽くし、何処か自分の手の届かぬ遠い所へ連れて行ってしまいそうだ……。

    だが、何故だろう。地に倒れた兄の身体を覆い尽くすかのような赤い花弁は、払っても払っても、拭っても拭っても無くなりはしなかった。赤髪の若武者は、震えが止まらぬ手を強く握り、固く奥歯を噛みしめるとその眼を閉じ、深く深く頭を下げる。
    赤い花弁にまみれ倒れた白銀の髪の若武者の、もう二度と刀を握ること叶わぬ手のひらは、何かを求めるかのように広げられたままだった。



    風が吹き、赤き血のついた砂塵が宙に舞う。

    永劫に吹き続けるかのごとく風の中で、楽しげに笑う幼子達の声が響き、そして消えていった。

    fin




    MARIO6400 Link Message Mute
    2022/06/03 10:16:40

    月嵐童物語 巻之参

    月風魔伝UM、27代風魔視点の兄弟話です。
    ボカしてはあるけどゲーム後半のネタバレ注意です。

    #GetsuFumaDen #月風魔 #月風魔伝 #月風魔伝UndyingMoon #月嵐童

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