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    月嵐童物語 巻之五これは、白銀の髪と燃えるような赤い髪の兄弟、彼らが未だ少年と呼ばれる年頃であった時の話だ。

    生家の庭で得物の訓練に励んでいた赤髪の弟は、得物を使った演舞の最中ふと足をもつれさせた。たたらを踏んで転倒は免れたものの、踏みしめた右の足首に鋭痛が走る。どうやらおかしな方向に捻ってしまったらしい。
    顔をしかめてうずくまり、痛む足首を擦っていたところに、白銀の髪を持つ彼の兄が通りかかった。弟は慌てて立ち上がると兄に一礼する。力を込めた瞬間、痛めた足首に激痛が走ったが、声を出すのはどうにか堪えた。
    兄は頭を下げたままの弟を一瞥するとふんと顔を背け、そのまま歩み去っていく。
    弟に一言の声もかけぬ兄の態度に、彼の胸はちくりと傷んだ。だが、兄の冷たい態度は今に始まったことではない。彼らは血を分けた実の兄弟であるが、今や一族当主と言う至高の座を争う競争相手でもあったのだ。

    自らが望んで選んだ道とは言え、幼い頃は睦まじかった白銀の髪の兄との仲は修復しようが無いほどに冷え切った。それは赤髪の弟にとって身を切られるほどに辛いことであったが、だからと言って彼は同情心から兄に当主の座を譲ることも、わざと己の力を過小に抑える気も無かった。
    名高い戦士の一族に生まれたからには、実力の限りに至高の座を目指すのが当然と言うもの。例え競う相手が実の兄と言えども遠慮のできるはずはなかった。……しかし。

    まだ何も知らなかった、何も競い合うことのなかった幼い頃。白銀の髪の少年は、赤髪の弟にとって誰よりも頼もしく、優しい兄であった。弟が泣いていると兄はすぐさま駆けつけ、涙が止まるまで傍にいてくれた。時には彼の悪戯が過ぎて厳しく叱られた事もあったが理にかなったものであったし、彼らはどこに行くのにも、何をするにもいつも兄弟一緒だった……。

    今では遥か昔に感じられる幼い頃の記憶を懐かしく思い出しながら、赤髪の弟は痛めた足首の手当をしようと屋敷に向かって歩き出した。右の足首は力を込めるたびに鋭く痛み、庭から屋敷までの僅かな道のりがやけに遠く感じられる。
    情けないことではあるが、誰か従者を呼び手助けを頼もうかと思っていた、その時。

    彼の目の前に、先程通り過ぎていったはずの白銀の髪の少年が現れたのだ。口を固く結び、蒼い眼で彼を睨みつけているのだが、そんな兄の手には白い布と、打ち身用の膏薬が握られている。
    白銀の髪の少年は無言のまま顎を動かし、呆気に取られている弟に座るように促した。彼がそれに素直に従うと兄もまたその場に腰を下ろし、一言も話さぬままに彼の、痛めた側の足を指さす。
    ……ひょっとして兄は、自分の足の手当てをしようとしているのだろうか。
    赤髪の弟が呆然としていると、白銀の髪の兄は形の良い眉を釣り上げて弟の右足首を勢いよく掴んだ。掴まれた瞬間に激痛が走り、悲鳴を上げそうになったがなんとか堪え、そのまま兄のされるがままになる。

    弟の足の脛巾を外し、やはり赤く腫れていた患部に膏薬を塗る。酷く怒っているような乱暴な手付きではあるが、やはり兄は、彼が足首を痛めたことに気がつき、手当てをするために戻ってきてくれたようだった。
    ……なれば一言声をかけて下さればよいものを。
    赤髪の弟は、久しぶりに感じた兄の優しさに心が暖かくなるのを感じながらも、その不器用さに思わず吹き出してしまう。途端に兄に射殺さんばかりの眼で睨まれ、慌てて居住まいを正すのだった。

    足首に薬を塗った後に布で固定する。弟の手当てを終えた兄は無言のままに立ち上がると背を向け、その場から立ち去ろうとする。それを見た弟は慌てて腰を上げ、兄に対して礼を言おうとした。……だが、やはり捻った足首に力が入らずに足をもつれさせてしまう。よろめき、あわや転倒するところだった彼の身体を支えたのは兄の手であった。
    自分を見る兄の蒼い眼は険しく、その唇は固く一文字に結ばれている。だがその手は彼の身体をしっかりと支え、手のひらを通して彼の皮膚に温もりを与えていた。

    −兄上。

    返答は期待していない。だが、彼は言わずにはいられなかった。

    −ありがとうございます、兄上。

    予想通り、兄は何も答えない。
    兄とはここしばらくの間、会話どころか目を合わすことすらできていなかった。だが彼は、返答が無くとも十分であった。兄が自分の身体を支えてくれただけで。兄が自分の存在を気にかけてくれた、ただそれだけで……

    すると白銀の髪の兄は、またもや何も言わずに弟の腕をぐいと引っ張り、自分の肩に回した。予想外の出来事が立て続けに起こり目を丸くする赤髪の弟をよそに、兄は弟の身体を支えながら、館に向けてゆっくりと歩き出す。そして、彼の耳に届くか届かないかの小さな声で呟くのだ。

    −…………が、悪いのだ。

    −……は?

    久しぶりに聞いた兄の声。なれどその声はあまりにも低く小さいものだったので、思わず弟は頓狂な声を上げてしまった。

    −兄上、今なんと……

    兄は、そう問いかける弟を睨みつけると、次の瞬間勢いよく顔を背ける。そして、鼓膜が破れるかと思うほどの大声でこう叫ぶのだ。

    −重心の置き所が悪いのだ!!

    ……其方が使う得物の扱いは容易いものではない。重心の置き所を違えれば逆に得物に振り回される事となる。その結果が今のその無様な姿だ、この未熟者め、余計な手間をかけさせおって……

    ほぼ一息でそう怒鳴り終え、頬を紅潮させ息を切らす兄を見ていた弟は、腹の底からこみ上げる笑いを堪えるのに必死であった。なんと素直でない兄上か。口ではああも怒鳴りながら、射殺さんばかりの視線をこちらに向けながら、兄上はずっと我の鍛錬を見ていてくださったのだ……。
    ああいけない、ここで笑ってしまったら兄は自分を放り出して先に帰ってしまうに違いない。唇を噛み締め、身体を震わせて笑いを堪えながら、赤髪の弟は、何故だか己の目頭が熱くなるのを感じていた。

    白銀の髪の兄は仏頂面のまま、未だ強い口調で弟の得物の扱いについての文句を並べ立てていた。だが、その手は彼の身体をしっかりと支え、助けとなってくれている。

    久しぶりに聞いた兄の声。しかし聞こえてくるのは自分の得物演舞に対する悪口ばかりだ。……ああそうだ、もはや注意などではない。これはただの、我に対する悪態だ。
    だが彼は嬉しかった。例え刹那のことだとしても、再び兄と目を合わせられ、言葉を交わしあえたことが。兄が自分を見ていてくれ、助けになってくれたことが。彼は、本当に嬉しかった……。

    燃えるような赤髪を持つ少年の頬を、一筋のしずくが流れる。彼は兄に気づかれないうちにそれを拭い、微かな笑みを浮かべるのだった。

    兄の手は、暖かかった。

    fin.
    MARIO6400 Link Message Mute
    2022/06/03 10:21:09

    月嵐童物語 巻之五

    月風魔伝UM、嵐童の少年時代の二次創作小説です。弟視点からのお話。

    兄上はツンデレ!の巻。

    #GetsuFumaDen #月風魔 #月風魔伝 #月風魔伝UndyingMoon #月嵐童

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