夜明けの歌・3あなた。
お目覚めですか、あなた。
喉が乾いたでしょう、お水をもって参りますね。
何かお食べになりますか?
…………
そうですか、わかりました。
お腹が減ったらすぐに教えて下さいね。
あなた。
よく眠っていらっしゃいましたね、あなた。
とても安らかな、楽しそうな顔をされて。
素敵な夢でも見ていらしたのですか?
それともこの前のお客様のおかげかしら。
久しぶりに彼に会えて、元気そうな様子を知れて、私も嬉しかった。
彼は本当に変わってはいませんでしたね。私達が旅を続けていたあの時のまま。
よく笑って、冗談ばかり言って、歌が上手くて……
私もあなたも歳がいもなく、大騒ぎしてしまいましたものね。
さすがに、昔のようには身体は動かないと言っていたけれど、まだまだ元気そうでした。
あなた。
まるで昔に戻ったみたいで、本当に楽しかったですね、あなた……。
でも、やっぱりちょっとはしゃぎすぎたかしら。少し疲れてしまいましたね。
あなた。
またおやすみになられますか、あなた。
どうぞ、ゆっくり休まれてくださいね……。
あなた。
覚えていらっしゃるかしら、あなた。
今日は、終わる事のない夜が終わった日。
あなたがその聖なる力で、永遠の夜を終わらせてくれた日です。
そして、私達が知り合えた日。
あなたがその暖かい心で、私の心の氷を溶かしてくれた日です。
あなた。
あなたに出会うまで、私はずっと独りでした。
ぬくもりもやすらぎも知りませんでした。それを知る必要もありませんでした。
信じられる人などいませんでした。人を信じなければいけない理由がわかりませんでした。
自分が何のために生きているのかわかりませんでした。
ずっと、本当の自分を隠して生きてきました。
本当の自分とは何なのかわからなくなってしまうほど、長い、長い間……
あなたに出会えて、初めて私は人のぬくもりを知りました。
心のやすらぎを知りました。
誰かを信じることの大切さを知りました。
弱い自分を認めることができました。
あなたと一緒に生きていたいと思いました……
あなた。
聞こえていらっしゃいますか、あなた。
昨日の夜。
あなたの寝室に彼が来ていたことに、私も気がついていました。
いけない事だとは思っていたけれど、部屋の外で、暗い廊下で。
彼とあなたとの会話を聞いてしまいました。
彼は言いましたね。自分はあなたに永遠を与えることができると。
あなたの時間を止めることができると。
あなた。
ああ、あなた。
私たちはそれを望んではいけないのはわかっています。
思ったとおり、あなたは穏やかに、でもはっきりと。
彼の申し出を断りましたね。
でも、ああ、あなた。
あなた。
私は少しだけ、期待してしまいました。あなたが彼の申し出を受ける事を。
彼が与える永遠が終わらぬ深淵であったとしても、あなたと言う存在がずっとそこにあり続けてくれる事を。
ねえ、あなた。
あなたが教えてくださったあの歌を歌いましょう。
あなたのお母様が愛したと言う、あの歌を。
光を望み、朝を信じる。短いけれど暖かな旋律のあの歌を。
あの夜あなたが照れながら歌ってくれた、優しい歌を……。
あなた。
あなたはこの世界だけでなく、私の心も救ってくれました。
独りぼっちだった私を
愛を知らなかった私を
安らぎもぬくもりも知らなかったこの私を…………。
ありがとう、あなた。
本当にありがとう。あなた……。
あなた。ラルフ。
私のラルフ……
私を救ってくれてありがとう。
私を愛してくれてありがとう。
どうか何も心配しないで。
私はもう大丈夫だから。
あなた。ラルフ。私のラルフ。
愛しているわ。心から。
あなただけを愛してる。
ねえ、ラルフ。
一つだけ、わがままを言ってもいいかしら。
またいつの日か、きっと私と出会って下さいね。
ラルフ。
おやすみなさい、ラルフ……。
……ありがとう。
−fin.