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    聖なる夜の物語『平和になったら何をしよう』


    「美人を女房にして子供は四人」
    「世界中の書物を読み、知識をつけたい」
    「美味いもの食って寝たい」


    「なんだよ兄貴、その夢は……」
    「あなたらしいですけれど」
    「そんなに変かな。……それより、お前はどうなんだ?」


    ……そう問われた男は、何も答えない。



    それから、長い時が流れ。


    街には聖なる夜の訪れを祝う音楽が流れ、色とりどりのイルミネーションが大通りを行きかう人々の顔を照らしている。
    身体の芯まで凍てついてしまいそうな寒さに白い息を吐きながら、小さな屋台の店番をしている小柄な男がいた。こんな夜にまで仕事をするはめになるとは全くついていないが、ようやく自分の店を持てたばかりという立場を思えば仕方が無い。哀れな今の彼に出来ることは、仕事を終わらせることができる時間が訪れるのを足踏みをしながら待つことだけだ。
    もう少しだ、もう少ししたら光の速さで店を片付け、あらかじめ用意しておいた山のようなプレゼントを抱えて愛する妻と四人の子供の元へ帰り、その輝くような笑顔とともにご馳走が並べられた食卓を囲む……。
    やがて訪れるその瞬間を想像すれば、知らずに満面の笑顔になっていた。陽が落ちた後の空気は身を切るほどに冷たいが、家族の事を想うだけで心がじんわりと暖かくなる。彼は一つ大きく息を吐き出すと、足早に行きかう人の波に向け声を張り上げる。店じまい前の最後のひと働きだ。どうだい、身体が温まる、俺様の特製のスープを飲んでいかないかい?今日はクリスマスだ、安くしておくよ……



    身体が温まるという店主の呼び声と漂ってくる美味しそうな香りに気をひかれ、思わず足を止めそうになったが、今の彼女にはもう時間が無かった。屋台の前で声を張り上げる小柄な男の前を足早に通り過ぎたのは、金色の髪を持つ知的な美女だ。その長く美しい髪と澄んだ青い瞳は道行く男たちの視線を集めてやまなかったが、彼女はそのようなものなど気に留める風もない。
    分厚い専門書を何冊も入れ、底が抜けてしまいそうな重さの鞄を肩にかけ、片手にプレゼントの包みを抱えて恋人と待ち合わせをした場所へと急ぎながら、彼女はもう何度ついたかわからない溜息を吐いた。まったく自分の性格が嫌になる。こんな大切な日にまで現在手掛けている研究に没頭し、彼との約束時間を失念してしまっていたなんて。
    心優しいが心配性な所もある彼は、約束の場所に現れない彼女を心配し、腹を減らして、まるで捨て犬のような悲しそうな顔をしているに違いない。愛しい恋人のその姿は容易に想像ができ、彼女は思わず吹き出してしまう。
    だが、運悪くその瞬間をすれ違いざまに人に見られ、怪訝な顔をされてしまった。彼女は頬を赤らめて咳払いをすると、恋人へ贈るプレゼントの包みを抱え直す。包みの中身はきっと彼に似合うと思って前から狙っていた、落ち着いた色合いのマフラーだ。本当は手編みに挑戦しようと思っていたのだが、研究所始まって以来の才女と称えられる彼女の頭脳を持ってしてもできないことはあるのだと言う事を思い知らされただけだった。
    手編みかそうでないかなど関係ない、要は相手への気持ちがこもっているかどうかなのだ。
    休みなく足を動かしながら、彼女は思った。



    広場に立てられた、美しく飾りつけられた大きなもみの木の前で所在なさげに立ち尽くしていた蒼い眼の若者は、一つ大きなくしゃみをした。つい先程まで彼女との待ち合わせ時間を間違えただろうかと心配し、もしや何か事故にでも巻き込まれてしまったのかと言う所にまで嫌な考えが発展していたのだが、今しがた待ち人から連絡があって安心したのだ。まったく、こんな日だろうと研究に夢中になるとは勉学好きな彼女らしいと、そう思って笑ってしまった。
    約束の時間はとうに過ぎ去っており、身を切るような寒さに身体は冷え切っている。だが、これから彼女と過ごす幸せな時間を思えば何と言う事はなかった。うら若い女性ながら博士号をいくつも持ち、現在も到底自分には理解できない難解な研究の中心人物である才女が、どうして自分のような凡庸な男を好きになってくれたのかは未だにわからないのだが、今の彼は彼女を心から愛し、大切に思っていた。
    着古したジャケットで隠すように持っている包装された小箱の中には、彼女に渡す予定の銀色の十字架を模したペンダントが入っている。情けない話だが、自分の経済事情ではあまり豪華なものが手に入らなかった。女性が身に着けるものにしては地味に過ぎるかもしれない。果たして彼女は気に入ってくれるだろうか。
    今更言っても仕方のない話だが、こんな事ならばアルバイトをもう一つ増やしておくべきだったと彼は悔やんだ。大学へ行く途中にいつも利用している安くて美味い屋台でアルバイトを募集していた気がするし店主である小柄な男は気さくで話しやすい。肝心の給金もそこそこだったような気がする。今年はもうどうしようもないが、来年こそはバイトを掛け持ちしてでも彼女の美しさに相応しい宝石を贈れる男になろうと、そう心に決めたその瞬間、またもや彼は大きなくしゃみをしてしまった。慌てて口を押えると、先程から彼の隣に立っていた黒い外套を着た紳士が気遣わしげな視線を向けてきた。彼は顔を赤らめながら小さく謝罪の言葉を述べ、ジャケットの襟を合わせ直す。
    すると、紳士が話しかけてきた。今夜はやたらと冷えますな。
    よく通る、低い声だ。
    もうクリスマスですからね。そう答えながら顔を向けると、こちらを見ていた紳士の視線とぶつかり、彼は思わず息を飲んでしまう。
    人間離れした、と評してもおかしくない程に美しい男だった。同性であったとしても惹きつけられる程に整った顔立ちと白い肌、琥珀のような黄金の瞳。漆黒の髪を品良く後ろに撫でつけ、髪と同じ色の上質の外套で身を包んだ長身の紳士は、呆然としている彼を見やると、端正な顔に微かな笑みを浮かべて軽く会釈をし、その場から歩き出す。
    立ち去る紳士の後姿を見つめながら、残された彼は不思議な思いにかられていた。何か大事な事を忘れているような気がしていた。あの美しい紳士に、どこかで出会っているような気がしていた。ここではない場所、今でははない時間で……。
    だが、彼のその不思議な思いが形を成す前に、喜びに弾む声が彼を呼んだ。声のした方向に視線をやれば、大きなプレゼントの包みを抱えた愛しい恋人が輝くような笑みを浮かべ、息を切らしてこちらに駆けて来るところだ。
    駆けてきた勢いのまま彼の胸の中に飛び込んでくる彼女を受け止め、そのまま踊るようにくるくると回る。腕の中の恋人を強く抱きしめて笑い合う。
    ……さて、懐に入ったままのペンダントはいつ渡したものだろう。ぼんやりと彼が考えていると、積極的な恋人に両頬に手を添えられ口づけをされた。一瞬面くらったが、すぐに彼の心は例えようもない幸せに満たされる。彼は彼女の柔らかな身体を抱きしめると、もう一度深い口づけを交わす。ようやく店じまいをし、愛する家族が待つ我が家へと急いでいた小柄な男が、幸せな恋人たちを見かけて口笛を吹いた……




    幸せに笑い合う彼らを物陰から見やる、黄金の眼をした美しい男がいた。
    人々の笑い声と祝福に満たされた光景を微かな笑みを浮かべて眺めていた彼は、その琥珀色の瞳をわずかに細め、身に纏っていた黒い外套を大きく翻した。途端に男は一匹の小さな蝙蝠に姿を変え、夜空へと舞い上がる。

    蝙蝠は喜びと輝きに満ちた街を眺めやるように宙で大きく円を描き、闇の中へと消えていった。


    街に、教会の鐘が鳴り響く。
    やがて、雪が振り始めた。



    END
    MARIO6400 Link Message Mute
    2022/06/09 15:20:51

    聖なる夜の物語

    悪魔城伝説のお話です。現パロです。

    メリークリスマス!

    #悪魔城ドラキュラ #悪魔城伝説 #ラルフ・C・ベルモンド #ラルフ・ベルモンド #サイファ・ヴェルナンデス #グラント・ダナスティ #アルカード #現パロ #クリスマス

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