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    アルカード物語まるで城のような広く豪奢な邸宅の中で、彼は孤独であった。

    母は既にこの世に存在せず、友と呼べる同世代の者もいない。広大な領地を治める彼の父親は名君と呼ばれるにふさわしい領主であったが、最愛の妻の死以来心を閉ざし、全ての政務を投げ出して自室に籠り、何かにとり憑かれたかのように怪しげな魔術の本を読み漁るようになってしまった。
    息子である彼の呼びかけにも答えようとせずに独り部屋に籠る父を、しかし彼は、変わらずに慕い、敬愛していた。母を亡くす前の父は聡明な領主であり優しい父親であって、いずれ父の後を継ぎこの地を治めることになる彼は、そんな父を目標に勉学や武芸の修練に励んできたのだ。
    今は亡き母に、友も無く孤独な自分に、そして、この国とそこに住む領民に惜しみなく愛を与え続けてきた父を、彼はどうしても憎む気には、見捨てる気にはなれなかった。

    血を分けた兄弟も心を許し合える友もおらずに孤独であった彼は、唯一の肉親である父を愛し、信じていた。最愛の妻を亡くして以来人が変わったようになり、行わなければならない政務も何もかも放り投げて薄暗い部屋に閉じこもり、怪しげな黒魔術のようなものに傾倒してゆく父を。日を重ねる事に目に宿る光の怪しさを増し、まるで幽鬼のような顔色に変わっていく父を。
    だが、父親の口数は日ましに少なくなり、たまに部屋から出てくることがあっても、最早彼と言葉を交わす事も、目を合わすことすら無くなっていた。以前の父であればどれほど政務に忙殺されている時でも家族と触れ合う時間を作り、まだ統治者としては未熟である彼の意見にも耳を傾けてくれたと言うのに。

    変わりゆくその姿に心を痛めた彼は、幾度も父親に訴えた。どうか気を確かに、どうか目を覚まして元の聡明な貴方にもどって欲しい。今の貴方を母が見たならばきっと悲しむに違いない。どうか怪しげな黒魔術に惑わされずに目を開けて、貴方を慕う民を、貴方の国を見て欲しい……。
    ……彼の心からの訴えに、だが、父親の眼は赤く濁ったまま、無感動に息子を見返すだけだった。その変貌に彼は哀しみ、心を痛めたが、それでも彼は諦めなかった。実の父親にまるで他人を見るような目で見られ、一言の言葉も返してはもらえぬままに、彼は幾度も幾度も訴え続けた。
    だが、その訴えが父親の心を動かす時は、彼が最期を迎えるまで訪れる事はなかった。
    まるで城のような広く豪奢な邸宅の中で、彼は孤独であった。



    紅く巨大な満月が浮かぶ夜、広大な屋敷の一室で。
    その夜も彼は父親と二人きりで対峙し、必死で訴えを続けていた。そして、まるで何者かに魂を奪われてしまったかのような父親を相手とする不毛な空気の中で、彼は気づくことが出来なかったのだ。一切の感情を無くしたかのように彼を見やる父親のその目が、最早人とは思えぬほどに紅く濁り、その口元に不気味な笑いが浮かんでいた事に。

    魂が抜けてしまったかの様な父に激昂した彼がもう一度声をあげようとした、その時。父親が、手に持った何かを振り上げるのが見えた。そして次の瞬間、鈍い音と共に頭に衝撃が走り、彼の意識は闇に閉ざされたのだった。


    頭部の鈍痛に意識を呼び戻され、ゆっくりと目を開けた彼は、自分が妙な台座に寝かされていることに気がついた。
    身体を動かそうとして、首元と四肢が台座に備え付けられた鉄の輪で拘束されている事に気がつく。自由に動かせるのは僅かに指の先だけだ。
    異様な事態に、どうにか落ち着こうと視線を巡らせ周囲を見渡せば、そこは彼が見たこともない怪しげな部屋であった。周囲は暗く、そのほとんどが闇に閉ざされており、自分が寝かされている台座の脇の燭台だけが小さな炎を灯している。部屋の唯一の光源であるその炎は、まるで彼の動揺を表すかのように、風も無いのに微かに揺れていた。

    誰か、誰かいないのか。ここはどこだ。

    彼は叫んだ、つもりだった。だが、赤錆の浮いた鉄の輪が首元を締め付け、彼の喉から漏れたのは弱々しい呻き声だけでしかなかった。どうにか身体の自由を取り戻そうと必死でもがいたが、四肢を拘束する鉄の輪はびくとも動かない。

    ……すると、どこからともなく足音が聞こえてきた。一人ではない、複数の人物の足音だ。

    歩兵の行進のような規則正しい足音は、まっすぐにこちらに……彼が拘束されているこの部屋に近づいてくる。
    心の底から湧き上がる不吉な予感に、全身から冷たい汗が流れる。彼は四肢に死にものぐるいの力を込めた。早く、早くここから逃れなければ、何者なのかはわからない、だが、奴らが来る前に逃げなければ、恐ろしい事になる。
    彼は必死でもがき、叫び、助けを求めた。その激しい動きに拘束された部分の皮膚が裂けて血が滲み、彼の衣服を赤黒く染めた。

    足音が近づいてくる。彼は思わず父の名を呼んだ。賢明な領主であり、優しい父親であった男の名を。孤独な彼の目標であり、支えであった男の名を。
    足音が近づいてくる。どんどん近づいてくる……

    彼の叫びに、ついに、返事は無かった。


    ……正気を無くした目を持ち、その手に妖しい彫刻の成された長剣を握りしめた十人以上の男や女たちが台座を取り囲み、手足を拘束された彼を無表情に見下ろしていた。彼らの青白い肌に生気は無く、目には正気とは思えない光が宿っている。台座の燭台の炎が、彼らの顔に不気味な陰影をつけていた。
    これから起こりうる惨劇の予感に、彼の心臓は早鐘を打ち、滝のような汗が衣服を濡らす。そして、何よりも彼を絶望させたのは、彼を取り囲む虚ろな顔の男女の中に、彼自身の父親の顔を見出した事であった。優しく賢明で、彼の支えであり生きる上での目標であったその男は、闇に囚われ紅く濁りきった眼に狂気の光を宿して禍々しい長剣を握り、実の息子を見下ろしている。


    父上。

    恐怖と絶望に押し潰されそうになりながら、掠れた声で彼は言った。

    父上、どうか、目を覚ましてください。
    気高く聡明な貴方に、母や私を慈しんで下さったあなたに戻って下さい。

    彼の父親は、必死で言葉を紡ぐ息子を無表情に見下ろしている。その眼は赤く濁り切り、妖しい光を宿していた。だがその姿は、彼が愛する父親そのものなのだった。

    彼を取り囲む木偶人形のような男や女が、そして彼の父親が、手に持っていた長剣を切っ先を下にして握り直し、拘束された彼の身体の上へと移動させた。鋭い刃の先端が蝋燭の灯りを映して妖しくきらめく。
    恐怖と絶望に支配された脳裏の中で彼は思っていた。何故、何故このような事になってしまったのか。
    何が間違っていたのか。どこで狂ってしまったのか。父の変貌にもっと早く気づくべきだったのか。何か行動を起こすべきだったのか。だが、一体誰が、何が、彼の父親を、ここにいる人々を狂わせたのか。

    そして彼は思い出した。過日、父親の部屋で見つけた悪魔崇拝の書を。変貌していく父に苛立っていた彼はその書を汚らわしく思い、中身を見ることもしなかった。
    まさか父は本当に悪魔に魂を奪われてしまったのだろうか。彼は思った。ここにいるのは既に父ではなく、父の姿をした悪魔なのだろうか。


    父上。
    彼は呟いた。
    父上、どうか、どうか目を、


    ふいに目元が熱くなり、汗とは違う熱いしずくが目尻を伝う。

    父上、お願いですどうか。
    元の優しいあなたに、


    どうか、


    次の瞬間。
    一斉に長剣が振り下ろされた。


    まるで城のような邸宅の中で、青年は孤独であった。

    彼の母親は既に亡く、母を亡くした父親の魂は闇に墜ちた。

    実の息子をも手にかけ、人間としての一線を踏み越えたその男は自らを魔王と名乗り、更なる贄と血とを求めて己の領地を闇と鮮血で染め上げていった。




    彼は孤独だった。
    冷たい闇が彼を覆うその最期の瞬間まで、彼は、孤独だった。



    FIN.
    MARIO6400 Link Message Mute
    2022/06/09 15:28:37

    アルカード物語

    悪魔城伝説のアルカードが死んでゆく話です。
    そこまで酷くはありませんが暴力的な描写があります。
    アルカードの設定はFC版です。


    #悪魔城伝説 #悪魔城ドラキュラ #Castlevania #アルカード #ドラキュラ

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