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    本当の主人公1章1話「猫科」2話 クラス表3話 池崎4話 舌打ち5話 俺様6話 今度こそ、君を
    1話「猫科」

    真っ暗だ。
    上も下も右も左も分からない位の。
    自分の頬を撫でてみても感覚がなくて、まるで宙に浮いているような感覚。
    それとも、誰かに身体をぎゅっと掴まれているような。
    「…またこれか…」
    ため息交じりにつぶやくと、いつも通り
    「マツダリュウマ…」
    と、僕の名前を呼び、へらへらと笑うベリーショートの黄色いワンピースを着た6歳くらいの女の子が現れた。

    ワンピースから覗く少女の四肢はまるで骨のように細く、全体的に痩せこけている。
    「久しぶり、元気だった?ちゃんとご飯食べないとダメだよ。」
    と話しかけると、僕の話を遮るようにケタケタと笑いながら、ゆっくりじんわりと闇に溶けていった。

    …あー、そうだ忘れてた…そろそろ身体慣らさないと。

    少女が完全に消えたのと同時に、前方からまるで、アンプにヘッドホンを繋ぎ、大音量でベースの弦を全て同時に弾いた時のような威圧感を感じた。
    …あれ、何で僕ベースなんて弾いたことないのになんでベースって例えられるんだろ。
    …まぁ、いっか。

    緊張をほぐす為に大きく息を吐くと、さっき、女の子がいた場所から、彼女の着ていたワンピースのように黄色い目をした、獅子のような怪物が現れた。
    怪物の足元にバラバラの黄色い布切れが散らばっているから…多分この怪物はさっきの女の子なんだろう。

    まぁ、女の子の骨みたいな脚と違って怪物の脚は電柱より太いけど…。



    まぁ、これくらい
    いつもと同じ、普通普通。
    怪物が僕に襲い掛かってくるのも、いつも通りの普通普通。



    でも…僕の身体の何倍もある怪物に襲われるくせになんで僕は素手なんだろう。
    武器は無かったとしても盾くらいはあるべきじゃないの?
    まぁいっか。
    そんな事を考えてる暇があるならこの怪物から逃げる方法を考えなきゃ。
    まぁ…防具は持ってないけど、この怪物には何十回も追いかけられて、その度逃げ回っていたから大体の動きは読める…ってのが唯一の救いかな。

    「ギャオォオオオオオオオオ!!」
    と怪物が雄叫びを上げ、いつも通り僕に向かって飛びかかって来た。
    それをごろっと転がって避け、右腕で地面を押して体を少しだけ起こし、クラウチングスタートのような格好をしてから、ゆっくりと戦闘系のアニメとかでよくある、主人公がお腹に穴がいっぱい空いていて、頭から血をぼたぼたと流すくらいの重傷を負っているのに、
    「俺は死んでもここを動かないぜ…。」と言いながらニヤリと微笑むかっこいいシーンのように立ち上がる。

    その主人公達と少し違うのは、僕は傷一つ負っていなくて、ただ「かっこいいなぁ〜…」と思ってやっているということ。
    僕もあの主人公達みたいになりたいけど…多分無理だろうな…。

    ……なんか悲しくなってきた、後で泣こ。


    …よし、いつもはただ怪物に追われるだけだけど…今回はちょっと反撃してみようかな。

    立ち上がって怪物を睨み、右手の人差し指で怪物を指差し、手をくるっと裏返してから、人差し指と中指をちょいちょいと内側に折り曲げる。
    すると怪物が大きな声を出してこちらに向かって来た。
    「…乗ったな、このデカブツめ…。」
    と、独り言を呟き、怪物の攻撃を片腕で受け止める。
    ちょっと下ネタっぽく聞こえたかなぁ、なんて考えながら怪物の鼻頭を押さえ、ニヤリと微笑み押し込むと怪物が後退りし、僕をギロリと睨む………わけもなく
    怪物の鼻頭を押さえる暇もなく

    僕をまるで道端に転がる石を蹴るように躊躇なく吹っ飛ばした。
    「ぐぁぁあ!!うあぁああ!!!」
    身体に一ミリも痛みはないけど、何と無く雰囲気で大声を出してみる。
    「足があぁあああ!!」
    勿論無傷だけどさ、なんとなく雰囲気ね、雰囲気。


    目が霞み、怪物の歩く音がどんどん僕に近付いてくる。
    「…格好悪いなぁ、僕。」
    瞳を閉じ、今度こそ死ぬレベルの痛みを覚悟してみても……その痛みはなかなか来ない。
    この馬鹿怪物め…焦らしやがって…。
    目を開け、僕を舐め腐っていやがる怪物の顔を見てやろうとすると…。




    そこには怪物ではなく、見慣れた天井があった。



    …そりゃあ、夢だよね…。

    右目を擦りながら、左目で部屋をキョロキョロと見回し、ベッドサイドのチェストに置かれているデジタル時計を見てみると、まだ朝の5時34分だった。

    …なんだ、まだ寝れるじゃん…。
    毛布の中で軽く伸びをして、ぼーっと天井を見つめる。
    …あの夢のせいで寝た気しないし…二度寝しよっかな。
    そう考えながら目を閉じると、いつの間にか目が開かなくなって…。
    …嗚呼、二度寝は至福なり…。

    布団と同化する寸前で、僕の耳元でけたたましいサイレンのような音が大音量で鳴り響いた。
    「うわああ!!」
    その音に驚き飛び起きると、爆音のサイレンは僕の携帯から鳴っていた。
    あ…危ない警報とかじゃなくてよかった。
    と思いながら、携帯のアラームを止める。
    …今度は邪魔させないからな。
    今度こそ…意識を再び闇の中へ…。

    と、その時、二度目のアラームが鳴った。
    今度は携帯だけじゃなく、軽く押しただけじゃなかなか止まらない目覚まし時計も一緒に。
    「ああああああ!もう!!設定したの誰!!」
    言わずもがな、僕である。
    騒音が耐えられず飛び起き、驚きで震える手で携帯を止める。


    目覚まし時計は、昨日の自分への憎しみを込めて思い切りチョップしておいた。


    洗面台に行き、顔を冷水でバシャバシャと洗うと、少しだけ目が覚めた。
    気がする。
    タオルで顔をゴシゴシと拭いた後、歯磨きの準備をしていると鏡の自分と目が合った。
    鏡に映る自分は、髪がこれでもかというほど乱れ、目が絵に描いたように綺麗(?)な半開きで…

    でも、なぜか何年も見た顔だけど、少し違和感を感じた。

    まるで、誰かに監視されているような、そんな違和感を。


    「………いやぁ…そんなわけないね、中二病拗らせるのやめよ…僕もう高校生だし…。」
    と独り言を言い、歯ブラシに小指の爪くらい歯磨き粉を出す。






    歯を磨き終わり、黒白ストライプのカーテンと、ベランダの戸を開け朝日を浴びる。
    …いい朝だ。
    すると、足元から「にゃー」と声がした。
    お隣の大原さん家の黒猫だ。
    大原さんは仕事がかなり忙しくて、猫をあまり構ってあげられないと言っていた。
    そのせいか、大原さんより近所の人に懐いているらしい。

    大原さんも近所の人に「もし来たら構ってやってほしい。」と言っていた。
    「また来たのかー、待ってろよ?今ご飯持って来てやるからな!」
    と話しかけると、「にゃー」と返事した。



    戸棚に入れてある、猫用の缶詰を黒猫の前に置く。
    「味わって食えよー、それ2個買うお金あったらご飯お腹いっっぱい食べれるんだからね?」
    と、猫に文句を言っても聞こうとせずむしゃむしゃと食べ続けた。
    …まあ、かわいいからいいや。
    猫の頭をそっと撫でると、食べるのをやめて僕の手に頬をすりすりと擦り付けてきた。
    …ああああ、もう…かわいい…。

    「僕お前のためにバイト頑張るよ!だから毎朝のご飯を楽しみにしててね!」
    「にゃー」


    お腹がいっぱいになった猫が大原さん家に帰る姿を見守った後、僕も自分のご飯を用意して食べる事にした。
    ご飯といってもカップ焼そばなんだけどね…僕が自炊できたら良かったんだけど…。
    こんな時にお母さんの料理が恋しくなるんだよなぁ…。
    後でご飯のレシピを教えてもらおうかな。

    僕は、去年の秋頃から一人暮らしを始めたんだ。
    理由は、お父さんがもうすぐお仕事の事情で県外に行くらしくて、それにお母さんもついていく事になったんだ。
    本当は僕も付いて行きたかったんだけど、幼馴染の智明と離れたく無かったから、僕一人だけがここに残る事にしたんだ。

    お父さんとお母さんも最初は困ってたんだけど、僕がワガママを言ったのがそんなに珍しかったのか、すぐに了承してくれた。

    あと数ヶ月しかここに住めないけど、この家の契約期間が終わる頃には、お父さんとお母さんも帰って来る筈。
    …いや、やっぱりお母さんに電話するのはやめようかな。
    今の時期は相当忙しいだろうし…。
    分かんないけど。




    ご飯を食べながら携帯のカレンダーアプリを開き、今日の予定を確認していると、16時から3時間バイトがあるとメモしてあった。
    それと…今日は始業式。
    あぁ、どうりで早めにアラーム設定したわけだ。
    昨日の僕、憎んでごめんよ。



    焼きそばを片付け、制服の袖に腕を通す。
    …今日で2年生になるのか。
    友達増えたら良いな、なんて。
    制服を着替え終わり、携帯に電源を入れて時間を確認する。
    「あ、時間…!」

    鞄に筆記用具と携帯を入れ、急いで家を飛び出し、自転車に跨り大急ぎで高校に向かう。

    「初日から遅刻はまずいって……」
    2話 クラス表
    高校に到着し、少し駆け足で二階に上がり、掲示板に貼ってあるクラス表を見に行く。
    よかった!時間はまだ大丈夫だ!
    …だけど、掲示板の前には面白いくらい人が集まっていて、背伸びしても人の頭しか見えない。

    こうなったら人を掻き分けて…!!
    でも、いきなり肩を触って行ったらびっくりするだろうから、ちゃんと声をかけなきゃ。
    と思い、前の人に声をかけてみると、肌が雪のように真っ白で、鼻がすらっと高いかなりの美人さんがゆっくりとこちらを向いた。
    髪は肩までのボブで、女の子から見て右側のもみあげだけが短かった。
    そして、寝不足なのか、目の周りは少し黒ずんでいて、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

    「あ、えっと…その…」
    その子の目を見ると、さっきまで考えていた言葉がいきなり出てこなくなった。
    …あんまり人と話すの得意じゃないんだよな。
    それに…すごく失礼だけど…この子ちょっと怖いや…。

    すると、気を使ってくれたのか、女の子の方から話してくれた。
    「あっ、もしかしてクラス表ですか?実は私もまだ見れてなくて…」
    と、申し訳なさそうな顔をした。

    …あれ…この子、結構控えめな子なのかな。
    人を見た目で判断しちゃダメなのに…ごめんね、もみあげちゃん…。
    「そうなんですね…いえ!大丈夫ですよ!」
    ……大丈夫じゃないけど。
    もうすぐチャイムが鳴りそうなのに…どうしよう。


    その時、人だかりから幼馴染の声がした。
    「おーい龍―!俺ら同じクラスだったぞーー!!!」
    と叫びながら、人をかき分けてこっちに向かってきた。
    …勇気あるなぁ。
    すると、前の子が僕とこっちに向かってくる奴を見てから恐る恐る話しかけてきた。
    「あの人、知り合いですか?」
    「…はい、友達です…」
    …なんか、すっごい恥ずかしいんだけど。

    自分のおでこに手を当てながら大きく溜息を吐くと、女の子が口に手を当て、クスクスと笑ってくれた。
    「ふふ……積極的な人なんですね。」
    「…はい、積極的が擬人化したような奴です…。」
    …バカ智明…なんか恥かいたじゃん…。
    「仲良しなんですね…あ…なんか…行けそうなので行ってきますね…!あのお友達にお礼言っといてください!」
    クスッと笑ってからそう言い、人混みをすいすいと通り抜けて行った。
    「あ、あの…名前…教え…て…く……」
    …あー、見えなくなっちゃった…。
    …あの子と同じクラスだったらいいな。


    あの女の子のことを考えていると、
    「龍―!!一年間よろしくな!!」
    と、言いながら爽やかな笑顔で肩を組んでくる、積極的の擬人化、沢田智明。
    智明は金髪ってだけでも派手なのに、右耳にピアスを2つ、左耳に3つ開けてる。
    それだけじゃなくて、シャツのボタンを2つ開けている、誰が見ても「チャラ男」というくらいのチャラ男。

    でもそれに似合わないくらい顔つきが爽やかで女子からすごくモテる。
    それに生まれつきガタイがいいから性別問わず色んな人達からモテるんだよなぁ…いいなあ…。

    「うん!ていうか…僕の名前も見てくれたんだね…ありがと…!」
    「気にすんなって!いやあー!!やっっっっとおんなじクラスになれて良かったぁあ!!」
    と、大袈裟なくらい喜び、僕の背中をばしばしと叩く智明。

    「痛いよ、やめて、通報するよ。」
    「あ、ごめん、でも何年も一緒にいるのに1回も同じクラスになったことないんだぜ!?今年は奇跡だなぁ!」
    謝っておきながらも、一ミリも悪びれる様子がなく、目を覆いたくなるくらい眩しい笑顔で喜びを伝えてくる。
    智明は本当に朝から元気だなぁ…。

    「だね…まぁ…僕も智明とやっと一緒になれて嬉しいよ?」
    僕からも喜びを伝えると、満足したようにまたニッコリと笑った。

    「じゃあ同じ教室になった記念に…手繋いで行くか?」
    「一緒じゃなくても行ってたでしょ、握らないで、殴るよ」
    「あはは、そういえばそうだったな!」
    なんてくだらない事を、所々で人の話し声がする廊下で話す。

    …あ、そういえば聞き忘れてたな。
    「ねえ智明、僕らって何組?」
    と聞くと、ポケットに入れていた手を出し、自分のもみあげあたりの髪の毛を人差し指と親指で整えながら
    「あ?あ…そういやあ言い忘れてたな…一組だぞ。」
    と、答えてくれた。
    …智明…自分の髪の毛そんなに気になるのかな。
    そんなに気にしなくてもかっこいいのに。
    なんて、智明には絶対言ってやらないけど。

    「一組かー…一組になるのは中一の時以来かな。」
    少しだけ気まずい雰囲気になってしまった事を誤魔化すかのように僕から話を切り出すと
    「確かそうだな…そん時俺二組でよー!毎回授業終わった時龍のとこ行ってたな!」
    と嬉しそうに話し始めた。

    中学か…。
    …あれ、そういえば…中学生の時も小学生の時も、最近でも休み時間は毎回智明が廊下から
    「龍―!ドッヂボールしよーぜー!」
    とか
    「おい龍!暇か!?バレーしようぜ!!」
    とか
    「龍馬!!バスケしようぜ!!勝ったら負けゲーム!!」
    とか言ってきたっけな……
    いつも大声で呼ばれるから恥ずかしかったんだよな……。
    ……あれ……?

    「ていうか一年の時だけじゃなくてずーーっと僕のとこに遊びに来てんじゃん…」
    そうだ…クラスが違うからずっとクラスメイトからチラチラ見られたり笑われたり
    「お友達元気だねー!」とか言われてたんだ……。

    「言われてみればそうだな!はは!俺はお前の金魚のフンか!」
    と、全く悪びれる様子も気付くはずもなく、いつも通り爽やかすぎる笑顔で自虐ネタをぶっ込んできた。
    …自虐ネタをぶっ込むってことは少しは気にしてるのかな…?

    「金魚のフンとかまんま智明って感じだね……」
    「あ…?お?いやそれどういう意味だ?説明次第ではげんこつだぞ?」
    「ごめんごめん……ふふ。」
    と、いつも通りくだらない会話をしながら一組の教室に入り、黒板に貼ってある座席表を見る。

    僕は35人のクラスで、出席番号32…
    結構後ろの方だな…。
    智明の出席番号は…19ね。
    そして、一番重要な僕の席は…窓際で前から2番目か。




    すると、隣から嫌そうな声で智明が話しかけてきた。
    「うげ…俺席ど真ん中じゃん…!龍羨ましいなぁ…松田智明にしてくれよ…毎朝味噌汁作るから…」
    「あーそういうのいいから、黙って」
    「はい、ごめんなさい」



    自分の席に座り、筆記具を机の上に出す。
    時計を確認してから教室を見渡すけど、朝会ったあのもみあげの女の子は見当たらなかった。
    …違うクラスだったのかな。
    あの子のことを考えていると、ふと、さっきのあの子からの言葉を思い出した。
    そうだ…智明にあの子からのお礼言わなきゃな…。
    席から立とうとした途端、始業式開始のチャイムが鳴った。
    …タイミング悪いな…。


    黒板側のドアから担任の先生が入ってきて、黒板に大きく自分の名前を書いてから自己紹介をし始めた。
    「初めまして!今日から皆の担任になる「狭山恵美」と申します!担任を持つのは今回が初めてなんだけど……」
    担任の先生女の人なんだ…。
    こげ茶のショートで、白いシャツを肘あたりまで折った、かなり綺麗な女の人。
    担任の先生にこんなことを思うのはなんかアレだけど…智明の女の子版みたいだ…。

    先生の自己紹介が終わり、クラスの男子諸君が先生に質問をし始めた。
    「めぐみさんって彼氏いるの!?」とか
    「可愛いですね!」っていう質問ばっかりだけど。
    そして大体の質問をしている奴が幼馴染だという事実。
    そして先生はというと僕の幼馴染から「可愛い」と言われ耳まで真っ赤にしている。
    …智明のクラスの担任になった女の人達はいっつもこんなんだったのかな。
    もしかして男の人たちも…?

    「も、もう!先生のことはいいから!そろそろみんな自己紹介しなさい!罰としてみんなに好きなタイプ言わせるよ!?」
    と、みんなをキョロキョロと見る狭山先生。
    好きなタイプは…ちょっとなぁ…。
    「髪が短い子」とか言ったらショートの女の子達からの視線が痛そうだからなぁ…。
    「俺めぐみさん!」
    こいつは…!!
    「やめなさい!もう…えっと…池崎君から!自己紹介と同時に好きなタイプもお願い!」

    と、先生に話しかけられ、ビクッと震える出席番号1番の男の子。
    …こういう子は応援したくなるなぁ。
    そっと立ち上がり、長い髪の毛で顔を隠し、高めの身長を誤魔化すように背中を丸め、服の裾をぎゅっと掴みながら小さな声で自己紹介を始めた池崎君。

    「頑張れー…」と心で小さく応援しながら池崎君を見つめる。
    「…あっ……ぃ…池崎…明人です…。」
    みんなからの視線が怖いのか、少し顔を上げたと思ったらすぐ俯き、言葉を続けた。
    「す…好きなタイプは……えっ…と………優しい人…?…です…よ…よろしくお願いします…。」
    言い終わった後、深く深く頭を下げ、急いで座った。
    よく頑張ったね池崎君…!君は勇者だ!
    …池崎君か、何処かで聞いたことある名前だな。

    「観月です、好きなタイプは顔が綺麗な人。」
    「なっ、なんですかそれ!ちゃんと苗字も言って!」
    池崎君が自己紹介をしてからというもの…なんだか池崎君がすごく気になり、他の人が自己紹介をしている間もチラチラと池崎君を横目で見てしまっている。
    すると、僕からの視線に気付いたのか、僕をじーっと見つめ、少しお辞儀をしてくれた。
    …守りたい…。
    池崎君に向けてにっこり微笑むと、少し驚き、急いで目を逸らした。
    ……怖がらせちゃったかな…?

    池崎君と無言のやり取りをしていたら、いつのまにか智明が自己紹介をしていた。
    「俺は沢田智明!好きなタイプはー……そーだなー…趣味が合う人?かな!髪の毛は長いほうがいい!とにかく!よろしく!」
    と、智明が自己紹介した途端、クラスの髪が短い女の子達がそわそわし始めた。

    ……イケメン死すべし。

    あ、そうだ…僕も自己紹介しなきゃいけないんだ…。
    好きなタイプか…どうしようかな…。

    「松田龍馬です、好きなタイプは…友達思いな人…かな、よろしくお願いします…」
    と言ってから、お辞儀をし、席に座る。
    ぶ…無難だったよね…?浮いてないよね…?大丈夫…。

    大きく息を吐いてから、後ろの席の人の自己紹介を聞く為に身体を少し後ろに向けると、視線の隅で僕に向かって口パクで
    「龍の好きなタイプって俺か!!??」
    と言っている智明が見えた。
    違うから、黙ってて。



    始業式が終わり、鞄を肩にかけると、智明に肩をトントンと叩かれた。
    「なぁ龍、今日バイトあるか?」
    もしかしてご飯とか遊びに誘ってくれるのかな。
    「うん、4時からあるよ」
    と言うと、
    「4時か!4時まで暇なら一緒に飯食いに行かね?」
    やっぱり!さすが幼馴染!
    「いいよ!どこ行く?」
    「そーだなー…ラーメンとか牛丼とか食いてえなー」
    「じゃあオムライス屋さんにしよう」
    「おい俺の意見無視か!!」


    と、智明と話していると、一人で帰る支度をする池崎君が目に入った。
    …なんか…放っておけないな…。
    「ねえ智明、池崎君誘っていい?」
    と尋ねると、笑顔で答えた。
    「池崎?あー!いいぞ!俺もあいつ気になってたしな!」
    やっぱり智明も気になってたんだ。
    「じゃあ僕誘ってくるね!」
    「おう!頼んだ!」


    席を立とうとした池崎君に
    「池崎君…だよね?あのさ、もしこれから用事ないなら智明と僕と一緒にご飯食べに行かない?」
    と、話しかけると、首を傾げ、前髪をすこしだけ分けて、僕をじっと見つめた。
    「…あ、いきなりすぎたね…ごめん…僕は松田龍馬、確か…自己紹介の時目合ったよね?」
    と言うと、すこし頷き小さな声で
    「勘違いじゃなくてよかったです」
    と、呟いた。
    …覚えててくれたんだ。


    前髪からちらちらと見える鼻や目を見る限り、池崎君はかなりイケメンだ。
    それに声もかっこいいし身長もかなり高かった。
    でも良いところ全部を前髪と仕草で隠してる、宝の持ち腐れだよ…。
    「………あ…あの……」
    「…え?あ、ごめん!!」
    しまった…池崎君の顔じっと見ちゃってた…!
    怖がらせちゃったかな…
    「ごめんね!池崎君…」
    「大丈夫ですよ…その…すみません…ご飯…食べに行くんですか?」
    …あ、そうだ!智明のこと紹介しなきゃ…
    と考えていると、智明が池崎君の肩に腕を回し、耳元で話しはじめた。
    「よー!池崎ー!俺沢田智明!池崎って今恋人とかいるのか?」
    智明の大馬鹿野郎!!!

    「あ……?えっ……恋人…?……居たことない……です…。」
    ほら、戸惑ってるじゃん!!
    側から見たらただのイジメだよ…。
    …というか…池崎君恋人居たことないんだ…みんな見る目がないな…。
    「居たことねえのかー…お?お!!お前結構綺麗な顔してんじゃねえか!何前髪なんかで隠してんだ?勿体ねえぞ!」
    すると、智明が明人君の顔の良さに気付いたのか、池崎君の頭をわしわしと撫で始めた。
    肝心の池崎君は…。
    「あー…髪の毛が……」
    …良かった、満更でもなさそうだ。
    3話 池崎



    「だーかーらー!!俺はラーメンが食いてえって言ってんだろ!」
    「僕はオムライスって気分なの!!」

    こんにちは、松田龍馬です。
    珍しく智明と意見が分かれて、校門の前で言い争っています。
    …って、誰に対して話してんだろ。

    「俺は昨日の夜からずっと今日の昼はラーメンを食うって決めてんだよ!」
    「ねえ智明!たまには人に合わせること知ったら!?」
    「うるせえ!!お前が合わせろ!!」

    智明の事は…まぁ嫌いじゃないけど、こういうところは大っっ嫌いなんだよね…。
    「俺に合わせろ!」とか
    「俺が正義だ!」みたいな。
    いわゆる「俺様」ってやつ?
    気に食わないな…。

    お互い睨み合い、ばちばちと火花を散らしていると、池崎君が止めに入ってくれた。
    「ま…まぁまぁ…ここは公平に…」
    「池崎すまねえ、これは俺ら二人の争いだ…。」
    「えぇえ…」
    「僕も、池崎君は巻き込みたくない。」
    「えぇええ…」

    池崎君の優しさも僕ら二人の怒りに揉み消され、このままじゃ殴り合いになってしまいそうな時、池崎君が何か閃いたように顔を上げ、こう言った。

    「じ…じゃあ近くにあるショッピングモールのフードコートで食べましょうよ…!そこならオムライスもラーメンもあります…けど…。」

    「……天才か。」






    池崎君の神的なアドバイスを受け、3人でフードコートに向かっていると、ふと学校に置いた自転車と、今日のアルバイトのことを思い出した。

    「ねえねえ、自転車どうしよ」
    「明日の朝は歩きで、帰りは乗ればいいんじゃね?」
    「そうだね、あとさ…ご飯食べた後バイトまでちょっと暇になるんだけどさ…それまで何しよっか…」
    と智明に言うと、少し間を置いてから話し始めた。

    「んー…ずっとフードコートにいたら掃除のおばちゃんに怒られるしな〜…ゲーセンでも行くか。」
    「そうだね!池崎君もそれでいい?」
    僕の隣で、俯きながら歩いていた池崎君にそう尋ねると、少し驚いてから何回も頷いた。
    「池崎本当に大丈夫か?予定あんなら今からでも送ってくぞ?」
    「だ…大丈夫です…。」

    池崎君…すごい僕らに対して気を使ってるな。
    …なんか、すごく嫌だ。
    …そうだ!

    「ねえ、池崎君、僕らのこと名前で呼んでよ!僕らも名前で呼ぶからさ!」
    と、言ってみると、顔を上げ、消えそうな声で僕の名前を呼んでくれた。
    「…りゅ…う…ま…さん…?」
    「さんいらないよ!…まぁ話しやすいならそれでも良いけど…。」
    と言ってからにっこり微笑みかけると、またぐっと俯いてしまった。
    すると、智明が池崎君の肩を優しく叩き
    「俺の名前も呼んでくれよ、ともあき!って!」
    と言うと、池崎君は顔をすっと上げ、さっきより大きな声で智明の名前を呼んだ。
    「…智明」

    「呼び捨て……ふふふ…。」
    池崎君の呼び捨てが衝撃的で笑っていると、怒った智明が池崎君の肩を抱き顔をぐっと近づけた。

    「おい俺は呼び捨てか〜?いい度胸してんじゃねえか…!」
    「池崎君智明の扱い分かってきたね!」
    「…はい」
    「「はい」じゃねえよ!言っとくけど俺はいじられキャラじゃねえからな?仕返しにお前のこと変なあだ名で呼ぶぞ?」
    「…「池崎明人」で…面白いあだ名できますかね?」
    「……あっ…ビミョーに面白くないのしか浮かばねえ…」
    …面白くないあだ名、気になるな…。

    「じゃあさ…あだ名の事は一旦置いておいて…僕らも池崎君のこと名前で呼ぼうよ!」
    「わかった!明人!」
    「明人君!」
    二人で名前を呼ぶと、嬉しそうに小さな声で「はい」と返事をした。


    名前で呼ぶようにしてから、さっきより少しだけ明人君と仲良くなれた気がするけど、妙に引っかかる。
    …なんで僕だけは呼び捨てじゃないんだろう。
    僕のこと嫌いなのかな。




    フードコートに着き、4人がけの席に座り、周りをキョロキョロと見渡してみると、始業式だからか、フードコートには僕らと同じ制服の子達が居る事に気付いた。

    席に腰かけ、鞄を自分の隣に置いた瞬間、智明がぐっと下を向き、ボソッとこう呟いた。
    「やべ…朱里いる…」
    …朱里?
    「朱里さんって、あの髪長い綺麗な子?」
    「ああ…」
    眉間にしわを寄せて細かく頷く智明を見て、一年の時からいつも智明と言い合っていたあの子を思い出す。
    智明が唯一と言っていいほど苦手な女の子だ。

    フードコートを見渡すと、制服を少しだけ着崩して、友達2人とお話してる朱里さんを見つけた。

    …あれ?あのボブの子のもみあげ…。
    女の子3人をじっと見ていると、朱里さんとばっちり目が合い、にっこり微笑んでからこちらに向かってきた。
    「!!」
    「…?どうしましたか…?」
    恐る恐る聞いてくる明人君に
    「智明ごめん、目合っちゃった、こっちくる」
    と言うと、智明がバッ!と顔を上げ、少しだけ立ち上がった。
    「おいおいまじか!!」
    「龍くんがいたと思ったらやっぱり智明もいたか〜…」
    「くっそぉぉおおお!!!」
    ニヤニヤと笑い、智明の肩をツンツンする朱里さん。

    すると、僕の隣に座っている明人君に気付き、優しく微笑みながらそっと手を振った。
    「お、明人君!久しぶり!」
    「…こんにちは」
    …明人君とも知り合いなんだ。
    「2人…知り合いなの?」
    と聞くと、嬉しそうに話し始めた。
    「うん!親友が明人君のいとこでさ〜…いっつも自慢ばっかりしてくるんだよね!!」
    …愛されてるなぁ…。

    明人君に視線を向けると、髪で隠れてあんまり見えないけど露骨に嫌そうな顔をしていた。
    …明人君そんな顔できるんだ…。
    ずっと黙ってるか驚いてるか照れてる印象しか無いから新鮮だな。
    すると、朱里さんが明人君の嫌そうな顔に気付き、
    「明人君すっごい嫌そうな顔してる…めっちゃかわいい…小動物みたい…」
    くすくすと笑いながら、明人君の肩を優しく叩いた。
    すると、明人君が朱里さんに肩を叩かれてびっくりしたのか、目を少し開いて焦った表情をした。
    朱里さんの言う通り、明人君は小動物みたいで可愛いなぁ…。


    明人君でほっこりしていると、朱里さんが突然智明に
    「あ!そうだ!ねえ智明、明日学校に“一片の報い”持ってきてくれない?下巻は持ってんだけど上巻なくてさ」
    と、手を合わせてお願いをした。

    一片の報いというのは、最近アニメ化され、話題を呼んでるファンタジー小説だ。
    登場人物全員で力を合わせて頑張るステキなシーンもあれば、裏切りや殺人と言った残酷で残虐なシーンもあり、物語の展開がコロコロと変化する情緒不安定な小説だ。

    でも、何故かその独特の作風に惹かれる人が急増しているんだって。
    …まぁ、僕もそのうちの一人なんだけど。
    ……嬉しかったなぁ。
    僕はアニメから入ったんだけど…まさかオープニングを僕の好きな歌手が歌ってるとは思わなかった。


    「はぁ…仕方ねえな、分かったからさっさと行けよ…友達待ってんだろ。」
    と言い、迷惑そうにしっしっと手を払う智明。
    「はいはい、じゃあもう行くね!話せてよかった、またね!龍くん!明人君も、あとついでに智明も!」
    ケラケラと笑いながら智明の肩を叩く朱里さんに、
    「ついでじゃなくて俺がメインだろうが!」
    と、子供みたいに文句を言う智明。
    「はいはい、またね!」

    …前々から思ってたけど、ちょっとだけお似合いだよね、この2人。
    恋愛ドラマだったら絶対結ばれてるよ…。
    なんて事を考えながら、そっと智明の顔を覗き込むと、
    「…ったく…あいつは俺の扱い雑すぎだっつーの…。」
    どこか嬉しそうに、ぶつぶつと文句を言っていた。

    「へぇ…でもなんか…嬉しそうだね?」
    「…うるせ、バカ」
    もじもじしている智明が珍しくてからかってみると、僕から顔を逸らし、ぐっと俯いてしまった。
    …あれ…確か智明が朝言ってた好きなタイプってもしかして…。
    髪が長くて趣味が合う人……。
    ……あー、なるほどね……。
    なんだ、智明も可愛いとこあんじゃん。

    「何ニヤニヤしてんだ」
    「してない」
    「してんだろ…おい、明人もニヤニヤすんな」
    「してませんよ、好きなタイプがモロあの人だって事でいじったりもしません。」
    「ほぼ言ってんじゃねえか!!」






    注文したオムライスを席に運ぶと、智明もちょうど取りに行ってるみたいで、明人君と二人きりになった。
    明人君の許可を得てから隣に座り、明人君の前に置かれているトレーに目をやる。
    …明人君たこ焼きにしたんだ。

    「たこ焼き好きなの?」
    と尋ねると、少し戸惑いながらもゆっくりと首を縦に振り、
    「龍馬さんはオムライス好きなんですか?」と聞いてくれた。
    「うん、ちっちゃい頃からの好物でね…久しぶりに食べたくなったんだ。」
    と答えると、嬉しそうに同意してくれた。
    「わかります…そういう時たまにありますよね…」

    うんうんと数回頷くと、明人君が少し微笑み、こう尋ねてきた。
    「…あの、龍馬さんのお母さんって、どんな方なんですか?」
    「え?お母さん?…優しいよ、ご飯も美味しくて、いっつも僕の事心配してくれるんだ。」

    お母さんの顔を思い出しながら言うと、頬を赤く染め、またニコニコと笑った。
    なんか…お母さんの事話してたら、久しぶりにお母さんに会いたくなってきちゃった…。

    …そうだ…明人君の親御さんはどんな人なんだろ。
    明人君みたいな素敵な人なのかな?
    聞こうか迷っていると、智明が明人君の前に座り、
    「お待たせ!!なんだ?恋バナでもしてんのか?」
    と、相変わらずデリカシーのかけらもない事を言って来た。

    こいつは…相変わらず、空気を読まずにズカズカと他人のプライバシーに入ってくるな…。
    まぁ、こういうところも智明の長所なんだろうけど。

    「違うよ、家族の話してたんだ。」
    と説明すると、僕の顔をじっと見てから、にっこりと笑いこう言った。
    「家族?おー!俺も混ざる!明人は今何人家族だ?」
    「お父さんと僕の2人です。」
    お父さんと明人君の2人か…明人君のお家って結構複雑なのかな。
    …いや、あまり考えすぎないようにしよう。

    自分にそう言い聞かせ、明人君の話の続きを聞く。
    「今は姉さ…あ、いや、いとこのお姉さんと住んでます。」
    姉さん…か。
    不自然に途切れた所から予測すると…いつもいとこのお姉さんの事「姉さん」って呼んでるんだね…。

    その時、智明が
    「で?いとこの姉さんは可愛いのか??」
    と、またもや身を乗り出し、デリカシーのかけらもない質問をした。
    「智明、ちょっと…」
    智明に注意すると、明人君が恐る恐る僕の肩をぽん、と叩き
    「大丈夫ですよ……はい、叔母さんによく似た美人です。」
    と、少しだけ明るい声で答えた。

    …あれ…この子、もしかして無自覚で人を恋に落とす子じゃ…?
    隣の明人君に少し戸惑っていると、智明が
    「ほー!明人の叔母さん知らねえけどお前がそこまで言うんなら相当可愛いだろうな!」
    と、言いながら、目を覆いたくなるくらいの明るい笑顔で笑った。
    本当何様だこいつ。

    なんて考えていると、
    「…あ、早く食わねえと飯冷めちまうな…待たせてごめん。」
    と、少し眉を下げて僕ら二人に謝る智明。
    「いえ…その……」
    あわあわと、智明に何か言おうとする明人君。

    「そうか、お前が言いたいことは分かってるぞ、明人は優しいな!いいから早く食おうぜ!じゃねえと冷めちまうからな!いただきます!」

    と言ってからラーメンを食べ始めた。
    明人君は、さっきの智明からの言葉が嬉しかったのか、少し口角を上げてから、こっそりと手を合わせ、小さな声で「いただきます」と呟いてからたこ焼きを食べ始めた。

    二人に並ぶように「いただきます」と呟き、僕もオムライスを食べる。
    当たり前かもしれないけど、朝に食べたカップ焼きそばの何倍も美味しかった。



    ご飯を食べ終わり、ゲームセンターに向かっていると、智明が
    「うぉぉおお!懐かしっ!龍馬覚えてっか!?あのじゃんけんのやつ!」
    と言いながら、目をキラキラと輝かせ、子供達が沢山いるメダルゲームコーナーを指差した。

    「覚えてるよ、智明いっつもお小遣い使い果たしてたね。」
    小さい頃、ここで何回もプレイしては負けてを繰り返し、お小遣いを使い果たしてしまって、いつもわんわん泣いていた小学生の頃の智明を思い出す。
    「…メダルゲーム下手くそなんですね…。」
    そんな高校生の智明を憐れみの目で見つめる明人君。

    「それは言わなくて良いんだよ…明人まで俺を責めんな、悲しくなるだろ…。」
    と言いながら、腰と頭に手を当て少しうなだれる智明。
    「あ…す、すみません…。」
    そんな智明の顔を覗き込み、謝る明人君。
    ……可愛いコンビだな…。


    すると、智明が顔を上げ、僕ら二人の肩をぽんぽんと叩いた。
    「よし、今回はお前らにカッコ悪いとこ見せたくねえから二人で回ってこい!!」
    そして僕ら二人の背中を押し、グッ!と親指を立てた。


    …もしかして、気を使ってくれたのかな。
    「…本当…イケメンだなぁ、智明は。」
    智明、今回は使い果たすなよ、もう大人なんだから。

    4話 舌打ち


    「明人君、なんか…やりたいゲームとかある?」
    と尋ねてみると、目をキラキラさせながら
    「はい、僕の好きな音ゲーに最近新しい譜面が追加されて…それも僕の大好きな曲で…ハードまではクリアしたのであとはエキスパートだけなんです…!」
    と、手を胸元でぎゅっと握り、うんうん頷きながら沢山話してくれた。

    「そうなんだ!じゃあ…僕、明人君がプレイしてるとこ隣で見てて良いかな?」
    口角を上げ、期待に満ちた顔で僕を見つめてくれる明人君にこう尋ねると、両手の指先をツンツンと合わせながら
    「良いですけど…見てるだけで大丈夫なんですか…?対戦とかできますけど…。」
    と不安そうに呟いた。

    「音ゲーはいくら練習しても全く無理で…でも人がプレイしてる動画とか見るの大好きだから大丈夫!」
    まるで子犬のように僕の目をじっと見つめる明人君にこう説明すると、納得したのか、数回頷き
    「…わかりました、龍馬さんの為にフルコンボとります…!」
    と、少し照れ臭そうにガッツポーズをした。
    「おぉ!応援してるよ!がんばれー!」




    明人君に着いて行くと、少し大きめの機械の前に立ち止まり、財布から100円玉と青いカードを取り出し、100円玉を入れてから、カードをアーケードに読み込ませた。
    すると、ユーザー情報が画面に大きく表示され、明人君が少し恥ずかしそうに僕の方をチラッと見て、またぐっと俯いてしまった。
    そんなに照れなくてもいいのに…かわいいな。
    それより…結構やり込んでるな…。
    ランクがもう直ぐ3桁に行きそう…すごいな…。

    ユーザー情報を確認してから、楽曲選択の画面に移動すると、明人君がもう一度僕をチラリと見てから
    「…この中で…好きな曲ありますか?」
    と、質問してくれた。
    優しいなぁ…。
    「好きな曲?そうだな……」
    画面を見ながらうんうんと頷っていると、僕の顔と画面を交互に見ながら、ゆっくりと画面を動かしてくれた。


    …あれ…この曲…!
    「…あ!これ!これがいい!」
    僕の大好きな曲があり、急いで画面を指差すと、ふんわりと微笑んでから、その曲を選択してくれた。
    「この曲良いですよね…僕一片すっごい好きなんです…。」
    「そうなんだ…僕も好きだよ!」
    僕が選んだ曲は、一片の報いのOPだ。
    さっき言った、僕の好きなアーティストが歌っているOP。
    まさかあるとは思わなかったな…。
    こういうの地味に嬉しいよね…。


    次に、難易度選択の画面に移り、この曲の過去スコアが表示された。
    「…全部S++…」
    「頑張っちゃいました…」
    少し分かりにくいけどドヤ顔をして、自分の胸をトントンと叩いた。
    かわいいなぁ…。
    「すごいね…得意なんだ…。」
    「これくらいしか取り柄ありませんけどね…。」
    「十分凄いと思うよ!」
    と言うと、嬉しそうに笑い、照れ臭そうにぐっと俯いた。


    イントロがスタートし、明人君が手を開いたり閉じたりしてからボタンのある場所にそっと手を置いた。

    このゲームは、画面中央に自分で選択したキャラが表示されて、リズムに合わせてノーツと呼ばれる丸い模様がキャラに向かって降ってくるんだ。
    それがぴったりとキャラに重なった時にボタンを押すというゲームなんだ。

    ちなみに、このボタンは左右にも動くようになっていて、ノーツが矢印型の時は矢印の方向に動かしたり、ぐるぐるとしたノーツの時はボタンをぐるぐると回すといった複雑な操作もあるみたい。

    ちなみに明人君の選んだキャラは、一片の報いに出てくる可愛くデフォルメされたアリスだった。
    …アリス推しなのかな?

    色々考えながら明人君を見てみると、白い模様が降ってくる前に、カタカタと指を慣らし、少しだけ溜息を吐いた。
    すごい…めっちゃゲーマーっぽい…!

    すると、次の瞬間、ノーツが上から沢山降ってきて、それを慣れた手つきで消していった。
    …上手いなぁ…明人君…。
    アップテンポの曲だから、ノーツの速度が速すぎて、僕なんてノーツを見つけるのに苦労するくらいなのに…明人君…すごいなぁ。


    「…あ、ニューレコード!」
    あれっ、いつの間にか終わってた…もしかして一番だけなのかな…?
    「すごいね!明人君…テンポすごく早くなかった…?白いのもぶわーって降って来たし…!」
    と、聞いてみると明人君が
    「はい…でも僕にかかればこんなもんですよ…!」
    腰に手を当て少し胸を張りながら言った。
    「すごいよ明人君…!尊敬しちゃうな…」
    「……そこは無視するところですよ…。」


    二曲目の選択画面になり、明人君が肩をコキコキと慣らしてから、アーケードの荷物置き場に鞄を置いた。
    …新譜面ってそんなに難しいのかな。

    曲が始まり、さっきの倍くらいのノーツが降ってくる。
    それを慣れた手つきでサクサクと消していく明人君。
    …本当に凄いなぁ…。
    「…あぁ…」
    画面をじっと見ていると、画面に大きくMISS!という表示が出て、明人君の方から舌打ちと独り言が聞こえた。

    「…チッ、反応悪いんだよ、クソが…ぶっ壊すぞ。」

    …ん?
    他の人の声かと思って周りを見てみても、僕達の周りには人が居なくて…。
    …えっと?あれ?明人君…?
    「チッ…僕が押してんだろ、ちゃんと反応しろ…何様のつもりだ?機械の分際で…。」

    今度はしっかり口が動く所を見た。
    いや、見てしまった。
    しっかり舌打ちしてた。
    見なきゃ良かった。
    僕の天使が。

    曲が終わり、最終スコアが表示され、明人君と画面を見ていると、肩をビクッ!と震わせてから恐る恐るこう尋ねて来た。

    「…あの…独り言聞いてましたか……?」
    「え?舌打ちなんて聞いてないよ?どしたの?」
    嗚呼、咄嗟に出た言葉がこれなんて。
    自分の嘘の下手さを呪いたい。


    すると、明人君が背中をぐっと丸め
    「…すみません…僕…小さい頃からいっつもゲームやると口悪くなっちゃうんです…今回は大丈夫だって思ったのに…。」
    と言いながら俯き、ボタンをカチカチと押した。

    「そ…そんな気にしなくていいよ?小さい頃からの癖ならなかなか治らないだろうしさ…あ、ほら!僕だってちっちゃい頃からのほっぺ掻く癖治らないよ!」
    …しまった、励ますつもりが何言ってんだ僕。
    こんな馬鹿みたいな事言ったら明人君のこと困らせちゃうよ…。

    なんて事を色々考えていると、明人君が、荷物置き場から鞄を取り、
    「ありがとうございます、龍馬さん。」
    と、僕に向かってそっと微笑んでくれた。

    …なんだか、初めてしっかりと笑顔を見た気がする。
    すると明人君が微笑んだタイミングで、明人君の後ろにある画面から
    『また来てくださいね!』というボイスが再生され、画面の中の女の子が優しく微笑んだ。

    うん、また来るよ。
    今度は、智明も含めた三人で。
    5話 俺様
    ゲームが終わってから、ゲームセンター前のベンチに座りしばらく雑談していると、智明から『メダルゲームんとこで待つ!2人で来いよ!』という雑なメッセージが来たから、明人君と二人で、メダルゲームのコーナーに向かう事にした。

    「別に僕らが行く必要なくない?中央地点で合流すれば良いのに…」
    『まぁ別に良いけどさ』と最後に付け加え、智明への文句を言ってみると、明人君が少し笑ってから
    「よく分かりませんけど…多分智明なりの優しさですよ…」
    と、答えてくれた。
    「…そっか…」


    …さっきの音ゲーのおかげで、少しは打ち解けた感じがするけど…まだ距離がある感じがするな。
    僕自身もまだ明人君とは打ち解けられてない感じがするし…。
    会ってから1日しか経ってないから仕方ないのかもしれないけどね。
    …もしかして、智明はそれを分かってて『2人で来いよ!』って言ってくれたのかな。
    だとしたら…優しいなあ、本当に。
    智明は何も考えてなさそうだけど、結構周り見てるもんね。


    「…あの、龍馬さん。」
    智明の事を考えていると、気まずそうに明人君が口を開いた。
    「…?どうしたの?」
    首を傾げながらそっと明人君の顔を覗き込むと、
    「…さっきの舌打ちのこと、智明には内緒にしててください。」
    と言い、少し困ったような顔で笑った。

    「良いけど…どうして?」
    まぁ、何となく気持ちは分かるけど…。
    疑問をぶつけると、少し驚き、目をゆっくりと逸らしてしまった。
    …言いたくないのかな。
    と思い、そっと明人君から視線を逸らすと、小さな声でボソリと答えてくれた。

    「…もし…智明に「俺もゲームしてっ時暴言めっちゃ吐くから仲間だな!イヒヒヒヒ!」って言われたら…その…困っちゃうので…。」
    「あー…なるほどね…」
    「…お願いします。」

    言い終わると、鞄の持ち手をぎゅっと握りしめ、少しだけ耳を赤くして俯いてしまった。
    「良いよ!了解!僕ら2人の秘密だね!」
    と言うと、嬉しそうに「はい」と返事してくれた。

    …明人君のモノマネが似すぎて内容が入って来なかった…なんて言ったら怒られちゃうよね。




    メダルゲームのコーナーに着き、智明を探していると、遠くの方で子供たちに囲まれている智明を見つけた。
    本当智明って誰とでも仲良くなれるよね…羨ましいな。
    昔からずっと思ってたけど…智明って良いお父さんになりそうだな。

    するとその時、小さい女の子が僕らを指差して智明に何かを伝えると、智明が振り向き、僕たち2人に向かって手をぶんぶんと振ってきた。

    子供達に謝りながら智明の近くに行くと、
    「なぁ!龍と明人!聞いてくれよ!俺子供達に大人気なんだ!!」
    と、朝のようにまぶしすぎる笑顔で嬉しそうにこう言って来た。
    「見てたら分かるよ…で?今日は調子どう?」
    首を傾げながら智明の肩をそっと掴むと、

    「最高!今までで一番良いわ!だって200円しか使ってないのにこんなにいっぱい!やばくね?」
    と、メダルの沢山入ったカップを嬉しそうに見せてくれた。
    「おおー!良かったね!」
    今日は運が向いてたんだ…良かった。
    智明もたまにはやるじゃん!

    と感心していると、小さい女の子が智明に向かって
    「おにーちゃん!おとなのけんりょくつかったくせになにいってるのー?」
    と言い、智明の顔がみるみるうちに青ざめていった。
    …あー、なるほど。
    智明は智明だ、昔から一切変わってない。


    すると、智明が口を揃えて「大人の権力おじさん」と言っている子供達や僕に対し
    「おい!黙ってろって言っただろ!くそ…ちょっと預けてくるから待ってろよお前ら!!」
    と言い残してから、メダルを預けに行った。
    …僕らが来る前に預けとけよ…。


    …そういえば…明人君は…?
    さっきから何も喋らない明人君を不安に思い、周りを見渡すと小さめの広場のような場所で、子供達に囲まれている明人君を見つけた。

    「おにーちゃん、なんでそんなに髪の毛長いのー?」
    「女の子みたい!」
    と、明人君の髪や服を触りながら口々に言う女の子や男の子達。
    「えっと…あんまり…自分が好きじゃないから…かな…?」
    そんな子供達の手を優しく握り、ゆっくりと首を傾げる明人君。

    「なんでー?」
    「…その…えっと…」
    明人君が少し困り、言葉に詰まっていると、他の子達が
    「おにーちゃんのお顔見たいー!」
    と言い、明人君の服をくいくいと引っ張った。

    その子たちを見て少し嬉しそうに笑った後、前髪を少し分け、子供達にそっと自分の顔を見せる明人君。
    「……顔…見えるかな…?」
    すると、子供達が顔を見て、また
    「何でお顔隠してるの?」
    と、同じ質問をした。

    すると、明人君が前髪を戻し、
    「…今よりもうちょっと自分の事を好きになれたら…前髪を切るか分けるかするから…その時までこのままで居させてくれるかな…?」
    と言うと、子供達が「はーい!」と返事した。

    …良いお父さんになりそうだな、明人君。
    ……僕もいつかいいお父さんになれるかな。




    智明がメダルを預け終わり、バイトまでの暇を潰すために、さっきまで明人君と座っていた、自販機の前にあるベンチに座る事になった。

    明人君の右隣に座ると、智明が僕の右隣に座り、まるで怖い話をする時のようなテンションでこんな事を言い始めた。

    「新学期…新しく出来た友達と集まってする事とすりゃあ……恋バナだよな。」
    「ごめん智明、ちょっと良く分かんない。」
    「分かんなくていい、よし、まずは龍馬からだな、好きな子誰だ?」
    「うぇえ!?」

    しまった、唐突すぎて何にも考えてなかった。
    いつもなら「いないよ」って答えて、智明がちょっとだけ残念そうに「そっか、出来たら教えろよ」って言って話が終わるのに全く何も考えてなかった。

    挙げ句の果てには「うぇえ!?」って何。
    好きな子居なきゃこんなリアクションしないじゃん。
    ……なんか…マジで嫌な予感がする…。

    恐る恐る、僕の右隣に座っている智明へ視線を移動させると、目をキラキラと輝かせながら小さな声で「いるんだな…?」と呟いていた。
    「そ…そんなん…いないし…」
    こらこら僕のバカ、こんな言い方好きな子がいる奴しかしない。

    でも困ったな…僕本当に好きな子なんて居ないんだけど…。
    まぁ気になる子は多少居るけどね…。
    バイト先にいる女の子とか……あとクラス表の時に会った子とか…。
    ……あと。

    と、色々考えていた時、夢に出てくる女の子の顔が浮かび、何故か妙に引っかかった。

    …あれ…もしかして僕…あの女の子の事が気になってる…?
    でも夢でしか会えないし…まだ6歳くらいの女の子で……ひょっとして僕ロリコン…?
    でも、もし…あの子と本当に会えたら…。
    ……確信が、持てるかも。

    まぁ、そんな簡単に会えるわけないんだけど。
    ……会えたらいいな。
    会えたら、きっと…。

    「…龍馬?」
    「ん…?な…何…?」
    しまった、黙り込んじゃった。
    こんな僕智明に見せたくなかった…。

    質問攻めされるんだろうなぁ、と覚悟していると、何かを察したのかゆっくりと微笑んでから、僕の隣にいる明人君へ話を振った。

    「明人はいるか?」
    すると、明人君が少し黙り込んでから…ゆっくりと頷いた。

    「おおお!マジで!?同じ学年!?」
    「は……はい…」
    「マジかよ!髪はどんくらいの長さ!?背は高いか!?低いか!?」
    「えぇ………」

    よくそんなに質問が出てくるな…。
    羨ましいよ。
    でも明人君を困らせてるのは頂けないな。

    なんて事を考えていると、智明のポケットに入ってる携帯が震え、
    「……あー…すまん、電話。」
    と言いながら立ち上がり、携帯を取り出して画面を操作し始めた。

    「女の子?」
    と聞くと、ドヤ顔で
    「あぁ、すまんな野郎共!!………すまねえ、なんだっけ?」
    と言ってから携帯を耳に当て、少し離れてから、電話の向こうの女の子と話し始めた。

    智明から視線を外して、僕の隣にいる明人君を見てみると、じっとこちらを見つめていた。
    「…?どうしたの?」
    と聞くと、僕の前髪をちょいちょいと指差しこう言ってきた。
    「…なんか…髪の毛に埃が…」
    「え?どこ?」
    しまった、鏡見ときゃ良かった…。
    くそ、かっこ悪いなぁ僕…。

    「どこについてる…?こっち?」
    と言いながら自分の髪を触っていると、明人君が少しだけこっちに寄ってきて、髪の毛の埃を取ってくれた。
    「ごめんね、ありがとう…。」
    「…いえ。」
    明人君にお礼を言うと、元の位置に戻り、またぐっと俯いてしまった。

    すると、その時、智明が電話している相手に
    「あいつが…?いや、ありえねえって!本気で言ってんのか?」
    と言いながら、電話の相手には伝わらないというのにかなり大きな動作で否定し始めた。
    僕なら受話器の前でお辞儀したって伝わんないだろうけど…智明なら伝わってそうだな。

    …何の話してたんだろ。
    もしかして何かまずい事でもあったのかな。
    「すまんすまん!ちょい盛り上がっちまった!」
    「良いよ良いよ、なんのお話ししてたの?」
    と聞くと、少し怯えたようにこう言い始めた。

    「いや、お前は知らない方がいい…お前まだ赤ちゃんがどこからくるか知らねえだろ…?コウノトリさんが運んでくるんじゃねえぞ?」
    「智明の中での僕は幼児なの?」
    …智明の周りの人は僕と違って進んでるんだなぁ。
    「言っとくけどキスでもねえぞー?」
    「その話はもういいよ。」

    智明の下ネタトークを強引に終わらせると、明人君が小さな声で、カバンから携帯を取り出し、恐らく僕にムカって
    「…あの……ID…交換しませんか…?」
    と、言ってくれた。
    すると、智明が明人君に向けて、いつもより低い、所謂「イケボ」でこんな事を言い始めた。

    「おー!明人―!このイケメンな俺様からメッセージアプリのIDを聞くなんて…明人にとっては今世紀最大のy…。」
    「すみません、龍馬さんに対して言ったんです。」
    その智明をズバッと切り捨てるように低い声で否定する明人君。
    「……いや、こちらこそ…サーセン…。」




    明人君とIDを交換し、(智明もちゃんと交換してもらった)三人で色々お話ししていると、時間があっという間に過ぎ、バイトまであと20分だという事に気付いた。

    「ごめん…後20分でバイトだ…。」
    と言いながら立ち上がると明人君も立ち上がり、こう言ってくれた。
    「じゃあ…近くまで送って行きますよ…智明もそれでいい…?」
    「おう、最初っからそのつもりだったけど?」
    「本当に良いの?ありがとう…!」
    2人とも優しいな…。
    2人の優しさにほっこりしていると、さっきまで携帯をいじってた智明が突然
    「まじか!!!!」と叫んだ。

    「?え?どしたの?」
    慌てて智明へ視線を移動させると、
    「一片のくじ今日からだってよ!龍馬の働いてるコンビニだよな!?」
    と言いながら携帯画面を指差した。
    「うん…確か店長も今日入荷するって言ってたような…。」

    ゆっくりと思い出しながら智明にそう伝えると、ニヤニヤしながら立ち上がり、僕の肩をぺしぺし叩いてから
    「うわぁまじかよ!行っていいか?龍馬のレジには並ばねえからさぁ!!」
    と、言ってきた。
    「いや…そんなに気使わなくていいよ…。」

    …あ、そうだ…明人君も一片好きだったよね…?
    「良かったら明人君もおいでよ、ほら…アリスの景品かわいいよ?」
    と言ってみると、嬉しそうに何回も頷いてくれた。

    「はい…!お邪魔させてもらいます……。」






    バイト先に到着し、制服に着替えレジに出ると、丁度同じくらいのタイミングであの2人が店に入って来た。
    「…!」
    おい馬鹿明…ヘラヘラしながら小さく手降ってこないでよ…別に良いけどさ…。

    「いりゃっ…い…いらっしゃいませ…」
    あぁもう、噛んだじゃん。
    あんまり人がいなくて良かった…。
    すると、僕と同じ時間にシフトに入っているアルバイトの女の子が、智明を見てから僕にこっそりとこう尋ねてきた。
    「…松田君、もしかしてあのイケメンと知り合いなの…?」
    …イケメン死すべし。
    「…はい、幼馴染ですよ。」
    と、智明をこっそりと見つめている女の子にこう答えると、申し訳なさそうに手を合わせてこうお願いをしてきた。

    「おねがい…あの人の連絡先教えてくれないかな…?」
    「あぁ…そ…それは……」
    何も言わずに教えるわけにはいかないよね…。
    なんて言えばいいんだろ…まぁ…普通でいいか…。

    「いや…番号を教えるのはあいつの許可を取ってからじゃないと…。」
    と、僕をじっと見つめている女の子に言ってみると、残念そうに下唇を突き出しながら「仕方ないか…」と、納得してくれた。

    …若干嫌な予感がするのは気のせいだよね…。
    …そう思う事にしよう。


    すると、ちょうどいいタイミングで、智明が一片の報いのクジを二枚レジに持って来た。
    「クロエの景品が当たるように祈ってくれ!!」
    「はいはい…。」
    智明から1500円受け取り、100円とレシートを返す。
    そしてクジをめくると、
    「D賞アクリルキーホルダー」と書いてあった。
    2枚目も全く同じ。
    …運ないなぁ。

    少し残念そうな顔をする智明の前に、レジの後ろにある、アクキーが一つ一つ個装されたものが10個まとめて並べて入れてある箱を置く。
    「彩華とクロエが出たらいいね!」
    『んー…』と低い声で唸る智明を勇気付けるためにこう言うと
    「おう!ありがと!!じゃあ…これと、これ!」
    一番前と一番後ろを取り、僕に手を振りながら店から出て行った。


    箱を後ろに戻し、明人君を接客する。
    「いらっしゃいませ、二枚でいいかな?」
    「…はい、」
    1400円受け取り、レシートを渡してからくじをめくる。

    …アリスの何かが当たりますように…。
    すると、くじには智明と同じ文字が書いてあった。
    二枚とも。

    「…アリスが出ること祈ってるよ。」
    箱を前に置くと、じっと見つめてから、真ん中と前から2番目の箱を取ってから
    「…ありがとうございます。」
    少し微笑み、智明と同じく店を出た。

    2人とも好きなキャラ出たらいいな…。
    …僕も帰り2枚引こう。


    6話 今度こそ、君を


    バイトが終わって家に帰り、店長から貰った賞味期限が近い売れ残ったお弁当を食べている時、智明からメッセージが来てる事に気付いた。

    『龍…アクキー彩華とラフだった…クロエ…。』
    というメッセージと、彩華とラフのアクキーが並んだ画像が画面に表示された。

    アクキーか…そういえば僕も二つ買ったのに両方ともアクキーだったんだよな…。
    A賞を出すには一体いくら使えばいいのやら…。

    『どんまい…僕今から開封するからクロエ出たらラフと交換しよ?』
    と送ってから、明人君にメッセージを送ろうとした途端、明人君からメッセージが送られて来た。
    …わぁ、凄い偶然。

    『連絡が遅れてしまってごめんなさい…(・ω・`)今日1日楽しかったです!また明日もお話しましょうね!おやすみなさい!(*´ω`*)…そういえば…アクキー、雪とカルマでした…アリス…(・ω・`)。』

    …顔文字かわいいなぁ…。

    『気にしないで!僕も楽しかったよ!また明日ね…!アクキー残念だったね…僕のアクキーからアリスが出ることを祈ってるよ!おやすみ!』

    と送ってから、二つの箱を開封する。


    「…あ、クロエとアリスだ。」








    寝る前にシャワーを浴びていると、ふと朝のもみあげの子を思い出した。
    …お礼言っといてください…か。

    …あんなに一緒にいたのに…智明にお礼言うの忘れてたな…。
    シャワーを止め、タオルで頭を拭きながら小さく「…明日伝えればいっか。」と呟く。














    暗闇だ。
    今回は、かろうじて自分の手が見えるくらいの。
    …珍しいな、二日連続なんて。

    あたりを見渡して女の子を探すと、いつもの女の子が、ボロボロのワンピースを着て床に倒れ込んでいた。

    「…だ…大丈夫……!?」
    女の子に近寄り、少しだけ大きな声で話しかけても何も反応がない。
    …意識がないのかな。
    両膝をつき、女の子の身体を少し起こすと


    お腹のあたりから、じわりと赤黒い血が滲んでいた。


    「…!!」
    何故か分からないけど、直感で怪物のせいだと思った。
    女の子の耳元で
    「怪物のせい…?」と聞くと、少し目を開き、僕の顔を見てこう言った。

    「…逃げて。」

    その時、後ろから怪物の雄叫びが聞こえた。
    振り向くと、いつものように黄色い瞳が闇に浮かんでいる。
    そうか…あの怪物は女の子じゃなかったんだ…。
    足元に布が散らばっていたのは…怪物が女の子を食べたからで…笑いながら怪物に近付いていたのは…僕を守ろう犠牲になってくれていたのかな…。

    でも、心の何処かではいつも僕に助けを求めていたんだ。


    いつもなら焦りもしないのに、今日は何故か、手が震え、足が鉛のように重く、身動きが取れない。

    怖い、どうしてこんなに、怖いんだ。
    僕に、守れる力があれば…僕に…力があれば良いのに…。





    いつの間にか、怪物がすぐ近くまで迫っていて
    僕には、息絶え絶えな彼女を抱きしめ、自らの身で守ることしか出来なかった。




    次の日、朝の授業が終わり、学食に行こうとした時、智明が僕の前に立ち、
    「なぁ龍、三人で学食行こうぜ?」
    と、誘ってくれた。

    …今日はちゃんと昨日の子の事言わなきゃ。
    「いいよ!あ、そうだ智明。」
    「?」
    智明を見上げて、少しずつ思い出しながら説明する。

    「昨日女の子とクラス表の前でお話してたんだけどさ、その時智明が人掻き分けてくれたおかげで女の子が通れたんだよ」
    「おう。」
    「そのお礼言ってくれって昨日言われてたんだけど忘れちゃってた。」

    と説明すると、さっきの何倍も顔が明るくなり、嬉しそうに僕の頭をワシワシしながらこう言った。
    「なんだよー!え?その子可愛かった〜?やっべ〜惚れさせちゃったかも!ちょっと見た目の特徴言ってくれよ!」
    「やめてよ…えっとね…確か…僕からみて…左の…もみあげ?が短いボブの子!」
    と言った途端、智明の顔がぐっと暗くなってしまった。

    …どうしたんだろ。
    少し気になって
    「…?どうしたの?智明。」
    と話しかけると、眉をピクッと上げ、いつも通りの笑顔で
    「俺ロングが好みなんだけどなぁー!まぁいっか!今度見かけたら告白する!」
    と言った。

    …どうしたんだろう、智明。




    明人君を誘ってから、学食に向かっていると、目の前で不良に絡まれてる女の子二人組を見つけた。

    「なんだ?あれ…」
    「…怖いですね。」

    女の子二人組をよく見ると、一人は昨日クラス表の前で会った女の子だった。
    あのボブとあのもみあげ…うん、間違いない。

    もう一人は、髪の短い


    「俺ちょっと止めてくるわ…待っててな。」
    と、女の子の元へ向かう智明の肩を掴み、そっと首を横に振る。
    「り…龍…?」
    不思議そうに僕を見つめる智明の肩をポンポンと叩いてから


    「僕が行く。」
    僕が、その子たちの元へ向かう。


    違う、会えるわけない。
    こんなところで、違うに決まってる。
    でも、もしそうなら


    今度こそ、君を。



    近付くと、不良の罵り声が聞こえた。
    「テメェ、ガン飛ばしてんじゃねえぞ!!」と
    そう叫ぶ不良の肩を、トントンと優しく叩く。
    「あ!?なんだよ、誰だてめえ!」
    振り向き、僕を罵る不良。

    脳裏に怪物の瞳がちらつき、
    目が、カッと熱くなるのを感じた。





    「何、してんの?」





    自分でも誰かわからないくらいの低い声で、自然と滑るように声が出た。
    不良の肩をゆっくりと掴み、態とらしく溜息を吐くと、
    「…ヒッ………!!」
    不良が、僕の顔を見て大急ぎで走って逃げていった。

    …僕の睨みがそんなに怖かったのかな?
    僕って結構怖い顔出来るんだ…!

    と思い、絡まれていた、ボブじゃない方の女の子を見ると


    やっぱり、夢に出て来た女の子にそっくりだった。
    …確かめなきゃ、この子が…本当に夢に出て来た子なのか…。
    ……でも、どうやって…?どうやって確かめればいい?

    『僕の夢に出てくるよね?』
    なんて聞いてどうなる?
    困惑して終わりだろ。
    でも確かめなきゃ、変だって思われても…確かめなきゃ…。

    そう思い、乾いた喉を潤す為に口の中に溜まった唾液を飲み込むと、女の子が、ボソリと
    「…目が…。」
    と呟いた。

    目…?
    僕の目がどうしたんだろ…。
    疑問に思いそっと顔を上げると、目の前の窓に、黄色く光る怪物の目が浮かんでいた。


    その目をしばらく見て、やっと理解した。


    「…僕の……目…?」

    なんで僕の目が…なんで光って…。
    嫌だ、なんで……。
    怖い、何で目が光って…何で僕の目が…?
    何の為に、怪物が何で僕の目を…いやだ…いやだ、いやだ…!!

    恐怖で後退り、両目を隠すように手で覆うと、女の子が僕の手首をそっと掴み

    「……いつも…ありがとう…。」
    と呟いた。



    こんな状況で思っちゃいけないかもしれないけど

    心から、目の前の君を可愛いと思った。



    「…こちらこそ…いつも…ありがとう…。」














    龍馬さんってあんなに勇気がある人なんだ、すごいなぁ。

    龍馬さんと結婚できる人はきっと幸せになれるだろうな、きっと。
    でも、本当はすぐ気付いた僕が姉さん達を助けに行ければよかったんだけど、僕だったら不良の所まで行けたとしても罵られておしまいだ。

    そういえば…智明…さっきから何も話してないけどどうしたのかな?。

    「ねえ…確か、幼馴染だよね?…昔から勇気がある人だったの…?」
    と言いながら智明を見ると、

    額に汗を浮かべ、焦ったような顔をしていた。

    …?
    「智明…?どうしたの?…智明?」
    肩をトントンと叩くと、僕に気づき、
    「あぁ、なんでもねえよ。」
    と答えた。

    …何かあったのかな?
    なんて、お節介すぎるかな…。








    なんて、本当馬鹿みたいだ。
    正ちゃん Link Message Mute
    2022/06/20 6:44:56

    本当の主人公1章

    #オリジナル #創作 #オリキャラ #一次創作 #本当の主人公 #オリキャラ #BL表現あり #HL表現あり


    [説明] 高校2年の松田龍馬は、幼少期から何度も何度も怪物に変化する女の子の夢を見るという、彼にとっての平凡な日々を過ごしていた。
    そんなある日の事、廊下で不良に絡まれている女子2人を見つけ、何故か放って置けなかった松田龍馬は不良を追い払うことにした。
    しかし、中肉中背、運動の経験もない龍馬には追い払える術など無かった。

    そう、突然芽生えた能力以外は。

    突然目を光らせる龍馬に、たじろぐ不良。
    目を見開き驚く二人組。
    何が起きたのか分からず慌てふためく龍馬。
    そんな龍馬の手を握り、ゆっくりとお礼を言う髪の短い女の子。
    その子は、小さい頃から龍馬の夢に出てくる女の子そっくりだった。

    それから、松田龍馬の平凡は壊れ始める。

    小説家になろう、アルファポリス、カクヨムでも投稿しています。

    2018 10 01 3サイトでタイトルを「夢のやつら」から変更しました。

    more...
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