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    本当の主人公3章17話「全部嘘に決まってんだろ」18話「すみません。俺…何してるんですかね?」19話「今頃」20話「おい晶」21話「林檎」22話「姉さん」23話「いちごスムージーとロイヤルミルクティー」24話「見てっからな」25話「忘れてくれへん?」26話「能力を持っただけの普通の女の子」27話「014132751112411285」28話「ずっと見てたから」29話「読まない」17話「全部嘘に決まってんだろ」



    ゴールデンウィークが終わり、学校が始まった。

    6人で遊んだ時、ゴールデンウィーク中には彩さんを遊びに誘うって約束したけど…なんだか誘いにくくて誘えなかったな…。
    …予定が合う日があったらちゃんと誘おう、ちゃんと。

    と、考え事をしながら教室の扉を開こうと手を伸ばした時、ふと明人君のことを思い出し、伸ばした手がビクリと震えた。

    …明人君、僕の事…あんなに好きだったんだ。
    なんだか、ちょっと…会うの気まずいな…。
    押し倒されたし……キスもしちゃったし…。
    …智明のお腹…思いっきり殴ってたし…。

    …なんか…明人君だけじゃなくて…みんなと会いたくないな…。
    ………帰ろうかな…。



    …ダメだ、そんな事考えちゃダメ。
    大丈夫。僕なら平気だよ、大丈夫。
    手をぎゅっと握りしめてから、覚悟を決め扉を開くと、僕の目の前にクラスメイトが沢山集まっていた。

    厳密には僕の前じゃなくて明人君の周りに、だけど。
    自分の席に荷物を置いてから、明人君の席を見てみると、クラスメイト(ほぼ女の子)が集まっている中心に、めんどくさそうに頬杖をついている明人君がいた。
    制服のボタンを何個か開けて…面倒臭そうに頬杖をついてない方の手で毛先をいじってる。


    …へぇ…明人君…前髪分ける事にしたんだ…。
    …やっぱりかっこいいな、明人君。
    髪の毛で隠してた時から分かってたけど、鼻がすらっと高くて目もぱっちりしてるし…ここからでも分かるくらい睫毛が長くて…。
    なんだか、あんなにかっこいい人が友達なんてちょっと嬉しいな。
    あの集まってる人達は明人君がかっこいいって事を今の今まで知らなかったんだよね…?
    本当人生損してるなぁ…知ってて良かった…。

    なんて事を考えながら授業の準備をしていると、明人君をいじめていた女の子が明人君へ話しかけている声が聞こえた。
    …懲りないなぁ、あの子。
    でも、今の僕には力があるんだ…もし何か余計な事をしたらこの僕が…!


    …まぁ、そんな勇気があれば…の話だけど。


    なんて思いながら明人君と女の子の方へ視線を移動させると、明人君をいじめていた女の子が明人君の頭をぽふぽふ叩きながら
    「えー何?イメチェン?意外とかっこよかった系のキャラ狙ってんの?浮いてるしそこまで変わってないよ根暗君??」
    と意地悪を言っていた。

    いや変わってるでしょ…めっちゃかっこいいじゃん…。
    「おい!お前らまた何してんだ!」
    するとその時、智明が怒りながら教室に入り、女の子に注意した途端、明人君が








    「ベタベタ触んじゃねえよ、下衆が感染るだろこのクソデブスが。」
    と言いながら女の子の手を払いのけ、ギロリと睨みつけた。

    あ…明人君…?
    まさか明人君…仕返しする気…?

    2人の事を止めに行こうと立ち上がった瞬間、女の子が何かを決心したのか、明人君の胸ぐらを掴み、
    「…何言ってんの?下衆はあんたでしょ?智明に守ってもらわなきゃ生きてけない癖にさ!」
    と言い、明人君を扉へ叩きつけた。

    ちょっと、あれは流石にやりすぎじゃないの…。

    注意の為に大声を張り上げようと喉に力を入れた瞬間、明人君の低い声が、静かになったクラスに響いた。

    「…智明智明うるせえな…お前こそ守ってもらわなきゃ生きてけねえんだろ?」
    …あ……明人…君…?
    明人君の行動に驚き、立ち上がったまま動けずにいると、明人君が女の子の全てを否定するようにふっ、と笑い、女の子の前髪をぎゅっと掴んだ。

    「ちょっと!痛いんだけど…!」
    女の子は痛みで少し顔を歪ませ、ギロリと明人君を睨みつけた。
    しかし、明人君は手を離さず
    「僕はこの倍痛かった。」
    「はぁ!?」
    「いいやこの際痛みなんかどうでもいい…お前は大切な事を忘れてんだよ。」
    と言いながら女の子にぐっと顔を近付けた。

    「…僕を助けたのは智明だけじゃない、龍馬さんもだ。」
    「なにそれ…龍馬!?それの何が関係あんの…!」
    女の子が明人君の手を掴み、爪を立てて無理矢理手を髪の毛から剥がそうとする。

    しかし、明人君は少し痛そうな顔をしてから


    「関係しかねえんだよ…お前は智明に夢中で大切なことを見逃してんだ!お前は龍馬さんが僕を助けてくれたっていう僕の中での最高の思い出をぶっ壊そうとしてんだよ!」

    と言い放ち、女の子の髪から手を離してから、女の子を黒板の前に突き飛ばした。
    そして、黒板の前に座り込む女の子の前に立ち、少し乱れた前髪を整えながら女の子を見下した。

    すると、さっきまで明人君に喧嘩を売っていた女の子が、明人君の纏う雰囲気に萎縮したのか、ぐっと黙り込み、今にも泣き出しそうな表情をした。


    「おい明人、それ以上はやめろ。」
    その時、智明が明人君の肩を掴み、女の子から無理やり遠ざけた。

    すると、明人君は智明をギロリと睨んでから軽く舌打ちをし、智明の隣を通る時小さくこう呟いた。


    「…お前、邪魔する事しか脳がねえくせによく一軍になれたな…それもその作り上げたキャラのおかげか?」
    「……!!」
    「僕と同類のクセに僕に同情すんじゃねえよ、社会のゴミが。」
    「…池崎、お前…どこまで知ってる?」
    「全部。」


    僕は、二人が話している言葉の意味が分からないまま、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

    …こんな時、アリスなら…どうしてたんだろう。
    ………明人君……。





    お昼休み。

    智明を誘おうにも誘えず、食堂に一人で向かっていると、後ろからこっちに走ってくる足音が聞こえた。
    「龍馬さん…!ちょっと待ってください…!」
    …あれ、この声はもしかして明人君?
    ど、どういう対応すれば良いんだ…?
    とりあえず普通に「明人君!」とか言えばいい?どうしようどうしようどうしようあぁ足音が近づいてる!えぇいままよ!!
    目をぎゅっと瞑りながら、思い切って振り向き瞼を開けると、そこには誰もいなかった。

    ……気のせい…?
    不思議に思いながら、身体の向きを戻すと、
    「よっ!龍馬くん!学食いこ?」
    「うわぁ!!!」
    目の前には、ニコニコと微笑む晶さんが居た。

    ……さっきの声は…モノマネだったのかな。
    晶さんは器用だなぁ…。

    …それより…今僕が会いにくい人ナンバー3に入る人に話しかけられてしまった…気まずい…。

    晶さんにバレないよう、ズボンで手汗を吹き、トークの話題を考えるために窓へ視線を移動させると、気まずい雰囲気を察したのか、晶さんの方から話しかけてくれた。

    「龍馬君、明人の事びっくりしたやろ。」
    明人君の事か…ここは正直に答えた方がいいよね。
    「うん…びっくりしたよ…晶さんは明人君の事知ってたの?」
    と尋ねると、晶さんが数回頷いてから耳を疑うような事を呟いた。

    「うん、てか…あの大人しいキャラで龍馬くんに接触しろって言ったのうちやしな。」
    「へぇ……えっ!?」

    ……てことは…晶さんと明人君は昔からの知り合い…なのかな?

    「昔からの知り合いちゃうよ、高校入ったらなんかストーキング行為してる奴がいたから注意した事が始まり!」

    わ…ナチュラルに僕の心読んだ…怖い…。
    何とか焦ってるってバレないように話を続けなきゃ…。
    「…ストーキング行為って?僕の事を?」
    と尋ねると、どこか嬉しそうに、恐らく高校一年生の頃の明人君の真似をし始めた。
    「そうそう、校門でこーやって爪先立ちして覗いててん!デヘデヘ笑いながらな?正直気持ち悪かったわ…。」
    「あはは…。」
    …明人君デヘデヘ笑ってたんだ…ちょっと想像出来ないな…。
    一回明人君のそういう格好悪い姿も見てみたいけど…一生無理だろうな。

    なんて考えながら、晶さんの物真似を見ていると、晶さんが少し残念そうに眉をひそめた。
    「しかし…ちょっと長めの片思いやなぁ…青春やわ…羨ましい。」
    しかし、どこか誇らしそうに自分の胸を撫で下ろす晶さん。

    ……明人君と晶さん…本当に仲良しなんだな…。
    それにしても…長い片想いか。
    僕には一生縁のない事だと思ってたからちょっと複雑だな…。
    …一年間…か。


    …あれ?じゃあ…あの良い雰囲気だったのは友達だからってこと…?
    もしかしたら、明人君のサポートをしたように…晶さんにも好きな人が居てお互いサポートし合ってたり…?

    …聞いてもいいかな?いいよね。

    「…晶さんは、好きな人とかいないの?」
    恐る恐る尋ねてみると、少しだけ目を見開き、
    「………好きな人…?」
    と、確かめるように一文字ずつ声に出して悩み始めた。
    「気になる人でもいいよ!いない?」
    首を傾げながらもう一度こう尋ねてみると、少し困ったような表情をし、僕から顔を背けた。

    …居ないのかな…?恋話とか苦手な子だったか…?
    だとしたら申し訳ない事したな…智明と一緒にいるせいで感覚バグっちゃった…。
    と思い、晶さんの顔を覗き込むと


    額から汗を流し、焦った表情で、ぽそぽそと呟いていた。

    「…好きな人…?好きな人……好き…な人…。」


    「…晶さん……?」



    名前を呼ぶと、そっと僕を見て
    「……居ないよ。」
    と、恐る恐るつぶやいた。

    「…そうなんだ…」
    ……もしかして、居ないって…。



    18話「すみません。俺…何してるんですかね?」


    5月9日



    授業が終わり、家に帰ろうと廊下を歩いていると、男子トイレの方からでかい笑い声が聞こえてきた。

    …?
    そいつらの笑い声が妙に引っかかり、トイレ付近の壁に背を預け、話をそっと聞いてみる事にした。
    いつもだったらこんな事しないのに…何だ?少し前に見た刑事ドラマに影響されちまったのか?俺。
    あの主人公かっこよかったもんなぁ…。

    …よし、影響を受けるなら隅々までやってやろう。
    俺はあの刑事ドラマにゲスト出演した俳優、澤田智明だ。
    俺が出演した回は伝説としてファンやマニアの間で語り継がれるんだ…。
    さて…ホシの動きはどうだ…?



    「佐江先輩マジクズっすねぇ!」
    「俺はクズじゃねえよ…ただあの女が見る目ねえだけだ。」


    何だ、不良の自慢話か…つまんねぇ。
    まぁ何事も無い方が良いんだけどな?
    「出番がないのが一番良いんだけどな」って主人公の親友…まぁ俺にとっての龍馬が言ってたもんな。
    龍馬、お前が正しいよ!!
    まぁ龍馬はあいつほどタフじゃないけど、心の奥底にはマグマみたいな男気を隠し持ってるからな!!

    と思い、立ち去ろうと離れた途端、また不良達が話し始めた。
    「でもあいつ元ヤンだって聞いたから集団送ってみてもピンピンしてやがる…ありゃもうバケモンだな。」

    …ただのクズだな、こいつ…。
    でも、この声どっかで聞いたことあんな…。
    …なんか…普通に喋ったら…
    良いとこの坊ちゃんみたいな爽やかな声になりそうだ。
    気のせいか…?…気のせいだな。

    背を向け、今度こそ帰ろうとすると、
    ある名前が聞こえて、身体が固まってしまった。

    「智明なんかに片思いしてっからこんなことになんだよ、あのバカ女。」

    …なんで…今…俺の名前が……?

    「智明のどこが良いのかねぇ、ただの金髪バカなのに」

    頭の整理が追いつかない。
    まさか、トイレにいる奴って、もしかして。

    すごく、嫌な予感がする。



    「あいつのダチの晶っていんだろ?あいつボコしといたし、あとは時間の問題だな!」
    「まじすか!」
    「おうよ!」













    …俺…何してんだろ。








    19話「今頃」


    廊下がざわざわと賑わっている。
    いつもの比じゃないくらい。
    「…?」
    なんか…嫌な予感がするな…。
    関わらない方がいいと思ったけれど、恐怖心よりも好奇心の方が勝ってしまい、廊下に出てみる事にした。

    そして、目の前にいた、ひそひそと話している同じクラスの男の子二人に話しかけてみる。

    「ねえ…何があったの?」
    「あー、なんか女の事で揉めてるみたい。」
    …女の事…?浮気とかそんな感じの話かな?
    僕には関係ない話だろうな。
    でも…こういうゴシップとか三角関係は智明の大好物だから…教えたら喜んでくれるかな…。
    なんて呑気な事を思いつき、
    「誰と誰が揉めてるとか…分かる?」
    と尋ねてみると、隣の子と目を合わせ少し複雑な表情をした。



    「…智明さん、確か…幼馴染だったよね…?」
    「……えっ…?」

    すると、この子の隣にいた子が、僕の肩を叩き耳にそっと囁いた。

    「なんか…いきなり殴りかかったらしいんすよ…親の仇か!ってくらいボッコボコにしてて…」


    …あいつ何してんの。
    智明の女の話…多分朱里さんの事で何か揉めてるんでしょ?
    賢い智明なら…もっとうまいこと出来たはずじゃないの…?


    「…教えてくれてありがとう、君、名前は?」
    と尋ねると、僕を真っ直ぐ見つめて、自己紹介してくれた。


    「澁澤環、こいつは丸岳徹。」

    …しぶさわたまきとまるおかてつ…
    アニメに出てきそうなくらいかっこいい名前だな…。
    …僕も人のこと言えないくらい名前かっこいいけど。

    ……なんて、言ってる場合じゃない。
    ふざけるな、松田龍馬。

    すると、徹くんが人混みの方を指差して
    「俺ちょっと保健室行って色々貰ってきますね!」
    と言いながら、環くんと僕にお辞儀をして保健室に走っていった。


    「…環くんは智明と仲良いの?」
    と尋ねると、首を振りこう答えた。
    「…いや?名前しか知らないよ。」
    「…そっか…」
    …名前しか…か。
    じゃあ…智明に対して悪い印象持っちゃうよね…。
    ……ちょっと、悲しいな。
    根はいい奴なのに。

    環くんの隣に立ち、環君の顔を横目で見てみると……顔つきというか…雰囲気が、どことなく智明に似てるような……。



    その時、ざわざわ声がいきなり静かになった。

    …何だろ。

    行こうとすると、環くんが僕の肩を掴みこう言った。

    「…今の智明さんを見たらきっと後悔する。」

    …後悔……?
    ……智明が今、どんだけ血を浴びてようが、傷だらけになってようが

    「…そんなんで後悔するくらいなら、今頃友達じゃなくなってるよ。」



    と言ってから、環くんの手をぽんぽんと叩くと、
    「……なら、良いんです」
    ふんわりと笑って、人混みの方を指差した。

    …環君…やっぱり智明に似てる。
    似てるのを理由に何か余計な事を言われたりしないかな…。
    余計なお世話だろうけど…損はしないよね…。
    「環君も…色々気をつけてね。」
    と言いながら環君に向けて手を振ると、手を振り返しながら優しく微笑んでくれた。
    「うん、ありがとね……松田君。」

    松田君…?
    松田じゃなくて龍馬でいいのに…って、僕若干智明化してない…?
    …智明…、待ってて。


    ぐっと体の中心のあたりに力を入れ、人混みをかき分けながら中心にいる智明を見つけに行く。


    …不思議だな、クラス表を見に行くときはこんな勇気なんて出なかったのに。

    よし、もうすぐ中心だ…智明の金髪が見






    「…………!」


    名前を呼ぼうとしても、声が出なかった。



    智明は、黒髪の男の子の胸ぐらを掴み、
    幼馴染の僕でさえも見たことないくらい怖い顔をしていた。


    「と……むぐっ…!」
    また名前を呼ぼうとすると、口を塞がれ、無理やり智明から遠ざけられてしまった。


    「…今あいつの名前呼んだらお前がターゲットになんぞ。」
    …晶さん。

    「すまん、苦しかったよな。」
    「…晶さん……智明…何があったの?」
    僕の口を塞いだ事を謝りながら、僕腕を掴み、どこかへ連れて行く晶さんを見ると、腕や脚、よく見たら首のあたりにも包帯が巻かれていた。

    「……怪我してるの…?」
    「せやで……智明はな、うちのせいであんな荒れてるんや。」
    ……晶さんのせいって…?

    「晶さん…それどういう意味…?」
    と、早歩きで歩いている晶さんに尋ねたその時、廊下にいる環くんと目が合った。


    環くんは、晶さんを見た瞬間目を見開き、
    「…晶……?」と小さな声で呟いていた。

    ……知り合い…?



    20話「おい晶」




    「おい晶…龍馬さんを連れて来るなら報告くらいしてくれよ…今日すっぴんなんだぞ…。」
    「お前いっつもすっぴんやろ、分かりにくいボケすんなやアホ、ちょっと話したいことがあったから連れてきたんや。」

    晶さんに無理矢理手を引かれ、連れて来られた先は保健室だった。

    …徹君もう行っちゃった後なのかな…?
    もし居たら色々聞きたい事あったのに…まぁ、同じ学校だし、また今度でいいか。

    ソファーに腰掛け、仲良くきゃいきゃいと言い合っている二人を見ていると、明人君の周りに薬や包帯が置いてあることに気付いた。

    …晶さん…明人君に看病してもらってたのかな?
    明人君の周りに置いてある物を見ていると、明人君が
    「…龍馬さんに面白い人だって思って貰いたくて…。」
    と言いながら、こっそりと前髪や身だしなみを整え始めた。

    …明人君…本当に僕のこと好きなんだ…。
    「いや面白かったよ!いつもすっぴんじゃないかー!ってツッコみたかったもん!」
    と言ってみると、目を見開き手をカタカタ震わせ、僕の前に跪いてこう言った。

    「…結婚式いつにします?」
    「えっ?」
    僕の手を取り、目をキラキラと輝かせ見たことないくらい微笑む明人君。
    「あ……えっ……と…?け…っこんは気が早いんじゃ……。」
    「愛に時間なんて関係ありません、そうですよね?」
    「んん……?」
    なんて答えようか悩んでいると、晶さんが
    「ええから本題に入らせろ馬鹿明人?」
    と言いながら明人君の頭を軽く叩き、僕の隣に座った。

    「痛い、暴行罪。」
    「黙ってろストーカー……まず何から話そう…流石にこれは踏み込みすぎやし…やからといってこれは面白すぎてあかんな……。」

    独り言をぶつぶつと言い、悩んだ後、晶さんが顔を上げてこう言った。


    「龍馬君は、自分の能力についてどこまで知ってる?」
    ……どこまで…?

    「……夢に出てきたものを…自分の体で再現できるって事…かな。」
    と説明すると、何回か頷きながら僕の目をじーっと見つめ、こう言った。


    「やってみて」
    「……え…?」
    「やから、夢に出てきたものを再現出来るんやろ?やってみて」
    そんな……いきなり…言われても…。
    智明の事と関係あるのかな…。
    どの夢が分かりやすいかな…と悩んでいると
    「おい晶、何の話してんのか分かんねえけどさ…龍馬さん困らせんなよ」
    明人君が、晶さんを止めてくれた。
    「…分かった、すまんな。」
    そう言って立ち上がり、救急箱の中から、ハサミを取り出す晶さん。

    「…何してるの…?」
    と尋ねても何も言わず、ハサミをチョキチョキと鳴らす晶さん。


    次の瞬間、ハサミをよくアニメや映画で見る、ナイフ投げのような感じで持ち、僕めがけて投げるようなフリをした。

    「…おい、何してんだ晶。」
    晶さんを睨みながら低い声で、脅すように声をかける明人君。
    「…ただ試すだけや…救急車なら呼んだるから…な…」
    と言った後、ハサミの刃をそっと撫で、









    僕に向かってハサミを投げた。


    まるでダーツをしているかのように、平然と。


    「龍馬さ…ッ!!!!!」
    明人君がそう叫び、立ち上がろうとしたのが見えた。
    晶さんが僕を睨む顔も、ハサミの刃が蛍光灯を反射して光っているのも、しっかり見えた。



    まず僕は向かってくるハサミを少し避け、持ち手の部分に人差し指と中指を入れた。

    そしてもう片方の手でハサミの刃の部分を持ち、指を抜き、ハサミの中間の部分を握る。

    ソファーから立ち上がった僕は、目を見開き、嬉しそうな顔をする晶さんを殴り、よろけた晶さんを足で突き飛ばして腰のあたりに座ったんだ。

    そして晶さんの長い前髪を掴んで、喉元にハサミを突きつけ…






    ……あれ…僕……何してんの…?




    「…うわあ…えげつないな…ウケる。」

    と、自分の喉元にハサミが突きつけられているのにも関わらず、まるで他人事のように呟く晶さん。

    「…あ……?…え?……え……?」
    僕の後ろには、何が起きているのか理解出来ずに、慌てている明人君が。

    「……龍馬くん…お前ほんまにすごいな今まで見て来た中で一番の逸材や…
    なあ







    アリス。」


    「……え…?」


    …なんで…これがアリスの力だって事…知ってるの…?


    すると、晶さんが、体制を少し変え、ハサミを握っている僕の手を人差し指でツンツンと突いた。
    「あ…ご…めん……。」
    と謝ってから、ハサミと、前髪をつかんでいた手を離し、晶さんの腰から立ち上がる。

    晶さんは「よいしょ…」と言いながら立ち上がり、前髪を左手でほぐすように直した。
    そして
    「どうして知ってるの?」と声に出したわけでもないのに、晶さんは僕の疑問に答え始めた。

    「カルマルートの過去編で…カルマ様がハサミを投げた瞬間のアリスの対応を綺麗に再現してるな…龍馬。」
    言われてみれば…一片のアニメでこんなシーンあったっけ…。
    …晶さんも…一片の報い好きなんだ…。

    「小説版のカルマルートではこのシーンでカルマ様は大怪我を負って左目を隠すことになるんやけど……龍馬はアニメ版を再現したみたいやな?」

    わあ…すごい詳しい…。

    晶さんの言葉に頷いていると、凄いことに気づいてしまった。

    僕…夢の中ではアリスになって少し仕事をしてただけなのに、アリスの動きを全部再現出来るんだ…。
    …凄いな、この能力…。

    すると、晶さんが溜息を吐き、僕の肩をぽん、と叩いてからこう言った。


    「やっぱりあかん…龍馬、使わせたうちが言えることじゃないけど…あんま能力使うな。」

    …え?
    「……どうしてダメなの…?」
    と尋ねると、晶さんはこう答えた。

    「能力を使いすぎるとな、必ずと言っていいほどその人にとって不幸なことが起こるんや。」

    「…不幸なこと…?」

    「うん、1ヶ月前…心が読める能力を持った人がいた…でも、その人は…人からの好意や嫌味を全部受け止めてしまって…




    …自殺した。」




    晶さんの言葉に驚いて固まっていると、晶さんが自分の能力の説明をし始めた。

    「うちの能力はまだ言ってなかったな…うちは人の特徴とか性格、声とかをコピーする事が出来るねん。」

    …だからあの時目を光らせたり、明人君のモノマネが出来たんだ…。
    「でも、前さ…一回だけ…不幸な事が起きてん。」

    …不幸な事…?
    「……何が…起きたの…?」
    と尋ねると、少しだけ笑い、こう答えた。



    「…自分が誰か、分からへんくなった。」

    …!

    「人の真似ばっかしてるとさ…ほんまの自分とか…自分の素顔とか…自分が考えてる事が分からへんくなるんよ…やから好きな人が出来ひんねん…自分の事すら信じられへんから…な。」

    …晶…さん…。

    …確か、彩さんも少し前に、夢と現実の区別がつかなくなった事があるって言ってたっけ…。。
    すると、その時、さっきまで何も話していなかった明人君が、僕の隣に立ち、目の前の晶さんにこう言った。


    「おい晶…何の話してんの?」
    ……あ、そっか…明人君は知らないのか…。
    能力のこと、能力を持たない人に話しても大丈夫かな。
    でも話したって信じて貰えるとは思えないし…どうしよう。

    何て言おうか悩んでいると、晶さんが明人君に
    「ゲームの話やで明人。」
    と言った。
    …やっぱり、話しちゃいけないのか。

    しかし明人君は不機嫌そうにムッとして、こう返した。
    「ゲームで龍馬さんがアリスの動きを完コピできるわけねぇだろ。」
    わあ…ど正論…。
    すると、晶さんも負けじと言い訳をし始めた。
    「最近のゲームはすごいんやから明人、な?」
    しかし、明人君は首を振り、僕の手にあるハサミを指差してこう言った。

    「さっきお前がハサミで脅されてる時僕もここに居たんだぞ、適当なこと言って誤魔化すなよ。」
    …明人君…。
    晶さんの方を見ると、一回頷いて、こう呟いた。

    「…中二病とか、馬鹿らしいとか…絶対言わへんって約束できるか?」

    すると、明人君は少し考えてから、そっと頷いた。
    しかし晶さんは納得出来なかったのか、明人君を少し睨み、
    「朱里と智明に絶対言わへんって約束できるな?」
    と、尋ねた。
    すると明人君はさっきとは違い、すぐに頷いて、僕が持っているハサミをまた見てから、
    「ああ、決意を表すために…小指でも落としましょうか?親分?」
    と言った。
    「やめて、冗談に聞こえへん。」

    …本当に仲良しだなぁ……。
    「…仕方ないな、明人、まずは何が知りたい?」
    晶さんがそう質問すると、明人君は少し考えてから、
    「んー…じゃあ、能力を手に入れる条件とかあんの?」
    と質問した。

    晶さんは明人君の質問を確かめるかのように一回深く頷くと、指で何かを数えながらこう答えた。
    「あるよ、人それぞれやけど大体は…トラウマか恐怖症か嫉妬やな。」

    …トラウマと…恐怖症と…嫉妬…。
    ……あれ?

    「ねえ…僕の能力は?夢に関するトラウマとか恐怖なんて無いけど…」

    と尋ねると、一息置いてから、優しくこうつぶやいた。

    「龍馬の頭ではそうやろうけど…身体は相当ストレス感じてたんやと思うで。」
    ……そうだったんだ。
    「…嫉妬は滅多に無いパターンやから置いといて」
    と言いながら明人君の方に身体を向けて、晶さんが低い声でこう言った。
    「明人、お前能力欲しいんやろ?」
    すると、明人君が一瞬困った表情をしてから


    ゆっくりと、頷いた。

    …能力欲しいんだ。

    晶さんが呆れたように溜息を吐き、イライラしたような口調でこう言った。
    「言っとくけど、能力手に入れたってええ事なんかないぞ。」
    すると、明人君が僕をちらりと見てからこう答えた。

    「…好きな人と同じ能力者になりたいって思うのは…そんなに変なことかよ」

    ……明人君…。

    明人君の言葉を聞いた晶さんが、嬉しそうに口角を上げ、
    「愛されてるなぁ龍馬…。」
    と言い、数回頷いた後、少し声のトーンを上げてこう質問した。

    「分かった!なら明人に一個だけ聞きたいことがあるんやけどええか?」
    「なんだよ、」


    「明人のトラウマって何?話してくれたら思い出したショックで目覚めるかもしれんねん。」


    ……なるほど…。
    でも…結構酷なことさせるなぁ…。
    なんて考えていると、明人君が震えた声で
    「……誰にも言わないって、約束できるよな。」
    と、言った。


    「言わへんよ、うちの口の硬さ知ってるやろ?」
    「……僕も言わないよ。」
    晶さんと二人で明人君にこう言うと、目をぎゅっと閉じてから、か細い声で自分のトラウマを話してくれた。


    「…トラウマじゃないかもしんねえけど…中学の時…さ」

    震えた声で、呼吸と同時に汚い何かを吐き出すかのように続きを話した。

    「……男でいるのが、嫌になった事があるんだ。」



    21話「林檎」



    5月9日、朝



    龍馬さんの部屋の様子を外から覗き、ほんの少しだけ見える彼の影を頼りに、今している行動を予測する。

    …多分、今は制服に着替えてるな…。
    覗きたいけど我慢しよう。
    今見たら別の意味で元気に……コホン。


    見たい欲を必死で抑えてから、マンションに背を向け、高校へ走る。

    龍馬さんのマンションと高校はそんなに遠くないから、龍馬さんが着替えてる間に走れば龍馬さんに見られる事なく間に合う。

    クソガキに
    「え、まだ朝早いのになんで走ってんのあいつ」
    と言いたげな目で見られてるけど気にしない。
    僕の走り方が間抜けだからかもしれないけど、気にしない。
    人の事を見て色々考える暇があんなら自分の顔面をなんとかしろよ、ブサイクが。



    校門に到着し、息を整えながらスマホの内カメラで前髪と自分の顔を確認する。
    …あー…相変わらずクマがひどい。
    こんなんじゃ「ブサイクが」とか言えねえな。
    …なんだっけな、クマを隠すにはコンシーラー?とか使った方がいいのか?
    …今日買って帰るか。

    近くの薬局の場所を思い出しながら、龍馬さんを待つ間だけ、スマホにイヤホンを刺し、気に入った曲を大音量で流す。

    …相変わらず一ミリも歌詞が理解できない。
    ていうか日本語じゃないからなんて言ってるか分からない。
    でも、取り敢えずただただメロディーとリズムの取り方が好き。


    壁に身体を預け、スマホをいじりながら時間が経過するのを待つ。


    …なんとなく、検索アプリを開いて、今聴いている曲の日本語訳を検索して、一番上に出てくるサイトを開くと、画面に表示された文章に、思わず目を見開いた。




    『貴方が月なら私はそれを隠す雲
    貴方がアダムなら私は蛇
    追放されてもいい?
    嘘はいいの、いいよ、大丈夫
    私には貴方しかいないけど、貴方はそうじゃない。
    貴方には太陽があって、貴方にはイヴがいる。』




    ……なるほど、この曲が好きな理由がわかったよ。

    だけど、ふと違和感を感じずにはいられない。
    …これ、僕に合いすぎてないか…?



    まるで…僕のために誰かが書いたみたいな…。

    ……いや、やめよう、自意識過剰すぎる。


    3回くらいリピートしてから、イヤホンを外し、少しずつ人が来始めた校門へ視線を移動させる。
    龍馬さんが来るまで…あと10分くらいかな…。

    数回咳払いをし、制服の形を整えたり、シャツを第1ボタンだけ開けたりして、ほんの少しだけ身だしなみを整える。

    …まだかな、龍馬さん。
    「おはようございます」って噛まずに言えるかな。
    なんて考えながら校門を見ていると、ふと、視界の隅に何かが見えた。


    …?
    さっき見えたその「何か」を確かめるため、キョロキョロと見渡してみると、校門に入ってすぐの場所にある木々に囲まれた薄暗い場所で、女が座り込んで、壁に背を預けているのが見えた。


    ……って……あ?
    あれ…もしかして晶か…?
    いや、あれは晶だな。
    あのもみあげは晶だ。
    あいつ何してんだ…?新種の嫌がらせか?
    いや、もしかしてあの晶が体調崩してんのか?

    ……まぁ、僕には関係ないし、ほっとこ。
    と思い、晶から目を逸らし龍馬さんを待つことにした。


    …あ、
    …おい。
    ちょっと待て。
    ちょっと待て池崎明人。


    確か龍馬さんの好みのタイプは友達思いな人だよな?

    龍馬さんから見たら僕と晶は友達同士だ。


    いや龍馬さんが言うなら僕と晶は親友だ
    龍馬さんが全て正しい

    その親友を助けたとなれば龍馬さんは
    「明人君友達思いだね!」と褒めてくれる
    だから今僕がここで晶を助ければ晶が色々察して龍馬さんに
    「明人が助けてくれたんやでー?」
    と言ってくれるそうすれば龍馬さんが
    「明人君…本当はみんなに優しい子なんだ…」
    と思って僕の好感度急上昇よし行くぞ池崎明人僕は晶を助ける晶を助けて龍馬さんと付き合待ってそれは気が早いかでもああもうなんでもいい龍馬さんに褒められるぞうおおおおお!


    頭の中で自分にそう言い聞かせながら、晶の元へ歩み寄る。

    「おい、お前何してんの。」
    壁に背を預け、うなだれる晶に声をかけると、少し顔を上げて、こう話し始めた。

    「いやぁ…なんかな、朱里の友達に襲われてん。」
    ……は?
    「そのせいで身体めっちゃぼろぼろやねん、助けて。」
    …?
    不審に思いながら、晶の前に腰を下ろすと


    晶の体には無数の痣があり、口の端には晶が拭いたのか、血の擦れたような跡が付いていた。
    「おい…なんだよそれ…化粧……じゃねえだろ?」
    「メイクでこんなことするかアホ…。」
    …そりゃあ、そうか。
    晶はこんな嫌がらせ嫌いだもんな…。


    晶と僕は、一年の時に知り合って、それからかなり長い時間一緒にいたんだ。
    龍馬さんがクソ明と過ごした時間に比べればまだまだだけどな。
    そのせいか、何となくだけどお互いの考えてる事が分かるようになってきたんだ。

    だから、今は本当に暴力をふるわれて、身体中が痛いっていうのが分かる。
    …まぁ…今日くらい優しくするか。
    晶の肩を優しくぽんぽんと叩き、顔をそっと覗き込んで
    「…保健室行くか。」
    と尋ねると、コクコクと頷いてから、僕の手をキュッと掴んでこう言ってきた。

    「その前にトイレ行きたいな……あっきー、おんぶ。」
    は?
    「無理。」
    …あぁ、ダメだ…優しくするんだった。
    でも…おんぶは…。
    筋力的な問題で無理だな。
    最悪晶の怪我が増える可能性がある。

    保健室は一階にあるから階段の心配はねえけど…。
    あー、ここに筋肉バカの智明が居ればな。

    なんて考えていると、女として見栄を張りたかったのか、晶がこうつぶやいた。
    「あ、言っとくけどうち重くないで!43キロやし!身長165の43!BMIはなんと驚異の15.7!ガリッガリや!」
    …やべえ、そんな事言われても晶の身長からの平均的な体重が分からん。

    …43キロのBMI15.7?よく分かんないけど多分痩せてる方だな、自分でもガリガリって言ってるし。
    「お前の体重が5キロなら考えてた。」
    「は?」
    「…40キロ代は…肩を貸すレベルだな。」
    「それでいい、立たせて。」

    晶の手を両手で握り、ぐっと僕の方に持ち上げて立たせ、晶がふらつかないように肩を支えると、晶が少し驚いた顔をしてから、ニヤニヤと笑い出し、僕に顔を向けこう言ってきた。
    「…ほぉ?イケメンやん?」
    「イケメンなのは知ってる。」
    「うわぁ。」
    「行動の事を言ってるんだたしたら…これは龍馬さんのためにしてる事だから一般的に見ればイケメンとは言えないんじゃないか?」

    と、晶のニヤつき顔を真似しながら言うと、数回頷いてから、照れたように笑い、こう言った。

    「なるほどね、全部察した!龍馬に惚れて貰うためやろ?」
    「…………………違う。」
    「壊滅的に嘘下手やな…でも優しいとこあるやん明くん?」
    「だろ、惚れたか?」
    晶を笑わせるために冗談を言うと、僕から目を逸らし、黙り込んでしまった。
    「……」

    ……あー、そうだ。
    こいつは誰にも惚れないんだった。



    『子供の頃から、人を心の底まで信じる事が出来ない』
    って言ってたもんな。


    「…なあ明人」
    「ん?」
    「嫉妬したらごめんな?…この前龍馬にさ、「好きな人いる?」って聞かれてん?」
    「…うん。」
    「…うちさ、すっごい焦って…適当に誤魔化す事が出来ひんかった。」

    ……そりゃあ、唐突に言われたら誰だって無理だろ。
    さっきまで誰かが『私の好きな人は○○君!』
    みたいな話をしてたら自分に振られるって分かるからなんとか対応できるけど…。

    「…仕方のねえ事だろ?」
    「うん…でもさ?うちみたいなゴミが普通の高校に溶け込むには、冗談でも好きな人の一人くらい作らなあかんのかな…って思ってさ…。」
    …晶から相談されるなんて…初めてだ。

    ……なんて答えればいいんだ?こういう時…。
    …だめだ…浮かばねえ…。
    取り敢えず考えるフリでもしとくか。

    「んー………?」

    すると、晶が僕が悩んでいることに気付いたのか、いきなり笑い出し、こう言った。
    「あはは!すまんすまん!明人って人から相談されるの嫌いやったな!」
    「何て言えばいいのか分からなくなっただけだ…僕こそすまん。」
    「いいねんいいねん、女子はおしゃべりが好きやから話を聞いてもらえるだけで嬉しいんやで!あっきーもおしゃべり好きやろ?」
    「確かに好きだけど…」

    …そういうものなのか。
    「そういうもんやで」
    ……ナチュラルに心読まれた、怖い。








    龍馬さんと晶と僕の3人で、能力について話した後、晶が
    『もう遅いし二人で帰り!』
    と言ってくれたおかげで、今龍馬さんと肩を並べて歩いてる。

    …普通は晶が言われる側だよな?
    まぁ良い、晶には今度お礼に飯でも奢ってやろう。

    そっと隣を見てみると、僕の隣で自転車を押して歩く龍馬さんが。
    あー…どうしよう、明日死ぬのかもしれない。
    幸せだ、本当に、あぁどうしよう。

    「龍馬さん今日もかっこいいですね。」
    「え?あ…ありがとう…でも明人君の方が僕よりももっとかっこいいよ!」


    ……
    ………………生きてて良かった。

    「あ…ありがとうございます…でも智明の方が…。」
    「明人君は智明よりもかっこいいよ、クラスの子達は見る目がないね!」
    …まさかこんな時に智明に勝ってしまうとは…龍馬さんは無自覚で僕の心臓を壊してくる…。

    落ち着け池崎明人、今の僕は完璧だ。
    話の話題も今なら沢山あるだろ、さっき以上に盛り上がるんだ、ほら、毎晩寝る前に想像してたじゃないか。
    それに今日は晶の話題も…


    「ねえ明人君。」
    「…!?」
    …びっくりした…。
    あー…やっちゃった…龍馬さんから話させてしまった…。

    「ど…どうしました…?」
    僕の事を見て、少し気まずそうな顔をする龍馬さんにそう問いかけると、「えっと…」と悩んでからこう話し始めた。

    「…晶さんの事…どれくらい知ってる?」
    …晶の事……か。
    「…誕生日と血液型と…好きな食べ物くらいしか知りませんね…。」
    と答えると、一回頷いてから消えそうな声でこう呟いた。
    「そっか…そうなんだ。」

    …どうしたんだろう…龍馬さん…。
    なんか泣きそうな顔してるし…知ったかぶりでも晶の事話せばよかったかな。
    あー、どうしよう、どうしよう…。
    えーっと、そうだ、晶のトラウマだ。
    保健室で話してたのと同じような事を話したら少しは…えっと…。
    なんか晶があの性格になった理由の存在がいたような……。
    あ、そうだ…確か…


    「「澁澤環って…」」


    ……あー、これは夢だ、そうだろ池崎明人。
    まさか龍馬さんと言葉がハモるなんてそんなこと有り得るはずがない。
    生きてて良かった、今日は晶に感謝だな。

    …というか…龍馬さん、澁澤の事知ってるんだ。
    龍馬さんの頭の中にしばらく澁澤って名前が入ってたんだ、いいな。
    まぁ僕龍馬さんの中だったら一番のイケメンだし、澁澤より勝ち組だな。
    ………いや本当何言ってんだ、僕。


    「明人君知ってるの?澁澤君の事…。」
    純粋な龍馬さんは僕の気持ち悪い考えに気付くはずもなく、さっきより少し明るめの声で、僕の言葉に食らいついてくれた。

    「まぁ…その、晶の口から何度か聞いたことがあるので…。」
    と答えると、小さな声で「やっぱり…」と呟き、また僕に質問してくれた。
    「えっと…もし口止めされてたら言わなくて良いんだけど…その、知り合いなのかな?」


    正直に言おう、晶からは口止めされてる。
    『澁澤環を完全に否定するような奴には言うな』って。

    ちょっとよく分かんないけど…龍馬さんは信用していいと思うから…大丈夫だろ。
    ていうか、晶にはあいつの事を庇う理由なんて無いはずなのに…。

    考えをまとめてから、足を止めて僕をじっと見つめる龍馬さんに晶から聞いた言葉を伝えることにした。




    「知り合い…というか…澁澤は、晶が人間不信になった原因の男です。」






    22話「姉さん」







    自分の部屋の鍵を閉め、制服から部屋着に着替えてから、あの日龍馬さんに見せた僕の日記を開く。

    …龍馬さん…。


    あの瞬間の龍馬さんの顔が、何日経っても頭から離れない。


    恐怖や驚きじゃなく、まるで僕を心配しているような、あの顔が。
    普通自分を襲おうとした奴の心配なんてしない筈だ。
    なのに、それなのに、龍馬さんは僕のことを心配してくれた。


    …僕は…僕は一体どうやってあなたを嫌いになればいい。
    智明にはあの女がいるように、貴方には姉さんがいるのか?僕には晶がいるのか?

    まぁ晶のことは人としては好きだけど、女としては好きになれないんだ。
    晶も同様に僕のことは男として見れない筈だ。
    お互いそういう存在になれるよう努力していたんだから。


    僕は、女になりたい。

    そんな僕が女の晶と付き合ったって、晶を幸せにできる確証も、自分が幸せになる確証もないし、どうせ自分が男だという現実に潰されて辛くなるに決まってる。
    それに、晶と付き合ったら今までの苦労が水の泡になって、ただ龍馬さんにトラウマを与えただけで終わりになる。

    大好きな相手にそんな事出来るわけない。
    それに僕は龍馬さんが好きで、女になりたいのは龍馬さんに愛されたいからだ。

    でも女になったからって龍馬さんが僕を愛してくれる確証なんて…

    ……あー、誰に話してんだ、僕。





    …なんで泣いてんだ、僕。

    ………龍馬さん…。

    あの日、貴方を押し倒さなきゃよかった。


    …中指の腹で目尻を拭い、左手で床を押して立ち上がり、いつも勉強する時に座っている椅子に腰を掛ける。

    そして、机の中から数か月ぶりにスケッチブックやその他諸々の画材道具を取り出し、前髪をピンで止めて、久しぶりに絵を描くモードに入る。

    前は油絵が好きだったけど、今はそんな気分じゃない。
    ボロボロの筆箱からデッサン用の鉛筆を取り出し、まだ何も描いていないスケッチブックのページに、適当に線を引き、アタリを取ってから、何も考えず、ただひたすらに手を動かし、スケッチブックに人間を描く。
    …モデルのいないデッサンなんて初めてだ。
    こんなのデッサンじゃないかもしれないけど。





    気付いたら、スケッチブックには




    ……。


    絵が描かれたページを、苛立ちを込めてビリビリに破る。


    …なんで、今…自画像なんか描いてんだ。
    バカなのか、僕は。

    「…クソ。」
    舌打ちをし、思い切りゴミ箱を蹴り飛ばす。
    散らばった紙屑やスナック菓子のから袋に紛れ、一枚の写真が目に入った。


    …ごめんよ、お前の写真を捨てたりして。
    でも、すまん、お前のことは嫌いなんだ。

    まるで、自分を見てるみたいで嫌になる。

    …なぁ、雪。
    ……お前は、どうしてアリスのことを嫌いになったんだ?

    …どうやってアリスのことを嫌いになればいい?



    その場に座り込み考え込んでいた時、部屋の扉をノックする音がした。


    「明人―、ご飯できたけど…持って行こうか?」

    …姉さん…。

    ……いつもなら、人に食べているところを見られるのが嫌だから一人でご飯を食べるけど。

    …今日は、なんか、

    ……一人で居たくないな。


    「…いや、今日は姉さんと一緒に食べる。」
    扉の向こうにいいる姉さんにそう返すと、嬉しそうに
    「そっか、じゃあ待ってるね!」と言ってくれた。


    デッサンのせいで汚れた手を洗うため、洗面台に立つと、鏡の自分と目が合った。
    …あー、ひどい顔だ。
    目が真っ赤で髪がボサボサで…こんな姿、身内以外に見せられない。


    手を洗い終わってからリビングに移動し、テーブルに並べられた料理を見る。
    「……今日唐揚げなんだ、食べたかったのか?」
    と姉さんに尋ねると、エプロンを脱ぎながらこう言った。
    「うん、晶ちゃんのこと考えてたらなんか唐揚げ食べたくなっちゃって…。」

    へえ、晶のこと考えてたのか…確かに今日1日ずっと保健室だったもんな。
    友達なら心配くらいするか。
    …それより、なんで晶の事考えてたら唐揚げになったんだ?
    あぁ、言われてみればよく食堂で唐揚げ食べてたっけ。
    なんて事を考えながら椅子を引き、ゆっくりと腰掛けると、姉さんが炊飯器に入った炊き立てのご飯をしゃもじで攪拌し始めた。

    …そういえば、僕が保健室に居た時に救急箱取りに来たちっちゃい奴、僕のこと知ってたみたいだけど、晶の知り合いかなんかか?
    なんだっけな、確か名前は…。
    「明人―、ご飯どれくらい食べる?」
    …あー、しまった、考え込んでた。
    「…少なめでいいよ。」
    と答えると、姉さんが嬉しそうに親指を立て、こう言った。
    「了解!大盛りにしとくね!」
    「なんでだよ……。」


    姉さんの冗談に少し呆れて笑うと、姉さんが嬉しそうにまた話し始めた。

    「そういえばさ、明人っていつも学校から帰った後部屋で何してるの?」
    …何してるって言われてもな。
    「特に変わった事はしてないよ、課題したり絵描いたりしてるだけ。」
    と、茶碗の準備をする姉さんに話しかけると、独り言のようにこう呟いた。。

    「明人の絵久しぶりに見たいなー…。」
    …始まった。

    「明人才能あるもん…私明人の絵好きだよ。」
    と言いながら、僕の前に少なめにご飯が盛られた茶碗を置く姉さん。

    才能がある、か。





    …それ以外に褒める言葉が浮かばなかったのか?


    無知な奴はいつもそうだ。
    どうせそっちから話を振っておいて、僕が自分の創作物について語ったら「難しい」だの「怖いね」だの言って誤魔化して話を変えるんだ。
    「抽象的な絵画」がそんなに難しいか、言葉を理解出来ないなら幼稚園からやり直せ。
    挙げ句の果てには「なんかガチでやってる人って苦手なんだよな。」って言うんだろ。
    どうせ晶の言っていた心を覗ける奴がこれを聞いたとしても「被害妄想」とか言うんだろ。



    すまねえな、全部経験済みだし現実だよ。


    後で姉さんがうるさいから、ちゃんと「いただきます」と言ってから、小さめの唐揚げを一つ頬張る。

    「…美味いよ、姉さん。」
    「ふふ…ありがとう!」

    衣がサクサクしてて,衣自体にもほんのりと味付けがしてあるのか、学食や売店で食べる唐揚げより少し味が濃い。
    でも噛む度鶏肉から肉汁が溢れ出てきて最高だ。
    …久しぶりに唐揚げ食べたけど、やっぱり美味しいな。
    晶が好きな理由も分かる。
    味付けも僕好みだし、明日にでも晶に自慢してやろうか。
    ……明日晶が学校に来れたらの話だけどな。

    もう一つ唐揚げを口に入れ、ゆっくり咀嚼する。
    …やっぱ姉さんの料理は美味いな。


    しばらく食べることに集中していると、姉さんがいきなり失礼な事を言ってきた。

    「明人ってご飯不機嫌そうに食べるよね。」
    「は?」
    「美味しいって言うのはわかってるんだけど…その、眉間にシワが寄っててさ…。」
    自分の額を指差しながらこう言われ、首を少し傾げてから自分の眉間を触ってみると………あー、本当だ…。

    「…よく見てるな。」
    「目の前に座ってるんだし見ないほうが難しいよ…」
    「それもそうか。」
    「もー…天然だな…はぁ。」
    とわざとらしく溜息を吐いてから、小さめの唐揚げを頬張った。


    姉さんが唐揚げを頬張った瞬間、食卓がしん…と静まり返った。


    ……何か話すか…?
    姉さんばっかり話題振らせたし…うん…。
    龍馬さんについての話は共通の話題になるけど…今は話さないほうがいいよな。
    一週間くらい前のことだけど、僕が晶に教えたせいで広まっちまった。あの口軽女が。
    …どうしようか、話題……学校のことでいいかな。

    「…今日…学校…どうだった?」
    と尋ねると、嬉しそうに親指を立ててこう言った。
    「ん!…私はね、新しいカプの可能性を閃いてしまったんだ!後で授業中にメモったやつ見せるね!」
    「勉強しろ。」
    不真面目代表かこいつは。
    …まあ授業中に紙吹雪作って僕の背中に入れたレンよりかはマシか。
    ずっと猫背だから気付かなくて、家帰ってブレザー脱いだ途端バサーっと…。
    …大人しいフリしてた時だったから怒れるに怒れなかったし。

    「後でメモ帳見せるね!」
    「いらん。」
    「アリラフの両片思いあるよ?」
    「…いくらだ。」





    20XX年5月9日 水曜日


    智明の事が気になってあまり眠れなかった。
    でも少しだけ夢を見た、久しぶりに普通の夢。

    夢の中で僕は僕ではない人物になってた。
    晶さんくらいの髪の長さで、絵を描く事とアイドルが好きな子だった。
    イヤホンで曲を聴いてて、出かける時も絵を描くときもずっとそのアイドルさんの曲を聴いてた。

    その子のスケッチブックには、その子の好きなメンバーさんがページいっぱいに描いてあるんだ。

    その人が踊っているところや、その人が笑っているところ、他のメンバーさんと一緒になってふざけてる姿に、何か凄い賞に選ばれたのか、壇上で肩を震わせて泣いている姿がページいっぱいに。

    変かもしれないけど、僕も今とは生き方が違ったら、この子の好きなアイドルさんみたいになっていたのかな、と思ってしまった。

    そのアイドルさんと僕を比べちゃダメなんだけどね。
    でも、表舞台でファンと交流する。
    そんな生き方も悪くないかな、なんて。
    何言ってるんだろ、夢日記の影響がもう出てきたのかな。



    23話「いちごスムージーとロイヤルミルクティー」




    5月20日。



    日曜日。

    あれから、智明は学校に来なくなった。
    来れなくなったんじゃなくて、来なくなった。
    それに、智明に電話をしても出なくなったし、メッセージを送っても既読すら付かなくなった。

    少し恥ずかしいけど、僕が智明に連絡をしなくなったり、僕が学校に行けなくなった事は今までに何回もあった。
    なのに、僕がどんなに智明に対して冷たくしてしまっても、どんな時でも智明は僕の事を支えてくれた。

    …だから、今度は僕が智明にお返ししなきゃいけないんだ。

    その為に、事件の当事者である朱里さんに相談したくて、6人で出かけた時待ち合わせていた駅前に朱里さんを呼び出す。

    朱里さんは、僕がついさっき唐突に思いついた事なのに「良いよ!バス停で待ってて!」と快く了承してくれた。
    こういう人がモテるんだろうなぁ、と思いながら、あの日明人君が座っていたベンチに座って朱里さんを待つ。


    しばらくすると、ラフな格好の朱里さんがバス停から僕に向かって手を振ってきた。
    ベンチから立ち上がって朱里さんの方へ歩み寄り、まずは突然呼んだ事を謝る。
    「突然呼んじゃってごめんね、朱里さん。」
    「いいんだよ、智明の事は私も心配だったしさ。」
    「ありがとう…。」

    …智明は本当に色んな人から愛されてるな。
    ……あれ?


    「…朱里さん、その指どうしたの?」
    自分の髪の毛を撫でて整える朱里さんを見ていると、手に絆創膏が貼ってあることに気付いた。
    「え?」と不思議そうな声を上げながら首を傾げる朱里さんに
    「ほら、右手の…中指のところ。」
    と、絆創膏の位置を教えると、そこを左手でそっと撫でてからくすりと笑ってこう言った。

    「あー…これはね、不良殴った時にアザができちゃってさ!」
    「へ…へぇ〜…」
    ……朱里さんだけは怒らせちゃダメだ。
    「あー、じゃあ、とりあえず…ここは人がいっぱいいるからどっか行こっか」
    と、僕が怖がったことに気付いたのか、朱里さんが周りを見渡しながら、こう尋ねて来た。

    …確かに、ここで学校で起きた暴力の事を話すのは良くないかもしれない。
    「そうだね…じゃあ…ショッピングモールにあるカフェでも行く?」
    と尋ねると、嬉しそうな顔でこう言った。

    「うん!ちょうどそこのクーポン持ってるし!」




    ショッピングモールの一階にある、本屋さんと隣接したカフェに行き、客席を見てみると、休みの日だからか、客席には仲の良さそうなグループや、カップルが沢山いた。
    ……大丈夫かな、この中にいたら朱里さんと僕がカップルって思われないかな…。
    そんなの朱里さんに申し訳ないよ…朱里さんには智明がいるのに…。

    カフェの入り口で、メニューが書いてある看板を見ながら悩む朱里さんに
    「…朱里さん何にするか決めた?」
    と尋ねると、メニューを指差し真剣な顔でこう聞いてきた。
    「…いちごスムージーってカロリー高いかな。」
    「…多分、そこそこあると思うな…。」
    「そっか…じゃあダイエット中だしやめとこ…。」
    ダイエットか…女の子だな…。
    今のままでも十分細いと思うけど…。

    「私決めた、ホットのロイヤルミルクティー!ロイヤルだしホットだしゼロカロリーでしょ。」
    …ちょっと意味分からないけど、朱里さんがいいならいいか。
    「龍馬君は何にするか決めた?」
    下を見ていたせいで落ちてきた髪の毛を耳にかけながら、僕にこう尋ねる朱里さん。
    「うん、アイスコーヒーにしよっかなって。」
    と答えると、鞄の中に手を入れながらこう言った。
    「分かった、注文しとくから先に座ってて!」

    …女の子に払わせるなんて、ダメだよね。
    「いや、そんなの悪いよ…朱里さんが座ってて。」
    「後で返してくれたら良いから、ね?」
    強引に朱里さんに背中を押され、「ごめんね」とお詫びを言ってから、喫煙席の向かい側にあるソファー席に座る。


    「おまたせ!」
    と、番号札を持って僕の向かいの席に座る朱里さんに智明についてのことを尋ねる。
    休みの日だからカフェにも人が沢山いたけど、騒がしいし、僕ら2人の会話なんて気にしないはずだ。
    「……智明、やっぱり…停学とかになっちゃうのかな…?」
    と、小さな声で尋ねると、朱里さんが首を振りこう言った。


    「……あの時の目撃者は生徒だけでしょ?その中に晶ちゃんの事を心から好きな子がいっぱいいるから大丈夫だよ。」
    …確かに、晶さんの事を好きって人はよく見かけるけど…。
    「大丈夫って…何が?」
    と尋ねると、朱里さんが少しだけ周りを気にしてから小さな声でこう言って来た。


    「晶ちゃんが上手く手を回してくれるから大丈夫って事。」

    手を回す…?
    …晶さんは頭良いんだなぁ…。
    でも…失礼だけどちょっと心配かも。
    「晶ちゃんは交渉が上手いし説明も脅しも上手いからねー!私も何回かパシられたことあるよ!自慢にならないけどね…ふふ。」

    と言いながら足を組み、くすくすと笑いながら水を飲む朱里さん。
    …あれ、
    ……なんで朱里さんって晶さんについてこんな詳しいんだ…?
    それに、僕が知らないだけかもしれないけど…晶さんと朱里さんが話してる所ってあんまり見たことないような…。


    「ねえ、何で晶さんについてそんなに詳しいの?」
    不思議に思って、朱里さんにそう尋ねると、少し暗い顔をしてから、鞄からメモ帳を取り出し、乱暴に一枚破り取った。

    そして、そのメモ帳にサラサラと文字を書き始め、書き終わった文章を僕にこっそりと見せてきた。


    【誰にも言わないって約束出来る?】


    そんなに深刻な問題なのかな…。
    でも、このままじゃ話が進まないから仕方ないか…。

    そっと頷くと、朱里さんも僕と同じように頷き、メモ帳の裏にまた文字を書き始めた。
    ペンをぎゅっと握りしめ、深く息を吐いてから最後の一行を書き、メモ帳を僕に見せた。




    メモ帳には、こう書かれていた。






    大きな声じゃ言えないんだけど、
    晶とは昔からの仲なんだ
    だまっててごめんね

    私もまだ死にたくないんだ





    と。

    「…どういうこと…?」
    頭が真っ白なまま、勝手に身体が声を発した。
    すると、朱里さんが下唇を軽く噛み、目をぎゅっと閉じてこうつぶやいた。


    「…ごめん、まだ言えない。」

    朱里…さん…。

    「…いつか言ってくれるの?」
    目を開き、潤んだ目で僕を見つめる朱里さんにこう尋ねると、一瞬驚いた顔をしてからそっと頷いた。
    「……じゃあ、その時を待ってるからね?」
    と言いながら、ほんの少しだけ朱里さんに顔を近づける。

    「…ありがとう、龍馬君って、本当に優しいんだね。」
    「お待たせしましたー、アイスコーヒーとロイヤルミルクティーでございます。」











    女子トイレの個室の中で、誰にも聞こえないくらい小さな声で溜息を吐き、

    右手の中指の付け根に出来た赤黒いタコを撫でる。

    …晶、ごめん。
    私、ダメだ。
    ずっと晶の背中を見てたけど…私じゃ晶にはなれない。
    晶がいなきゃ何も出来ない。
    ……晶、どうすればいい?
    「助けて」って言ったら助けてくれる?

    …いや、ダメだ。
    晶にばっかり頼っちゃ。
    私にも出来る事があるんだ、それをしよう。
    まずは目撃者の情報を集めなきゃ。
    全員から少しずつ証言を集めて…いや、まずは智明のケアが必要か。
    トイレから出たら龍馬君に頼んで智明の家に行こう。
    行ってみんなで雑談をするんだ、いつも食堂でしてたみたいに。
    ……大丈夫かな、智明。

    もう一度大きく息を吐き、中指の絆創膏を貼り直してから、個室から出る。
    …あー、メイク直さなきゃ。

    化粧直し用の鏡の前に座り、メイクを治すために鞄の中のポーチを取り出す。
    「………?」
    ポーチの中を覗き込むと、リップやアイラインに混ざって何か黒い小さな機械が入っていた。
    ……何だろう、これ。

    …まさか…ね。

    女子トイレから出て周りを見渡すと、見覚えのある男が携帯を触るフリをしながら私を監視していた。

    ……大丈夫だよ、私は逃げないから。

    「おまたせ!次どこ行こっか?」

    女子トイレ前のソファーで携帯を触って待っていた龍馬君にそう話しかけると、顔を上げ、携帯をポケットにしまいながら
    「うん…!次…智明のところ行く?お菓子でも買っていったらあいつ喜ぶよ!」
    と言った。

    …龍馬君、やっぱり智明のこと分かってるな。
    さすが幼馴染だ。
    「そうだね! じゃあ下のスーパーに行ってお菓子買おっか!」
    「うん!」



    チラチラとこっちを見てくる男達を一人ずつしっかり睨みつけてから

    小さい蜘蛛のシールが貼ってある盗聴器を、そっとゴミ箱に捨てた。



    24話「見てっからな」



    「あ…ごめん龍馬君…!ちょっと待って!」
    朱里さんと、スーパーに向かって歩いていると、朱里さんが突然立ち止まり、ポケットに入れていた携帯を取り出して、画面を操作し始めた。

    「どうしたの?」
    と、携帯を操作する朱里さんに尋ねると、僕の方へ少し近寄ってから、携帯を耳に当てこう答えた。
    「…彩ちゃんから電話、もしもし?」
    彩さん…か。
    「…どうしたの?…うん………買ってきてあげるよ、後で返してね?」

    …買ってきてあげる?おつかいの頼みかな?
    「なんて言ってたの?」
    と、彩さんとの電話を切った朱里さんに尋ねると、本屋さんのある方角を指差し、こう言った。
    「『今日一片の最終巻が発売するから買ってきて!』だって。」
    そうなんだ…彩さん忙しいのかな?


    「…なんで明人君に頼まないんだろう…。」
    「明人君に頼んだら「黙れ」って一蹴されたらしいよ。」
    …明人君らしいや。
    「先本屋さん行っていい?」
    「うん!…智明の用事が終わったら彩さんのとこも行かなきゃね。」
    「だね…。」

    と、話しながら歩いていると、目の前の人と肩がぶつかってしまった。
    「あ…ごめんなさい…。」
    と、さっきぶつかった人の背中に謝ると、
    ぶつかった人が、携帯をポケットにしまいながらそっと振り返り、首を傾げながら僕をじっと見つめた。

    さっき僕がぶつかった人は、長い前髪をざっくりと分け、オーバーサイズのパーカーの袖を捲り、ダメージの入ったジーンズを履いた女の人だった。
    …すごい美人さんだ…。

    でも、どこかで見たことあるような…。
    あ…それよりも、わざわざ振り返ってこっちを見るってことは怒らせちゃったのかな…?

    「あ…す…すみませんでした…!」
    もう一度謝り、今度はしっかり頭を下げようと、身体を女の人の方に向けると、朱里さんが震えた声でその女の人の名前を呼んだ。








    「……晶…ちゃん。」
    「よう、朱里ちゃん。」


    ……晶さん?
    そっか、晶さんだから見覚えがあったんだ…。
    女の子って髪型で結構変わるんだなぁ…。
    …晶さん、怪我ちょっとだけ治ったみたいで良かった。

    と、勝手に納得していると、朱里さんが僕を晶さんから隠すように移動し、いつも通り明るい口調で、晶さんに話しかけた。


    「晶ちゃん、どうしたの?用事?」
    「いや?暇やから本買いに来たんよ。」
    「そうなんだ、でもここじゃなくても駅前の本屋にも売ってるんじゃないの?」
    「あそこ品揃え悪いねんって…。」


    …普通の会話に聞こえるけど、なんとなくギスギスしてるような気がする。
    さっき朱里さんが話してたことと何か関係あるのかな。

    「私もまだ死にたくないんだ。」
    …だっけ?
    ……どういう意味なんだろう。

    二人の会話を聞きながら考え込んでいると、突然晶さんが焦った口調で
    「そういえばさ!朱里は用事大丈夫なん?」
    と、言ってきた。


    「え?」
    「やってさ、さっき携帯…。」
    「彩ちゃんからの電話だよ。」
    「そうなんや…なんて言ってた?」
    「一片の最終巻買ってきてって。」
    「ほぉ…。」
    「だから本屋さん行こうと思ってたんだけど。」
    「うちも一緒に行っていい?ほらうちも用事あるし。」
    「私は構わないけど?」


    さっきからずっと、呼吸をする暇も考える暇も与えさせないくらいの猛スピードで会話を交わす朱里さんと晶さん。
    …なんか…ちょっと怖いな。

    すると、晶さんが朱里さんを押しのけ、僕にこう質問してきた。

    「龍馬くん、本屋さんさ、うちも一緒に行って良いかな?」

    …まじか、どうしよう。
    朱里さんの話を聞いた後だったら、なんかちょっと怖くなっちゃうな。
    でも大丈夫だよね、外だから派手な事はしないだろうし、第一僕がいるんだ!
    …頼りになるかはわかんないけどね。

    「良いよ、3人でいこっか!」
    二人を交互に見ながらそう言うと、朱里さんが少し切なそうな顔をしてから数回頷いた。

    すると、何かに気付いたのか、晶さんが僕をじっと見つめてから、朱里さんに視線を移動させ、ふんわりと微笑みかけ、こう呟いた。


    「…二人が話してる所あんまり見た事無かったけど結構仲いいんやな?」
    「そうかな?」
    首を傾げてそう尋ねると、晶さんがさっきよりも嬉しそうに、最後の一文を強調してこう言った。










    「うん、やってさ?なんか大切な秘密を共有してるんやろ?」

    …!

    …まさか…。
    「分かりやす…こんなんじゃアレ仕掛ける必要無かったな…結構高かったんやぞ?」
    わざとらしく僕ら二人から視線を逸らし、少しずつ声のトーンを低くして、淡々と言葉を続ける晶さん。
    「おい朱里、お前はうちにゴミ箱漁れって言うんか?かなりのドSやな、興奮するやん。」

    …これは…朱里さんに言ってるんだよね…?
    話の内容から予測すると「アレ」っていうのは多分盗聴器で…朱里さんは仕掛けられてる事に気付いてゴミ箱に捨てたんだ…。
    それを晶さんは怒ってるのかな。
    …盗聴器なんて、どこから仕入れてるんだろ。


    「…なんてな、お前に比べたらアレなんかただのスクラップや、うちはお前が健康ならそれでいい。」
    すると、晶さんがさっきまで話していた人とはまるで別人のように明るい口調でこう言い、朱里さんの頭を優しく撫でた。

    ……何、言ってるんだろ。
    僕にはちょっとレベルが高すぎて理解出来ないな。
    「…はいはい、ほら早く行くよ」
    朱里さんは、自分の頭を撫でる晶さんの手を払いのけ、まるで何もなかったかのように歩き始めた。


    …この二人にとってはこれが普通なの?
    ……ちょっと怖いな、晶さんも一緒に行って大丈夫かな。
    朱里さんが不安だけど…。



    ……ま、いっか。











    本屋さんに到着し、朱里さんについていく形で一片が置いてあるコーナーへ向かう。
    「一片もう最終巻なんだ…」
    独り言のようにそう呟くと、朱里さんが少し寂しそうに「そうだね…」と答えてくれた。


    …やっぱり、さっきの二人の会話が気になってしまう。
    さっきまでの事が何も無かったみたいに平然としてるのを見たら、二人にとっては盗聴器を仕掛けたり、お互いを脅すのが日常茶飯事みたいで…。
    …失礼だっていうのは分かってるけど、僕…この二人の友達になってよかったのかな。


    「じゃあ私買ってくるね、ちょっと待ってて」
    「あ…うん!」
    レジに向かう朱里さんの背中を見ていると、6人で出かけたあの日の事を思い出した。

    確か智明ここで
    『…お前…彩ちゃんのこと好きだろ。』
    って聞いてきたな。
    僕あの時なんて言ったんだっけ…。

    確か「好きだよ」って言った気がするな。
    ……あぁ、そっか。



    僕、彩さんの事好きなんだ。



    今更実感が湧いてきちゃったよ。
    ……会いたいな。
    彩さん今何してるんだろう。

    ……って、僕ちょっと気持ち悪くない…!?
    彩さんの事考えるのやめよう…。

    …あ…そういえば、あの日晶さんが怖いお兄さんから逃げるように何処かへ行ったのも、何か関係があるのかな。
    あの…晶さんが誰かを脅す時のあの話し方…少しだけあのお兄さんと似てたような…。

    「龍馬」
    「わっ!!」
    「!…びっくりした…いきなり大声出すなや…。」
    …しまった、考え込んでた…。
    少し眉をひそめ、首を傾げて僕の顔をじーっと見つめる晶さんに「ごめんね」と謝ると、晶さんも
    「気にせんでええよ、うちも驚かせてごめんな」
    と、眉をそっと下げ謝ってくれた。

    「うん…えっと、どうしたの?」
    何か僕に用事があるのかと思って、晶さんにこう質問をすると、
    「あのさ、二つ候補があるんやけどさ?龍馬君がどっちか選んでくれへん?」
    と言いながら、少し遠くにある本棚を指差した。

    「え?選ぶの僕でいいの?」
    「うん、むしろ龍馬君がいい」
    …役に立てるかな…。






    「…あの…晶…さん?」
    「ん、何?」
    「選んでほしい本って…」
    「うん、BL」
    晶さんは平然とそう呟き、本棚から適当に2冊を取り出し、僕に見せてきた。

    「どっちが良いと思う?」
    「あー……」
    「こっちは脳筋受けやねんけどな?うちは脳筋には攻めでいて欲しいんよ、でも好きな漫画家さんの本やから迷ってんねん…でこれは面白そうやし脳筋攻めやねんけど絵柄がちょっと苦手なんよな…」
    「…あー…」

    …どうしよう、何を言ってるのか全く分からない…。
    僕に選んで欲しいって言ってたから…僕がいいなって思った方でいいのかな…?

    「…脳筋受けは…?晶さんが好きな漫画家さんなら…ストーリーも晶さんの好きな感じになってるんじゃないかな…?」
    僕が思った通りにそう伝えると、晶さんが目をキラキラと輝かせ
    「あ!…せやんな…やっぱ好きな漫画家さんを選ぶよ!ありがとう龍馬君!君こそうちのソウルメイトや!!」
    と嬉しそうに言ってから、僕が選ばなかった方の本を本棚に片付けた。

    「あー…ありがとう…」
    …よく分かんないけど…役に立ててよかった…。
    嬉しそうに表紙を見つめる晶さんから目を逸らし、本棚にある肌色の多い表紙を横目で見ていると、ふと黒を基調とした綺麗な絵柄の表紙が目に入った。

    表紙には、服を脱いでいる途中のような格好の、綺麗な顔の男性が描かれていた。

    多分…胸が隠れていたら、みんな女性だって思いそうなくらい綺麗な顔立ちの人。
    でも、思わず二度見するくらい綺麗だけど、男の人の身体には痣のような、キスマークのようなものが所々についていて、美しさと同時に性の生々しさを…

    …あれ。


    …なんか……。








    この人…明人君に似てるような…。

    似てるというか…ほぼ明人君みたい……。
    明人君がモデル…とか…そういうわけじゃないよね…?
    「龍馬君、どうした?」
    その時、考え込んでいる僕に気付いたのか、晶さんが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。

    …晶さんなら察しちゃいそうだな。
    明人君本人に言わないとしても、今は僕らのうちの誰かにこれを見せちゃダメな気がする。
    何か…この本に気付かせない方法は…。
    …そうだ。



    「晶さんってどうして腐女子になったの?」
    「…へ?」















    『智明君、最近どう?』
    「…まあまあだよ」

    聞き慣れた優しいトーンに似合わないくらい無機質なボイスチェンジャー。

    『智明君…最近学校サボってるみたいだね。』
    「…あぁ」

    俺の事は知っているくせに自分の事は何も言わない女と、「最近どう?」から始まる当たり障りのないただの会話をここ数年、毎週繰り返している。

    普通の人なら異常だと思うだろうけど、

    普通なら変なんだろうけど

    俺にとってはこれが全てだった。



    俺が俺で居る為には

    俺が「智明」で居る為には




    『妹さんは?元気?』
    「…本当になんでも知ってんだな、お前。」









    20XX年5月20日



    今日は少し前と同じ夢を見た。
    僕がアイドルオタクの女の子になっていっぱいイラストを描く夢。
    今回はその子の好きなメンバーさんの事を少し知れた。
    名前とか顔は覚えてないんだけど、髪型とか衣装ははっきりと覚えてる。

    その子がその人の写真を見ながら真剣に描いてたからかな。
    確か黒髪で赤いジャケットを着てて、少しふて腐れたような顔をしてたな。
    不機嫌?というか、クールな人だった。

    で、その子が友達?か家族?かな?と話しながらスケッチブックに絵を描いてたんだけど、突然スランプが来て描けなくなるんだ。

    友達?は「大丈夫だよ、そういう時もある」って言ってくれるんだけど、その子は「こんなんじゃダメだ」って言いながら震える手でシャーペンを握りしめて線を描き続けるんだ。

    でも全然上手く描けなくて、次第にイライラし始める。
    友達も心配して優しく声をかけるんだけどその子の耳には届かなくて…。
    最終的にはその子が
    「もう少しで○○さんの誕生日なのに」
    「私の唯一の取り柄を使って真剣にお祝いしたかったのに」って頭を抱えちゃうんだ。
    …少し悲しい夢だったな。

    もし、これが夢じゃなくて本当に起きた事だとしたら、すごく悲しい。
    …あの子、誕生日に絵描けたかな?
    描けてたらいいな。
    全く知らない子だけど僕は君の絵が好きだよ!頑張れ…!

    今回はすごく長くなっちゃった気がする、でもなぜか最近すごく細かく覚えてるんだ!
    そのおかげで日記を書くのが楽しいよ。
    次はどんな夢を見るのかな…。






    25話「忘れてくれへん?」



    …晶さん困ってるな…。
    確かに知り合って間もないやつに「なんで腐ったの?」って聞かれても少し困惑するに決まってる。
    僕なら多分
    『な…なんでだろう……?忘れちゃった…あはは…』
    みたいな事を言ってはぐらかしちゃうよ…。
    あーどうしよう…。

    「晶さん…あの…」
    質問を取り消そうとすると、僕が慌てているのがそんなに面白かったのか、晶さんがクスクスと笑いだした。

    「ふふふ…そんな慌てんでいいのに」
    「で…でも」
    「そんな気使わんでええよ、うちは全然大丈夫やから」
    と言いながら、僕の肩をポンポンと優しく叩いた。
    …晶さんは優しいな。

    「…晶さんかっこいいね」
    「今更気付いたんや、遅れてるな」
    「そういうのいいからさっさと話して」
    「!?…な…なんでうちが腐女子になったか…やんな?」
    晶さんのボケをぶった切ると、目を見開いてから僕の質問を繰り返し、数回頷いてからこう答えてくれた。

    「まぁ、一番は朱里が勧めてきたおかげやねんけどさ…それだけじゃなくて、ちっちゃい頃から男に囲まれた生活してて自然とな…。」
    「そうなんだ…」
    男に囲まれた生活…?兄弟がいっぱい居るのかな?
    だとしたら…晶さんは絶対良いお姉さんだろうなぁ。
    なんて呑気なことを考えていると、晶さんが少し震えた声で、こう呟いた。


    「龍馬結構頭いいからさ…朱里から聞いた事合わせたら…色々察せるやろ?」


    …朱里さんから聞いた事…か。
    あのメモの事かな。

    『大きな声じゃ言えないんだけど、
    晶とは昔からの仲なんだ
    だまっててごめんね

    私もまだ死にたくないんだ』
    …だっけ。

    男に囲まれた生活で…2人は命に関わるような危ない事に関わってるって事?

    ……まさか、ね。
    いや、もし本当に僕の勘が当たってたら、あの日晶さんが怖いお兄さんから逃げた理由も分かる。
    …本当に、友達にならないほうがよかったかも…。

    すると、晶さんが突然、僕の考えてることを察したのか、あの日の帰り道と同じように低い声でこう呟いた。

    「やからさ、うちはうちらしく生きようと思うんよ、今までもこれからも…ずっとな。」


    晶さんがそう呟いた瞬間、僕の頸に何かひんやりした物が触れた。
    それが晶さんの手だと気付いた時には遅くて、力強く首の後ろをがっしりと掴まれていた。
    「何…してるの…?」
    晶さんの行動が理解出来なくて、固まっていると、少しだけ僕の首に爪を立て、晶さんがまるで僕を脅しているかのようにこう呟いた。
    脅しているように、というか…本当に脅しているんだろうけど。

    「なぁ…さっきの事ぜーんぶ忘れてくれへんかな?松田。」
    「…え?…忘れるって、どういう意味…?」
    「そのままの意味や。」
    そんな平然と言われても…。
    「黙っててくれ」って言われると思ったのに…なんで…?
    これも晶さんの考えなんだろうけど…。
    晶さんのしている行動が理解出来なくて固まっていると、晶さんが僕の恐怖心に気付いたのか、僕の耳に優しくこう囁いた。



    「…怖いの?」
    …怖いに決まってるじゃん…。
    さっきまで普通にしてたのに、突然脅されたりしたら…。
    そっと頷くと、晶さんが少し焦った様子で言葉を続けた。
    「そっか、怖がらせてごめんな、うちもこんなことしたくないねんけど…」
    と言いながら、僕の首を掴んでいた手を移動させ、


    そっと、後ろから僕を抱きしめてきた。
    「ちょっ…!晶さん…!?」
    さっきまで僕を脅してたのに、なんでいきなり…。
    「…何?」
    「は…離れて…」
    と言い、晶さんの右腕を掴んで無理矢理剥がそうとすると、右腕を離し、左腕だけでさっきよりも強く僕を抱きしめた。
    「……いやや、離れへん」
    なにそれ…。
    あーもう…どうしよう…。

    身動きが取れなくて固まっていると、晶さんが楽しそうにくすりと笑ってから、僕をからかうようにこう言ってきた。
    「…龍馬君って結構ウブやな…」
    「…そうかな…」
    僕がウブというか…晶さんがいろいろ慣れてるだけなんじゃ…。
    「誰が尻軽やねん。」
    「そ、そこまでは言ってないよ!」
    またナチュラルに心読まれた…。

    …そういえば晶さん、前に心読める子と知り合いだったって言ってたけど、その子の能力をコピーしてたのかな?
    だからナチュラルに心読めるんだ…。
    「察しいいやん、部下に欲しいわ。」
    …ほら、言ったそばから。
    なんかもう慣れちゃったよ。
    「部下…?」
    晶さんにそう問い返すと、呆れたように言葉を続けた。
    「そう部下、日給三万でどうや?うちの手作りやけどしっかりご飯食べれるし…龍馬君に似合う洋服も買ってあげるよ?それに能力についても調べ尽くしてあげる。」

    これは…勧誘されてるんだよね?
    本気なのか冗談なのか分からないよ…。
    「うちは仕事の話じゃ冗談言わん主義やねん、分かるな?」
    また心読まれちゃった…
    どうしよう…本気なんだ……。

    下唇を噛んで必死に頭を働かせていると、晶さんが僕から腕を離し、さっきよりも優しくこう尋ねてきた。
    「…うちに気い使ってるんやったら日給は出さへんし、仕事も簡単な事しかさせへんけど…それでも嫌かな?」
    え…?そこまでしてでも僕が必要なの…?
    晶さんの考えてることは分かんないや…。
    …でも、少しでも晶さんの役に立てるなら…。
    「簡単な仕事って、例えば…?」
    興味本位でこう尋ねてみると、晶さんが嬉しそうに話し始めた。

    「興味持ってくれたん?んーせやなぁ…簡単な仕事やから…計算とか書類の整理とかかな?無償やからそんなおっきい仕事任せられへんし…うち片付け苦手やからそういう存在がいたら助かるなぁー…あ、でも智明には内緒やで?」
    と、腕を組み、楽しそうに数回頷きながら説明をしてくれる晶さん。
    書類整理か…いい社会勉強になりそうだし、それくらいなら…助けになれそうかも。

    と考えていると、晶さんがまた僕の心を読んで、勝手に返事をした。
    「助けになってくれるん?ありがとう!!嬉しいよ!!」
    …最初はちょっと怖かったけど、慣れたらそうでもないかも。
    「んーん、こちらこそありがとうね」
    とお礼を言うと、嬉しそうに「うん」と返事をした。

    「あーでもほんまに無償ってのは気が引けるなぁ…朝ごはん作りに行ってあげよか?」
    いや…女の子にそんな事させるわけには
    「必要ないよ」
    「でも…。」
    「んーん、少ししか手伝えないからしてもらう資格無い。」
    と答えると、晶さんが目を輝かせ僕の手をきゅっと握った。
    「そんなん気にせんでいいのに…でもありがとうな?」

    ……こんなに喜んでくれるんだ…。
    「んーん、こちらこそありがとう」
    晶さんに向かってお礼を言うと、首を傾げ、僕を不思議そうに見つめた。
    「晶さんの助けになれて嬉しいよ」
    と言って微笑みかけると、目を少し見開き、突然頭を抱えた。


    「あー!!!やっぱ無理!賃金は無理でも朝食は出させてくれ!!毎朝家行って作ってあげるからさ!!」
    「毎朝!?いや、女の子にそんな事させるわけには…」
    晶さんに朝から迷惑をかけるわけにはいかない…。
    ……あれ、さっき…何話してたっけ?

    「いいから気にせんといて?うち料理あんまりできひんけどさ





















    龍馬君がいっつも食べてるインスタントの焼きそばよか栄養あるもん作れるよ。」



    「…え?今何て…」
    晶さんが言った言葉を確認しようとした途端、晶さんが僕の背後に回り込み、僕の背中に硬い金属の塊のようなものを押し当てた。

    「ちょっ…晶さん…何して…」
    僕の背後にいる晶さんにそう尋ねると、さっきと同じ声のトーンで、僕の背中に押し当てている金属について、こう質問してきた。

    「これ、なんやとおもう?…チャカっていうんやけど…龍馬君にはちょっと難しいかな?」
    …チャカ…?
    晶さんが呟いた三文字の意味が分からなくて固まっていると、大きく息を吐き、僕の耳にこう囁いた。
    「分からんのなら…今ここで音鳴らして教えたるけど?」
    「…え?」
    音を鳴らすって…。
    「全然頭働いてないやん…かわいいなぁ…明人が夢中になるわけや…。」
    と言いながら、背中から金属を離し、手に持っている金属の塊を僕に見せつけた。



    「通報してもいいよ?…でも、こっちにも策がないわけじゃない、どういう意味か分かるな?」



    やんわりと僕を脅す晶さんの手には、







    拳銃が握られていた。

    「…っ!?」
    に…偽物だよね…?
    本物を持ち歩くわけないもんね…晶さんがそんな事するわけ…。
    「本物なわけない」と、自分に言い聞かせていると、晶さんが少しだけ笑い、
    「いやぁ?これは本物のチャカやで?…持ってるだけでゾクゾクするな…もしかしてうちアブノーマルな趣味あんのか…?」
    と言い、また僕の背中に拳銃を突き付けた。
    …ど…どうしよう…。

    「な…何がしたいの…?」
    さっきまで仕事の話してたはずなのになんで僕に拳銃を突きつけるんだろ…。
    もしかして仕事の話は冗談だったとか…?でも冗談を言う理由は?

    ……晶さんは、なんで僕を何回も脅すんだろう。
    なんで僕を脅すたびに優しく接すんだろう。
    …これが終わったらまた優しく接してくるのかな?






    …中途半端だな…僕を脅して言いなりにしたいならさっさと足くらい撃てばいいのに。
    弱虫が。







    背中に押し当てられている拳銃をぎゅっと握り、少しだけ動じている晶さんにこう問いかける。

    「晶さん…彩さんとは最近どう?相変わらず仲良し?」
    「…あぁ、仲良しや。」
    「そうなんだ、良かったね、彩さんは晶さんに出来た初めての『普通の』友達だもんね?」

    僕がそう言った瞬間、晶さんが大きく息を吸い込んだ。
    「…やからどうした。」
    …釣れた。
    よし、晶さんを見習って…僕も脅してみようかな。
    呼吸する暇も与えずに。


    「2人が異常だって事彩さんは知らないんだよね?女の子三人で彩さんだけ仲間外れなんだ。」
    「…は?」
    「あー!だからあの時不良に絡まれている彩さんを守ってたんだ!」
    「…」
    「そうすれば恩を感じた彩さんは晶さんから離れなくなるかもしれないもんね?」
    「…やめろ、そんなんじゃない、ただうちは」
    「彩さんはかわいそうだな、普通の女の子だったのに普通じゃない友達に利用されてさ?」
    「…黙れよ。」
    「彩さんだけは唯一普通だったのにさ?


    …同情しちゃうよ。」

    と言った瞬間、晶さんが僕から拳銃を離し、無理やり僕を振り向かせ、胸倉を掴み本棚に押さえつけた。
    「彩の事も朱里の事も何も知らんくせに知ったような口聞くなや…脳天ぶち抜くぞ。」
    …へぇ
    「…やれよ、玩具で人が死ぬとは思えないけど。」
    しっかり目を見つめてそう言いながら、僕の胸倉をつかむ手をそっと握ると、晶さんが下唇をぐっと噛み締め、僕から乱暴に手を離した。


    「…玩具やっていつ気付いた?」
    …やっぱり。
    「普通に考えて、晶さんが銃を仕入れられるとは思えなかったから。」
    と言うと、晶さんが数回頷き僕にこう尋ねた。
    「……もし本物やったらどうしてた?」
    「だとしても…晶さんは僕の事撃てないでしょ?」
    少し首をかしげてこう言うと、晶さんが
    「…まぁな、うちは弱虫やから…」
    と呟き、少し悲しそうに笑った。


    ちょうどその時、レジ袋を持った朱里さんが僕ら二人に話しかけてきた。
    「ごめんね、人がすごい並んでてさ…。」
    と、少し申し訳なさそうに眉を下げる朱里さんに「気にしないで」と言うと、少し泣きそうな顔で「ありがとね」とお礼を言ってきた。



    …気のせいかもしれないけど、晶さんと朱里さん…表情の作り方が似てる気がするな。
    昔からずっと一緒に居るから似たのかな…。
    だったら僕と智明も側から見たら似てたりするのかな?

    なんて考えていると、晶さんが
    「…うち本買ってくるから外で待っててくれへんかな?」
    と言いながら、僕の選んだ本ともう一冊違う本を手に取った。
    「分かった、待ってるよ。」
    「龍馬君行こっか」
    「うん」







    「龍馬君」
    本屋さんから出た瞬間、朱里さんが僕の名前を少し低い声で呼んだ。
    「?」
    隣の朱里さんへ視線を移動させると、僕が朱里さんを見た事が分かったのか、朱里さんも僕の方を向き、こう質問してきた。








    「晶に何した?」
    「…え?」
    「晶になんか変な事吹き込んだでしょ?」
    …何で…知ってるの…?
    「知ってるとかじゃないんだよ、ずっと一緒に居たから分かるの、晶はさ、嫌な思いをした時と、事を早く済ませたいときは焦って口数が少なくなるんだよ。」




    26話「能力を持っただけの普通の女の子」





    「なあなあ、これでほんまに大丈夫かな。」
    晶さんが、本の入ったレジ袋を見ながら、朱里さんと僕にこう尋ねてきた。

    「良いと思うけど…何か足りないものとかあったかな?」
    と問い返すと、晶さんがレジ袋の中身を覗き、そっと首を横に振った。
    …どうしたんだろう。

    「晶何か気になることでもあるの?」
    何かを察したのか、朱里さんが困った顔をする晶さんにこう尋ねた。
    すると、晶さんが朱里さんの声を聞いた途端その場に突然立ち止まり、目を見開き、声を発した。

    「あ”…」
    …?ど…どうしたんだろ…。
    誰が見ても、何か異変があったと分かる顔をしている晶さんに
    「大丈夫……?」
    と尋ねると、思い切り首を横に振りこう答えた。
    「無理…」
    「む、無理!!??」
    「朱里!!来て!こっち来て!!」
    「え!!??」
    「良いから!!早くせえやノロマ!!!」
    「えぇ!!??」
    晶さんが突然大きな声を出し、無理矢理朱里さんを近くに寄せ、耳にそっと何かを囁いた。

    すると、朱里さんが数回頷いてから、晶さんの肩に手を回し何処かへ誘導した。
    「…歩ける?」
    「ゆっくりなら……」
    ……?晶さんどうしたんだろ…。

    「どうしたの…?」
    2人の行動が理解出来なくて、2人にこう質問すると、晶さんが少し考えてから、
    「……アレや、女に来るアレ」
    と答えた。

    「女に来るアレ?それって……あぁ」
    なるほど…僕に出来る事は何もないね…。
    色々納得し、2人の真似をして数回頷くと、申し訳なさそうに眉を下げ、
    「龍馬君ごめんな…ちょっと待っててくれへん…?」
    と言いながら、近くにあった休憩用のソファーを指さした。
    「分かった…女の子って色々大変だね…」
    晶さんが持っているレジ袋を持ち、ソファーに座ると、悔しそうに下唇を軽く噛み、朱里さんとトイレに向かった。
    「うん…ごめんな、ありがとう…」





















    トイレに入り、
    「晶、ナプキン貸……ッ」
    と言いながら鞄を開くと、晶が私の口を塞ぎ、無理矢理女子トイレの個室に入った。

    「……ッ…ちょっと…何……」
    頭が混乱し、晶を問い詰めようとした時、晶が私の唇を人差し指で押さえ、私にしか聞こえないくらいの小さな声で話し始めた。
    「…龍馬の事で話がある」

    …成る程。
    晶いつも龍馬君に付きまとってるもん。
    …これ以外理由ないよね。
    私の唇を押さえている晶の手を離してから
    「…龍馬君も能力者なの?」
    と尋ねると、ゆっくりと頷いた。




    「うん、うちらと同じ能力者。」




    …あー、だから最近龍馬君の事ばっかり気にしてたんだ。
    ……成る程ね。
    なんか…ちょっと妬いちゃうな、私の時はそんなに気にしてくれなかったのにさ?…まぁ、あの子のことがあったから仕方ないか。
    …そうだ、あとであの事伝えなきゃ。

    「で…龍馬君の能力がどうしたの?」
    今にも怒り出しそうな顔をしている晶にこう尋ねると、私から目を逸らし

    「…あの子、能力が自立してる。」
    と、呟いた。

    「……え、それ結構やばくない?能力が自立って…能力が龍馬君の意思とは関係なく発動してるってこと…?」
    「…うん…相当やばい。」

    私の考えがぴったり当たっていたのが意外だったのか、少しバツが悪そうに下唇を噛み、言葉を続けた。

    「…実は腕に画鋲刺されてん、三箇所。」
    …え?

    当然のようにそう呟き、さっきまで下ろしていたパーカーの袖をゆっくりと捲った。
    すると、晶の言った通り、晶の腕には少し錆びた画鋲がしっかりと三箇所に刺さっていた。

    「うっわ…」
    血は出てないけど、そのせいでさらにリアルで痛々しくて…。
    ……申し訳ないけど、ちょっと気持ち悪い…。
    「龍馬の心読んでたから分かるんやけど…あいつ刺そうと思って刺してないんや。無意識でポスターを留めてる画鋲を取って無意識でうちの腕に刺してんねん。」

    本当にすごいな…龍馬君の能力…。
    「龍馬君の取ったポスターの画鋲はどうしたの?」
    「山ノ江に頼んでなんとかした。」
    …へえ、あの脳筋に頼んだんだ…晶らしくないかも。
    なんて事を考えてると、晶が私の心を読み、勝手に返事をした。
    「あー、でも今回の作戦はうちらしくなかったかも」
    「作戦?」
    晶の呟いた一言が気になって問い返すと、わざとらしくゆっくり頷いた。

    …なるほど、龍馬君の能力を確かめる時間稼ぎのために部下を使ったんだ。
    自分のポケットマネーを使ってでも知りたかったんだよね?晶。
    …部下全員に好きなだけ本買わせるなんてどうしちゃったのさ。

    すると、私の心を読み終わったのか、眉間にしわを寄せながら画鋲を抜き、治療をし始めた。
    「ちょっ……」
    自分の目を覆い、晶の傷口や画鋲を見ないようにすると、晶が私の行動でやっと思い出したのか、慌てながら
    「あ、忘れてた、あっち向いといて!ごめん!!!」
    と言いながらけらけらと笑い出した。
    「晶のばか!!私がそういうの苦手だって知ってんでしょ!!??」
    「ごめんごめん、ははは」

    あーもう…別に良いけどさ…。
    …晶の笑顔見たら何も文句言えなくなっちゃうよ。


    お願いだから、これから先もずーーーっと笑っててね、晶。



    …あれ、なんかさっき言おうとしてたことがあるんだけどな…何だっけ?
    …あ、そうだ、思い出した。
    「晶」
    「もうちょっとで終わるからなー…どした?」
    「事務所の倉庫に隠してた拳銃が無くなったらしいよ?誰かが持ち出したんじゃないかって宮神が。」
    「あー!それなら大丈夫。」
    「なんで?」











    「拳銃ならうちが持ってるから。」










    「おまたせー!今日龍馬君の事待たせてばっかだね…」
    トイレから戻ってきた朱里さんが僕のもとに駆け寄り、焦りながら謝ってきた。
    「んーん、全然大丈夫だよ、気にしないで!」
    「龍馬君優しすぎる…アニメキャラだったら絶対推してるよ…」
    「あはは、ありがとう…。」
    …謝ってくれてる朱里さんには申し訳ないけど…正直女の子と一緒に居るのってって緊張しちゃうから助かってるんだよね…。
    こんなこと思っちゃいけないんだけどね…。

    すると、晶さんが僕の心を読んだのか、くすくすと笑いながら独り言を呟いた。
    「わぁー…ウブウブ龍馬きゅんや…これは受けやなぁ…。」
    ……一発殴っていいかな。
    「だよねー!晶なら分かってくれると思ってた!!」
    あーそうだった、朱里さんも同類だったな
    勉強になったなぁ、殺意ってこういう感じで沸くんだ…。


    本人の目の前で、BL妄想を堂々と話し始める二人を交互に睨み付けていると、僕の後ろから女の子の泣き声がした。

    振り返ってみると、5歳くらいの女の子が一人でその場に立ち尽くし、わんわんと泣きじゃくっていた。
    …お母さんとはぐれちゃったのかな?
    すると、晶さんが女の子の前で屈み、目線を合わせてから優しく話しかけた。
    「どしたん?おかあさんは?」
    あ…晶さんそんな高い声出るんだ…。
    「ぅ…あのね…おかあさんが…いなくなっちゃった…。」
    「そっか…」

    鼻を啜りながら、自分の目をゴシゴシと擦る女の子の手をそっと取り、目を見つめながらやさしく頷く晶さん。
    晶さん小さい子の扱い上手いなぁ…すごい…。
    すると、話し終わったのか、晶さんが女の子と手を繋ぎ、車の展示の奥にあるインフォメーションセンターを指さした。
    「あそこ行こ。」
    「分かった、もうちょっとでおかあさんと会えるからね!」
    晶さんの手をきゅっと握る女の子に精いっぱい優しく話しかけてみると、僕の顔をそっと見上げ、ぼそりとこう呟いた。

    「…ふうせん……」
    「…風船?」
    そう問い返すと、手を握っていないほうの手で上の方を指さす女の子。
    女の子が指をさしているところを見上げてみると、黄色の風船が天井に引っかかっていた。

    …手離しちゃったのかな…?
    「新しいの持ってきてあげよっか…。」
    「私探してくるよ。」


    …風船がないんだよね。
    無くて困ってるんだよね。
    僕に出来る事は…女の子を元気付ける事。

    その為なら。



    「僕が取ってくるよ、まっててね。」





    能力くらい、飼い慣らしてみせる。





    三人から少しだけ離れ、大きく息を吸い込む。
    頭の中で自分の動きをシミュレーションしながら、履いていた靴を脱ぎ、

    展示中の車に向かって走り、上に飛び乗る。
    二人が僕を止める声がしたけど、それを気にしてる場合じゃないんだ。
    車から垂れ幕に飛び移って、天井に引っかかっている風船へぐっと手を伸ばし、しっかりと掴んでから、思い切り飛び降り

    「…っ、よいしょ…はい、風船!もう手放しちゃダメだよ?」
    と言いながら女の子に風船を渡し、頭をそっと撫でてみると、周りにいた人達が僕のした事に驚いたのか、呆然と僕のことを見つめていた。

    「あ…えっと…」
    ……やっちゃった…。
    なんか、すっごい…周りの視線が…痛い…。
    まぁ…車の上に乗って風船取ったりしたら当たり前か…。

    呆然と立ち尽くす朱里さんの隣に居る晶さんへ視線を移動させると、僕と目を合わせ、一回大きく頷き、僕の真隣へ移動した。

    …?
    何をするつもりなんだろう…まさか同じような事をしてパフォーマンスで貫き通すつもりじゃ…。
    なんて考えていると、晶さんが大きく息を吸い込み、見たことないくらい明るい表情で周りの人達へ話しかけ始めた。

    「ご通行中の皆様大変失礼致しました!実は私達はMMSと申しまして、来週この辺りでパフォーマンスをさせていただくんです!」
    …わ、すごい…。
    晶さんってこういう場面に慣れてるのかな…。
    「ですがここだけの話…事務所が相当なブラックでして…あと10人は確実に集めなきゃクビだと脅されてしまってですね、ご迷惑だという事は重々承知していますが出張でパフォーマンスさせていただきました…!」

    ちょっと大袈裟だけど…でも…ちょっとでも能力の事を誤魔化せるなら…。

    そんな時、聞くつもりはなかったんだけど、僕の後ろの方にいた女の子たちの会話が耳に入った。


    「パフォーマーか…だからあの男の人あんなにかっこいいんだ…」
    「ね、すっごい清純そうで良い…」
    「どうする?ドSだったら…」
    「超萌えるんだけど…SNSやってないのかな…」


    ……え…?あの人ってもしかして僕のこと…?
    男の人って言ってたし…僕だよね…やっぱり…。
    清純そうって…?萌えるって……え?…いや、でも…え…えぇ……??


    その時、晶さんが僕の心を読んで察したのか、僕と朱里さんの手を引き、その場から逃げ出した。
    「やっべ事務所の人や!!行くでM・A!!」
    「あ、ちょっと…あ…ッ!!!」
    「仕方ないやろうが!お菓子は諦めんぞM・R!!」
    「なっ…なんでイニシャル…!?ちょっと!説明してよS・Aさん!!」






    ショッピングモールから出て、薄暗い路地裏のような場所に隠れていると、晶さんが呼吸を荒げたまま、誰かに電話をかけた。
    「ゴホッ…おう冴木、ええからはよ来い、場所は……」
    …冴木さん?
    晶さんの部下の人なのかな?


    すると、電話を掛けてから3分足らずで僕らの近くに黒い車が停まり、運転席に座った黒髪の男の人が窓を開け、大声で晶さんの名前を呼んだ。
    「おーーい!!晶さーーーん!!!!来ましたよーーーーー!!!!!」
    「おいゴラ冴木!!でっかい声でうちの名前呼ぶなや!!!!!」
    「晶さんも声でかいじゃないっすか!!!」
    「うっさいわ!!!!!!」

    …おぉ、面白いくらいそっくりだ…。








    冴木さんの運転する車に乗り込むと、晶さんが助手席ではなく僕の隣に座り、
    「冴木…うちちょっと疲れたから寝るわ。」
    と言いながら、パーカーのフードを深く被った。

    「水いりませんか?」
    「いらん」
    「了解っす、曲かけていいっすか?」
    「バラードやったらいいよ」
    「じゃあ晶さんの好きな曲かけますね」
    「サンキュ、おやすみ」
    二人の会話が終わると、助手席に座っていた朱里さんが自分の携帯を操作し、車のスピーカーへ接続した。

    すると、スピーカーからアコースティックギターの音と、じんわりと涙が滲みそうになるくらい胸を締め付けられる綺麗な歌声が流れ、車内の雰囲気が一気に暖かくなった。

    …素敵な曲だな。
    晶さんこんな曲が好きなんだ…。
    もっとハードな曲ばっかり聴いてそうなイメージだったから…少し意外かも。

    あー、でも歌詞の登場人物の考え方が少しだけ晶さんに似てる気がするな。
    本当は凄く素直なんだけど、誰かからこれが素だって思われるのを嫌ってそうな感じが晶さんっぽい気がする…。

    …本当に素敵な曲だな…後で朱里さんから曲の名前教えてもらおうかな?
    なんて考えていると、朱里さんが僕の方を向き
    「…晶もう寝ちゃった?」
    と聞いてきた。

    晶さんの顔をそっと覗き込むと、目をしっかりと閉じ、静かに寝息を立てていた。
    …?
    晶さんの寝ている姿に少し違和感を感じ、視線を落としてみると、

    パーカーのポケットに入れているのか、お腹辺りに銃の形がくっきりと浮かんでいた。

    …おもちゃ、だよね…本当に。

    「…龍馬君、晶寝た?」
    「あ…うん、寝ちゃったみたい」
    晶さんを起こさないように、小声で言うと、朱里さんが僕の目を見て微笑み、晶さんの事を指差してこう言ってきた。

    「晶の寝顔可愛いでしょ?」
    「あ…」
    …なんて返せばいいんだろ…。
    なんて返しても最悪の場合セクハラって言われちゃいそうだな…いや、この二人はそんな事を言う人じゃ…でも……。

    頭を捻らせながら、横目で晶さんの寝顔を見てみると、長い睫毛を伏せ、すやすやと心地よさそうに眠っていた。
    …そっか、晶さんも人間なんだ。

    変な事を言ってるって自覚は勿論あるんだけど…晶さんは何でも出来て、色んな人達から人気だから…どんなに近くに居ても、僕とは違うどこか遠くの存在だって思ってた。
    だけど…晶さんも僕と同じ普通の人間なんだ。
    悲しい時は泣いて、ムカついたら怒って、たまに無茶なわがままを言っちゃうような普通の女の子なんだ。

    ただ、能力を持っただけの…普通の女の子なんだ。





    「…うん、可愛い」















    「晶さん!着きましたよー!!」

    冴木さんが、どこか見覚えのあるガレージに車を停めてから、眠っていた晶さんの名前を呼ぶと、晶さんが低い声で唸ってから顔を少し上げ

    「ん…もう着いたんか…」
    「はい、意外と近かったっすね」
    「な…そんな寝れへんかった…」
    と言いながら、パーカーのフードを脱ぎ、軽く伸びをした。
    「…こほっ」
    だけど、その後ですぐ喉を押さえ、小さく咳き込みはじめた。

    喉痛いのかな…?
    すると、冴木さんが僕に蓋の開いていないお水を渡した。
    …何で僕に渡したんだろう…まぁいっか…。

    「お水飲む…?寝起きだから喉乾いてるかも…」
    と言いながら、冴木さんが渡してくれた水を渡すと、小さくお礼を言いながらペットボトルを受け取り、蓋を開けゴクゴクと飲み始めた。

    …あれ
    「…晶さん…何で顔赤いの?」
    「………何でもない」
    …?












    用事が終わったら僕を家まで送ってくれる事になり、ガレージで待機している冴木さんに頭を下げてから、晶さんと朱里さんの後ろをついて行くと、どこか見覚えのある道ばかりを通っていた。

    あのガレージに…このコンビニに…あのコインランドリー…。
    それにあの白い家…確か大きな犬がいて…よく…僕が小さい頃…。
    「着いたで」
    すると、突然晶さんが家の前に立ち止まり、自分の前髪や服装を整え始めた。

    「ここ何処か分かるやろ、龍馬。」
    「…うん、分からないわけないよ。」

    ミルク色の壁に、こげ茶の屋根。
    黒い4人乗りの車に…「沢田」と書かれた表札。



    …智明の、家。


































    嫌な事があった時や、嫌な事を思い出し号泣した時や一人でした時。
    虚無感に包まれている最中に自分を抱きしめると、決まって中学の時を思い出す。



    教師に犯されたあの日。

    女みたいな見た目だという理由で襲われたあの日を。



    ゴツゴツとした手で身体を弄られて、

    挙げ句の果てにはあいつのせいで消えないトラウマを植え付けられた。

    でも、そんな、乱暴で愛のない行為に




























    感じて ヨガっていた自分が 大っ嫌いだった。










    龍馬さん。

    …貴方なら…わ…違う…僕を救ってくれると思ってた。

    …でもダメだった。
    あの目を見た?まるで汚物を見るような目だった。
    本人にその気がなくても、わた……僕はそう感じた。

    当然だ、あの人にとっては……僕は、汚物同然
    仕方のない事だ。

    いくら血が繋がっていようと、あの人はあの人じゃない。

    ……ダメだ、僕は、あぁ、もう…。
    …ごめんなさい。

    ……龍馬さん…ごめんなさい。
    貴方の友人でいられなくてごめんなさい。





    貴方に犯されたいと思ってしまって、ごめんなさい。





































    姉さんのシャンプーの匂いがする。




























    柑橘系の、爽やかな、女の子らしい匂い。


























    バカだよな。






































    こんなんで、私が女になれるわけないのに。

































    「……………先生…」




    27話「014132751112411285」







    「……行くで…。」
    晶が 前髪と服装と呼吸を整え、一息置いてからインターホンを押した。

    「ねえ晶、なんでそんなに緊張してるの?」
    全部分かってるけど、なんとなーくからかいたくてそう尋ねてみると、下唇を噛み、少し潤んだ瞳で玄関の扉をじっと見つめた。

    「…仕方ないやろ。」
    …まぁ、そりゃあ緊張するか。

    すると、直ぐにベージュ色の髪をした綺麗な女の人が顔を出した。
    「はい…あ…えっと…?」
    「…あ…さ…皐月…さん」
    と、智明のお母さんの顔を見た瞬間、聞いたことのないくらい萎縮した声で名前を呼んだ。
    …良かったね、やっと会えたじゃん。


    「…君、確か…」
    「はい、晶です…。」
    「そっか……おっきくなったね」


    「…ねえ、朱里さん。」
    「ん?」
    ぎこちない感じでボソボソと喋る二人を見ていると、龍馬君が優しく私の肩を叩き質問をしてきた。
    「もしかして…智明のお母さんと晶さんって知り合いなの?」
    あー、そっか、当然知らないよね。

    「うん、というか…晶のお母さんと智明のお母さんが知り合いだったんだよ。」
    と説明すると、小さく「あー」と声を出し頷いた。
    「そうなんだ…」

    …うん、そう。
    知り合い「だった」んだ。
    昔はずっと一緒にいたらしいけど、ある事があって、皐月さんや晶とも会えなくなっちゃったんだよね。


    ……私も会ってみたかったな、晶のお母さん。


    なんて考えていると、智明のお母さんの背後から見覚えのある黒い髪の女の子が顔を出し、恐らく龍馬君に向かってこう言い放った。

    「あ、ウジ虫野郎だ」
    「げっ……華奈…ちゃん…」
    う…ウジ虫野郎…?智明の妹口悪いな…。
    龍馬君もちょっと落ち込んでるし…。
    しかし 「げっ…」と言われたのが嫌だったのか、華奈ちゃんも少し眉にしわを寄せ、むすっと拗ねたような顔をした。

    あぁ…どうしよう、めっちゃ可愛い…妹にしたい…。

    その時、晶が「華奈」という名前に反応し、拗ねた顔をしている華奈ちゃんをじっと見つめた。

    「華奈…?」
    「そうだけど…あんたは?」
    「晶、高2や、華奈は?」
    「中3」
    「来年高校か、よーく顔覚えとくわ」
    「よく覚えときな、私はすぐ忘れてやるけど」
    「そうか、可愛い奴やな」
    「あんたもな」

    …えっと…?初対面だよね…?なんで気持ち悪い感じで打ち解けてんの…?







    「…龍…?朱里…?」
    その時、私達が今日までずっと聞きたかった声が、二人の後ろから聞こえた。
    男らしいんだけど低いわけじゃなくて、でもお腹の底まで響きそうな、





    私の、大好きな声。

    「…智明…」






    すると、智明と私の声を聞いた皐月さんが、智明と私達を見比べてから、少し楽しそうに
    「あー!そっか、智明のお友達か!分かった!さ、入って入って!」
    と言いながら強引に私の手を引いた。
    「え、あ、ちょっ…」
    「いいからいいから!」
    ど、どうしよう…入ってもいいけど…こういう時の礼儀とか分かんないし…。

    「晶…助けて…」
    小声で晶に助けを求めると、晶が嬉しそうに
    「良いやん、お邪魔させて貰おうや!…お菓子貰えるみたいやし…な?」
    と言いながら皐月さんの方へ歩み寄り、にっこりと微笑みかけた。

    「ちょっ…晶…!」
    いくらお母さんが知り合いだったからってそんな事言っちゃ迷惑だよ…。
    なんて考えていると、皐月さんが嬉しそうに大声で笑い
    「ははは!あぁ、そのがめつい感じあいつそっくり!良いよ良いよ!龍君も、ほら、入りな?」
    と言いながら、私達のやりとりを見守っていた龍馬君も家に招き入れた。
    …晶に関わる人達ってみんな晶に甘いなぁ…。
    まぁ…私も甘くしちゃう一人なんだけど…。












    「今お菓子と飲み物持ってくるからね」
    「はい、ありがとうございます」
    皐月さんの案内で智明の部屋に入り、そっと中を見渡してみると、家具が木目のもので統一されてて、部屋の中央の方にある本棚の中も、漫画や小説が1巻から順番に並べ、左から右へ、本の大きさが揃うように整理されていた。

    わー…清潔にしてるなぁ…私の部屋と交換してほしい…。
    見習わなきゃ…。
    帰ったら部屋掃除しようかな?
    …帰りたくないなぁ。

    なんて考えながら部屋を見ていると、智明が私の肩を叩き、少し耳を赤く染めながらこう言った。
    「……あんま部屋見んなよ、恥ずかしいだろ。」
    「え、あ…ごめん……」
    そっか、そうだよね、恥ずかしいよね…。
    何も考えずに入っちゃったけど…ここ…智明の部屋だもんね…。

    …智明の部屋か…。
    ……智明の…。

    ……ダメだ、また考え込んじゃった…。
    「おい、だから見過ぎだって」
    と言いながら少し照れ臭そうに笑っている智明の隣に座り、横目でチラッと顔を見てみると、よからぬ考えが頭を過った。

    …もし、もしもさ。
    晶と龍馬君がリビングに行って、私と智明が二人きりになったら…何か、起きちゃったりするのかな。
    いや、流石に付き合ってないのにそんな事…。
    じゃあもし私が告白したら…?智明が頷いたら?気を利かせた二人が「ごゆっくり!」なんて言って帰っちゃったら?

    あああ本当何考えてるんだろ私……誰か私の顔面一発殴って……。

    心の中で自分を責めていると、ふと私の向かいに座った晶と目が合った。
    ……あっ…。

    色々察した時には遅く、私の心を読んでいた晶が、まるで海外映画のヴィランのように口角を上げにんまりと笑った。


    …殺す。
    「お待たせ、みんなオレンジジュースで良かった?」
    晶を睨みつけ、心の中で脅したその時、ちょうど良いタイミングで皐月さんが飲み物やお菓子を持ってきてくれた。

    「はい!ありがとうございます…!」
    飲み物を私達の前に置く皐月さんにお礼を言うと、嬉しそうに数回頷き、晶の顔をちらりと見て、何故か見せつける様に数回瞬きをした。

    …何かの合図かな…?モールス信号とか?でも初対面なのに何で合図があるんだろ…。

    不審に思った私は晶へ視線を移動させてみると、合図を受け取ったのか、晶が皐月さんを見て一回頷いた。
    …何を伝えたんだろ…
    7回らい瞬きをしたから…確か昔覚えたんだけど…んー…。
    ……ダメだ、思い出せない…。
    …まあいいか…晶の事を詮索する気なんて無いし…プライバシーに踏み込み過ぎたら迷惑しちゃうよね。
    気にしないでおこう。
    ……よし。


    皐月さんが部屋から出たのと同時に、少し気まずそうに俯いている智明に

    「智明…なんかすごい髪伸びたね」
    と言いながら髪を撫でてみると、少し顔を上げ、照れ臭そうに笑った。
    「そうか?…久しぶりに下ろしてるとこ見たからじゃないか?」
    「ふふ、そうかも」

    本当、かっこ悪いけど…見るたびに惚れ直してしまう。
    …なんでこんなにかっこいいんだろ、鼻も高いし……俳優とかいけるんじゃ………あっ。

    向かい側から送られてくる強烈な視線を感じ、大急ぎで智明の髪から手を離す。
    …しまった…晶が心読めるってこと忘れてた…。
    ……なんで学習しないんだろう…私…。


    すると、案の定晶がおどけた話し方で冷やかし始めた。
    「おぉ?いいねんで?もっといちゃついても…な?」
    「そうだよ…ほら…僕達がお邪魔ならどっか行くしさ…?」
    「やめてよ…もう…龍馬君まで…。」
    本当私何してんだ…馬鹿みたい…。

    耐えられなくなって熱くなった頬を両手で覆い隠すと、隣から大好きな声が聞こえ、指の隙間からそっと智明を見てみると、私の大好きな笑顔で優しく微笑んでいた。
    「おい、耳まで真っ赤じゃねえか…そんなに俺と会いたかったのか?」
    「……当たり前でしょ」

    本当…智明どこでこんな事覚えたんだろ…。
    大袈裟なくらい大きく深呼吸をして冷静になろうとすると、晶がいつもより少し低めの声でそっと話し始めた。

    「智明、楽しいムードの時に申し訳ないんやけど…」
    あぁー、もう本題に入るのかな…。
    と思っていると、目の前に置かれたスナック菓子を指差し、小さな声でこう呟いた。
    「…これ…食べていいよな…?」

    …晶のこういうとこ好きだな。
    分かるよ、初めて来るところは緊張しちゃうもんね…。
    「…おう、食っていいぞ」
    智明がそう言うと、嬉しそうに小さい欠片を口に運んだ。







    「そこで彩ちゃんが私の地雷持ち出してさ…。」
    「二人って本当に仲良しなんだよね…?」
    「なぁ、」
    4人で智明のお母さんが持ってきてくれたお菓子を食べながら雑談していると、突然晶がこんなことを口にした。

    「あー…話ぶった切ってごめんな…智明さ、もしかして罪悪感とか抱いちゃってる?」
    「……え?」
    「今ふと思ったんや、もしそうなら…お前優しすぎるなって。」
    …どうしたんだろ。
    もしかして、話してる間ずっと智明の心読んでたのかな…?

    晶から智明へ視線を移動させると、智明がちらっと私の顔を見てから、聞いたことの無いくらいか細い声でぽつぽつと話し始めた。

    「…佐江、抵抗しなかったんだ。」
    「…え?」
    「俺が何発殴ろうが…逃げようとも、やり返そうともしなかった。」
    そう言ってから、下唇をぎゅっと噛み締め大きく息を吐いた。

    …智明…。

    「…佐江を殴っている間…自分が自分じゃ無くなっていくような…そんな気がしたんだ。」


    智明の部屋が静寂に包まれたその時、さっきまで黙り込んでいた龍馬君が口を開いた。
    「…智明さ、もしかして「俺が100%悪い事にすればみんな傷付かなくて済む」とでも思ってんの?」
    「…!」
    えっ…龍馬君…こんな事言える子だったんだ…。
    正直甘く見てたな…ただの気が弱い子だと思ってた。

    「そんな事したからって三人の怪我の治りが早くなるわけじゃ無いんだし…正直時間の無駄だと思う。」
    …怪我をした人に佐江も含めちゃう所、優しい龍馬君らしいな。
    「…うん。」
    「正直、あれ以外にもいい方法があったはずだし、智明のやったことは100%許されるわけじゃないよ。」
    「…うん。」
    「でもさ?…今はそれが分かってるだけで十分だと思うんだ。」
    「…うん。」
    「…大丈夫だよ、智明は智明なんだから。」
    「…ありがとな。」
    「んーん…あんまり気にしないで、」

    …龍馬君が智明の幼馴染で良かった。
    もし私が幼馴染だったら…多分、いや、きっとこんな言葉掛けられない。
    私じゃなくて、晶でも、彩ちゃんでも、明人君でも…きっと。

    少し照れくさそうに笑う二人を見ていると、晶も嬉しかったのか、少し高めの声で楽しそうに話し始めた。

    「せやで智明、それにさ

















    佐江を裏で操ってたんはうちなんやし、そんなに考え込む必要無いんやで。」

    「…は?」

    晶…今…何て…。
    晶が突然発した言葉のせいで、晶以外の全員の思考が停止し、さっきまでの賑やかな雰囲気が一瞬で変化した。

    …佐江を裏で操ってたって…晶が私と自分を襲わせて、智明に佐江を…?でも何のために…。
    晶の顔を呆然と眺めていると、これから最近出来た友達の自慢話をする時のように、明るい表情で話し始めた。

    「佐江の本名はイ・パラ、韓国と日本の混血の子やねん。」

    …理解が追い付かない、なんで私はパラの存在を知らなかったの…?
    どうやって隠してた…?
    なんであんな事件を起こしたの…?
    なんて、必死で脳味噌を回転させていると、晶がみんなの心を読んでいるのか、数回ゆっくりと頷いてから、さっきよりも優しい表情でこう言葉を続けた。


    「パラは最近日本に来たばっかの…かわいいかわいいうちの部下や。」


    28話「ずっと見てたから」




    「ん…まず、何であんな事件を起こしたか…やんな?朱里。」
    晶が、自分の前に置かれているオレンジジュースを一口飲んでから、私の頭の中にある一番大きな疑問を口にした。
    「…うん。」
    喉から声を絞り出し、ゆっくりと頷くと、晶も私の真似をし、ゆっくりと頷いた。
    しかし、視線を私から、私の隣に座っている智明に移し、わざとらしいくらい優しい声色で質問を投げかける。

    「最初っから説明してもいいんやけどその前に…智明?」
    「…ん?」
    「なんか…最近龍馬について違和感感じひん?」
    「え…僕…?」
    龍馬君…?龍馬君が何でこの件に関係して…。

    少し気になって龍馬君へ視線を移動させると、慌てているのか瞳を泳がせ、ボソボソと何かを呟きながら浅い呼吸を繰り返していた。
    …成る程、能力の事がバレちゃったらダメだって思ってるんだね。
    「…龍馬君、大丈夫だよ。」
    と言うと、安心したのかゆっくりと頷き、真っ直ぐな瞳で智明を見つめた。

    すると、その瞳に答えるように、智明が数回頷き、優しい口調で龍馬君に向かって話し始めた。

    「…龍、俺が気付かないと思ってたのか?お前とずっと一緒に居たんだから少しの変化くらい気付くに決まってるだろ。」
    「……智明…。」


    少し寂しそうに名前を呼ぶ龍馬君を見て、軽く下唇を噛んでから、
    「…重要な所を掻い摘んででいいから教えてくれないか、俺も詳しくは聞かないし詮索もしないから…頼む。」
    と言いながら晶に向かって少し頭を下げた。
    …掻い摘んで…か、晶なら上手く説明してくれそうだけど…。
    なんて考えていると、龍馬君が軽く首を横に振り、手で自分の両目を覆った。

    「掻い摘んでは説明出来ないから単刀直入に言うね…これを見たら信じてもらえると思うから。」
    と言いながら、右目だけ手を剥がした。
    「…隠しててごめんね、僕は能力者なんだ…僕だけじゃなくて…晶さんと彩さんも。」


    申し訳なさそうにそう呟く龍馬君の目が、まるでアニメに出てくるモンスターのように黄色く光っていた。





    その瞳を見た瞬間、クラスメイトが話していた噂が脳裏を過った。
    「…あの噂って龍馬君の事だったんだ…」
    私がそう呟いた瞬間、龍馬君と智明が同じタイミングで私を見、晶が少し身を乗り出し解説をし始めた。

    「本当はうちも掻い摘んで話すつもりやったんやけど…仕方ないか。」


    晶の話によると、1ヶ月前に龍馬君が自分の能力を使って、さっきと同じように目を光らせ、晶と彩ちゃんに絡んでいた不良を追い払ったらしい。
    すると、根に持った不良がその噂を広め、少しだけ目の事が話題になったんだ。

    だけど、その不良の話を信じる人は少なかった。
    当たり前だけどね。

    でも、信じた人は少なからず居たんだ。
    晶が言うにはそれが問題だった。

    何故かと言うと…信じた人達の中に、影響力のある人、即ち「一軍」が居たらしい。

    不良よりも遥かに影響力のある人達のせいで噂がぐんぐん広まって、二、三人なら簡単に対処できたのに、噂を広める奴の数が二桁になってしまったんだ。
    そんな時になんとか噂を揉み消そうと思い付いたのが、同い年で晶に尽くしてくれるパラを利用する事だったらしい。

    今年の春から高校に通う事になったパラに、晶が「この日のこの時間に告白しろ」と命令した。
    そしてそのすぐ後、晶が賄賂を渡して懐柔した不良を使い、私をリンチした。

    だけど私は不良を返り討ちにしちゃったから、次の案として、晶が自ら不良達の元へボコボコにされに行った…らしい。
    そして、パラには手筈通り自慢話をしろと命令し、智明の暴力事件を起こした。

    そのおかげで、目が光ったなんていう不確かな噂よりも、目撃者の多い暴力事件の方が早く広まり、龍馬君の瞳の噂が揉み消されたらしい。




    「…これが真実や、マジやで、嘘じゃない。一ミリも隠し事のない純度100%や、マジやで、信じてな。」
    「そこまで言われると逆に嘘っぽく聞こえるな…。」
    …辻褄の合わないところはないし…変にねじ曲がったことを言ってるわけじゃない…。
    なら…うん、話は多分本当なんだろうな…。

    「…なぁ、野暮な質問かも知れねえけど…聞いてもいいか。」
    その時、ずっと俯きながら話を聞いていた智明がやっと口を開いた。
    「何や、言うてみ?」
    智明が質問をしてくれるのが嬉しかったのか、晶が少しだけ瞳を輝かせ、身を乗り出した。


    だけど、智明の質問内容を聞いた途端、顔色をガラリと変え、ぐっと黙り込んでしまった。

    「…そうまでして龍馬の噂を消そうとした理由は何だ?」









    「…狙われるんだよ、変な奴らに」

    黙り込んでしまった晶の代わりに、私が説明をする事にした。
    「詳しい事は後で説明するけど…晶と私は昔からの知り合いなんだ。」

    私の話を聞き、下唇を噛みしめる晶、泣きそうな顔で真剣に話を聞く龍馬君、驚いて目を丸くする智明へ順番に視線を移動させながら、言葉を続ける。

    「中学生の頃ね、晶の能力を見せてもらったんだけど…その時…変なスーツを着た男が遠くから晶の写真を…」
    「…やめて。」
    私が詳しく説明しようとしたその時、晶が聞いたことのないくらい震えた声でぼそりとこう呟いた。

    「……あ…ごめん…私…」
    しまった、私何やってんだ…晶の傷口を抉るような事言って…私が晶の一番の理解者なんて自惚れてその癖に晶のトラウマを…。
    …ごめん、本当にごめん…晶…。

    すると、その時智明が私と晶を交互に見てから、そっと口を開いた。
    「…すまん、俺が聞かなきゃ良かった…」
    …あぁ、智明にまで気を遣わせて…私本当何してんだ…。
    心の中で自分を責め続けていると、晶が私と智明の心を読んだのか、申し訳なさそうにこう呟いた。

    「智明は悪くないよ、ただうちが考えすぎちゃうだけやから…あと、うちだけじゃなくて…朱里も。」
    …晶…。
    私が晶の助けになれたら良かったのに…。
    …色々ごめんね、晶。



    「…どうしても隠したいことがあるのならさ、言わないほうがいいんだよ。」
    晶の言葉の後、しばらく続いた沈黙を破ったのは、龍馬君だった。
    「えっ…」
    龍馬君の言った言葉に驚いたのか、晶が少し顔を上げた。
    「だって、それが原因で喧嘩なんかしちゃったら元も子もないでしょ?」
    と、言い終わってから、龍馬君が晶に向かって優しく微笑んだ。
    …龍馬君……。
    君って心の底までいい子だな…幸せになってほしい…。

    「…龍馬の言う通りだな、俺にだって…どうしても隠したい事くらいある。」
    龍馬君の言葉に続けるように、智明がこう言うと、晶が少し不審な顔をした。
    「……ほんまに?」
    「あぁ、いくら友達だからって全部話す必要はねえんだぞ。」
    「そうだよ晶さん、僕にだって誰にも話せない秘密くらいあるから…だから、あんまり気負わないで。」

    晶が優しい二人の言葉を聞き、少し嬉しそうに口角を上げてから、表情をガラリと変え、
    「……二人に…謝りたい事がある。」
    と、自分の能力についての事を少しずつ話し始めた。

    「2年になった瞬間、まぁ…心を読む能力を手に入れた瞬間…から、みんなの心を読むようになった。それが癖になって、心を読まへんかったら誰とも話せへんようになっちゃったんよ。」

    …晶…。
    「優しい人とか、うちの事を好きって言ってくれる人たちの本心を知ってしまうわけやから…人間不信になったり、怖くなって死のうとした事が何回もあった。」
    手をぎゅっと握りしめながら悔しそうに呟き、少しだけ瞳に涙を溜めた。

    すると、晶が私の顔を見て自分の涙に気付いたのか、下唇を軽く噛み、人差し指で涙を拭った。
    「…ごめんな、こんな暗い話して…」
    「いいぞ、気にすんな。」
    と言いながら、智明が少しだけ晶に近付き、肩を優しく撫でた。
    すると、晶が智明の方をチラリと見てから


    「ありがとう、その…さ…やから…何が言いたいかって言うと…話したくない事とか…人に知られたくないような秘密、うちにだって山程あるのに…みんなの心読んで…全部知ろうとして…ごめん。」


    元々少し曲がっていた背中をさらに曲げ、聞いているこっちも泣いてしまいそうなくらいの弱々しい声で謝罪の言葉を口にした。




    「…誰にも言わないって約束してくれるなら、いい。」
    次に静寂を破ったのは、龍馬君ではなく智明だった。
    少し俯いていた顔を上げ、目を丸くする晶の瞳を真っ直ぐ見つめた。
    すると、智明の瞳を見た晶が少しだけ悔しそうにボソリと独り言を呟いた。

    「…勝てへんな、やっぱり。」
    「…?何か言ったか?」
    「何でもない、約束な!」
    「おう、破ったらしっぺな」
    「ちょっと待ってや罰軽すぎん?」
    「じゃあ首ちょんぱはどう?」
    「罰重っ」


    …本当…何て言うか…晶って周りの雰囲気を全部持っていくよね。
    私がしたら「情処不安定」とか「気分屋」って言われてしまいそうな事でも、晶だったら「仕方ない」って思われちゃいそう。
    まぁ、現に私がそう思ってるんだけどさ。

    それに、晶の普段の明るい言動と声色のおかげで「素は明るくて優しい人なんだ」って印象が消えないもんね。
    それだけじゃなくて、それぞれに違う弱みを見せる事で「この人には私しかいないんだ」って思わせてしまうし、それだったらどんなサイコ発言をしても「根は優しい」って印象は絶対に消えないんだよね。

    …本当、怖くなる。
    ……尊敬してるんだけどね。


    なんて考えながら、氷が溶け、少し薄くなったオレンジジュースを飲み、スナック菓子を1つ摘んで口に運ぶ。


    …本当はオレンジジュースなんて大嫌いだし、氷の入った飲み物も嫌い。
    今の時期、氷なんてすぐ溶けて飲み物が薄くなるし、身体を冷やしたら太りやすくなる。
    お菓子だって、添加物が沢山入ってるしほぼ油の塊だ。
    カロリーだってバカにならない。
    本当は一口も食べたくないし飲みたくもないけど…。
    ……偽んなきゃ、生きてけないもんね。

    拒絶する身体にそう言い聞かせ、ゆっくり咀嚼してから、ゆっくりと胃に流し込む。


    …帰ったらすぐトイレ行こう。
    胃に何か入ってんのが本当に気持ち悪い。

    すると、晶が私の顔をチラリと見てから二人にこう話しかけた。

    「あと、お詫びの印にもう1つだけ秘密を教える…何でも好きなこと聞いて。」
    「なら…お前はどんな能力なんだ?」
    「…ただモノマネが上手くなるだけや。」
    「ほぉ、かっこいいじゃねえか」



    29話「読まない」





    「なら…お前はどんな能力なんだ?」
    と、何故か、少しだけ嬉しそうに尋ねてくる智明。
    ……どんな能力…?なんて説明すればいいんだろう。
    人の真似をする能力…?
    それとも人の特技を盗む能力?
    人の個性を全て奪ってしまう能力?
    ……自分が誰か忘れてしまう能力?



    ……ダメだ、ネガティブになっちゃダメだ。
    私には取り柄なんてないんだから…底無しに明るいフリをしなきゃ。

    自分を使い分けるのが上手いフリをしなきゃ。

    演技が上手いフリをしなきゃ。



    …全てが計算のうちだというフリをしなきゃ。


    手の震えをぐっと抑え、
    「…ただモノマネが上手くなるだけや。」
    なんて言ってみると、朱里と龍馬が、何故か同情する様な表情をし、少しだけ眉間に皺を寄せた。
    心を読んでみても、『晶さん…』や『晶…』みたいな事しか考えてないし…何が言いたいのか分からない。

    何がダメだったのかな?それとも手の震えに気付かれた?
    ごめん、だって私の能力を表す言葉なんてこれしかないんだよ。
    私の能力を…こんなゴミみたいな能力を表す言葉なんて、これしか。

    少しだけ目を伏せ、バレないように頬の内側を軽く噛むと、智明が
    「ほぉ、かっこいいじゃねえか」
    と、優しく答えてくれた。

    …かっこいい?
    ……かっこいい?私のゴミみたいな能力が?
    何も持っていない人にはこんな私でもかっこよく見えてしまうの?
    …違う、それは私を見た目しか知らないからだ。
    中まで知られたら、きっと幻滅される。

    「かっこいいやと?そんくらい知ってるわ」

    …偽んなきゃ生きてけないんだよ。
    私みたいな…弱虫。

    「モノマネしてみよか?誰のモノマネがいい?」
    絆創膏だらけの右腕を押さえながら、少しだけ身を乗り出すと、3人が優しく微笑んだ





    ……ダメだ。
    このままじゃダメだ。


    3人からは見えない様、こっそりパーカーのポケットの中に手を入れ、拳をぎゅっと固く握りしめる。
    …この3人の事を…裏切るような事しちゃダメだ。
    私は、期待に答えなきゃいけない。
    この3人の目には、私は強く映ってるんだ。
    私の想像の…倍くらい。
    ……それなら、答えなきゃ。
    本当に強くならなきゃ。
    ……その為には。



    ……もう…心は読まない。
    私は、私の力だけで…強くなってみせる。



    「じゃあ私野菜ブラザーズの三郎がいいな!」
    「僕一郎!」
    「じゃあ俺五郎な!」
    「待って何そのアニメ知らんねんけど。」












    「じゃあ僕たち先車行ってるね!」
    「うん、じゃあ後でな!」
    ガレージに向かう龍馬と朱里を見送ってから、皐月が待っているリビングへ足を踏み入れ、こう問いかけてみる。

    「…で、用事って何や。」
    …皐月は今何を考えてるんだろう。
    分かんない。
    でもそれが普通なんだ。

    すると、皐月が私の顔をじっと見つめてから、向かいの椅子を指差した。
    ……これは、座れって事…やんな?
    いや考えんでも分かるわ、アホかうち。

    皐月の指示通り向かいの椅子に座り、初対面で、その上友達の親に対する対応とはかけ離れた話し方で、ずっとずうっと気になっていた質問を何個か投げかけてみる。



    「私の母の生年月日は」
    「知らん」
    「旧姓は」
    「知らん」
    「私の事を愛していたか」
    「知るわけない」
    「父の事を愛していたか」
    「知りたくもない」
    「……じゃあ」
    「何も答えない」


    …なんやそれ。
    彼女の態度に少しばかりの苛立ちを覚えた私は、両掌で思い切り机を叩き、椅子が後ろに倒れそうなくらいの勢いで立ち上がる。

    しかし、皐月はピクリとも表情を変えず、飄々とした態度でこんな言葉を口にした。
    「…本当に親子そっくりだな。」

    …お前は…私にそんな事しか教えてくれないのか。
    『自分の母親の事をどうしても知りたい』
    なんて思う私は、お前の瞳に滑稽に映っているのか?
    私の事を馬鹿だとでも思っているのか?
    私の事を玩具だとでも思っているのか?



    …何が母の親友だ。
    何が母の仲間だ。
    本当に、くだらない。


    ヒリヒリと痛む掌をぎゅっと握りしめ、態とらしいくらいに大きな溜息を吐く。















    「なんで死んだ。」



    溜息と混ざり、口の端からそんな言葉が漏れた。


    決して、言わないでおこうと思っていた言葉が。





    「…私が知りたい。」

    恨めしそうにじっ…と睨まれ、背中に一筋の汗が伝うのを感じた。
    16年生きていて、味わった事がないくらい冷たい視線。
    氷なんて比にならないくらい、私に対して何の関心も持っていない奴の視線。

    ……正直、すごく…怖い。

    …作戦変更だ。
    拳をぎゅっと握りしめ、覚悟を決める。
    今までずっと隠して生きていた、私の汚い部分をさらけ出して少しでも関心を得よう。
    好意じゃなくていい、嫌悪感で良いんだ。
    だって…好きの反対は…嫌いじゃないから。




    「……皐月さんが…うらやましい。」
    「…何で?」


    「……うちやって……一回くらい…お母さんに…会って…抱きしめてもらいたかった……。」
    …皐月が私のお母さんに抱きしめてもらった事があるって、私が抱きしめられた事が無いって決まったわけじゃないけど。


    「…なんでもいいから…ひとつだけ…教えてくれませんか…」

    震える声でそう呟いた瞬間、皐月が立ち上がり






    ぎゅっ…と、私を抱きしめた。


    「…私も、会わせてあげたかった。」
    「…皐月さん…」
    「晶、ひとつだけ教えてあげる…あいつには内緒だよ?」
    「…はい…何ですか…?」
    「……実は…あいつ結構タバコ臭かった。」
    「…ほんまに親子そっくりや」


    皐月の背に腕を回し、服をぎゅっと掴み、もう一つだけ質問を投げかける。

    「…お母さん…どんくらい美人やった?」
    「……世界で一番…。」

    …良かった、それを聞けただけで…。

    ……ダメだ、涙出てきそう…。
    「晶…帰ったと思ってた…」
    うわ…やばい…智明……。
    ど、どうしよう…とりあえず…。
    皐月から離れ、咳払いをしてからいつもの調子で智明に話しかける。

    「まだ帰らんで、うちの胃袋がまだ満足してないって言ってるし!」
    ……あ、しまった、これは流石に行き過ぎたか…。
    なんて考えていると、皐月が私の顔を覗き込み、ケラケラと笑い始めた。

    「あはは!本当がめついな…あいつそっくり」
    …良かった、杞憂だった。
    二人にバレないようそっと息を吐き、調子が良くなった私は、ずっと胸の中で暖めていたネタを披露する事にした。

    「あ、せや智明、お前に渡したいもんがあるんやけど。」
    と言いながら、ポケットから”ソレ”を取り出し、そっとテーブルに置くと、二人が分かりやすく動揺し始めた。

    「…お前、どこでこんなの手に入れた。」
    最初に言葉を発したのは智明だった。
    …うん、想定内。
    「歩いてたら落ちてたから拾ったんや。」
    「適当に誤魔化すな。」
    …そりゃあ、誤魔化せるわけないわな。
    でも…一応友達なんやからそんな今にも胸倉を掴みそうなくらいの剣幕で言わんでもいいやろ…怖いやん…。

    なんて呑気な事を考えていると、私の思った通り、私の胸ぐらを掴み力強く問いかけ始めた。

    「これをどこで手に入れた?」
    「…痛いんやけど…」
    あー……んー…?
    こいつ何でそんな事気にするんや…?
    ……まぁいいか、他人の事なんか心でも読まん限り分かるわけないし…。
    この状況だったら…正直に答えた方がいいかな。

    「…家の…倉庫の中。」
    そう答えると、呆れたように私から手を離し、そっとテーブルに視線を移動させた。
    するとその時、皐月がそっとテーブルの上に置いてあるソレを手に取り、隅々まで食い入るように見始めた。


    「…これ、あいつのだ…お前の…母親の…」




    …よかった、気付いてくれた。



    ほっと溜息を吐き、今度こそずっと暖めていたネタを披露する。

    「これを…智明、お前に預ける。うちの母親の形見や、何よりも大切に扱え…自分の命よりも…な。」
    浅い呼吸を繰り返しキョロキョロと辺りを見渡している智明にそう言い放つと、何かを察したのか、ゆっくりと頷き、ソレを手に取った。

    「おぉ…似合うな、さすが男前。」
    なんて冗談を言ってみると、気が抜けたのか少しだけ口角を上げ、手の中にあるソレをまじまじと見始めた。
    「…本物やからな、丁重に扱えよ」
    「分かってる。」


    …こいつに渡してよかった。
    なんて考えながら玄関に背を向け、複雑な顔をしている皐月に向かって頭をそっと下げる。

    …あんまり収穫はなかったけど…来てよかった。
    何故か緩む口角をそっと押さえ、渡したソレを見ながらゆっくりと話し合う二人に向かって、最後にこう言い放つ。



    「…そういえば…








    “シブサワ”…って、知ってるか?」








    「………知らねえ訳ねえだろ。」













    「まさかお前が送ってくれるとは思わんかったわ」
    「仕方ねえだろ、母さんに頼まれたんだから…」
    「どうせなら華奈ちゃんが良かったなぁ」
    「文句言うなら一人で帰れ」
    「無理無理無理夜道怖い」
    「まだ夕方だろうが」

    なんて冗談を言い合いながら、智明と二人で冴木が車を停めたガレージへ向かう。

    五月やけど夜は冷えるなぁ、なんて雑談をしていると、智明が突然立ち止まり、神妙な顔つきで私にこうお願いをしてきた。

    「晶…何でもするから…俺の秘密…朱里とか、彩ちゃんとか…龍には、言わないでくれ」
    …ん?今何でもって……
    …しまった、今は冗談を言う状況じゃない。

    「…分かってるよ、絶対秘密にする。」
    と言いながら、無理矢理智明の小指に自分の小指をそっと絡めてみる。
    「ほら、約束な、指切りげんまん」
    すると、智明が少しだけ顔を明るくしてからそっと頷いてくれた。
    「あぁ、約束だ」
    ……
    「……こういうのやめよ、こんなんうちらのキャラじゃない。」
    「…だな、二度としないでおこう。」

    …にしても、約束か。
    こういうフレンドリーな感じの約束したの久しぶりかもしれんな…。
    ……ん?
    さっき智明…朱里と…彩ちゃんと龍…って言ったよな?

    「なぁ、明人には言っても良いん?」
    どうしても気になり、私の二歩先を歩く智明にそう問いかけてみると、
    「…あぁ、明人には言ってもいいぞ、あいつには知られちまってるみてえだし…。」
    と、少し寂しそうに呟いた。
    …へぇ。

    ……こいつ何言ってんのやろ。
    明人がそんな事知れるわけないのに。
    「智明!と晶!」
    あ、もう着いたんか…。
    …よし、よし、うち頑張れ、いつも通りや、頑張れうち。

    「朱里っちただいまぁ!うちを抱きしめてぇ!」
    「ちょっ、何!いきなりデレ期!?いいよいいよ!?」
    いつもの数段明るいトーンでこう言いながら朱里に向かって走り、思いきり朱里を抱きしめる。

    そして、龍馬に見えるようわざとらしく耳元にこう囁く。

    「…後で話がある、帰ったらうちの事務所に来い…良いな?」
    すると、朱里が少しだけ固まってから、私の腰に手を回し、私にしか聞こえないくらいの声で

    「…二人っきり?」
    と尋ねてきた。
    「当たり前や、浮気すんなよ。」
    「分かってる……よし!晶に私の元気分けた!」
    簡単な会話が終わると、朱里がいつもと変わらない調子で智明に向かってこう話しかけた。

    「じゃあ…またね、智明」
    「あぁ、またな」

    …ラブラブやな、早く付き合えよ。
    なんて事を考えながら、軽く手を振る智明に手を振り、車に乗り込む。


    「龍馬さん、家どこっすか?」
    「えっと…なんて言えば良いんだろ…」
    「最寄駅どこっすか?
    「駅じゃないけど…○○公園前ってバス停の近くです…」
    「あー、あそこですね!了解しました!」













    龍馬をマンションの前まで送る事にした私は、「なんで降りるんすか?」と不満そうに唇を尖らせる冴木に「お前運転荒いから嫌やねん」と文句を言って、冴木の車から降りた。

    「ごめんね、送ってもらっちゃって…」
    「いいねん、気にせんといて」
    申し訳なさそうにか細い声で「ありがとう」とお礼を言ってくる龍馬の横顔を見ていると、何処からか自身が湧き、ついさっき決断した事をこいつにだけ打ち明ける事にした。









    「…うちさ、もう…心読まへん事にしたんよ、能力に頼らずに生きていけたらなって思ったから…。」

    「…晶さんはかっこいいね、応援してるよ…頑張って。」








    正ちゃん Link Message Mute
    2022/06/22 14:39:58

    本当の主人公3章

    #オリジナル #創作 #オリキャラ #一次創作 #HL表現あり #BL表現あり #本当の主人公

    more...
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