本当の主人公4章30話 カタルシス
5月24日、木曜日。
あの日から4日経った。
智明と話し、能力の事を打ち明けた日から4日。
日曜日に会って話したお陰か、智明は前と違ってちゃんとメッセージにも返信してくれる様になったし、ほんの少しだけ明るくなった様な気がする。
…まあ。
『これ以上明るくなってどうするの?太陽にでもなるつもり?』
っていう僕史上最大のギャグに「おやすみ」とだけ返した智明の事は何があっても絶対に許さないけど。
なんて事を考えながら、解けた靴紐を結ぶ為にそっとしゃがみこむと、ふとあの日の晶さんの言葉が脳裏を過ぎった。
『…うちさ、もう…心読まへん事にしたんよ、能力に頼らずに生きていけたらなって思ったから…。』
と、自信が無さそうで、でも…どこか元気を貰えるような声で、僕にだけ教えてくれたんだ。
どうして僕にだけ教えてくれたのかは分からないけど…でも、どんな事でも”僕だけ”っていうのは…嬉しいな。
まぁ…あの後僕以外に話してるかもしれないけど…ね。
なんて事を、靴紐を思い切り固く縛りながら考える。
…晶さん…頑張ってね。
心の中でそう呟いてから立ち上がり、いつも通り明人君が音楽を聴きながら待っている校門へ到着する。
「明人君おはよう!先に入ってても良いんだよ?」
さっきまでしていたイヤホンを外し、目をキラキラと輝かせる明人君にそう言うと、首を軽く横に振ってから、慣れていないのか少し引きつった笑顔で笑った。
「あはは…気にしないでください…。」
わぁ…ぎこちないなぁ…明人君はそのままでいいのに…。
「わ…分かった…じゃあ教室行こっか…?」
と言いながら学校の敷地内へ足を踏み入れると、明人君が「あ」と小さい声を上げ、僕の肩を軽く叩いてからこう尋ねてきた。
「すみません…あの…少しだけ待っていてくれませんか?どうしてもしなきゃいけない用事があって…。」
…?用事…?
「いいけど…どうしたの?」
と尋ねると、明人君が少し背伸びをして周りを見渡し、遠くの方にいる朱里さんを指差した。
「あー…あの、あいつに用事があるんです。」
「あいつって…朱里さんの事?」
僕達に気付いた朱里さんがこちらに手を振っているのか、面倒そうに手を振り返している明人君にこう尋ねてみると、不思議そうな顔をしてから何回も頷いた。
「え?朱里?…あぁー、そうです、朱里朱里。」
「そっか、じゃあここで待ってるから行っておいで?」
…って…ちょっと言い方おかしかったな…。
いくら明人君が僕の事を想ってくれてるからってあんな態度…。
なんか犬に命令するみたいな言い方じゃなかった…?
なんて後悔していると、明人君がどこか嬉しそうに「はい」と返事し、朱里さんの元へ小走りで向かった。
そういえば明人君…朱里さんの名前聞いた時不思議そうな顔してたけど…もしかして…朱里さんの名前覚えてない…とか…?
流石にそれはない……よね……?
…ないよね…?
なんて事が頭をよぎり、少し不安になっていると、ふと隣のクラスの女の子3人組の会話が耳に入った。
「あいつだよ…あの髪の毛長いやつ。」
「あいつ?あいつが智明の暴力事件の元凶?」
「うっわ、何楽しそうに手振ってんの?性格悪すぎない?」
悲しいけど…事情を一ミリも知らなかったらこういう考えになっちゃう…ってのが当然なのかな。
…正直言うと朱里さんの愚痴を聞くのは今回が初めてじゃないんだけどね。
智明が休むようになってから毎日のように聞いてるし…。
正直気分が悪いけど、僕が誰かの愚痴を止めるには能力を使うしか無いし…。
また能力を使って晶さんや朱里さんに迷惑かけたくないから…。
…これがジレンマなのかな…。
なんて考えていると、明人君が女の子達の愚痴に気付いたのか、態とらしく女の子達にぶつかってから、朱里さんの元へ向かった。
「どけ、邪魔。」
どけ、邪魔。って…酷いな…。
…ちょっとスッキリしたのは内緒。
「明くんおはよ!」
嬉しそうににっこりと笑う朱里さんに少したじろぎ、恐らく肝心な何かを伝えようと唸る明人君。
「あ…んと…何だっけ…。」
明人君ってちょっとドジで可愛いなぁ…。
なんて呑気な事を考えていると、明人君の口から思いもよらない言葉が飛び出した。
「ゆっくりでいいよ、何?」
「そうだ…あの…今日智明来るらしいぞ…電話で聞いた…。」
…?智明…今日来るの…?
ていうか、それより、電話?
電話したの?智明と?明人君が?
明人君の言った言葉が理解出来なくて1人で勝手に焦っていると、2人がこちらへ歩みを進めながら、朱里さんが嬉しそうにケラケラと笑い始めた。
「ふふ…そうなの?本当に?電話したの?」
「した…っていうか…毎日かけてた」
「毎日?」
「うん、多分相当迷惑だったと思う。」
毎日かけてたの…?
バカ明…僕の電話には出ないくせに明人君の電話には出るんだ…。
なんか浮気された気分…。
「ふふ…本当に毎日かけてたの?」
「1日平均50回はかけてた。」
そりゃあ出るわ、責めてごめん智明。
一生親友だからね。
なんて頭の中で勝手に智明に向けて謝っていると、明人君が軽く咳をしてから、ゆっくりと優しいトーンで朱里さんに話し始めた。
「あいつ、僕達に何回も会いたいって言ってたし、何回も謝ってた。」
すると、その言葉を聞いた朱里さんが、少しだけ目を大きく開いてから、ゆっくりと確かめるように頷き、少しだけ寂しそうにこう呟いた。
「…うん、分かってるよ、全部分かってる。」
だよね、この前3人で会いに行ったもんね。
2人の会話を聞きながら日曜日の事をふんわりと思い出していると、朱里さんが何かに気付いたように「あっ…」と声をあげ、明人君にこう質問した。
「ねえ、なんで私に智明が来るって教えてくれたの?智明の幼馴染の龍馬君もいるのに…。」
言い終わると、僕の事をじっと見つめ、軽く手を振ってくれた。
…確かに…それはちょっと僕も気になったな。
明人君はなんで僕じゃなくて真っ先に朱里さんに教えたんだろう…。
と、朱里さんに手を振り返しながら考えていると、不思議そうに首を傾げ、僕と朱里さんを交互に見ながら
「…?智明の事好きじゃなかったっけ…?」と小さな声で呟いた。
…なるほど、明人君は2人の恋のキューピッドなんだね。
じゃあ明人君は朱里さんの為にいっぱい電話してたんだ。
なんだ、かわいいなぁ…。
「ふふ…そっか…ありがとね、明くん。」
「…うん。」
「あと一つだけ聞いてもいい?」
「いいぞ」
「…私の名前…分かる?」
「……あやか」
「お…惜しい……」
_ _ _
「あ!!龍馬さん、ちょっと待って…ください…。」
「…??」
教室に入ろうと扉に手をかけた瞬間、明人君が突然大声を上げ、僕の動きを止めた。
「どうしたの…?」
何かしてはいけない事をしてしまったのかな…と思った僕は、何故かそわそわとあたりを警戒している明人君の顔を覗き込み、こう質問してみることにした。
「こっちの扉って開けちゃダメなんだっけ…?」
と尋ねると、明人君が目を大きく見開き、ぶんぶんと首を横に振った。
「違います!あー…なんて説明すればいいのか…。」
…?どうしたんだろ…。
僕が扉に触ると困るの…?
もしかして扉を開けた途端黒板消しが降ってきたり顔面にパイをぶつけてきたりするつもり…!?
それとも今日は誰かの誕生日で…みんながサプライズの準備をしてるとか…。
こっちの可能性の方が高いかな…。
「龍馬さん…ちょっと下がってください。」
「え?わ…分かった…。」
色んなパターンを想像してみてもどれもピンとこなくて、1人でうんうん唸っていると、明人君が何故か照れながら僕に指示を出し、そっと扉に手をかけた。
そして、ゆっくりと扉を開き、僕へ入るように促した。
「…どうぞ」
あぁ〜、レディーファーストってやつか!
明人君は僕をエスコートしたかったんだ…!
「あぁ…明人君ありがとね…!」
……待って?僕がレディー?
僕を見て微笑んでいる明人君に微笑み返しながら教室に足を踏み入れると、クラスメイトが僕に駆け寄り、
「…松田…」
と、恐る恐る僕の名前を呼んでからクラスの中央をそっと親指で指差した。
……ん?
クラスメイトが指差す方を見てみると、そこには、髪を切ったのか、あの日よりも少しだけ痩せたのか、妙にすっきりしている智明が、堂々と背筋を伸ばして座っていた。
「…智明…。」
そっと智明の名前を呼ぶと、智明が僕と明人君をじっと見つめ、そっと微笑んでくれた。
「…。」
_ _ _
「いやぁー!!久しぶりだな明人―!!元気だったか!!??」
「うざい、離れろ。」
「絶対離れねえよN極!」
「やめろ僕はS極だ。」
「反発してねえぞぉ〜!?N極のくせにぃ〜!」
「うざい、僕は磁石じゃない。」
「じゃあ俺だけが磁石だ!お前は金属だな!」
「そろそろ通報するぞ。」
「冗談よせって…ちょっと待てマジで電話かけようとしてねえか?」
よかった、いつも通りだ…。
智明はいつも通りウザい。
最早安心するレベルのウザさだ。
学食に集まり、面倒臭そうに智明の対応をしている明人君を見ていると、ふと朝一番に起きた出来事を思い出した。
「そういえばさ、智明髪の毛切ったんだね。」
「そうだぞ、心機一転頭を丸めてみたんだ!男前だろ!?」
「いや丸まってはいないよ、ただ短く切っただけじゃん。」
そう、僕は全然気付かなかったんだけど、智明が髪を切っていたんだ。
全体的に短くなってるだけじゃなくて、よく見たら若干刈り上げてて…前よりもかなりいかつくなってる。
だからか、教室に入った女の子たちがみんな智明の事を見てヒソヒソと話していたんだ。
まぁ、聞くつもりは無かったんだけど、クラスの子達が口を揃えて
「前よりも今の方がいい」「世界一かっこいい」って褒めてたんだよね。
「お前ウザい、僕の時は全然気付かれなかったのに。」
「お前サイコパスなのか?みんな騒いでたぞ?『池崎明人がラブコメの登場人物みたいだ』って。」
「僕の耳には届いてない、思い切って切ったのに、正直悔しかった。」
…うん、分かるよ。
僕も休みの時ちょっとだけ切ったのに明人君以外誰も気付いてくれなかったもん。
智明すら。
まぁ智明が切ったのに気付かなかった僕もアレだけど…。
…今更遅いかもしれないけど…お礼に明人君の髪の毛に反応してあげようかな。
椅子から立ち上がり、肺いっぱいに息を吸い込んでから、不思議そうに僕を見つめている明人君に向かってこう叫んでみる。
「えぇ〜〜!?明人君髪切ってるぅぅうう!!??」
「…いや、今は明人じゃなくて俺の髪の毛に触れて欲しいんだけど…。」
「りゅ…龍馬さ……りゅっ…!りゅ……!!」
「分かったから落ち着け、大丈夫だから。」
「もう一回言ってください!!録音しますから!!!」
「おい無茶言うな、龍馬が困っちまうだろ。」
「えぇ〜〜!?明人君髪切ってるぅぅうう!!??」
「言うのかよ、優しいなお前。」
何回も文句を言われ、良い加減我慢出来なくなった明人君が智明の足を思い切り踏んづける所を見ていると、朱里さんが、晶さんと彩さんを呼んでくれたのか、女の子3人が学食に入って来るのが見えた。
「智明君久しぶり…朝から元気だね…。」
「おう!彩ちゃん久しぶり!今は昼だけどな!」
うわぁ…足踏まれながらサラッと挨拶してサラッとツッコミ入れた…流石モテ男は違うな…。
なんて事を考えていると、朱里さんが何故か真剣に僕の事を見つめているのに気付いた。
「…?朱里さんどうしたの?」
と尋ねてみても、何故か疑い深そうに僕をじっと見つめ、何故か3回頷いてから
「何でもないよ」と答えた。
いや…そんな反応絶対何かある人しかしないよ…。
何かまずい事でもしちゃってたのかな…。
と思い、今日の僕の行動を振り返ってみても何もピンと来ず、頭を悩ませていると、朱里さんが何事も無かったかのように話を切り出した。
「そういえば聞いて!今日新しく転校生が来てさ!」
…転校生?
「…この時期に珍しいな。」
珍しく明人君がそう呟き、疑い深そうに朱里さんの顔を見つめた。
「…その転校生ってどんな子なの?男の子?女の子?」
僕たちが座っている場所の隣にある4人掛けの席に座った3人にそう尋ねてみると、顔を見合わせてから、彩さんが小さな声でこう答えてくれた。
「…めっちゃくちゃ厨二病。」
「?厨二病………?」
31話 読まない
食券を購入し、晶さんの後ろに並ぶと、晶さんがそっと僕を見つめ、小さな声で話しかけてくれた。
「…今日さ、ここ人多いな。」
…そういえば…。
晶さんの言う通り、いつもはかなり静かで見覚えのある人達しか居なかったのに、今日は見覚えのない下学年の子達が沢山来てるんだ。
「…目合わせんなよ。」
「……うん、分かった。」
晶さんの言葉や、この子達の挙動を見たおかげで、みんな智明目当てで来ているんだと察した。
……智明は見せ物じゃないのに。
日替わり定食が乗ったトレーをテーブルに置くと、女の子3人組が僕達の顔を見比べながら、ゆっくりと話し始めた。
「メガネの下に眼」「包帯」「前髪分」「帯」「下に眼帯し」「帯…」「…」「前髪分けてた。」「巻」「メガネの下に眼」「前髪が」「包」「メガネ」
…仲悪いな。
晶さんに至っては「前髪分けてた。」って…それ晶さんも当てはまるし、大した見た目の特徴にならないから…。
彩さんなんてほぼ「帯」しか言えてないじゃん…。
ちょっとくらい譲り合おうよ…本当は仲良しなんだからさ…。
「ま…まぁまぁ…転校生が居て、その子がとにかく個性的だったって事でいいよな?」
睨み合い、まさにこれから喧嘩を始めそうな雰囲気を醸し出している3人を宥めるようにこう問いかける智明。
「…うん、そうだね。」
よかった、ちょっとだけ雰囲気が柔らかくなった。
「転校生の話?」
「私達も混ざっていい?」
そんな時、隣のクラスの子2人組が僕の了承も得ず、突然僕の隣に腰掛け、無理矢理話に割り込んできた。
あぁ…どうしよう…。
目線で僕と一番離れた場所にいる晶さんに助けを求めると、
「……いいけど、何?」
と、女の子2人組を少しだけ脅すように、いつもより少しだけ低めの声で話しかけた。
晶さんごめん…ありがとう…!
「どーも、それより聞いてよ!」
のっ…ノリ軽いな…。
呆れたように息を吐く晶さんに、目線で「ごめんね」と伝えてから、女の子2人組の話を聞くことにした。
「あの転校生っていたじゃん!何だっけ?し…なんとかってやつ!」
覚えてあげてよ…。
「あいつヤバくない?」
「だよね!なんか「私は力を持ってる」とか言ってんの!」
「なんか変な格好してさ?オシャレだとでも思ってんのかな?」
んー…何とも言えない気分の悪さ…。
もしここに転校生の子が来たらこの子達どうなるんだろ…僕達のせいにして逃げるのかな…?それとも
「私はいいと思ったんだけどね!」とか言って誤魔化したり…?
……ん?待って?力を持ってる?
力って…もしかして…!?
目の前にいる智明をじっと見つめると、智明が目を見開き、ゆっくりと頷いた。
転校生の子が…能力者かもってこと…?
「手首と首に包帯巻いてんの、マジで馬鹿じゃない?」
「僕も部屋では巻いてる。」
「へ…へぇ?」
「たまに力が覚醒するんだ。」
明人君すごいなぁ、1人で女の子2人の相手してる…。
なんて呑気な事を考えていると、朱里さんが僕をじっと見つめている事に気付いた。
…明人君に任せっきりじゃダメって事だよね…。
よし!ぼ…僕も何とかしよう…。
「そ…その子…ちきゃら持ってるって言っちゃっ…言ってたの?」
しまった、声が震えた。
それに噛んだ。
二回も。
ちきゃらって何だちきゃらって。
「話さなきゃよかった」と後悔していると、明人君が顔を真っ赤にし、瞳をキラキラと輝かせていた。
…まぁ、君が喜んでくれたのなら良かったよ…。
すると、僕の隣に座っている女の子が僕の方へ顔を向け、嬉しそうに話し始めた。
「そうそう!なんか「私には全部分かる」とか言ってんの!」
…私には全部分かる…?一体何を…?
「待てよ、そいつ何様のつもりだ?」
……明人君…追い払いたい気持ちも分かるし有難いけど、ちょっと面白すぎて集中できないからちょっとだけ静かにしてくれないかな…。
…もう一回わざと噛もうかな…。
なんて考えながら、バレないようにそっと息を吐くと、テーブルの上の携帯が震えた。
?…何だろ。
転校生の話で夢中になっている2人にバレない様にそっと画面を見てみると、僕がよく使っているメッセージアプリから
『彩さんがあなたを「会話用」に招待しました。』
という通知が来ていた。
…なるほど、トークルームを作ったんだ。
これなら楽に話せるね。
ロックを解除し、「参加」というボタンを押すと、通知を見たのかみんなが参加し、転校生の子についての会話が始まった。
『彩さん、力ってあの力の事かな?』
と送信してみると、すぐに既読が5つ付き、彩さんがこう返信してくれた。
『かもしれないね…まぁただの厨二病っていう可能性もあるけど…。』
厨二病か…。
携帯を机に伏せて置き、女の子2人の会話に適当に相槌を打ちながら定食を一口食べると、目の前の智明がバレないよう携帯をそっと指差した。
こちらを向いて「そう思わない?」と訪ねてくる女の子に「それは確かにそうかもね…。」と適当に返事してから、そっと携帯の画面を向け、「ん?」とまるで今初めて通知が来た事に気付いたようなフリをしながら会話の内容を見る。
『だとしても一回話した方が良いんじゃない?』
『一回聞いてみる?直接じゃなく遠回しに。』
『僕が聞く。』
『明人君が?』
『目には目を、歯には歯を、厨二病には厨二病を。』
『そのキャラまだ続けるんだ…。』
…うん、やっぱり聞いた方が良いかも。
その子がただの厨二病だったら仲良くなってそれで終わりだし…。
なんて呑気な事を考えていると、晶さんが
『ダメ』と一言だけ送ってきた。
…晶さん?
『ダメなの?晶。』
『あかん。』
『理由は?何となくわかるけど…一応ね。』
『もしその子がただの厨二病で「仲間を見つけた」って言いふらしたらどうする?』
……!
『噂は簡単に広がるってのは前回ので身に染みたやろ?』
『うん…。』
『変な噂を立てられて目立つのが嫌ってのもあるけど…それ以上に、うちはその子の事を巻き込みたくないねん。』
という、晶さんからのメッセージが画面に表示された時、女の子2人が大声で笑いだし、強制的に会話が終了してしまった。
……晶さん、あんな短時間で僕達と転校生の子の為にあそこまで考えて…。
…尊敬しちゃうな、本当に。
そっと顔を上げ、晶さんの顔を見ると、どこか泣きそうな瞳で頷いた。
そんな晶さんの背後に
「誰を巻き込みたくないって?」
見覚えのない女の子が立っていた。
「……!!!あっ…!!」
真後ろにいる女の子に驚いた晶さんが、見た事のないくらいのリアクションで驚き、膝を思い切りテーブルにぶつけた。
痛そうだな…あとで保健室行って保冷剤貰って来てあげよう…。
晶さんがか細い悲鳴をあげながら自分の膝を撫でているところを見ていると、明人君が突然こんな事を口走った。
「…お前誰?転校生のし、なんとか?」
明人君!!??失礼だよ!?初対面なのに!!!
「し…なんとか…?」
ほら困っちゃった!
「…覚えて貰えてないのか…。」
ほら地雷踏んだ!明人君のせいで転校生の子ちょっと居心地悪そうにしてるじゃん!
注意の為に明人君をじっと睨むと、自分が地雷を踏んだ事に気付いたのか、まるで叱られた子犬のようにしょんぼりと落ち込んでしまった。
ご…ごめん、そこまで落ち込ませるつもりは…。
…いや、厳しく生きよう、僕は明人君に…。
「し、なんとかじゃない…私は詩寂だ、お前はもう分かってるだろうけど…な?」
…くそ…割り込まれた…。
自分の膝を撫でながらひぃひぃと唸っている晶さんにこう話しかける転校生のしじゃくさん。
しかし、晶さんは背後にいる転校生に大声で怒鳴り始めた。
…ん?この子さっきなんて言った?
「はぁ!?まず謝れやうちはお前のせいで怪我してんねんぞ!?」
「す…すまん…。」
「遅いっつうねん!床に頭擦り付けんかい!!」
「は…はい……。」
「晶後で校舎裏来て。」
「は…はい……。」
誰の心も読まないと決めて4日。
背後に立たれるのも質問をされるのも困ってしまう。
ただの被害妄想なんだけれど、何を言ってもバカにされる未来が見えて怖いんだ。
そんな事経験した事ないのに、バカみたいに怯えている自分すら怖い。
少し前までこれが普通だったというのが怖い。
みっともなく泣いて、未来の自分にバカにされそうで怖い。
私にとっての世界は私の為にあるという事実が、怖い。
私が死んだら、私が居なくなるという当たり前の事実が怖い。
心を読めないだけで、私すら怖い。
何もかもが怖くて怖い。
「…ッ……。」
隣にいる子にバレないよう鼻を啜り、ゆっくりと深呼吸をすると、突然扉をノックされた。
…しまった、見ず知らずの誰かに迷惑かけちゃった。
「…ちょっと待って、今出るわ。」
と言いながらスカートの乱れを直し、適当な長さで切ったトイレットペーパーで鼻を拭いてから水を流す。
…女子トイレに長居すんのはあかんな、迷惑になっちゃう。
なんて考えながら鍵を開ける為扉に手をかけると、壁の向こう側からこんな声が聞こえた。
「合言葉は?」
「……は?」
「合言葉。」
…合言葉?
開けるための合言葉?何の為に?ていうかそれってうちが言う側じゃないの…?
「あーいーこーとーばー。」
……仕方ない、付き合うか。
「あーーいーーこーーとーーばーー。」
どんどん叩くな、分かったから。
「…ひらけ、ゴマ。」
「不正解だ。」
「山?」
「川、不正解。」
「隣の客は?」
「よく柿食う客だ、不正解。」
「カナタラマバサ?」
「アカチャチャカタパ、不正解。」
「今履いてるパンツの色は?」
「黒、不正解。」
「ブラは?」
「黒、不正解。」
「うちの事どれくらい好き?」
「2つ前と1つ前の質問で誰よりも嫌いになった、不正解。」
うわ、何でも答えてくれるやん。
いい友達になれそうや、嫌われたけど。
数回咳払いをしてから「開けるな!」とうちを注意する声を無視し扉を開けると、そこには案の定、昼間うちの背後に現れ、うちに怒鳴られた転校生が。
「…何の用や?」
「私の名前は知っているな?」
「質問に質問で返すなや…シジャクやろ?」
「あぁ、でも意味は知らないだろう?」
「……。」
「聞けよ、まず詩寂の詩は…。」
「うるさい。」
「まぁ面白いから…。」
…こいつなんでうちに構うん?
もしかして気に入られてる?
やとしたら何で気に入られてんの?
……あー…めんどくさ。
蛇口をひねり、苛立ちをぶつけるように手をバシャバシャと雑に洗うと、シジャクがうちの肩を抱き
「…イライラしてんの?かわい子ちゃん。」
なんて生意気を言ってきた。
「誰のせいやと思う?」
そんなシジャクの手を濡れた手で掴むと、うめき声をあげてから飛び退いた。
「ゔ…ッ!!」
…おや、もしかして潔癖症か?
「分かってるやろうけど…うちこの手水でしか洗ってないで。」
「っ!!!」
やっぱ潔癖症か…じゃあトイレで話そうとすんなや。
…ふっ。
霧吹きで水をかけられた猫のように体を縮こませ、うちをじっと見つめているシジャクを見ていると、何故か笑えてきた。
隣の個室に居た子がもう居ない事を確認してから、
「ふふ…で、用って何やねん。」
トイレに備え付けてある紙ナプキンで手をゴシゴシと拭いているシジャクにこう問いかけると、まるで信じられないものを見るような目でうちをじっと見つめてきた。
…?
「何?なんか文句でもあんの?」
と言いながら、まだ湿っている手をシジャクに向けると、身体を大きく震わせ、か細い声でこう呟いた。
「…の…能力……使って…心読めばいいじゃん…。」
「……あ?」
…能力?
こいつ…何でうちの能力の事を知って…。
「全部分かる、お前の真似した奴らの事も、目覚めた原因も、能力の使用履歴も全てな。」
…まさかうちがナチュラルに心読まれる側になるとは思わんかった…。
……でもこいつが嘘をついてるとは考えにくい。
…仕方ないな、試してみるか。
「…全部って例えば?」
「全部だ。」
「じゃあうちは最近誰をコピーした?」
「少し前に池崎明人だ、あのエセ厨二。」
「…の、何を真似した?全部言えるか?」
「声と、あと歌の実力。」
「あとは?」
「松田龍馬の目もコピーしたし…小説のキャラの何かをコピーした。」
「……全問正解や、凄いな。」
…うん、やっぱり本物や。
…あとあの事さえ分かれば信用できるんやけど…まぁ、仕方ないか。
なんて事を考えながらハンドソープを洗い流していると、詩寂がこんな事を口にした。
「澁澤環…お前が能力を手に入れた原因の男よな。」
…澁澤…あの、チート野郎。
腕が震えるほど強く手を握りしめ、うちが唯一と言っていいほど憎んでいる奴の顔を思い出す。
「『環を見習え』『出来損ない』『お前が女じゃなきゃ』」
…詩寂…が…いちいちうちの…トラ…ウマ…を…。
「『女で良かったな、これで許されるんだから。』」
詩寂が……いちいち、うちの…昔の……。
…ふざけんな、なんでうちがこんな事…。
「『環と結婚すりゃあお前にだってチャンスが。』」
「おい花脇楓、そんなに殺されたいか。」
「……!」
「……あ……。」
…しまった…つい…いつものクセが…。
ただの高校生に何してんのやうちは……あかん、何とかしよう…金を払ってでも解決せな…そうじゃなきゃ怖がらせたまま…。
「…4日ぶりだな。」
「……は?」
「…心を読む力……使ったの…。」
「……。」
…詩寂の言う通り、うちは大体4日間…龍馬との約束通り心を読んでなかった。
でも…さっき…つい…腹が立って…。
……くそ、こんなんじゃ強い人間になんかなれるわけ…。
「…うん…ごめんな詩寂…さっき…あんな事言って…。」
と、怯えている詩寂に頭を下げて謝ると、自分の首の包帯を撫でながらこう答えた。
「…良いんだよ、言われ慣れてる。」
「……そっか、うちもやで。」
……こいつは、信頼して良いな。
さっき心読んで全部分かった。
こいつの心ん中は真っ白や、ただ言っても良い事とあかん事の境界線が分からんだけや、大丈夫。
「…許してくれたお礼に一個教えるわ。」
「……何?」
「うちな?…もう心は読まへんって決めたんや。」
「へぇ、何で?」
「友達と約束したから。」
「そうか、もしかして松田龍馬と?」
ガタガタッ!!
……これは動揺したうちが紙ナプキンの箱をぶっ壊す音。
「……へぇ、松田龍馬にほの字か。」
ガチャンッ!!
…これは直そうとして悪化させた音。
「……違う。」
「違うのか?」
「うん、うちは誰の事も好きにならへんって決めたから。」
「そっか、深くは聞かないよ。」
「ありがとうな…で、結局トイレの合言葉は何やったん?」
「心読んだだろ?」
「そん時お前合言葉のこと考えてなかったやん。」
「そっか、合言葉はお前のフルネームだ。」
「……何や、超絶簡単やんけ。」
32 お前らと一緒なら
「龍馬さん私服すごくかっこいいです…!」
「明人君もかっこいいよ!」
「龍馬さんほどじゃありませんよ…。」
「謙遜しな」「俺抜きでイチャイチャすんな」
5月27日、日曜日。
明人君と智明、そして僕の3人でいつものショッピングモールに集まって遊ぶ事になった。
本当は二人に買い物に付き合って貰うつもりだったんだけど、どうせなら気分転換に遊ぼうって話になったんだよね。
…にしても。
「…僕達、遊ぶって話になったら毎回ここ来てるよね。」
僕の目の前で小さな言い争いをしている二人にそう言ってみると、僕の方を見てから顔を見合わせ
「…言われてみればそうですね…。」
と言ってくれた。
「うん…必ずと言って良いほどここだもんね…。」
最後に、僕達他に行くところないのかな、と付け加えると、智明が遠くの方にある山を指差しこう言った。
「仕方ねえだろ、田舎なんだから。」
…うん、確かに…そうだよね。
…まぁ、僕は…みんなと一緒なら…どこでだって良いんだけど。
……って、何考えてんだろ…。
照れを必死で隠す為に下唇をぎゅっと強く噛み締めると、明人君が何かを察したのか、少しだけ微笑みながらこう言ってくれた。
「…僕、龍馬さんと一緒ならどこでも楽しいですよ、例え下水道でも。」
「明人君…!うん、僕も楽しいよ…!下水道は嫌だけど!」
明人君は優しいなぁ…。
でも…この優しさが僕にしか向けられてないってのが…ちょっと照れ臭いんだけど。
なんて、変な事を考えながら優しく微笑んでくれている明人君へ微笑み返すと、何かを察したのか、智明が照れくさそうにこう呟いた。
「…まぁ、俺も…お前らと一緒ならどこでも良いけど…。」
「龍馬さん見てください僕おでこにニキビ出来たんです。」
「うわ、本当だ!結構おっきいね!」
「聞けよ!!!!!!!!!」
_ _ _
5月27日、日曜日。
今日は晶と彩ちゃんと私の3人で遊ぶ事にした。
彩ちゃんに私の能力の事を話すために。
彩ちゃんと晶の仲を深めるために。
なんていうのはただの言い訳で、本当はただの私のわがままなんだけど。
でも、今日は女の子として最高の日にしたいなって思ったから、無茶を言って晶にめいっぱいのオシャレをさせてあげたんだよね。
晶はスタイルがいいから服を選ぶの楽しかったなぁ…。
最初はヘアアイロンを怖がって逃げていた晶も、髪をセットしてあげたら喜んで鏡の前から動かなかったっけ…。
「…朱里、どこ行くん?」
…ダメだ、考え込んでた。
「いつものとこだよ。」
不思議そうに私の顔を見る晶にそう伝えると、目をまん丸にしてから嬉しそうに数回頷いた。
3人で来たのは、ショッピングモールの二階部分にある抹茶専門のカフェ。
そこは、店の外にも中にも鏡が沢山置かれていて、少しだけ不思議な雰囲気を纏っているんだ。
あまり賑わってはいないものの、個人的に大好きなお店。
抹茶はそこまで好きじゃないけど、ここのはサッパリしてて飲みやすくて大好きなんだよね…。
まぁ、本当は抹茶なんかどうでもよくて…晶と初めて出掛けた時に来た思い出の場所だから大好きなんだ。
店員さんに注文しながら鞄の中のお財布を取り出そうとすると、晶が店の奥にあるテーブル席を指差しこう言った。
「うちが払うから二人はあそこの席取っといて。」
…晶…。
本当男前だね、晶がモテる理由分かった気がするな…。
「後で返すね…ありがとう…。」
申し訳無さそうに頭を下げる彩ちゃんの手を引いてテーブル席に向かうと、彩ちゃんが小さな声でこう尋ねてきた。
「…朱里ちゃんって晶ちゃんと昔からの知り合いだったの?」
…そっか、彩ちゃんは知らないんだっけ…。
「そうだよ、幼馴染みたいな感じ。」
『どうしてあの日初対面のフリをしてたの?』
『知り合いなら言ってくれれば良かったのに』
なんて質問が来る事を覚悟し、頭の中で複数の返答パターンを考えていると、彩ちゃんが私の期待を裏切るような言葉を口にした。
「へぇー…私幼馴染とか居ないから羨ましいなぁ…。」
…彩ちゃん…。
もしかして色々察してくれたのかな…。
だとしたら優しいなぁ、本当に…。
……よし、ちょっと寒いかもしれないけど…言ってみよう。
「…じゃあさ、私達も幼馴染になろうよ!」
「え?」
「ちょっと強引だけど…今からおばあちゃんになるまでずっと一緒に居たら、私達立派な幼馴染じゃない?」
…って、何言ってんだろ私…。
「忘れて」と言おうと口を開くと、彩ちゃんが見た事のないくらいキラキラとした瞳で私を見つめ、何回も頷いてくれた。
「うん!いいね!いいねそれ!じゃあ私達は今日から幼馴染だ!」
「ふふ、だね!」
…彩ちゃんは本当に可愛いなぁ。
「じゃあ今日が私達の幼馴染記念日だね!」
「うん!私カレンダーに書くよ!」
「私も!約束ね!」
なんて言いながら彩ちゃんと小指を絡めると、胸の奥がじんわりと暖かくなった。
…幼馴染…か。
一応晶と私も幼馴染なのに…幼馴染らしい事何もしてくれないからなぁ…。
……まぁ、そういうとこも好きなんだけど…ね。
なんて考えていた時、番号札を持った晶が私の隣に座り、笑顔でこう尋ねてきた。
「お待たせ、何話してんの?幼馴染ちゃん。」
…き、聞こえてたのか。
なら説明する手間は省けたね。
彩ちゃんの方へ視線を移動させ数回頷くと、彩ちゃんが晶の方へ顔を向けこう言った。
「晶ちゃん!私達幼馴染なんだ!」
「そうだよ!幼馴染!」
最初は怪訝な表情をしていた晶も、私達の笑顔に吊られたのか、嬉しそうににっこりと微笑んでくれた。
「ふふ、そうなんや、かわいいな。」
…おかしいな。
いつもの晶だったら
『ちゃうで!うちら3人が幼馴染や!!』
とか言いそうなのに…。
…あぁ、なるほどね、晶はいつ死んでも良いって思ってるんだ。
強いなぁ、本当に。
……まぁ、私は今の晶の強さが欲しいとは思えないけど。
何て考えながら晶の横顔を見ていると、晶が彩ちゃんに見えないように私の足を人差し指で数回突いた。
あぁ…そうだ、私の能力の事言わなきゃいけないんだった。
「彩ちゃん、言いたい事があるんだけど…。」
7番と書かれた番号札を見つめている彩ちゃんに向けてそう言うと、番号札から目を離し、私の目をじっと見つめた。
「…私の、私達の…能力について。」
そう言った瞬間、彩ちゃんが目を閉じてこう呟いた。
「…うん、知ってるよ。」
耳を疑った。
彩ちゃんが知るわけないって、
彩ちゃんに知られるわけないって信じてたから。
すると、私が焦っているのに気付いたのか、彩ちゃんがゆっくりと目を開き
「…どんな能力?」
と、首を傾げながら、にっこりと微笑みこう尋ねてきた。
…背中に一筋の汗が伝い、喉が勝手にキュッと音を立てて締まる。
何で、普通の会話なのに…こんなに怯えてるんだろう、私。
…よし、大丈夫。
数回咳払いをし、私に向かって微笑んでいる彩ちゃんに自分の能力の説明をする事にした。
「私が持ってるのは、人の限界が分かる能力で…デメリットは…「自分の限界に無頓着になる…だよね?」
……何で…知って…。
デメリットは晶にすら話した事ないのに…何で…。
隣に座っている晶の方を見てみると、晶も私と同じように目を見開いて、少し震えていた。
そんな晶の太ももに小指で『心読んでみたら?』とメッセージを書くと、3回ゆっくりと瞬きをしてから1回だけ咳をした。
…分かった、読まないんだね。
「…彩ちゃん、ほんまに知ってるんやな?」
と言いながら、さっきまで彩ちゃんがじっと見ていた番号札を手に取り、店員さんに見えやすい位置、即ち、彩ちゃんから最も離れた位置に置く晶。
すると、晶の思惑通り、彩ちゃんが姿勢を正し、晶の方をじっと見つめた。
…彩ちゃんは、何で私の能力を知ってるんだろう。
もしかして、転校生と関係があったり…。
いや、晶を狙ったあの企業と…?
なんて事を考えていると、彩ちゃんが注意深そうにあたりを見てから、ゆっくりと頷いた。
「…もちろん知ってるよ、でも…お願いだから…理由は聞かないで。」
「……どうして?」
少しだけ震えた声でそう呟く彩ちゃんにこう尋ねると、下唇をぐっと噛み締めてから顔を上げ、
「絶対話すから…話せるようになる日まで待っててくれたら嬉しいな。」
と言いながら、態とらしく微笑んだ。
…彩ちゃん。
…分かったよ、彩ちゃんがそんなに苦しそうにするなら…幼馴染として黙っていられないね。
「…分かった、私達幼馴染だもん!言うこと聞くよ。」
と言いながら、泣きそうな瞳で微笑む彩ちゃんに向けて精一杯の笑顔を向けると、少しだけ鼻をすすってからこう答えてくれた。
「朱里ちゃん……ありがと、流石ソウルメイト。」
「あはは、なんかその言い方明くんみたい!」
『流石いとこだね!』と最後に付け加えると、彩ちゃんがいつも通り可愛い笑顔で笑ってくれた。
「朱里が言うならうちも待つよ。」
「晶ちゃん…ありがとう。」
「その代わり言う言う詐欺は無しやからな?」
「…分かってるよ、絶対に言うから…待ってて。」
「お待たせ致しました…アイス抹茶ラテをご注文のお客様は…。」
_ _ _
「雑貨屋行こうぜ雑貨屋!!」
と言いながら、大はしゃぎで雑貨屋さんを指差す智明。
…元気だなぁ。
智明が犬だったらきっと今尻尾振ってるよ。
ショッピングモールに到着した僕達が最初に向かったのは服屋さんだった。
でも明人君と智明のお気に召す服は無く(僕のお気に入りの服は沢山あった)、何件も何件も回った挙句二人が喧嘩をし始めてアクセサリーの一つも買えなかったんだよね。
…今回で学んだよ。
この二人を一緒にしたらダメだね、絶対喧嘩するもん。
そりゃあ二人の服のタイプが違う事も僕に着て欲しい服が違う事も分かるよ?
でも店先で喧嘩しちゃダメだよ、みんなの迷惑になっちゃうし…。
…よし、今度喧嘩したら僕がちゃんと叱らないと。
「勝手に行ってろ、龍馬さんどこ行きます?」
あぁ。
「おい!!!!!!!!」
「声デカイぞ迷惑だろ。」
あぁ
「お前がどっか行こうとするからだろ!!??」
あぁぁあ
「うっわ人のせいにすんの?最低だな。」
「おい!!!!!!!!」
…まだ喧嘩してるよ、懲りないなぁ。
仕方ない、僕が何とかしなきゃ…二人の飼い主として…ね。
「明人君、入ろう?僕からのお願いだから…ね?」
明人君の肩を撫でながら精一杯の優しい声でお願いしてみると、下唇をぎゅっと噛み、少しだけ頬を染めながらゆっくりと頷いてくれた。
「……はい。」
良い子だね、明人君は良い子。
問題は…あの金髪バカだな。
雑貨屋に入り、何処かへ向かうゴールデンレトリバーを追いかけると、僕達が付いて行けてないことに気付いたのか、小さな声で「すまん」と謝ってくれた。
なんだ、躾いらないじゃん。
ゴールデンレトリバーは賢いなぁ。
「智明そんなにあのキャラ好きだったっけ?…えっと…ポニー…なんとか?」
智明が探しているキャラクターの名前を当てようと挑戦してみると、智明が少し笑いながら
「ポニーなんとかってなんだよ…ポピーラビットな、妹が最近気に入ってんだよ。」
と、説明してくれた。
「あー、ポピーラビットか、あの5色くらいあるやつ!」
「6色な」
「あの目玉でかいやつでしょ?」
「それはアイズラビット、あのアニメグロいから嫌いなんだよ」
「アイズラビット?なんだそれ、性病持ちの兎か?」
「そりゃあエイ…お…!」
僕らと話している途中で、智明がポピーラビットを見つけたのか、少しだけ柔らかい表情をしてからカラフルなマスコットが並べてある棚に向かった。
「あったのか?」
嬉しそうにニヤニヤと笑う智明に明人君がこう尋ねると、満点の笑顔で
「おう!これ可愛くて好きなんだよ…」
と言いながらオレンジ色のウサギを手に取った。
…ん?さっき妹が好きって…。
…あー、なるほど。
すると、智明が僕達のにやけた顔を見て、自分が言ってしまった事に気付いたのか、突然大きく息を吸い込み、小さな声でこう呟いた。
「…さっき言ったことは無かった事にしてくれ。」
「……分かった。」
「明人、お前結構素直なんだな。」
「龍馬さん弱みゲットですね。」
「だね!」
「…怒鳴られたいか?」
「怒鳴れるもんなら怒鳴ってみろよ。」
「なんだよその上から目線。」
さっきと同じように喧嘩しながらも、クスクスと笑い会う二人を見ながら、僕も智明の持っているポピーラビットを手に取ってみる。
…六色か。
智明と明人君と僕。
彩さんと朱里さんと晶さんの6人に一色ずつでぴったりだ…。
…これお揃いで買おうって言ったらみんな困っちゃうかな。
みんなの部屋に置いて、会えない時とか寂しい時にそれを見てみんなの顔を思い出すんだ。
……いや、そんなのみんな困っちゃうだろうな、やめとこう。
久しぶりに智明以外の友達が出来たからって調子に乗っちゃダメだよね。
と思いながら棚に青色の兎を戻すと、僕の隣に見覚えのある女の人が現れた。
綺麗な人だなぁ…。鼻が高くて肌が真っ白で、でも誰かに似てるんだよなぁ、誰だっけ…。
あれ、なんかデジャヴ…。
「あ」
「あ」
「あ」
「あ」
「あ」
「あ」
20XX年5月27日 日曜日
灰色の猫ちゃんと一緒に遊ぶ夢を見た…めちゃくちゃかわいかった…!
智明の家の近くに住んでた、猫を沢山飼ってるおばあちゃんのとこに行ったら灰色でピンクの首輪をした猫が擦り寄ってきたっけ…。
可愛くてずっと撫でてたらおばちゃんが「その子は不思議な子だから」みたいな事を言って猫のお菓子を食べさせてた。
かわいくてずっとそばにいたかったけど、夢の中の僕にはなんか急ぎの用事があったみたいですぐに離れなきゃいけなかったっけ…悲しかったな…。
あのおばあちゃん元気かなあ…。
33話 良かったよ
俺のアホみたいな嘘がバレた所までは良かった。
龍馬がブルーのポピーラビット、通称めこのんを手に取ったところも良かった。
ちなみにこのメコノンの名前の由来は青いポピーであるメコノプシスから取られているんだ。
花言葉は底しれぬ魅力を…
「な、な、なんで三人がここに〜〜!?」
「え!?明人君どうしたの!?」
「なんかこういうテンションの方が盛り上がるかなって思って…。」
「なるほど!う、うわぁああ!み、みんなおしゃれしてるぅぅう!!??」
…割り込むなよ、俺が真剣に語ってんのに。
コホン、話を戻そう。
問題はここからだったんだ。
バカ2人の会話にツッコミを入れようと、オレンジのポピーラビット、通称ながみん(名前の由来はナガミヒナゲシ)を棚に戻し、女の子達の方を向いた時。
敗北を知ったんだ。
沢田智明、16歳にして、2度も敗北を味わってしまったんだ。
こいつには敵わないと、こいつには勝てないと思い知ったんだ。
ふわふわと揺れるポニーテールが、薄いピンクの唇が、シンプルな色でまとめたファッションが。
レトロな店内が
オレンジ色の照明が
この世の全てがお前の為に存在しているかのような、そんな人物が俺の目の前に現れたんだ。
そいつの、そいつの名は…。
「ポピーラビットじゃん!智明ながみん派なんだ…!私はちあとんが好きだなぁ…。」
…雅…朱里…。
…本当…なんでこんなに可愛いんだこいつ…。
「……智明?」
しまった…黙り込んじまった…。
うん、ちあとんだ。
ピンク色のポピーラビットで…作った本人も何で「ちあとん」にしたのか分かってないちあとんだ。
でもこんな事言っちまったら知識でマウント取ってるみたいになるよな…。
でもバカだとは思われたくないし、知識が0だったら話も合わせられない…よし。
ここはバカだと思われない、かつ知識でマウントを取らないベストな回答を返すんだ、頑張れ俺、いけるぞ沢田智明。
「ちあとんか…薄ピンクで可愛いよな!」
いや見たまんまじゃねえか。
完璧にバカだと思われたわ…くそ…。
頭の中で自分を責め続けていると、朱里がちあとんを手に取り
「うん!薄ピンク可愛いよね!」
って言いながら優しく微笑みやがった。
…本当に可愛いな、こいつ。
見れば見るほど可愛くて、会うたびに好きになる。
…なんて…ラブコメ脳すぎるか…?
でも事実だしなぁ…なんて能天気な事を考えていると、突然彩ちゃんが口を開いた。
「そういえば…二人って付き合ってるんだっけ?」
「…え?」
…つ…付き合ってる…か…どうか…だと?
もし「付き合ってない」って言って
「へぇ、付き合わないの?」って言われたら俺はどうすればいい?
変に濁したらどうせ揶揄うネタになって更に付き合い難くなる…。
え?付き合いにくくなる?え?
というか好きだってバレてる時点で俺らはどうもできないんじゃ…。
…こういう場合って…なんて答えれば良いんだ…。
俺と同じく悩んでいるであろう朱里の方へそっと視線を移動させると、口パクで何かを伝えてきた。
…なんて言ってんだ?
和菓子にパセリ?輪っかに撒き餌?
なんだ…?微塵もわかんねぇぞ…?
すると、朱里が俺の表情を見て悩んでいる事を察したのか、指で自分の鎖骨の辺りをつんつんと突いた。
…あぁ!!「私に任せて」って言いたかったのか!!!
そうだった、俺唇の動き読み取るの苦手だったわ。
昔龍と他の友達でイヤホンガンガンゲームしたっけ…確かボロッボロに負けて龍にブチ切れられたんだよな…。
何だよ輪っかに撒き餌って、馬鹿じゃねえの…。
恥ずかし…穴があったら入っちまいてぇ…。
「なぁ、ここに6人集まってたら他の人らの邪魔にならへん?」
頭を抱え、何も思いつかないショックで今にも叫んでしまいそうになっていた時、晶が小さな声でこう言い、彩ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「そっか…ここで話しちゃったら邪魔になるね…移動しよっか。」
あ…晶…!!??
俺が絶対に勝てない人間その3…晶…。
お前の事をスーパーダーリンと呼ぶんだな…危うく惚れちまうとこだったぜ…。
心を読む能力って本当に優秀なんだな…天才だ…。
視線で晶に「ありがとう」と伝えていると、晶が俺の心を読んだのか、少しだけ照れ臭そうに眉を八の字に曲げながら俺達5人を急かし始めた。
「あー…、なあみんな、このかわいいうさちゃん買うん?買わへんの?出来るだけ早く決めや?」
…うさちゃん?うさちゃんだと?
晶みたいなキャラだと普通「このよう分からん兎」か「このポピーなんとか」って言う筈なのに「このかわいいうさちゃん」だと?
本当に完璧だな、こりゃあモテるわけだ。
…で、何だっけ?晶さっきなんて言ってたっけ?
「なあ、うちタピオカ飲みたい。」
雑貨屋で各自欲しい物を買った後、どこに行こうかと話しながら何となくフードコートに向かっていた時、突然晶がそう発言した。
さっきまで「うちこういう雑貨屋さんとかあんまり行った事無いから…」と言いながら照れ臭そうにピアスを見ていた晶が。
ピアッサーを見て「耳に針刺すんか…痛そうやな…智明耳穴開けるとき痛かった…?」と震えていた晶が突然わがままを言ったんだ。
そんな晶のわがままを聞かないわけにはいかないと決めた晶親衛隊の俺、朱里、彩ちゃん、龍馬、隠れファンの明人、そして親衛隊リーダー、自分大好き晶の為に、フードコートの隅にあるタピオカ屋へ向かう事にした。
「ミルクティーが定番だよね…。」
「変わり種行きたい気もするけど…。」
「うちコーラにしよっかな…紅茶酔うし…。」
…お…女の子三人がくっついて店の前に置いてあるチラシ見ながらお話してる…。
めちゃくちゃ真剣に話し合ってるし…超かわいい…。
「お前らは何にするんだ?俺はミルクティーにしよっかなって思ってるけど…。」
女の子達の後ろでメニューを手に取り、穴が開くほどじっくり見ている龍と明人にそう話しかけると、龍がどこか嬉しそうにメニューを指差しながらこう言った。
「僕アイスコーヒーにしようかなって思ったんだけど、明人君が言うには甘い飲み物の方が美味しいらしくて悩んでるんだ…。」
甘い飲み物か…明人詳しいな…しょっちゅう飲んでんのかな…。
「そっか…他何があるんだっけ?」
と問いかけながら龍が見ているメニューを覗き込むと、ふと、隣から激しい憎悪が入り混じった視線を感じた。
「…あー…明人は何にするんだ…?」
俺ら2人を羨ましそうに睨んでいる明人にそう問いかけると、少し戸惑ってからりんごジュースを指差した。
りんごジュース…?こいつマジで可愛いな…小動物かよ…。
またもや負けを確信し、今にも泣きだしそうなくらい打ちのめされた俺は、明人や晶を見習ってギャップ萌え作戦を決行することにした。
「俺ブラックコーヒーにするわ!」
「智明コーヒー飲めないでしょ。」
「…コーラにします。」
「タピオカとか五億年ぶりに飲んだわー!」
「五億年?智明って恐竜だっけ?」
「智明君って恐竜だったんだ…。」
「SNSに載せたらバズるかな?」
「絶滅しろよ、生き残んな。」
「おい明人、全国の恐竜ファンと動物愛護団体に土下座しろ。」
なんて、注文したタピオカを持ち、フードコートにある4人掛けの席へ移動しながら話していると、突然龍馬が眉間に皺を寄せ、手に持ったタピオカドリンクをまじまじと見始めた。
「…???」
「…?どした、頼んだのと違ったか?」
「いや…?別に普通…だと思うけど。」
「だと思うけどってなんだ。」
「…いや、何でもないよ、気のせいだった。」
と言いながらも、まだ気になるところがあるのか、椅子に腰掛けてから、ストローで中身をゆっくりかき混ぜる龍馬。
「…なぁ、まじで大丈夫か?これ交換してやろうか?」
「いや…?」
何度もドリンクやストローを見てもまだ違和感を感じるのか、俺達みんなの顔を見て恐る恐るこう呟いた。
「……ねぇ、明人君もりんごジュースだよね?味変じゃない?」
「え…あぁ…変じゃないと思いますけど…え?りんごジュース?」
「実は僕も明人君と同じりんごジュースにしたんだけど…一口だけ飲ませてくれない?」
「フゴッ……!!」
「おいコラりんごジュース飛んだんやけど!朱里から借りた服汚すなやこのクソ間抜けが!」
「その漫画の受けはマジでエロいから注意して。」
「受け優位?」
「うん。」
「買う。」
「ちなみに聞くけど…受けはツンデレ?スパダリ?」
「年下わんこ。」
「解釈違いや!!!!」
「なんで!?わんこ受け可愛いじゃん!!!!」
「わんこは攻めやろ!!!!年下わんこは総攻めや!!!!」
「晶ちゃんどんだけ年下攻め好きなの!?」
「あんたらが雑食すぎんねん!!!!」
…声のボリューム下げてくれねえかな。
携帯で用語を検索しようとしている龍馬を止めてからバカ三人に向かって
「純粋な疑問なんだけどさ、お母さん的な立ち位置にいる人はお前ら的には攻めなのか?それとも受け?」
と尋ねてみると、三人が顔を見合わせぼそぼそと何かを相談し始めた。
「…私的には…総攻めかなぁ。」
「あ、彩ちゃんも?私も総攻めだな…晶は?」
「…襲い受け。」
「え、なにそれエッロ…。」
「やってることはショタおになんだけど精神的な立ち位置はおにショタなBL見たい。」
「わかる。」
「それ。」
「俺尻で抱くタイプの受けが好き。」
「分かる。」
「分かる。」
「分かる。」
「な。」
…ダメだ、一緒になって盛り上がってしまった。
どうか話を逸らさないと…めっちゃ見られてる気がする…。
無難に「次どこ行こうか」って声かけりゃいいか。
でも今言ったらちょっと嫌な雰囲気になるかも…。
なんて一人で悩んでいると、何かを察したのか、明人が俺の顔をじっと見つめてから通路を指さし、晶にこう話しかけた。
「…なぁ、さっきあそこ通ったじゃん、あそこに晶の好きなゲームのグッズ売ってた。」
「え、マジ?行きたい。」
「行こ。」
…明人。
…ダメだ、ときめいてしまった。好きかも。
「え、それなんてゲーム?最近リリースされた?」
「うん、なんか結構暗い雰囲気のゲームで…初めて主人公を好きになったからグッズいっぱいあってさ…今までの推し全然グッズ無いから新鮮でうれしい。」
「あ、そういえばスクショ投稿してたね!」
「あー…僕も脇役とか主人公の敵側を好きになりやすいから気持ちめっちゃ分かる…。」
「そうなんや…あれ?ラフは?」
「僕の今まで好きになったキャラを考えるとラフが珍しいケースなんだよね…。」
「そうなんや…!」
…龍馬がいっぱい話してる。
こいつ結構人当たり良いし友達も多いはずなのに俺としか居ないから…なんか龍馬が自分から話しかけてんの見たらめっちゃくちゃ嬉しくなるな…。
「…そろそろ行こうか、みんなもう飲み終わった?」
「ちょっと待ってくれ、明人がまだタピオカに手こずってる。」
「…イライラしてきた。」
「うちみたいに氷も全部かみ砕いて食えばええねん。」
「そんなバカみたいな事したくないんだよ。」
「は?」
「智明と一緒に行く、先行ってて。」
「…は?」
「…。」
「…。」
…気まずい。
何か分かんないけどキスした後くらい気まずい。
「…な、なぁ、さっきは…ありがとうな…。」
「ん。」
…クールだな…。
マジでかっこいい、惚れそう。
「…あー、あのさ、明人ってBL好きだったよな…どんな受けが好き…?」
「……クールで無知な同い年。」
「あー…いいな…。」
「前戯を擽り合いだと思ってるくらいが好き。」
「…すごい性癖してんな、分かるけど。」
「それよりさ、智明もBL好きだったんだ。」
「まぁな…あの。」
「…。」
「…朱里が…BL好きだから…話が合えばいいなって思って。」
「……へぇ。」
……ん?いや俺何言ってんだ?
明人全然興味なさそうじゃん…明人の好きなもの知れてだけでいいじゃん…マジで俺何言ってんの…?言う必要なかっただろ…。
今…なんか…ここで全裸になれば忘れてくれるかな。
「なぁ。」
自分の言った事をどうにかなかったことにしようと色々考えていると、明人がストローで氷を突きながら話しかけてきた。
「う…うん?どうした?」
「……聞きたいんだけどさ、男もよく恋バナとかすんの?」
…恋バナ?
「え?あー…俺の場合ラブコメ大好きだから…俺だったらいっぱいするけど…今まではどうだった?分からないのか?」
「姉さんの知り合いとか……中学…じゃなくて…その、昔入ってた美術部の人達とばっか話してたから…。」
「女友達が多かったのか…。」
「……うん。」
へぇ…明人昔美術部だったのか。
……でもさっき何を言いかけたんだ?中学の時に美術部だった…?なんでそれを隠す必要が…。
「だから……初めてだから分からない。」
「初めて?」
「…男友達今まで出来たことないから。」
「…今は?俺の事友達だと思ってくれてるのか?」
「……違う、思ってない、思ってるわけじゃない。」
「はは、そっか。」
「違うから。」
「分かった分かった…そろそろ俺らも行こうか?」
最後の一粒に苦戦している明人にそう言うと、眉に皺を寄せてからドリンクの上に貼ってあるビニールを破き始めた。
『確かにそっちの方が吸いやすいよな!』
と言おうとした瞬間、明人がこんな言葉を口にした。
「何で僕と仲良くできるんだ?」
「ん?」
「………僕はお前を殴ったし…未遂だけど、お前の親友を犯したんだぞ?なのに…何で?」
…何で、か。
何でだっけな?何となく…なんて言っちまったら困らせちまうだろうし…正直に答えるか。
首根っこを掻いてから、明人の質問への返答を口に出す。
「それはな、お前が龍馬の友達だからだ。」
「…は?」
「あのな?龍馬の友達は幼馴染である俺の友達だ、友達が非行に走ったんなら信じて正しい道に引き戻してやるのが友達だろ。」
…って、なんか…痛かったか?
「……それ、龍馬さんも同じ事言ってた。」
「…!」
「お前が休んでる時…こっそり「貴方を襲った僕とどうして仲良く出来るんですか」って聞いてみたら「明人君が友達だからだよ」って。」
「……そうなのか。」
「…お前は、これでも友達だって言えるのか?」
「…これでも…って?」
「あの、クラスで言っただろ、あの…「ゴミ」って」
「うん」
「…あれがもしも大嘘だったら、僕の事、友達だって思えないんじゃないか?」
「…どういう意味だ?」
「……だから、何が言いたいかっていうと」
「……」
「…良かったよ、お前がゴミだって知れて。」
34話「시작」
「松田龍馬。」
学校が終わり、これから帰ろうと鞄を肩に掛けた時、入り口の方から低い女の子の声が聞こえた。
「…?」
僕彩さん達以外で女の子の知り合いいたかな…?なんて思いながら入り口へ視線を移動させると、そこには転校生のしじゃくさんが居た。
…って、何でしじゃくさんが僕の名前を…!?
それより何で僕を呼んだの…?もしかして僕に用事?
困ったな…今からアルバイトなのに…。
でも断ったら断ったで失礼だし…早めに切り上げられるように頼もうかな…。
「えっと…し…じゃくさ…僕。」
「松田今日バイトよな。」
「え?あ、うん…バイト…だね…。」
「送ってく、話はそこで。」
「あ、分かっ…た…?」
「行くぞ。」
……なんか、よく分かんないけど…悩み事解決したっぽい…。
「なぁ、松田ってよく小説とか読むタイプの人類だったりする?」
「へ?」
廊下を歩きながら『何を話せばいいのかな』と悩んでいると、シジャクさんが突然こう質問してきた。
小説とか読むタイプの人類…?質問結構独特だな…。
「あ…ま、まぁ人並み…には…?し、シジャクさんは…?」
「詩寂。」
「え?」
「シジャクじゃなくて詩寂。」
「な…何が違うの?」
「…まだか。」
「は…?い、いや…何の話…?「まだか」って何…?」
「私は好きだよ小説、そんなに沢山読むほうじゃないけどさ。」
「あ…そ…そうなんだ…。」
…話についていけない…。
シジャクさん…分かっていたけど…本当、変わった人だな…。
シジャクさんを横目でチラチラ見ながら、なんとか話についていこうと一つ一つ頭の中でまとめていると、そんな僕を見兼ねてか、シジャクさんが少しだけ優しい口調でこんなことを話し始めた。
「…あの、カフェを題材とした小説ってあるじゃん。」
「え…あ、あるね…。」
「主人公が適当に立ち寄ったカフェでコーヒーを頼んだら…カフェにいた誰かが知ったかぶりをして、主人公を含めた店の中にいる全員から冷たい目で見られるシーンあるじゃん。」
「え…っと…?た、例えば「インスタントコーヒーと豆を挽いたコーヒーの違いが分からない」とかかな?」
「あぁ、そう、そうだ、そんな感じ。」
「じゃあ…?それがどうしたの…?」
「…主人公が頭の中で冷やかすんだ「そのコーヒーはブルーマウンテンだよ」とな…それに少し違和感があるんだ。」
「え?」
「仮に主人公の名前をAとする。Aちゃんが普通の平凡な高校生として生きていて、コーヒーに関する知識についての描写が何も無かったとしたら?「ブルーマウンテン」や「キリマンジャロ」、炒った豆の事やコーヒーの挽き方、煎れ方とかを知っていると思うか?」
「…え?」
「その子が一回もコーヒーに触れてこなかったのならどこをどう見ればいいかなんてわからないだろ、豆の名前がどこに書いてあるかなんて分からないし……それ以前に、コーヒーについて詳しくないのなら、そういう雰囲気のあるカフェにも立ち寄らないんじゃないのか?私なら立ち寄らない、適当なファストフード店で済ませるよ。」
「それの何が…?」
「そういうのを味わった事があるんじゃないか?自分の知らなかった知識が勝手に頭に流れてくるような、そんな経験を。」
「え?……え??」
自分の知らなかった知識…。
シジャクさんのその言葉を聞いた途端、怪物と会う夢の事を思い出した。
頭の中に響く重低音と威圧感。
それを、僕はどうして、ベースの弦を弾いた音だと例えられたんだろう。
「だからさ、Aちゃんがもし普通に生きていたら…アメリカンとアメリカーノの違いを分かる日なんて無いんだよ。」
普通に…生きる。
Aちゃんが普通に生きていたら…。
…僕は、今まで普通に生きれていたのかな。
今までは普通だったかもしれないけど能力を持ってしまった以上今までとは違う生き方をしなきゃいけないわけで。
智明の暴力事件の事とか、晶さんに銃を向けられた時とか、小さい子の風船を取ってあげたり、明人君に押し倒されたり、朱里さんが愚痴を言われてたり、そんな事件とか事故とか、ハプニングが日常になってしまったら。
「分かっているだろうけど…私はついさっきまでアメリカンとアメリカーノの違いなんて知らなかった。」
ずしりと重くなったような気がした。
何がかは分からないけど、胸の奥に仕舞い込んでいた何かがずしりと僕を押さえつけているような気がした。
「…ごめん、僕、今日、バイト早いんだった。」
シジャクさんから逃げなきゃ、って本能で思った。
まるで縋り付くかのように、みんなに内緒でこっそり買った青い兎を、力一杯握りしめて。
35話「二人って付き合ってるの?」
「…あー…。」
ふと、晶の知り合いの子に告白された日の事を思い出した。
作戦に智明を利用した事についてはあまり良い気持ちはしないけど、晶にも考えがあってした事だから文句は言えない。
それに龍馬君を助けられたのも事実だ。
ちゃんと功績がある以上頭ごなしに批判するのは違うもんね。
なんて事を考えながら教室から出ると、智明が私を呼ぶ声がした。
「朱里!良かった、もう帰ったかと思った。」
「智明、何?どうしたの?」
いつもより少しだけ凛々しい表情をしてる智明にそう問いかけると、私から少しだけ視線を逸らし、こう呟いた。
「…一緒に帰ろ、いつも…あの馬鹿4人と帰ってたけど…たまには…2人で…さ……。」
凛々しい顔からは想像もできないくらい怯えた様子でそう呟く智明を更に落ち込ませることが出来なくて、用事がない事を頭の中で確認してから何回も頷くと、智明の顔がパッと明るくなり、嬉しそうに私の隣に駆け寄ってきた。
…わんちゃんみたいでかわいいな、本当。
「…どっか寄ってから帰る?」
「そうしようか…あ!そういえばさ、お前の好きな雑貨屋あんじゃん。」
「あー、電車乗らなきゃいけないとこにしかないやつ?」
「それ…この辺にも出来たらしい。」
「…え、マジで?」
「マジマジ、行こ。」
「うん!行く!」
「よっしゃ!」
わー…優しいな…私の好きなもの覚えててくれてるんだ、本当に優しいな、なんて思いながら智明に着いて行くと、手を差し伸べられている事に気付いた。
「……へ…?」
心臓がぎゅっと締め付けられたような感覚になる。
智明に初めて会った時と同じような感じで、胸がぎゅっと痛くなる。
手を…繋ごって言われてる。
…もしここで手を繋いで…この…学校の中…歩いてたら…100%付き合ってるって思われるじゃん…。
智明の事をよく知ってる子だったら尚更さ…。
智明ってボディタッチは多いけど…ハグとか手を繋いだりはしないから…もしそういうことを…してる相手がいるとしたら…大親友か…恋人な…わけで…。
…智明は、それでもいいって思ってるのかな。
私と、恋人同士だって思われてもいいのかな。
「…嫌なのか?」
手を繋ぎたいけどどうしようか躊躇していると、智明がまるで子犬のような瞳で見つめながらこう言ってきた。
「へ…?あ…い…ゃじゃ…。」
首を横に振りながら震える声で否定すると、智明がふんわりと微笑んでから私の手を優しく引いた。
「そっか、じゃあおいで。」
「…ヒェ…。」
「ヒェって何だよ。」
「…鳴き声。」
「鳴き声?」
「ピンチの時に出る。」
「ははは!今ピンチなのか!」
ケラケラと笑う智明の声が愛おしい。
じんわりと汗ばんでいる智明の手が愛おしい。
微かに震えてるのが愛しい。
私と目を合わせられない智明が可愛い。
経験豊富なはずなのにウブで可愛い。
やっぱり好きだな、なんて思ってしまう。
心読まれてないかな、私の気持ちバレてないかな、バレてて欲しいな、なんて馬鹿な事を考えながら私よりも大きな智明の手を軽く握りしめてみると、私より強い力できゅっと握り返してくれた。
「ここのアロマめっちゃ良い匂いするんだよね。」
「マジ?…わ、本当だ…めっちゃ良い匂い。」
「ハーブ系の匂い好きなの?」
「好きなのかも…え…これ買おうかな…。」
「いいじゃん!部屋に置いちゃお!」
「置くわ。」
「チョロいな…ちなみに私の部屋にあるのはこれ。」
「…おぉ、めっちゃ良い匂いする…。」
「匂いフェチだからめっちゃ気にしちゃうんだ、私。」
「へぇ…確かにお前良い匂いだもんな、ごめん。」
「何で謝んの?」
「セクハラになったかと思って…。」
「なってないよ、私にとってのセクハラは「智明のお尻いい形だねー!」って言う事だよ。」
「わ、モノとして見られた気分だ、俺の尻はタダじゃない。」
「なにそれ…ふふ。」
雑貨屋に到着し、部屋に置くフレグランスや化粧水を見ていると、隣で何度も「めちゃくちゃあるな、オススメは?」「ここの化粧水って良いのか?」と質問していた智明が突然こんな事を聞いて来た。
「あ、そうだ、雑貨屋で思い出したんだけど…この前彩ちゃんから俺ら2人の事聞かれたじゃん。」
彩ちゃんから?
そう言われてハッと気付いてしまった。
そうだ、あの時彩ちゃんに「2人って付き合ってるの?」って聞かれてからちょっと気まずかったんだった…。
「…あったね…あの時はちょっと対応に困っちゃったな…。」
そう答えながら化粧水を手に持ち、違うものを見に行こうとお店の中を歩くと、智明が私の後ろについて来ながら話を続けた。
「な…でさ…あん時からずっと一人で考えてるんだけど…やっぱお前の意見も必要だよなって…思って…わ、これ良いな…買おうかな…。」
意味も無く食器の棚を見ていると、智明が話しながら小さくてかわいいグラスのコップを指差した。
「わーなにそれかわい……お前の意見…って?」
と問いかけると、コップから目を逸らし、私の顔を見つめた。
「うん、やっぱそういう事ってちゃんとハッキリさせとかないとダメだし、もしもの時の為に備えておかなきゃって思ってさ。」
「…もしもの時って?」
智明が気になっていた小さなコップを手に持ち、ゆっくり首を傾げてみると、私から目を逸らし、同じようにコップを手に取った。
「まぁ、長い事グダグダ言ってても悩んでてもダメかなって思ってさ。」
「あ、彩ちゃんにどう言い訳しようかーって?俺ら2人はこういう関係だよ、って説明する為に…。」
「うん…だからさ。」
「うん。」
「俺ら付き合おうか。」
「……。」
「……。」
「……ヒェ…。」
「あ、ピンチだ。」
36話 君の事を、好きになってもいいかな」
「晶ちゃんって何考えてるか分かんなくて怖いよね…。」
遠くから、こんな声が聞こえてきた。
それに同意する声や、私を笑う声も聞こえてきた。
そんな時、何かで情報を得たのか、私の家の事情を話す存在が現れて、一気にその場が静まり返るんだ。
それからみんな優しくなって、一切私の事を馬鹿にしなくなる。
私が怖いから。
ただでさえ怖い私が更に怖くなるから。
やっぱり、何日経っても、何年経っても
教室に入ると笑顔で「おはよう!」と出迎えるあいつらの事を信じられない。
何を考えてるか分からない理由になっているお前らには分かる筈も無いだろう。
笑顔で「おはよう!」と答えるこっちの気持ちも考えてくれ。
必死で皆に好かれようと、普通になろうと努力してるのに、それを全部無駄にするような事を言われて平気なわけがない。
それがあの人からすれば普通なのかもしれないけど、私にとっては普通じゃないから。
だから頑張ってるのに、それを壊そうとしないでほしい。
私の中身に干渉しようとしないで欲しい。
折角上部さえ良ければ生きてけるの世の中なのに中を知ろうとしないで欲しい。
こんなのを「いじめ」なんて言ったら、必ず
教師や親に大袈裟だって笑われる。
「誰もが経験する事だ」って言われる。
現に、そう言われた。
寧ろ、私がいじめた側だと言われた。
だから、これは抱え込むしか無いんだ。
「うちが何を考えてるかなんて…こっちが知りたいっての。」
何故か毎回、この瞬間は泣きそうになる。
本当は背なんて向けたくない、心から向き合いたい。
心から、君たちを愛したい。
なのに、自分で作り上げた自分がそれを妨害してくる。
大事にしてきた友達みんな嫌いになる。
守りたかったもの全部無くなる。
守ってくれたものみんな傷付く。
冷たいフリをして、腹の奥にマグマのように煮えたぎった憎悪を隠し持っている私が。
明るいフリをした、いろんな声色を使い分けて強いフリをしている私が。
自分を使い分けるのが上手いフリをしている私が、邪魔する。
晶が、私の中にある全部の晶が私の、晶の邪魔をする。
壁に左肩を預け、目尻に溜まった涙を拭い、溜息を吐く。
……こんな能力、コピーしなきゃよかった。
自分を使い分けようと、しなきゃ良かった。
……お父さん、私お母さんみたいには生きれないよ。
…生きたくないよ……。
「晶ちゃん、どうしたの?」
その時、背後から、優しい声が聞こえた。
振り向くと、心配そうにこちらを見る彩ちゃんが。
…馬鹿らしいけど、
どうせいつか嫌われるなら、どうせいつか無くなってしまうなら、もう、どうでもいいや。
彩ちゃんの方に身体を向け、くだらない疑問を投げかける。
「…うちって、いつも何考えてると思う…?」
すると、彼女は首を傾げ、にっこりと笑いながらこう答えた。
「質問に質問で返しちゃうけど…私はいつも何を考えてると思う?」
「……分からない。」
と答えると、また可愛らしくにっこりと笑ってこう答えた。
「私も!晶ちゃんが何を考えてるかなんて分かんないよ。」
「ふふ…そっか…。」
笑いたくないのに、勝手に口角が上がる。
あぁ、もう、頭ん中ぐっちゃぐちゃ。
ごめん、さやかちゃん、嘘ついて、ごめん。
その時、彩ちゃんがうちの頬をぎゅっと強くつねった。
「むっ…!!??」
「泣きながら笑わないの、どマゾだと思われちゃうよ!」
「ど、どマゾ…?」
「そう!どマゾ!!」
彼女が手を離し、ヒリヒリと痛む頬を撫でながら
「…じゃあ……どうすればいいんよ。」
と尋ねると、にっこりと笑いこう言った。
「好きな人を作れば、少しは心が純粋になれるんじゃない?」
「……好きな人?」
背中に、ぞくりと悪寒が走る。
あんな人達に想いを寄せたってうちが得する事なんか…
……………
…どうせ、あの子みたいに。
「……無理や、うちには…好きな人なんかできるわけない。」
頬を拭い、口角を上げて笑ってみる。
すると、目の前の彩ちゃんが、今のうちの倍くらい辛そうな顔で、下唇を噛んだ。
そんな彩ちゃんを、
心の底から、可愛いと思った。
勝手に口が開き、言葉が零れ落ちる。
「…な、なあ、彩ちゃん…あのさ…