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    お酒も程々に 赤い。顔も赤ければ耳も赤いし、何ならパーカーから覗いている手だって火照ったようにじんわりと赤みが差している。
    「……何見てんだよ」
    「あっなんでもないです、すみません」
     ばちりとかち合った視線にやや仰け反りつつ反射で謝れば、まるで馬鹿にするかのようにフンと鼻が鳴らされる。しかし握られた手は離されないままなのだからもう意味がわからない。片手に缶ビール、もう片方の手には何故か私の手をがっしりと掴んだままの肥前くんはどうやら完全に酔っているらしい。その証拠にいつも以上に目が据わっているのだ。
     髪の隙間から見え隠れする耳が見たこともないくらい真っ赤に染まっていて、おまけに少しだけ呂律も怪しい。それににぎにぎと感触を確かめるように私の手を握り込む肥前くんの手のひらも異様に熱い、と思う。普段の彼の体温を知らないから確証はないのだけれど。
     というかなんで私は今手を握られているのだろう。自由な右手でちびちびとお酒を飲みながらそんなことを考える。
     多少酔ったところで「あの」肥前くんがこんな状態になるものなんだろうか。目が合えば舌打ちされ、手が触れようものならとんでもない勢いで距離を取ってくるような子だったのに。もしや変な薬でも盛られたのでは、と肥前くんを盗み見ている間にも缶ビールを置いた手が箸を取り目の前の皿に伸び、そして上手く掴み取れなかった軟骨の唐揚げが元気よく皿から飛び出していった。チッと盛大な舌打ちが隣から聞こえてくるものの、哀れにも机の上に落ちた唐揚げを掴む箸の動きはあまりにも覚束ない。
    「……ねぇ、飲み過ぎじゃない?」
    「飲んでねぇ」
    「いや飲んでるよ、一旦お水飲もう」
     刀って急性アルコール中毒とかなるんだっけ、と思いながら繋がれたままの腕を引けば煩わしそうにそれ以上の力で縫い止められる。私の手は肥前くんの膝の上にあり、つまりは現在完全な統治下に置かれていた。なんとか引き抜こうとしても素知らぬ顔でぎゅうっと握り込んでくる肥前くん。その顔は先ほどよりも一層赤くなっているようにも見える。
     このままでは大事な刀がお酒のせいでぶっ倒れてしまう。頑として動かない肥前くんの手の下からなんとか自分の手を救出しようともがいてみるものの、人間と刀剣男士の力の差は悲しいかな歴然であった。
    「肥前くん肥前くん、水取ってくるからちょっと離して」
    「…」
    「えっ聞こえてるよね?無視?手離して欲しいんだけど」
    「……酔ってるからおまえが何言ってんのか全然わかんねぇ」
    「すごい嘘つくじゃん」
     目を丸める私をよそにしっかりと手を握り直した肥前くんは、しかし思い直したのか唐突に私の手を解放した。
    「……ちょっと、あの、肥前くん?」
    「酔ってるからもう何もわからねぇ」
    「嘘でしょ」
     手は解放されたものの、いざ立ち上がりお水を取りに行こうとしたところで今度は私の膝の上に肥前くんが寝転んできたのだ。ふわふわの猫っ毛が私の太ももの上を我がもの顔で占拠している。野生の猫だってここまで急に懐いたりしないのに、お酒の力って本当に怖い。これ明日肥前くんが正気に戻った後私殺されたりしないだろうか。なんだかそっちの方が不安になってきた。
     水は飲ませたい。けれど酔っぱらいの頭を振り落としていくわけにもいかない。私の膝の上で目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めてしまった肥前くんを前に一体どうしようかと悩んでいれば、お猪口片手にふらふらと陸奥守がやってきた。そうして私と、私の膝の上に頭を乗せて寝転がっている肥前くんを見た後にやーっと笑って一言。
    「肥前のは酔った振りが上手いやき、主も気をつけとおせ」
    「へ?」
    「肥前のはわしよりお酒強いぜよ、のう?」
     のう?と言われたのは私ではなく肥前くんで。どうやら酔っていたのも寝ていたのも全部嘘だったらしい。その証拠に今までになく真っ赤に染まった顔が、手で覆われた隙間から覗いていた。
    c_han8 Link Message Mute
    2022/11/16 22:12:37

    お酒も程々に

    #刀さに #女審神者 #ひぜさに #肥前忠広

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