とある雨の日の出来事(くそ…ッ…最悪だ)
突然降り出した雨にレンは眉間に皺を寄せると軽く舌打ちをした。
今日はオフで図書館に行き本を借りる予定だった。
予報で雨が降る事は知っていたが降り始めるのは午後からだし直ぐに済ませれば雨に降られる事もないと思って傘も持ってこなかった。
けれど図書館に向かう予定がなかなか辿り着けず結局図書館に辿り着く前に雨が降り出してしまった。
それで仕方無く図書館は諦める事にして帰宅する事にした。
けれど雨の所為か。
普段とは違って見える街並みになかなかエリオス本部へ帰る事も出来ない。
元からレンは極度の方向音痴というやつで決して本人は認めはしないがそれは結構重症な部類に入る。
とりあえず今はシャッターの閉まった店の前で勝手に雨宿りをさせてもらっている状態だった。
もう少し小降りになるのを暫く待つしか無い。
そう思いながら恨めしそうに灰色の空を睨み付けた。
その時だった。
視界の端に見慣れたマンションが入って来たのは。
(嘘…だろ?)
そう思うのも無理は無かった。
此処はイエローウエスト。
偶然視界に入ったマンションはフェイスに使っても良いと言われ何度も通っていたマンションだった。
少し建物の色合いが普通のマンションとは違い独特で見間違える事も無い。
それがあったから方向音痴のレンでも今まであのマンションへは比較的すんなり辿り着く事が出来ていたのだ。
以前も似た様な事があった。
図書館に行く筈が迷って結局レッドサウスに来ていたのだ。
また同じ事を繰り返している事にレンは軽くショックを受けた。
どうりで街並みがブルーノースの落ち着いた雰囲気とはかけ離れている訳だ、と納得した。
けれどこの状況なら返ってラッキーなのかもしれない。
そう思いレンは雨の中、マンションへ向かって走り出した。
部屋の前へなんとか辿り着くとポケットから合鍵を取り出して鍵を開ける。
すんなりと開いた鍵。
どうやら先客は居ない様だ、と安心した。
そのまま部屋へ上がり暖房をつける。
レンの所持するサブスタンスの影響もありレン自身どちらかと言うと寒さには強い方だった。
けれどやはり制服はぐっしょりと濡れていてこのままで居ると体温はどんどん低下していくだけ。
なにより濡れた衣服は身体に纏わり付き気持ちが悪かった。
仕方が無い、そう思いながらレンは脱衣室へ向かうとそのまま濡れた制服を脱ぎ始めた。
(最悪だ…)
下着にまで雨は染み込んでいてその事実に頭が痛くなった。
とりあえず裸で居ても仕方が無いからシャワーを浴びる為、浴室へ入る事にした。
(はぁ…ほんと最悪)
同じ頃。
レンと似た様な心境に居るフェイス。
こちらはちゃんと傘を持っていたお陰で濡れる事は無かったが単純に雨が嫌いで気持ちが落ちていた。
(折角整えた髪型が乱れちゃう)
そんな事を考えながらイエローウエストの街を歩いていた。
偶然にもフェイスも今日はオフで今しがたデートの約束をしていた女と別れた所だった。
雨が降って来た事で気持ちが萎えたフェイスが突然頭が痛くなって来たからまた今度ね、と一方的に別れを切り出した。
普通ならば言われた相手は怒り別れ話を持ち掛ける所なのだろうがフェイスの相手は違った。
名残惜しさを残してはいたものの絶対また今度誘ってくれと言い残してデートは中断する事となった。
それ程までにフェイスビームスと言う男は女にモテるのだ。
女の方では無く常にフェイスに選択権がある。
それを女の方も分かっているから怒るなんてとんでも無い話しだしデートをしてもらえるだけで有難い話しなのだ。
(それにしても雨の所為で一日暇になっちゃったな)
そんな事を思いながらフェイスは足を止めた。
エリオス本部に戻っても部屋には煩いジュニアが居る。
昨日の晩。
明日はデートの約束があるから出掛ける事をジュニアに伝えたら明日は部屋を占領出来ると喜んでいた事をふと思い出した。
(まぁこーゆー時の為に部屋借りたのはやっぱ良かったかな)
そう思いながら結局マンションに向かう事にした。
(今日は音楽でも聴きながら一日のんびり過ごそう)
そしてマンションへ辿り着く。
以前の事で学んだからとりあえず鍵は差さずノブを回して引いてみた。
するとすんなり玄関は開いたからフェイスは少し驚いた。
こんな雨の日にレンがわざわざイエローウエストにまで来ている事が意外だった。
そもそもレンのオフを把握している訳でも無かった。
部屋に上がると今となっては見慣れたレンの靴が置いてある。
部屋の中は暖房がよく効いていて暖かい。
「レン?」
とりあえず靴を脱ぎリビングへ行く。
返事が返って来ないからまたソファーで寝ているのかと思ったがそこにレンの姿は無い。
その事に不思議に思いながらもふと下を見るとフローリングがうっすらと濡れている事に気付いた。
玄関の靴も濡れていた。
もしかしたら雨に濡れてシャワーでも浴びているのだろうか?
そう思って浴室へ向かった。
相手は同性。
とは言え勝手に開けるのも悪いと思い軽く脱衣室のドアをノックをしてみる。
だが中からは反応が無い。
仕方が無いと思いドアを開けてみる。
脱衣室にはレンの姿は無く、代わりに脱衣カゴの中にはやはりぐっしょりと濡れたレンの制服や靴下、ベルトや下着が入っている。
(なんだ、やっぱ来てんじゃん)
「こんなとこに置いといたら乾かないよ?」
ドア越しにそう声を掛けた。
だが不思議な事にレンは無反応だ。
シャワーの音も聞こえない。
「レン…?」
曇りガラスのドア越しに確かに人の気配はするもののやはりレンからの返事は無いしフェイスからは人影も確認出来なかった。
……何か嫌な予感がした。
「ねぇ、レン。開けるよ?」
そう言いながらドアを開ける。
フェイスの目に飛び込んできたのは湯が張られた浴槽の縁にかろうじて腕と顔を乗せたまま顔を真っ赤にさせてぐったりとしているレンの姿だった。
「ちょっ、レン?!?!」
完全にのぼせている様子で意識が無いのは一目で分かった。
服が濡れる事も構わずフェイスはレンの身体を湯船から引き上げると横抱きにして浴室から連れ出した。
脱衣室にあるバスタオルを掴むとレンの身体の上に掛ける。
そのまま寝室へ連れて行くとベッドの上に寝かせた。
このままでは寒いかもしれないが今は身体を冷やした方が良いだろう。
一応バスタオルでぐったりしたままのレンの身体の水分を取り去ると身体の上に布団を掛けた。
頰は未だに赤いものの息はしているし多分平気だろう。
(はぁ…流石に焦っちゃったな)
漸く落ち着いてフェイスは溜息を吐いた。
衣服はレンを抱きかかえた為濡れていた。
「コレお気に入りの服だったんだけどなぁ…この貸しは返してもらわなきゃ」
そう呟いてフェイスは苦笑を漏らした。
もしあと少しでも発見が遅かったら、とか意識の無いまま顔までが湯船に浸かっていたらと考えるとフェイスは気が気じゃなかった。
(確かにレンって目が離せないかも)
眠るレンを見てフェイスはアカデミー時代のウィルとの会話をふと思い出した。
(目を離すと直ぐ迷子になるから3人で居る時は特に気にしてレンの事見てたとか言ってたっけ)
今回は迷子では無く生死に関わる事だったが。
こうしてレンに関わる前まではフェイスの中のレンは常に冷静そうでルーキーの中でも能力を評価されているイメージがあった。
けれど実際のレンはそれだけでは無かった。
フェイスはレンへ手を伸ばすとそっと前髪を撫でた。
(…方向音痴だし猫の前では有り得ないくらいデレるし寝起きの悪さが半端ないし)
そう言う普段の姿からは想像も出来ないレンの一面を自分だけが知っている。
(……だったらよかったのにな)
そんな訳は無い。
実際ウィルからは意外なレンの一面を聞いていたしビリーに依頼料を渡せば大抵の情報は買える。
そうじゃなくてもきっと自分よりレンと距離の近いノースチームのメンバーはレンの事を知っている筈だろう。
「もっと知りたいな。レンの事」
自然と口から出てきた言葉は静かな部屋の中に響く。
今まで付き合ってきた彼女達に対しては特に関心など無く相手の事を知りたいなんて言う感情すらわかなかった。
ただ楽しく暇を潰せるならそれで良かったのだ。
(……結構重症かも)
未だに眠ったままのレンの紅潮した頰へそっと手を移動させて触れてみた。
「ん…っ…」
するとレンの口から声が漏れてうっすらと瞳が開いた。
「レン?大丈夫?」
フェイスはそう聞きながらレンの頰へ触れた手を引っ込める。
「ん…俺は…どうして…」
レンはぼんやりとした様子のまま辺りを見るとそのままベッドから上半身を起こした。
「あ…」
そして自分の姿を見て言葉を詰まらせる。
「それはこっちのセリフだよ。たまたまレン探してたらお風呂に居てさ。そしたら意識なくしてるんだもん。流石に驚いちゃった」
フェイスはそう言いながら苦笑を漏らした。
フェイスの言葉に何を思ったのかレンは頰を染めた。
「レン?」
レンの様子に不思議に思いフェイスは首を傾げた。
「…悪かったな。その…俺の服…」
そう言いながらフェイスを見るレンの瞳は少し泳いでいる。
そんなレンを見てフェイスは笑った。
「アハ。レンの制服はまだ乾いてないよ?ちょっと待ってて。俺の貸してあげる」
フェイスはそう言うと寝室から出て行った。
部屋に一人にされてレンは安堵の溜息を吐いた。
後先考えずに風呂に入ったのはよかったけれどその時は出た後の事は全く頭になかった。
シャワーを浴びている途中着替えが無い事に気付き、結局風呂から出るに出られなくなってあの状況に陥ったのだった。
(あいつが此処まで運んでくれたのか…)
そう思うと勿論感謝の気持ちはある。
けれど猫の件と言い今回と言いレンにとっては他人には見せたく無い一面をフェイスの前で晒している。
それを思うと何となく恥ずかしいしいたたまれない気分になる。
「お待たせ。とりあえず制服乾くまでコレ着てなよ」
寝室に戻ってきたフェイスの手にはパイル生地のバスローブが握られていた。
「……良いのか?」
そう聞くレンにフェイスは笑顔で頷いた。
「俺もあまりこちらには私物持ち込んで無いからこれくらいしか無いんだけど…あ。けど下着一枚分くらいなら持ってきてたかも?」
「い、要らない!……それだけで良い」
フェイスの言葉に焦った様子で答えるレン。
それを見てフェイスは笑った。
終わり