素直じゃ無いのはお互い様レン失踪事件解決から一週間が経とうとしていた。
あの後のレンの話によると朝普通に部屋で目覚めた所までは覚えているがその後の記憶が一切無いらしく気付いた時にはマンションのフェイスの膝の上に乗っていたらしい。
自分が猫になっている自覚などなかったとの事だった。
だがあの後部屋に残されたレンの制服のポケットから猫の形をした綺麗な石が出てきた。
前日のパトロールの途中、気になって思わず拾って帰ってしまったらしい。
思い当たる事と言えばこれしかない、と結局ヴィクターに調べてもらった結果それは人を猫の姿に変化させるサブスタンスだった。
色々と話しているビリーにさへもマンションの事は内緒にしていたからビリーをマンション付近のカフェへ呼び出すとレン同伴の元レンが見つかった事を打ち明けた。
色々とビリーには聞かれたがパトロールの途中偶然野良猫に遭遇して戯れてたらレンになってた、と説明した。
レンはレンでフェイスに説明した様に猫になってからの記憶が無いと言った。
結局パトロールの途中2人でレンの事を見つけたと言う事にしてビルへレンを連れ帰る事にした。
レンの姿を見たノースの面々は本当に安心した様子だったしそれは他のヒーロー達も同じだった。
ウィルなんてレンを見た瞬間号泣してしまった。
そんな皆の対応にレン自身とても居心地が悪く感じていたのと同時に自分の居場所と言うものが此処なんだと改めて感じてなんだか擽ったい気持ちだった。
「レン、これからは道に落ちてるモノを勝手に拾ってくるんじゃない。分かったな?」
「わ、悪かった…」
マリオンの子供を叱る親の様な説教に素直に謝るレンを見て確かにジャックリーンに似てると言われても仕方がないな、とガストは苦笑を漏らした。
全てが丸く収まりまた何時もの日常に戻っていく。
だがレンとフェイスの関係は違った。
あの日以来レンはフェイスのマンションに通う事はなくなった。
とある日の夜。
なかなか寝付けなくてレンは夜風を浴びに屋上へとやってきた。
最近では何時もそうだった。
ずっとあの時のフェイスの言葉が頭の中に残っていた。
それを考え出すと落ち着かず夜なかなか寝付けなくなる。
屋上のフェンスからビルの下に視線を落とすとレンはハァと溜息を吐いた。
"レンが好きだよ"
突然過ぎて始めは意味が分からなかった。
それに状況が状況だった。
全裸でフェイスの膝の上にいたのだ。
「とりあえず寒い…何か着る物、無いか?」
「ん?ああ…ごめん、気が利かなかったね。ちょっと待ってて」
気まずそうなレンの言葉にフェイスは答える。
それと同時にレンは膝の上から退いた。
着替えを取りにリビングから出て行ったフェイスにレンは密かに溜息を吐いた。
何故こんな事になっているのか分からない。
昨日、パトロールの途中猫の形をした綺麗な石を拾って帰った事までは覚えている。
けれどその後の事は一切覚えていなかった。
「お待たせ」
少ししてから着替えを手にしたフェイスが戻ってきてレンはフェイスに色々と聞いた。
自分が猫になっていた事にレンは始めの内はにわかには信じられなかった。
だが何時もとは違い部屋の中にはまるで今まで猫が居たかの様に餌皿やトイレなど、見慣れないものが置いてある。
それでフェイスの言葉を信じる事にしたのだった。
自分がいなくなった事でエリオスの皆が捜索に出ている事などを聞いて一刻も早くビルに戻ろうと決断したレンはそのままフェイスと共にビリーと待ち合わせていたカフェへと向かった。
そこで初めてレンは普段フェイスが言っていた情報通の友達と言うものが誰の事かを知った。
それから無事にビルに戻り事件は解決した。
だから実はレンはフェイスの告白に答えてはいなかった。
あれから数日経った。
覚えていなかったとは言え恐らくフェイスには世話になったのだろう。
けれどどんな顔をしてフェイスに礼を言えば良いのかレンは分からなかった。
それにあの時の告白の返事もまだしていない。
会えば恐らく答えなければならない状況になる。
色んな事を考え始めるとあのマンションへも行きづらくてビル内でもなるべくフェイスと遭遇しない様にとオフの日は自室に引きこもっていた。
スマホへの連絡はなかった。
(なんで俺がこんな気持ちにならなきゃならないんだ…)
レンは思わずフェンスに腕を乗せるとその上に顔を埋めた。
フェイスの事は嫌いじゃない。
フェイスは猫カフェに連れてってくれるから。
一人じゃ入りづらい雰囲気だから毎回同伴してくれるフェイスが自分には都合が良いだけ。
……それだけだ。
(そもそも可笑しいだろ…)
自分もフェイスも男同士。
恋愛経験が乏しいレンでもそれが可笑しい事くらいは分かる。
それに恐らくフェイスは女にモテるタイプだと思った。
オフの日にフェイスと歩いているとよく女から声を掛けられていた。
だからあの時の告白も何時ものように揶揄われているんだと思った。
けれどあの時のフェイスの表情はそんな感じではなかった。
だからこそレンはこんなにも悩んでいた。
キッパリとそんな趣味などないと以前までのレンなら答えていたのだろう。
けれどフェイスがただの嫌な奴なだけの男では無い事を今までの経験で知ってしまった。
フェイスと一緒に居るのが苦痛じゃ無いと思うようになっていた。
断った時のフェイスの表情が自然と脳裏に過ぎる。
それは猫のレンに見せた時のあの表情だった。
レン自身覚えてはいなかったものの猫の時に見た景色はレンの脳内に残っていた。
そもそも朝自室で起きて猫になったレンが無意識に向かった場所があのマンションだった。
その時点でもう答えなど出ている筈なのだがこのモヤモヤとした気持ちがなんなのか、経験不足のレンには理解する事が出来なかった。
レンはポケットに手を入れるとなにかを掴み引っ張り出した。
手に握られているのはフェイスに誕生日に貰った猫のマスコットキーホルダーと繋がってる合鍵だった。
それを思い詰めた表情でじっと見つめた。
このまま此処から放ってしまえば…
そうすればこんなにも色々と悩む必要などなくなるかもしれない。
何度も本人には返そうと思った。
……けれど結局出来なかった。
レン自身あのマンションは居心地が良かった。
それにフェイスに貰ったキーホルダーも気に入っていた。
けれどこんな気持ちになるくらいなら手放すしかない。
そう決意をすると腕を振り上げた。
「wow!!そんなとこからポイしたら通行人が怪我しちゃうヨ!」
突然背後から掛けられた声にレンは思わず動きを止めて振り返った。
そこにはビリーが居た。
レンの表情が一気に険しくなった。
「お前だったんだな…あいつに色々と人の情報ベラベラと喋ってたのは」
レンの問い掛けに悪びれた様子も無くビリーは答えた。
「正解〜!だってサ、DJったら会う度にレンレンの事オイラに聞いてくるんだモン。そんなに知りたいなら本人に聞けば良いのにって言ってもビリーには関係無いでしょ?とか言ってサ〜。本当にレンレンの事好きなんだなって⭐︎」
「ッ…」
ビリーの言葉を聞いて思わずレンの頰は赤く染まった。
「レンレンが失踪した時もずっと落ち込んでたんだヨ?レンレンにも見せてあげたかったな〜」
「え?あいつが?」
ビリーの言葉が信じられなくて思わずレンはそう聞いてしまった。
「うん!もしかしてイクリプスが絡んでるかもしれないって事教えてもレンレンの事探すって聞かないし、あの時は流石にオイラも心配しちゃったヨ」
「……そう、だったのか」
ビリーの言葉にレンは手の中のキーホルダーを握りしめた。
やはり告白の返事は別として迷惑を掛けてしまった事に対してはフェイスに謝らなければいけないと思った。
「……ねぇ、レンレンはDJの事嫌い?」
不意にビリーからそう聞かれてレンは首を振った。
「別に…嫌いでは無い。最初は苦手なタイプだと思ってた」
「そっか。じゃあ…好き?」
その言葉に思わず反応してしまう。
「……よく、分からない」
素直にそう答えた。
嫌いの反対は好き。
嫌いでは無い。
だったら好き、なのかもしれない。
けれど正直レンは自分の気持ちが分からなかった。
「分からないならまだDJにもワンチャンあるって事かもネ〜♪」
「?」
ムフフと楽しそうに笑うビリーの言葉が理解出来ずレンは不思議そうな表情を浮かべると首を傾げた。
「それにしてもDJも可愛いトコあるよネ!レンレンが猫好きなの教えてあげたら近場に猫カフェ無い?って聞かれてサ。教えてあげたら言葉では素直じゃ無かったけど嬉しそうにしてたヨ。結局連れてってもらえた?」
あの時フェイスは彼女から聞いたと言っていた。
けれど実際は自分の為にビリーに聞いて調べていたのだ。
ビリーの言葉を聞いている内にレンは次第に自分が悩んでいる事が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「はぁ…本当に面倒臭い奴。素直に言葉を言えない奴なんだな、あいつは……昔からそうなのか?」
詳しくは分からないが恐らく自分よりはフェイスと付き合いが長そうなビリーにそう聞いた。
「んー。ツンデレ?捻くれてるタイプ?好きな子には素直になれない感じ?まぁこれは全部オイラの勝手なイメージだけどネ」
「そうか…」
ビリーの言葉を聞いて確かにそうかもしれない、とレンは口元だけ笑った。
「DJのそーゆートコ、レンレンと似てるヨネ〜」
「は?それはどう言う意味だ?」
自覚の無いレンはビリーにそう聞いた。
「そのままの意味ダヨ!それよりも思い詰めた表情して今にも飛び降りちゃいそうなレンレンの為にオイラがとびっきりのマジックを今から特別に見せちゃおうかナ!」
「俺は別に…と言うかマジック??」
レンの言葉にビリーはウンウンと頷く。
そしてポケットから大きめの布を取り出すとそれを両手で広げて見せた。
それは長方形の形をしていてビリーの身体がスッポリと隠れるくらい長かった。
「よーく見ててネ?スリー、ツー、ワン……!」
ビリーはそう言うとバッと布を振り上げる。
次の瞬間ビリーの姿は忽然と消えていて代わりにレンの目の前にはどこからともなく紙吹雪と共に珍しく焦った様子のフェイスが居た。
「ちょっ、ビリー?!?!」
「後は二人で話し合ってネ⭐︎邪魔者は退散しマ〜ス!」
そんな事を言うビリーの声が何処からか聞こえてきた。
気まずそうな二人の間に暫しの沈黙が訪れる。
「聞いて…いたのか?」
突然の事に驚いたものの先に沈黙を破ったのはレンだった。
レンは気まずそうにフェイスに聞いた。
レンの言葉に苦笑を漏らしながらもフェイスは頷いた。
「眠れなくてさ。屋上行こうとしたら偶然ビリーと途中で会って。レンが居たからなかなか屋上に入れなくて戻ろうか迷ってたらビリーがちょっと此処で待っててって言うから…ハァ。情けないな」
フェイスはそう言い自嘲めいた笑みを浮かべた。
そんなフェイスをレンはじっと見た。
そして
「あの時はお前に迷惑掛けたみたいで、その…悪かった」
素直にそう言った。
レンの言葉に少し驚いた様子だったもののフェイスもうん、と答えた。
そしてふと、レンの手からはみ出てる自分が渡したキーホルダーの存在に気付いた。
「レン、それ…」
フェイスの視線が自分の手に行ってる事に気付きレンも自分の手に視線を向ける。
「ああ、これか。此処から捨てようと思った」
そう言いながらフェンスの向こうを指さす。
「え?酷いなぁ。せめて返してくれない?」
レンからの辛辣な言葉にフェイスは苦笑を漏らした。
「けれどやっぱり捨てられなかった」
「え?」
「お前の所為でいちいち悩んで眠れなくなるのはもう嫌だからどうすれば悩まなくて済むのか考えた。この鍵がなくなれば悩まなくて済むと思った。だから…」
レンの口から悩むと言う言葉を聞いて勢いで好きだと言ってしまった事に対して少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「そっか。ごめんね。で?レンの答えはもう出たの?」
そう聞くフェイスは何時ものフェイスだった。
内心は違ったが。
「ああ。仕方ないからお前に付き合ってやる事にした。猫カフェ…連れてってもらえなくなるのも嫌だからな」
「え?」
思いもよらなかったレンの言葉に驚きフェイスは目を見開く。
「なんだ?不満か?」
そんなフェイスにレンは不服そうな顔を浮かべた。
「そんなチョロ…いや、そうじゃなくて。俺が聞くのも可笑しいけど本当にレンは良いの?」
「別に…お前の事は嫌いじゃ無いから別に問題ないだろ?」
素直にそう言われてこの先前途多難であるだろう事をフェイスは悟った。
多分レンの感覚的にフェイスとは友達の一歩先に進んだ様なものだろう。
けれど今のこのお互い気まずい状態よりは何倍も良い。
だからフェイスはレンの手をそっと握った。
ピクっと一瞬レンの身体が震えた。
「じゃあその鍵は捨てずにレンがまだ持っててよ。ね?」
フェイスはそう言うとレンに笑ってみせた。
「フン、仕方ないから持っててやる…」
フェイスの言葉にレンはぶっきらぼうにそう答えたのだった。
終わり