なくしてから気付いたものレンが居なくなったとの知らせがフェイスの耳に入ったのはちょうどフェイスのオフで女とデートをしている最中の事だった。
"ねぇ、一体どう言う事?"
デート中の女には気分が変わったと告げ別れた。
それからフェイスは直ぐに情報提供者であるビリーに電話をした。
"ワオ!DJ!返事早いー!流石最近レンレンにお熱なだけあるネ!"
"ふざけてる場合じゃないでしょ?説明してよ"
聞き慣れてる筈のビリーの軽口だが今は心に余裕が無い所為なのかフェイスは苛ついた。
"そんなに怒らないで〜。多分これはまだ一部のヒーローにしか連絡入ってない情報だと思うんだけど今朝からレンレンの姿を見かけないって。同室のガスト兄貴がレンレン起こそうとしたら居なかったらしいヨ"
ビリーの話だと制服もスマホも部屋の中に置き去りだったらしい。
ノースの3人がビル内をくまなく探してみてもレンの姿は何処にもなかった、まるでレンだけが部屋の中から消えてしまった、との事だった。
(レンが消えた…?)
その言葉に暫くフェイスはスマホを握ったまま呆然と立ち尽くした。
先週、偶然にもレンとは猫カフェでお茶をしたばかりだったしあのマンションで顔も合わせた。
その時も特にレンに変わった様子など無かった。
"DJ?"
反応の無いフェイスにビリーは心配そうに声を掛ける。
最近やたらと自分にレンの事を聞いてくるフェイスだったからきっとこの事を伝えたらショックを受けるだろうとは思っていた。
"ん。何?"
"まだレンレンが事件に巻き込まれたとは限らないヨ!それにマリオンパイセンが今司令室に入っていくのを見かけたからこれからレンレン捜索にみんなが動くと思う。DJも早く戻ってきなヨ!"
励ます様にそう言うビリー。
確かにまだ危ない事件にレンが巻き込まれたと決まった訳では無い。
たまに不思議な行動をするレンの事だ。
一人になりたくて何処かへ出掛けているだけかもしれない。
(いや、方向音痴なレンの場合、それもそれでかなり危険だけど)
どちらにせよフェイスは居ても立ってもいられなかった。
けれど自分がビルへ戻った所で他のヒーロー達にレンの事を聞いて回る事など出来ない。
フェイスがレンに好意を寄せている事を知っているのは恐らくビリーくらいだった。
それでも何時もビリーにレンの情報を提供してもらう時は素直じゃ無いフェイスはレンは同年代だからちょっと興味がある程度だから、と言い訳をしていた。
勿論ビリーにはバレバレで良く揶揄われていたが。
"レンについて何か分かったら直ぐに教えてくれる?ちゃんと情報料は支払うから"
"それは良いけど…DJはどうするの?"
"俺は俺でレンの行きそうな場所探してみるよ。見つかったら連絡するから、その時はビリーが見つけた事にしておいて"
フェイスの言葉にビリーはスマホ越しに苦笑を漏らした。
"レンレンもそうだけどサ、本当DJも素直じゃないヨネ〜!分かったヨ。また連絡するネ!危険な目に遭いそうなら絶対オイラに連絡して!"
(素直じゃ無い、かぁ…)
"は〜い。ありがとう、ビリー"
礼を言うとフェイスは通話を終えた。
落ち込んでいても仕方がない。
フェイスはそう自分に言い聞かせるととりあえず此処から場所が近い猫カフェに行く事にした。
もしかしたら一人で訪れているのかもしれない。
何度も訪れた場所だから流石にレンも場所くらいは把握しているだろう。
それにバレバレだが猫が好きなのを隠しているレンにとっては猫カフェに通っている事など誰にも知られたくは無い事だ。
内緒で来ていてもおかしくは無い。
フェイスはそう考えながら猫カフェに向かった。
(居なかったな…)
けれどそこにレンの姿は無かった。
それからブルーノースへ行きレンの好きな図書館に向かったがやはりそこにもレンの姿は無かった。
ミリオンパークにも足を運んだしレンが知ってそうなエリオスビルの周辺も探し回った。
だがやはり何処にもレンの姿は無かった。
(何処に行ったんだろ、レン)
探し疲れて結局ミリオンパークに戻るとベンチに腰掛けていた。
そんな時だった。
不意に胸ポケットのスマホが鳴った。
こんな時に女からのデートのお誘いだったらフェイスの苛立ちは更に募っていただろう。
だがそれはビリーからだった。
フェイスは直ぐに出た。
"もしもし、ビリー?何か進展あった?"
"うん。今レンレン捜索部隊が立ち上がって本格的に探す事になったみたいだヨ!オイラ達にもリリー教官から連絡が来たけどオイラ達は軽率な行動はせずレンレンの事は特殊部隊に任せろってサ"
"特殊部隊って…なんか話が大きくなってない?俺達ヒーローに任せたら良いのに"
フェイスはビリーの言葉に何処か違和感を感じた。
"ねぇ、DJ"
"ん?"
突然の少し沈んだ様子のビリーのスマホ越しの声に不思議に思いフェイスは首を傾げた。
"DJには言った事なかったヨネ?レンレンがヒーローになった理由"
"レンがヒーローになった理由…?"
以前とは違いマンションで話したり猫カフェへ行ったりして最近ではレンとの距離が近くなったと言う自覚は多少あった。
けれどやはりそれでもレンの事はまだまだ知らない事ばかりだったフェイス。
ビリーに改めて聞かれてそう言えば知らないなと思った。
"うーん。あんまりこう言うのは軽々しく他人に話しちゃダメかもしれないけど…今は緊急事態だし特別にタダで教えちゃうヨ!と言ってもあんまり気分の良い話じゃ無いかもしれないけど"
珍しく低いテンションでそう言うビリーにフェイスはなんだか嫌な予感がした。
"それでも良いから教えてよ。口外はしないから"
もしかしたら何かレンの手掛かりになるかもしれない。
そう思ったのだ。
"分かったヨ。あのね、実は…"
気付いた時には空からは雨が降っていてフェイスはずぶ濡れのままイエローウエストのマンションの近くを歩いていた。
ビリーから聞いたレンの過去が余りにも過酷で衝撃的だった。
家族をクリスマスの日にイクリプスに殺された事。
その復讐を遂げる為ヒーローになった事。
どちらかと言うと今まで何不自由無く生きてきた温室育ちのおぼっちゃまだったフェイスには考えられない事だった。
そこでキャンプの時の出来事をふと思い出した。
レンは誤魔化していたけどあの時一人で訓練していたレン。
(優等生とか言って揶揄ったら良い気分はしないって怒ったんだよね)
それは怒る筈だ。
レンは家族の復讐の為に人知れず訓練して強くなろうとしていたと言うのに。
(それなのに俺は…)
あの時は子供みたいな理由で不機嫌丸出しにして他人に当たって。
早く帰りたくて仕方が無かった。
(レンに会ったらちゃんと謝らなきゃ)
そう思った。
あの時のビリーの話には続きがあった。
"これはオイラの推測でしか無いんだけど…もしあの時のディノパイセンを探すキースパイセンの時みたいにレンレンがロストガーデンへの入口の情報を何かのキッカケで得たとしたら?"
その言葉を聞いて続きを聞かなくてもおのずと理解出来た。
復讐の為に危険を顧みず周りに黙ってレンは単独で乗り込むだろう。
"だから特殊部隊が動いて俺達ヒーローは待機って事?"
イクリプスの幹部がレンの失踪と関わっているのだとしたら特殊部隊が動くのも納得出来る。
"まだそうと決まった訳じゃないしそれを今特殊部隊が動いて確認中なんだと思う。DJ、こんな情報与えておいて言うのも可笑しいかもしれないけど…お願いだから無理はしないで"
そうビリーに言われた。
情けない事にイクリプス幹部達の能力はあの時居合わせたフェイスが一番良く知っている。
特にシリウスと名乗った青年にはあの時太刀打ち出来る手段が無かった。
(なんて無力なんだろ、俺は…)
もしかしたらレンが酷い目にあっているかもしれないと言うのに一人で敵地に乗り込む勇気が無い。
そんな自分に思わず自嘲が漏れた。
それにしても肌寒い。
レンを探す事に夢中で雨が降っている事もずぶ濡れになっている事にも漸く気付いた。
ビリーの言う通りまだレンがロストガーデンに向かったと決まった訳ではない。
そう考えとりあえずマンションに避難しようと思った。
もしかしたら何時も通りマンションで澄ました顔をして本を読んでいるかもしれない。
そう思ったから。
部屋の前に辿り着くと僅かな期待を胸にノブに手を掛け回してみた。
けれど鍵は掛かったままだった。
(来てない、か)
落胆する。
レンの居ない部屋に入っても仕方が無いが置き傘が中にある筈だ。
この雨の中、レンの事を探す為にはどちらにせよ傘が必要だった。
ポケットを探り鍵を握ると鍵穴に鍵を挿した。
「ナァ〜」
その時だった。
不意に猫の鳴き声がフェイスの耳に入ってきた。
不思議に思いフェイスは鳴き声の方へ目を向けた。
すると此処にきた時は全く気付かなかったが一匹の猫がこちらを見ていた。
青い毛色は雨のせいでぺったんこになっていた。
それを見てフェイスは笑った。
「アハ。濡れ猫ちゃん、俺と同じだね」
そう声をかけるとしゃがみ込み腕を伸ばして手招きした。
猫はそれをただ見ているだけだったが次第に一歩、二歩と慎重な様子でフェイスへ近付いていく。
手元まで近付いてきた猫に安心するとフェイスはそっと頭を撫でた。
「ベタベタ。このままじゃ俺も君も風邪引いちゃう」
フェイスはそう言うと猫を抱っこする。
片手で抱いたまま部屋の鍵を開けると部屋の中へと入った。
猫は大人しくて逃げる素振りはなかった。
いや、逃げる事が出来なかったのかもしれない。
フェイスが抱いた時から猫の体はずっと震えていた。
「震えてる。寒いよね」
靴を脱ぎながらそう聞くと直ぐに脱衣室へ向かった。
棚の上にタオルを敷くとその上に猫を下ろした。
そしてドライヤーのコンセントを差し込むとスイッチを入れ熱風を猫へと当てた。
「熱くないかな?」
不安になりながら目に当たらない様に距離を調節しつつまずは体の方を乾かす。
片方の手で体を撫でながらドライヤーの熱風を当てると猫は心なしか気持ちよさそうな表情を浮かべていた。
「それにしても首輪は付いてないし。野良猫かな?」
大人の猫にしては少し小さく。
子供の猫にしては少し大きい。
「ナァー?」
フェイスの問い掛けに猫は首を傾げながらもジッとフェイスを見る。
空の様な綺麗なサファイアの瞳を見てフェイスは少し驚いた。
レンのそれと似た様な色をしていたのだ。
「レン…?」
思わず名前を呼んだ。
だがふと我に返って自嘲を浮かべた。
「何言ってるんだろ。そんな訳無いよね。はぁ…本当重症だな」
レンに逢いたい。
そればかり考えてる所為で少し瞳の色が似てるからと猫をレンだと思うなんて。
「よし。大体乾いたかな?」
ドライヤーのスイッチを切り確認する様に猫の毛を撫でた。
乾いているのを確認すると敷いておいたタオルで猫の体を優しく包む。
そのまま抱っこをすると脱衣室を後にした。
フェイスの服はまだ濡れたままだったから。
リビングに行き猫をフローリングの上に下ろすと冷蔵庫に向かい中を覗いた。
お腹を空かしてないか、心配だったから。
元から飲料程度しか入っていない事もあり生憎猫が食べられそうなものは入っていなかった。
「やっぱ無いか。ん?」
足元に触れる感触に視線を落とすとリビングに置いてきた筈の猫はフェイスの後を付いてきていて足元にスリスリと顔を擦り付けていた。
「ダメだよ?折角君の事乾かしてあげたのにまた濡れちゃう…とりあえず俺も着替えてこようかな」
フェイスはそう独り言を呟くと上半身を屈めて猫の頭を軽く撫でた。
「ナァ?」
フェイスの言葉に猫は鳴くと首を傾げた。
この前のレンの風呂場での件もありあれから着替えを何着か持ってきていた。
隣の部屋からそれを持ってくるとリビングに戻り濡れた制服を脱ぐ。
「とりあえずハンガーに掛けて部屋干ししておこ」
そんな事を言いながら新しい下着と私服に着替えると制服をハンガーに掛け、暖房の風が当たる場所へ引っ掛けた。
そして脱衣室へ行くと洗濯機の中に下着や靴下を放り込んで洗濯機のスイッチを入れた。
お茶でも飲んで一服したいところだがそんな事をしている場合では無い。
レンを探したいしこの猫の食料も必要だ。
とりあえずミネラルウォーターの入ったペッドボトルを冷蔵庫から取り出すと皿に注いだ。
それをフローリングの上に置いてみる。
「喉、乾いてない?飲んでいいよ」
フェイスは猫にそう声を掛けた。
すると猫はゆっくりと置かれた皿に近付いていく。
ツンツンと鼻で皿を突いた後ペロペロと皿の中に注がれた水を飲み始めた。
「この様子だとお腹も空いてるかな」
フェイスは猫を見てそう呟いた。
けれど猫がどんなものを食べるかなど猫について生憎詳しい情報などフェイスは持ち合わせていなかった。
「レンが居たらな…」
猫がこの部屋に居たら猫好きなレンはソワソワしながら頰を染める事だろう。
その為にもレンを探さないと。
フェイスはそう思いながらスマホをポケットから出すと操作する。
ビリーからは連絡が入っていない。
フェイスの口からは自然と溜息が漏れた。
そのまま脱衣室へ行くと濡れた髪の毛を乾かしながらその間にネットで猫の食べ物を検索してみる。
(色々あるんだな…)
そんな事を思いながら髪の毛を乾かし終えると出掛ける準備をした。
リビングに戻ると猫は喉も潤ったのかいつの間にかソファーの上に居て丸くなって眠っていた。
「そこ、レンのお気に入りの場所なんだよ?」
何時もフェイスが此処に来るとレンはソファーに座ってテレビも付けずに黙々と本を読んでいた。
猫は反応しなかったが構わずフェイスは独り言を続けた。
「あ、レンって子はね、同じヒーローで仲間で…正直猫と戯れてるレン見なかったらずっとレンの事無愛想で可愛くない人って認識しかしてなかったかも」
思えばあの時見たレンの今まで見た事もない様な笑顔に惹かれた。
今まで付き合ってきた彼女達の誰よりもレンの見せた笑顔が可愛いと思ってしまった。
願わくばまたあの笑顔を見てみたい。
「…って、寝ちゃってるか。まぁ君に場所取られてもレンは怒らないだろうけどさ」
そう呟いてフェイスは寂しそうに笑った。
暖房のスイッチを入れると猫は一瞬音に反応したが起きる気配は無かった。
「ちょっとお出かけしてくるから良い子で留守番しててね」
そう猫に言うとフェイスは家を出た。
ショッピングモールへ行くとネットの情報を頼りにペットコーナーへ行き必要な物を適当に買い揃えた。
とりあえず猫の世話を終えてレンの捜索に戻らないといけない。
「ただいま」
帰宅すると部屋に入る。
「ナァ〜」
すると猫は起きていたみたいでフェイスの姿を捉えるとフェイスに近寄りまたもや足元にスリスリと頰を擦った。
「お待たせ。ちょっと待ってて」
しゃがんで頭を撫でると買ってきたものをリビングのテーブルに並べた。
まずはエサからだ。
買ってきた可愛らしいピンク色の陶器の皿。
その中に固形のキャットフードを入れた。
それをフローリングの上に置くと猫はやはりお腹を空かせていたみたいで直ぐに皿に近付くと餌を食べ始めた。
「やっぱりお腹空いてたんだね」
猫の頭を撫でながらフェイスはそう言った。
他には猫のおやつとか猫じゃらしとかの玩具類。
猫のトイレとかトイレ砂など。
一通り何でも買ってきた。
(何してるんだろ…)
それらをテーブルの上に並べながらふと、そんな事を思った。
猫にかまけてる暇など無いのに。
そうは思うもののやはりこの猫の事は何故だか放っておけなかった。
「ナァ〜」
食べ終えたのか、猫は鳴くと再びフェイスの足元に擦り寄る。
「全部食べちゃったね」
そう言うと猫を抱っこしてソファーに腰掛けた。
膝の上に乗せると猫に顔を近付けた。
「ナァ?」
再び猫は鳴いた。
やはり猫の瞳の色はレンの色と似ていた。
これを見るとレンが恋しくなる。
「アハ。また弱気になってる。やだな」
そんな事を呟くフェイスに猫は不思議そうに首を傾げた。
「ごめんね」
そう言いながら猫をフローリングの上に下ろした。
「もっと構ってあげたいけどやる事があるんだ。お留守番しててね」
そう言いながら買ってきたトイレにシートと砂を入れて部屋の隅にセットする。
(レンを探しに行かなきゃ…)
結局その日はレンを見つける事が出来なかった。
落胆して帰ると相変わらず猫はフェイスに甘える様に擦り寄ってきてこの猫の存在が今のフェイスには唯一の救いだった。
だが明日は出勤だ。
外泊届けも出していないから今日此処に泊まる事は出来ない。
けれど猫を一人にするのも不安だった。
事情をメンター達に話したら当然この部屋の存在がバレてしまう。
あの二人にバレると言う事は必然的に兄であるブラッドにもバレてしまう可能性が高い。
そうなるとまた厄介事が増えてしまう。
そもそも部屋を借りるのも許可が要るし書類等にそれ相応の理由等も記入しなければならない。
面倒事が嫌いなフェイスにとっては正に面倒臭い以外の何物でもなかった。
それに他にも理由はある。
(この場所はレンしか知らない)
自分とレン。
なんの接点も無い二人を唯一繋ぐ部屋。
その存在が他の人間に知られる事がフェイスは嫌だった。
(とりあえず今日は泊まろう)
そう思った。
キースも酔い潰れて朝帰りなどしょっちゅうしている訳だし自分が真似してジュニアやディノに責められても恐らくキースは自分の味方をしてくれる筈だろう。
そう決めるとソファーに座りスマホを開く。
ビリーからの連絡は無かった。
翌日。
フェイスは目を覚ますと違和感を感じた。
だが違和感の正体に直ぐに気付いた。
(あぁ、そっか)
此処はビルの共同ルームでは無い。
「おはよ、猫ちゃん」
いつの間にかフェイスのベッドの布団の上に来て丸くなって寝ていた猫が視界に入りフェイスはそう言うと猫の頭を優しく撫でた。
猫は未だに夢の中の様で反応は無かった。
「まだ寝てていいよ」
そう声を掛けるとそっと布団の中から抜け出した。
枕元のスマホを手に取るとディスプレイを表示させる。
時間は7時になる所だった。
予定ではもう少し早く起きて帰るつもりだった。
(まぁ仕方ないか)
それよりも早く出掛ける支度をしてビルに戻ろうと思った。
もしかしてレンが帰ってきているかもしれない。
「テメェッ!このクソDJ!今までどこほっつき歩いてたんだよっ?!」
共同ルームに戻るとやはりジュニアが煩かった。
「朝から煩いなぁ。おチビちゃんに教える義理は無いと思うんだけど」
何時もの飄々とした態度でジュニアにそう答えるフェイスにジュニアは更にヒートアップする。
「ファ〜ック!!今大変な事になってんだぞ?!?!」
ジュニアのその言葉にフェイスは思った。
どうやらレン失踪の件はルーキー達にも既に広がっている、と。
ジュニアの大声を聞いてディノとキースはルーキー達の部屋へ入ってきた。
「朝帰りたァお前もやるなぁ。けど今はやべーぞ」
キースはそう言いながら頭を掻く。
「レン君が昨日から居ないんだ…所持品だけ残して何処にも姿が見当たらない。その事で今ビル全体が落ち着かなくてピリピリしてる」
キースの横からディノは複雑な表情を浮かべながらそう言った。
(そんなの知ってる…)
以前ディノ自身の件があったからだろう。
ヒーローを洗脳して自軍の駒として利用するトリニティ幹部。
もしかしたらレンもそうなっているのかもしれないと上層部の連中は考えているのかもしれない。
それに何よりもレンは奴等に家族を殺されたのだ。
「へぇ…ヒーローに嫌気がさして実家に帰っちゃったんじゃないの?」
「…お前じゃあるまいし流石にそれはねーだろ?」
フェイスの言葉にジュニアは呆れた。
「レン君はそんな子じゃない…それにレン君がヒーローに嫌気がさす訳が無いんだ…」
ディノはそう言った。
(ディノは知ってるのか)
ディノの表情や言葉を見て聞いてフェイスは思った。
レンがヒーローになった理由。
「で?今もレンは帰って来てないの?」
なるべく面倒臭そうな興味が無い振りを取り繕いフェイスはそう聞いた。
「あぁ。連絡は来てない。今日も俺はレン君を探すよ。勿論ブラッドには内緒だけど。レン君の場合もしイクリプスが絡んでたら大変な事になるから」
「レンの場合って?どーゆー事だよ??」
ディノの言葉にジュニアは首を傾げた。
「あ、えっと…それは…」
ジュニアからの問い掛けに思わずディノは口籠る。
「まぁよく分かんないけど好きにしたら?俺は真面目にパトロール行ってきまーす。ほら、おチビちゃんも早く準備しなよ」
そう言うとディノとキースの背中を押し、部屋から出る様に促す。
突然のフェイスの行動に驚いた様子の二人だったがその方が都合が良かったのもあり素直に部屋から出て行った。
「ちょっ、おい!なんなんだよ、クソDJ?!!」
ジュニアも突然の事に当然意味が分からず喚いている。
「なんかこれ以上俺達ルーキーが首突っ込んだらまずい雰囲気出てたからさ」
「でもレンは俺達の仲間なんだぞ?そりゃ無愛想で腹立つけどよ…」
「へぇ…おチビちゃんとレンが絡んでる所あんまり想像出来ないんだけど。話したりするの?」
思わずフェイスはそう聞いてみた。
「ん?あぁ。マリオンとトレーニングルームで出会うと最近何時も隣にレンが居て。マリオンに話しかけるとトレーニングの邪魔になるって!少しくらい良いのに!自分は何時もマリオンと同じ部屋で話してる癖に!」
「それって100パーおチビちゃんが悪いと思うんだけど…」
「それでももうちょっと言い方があるだろ?!!あ〜!思い出しただけでムカついてきた!」
ピーピー喚くジュニアを見て煩いなと思う反面ずっと沈んでいた気持ちが少しだけ晴れた様な気がした。
「ねぇ、今日のパトロールだけど適当にイエローウエスト回ったらブルーノースの方も行ってみない?」
意外なフェイスからの言葉にジュニアはキョトンとするとニヤリと笑った。
「何?」
ジュニアの笑みの意味が理解出来ずフェイスは眉間に皺を寄せる。
「いや。本当素直じゃねーなって。お前だってやっぱりレンが心配なんだろ?」
「おチビちゃんに付き合ってあげよっかなって思っただけ。勘違いしないでよ?」
しまったと内心思ったが何時もの表情を繕いそう答えるフェイス。
「はいはいっと。じゃあさっさと飯食って出掛けよーぜ!レン見つけたってマリオンに報告したらきっとマリオンも安心するだろうしな!」
(下心丸出しだな…)
予定通りイエローウエストのパトロールを終えて二人はブルーノースへと向かった。
もしかしたらレンが見つかるかもしれない、そう思ったからだ。
「あれ?オマエ達…」
聞き慣れた声にピッ!と声を上げるとジュニアは即座に反応した。
「マッ、マリオン?!?!」
「アハ。ガストとマリオンじゃん。二人ともパトロール?」
ワタワタしているジュニアとは反対にフェイスは普段通りを装いノースセクターの二人にそう聞いた。
(二人が此処にいるって事は当然レンはまだ見つからないって事か…)
フェイスはそう思った。
「まぁレン捜索のが優先になってるけどな。本当にどこ行っちまったんだ…」
フェイスの問い掛けにガストは苦笑を漏らしながら答えた。
その表情は疲れている様にも思えた。
「ボクに心配を掛けさせるなんて…レンの奴見つかったら鞭で100叩きにしてやる」
「いや、流石にそれはレンが可哀想だからやめてやってくれ」
マリオンの言葉にガストは苦笑を漏らした。
「所でオマエ達はどうして此処に居るんだ?」
二人の存在に疑問に思いマリオンはそう聞く。
「レンは俺達の仲間だし俺らも心配してるんだよ。だからパトロール終えてこっちまで探しに来たんだけど…」
ジュニアはそう答えた。
そんなジュニアを見て半分はレンを見つけてマリオンに褒めてもらおうと言う下心がある癖に、とフェイスは思った。
「そうだったのか…全く。ボク達だけならまだしも…いや、それだけでも十分迷惑なのに他のセクターの奴らにも迷惑を掛ける様なマネをして。一体レンは何処に行ってしまったんだ…」
口調や内容はマリオンらしくキツいもののその表情は困った様子だった。
周りから見ても最近ではレンとマリオンの仲は良好に見えていたからそれも無理は無いのだろう。
当たり前の事かもしれないけれどレンの事をこんなにも心配してくれている人が自分以外にも居る事が今のフェイスには心強かったし安心した。
「レンの奴って極度の方向音痴だから余計心配なんだよな。だれかさんがジャックリーンに似てるって言ってるくらいだし」
ガストの言葉にジュニアは首を傾げた。
「あ、本人には絶対内緒な。流石に怒るだろうし」
ガストはそう言いながら横目でマリオンを見る。
「ボクは思った事を言っただけだ……いや、今はそんな事を言ってる場合じゃない。ボク達はまだ探してみる。オマエ達も協力してくれると言うなら別に拒みはしない。まだ探してない場所もあるからな」
「分かったぜ!俺が絶対レンの事探してマリオンの所まで連れて行くからな!」
ジュニアは自信満々にそう言うとガッツポーズをしてみせた。
そのまま二人と別れた。
今は夕暮れ時。
じきに夜になり一日が終わるだろう。
フェイスの焦りは募った。
"せめてレンがサブスタンスを所持していたらそれを元に場所が特定できたのかもしれないけれどスマホも制服も部屋にそのままになっていたから連絡すら取れない"
マリオン達との別れ際、マリオンが悔しそうにそう呟いていた言葉がフェイスの頭の中に残っていた。
もしもビリーの言っていた様にレンがロストガーデンへの入り口を何らかの手段で得たとしたなら丸腰当然で敵地に乗り込む様な真似などしないと思った。
いくら家族の仇とは言え流石にレンもそこまで冷静な判断が出来ない事もないだろう。
最低限サブスタンスは所持していくものだと思う。
けれどマリオンの話だと所持品は全てレンの部屋に置いたままらしい。
その事にほんの少しだけフェイスは安心していた。
だからと言って100%レンが事件に巻き込まれていないとは言えないのだが。
(まだ最悪の事態にはないってない。けれど早くレンを見つけないと…)
ずっと胸がザワザワしてなんだか落ち着かない。
レンと会わないなんてついこの前まで当たり前のことだったしイエローウエストのあのマンションで会ってもロクに会話もせずに各々の目的だけ互いに終えて別れた時も何度もあった筈なのにずっとフェイスは落ち着かないでいた。
結局夜までノースの街を歩いてみたもののやはり何処にもレンの姿は見当たらなかった。
もちろん頭の中はレンの事でいっぱいだったがマンションに放置していた猫の事も気掛かりだったフェイスはこの後予定があるとジュニアに告げ一人マンションまで戻ってきた。
「ただいま」
そう声を掛けて部屋の中へと上がる。
「ナァ〜」
すると甘えた様な鳴き声が聞こえてきた。
フェイスはその声に安心すると壁を探り部屋の明かりを付ける。
部屋の中は少し荒れていた様に思えた。
「アハ。もしかして放置してたからご機嫌ナナメだった?ごめんね」
フェイスは視界に捉えた猫にそう謝るとソファーへ腰掛けた。
朝出掛ける時に用意してあった餌や水は半分ほど減っていた。
(疲れた…)
テレビを付ける気も起きない。
何でこんな事になってしまったのだろう。
当たり前の様にまたこの部屋で他愛の無い会話をしたりレンの色んな表情を見たり出来ると思っていた。
(そんな事ある訳ないのに…)
あまりにも突然の出来事過ぎてフェイスは動揺していた。
レンと会えなくなってまだ一日も経っていないと言うのに。
もう何年も時が経ってしまったかの様な錯覚すら覚える。
それ程までに
(レンの事が…)
「今更気付いても仕方無い、か…」
不意に口から出た独り言に今までソファーの周りをウロウロとしていた猫はピクリと反応した。
「ナァ〜」
そして鳴き声を上げるとフェイスへと近付いていく。
足元まで来た猫に自嘲気味に笑うとフェイスは抱き上げ膝の上へ乗せた。
「好きな子が結局見つからなかったんだ」
フェイスはそう言うと猫の頭を優しく撫でた。
猫に話し掛けても仕方がないのに、と思いながらも今まで誰にも言えなかった想いが止めどなく溢れてくる。
「初めて見た時から俺はレンの事がきっと好きだったんだ。確信はなかったしそれを口に出して本人に伝える勇気はなかったから結局本人には言えなかったけど」
「ナァ〜」
フェイスの言葉に答える様に猫は鳴く。
きっと余りにもこの猫の瞳の色がレンに似ているから。
まるでレンに話しかけているかの様にフェイスは胸の内を打ち明けた。
「こんな事になるならちゃんと気持ち、伝えておけばよかった…本当にバカだね、俺は」
今きっと自分は猫相手にとんでもなく情けない顔をしているのだろう。
フェイスはそう思った。
レンに見られたらきっと笑われてしまう。
後悔しても仕方がないのに後悔しか出来ない。
そんな自分が愚かで仕方がない。
俯くフェイスに猫はそっと顔を近付ける。
そしてそんなフェイスを慰める様にペロペロと頰を舐めた。
「もしかして慰めてくれてるの?」
そう聞くフェイスに答える様に猫はにゃあと小さく鳴くと今度はフェイスの唇をペロペロと舐め始めた。
「アハッ、擽ったいよ…」
そうフェイスが言い掛けた時だった。
急にフェイスの膝に猫とは比べものにならない程の重力がのしかかる。
それと同時にフェイスは目を大きく見開いて思わず固まってしまった。
それもそうだろう。
今まで膝の上に居た筈の猫はレンの姿に変わっていたのだから。
「レ、ン…?」
そう聞いたフェイスに始めのうちはまだ何処か覚醒しきっていない様子のレンだったが次第に意識がハッキリしてきたのか自分の状況を理解したみたいだった。
「なッ…?!?!」
全裸でフェイスに顔を近づけたまま膝の上に乗っている事に半分パニックに陥っていた。
どうしてこんな事になっているのか分からなかったもののとりあえず膝の上から退こうとするレンの行動を遮る様にフェイスはレンの腰に腕を回すと引き寄せた。
「お願いだから逃げないで俺の話を聞いて」
まるで懇願するかの様な初めて聞くフェイスの声に思わずレンはピタリと動きを止めた。
レンの事を抱きしめたままフェイスは言った。
「なんか訳わかんないけどそれよりもうこんな想いするのは絶対ごめんだから今度こそちゃんと言わせて?」
そう言うと腕の力を緩めてレンへ顔を向けた。
「………?」
いつもの人を揶揄う様なふざけたものとは全く違う真剣な様子のフェイスにレンは何も言えなくてただフェイスの事を不思議そうな表情を浮かべ見ていた。
猫と同じ色の瞳がフェイスを捉えていた。
それを見てフェイスは安心した様に笑った。
「レンの事が好きだよ。だから俺の恋人になってよ。絶対後悔はさせないから」
予想もしてなかった突然のフェイスからの言葉を直ぐには理解出来ずレンは目を見開いて暫くの間ただ固まっていたのだった。
終わり