こんな誕生日も悪くない"今度の土曜ってオフ?オフじゃなくても予定空けといてね"
パトロールから帰ってきて部屋に着いた頃。
スマホを確認したらLINEにメッセージが入っていてその一方的な要望の文面にレンは少し驚いた。
それはフェイスからのメッセージだった。
LINE交換したもののあの誕生日以来フェイスからメッセージが来るのは初めての事だった。
ベッドに腰掛けレンは考えた。
土曜は普通に出勤の筈だ。
フェイスと遊んでる暇など無い。
"オフじゃない。大体何故お前の為に時間を割かなきゃならないんだ"
そうメッセージを打つと直ぐに既読マークが表示された。
そして着信音が鳴った。
"アハ。つれないなぁ。この前貸してあげた借り……まさか忘れてないよね?"
「ゔ」
送られた文面にレンは眉間に皺を寄せる。
フェイスの話によると風呂場で死にかけてた所を助けてもらったらしい。
濡れたレンを抱えた事によりフェイスのお気に入りの服を濡らしてしまったり(本人談)着替えを借りた事実は確かにある。
そうなってしまった原因を考えるとレンは改めて自分の愚かさを呪った。
全ての元凶はやはり合鍵だ。
あれを貰った所為で結局はあの部屋に通う事になってしまった。
そう思いながらポケットからフェイスに貰った合鍵を取り出した。
それには誕生日にフェイスに付けてもらった猫のマスコットのキーホルダーが付いている。
(いっその事返すか?)
そう思い手の中の鍵を見る。
(けど猫…可愛いからな)
実はフェイスに貰った猫のマスコットをレンは結構気に入っていた。
それもあり常に返すかどうするかは悩んでいた。
鍵だけ返すと言う訳にはいかないだろう。
それに何時も人を小馬鹿にした様な態度を取るフェイスの事だ。
そんなに俺からの贈り物が気に入ったんだ?と揶揄われるに違いない。
諦めた様にレンは溜息を吐くとスマホを操作した。
"……りょーかい。何時に何処に行けば良いんだ?"
そうメッセージを入力すると直ぐに既読マークが付きポップ音と共にメッセージが送られてくる。
"お昼かな。どうせレンって早起き出来ないでしょ?"
そのメッセージにむっとした。
確かに最近は寒いからそれの所為もあり余計起きられないのはある。
(なんであいつはそんな事をいちいち知ってるんだ…ガストか?)
シャワー中の同室の相手に疑いを向けながらも返信した。
"煩い。起きられる"
"あ、怒った?まぁ良いや。俺が昼からが良いからさ。とりあえず土曜日の昼頃、そっちの部屋行くから。ちゃんと居てね。もし居留守とか使ったら…"
そのメッセージと共に一枚の画像が送られてきた。
「ッ…!」
それはあの部屋で読書の最中ソファで寝てしまったレンの寝顔の画像だった。
「あいつ!いつの間に…!」
"良く撮れてるでしょ?レンの寝顔。あ、涎は垂らしてなかったから安心して"
「本当に性格が悪い…人の事隠し撮りばかりして…変態か?」
フェイスの一方的なメッセージにレンは怒りと呆れと諦めと言う色んな感情が沸きながらも結局スマホの画面を見詰める事しか出来なかった。
2月14日。
今日はバレンタイン。
そしてフェイスに強引に予定を空けさせられた日でもある。
急遽一週間前に有給を取りなんとか予定を空ける事には成功した。
何時もレンを起こしてくれるガストだがそれは出勤の時だけでたまのオフくらいは沢山寝かしておいてやろうと気遣いレンのオフの日は基本朝は放置だった。
それもありフェイスが迎えに来た時に寝ていたらまた揶揄われると思い今日は気合いと増やした目覚まし時計のおかげでなんとか午前中に自力で目覚める事に成功した。
洗面所の鏡の前に立ち顔を洗うと歯を磨く。
(それにしても一体どう言うつもりなんだ…)
突然のフェイスからの誘いに正直驚いていたレン。
今日はバレンタイン。
恋愛ごとなどには全く興味のないレンにとってはどうでも良い日だ。
けれど恐らくフェイスは違うのだろう。
普段から女の子からのお誘いが絶えないフェイス。
きっと今日は何時も以上に誘われている筈だ。
そんな事はレンは知らないし興味も無い事だろう。
けれどバレンタインがどう言う日なのかは勿論知っている。
だからこそよりによってなんでこんな日に誘われたのか理解が出来なかった。
歯磨きを終えるとダイニングキッチンへ行き朝食の準備を始めた。
インスタントのコーヒー、食パンとジャックに頼んで用意してもらったエビサラダも用意する。
一人きりの部屋はとても静かで居心地が良かった。
今日は一日この静かな空間で読書でもしていたい気分だ。
そんな事を考えながら食事をしていると突然部屋の扉をノックする音が聞こえた。
まだ午前中だと言うのにどうやら迎えが来た様だ。
深い溜息を吐くとレンは渋々と重い腰を上げ入口へ向かった。
内側からドアを開けるとやはりそこにはフェイスが居た。
「おはよ。ちゃんと起きてて偉いね」
フェイスはにこりと微笑みながらそんな事を言うからレンは勿論イラッとしてそのまま無言で再びドアを閉める。
だがその瞬間フェイスの足がドアの間に入り込みドアストッパーの状態になった。
「アハ。怒っちゃった?ジョークだよ。部屋入れて?」
そう口にするフェイスの表情は言葉とは裏腹に楽しそうで全く悪びれた様子は無い。
「チッ…勝手にしろ」
思わず舌打ちをしてレンはフェイスに背を向けると食事を再開すべくダイニングルームへと向かった。
そんなレンの後に続くフェイス。
思えば他のセクターのルームに入る事は今までなかった。
ノースのシェアルームはウエストに比べて落ち着いた印象だった。
「なんか綺麗に整頓されてるんだね」
足を踏み入れたリビングを見ながらフェイスはそう言った。
「普通だろ?」
レンは素っ気なくそう答えた。
「そう?俺達の部屋はもうちょっとごちゃごちゃしてる感じ。あ、レンの部屋は?暇だし見て良い?」
そう聞きながら隣へ続くドアノブに手を掛ける。
「そっちはマリオン達の部屋だ。勝手に入ったのがバレたらムチで打たれるぞ」
「こわ〜。じゃあ止めよ。あ。じゃあこっちがレン達ルーキーの部屋?」
そう聞きながら反対側のドアの前へ移動するとノブに手を掛けた。
「見ても面白いものなんて何も無い…と言うか大人しく待ってられないのか、お前は」
「良いじゃん。レンの部屋興味あるし?」
フェイスはそう言いながら意味ありげに笑った。
それを見てレンは背筋がゾッとした。
(また勝手に何か人の弱味になるものでも撮るつもりか?こいつ…)
そう思いながらフェイスに怪訝な眼差しを向けた。
「あ。警戒してる?今日は何も撮らないから安心してよ。純粋にレンが普段生活してる所見たいだけだから」
その言葉に昨日送られたてきた寝顔の写メの事をふと思い出した。
「そういえばお前…!昨日の写真、あれ今すぐ消せ!変態!」
「えー。なんの事だっけ?あ。レンの部屋もやっぱり綺麗に整理されてるんだ」
そんな事を言いレンの言葉を軽く流すと部屋の中へと消えていく。
(絶対隙を見てスマホ奪ってやる…)
レンはそう思いながら朝食を再開した。
すると思いの外直ぐにフェイスは戻ってきてレンの前に現れる。
「少な。朝食これだけなんだ?」
机に乗る朝食を見てフェイスはそう言った。
「お前には関係無い」
それだけ言うとフェイスには目もくれず黙々と食事をするレン。
「だからそんなに細いんだよ。レン抱っこした時思ったもん。軽ーって」
フェイスのその言葉に思わずレンは咽せそうになった。
嫌な事を思い出す。
「煩いッ!は…!お前もしかしてあの時…!」
あの時からなんとなくだがもしかしてと思っていた。
裸の状態を見られた訳だしちょくちょくフェイスには自分の知らない所で写真を勝手に撮られている。
「ああ…あの時、ね。どうかなぁ?」
レンの言葉にフェイスは面白くなって悪い笑みを浮かべる。
その言葉にレンの頰はみるみる内に赤く染まっていった。
「男の写真ばかり撮って…お前まさかガストと同じ…」
「え?ガスト?ガストがどうしたの?」
「男が好きな変態なのか?」
レンの言葉にフェイスの中のガストのイメージが一瞬にして変わった。
けれど人の話は聞かなさそうなレンの事だ。
何か誤解をしているのだろうとも思った。
「アハ。ガストの事は俺には良く分からないけど俺は女の子が好きだよ?今日もお誘いのメールとか電話沢山来てるしね」
(それが鬱陶しくて今日はスマホの電源オフにしてるんだけど)
「なら女の所に行けば良いだろ?何故俺なんかに構うんだ」
レンは眉間に皺を寄せそう聞いた。
その言葉にフェイスは少し考える。
そしてこう答えた。
「レンとは仲良くなれそうかなーって思ったの。俺の周りに居る煩い人達と違うし。あ、それよりも早く出掛けよ?レンを連れて行きたい場所があるんだ」
「連れて行きたい場所…?」
首を傾げるレンにフェイスは笑顔で頷いた。
食事を終えたレンを連れて二人がたどり着いた場所は外見がお洒落なカフェだった。
「……猫」
店の前の看板にはレンが呟いた様に猫の写真が貼られていた。
「うん。さぁ、入ろっか」
そう言いながらフェイスはレンの手を掴むとそのまま店の中へ引っ張る。
「えっ?おい…っ」
促されるがままレンはフェイスと共に店の中へ入る。
一歩踏み入れた店内の光景にレンは言葉を詰まらせた。
「いらっしゃいませー」
笑顔で客を出迎えるスタッフ。
その足元には自由に歩き回る複数の猫の姿があった。
「二名様で宜しいでしょうか?」
「はい」
「ではお席にご案内致しますね」
スタッフにそう言われてフェイスは笑顔で返事をする。
それだけで女性スタッフ達は頰を染めた。
「ほら、レン。こっちこっち」
店員の声など耳に入っていないのか、レンはただただ自由に歩き回る猫達を見詰めていた。
そんなレンの腕を掴みフェイスは引いた。
案内された席に着く。
「ご注文決まりましたらお呼び下さい」
アルバイトの店員は語尾にハートが付きそうな勢いでフェイスにそう言うと名残惜しそうにメニュー表を置いて二人の席から離れた。
「……こんな店があったのか」
未だに少しソワソワした様子でレンはそう言った。
「うん。俺も最近彼女達から聞いてさ。レンって猫好きだから喜ぶかな?って」
「……別に猫なんて好きじゃ…」
レンはそう言いながらフェイスから顔をそらす。
そんなレンを見てフェイスは笑った。
「アハ。本当レンって意地っ張りだなぁ。ほら、レンの足元に猫が近付いてるよ?」
フェイスの言葉にレンは反応すると自分の足元を見る。
すると白いふわふわとした毛の猫がレンの足に擦り寄っていた。
「猫…触っても良いのだろうか?」
「多分触るくらいなら良いんじゃない?あ、お姉さん。猫触っても良いのかな?」
フェイスは女性店員にそう声を掛けた。
「はい〜っ。好きなだけ触って下さい!」
「だってさ。良かったね、レン」
フェイスの言葉にレンは一瞬戸惑う。
けれどやはり我慢出来ずにそっと猫へ手を伸ばすと頭に軽く触れた。
ふわふわの柔らかい感触にレンはなんとも言えない気持ちになった。
「にゃあー」
そのまま頭を撫でると猫は鳴いてレンの足元に丸くなった。
「猫…可愛いな」
そう言いながらレンは少し頰を染めていた。
(レンの方が可愛いよ…なーんて。女の子に言ってあげたらイチコロなんだろうけどさ)
フェイスはそんな事を思いながら苦笑を浮かべた。
「レン、ホットコーヒーで良い?」
メニューを開きフェイスは未だに猫に夢中のレンにそう聞く。
「ああ」
「じゃあ俺も。あとショコラケーキも頼んじゃお。レンは?飲み物だけで良いの?」
「さっき食べたばかりだからコーヒーだけで良い」
「OK。すいませーん」
フェイスが声をかけると直ぐに店員は席に来て注文を取り始めた。
「それにしてもやっぱ猫好きなんだね、レン」
手は机の下で未だに猫を撫でるレンにフェイスは頬杖をつきながらそう聞いた。
「……悪いか」
開き直ってそんな事を言うレンの頰は少し赤い。
「んーん。別に。猫追っかけて迷子になった事もあるんでしょ?」
「ッ…!誰から聞いた?」
フェイスの言葉にレンは驚いた。
「ウィルに昔そんな事を聞いた気がしたなぁって。今思い出した」
「ウィルの奴…」
恨めしそうにウィルの名前を呟くレンにフェイスは笑った。
言葉は相変わらず素直じゃないけれどレンの嬉しそうな顔を沢山見る事が出来てフェイスは連れて来てよかったな、とそう思った。
「ありがとうございました〜!またのご来店お待ちしてますっ」
店員に見送られ二人は店を出た。
「たまにはあーゆー空間でのんびり過ごすのも良いかもね」
そう言うフェイスの言葉にレンは素直に頷いた。
「……今日は楽しかった。あの…ッ…」
突然言葉を詰まらせるレンにフェイスは不思議に思い首を傾げる。
「ん?なぁに?」
そう笑顔で聞くフェイスからレンは顔をそらすとフェイスが思ってもみなかった言葉を口にした。
「また…来たい。お前の時間のある時で構わない、から…」
突然のレンからの言葉にフェイスは目を見開いた。
それはつまり
「わぁ。それってレンからデートのお誘いって事?」
フェイスの言葉にレンは過剰に反応するとぶんぶんと首を振った。
「違ッ…!また来たいけど俺一人じゃ多分此処まで辿り着けない…それにカップルや女同士ばかりで一人で入りづらい…だからっ」
レンの言葉にフェイスは確かにそうだろうなと納得した。
理由はどうであれレンからこうして誘われるのは勿論嬉しい。
「いーよ。またこよっか。ここのショコラ美味しかったし」
「…良い、のか?」
面倒臭いと断られると思っていたレンだったからフェイスからの返事に安心した。
最悪店には一日あればたどり着けるかもしれない。
けれど同伴してくれる相手と言うとレンの中には生憎他に見当たらなかった。
フェイスからの返事にほっと安心した様子のレン。
(結局誕生日プレゼントはおねだり出来なかったけど…こんな誕生日もまぁ悪くはないかな?)
それを見てフェイスはそんな事を思いながらクスリと笑った。
終わり