話せなくなった団長の話し(前編)話せなくなった団長の話し(前編)
部屋へ近づいて来る少しだけ落ち着かない様な足音へエミリオは顔を向けた。
「エミリオ、団長の様子はどうだ?」
「今お医者様が診察に来ている所だよ」
「…そうか」
双子の弟にそう言葉を返すとサイラスはふぅと溜息を漏らし壁へ背を凭れ掛かせる。
そんなサイラスを見てエミリオは苦笑を漏らした。
(だいぶ落ち着いたみたいだけど…)
サイラスの様子を見て思った。
(あの時は本当に驚いたな)
今ではそれなりに通常通りのサイラスを見てエミリオは一ヶ月前の出来事を思い出した。
その日騎士団に街から出陣の要請が来ていた。
最近アルストリアの街では強盗事件が頻発しておりその主犯格の男を目撃したと騎士団に通報があったのだ。
こんな事は此処に居たら日常茶飯事であり団員も何時でも出陣の準備は出来ている状態だった。
団長であるアレックスは共に双子の騎士と団員を数十人引き連れ目撃情報のあった場所へと赴いた。
そこであろう事かアレックスは負傷したのだった。
相手は数十人のグループ。
とは言え騎士団側も数は劣っていなかったし普通に戦っていたのならばアレックスに敵うものなどほぼ居ない。
だが賊はあろう事かたまたま紛れ込んだ子供を人質に取ったのだ。
それにより隙が生まれ人質は無事だったものの代わりにアレックスが負傷する事となってしまった。
あれから一ヶ月。
未だにアレックスは軍に復帰していなかった。
医者からの説明は双子騎士とハリエットのみに聞かされていた為隊員達の間では様々な憶測などが囁かれていた。
その医者からの説明だと未だに傷は完全に塞がっていないものの意識はハッキリとしていているとの事だった。
ただひとつだけ気にかかる事を医師から告げられた。
賊が狙ったのはアレックスの唯一鎧で覆われて居ない部分。
つまり確実に命を奪えるであろう首目掛けて賊の刃物がアレックスを引き裂いた。
あの時はアレックスの血で地面が真っ赤に染まっていた。
頸動脈を掠ったのか出血の量が激しかったのだ。
それを見てエミリオが賊へ斬りかかるよりも先にサイラスが賊へと切り掛かっていた。
結局捕縛する事は叶わず主犯格の男は死亡した。
その時のサイラスは理性を失いかけていた様に思えたとエミリオは思った。
ぐったりと横たわるアレックスへ駆け寄り団長、と何度もアレックスへ呼び掛けていた。
そんな二人の元へ行きエミリオは的確にアレックスへ応急処置を施しながら隊員に救護班の要請を行っていた。
その甲斐もありなんとか一命を取り留める事にはなったものの医療室の中、数週間は意識が戻らず危険な状態だった。
だが先日漸く意識を取り戻したと言う報告を受け、それと同時に突然告げられた騎士団専属の医師からの言葉に双子騎士もハリエットも思わず言葉を失った。
"傷は声帯まで届いており損傷が激しい状態です…傷が完治しない事にはなんとも言えませんが現時点では会話は非常に困難だと言えるでしょう"
アレックスの居る私室から不意に医師が出てくると部屋の外に居る双子へ軽く会釈をした。
「先生。ご苦労様です……団長の様子はどうですか?」
不安げな表情を浮かべながらエミリオはそう聞いた。
「流石は英雄アレックス殿です。普通の人間よりも明らかに回復が早いと言えるでしょう」
「そう、ですか」
医師の言葉にエミリオとサイラスは顔を合わせるとほっと安堵の笑みを浮かべた。
「ただ未だに会話の方は困難と言えるでしょう。傷が完治したと言っても100パーセント以前の様に戻るとは限らないですし最悪後遺症の恐れもあります。あるいは合併症を引き起こす可能性もあるでしょう…これはあくまで一例に過ぎませんが例えば聴覚への影響」
丁寧にかつ、淡々と説明をする医師の言葉に再び二人の表情は曇った。
「先生…団長には…」
「ええ。患者に事実や可能性を伝える事は医者としての義務です。一通りの説明は今しました」
随分と酷な事をするなとサイラスは思った。
だが嘘で偽りの安心を与えても仕方が無いのかもしれないとも思った。
「有難うございました。また来週の診察、宜しくお願いします」
エミリオはそう言うと会釈をしてみせた。
「塗布薬と飲み薬を決められた量患者の方へお願いします。ではお大事に」
医者が去り廊下には双子のみが残された。
重い空気が漂う中、苦笑を漏らしながらエミリオが口を開く。
「さぁ、僕たちの団長に会いに行こう、サイラス」
サイラスを安心させる様にエミリオは優しく言うとドアノブへ手を掛けた。
「ああ…」
エミリオのそんな呼び掛けにサイラスは頷くとエミリオの後へ続いた。
「団長、失礼します」
ドアを軽くノックするとエミリオはそうドア越しに声を掛ける。
勿論中から返事は返ってこない。
先程の医者との会話を二人は思い出した。
エミリオはノブに手をかけるとドアを開けた。
するとそこにはベッドの上に横たわるアレックスの姿があった。
部屋に訪れた二人を見てアレックスは上半身を起こすと何かを言いたげに口を開く。
だが苦しそうに眉間に皺を寄せると苦笑を漏らした。
「まだ起きては駄目ですよ」
エミリオはそう言うとアレックスの肩を掴み再びベッドの中へ身体を戻した。
普段の様に鎧を纏っている訳でも無ければ仮面をしている訳でも無いアレックスは少年にしか見えなかった。
そんなアレックスの白い首筋には包帯が何重にも巻かれており見るからに痛々しい。
「お医者様から話は伺っています。団長は今は良くなる事だけを考えて養生していて下さい。その間団の事はどうか我々にお任せを」
そう言うエミリオとは相反してサイラスは言葉を発する事は無くただ、ベッドへ横たわるアレックスを見つめていた。
そんなサイラスに気付きエミリオは苦笑を漏らす。
「あまり長居をすると団長の身体に障るのでそろそろ失礼します。良いですか?絶対に部屋から出ないで下さいね?」
そう釘を刺すエミリオにアレックスは不思議そうな表情を浮かべてみせた。
「団長の事です。目を離すと身体が鈍るからと鍛錬しに行きそうなので。念の為に」
その言葉にアレックスは少し驚いた表情を浮かべた後見透かされていた事を誤魔化すかの様に笑ってみせた。
今はその表情さへも痛々しく感じた。
「じゃあ僕は先に行ってるから。サイラスもあまり長居をして団長を困らせては駄目だよ?」
「あ、ああ…」
サイラスの返事を聞いてエミリオは苦笑を漏らすとアレックスに軽く会釈をして部屋を出て行った。
部屋の中に静寂が訪れた。
部屋に入ってきた時からサイラスの様子が何処か可笑しい事にアレックスは気付いていた。
今も何処かよそよそしい。
自分の不甲斐なさの所為だろうとアレックスは思った。
再びアレックスはベッドから上半身を起こした。
「起きては駄目ですよ、団長」
サイラスはそう言いながらアレックスの肩を掴んだ。
アレックスはその手を掴むと掌を自分の方へ向かせる。
「団長?」
意味が分からず怪訝な表情を浮かべるサイラスに構わずアレックスはサイラスの掌に自らの人差し指を乗せると動かしてみせた。
アレックスの意図に漸く気付きサイラスはその動きを静かに見つめていた。
動きが止まると同時にサイラスは悲痛の表情を浮かべアレックスを見る。
そして首を振ってみせた。
「やめて下さい…謝らなければいけないのは俺の方です。あの時もっと周りを警戒していたら…恐らくこんな事にはならなかった。全ては至らなかった未熟な俺の責任です」
サイラスの掌に書かれたのはアレックスからの謝罪の言葉。
それを否定する様にサイラスはそう口にした。
更にサイラスは続ける。
だからアレックスはサイラスの唇へ人差し指を立て押しつけてみせた。
それによりサイラスは思わず黙り込んでしまう。
普段はどちらかと言えば物静かなサイラスにしては珍しく声を荒げていた。
驚いた様子のサイラスの唇から指を離すと今度は自分の唇の前へそれを持っていき立ててみせた。
アレックスのそれを見てサイラスは
「あっ…すいません…」
と謝罪をした。
そんなサイラスを見てアレックスは口元を綻ばせた。
終わり