『いつもありがとう! これからもよろしく!』
「……ト、ハヤト!」
強く名前を呼ばれて気がつくと、隼人はライブ会場の舞台袖に立っていた。
名前を呼んだ旬が怪訝な顔で隼人を覗き込んでいたが、その顔は隼人の記憶の中とは違って見えた。というのも、隼人が知る旬よりも精悍な顔立ちをしていたからだ。目元や頬の丸みが薄れスッキリとしていて、そう、数年歳をとったような。出演者として舞台袖に控えているのは自分たちだけのように見えるのに、衣装もいつものユニット衣装とは少し違うものを着ているし、この違和感はなんだろう。隼人は首を傾げた。
「ジュン、なんか……いつもと違くない?」
「何言ってるんですか。本番前ですよ、しっかりしてください」
呆れたような声は記憶とそう変わらないが、いつもライブ前には心配の色が滲むのにそれがほとんど感じられなかった。隼人はまた首を傾げる。なにかが、いつもと違うのだ。
まじまじと旬を見つめようとしたところで、バシンと強く背中を叩かれた。隼人はよろめいたが、足を一歩前に出すことでなんとか踏みとどまる。いったい何事かと振り向けば、隼人が覚えているものとはやはり若干違うユニット衣装に身を包む春名、夏来、四季の三人が笑っていた。
「そうだぜリーダー! 今日はでっかいステージなんだからな」
「待ちに待った……やっと、この日が来たね」
話し方も声も、隼人の知るものだった。しかし、三人ともそれぞれ隼人の記憶とは雰囲気が変わっていた。春名と夏来は髪が少し短くさっぱりとしていて、逆に四季は髪が伸びて記憶よりも派手なアシンメトリーになっている。それと、こころなしか目線も高くなっているような気がした。
「円陣組むっすよ! ハヤトっち、いつもの掛け声ヨロシクっす!」
四季のその言葉で、ここにいる意味と状況を一瞬にして思い出す。まるで、パズルのピースがはまるように、霧がかかってぼんやりとしていた景色が晴れるように。ああそうだった、こんなに大切なことをどうして忘れていたんだろう。今日は大きなドームでのライブで、ユニット結成から六周年を祝う大事な節目になるのだ。ドームライブを発表したときのファンの反応、セットリストや演出の打ち合わせ、練習、リハーサル。全てが走馬灯のように隼人の脳内を駆け巡った。それと同時に、ここまで積み上げてきたものを自覚した途端に緊張が込み上げてくる。緊張をごまかすかのようにがっしりと強く肩を組んで円になると、六年続けてきた決まりの言葉を叫んだ。
「サイコーのメロディ、響かせよう!」
隼人の心に呼応するような小気味良い四人の返事を聞くと、今度は緊張の代わりに興奮がやってきた。隼人の耳には客席のざわめきが届き、期待に満ちているのがわかる。早く、そこへ行ってギターを掻き鳴らしたいと思った。一刻も早く、音を届けたい。みんなに聞いてほしい。そう思った。
「みんな、準備はいいかな?」
隼人の背後から声をかけたのは、彼らのプロデューサーだった。この六年間、ずっとすぐそばで見守り、支え続けてくれた人。ステージには立たなくとも、隼人たち五人にとってかけがえのない大切な仲間だ。
五人が頷くと、プロデューサーの口元が深い弧を描く。そして、いっておいで、と背中を押して送り出した。
「プロデューサー! いってくるよ!」
元気な声でそう答えるとともに、隼人はステージへ飛び出していく。ほどなくして暗幕が落ちると、そこは一面の星空だった。待ってましたと言うように視界いっぱいのペンライトが揺らめいて瞬く。隼人は圧倒されて思わず息を飲んだが、春名のカウントに引っ張られてなんとか遅れずにギターを奏で始めた。
そこからは、あっという間だった。
デビュー前からずっと弾いている曲も、タオルを手に花道を縦横無尽に駆け回る曲も、スタンドマイクで歌うしっとりとした曲も、アイドルとしてのソロ曲も、昔に文化祭で演奏した曲も、この日のために書き下ろした新曲も、くまなく盛り込んで六年間のありがとうを伝えていく。ときには元気に、ときには情熱的に。客席の笑顔も、感動の涙も、全てが嬉しくて幸せだった。いっそこのまま、ずっとここにいたい。そう思ってしまうほどに。
「……トっち、ハヤトっち!」
意識を引き戻されてはっと目を覚ますのは、今日二度目だった。スカイブルーの瞳を丸くして覗き込んだ四季の唇が「起きたっすか?」と動く。目元をごしごし擦って数度まばたきをすると、隼人が今いるのは事務所のソファで、隼人を覗き込んでいるのはどこから見ても間違いなく高校一年生の四季だった。
「すごく良い夢を見てたんだ」
「へぇ! どんな夢っすか?」
そう、夢だったのだ。少し髪と背が伸びた四季も、天井までびっしりとペンライトで埋め尽くされたライブ会場も。それなのに、隼人の胸には興奮がまだ僅かに残っていた。夢の中の光景を思い出すと胸がわくわくと高まりそうな心地だ。
「今より少し大人になった俺たちが、五人で、ドームライブをする夢!」
「サイコーっすね! きっと正夢になるっすよ!」
「ああ!」
不確かな未来に対してなんの躊躇いもなく眩しい笑顔を浮かべる四季につられるように、隼人も笑顔になる。自分たち五人でなら、きっと遠くない未来にあの場所へ行けるのだ。星空の中にいるようでいて、とってもあたたかい場所。いつか現実のあの場所で、同じ言葉を伝えられますようにと願った。