車の運転って難しい?
窓の外をビュンビュンと見慣れない町並みが通り過ぎていく。事務所を出た頃にはビルだらけだったけど、今見えるのは大きな家具屋とかゲーセンとかレンタルビデオ屋とか、とにかくでっかいお店と、片側三車線のでっかい道路。お店の向こう側には田んぼとか家とかばっかりで、プロデューサーちゃん曰く東京から少し離れたら大体こんな感じらしい。
今日は少し遠出してオレ一人のお仕事で、これはオレ的にはプロデューサーちゃんを独り占めできるデートだと思っている。仕事が早く終われば寄り道してもいいって言ってたし、そうすればマジでデートになるはずだ!
仕事への気合いはジューブンで、その気持ちを目一杯込めて視線を運転するプロデューサーちゃんへと向けた。
「四季? そんなに見つめられると、運転し辛いんだけどなぁ?」
オレの気持ちが伝わったのか伝わらないのかわからないけど、プロデューサーちゃんはこっちへチラリと視線を寄越す。運転してるところもカッコイイから見ていたかったけど、邪魔になるといけないからきちんと前に向き直ることにした。オレってマジメガえらい!
少し進んでから信号で止まると、どうかした? と言ってプロデューサーちゃんはちゃんとオレのほうへ顔を向けてくれた。プロデューサーちゃんのこういう所が優しくって、好きだなぁって思う。
「運転してるの、カッコイイなぁって思ってたっす」
「そう? ありがとう」
「運転できる男って、カッコイイと思う?」
「ん? うん、格好いいってイメージだと思うよ」
イメージ……ってことは、プロデューサーちゃん本人の話はきっとしてない。たぶん、アイドルとしてどうか〜って考えてるんだと思う。
「そうじゃなくて! プロデューサーちゃんがどう思うかって話っすよ!」
こういうのはきちんとしないといけない。キドーシューセーってやつだ。
「私が? うーん、そうだなぁ……旅行とか行ったときに運転代われるのは利点だよね」
「現実的っすね……」
だめだこれ。多分、オレたちが免許取ったら旅行させるとかそういう企画考えてるときの顔だ。
キドーシューセーの意味はあんまりなくって、どうやったらプロデューサーちゃんの本音を聞き出せるのか考える。運転するだけじゃダメなら、持ってる車の種類とか? それとも、どこに連れて行ってあげられるか? じゃなかったら、運転するときのしぐさ?
「あ、プロデューサーちゃん、あれはどう思うっすか? ほら、バックするときに助手席に手かけるやつ! あれカッコイイっすよね!」
「ああ、あれ。よく聞くよね」
うーん、もうひと押し!
「えっと、こーやって、こう……あれ? どうだっけ?」
オレは今助手席にいるけど、左ハンドルのつもりでハンドルを握るふりをしてみる。
左手はハンドルを持って、右手は助手席の……あれ、ヘッドレスト? 背もたれ? わかんなくなって、右手が宙を彷徨う。あたふたしているオレとは対象的に、プロデューサーちゃんは滑らかな動作でオレの座っている背もたれに手をかけた。
「こう?」
「それっす! やーばいっすね! プロデューサーちゃんハイパーカッコイイっす! オレ、メガメガきゅんとしちゃったっす……」
思ってたよりも顔が近くなって、たしかにこれはドキッとする。不意打ちだったらきっともっとドキドキするんだろう。もしかしたら誰がやってもいいわけじゃなくて、プロデューサーちゃんが好きなオレにプロデューサーちゃんがやったからかもしんないけど。だって、もし誰でもいいんだとしたら、オレの知らない誰かとプロデューサーちゃんがドライブデートをしたとして、この必殺技と呼べるものをやられたらプロデューサーちゃんがそいつにメロメロになっちゃうかもしれない。そんなのは絶対にヤダ!
だったら、その前にオレが免許を取ってプロデューサーちゃんに必殺技をサクレツさせるしかない。免許をとって、バリバリ車の運転できる頼りがいのあるオトナの男になって、プロデューサーちゃんをメロメロにする!
「車の免許って、どうやって取るんすか!?」
「四季、もう動くからちゃんといい子に座って」
「はいっす。で、どうやって取るんすか?」
プロデューサーちゃんの言う通りきちんと前を向いていい子に座り直して、もっかい聞く。そうだなぁ、なんてプロデューサーちゃんはのんびり喋りながら、ウィンカーを出してちょっと後ろを確認すると左へハンドルを切った。
「教習所に通って勉強して、練習して、実技試験と筆記試験に合格したら取れるかなぁ」
う〜ん、なんだかよくわかんないけどムズかしそうだ。勉強もしなきゃなんないなんて、オレにはちょっと自信がない……。
そうやって悩んでいると、プロデューサーちゃんから聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「春名が興味あるみたいだったから、ハイジョだと最初は春名が取るのかな」
「えっ! お、オレも! オレも一緒に取るっす!」
「でも車の免許は十八歳からだから……」
ハルナっちに先を越されたら、プロデューサーちゃんがハルナっちにメロメロになっちゃうかもしれない! そんなのは絶対に阻止しないといけない。天地がひっくり返ったって、ぜーったいにダメだ。
「ほら、着いたよ。免許の前に、今日のお仕事をマジメガ格好良くこなしてくれる?」
「!! モチロンっす!」
「オッケー、その調子! 早く終わったら、美味しいもの食べて帰っちゃおう」
「それって、デートっすか?」
「ふふ、そうだね。デートかも」
車を降りて歩きだすと、プロデューサーちゃんに背中をトンと叩かれる。それさえあれば、何でもできる気がした。メガ本気モード、プロデューサーちゃんに見せちゃうぜ!