イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    女優から母になるまで私は好きに貪欲な性格らしい。
    舞台女優になろうと思ったのは、元々演劇が好きでよく観にいっていて、自分も舞台に立ちたいと思ったから。もし女優になれていなかったら、多分どこかの動物園の飼育員になっていたと思う。私は動物も大好きだ。雑誌のインタビューで趣味を聞かれると、私は必ず動物の観賞と答えていた。オフの日には動物観察の為に動物園や山に行き、愛らしさや厳しさを観察していた。
    紅茶を製造販売している両親には、家業を継いで欲しいと言われていたが、ごめんなさいお母さんお父さん。私は好きな事しか出来ない人間です。
    我ながら自分勝手な人生だったと思うわ。
    だから自分の最期はバチが当たった様に無惨だったのかな?
    でも、後悔はないわ。楽しかったもの。
    舞台女優として活躍出来た事も、仕事の後の仲間とのたこ焼きパーティーも、趣味である動物観察も、あの魔獣との出会いも、子供を産めた事も…全てが宝物だもの。
    宝物を持って逝く事が出来ないのは、悲しい事だけどね。

    私の武器は地声の大きさです。この武器のお陰で女優生活で困った事はありません。君の声は客席のどこにいてもよく通るねと、お客様は勿論、演劇仲間にも褒められる私の武器です。でも、声が大きいだけでは女優は務まりません。肝心の演技が下手では与えられた役は務まりません。だから私は練習にも熱を込めました。
    やり過ぎて失敗もありました。戦争孤児の物ごいの役をやった時には、ダイエットで体重を減らし、よりみすぼらしく見える様に、本番の数日前から食事を抜きました。本当は投げ与えられたパンを一口齧り、美味しいと微笑むシーンでした。本当にお腹がすいていた私は、パンを貪り食い、ボロボロと泣いてしまいました。完全に演技失敗です。でも、その方がより物ごいらしいと評判になり、台本は書き替えられました。以降、この演目の時だけ私は数日前から食事を抜き、仲間からはあのアドリブは伝説だよとからかわれるのが定番になりました。アドリブクイーンシュナ。仲間が付けたアダ名が世間にも知られる様になり、私は有名女優の仲間入りを果たす事が出来ました。
    与えられた役は何でもこなせる様に努力をしました。出来ない事は全力で練習をしました。いつまでも出来ません!は女優として恥です。仲間に励まされ、時には逆に励まし、私は女優として成長していきました。
    練習後にはみんなと食事に行く事も多く、結束も深まっていきました。
    私の事が様々な雑誌で特集された時、彼女に出来ない役はなし!無敵女優シュナ!と見出しを付けてくれた出版社がありました。有難い事ですが、恥ずかしさもありました。だってどんなに練習しても、出来ない事だってありましたから。結局決まっていた役を降板させられ、涙した日もありましたから。
    世間はそれを知りません。私は完璧な女優ではないのです。

    女優の仕事が忙しくても、趣味である動物観察は止められませんでした。隙間時間には動物の写真集を眺めたり、たまにあるオフの日には必ず出掛けて、動物園や登山に行きました。登山に行くのは野生動物を見る為です。動物園に居るのとは違い、人間の手を借りずに厳しい環境で生きるたくましい野生動物。その雄々しさが美しく、私は大好きです。勿論人に飼育されている動物園の動物も愛らしくて大好きです。趣味は動物。メディアでの露出が増える度、これも世間に認知されていきました。
    そんな私の事を快く思っていない方々も居ました。女優歴が長くなる程後輩が増えてゆく訳ですが、私は一部の後輩から嫌われていました。シュナ先輩は何でも持っててムカつくー!と堂々と言われた事もあります。おそらく仕事もプライベートも上手く両立している私を妬んでいるのでしょう。この劇団から出ていってくれないかなと陰口を叩いている場面を見た事もあります。そんな彼女達は努力をしません。出来ない事は出来ないまま。降板になってもヘラヘラしています。だって、元々やれる子がその役やった方が良いじゃん?見かねて叱る私に後輩達は文句を言い、老害さん怖ーいと笑いだしました。もう知りません。あなた達、努力しないといつまでも世間に認知されないままよ。
    私は彼女達に心の中でアッカンベーをしました。

    シュナさんは、結婚とかを考えていらっしゃらないのですか?インタビュアーの方の質問に、私が言葉を詰まらせたのは27の時でした。私は相変わらず動物に夢中で、恋愛事に無関心でした。役者仲間の中には結婚された人も何人か居て、出産の為に休業中の人も居ました。なのに私は変わらず1人、趣味に走っているのです。実家の両親には、お見合いで結婚して家業を継いでくれと懇願されていますが、お断りです。そりゃ、先祖代々から続いているうちの紅茶屋が親の代で廃業するのは勿体無い気もしますが、私は自分の仕事を犠牲にしてまで家業を守る気がわきません。お父さん、お母さん、冷たい娘でごめんなさい。
    「私は仕事と趣味に生きる女なので…」
    そう答えると、取材会場はドッと笑いに包まれました。
    まあ、大女優シュナに釣り合う男なんてなかなか居ないよな。誰かがそう言って取材はお開きになりました。
    そう、私は仕事と趣味に生きる女…でした。
    私は山で恋愛の味を知りました。誰も食べた事がない甘美な味。この味は私にしか口に合わない事でしょう。だって、相手は魔獣。
    誰にも理解されなかった、私の最初で最後の恋ですから。

    久しぶりのオフに支度を済ませ、箒に跨がりいつもの山に向かうと、いきなり全裸の男性が目に飛び込んできて私は驚愕しました。
    確かにここは滅多に人が来ない山奥です。あまり人の手が入っていないので、厳しい自然の中に生きる動物が沢山見られる穴場です。
    だからといって、裸で居るのは犯罪だと思います。彼は上を見上げ、箒に跨がったまま固まっている私を見ると、ニコッと笑いました。笑顔可愛い…。いや、それどころではないわ!私は地上に降りると、服はどうしたの?と問い掛けました。彼は首を傾げました。私の言葉が分からない様です。仕方なく私は、グリモワールを開いて大きな模造紙を出しました。私の魔法属性は紙。私が望んだ種類の紙を自由自在に出す事が出来ます。それでバスタオルの様に彼の身体を包み、私はもう一度尋ねました。服はどうしたの?やっぱり私の言葉は通じない様で、彼は首を傾げました。どうしよう…知的障がい者の方と山で出会っちゃった?何で全裸?てか何で山奥に居るの?家族に捨てられた?魔法騎士団に連絡した方がいい?色々と思考を巡らせていると、急にポン!と音を立てて彼の姿が変わりました。トゲの様なツンツンとした毛むくじゃらで、立派な牙を持ち、大きな耳としっぽを持った、魔獣の姿に変化しました。彼は、人間の姿に変身出来る魔獣だったのです。
    私は彼に興味を持ちました。そういえば私は動物は沢山見て来ましたが、魔獣を見た事はありませんでした。
    その日は私のお弁当を2人で分けて食べ、私が一方的に話し掛けまくりました。人間の言葉を覚えてもらえば、魔獣が相手でも楽しくお話出来る様になるかもと考えたのです。
    彼はニコニコと私の話を聞いていました。変身属性を持つ魔獣はみんな穏やかな性格なのか、彼だからそうなのかは分かりません。
    いかつい姿で私の話に頷いてくれる彼の事を、私は好きになりました。勿論最初は恋愛感情ではありません。彼となら友達になれそう。私はそう思っていました。

    私は少しずつ時間をかけて、彼に人間世界の事を教えてゆきました。絵本を使って言葉を教えたり、人の姿の時用に、メンズ服を買ってあげたりしました。彼は片言ではあるけど、少しずつ人の言葉を話せる様になりました。洋服も最初はボタンの掛け違い等がありましたが、いつの間にかきちんと着れる様になりました。
    「シュナ、ボクのコトも知ってホシイ」
    ある日、彼がそう言ったのでついてゆくと、魔獣の集落が広がっていて、全裸の人化している者と、本来の姿をしている者とが入り乱れていました。みんなボクの仲間だよと彼は笑い、仲間にグオーーと呼び掛けると、私の姿を見て魔獣達は本物の人間?!という様に怯え始めました。彼は仲間の元に駆け寄ると、何やら説得を始めた様で、辺りには暫く魔獣達の鳴き声が響き渡りました。やがて、彼が私の元に戻って来ると、シュナはアンゼンな人間だって分かってもらえたよと言い、私を魔獣達の輪の中に入れてきました。
    魔獣達は私をじろじろ見ると、頷いてニッと笑い出しました。よく分かりませんが、私はこの集落の魔獣達に安全な人だと認められた様です。足下からガウガウと鳴き声が聞こえたので下を見ると、子供の魔獣が私に木の実を差し出していました。有難うと受けとると、その子は誇らしげに笑いました。こうして私は、彼の仲間達とも仲良くなりました。
    シュナも仲間!ボク、ウレシイ!
    そう笑う彼に、私はこの時既に彼に惹かれていたのかもしれません。
    彼とは色々な話をしました。そういえばあなたには名前があるの?と聞くと、ボクはグーだよと言われたので、以降はずっとグーさんと呼んでいました。私はずっと彼の事をあなたと呼んでいたのです。
    人間世界の事と魔獣世界の事。
    私の事とグーさんの事。
    話をすればする程、私は彼の事が大好きになりました。
    でも、彼は魔獣。私は人間。
    どんなに仲良くなっても、恋仲になるのはご法度だよ…。私は悩みました。
    そして私は思いました。グーさんは頑張って人間世界の言葉や文化を覚えてくれたのに、私は未だに魔獣の言葉すら分からないなと。
    グーさんは私と話す時は片言の人語を、仲間と話す時は魔獣語で話をしている。私はグーさんが仲間とどんな話をしているのか分からない。魔獣達はジェスチャーで私とコミニュケーションをとってくれている。
    仲良くなる事は出来ても、恋仲は無理だ。
    私は自分の想いに蓋をしました。グーさんの事は諦めなさい。

    数ヶ月ぶりにグーさんの集落に向かうと、彼は人の姿で体育座りで塞ぎ込んでいました。
    仕事が忙しくて、暫く山奥に来れなかったのです。舞台の仕事は勿論、雑誌や新聞の取材が増えて、私はヘトヘトでした。こういう時の癒しが以前は動物でした。隙間時間に写真集を眺めていれば、私は幸せでした。今も動物は好き。けど、私にはもっと大きな大好きが出来てしまった。グーさん…。仕事の空き時間に、何度彼の名前を呟いた事でしょう。全然気持ちに蓋出来てないじゃん私…。
    背後からそっと近付き、肩を叩いて名前を呼ぶと、振り向いた彼は泣いていました。
    「シュナ…もう2度と来ないのかと思ってたよ」
    驚く位、彼は人間語が上手になっていました。
    「そんな訳ないわよ。仕事が忙しくて、暫く来れなかっただけよ」
    「良かった。僕の事嫌いになったから来ないのかと思ってたよ」
    彼は涙を手で拭いながら呟きました。私の中で、彼への気持ちが更に大きくなりました。
    「僕、シュナが来なくなってから、いっぱい勉強したよ。シュナの世界の言葉も文化も、沢山知ったんだ。好きな人が生きる世界の事を知る事で、更にシュナの事が大好きになったよ。ねえシュナ、僕のお嫁さんになってよ」
    私の想いは決壊しました。大好きな人が自分に求愛しているのです。こんなの、受け入れるしかないじゃないですか。
    私は返事の代わりに彼の唇にキスをしました。
    「シュナ、もっと奥に行こう?」
    唇を離した時、彼の目は男になっていました。いつもの可愛らしい瞳ではありません。
    私は頷き、彼と手を繋ぐと茂みの奥へと進んで行きました。

    私が舞台で倒れたニュースは、瞬く間に国中に広がりました。本番前、なんとなく体調が悪いなとは思ってました。でも、私はプロです。気合いで何とかしなければなりません。
    シュナ、顔色悪いけど大丈夫?仲間が心配して声をかけてくれます。大丈夫よと返事をして、いつもの様に舞台に立ちました。演技に集中します。演目のクライマックスが近付くにつれ、観客の歓声が大きくなってゆきます。今日の演目は子供向け。子供特有の甲高い声に応える様に、良い演技をしなければ。
    今日の私は声を無くしたお姫様。海で溺れた王子を助け、実らぬ恋は泡となる…。
    王子役を助けるシーンを演じた事までは覚えています。お姫様の恋は実らず、泡となって消えてしまいましたというナレーションの後、私はそっと舞台袖に消える予定でした。なのに、急に意識を失ってそのまま倒れてしまったのです。子供達は驚いて悲鳴をあげ、泣き出す子も出てしまったそうです。演目は中止され、そのまま幕が下ろされました。私は回復魔道士が駆けつけるまで仲間に介抱されていたみたいですが、一部の後輩は気を失っている私に向かって堂々と毒を吐いていたと、後から仲間に聞きました。
    目を覚ました私は、診てくれた回復魔道士に叱られました。過労とストレスだろうと。もっと自分の身体を大事にしなさいと。…それと、君、妊娠してるよと。
    私は思わず聞き返しました。にんしん?
    先生は頷きました。獣耳としっぽが生えた胎児がお腹に居ると。
    私は胸が一杯になりました。大好きな人との子供…。絶対産みたい。
    「私はおすすめしないよ。半分人間じゃない赤ちゃんなんて上手く育つか分からないし、無事産まれても獣みたいに育ったら人間に害を及ぼす存在になるかもしれないし」
    先生は投げやりにそう言って、私に中絶を勧めてきました。
    「今ならまだ間に合うから、過ちを正そう?ね、シュナさん」
    私は首を横に振りました。
    「私は過ちだと思っていません。大切な人が魔獣だった。ただそれだけなんです。この子は産みます、絶対に」
    先生はため息を付きました。
    「私は助けないよ。魔獣との子供なんて気持ち悪い。産むなら他の回復魔道士を頼りなさいよ。目が覚めたのなら帰って、2度と私と関わらないで」
    態度が悪い回復魔道士だなと思いました。
    でも、それが世間の評価でした。
    演目を台無しにした事は勿論、魔獣との子供を身籠った事で、私はどんどん孤立していきました。



    「シュナさんー!体調はもう大丈夫なんですか?」
    「女優としての復帰は考えているんですか?」
    「バケモノとの子供を妊娠してるって本当ですか?」
    「ルクリリ家の紅茶が不買運動されてる事についてコメント下さいー!」
    仕事中に倒れて妊娠が発覚した私に、マスコミは容赦がありません。家から出れば私の周りはあっという間にこんな状態で、面白がって私の実家に詰めかけた記者もいました。
    両親は激怒し、私の元には『仕事失敗したうえに、半分人間じゃない子供を妊娠するなんて…もう娘じゃない。2度と帰ってくるな!』という手紙が届きました。ルクリリ家にはクズが居ると、うちの家の紅茶が不買運動にあっている事も知り、両親には申し訳ない気持ちが溢れました。
    でも、私がした事は過ちでしょうか?
    確かに仕事中に倒れて演目を台無しにしたのも、魔獣との子供を身籠った事も事実です。
    迷惑をかけてしまった事は謝罪しなければなりません。しかし、そんなのは誰にでもある事では?体調を崩すのも、妊娠するのも私だけではありません。私の場合は仕事中で、相手が魔獣だっただけです。
    バッシングは日を追う毎に酷くなってゆきました。私の主張は誰にも理解されず、とうとう所属していた劇団からも追い出されてしまいました。お前が居ると劇団の格が下がるんだよ!団長からそう言われて、私は悲しくなりました。無職になってしまいましたが、貯金はあるので暫くは大丈夫。この子を産む出産費用は充分!元気に産まれておいでね。私は泣き笑いで自分のお腹を撫でました。
    劇団をクビになり、事実上の女優引退が報道されると、世間の声は更に厳しいものになりました。
    「有名な大女優だったのにシュナも堕ちたもんだな」
    「無職で子育ては無理だろ」
    「てか半分人間じゃない子供なんて危険だろ、殺せよ」
    無神経な言葉たちが、私を傷付けていきます。でも私は母親です。こんな言葉たちに潰されていたら、誰がお腹のこの子を守るのでしょう。
    報道合戦は加熱してゆきました。
    シュナさんー!シュナさんー!とうるさいマスコミを、私は攻撃する様になりました。
    紙吹雪を起こし、自分を追いかけ回す記者達に切り傷を追わせて逃げました。読書中、うっかり紙で手を切る事がありますよね?そんな感じの地味な攻撃ですが、当然記者達は激怒し、デマも書く様になりました。そのせいで私は更に孤立し、とうとう友達すら居なくなってしまいました。私は1人ぼっちです。
    誰も味方が居ないのは困りました。赤ちゃんが無事に育っているのか知りたいのに診てくれる回復魔道士が見付からないし、親には見捨てられたし、マスコミはうるさいし、こないだは走ってきた子供に急にお腹を殴られ、その子の母親らしき人に、さっさと中絶しなさいよ!と怒鳴られ…私はもう、人間世界に居たくない気持ちが強くなってきました。
    グーさん…。私は箒の柄を握り締め、彼を想いました。

    人間世界から逃げる様に、魔獣の集落へ向かうと、そっちも大変な事になっていました。
    私には魔獣の言葉が分かりません。けど、みんなが怒っている事はよく分かりました。
    だってみんな、グーさんを殴ったり蹴ったり、石を投げ付けたりしているから。
    グーさん!私が駆け付けようとすると、彼は来るなと静止しました。
    「魔獣は魔獣同士で子供を作るのがこの集落の掟。僕は暴力を受けて当然なんだよ。シュナと一線を越えたからね」
    「そんな…」
    グーさんだけが悪いのではないのに。
    暴力を見ていられない私は、グリモワールを開いて紙吹雪を起こしました。攻撃する為ではありません。目眩ましの為です。
    私は箒に乗り、彼にも乗る様に促しました。
    吹雪が起きているうちに、早く!
    私達は逃げました。でもどこに行けば良いのでしょうか。私達にもう居場所はありません。
    箒で空中を彷徨いながら、私はごめんなさいと呟きました。グーさんに出会わなければ…いや、恋をしなければ…。
    「シュナ、謝らないで。僕は幸せだよ」
    「…私も。でも、私のせいでグーさんは…」
    「それを言うなら、僕のせいでシュナは…。ねえシュナ、これは僕達が恋をした結果でしかないんだよ。今が辛いなら幸福の方へ歩めば良いだけ。これからは幸せになろうね」
    背後からの優しい声に、私は安堵してポロポロ泣き出しました。
    私達は身分を隠して、王国中を転々としました。一度自宅にお金と荷物を取りに行きましたが、外壁は落書きだらけで酷い有り様でした。実家はどうなったでしょう?こっそり見に行きましたが、そこはもう空き店舗になってしまっていました。客を装い近所の方に聞くと、私の両親は夜逃げをしたみたいです。
    私は真っ青になりました。まさかそんな事になっていたなんて…。美味しい紅茶を製造販売していた実家がもうないなんて…。
    「シュナ、ご両親はご両親で新しい人生を歩み始めたんだよ。きっと幸せになれる。そう信じよう」
    グーさんの優しい言葉が身に染みて、私は彼の胸の中で泣きました。

    グーさんとの逃亡生活は、大変な日々でしたが楽しいものでした。2人で沢山綺麗な景色を見たり、その土地の名物を食べたり。お金が足りなくなってくると、日当の仕事を探し、身分を隠して働きました。でも、出産費用には一切手を付けませんでした。これは子供の為のお金。診てくれる回復魔道士は未だに見付かっていませんが、いずれ必要になる筈なので。
    私のお腹はどんどん大きくなってゆきました。逃亡前、心ない人に何度かお腹を殴られたりしましたが、無事に育ってくれている様でホッとしています。
    「ルウ。お腹の中の子、この名前はどう?」
    切り株に腰掛け、お腹を撫でている私に、グーさんが提案します。
    「可愛い名前だけど、どうしてルウ?」
    「この子には水の様に、全ての人に必要にされる様な大事な子に育って欲しい。水は生物に潤いを与えるから、う『る』お『う』から取ってルウ。どう?」
    「良いわね、それ」
    良い名前だと賛成した私は、子供が産まれるその日までお腹越しにルウと呼び掛けました。
    幸せは長くは続きません。ある日、私達の前に久しぶりに悪意を持つ人達が立ち塞がりました。その日私はカフェで給仕の仕事をしていて、お客様の中に私の事をニヤニヤ見ていた人が居たのです。
    「やっぱりこいつシュナじゃん。気持ち悪いデカイ腹だな」
    「この腹の中にバケモノが居るんだっけ?俺らが退治してやろうぜ」
    なんて人達でしょう。わざわざ仕事終わりの私の後をついてくるなんて。
    「シュナには手を出さないで。僕達は家族で幸せに暮らしたいだけなんだ。別に君達に迷惑かけてないだろ」
    グーさんが私の前に立ち、彼らから私を守ろうとしてくれています。
    うるせえ!と1人がグーさんを殴った時、穏便に事を済まそうとしていたグーさんのオーラが変わりました。本気で怒っている事が伝わってきます。
    「気持ち悪いんだよ、異なる種族同士の恋愛なんて!死ねよてめーら。腹の中のバケモノだけでなくてめーらまとめて死ねや!」
    「あははそうだー!死ね死ね死ね!」
    その瞬間、目の前に居た男2人が本来の姿のグーさんに噛み千切られました。あっという間に肉片化する2人。骨までバリバリ咀嚼され、飲み込まれてゆきます。
    私は腰が抜けました。もの静かで優しいグーさんが、こんな事するなんて…。
    「シュナ、大丈夫?」
    気が付くと全裸で返り血を浴びたグーさんが、腰を抜かした私に手を差し伸べていました。私は思わずその手を振り払い、来ないで
    と呟いてしまいました。
    彼は悲しそうな顔をして、ゆっくりと私から離れてゆきました。
    私はそれから数日間、1人で国中を彷徨いました。そしてついに私の最期の日がやって来てしまったのです。

    6月17日。その日はずっと体調が悪く、私は恵外界のとある街の空き家に身を隠していました。おそらくもうずっと誰も住んでいないのでしょう。私がこの家を見付けた時、家のあちこちにはクモの巣がかかっており、窓の一部は割れ、屋根の一部は崩れていました。不法侵入すみませんと呟きながらそっと家の中に入り、私は床に寝そべりました。
    もしかしたら今日産まれるのかもしれません。が、助けてくれる回復魔道士は結局見付かっていません。私は焦っていました。お腹を殴られた事があっても、この子は今日まで生きていてくれました。無事に成長して、私のお腹を大きくしてくれました。今度は私が頑張る番で、絶対に安全にこの子を産み育てなきゃいけません。その度には協力者は絶対に必要です。初めての出産。私は1人で産むのが怖いのです。グーさんとはあの日以来会えていません。冷静になった今、謝りたいのにどこに居るのか分からないのです。
    お腹は痛いし、吐き気は酷いし、子供を産むのはこんなにも苦しいのかと思いました。
    寝ていては協力者は見付からない。私はフラフラと起き上がり、街を彷徨いました。誰か私を助けて下さいと、人を見掛ける度に声をかけましたが、変質者だと思われ相手にされませんでした。
    誰も助けてくれないまま夜になり、そのうち天気も荒れてきて、雨と風が酷くなってきました。気を失いそうな程のお腹の痛みを抱えながら街を彷徨っていると、下半身から水が漏れ出してきました。多分、破水という奴でしょう。この子は、もう産まれたがっている。待って、ルウ。ママまだ準備出来てないの。私の願いはむなしく、そのまま産気付いてしまい、私は大雨と酷い風の中で地面に寝そべり我が子を産みました。うるさい雨音に負けないくらい、元気な声で泣いています。私の秘部からは鮮血が溢れ出しています。産み方が悪かったのでしょうか?血が全く止まってくれません。助けて…誰か、私達を助けて…。
    「嫌だ!死にたくないー!せっかく産んだこの子を育てあげたいよ…」
    私はルウを抱き抱え、ボロボロと泣きました。この子は温かいのに、私は徐々に冷たくなっていきます。なんという最期でしょう。
    目が霞んでよく見えませんが、少し離れた場所にグーさんが見える気がします。もう、幻覚なのか現実なのか分かりません。
    そういえば以前、グーさんが言っていました。僕達にはお墓がないんだ。死んだ仲間は皆で食べて、血肉にする事で弔うんだよと。
    私も彼に食べられて、彼の血肉になるのでしょうか?それも良いかもしれません。愛する男の一部になれるのですから。驚いて一度拒絶したくせに、私はやっぱり彼を愛しているのです。
    私は食べられず、グーさんはどこかに走っていってしまいました。
    ああ、私達はもう終わりなんだね。
    さようなら…。

    6月18日。私の遺体と泣き叫んでいる娘を沢山の人が取り囲んでいます。
    「…本当に死体がある。どうすんだよこれ」
    「俺、昔ファンだったのに…悲しい最期だな」
    「それにしてもあの魔獣…何で人の言葉を喋れたんだ?大雨洪水警報出てるのに、急にドアを叩かれたのも驚きだけど、ドア開けたらもっと驚いたわ」
    「お前のところにも来たのか。ドア開けたら魔獣、しかも僕の妻を助けて!と叫ぶんだもんなぁ…まあ、外は危ない天気だったから何も出来なかったけど」
    「とりあえず誰かタオルと粉ミルク持ってこい!飲めるか知らないけど。あとオムツ!」
    騒がしい野次馬の言葉を聞きながら、私は自分の遺体と娘を見ていました。自分の死後、私はルウと呼び掛けながら娘に触れようとしましたが、触る事は出来ませんでした。私はもう、娘にもグーさんにも何も出来ないみたいです。
    「亡くなったのは昨日だな。今日の明け方とかではないみたいだ」
    私の遺体に軽く触れていた男性が呟きました。私の遺体に触れる前、俺は触れた物の歴史を見る事が出来るんだと言っていた人です。
    「じゃあこの子は昨日産まれたんだな。6月17日生まれだから、ナナと呼ぶか」
    野次馬の1人がそう言うと、皆が頷きました。あ…違うんです。その子はルウという名前で…。言いかけましたが死んでいる私の言葉は誰の耳にも入りません。娘はいつの間にかタオルを巻かれ、お婆さんに抱かれてミルクを飲んでいました。
    「この子はこのまま私の施設で預かるわ。だから、安心して眠ってね、シュナさん」
    娘を抱いたお婆さんが、私の遺体に話し掛けます。いやいや、そもそもあなたはどなたですか!何者ですか!
    誰にも届かない突っ込みを入れていると、じゃあ、遺体を片付けるかという話になりました。その時です、グーさんが再び現れたのは。
    「僕が片付けます。自分の妻ですから」
    一体どこから調達してきたのか、彼は喪服を着ていました。
    唖然としている一同に、彼は続けます。
    「昨夜は驚かせてしまい、すみませんでした。僕、人の姿になると全裸になるので、本来の姿で訪ねる事しか出来なくて…それと、お婆さん」
    彼は娘を抱いているお婆さんと向き合いました。
    「娘を宜しくお願い致します。僕じゃきっと人間世界の事を教えてゆけないので」
    お婆さんがはいと頭を下げると、彼は私の遺体を抱き抱えて歩き出しました。
    「シュナ、ごめん。結局守れなくて殺してしまった…ごめん…」
    彼は歩きながらポロポロ泣き出しました。
    私もごめんなさい。一度でも拒絶してごめんなさい…。言いたいのにもう謝罪も出来ません。
    「人間は仲間が死ぬと、喪服という物を着て死体に手を合わせて弔うらしいね。シュナの事だから本当は僕に食べて貰いたかったのかもしれない。けどね、僕は最後までシュナには人間でいてほしい。だから、これは君のお墓の為に使わせてね」
    泣きながら、そして何度かつつかえながらそう言うと、グーさんは私のポケットから娘を産む為にとっておいたお金を取り出しました。
    私は、丘の上の陽当たりが良い場所に埋葬されました。世間に私の死去が報道されると、娘の事について賛否両論が巻き起こりました。やはり処分しろという意見もありました。理解されない現実が悲しいです。
    「シュナ・ルクリリさん。いつまでも現世に居ちゃダメですよ」
    娘や旦那が気になり、幽霊のまま現世に留まっていた私に天使が話し掛けてきました。
    「いつまでも現世に居たら、悪霊化する可能性だってあるんだから。天使・グリムがあなたを天国に連れていってあげるから。ほら、手を取って」
    私は言われるまま天使の手を取りました。
    2人と本当にお別れの時が来てしまった様です。
    よく見たら天使の背中には子供が居ました。
    「私の息子でグリスというんです。この子もいずれは天使の仕事をこなさなきゃいけないので、親の背中を見せようかなと」
    子供の成長を見れて良いなぁ…。私が呟くと、大丈夫!あなたの子供はたくましく育つよ!
    天使は笑い、私の予言は当たるんだから!と言い放った。
    くーま🐻 Link Message Mute
    2022/09/02 17:06:54

    女優から母になるまで

    ブラクロオリキャラ、シュナさんの母親になるまでのお話です。

    #ブラクロオリキャラ

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品