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    命がけの生存権と恋(後編私が食堂で働く様になって1ヶ月。この生活もだいぶ慣れてきました。
    「今日のAランチはオムライスとサラダとプリン、Bは海老ピラフとサラダとオレンジゼリーです。はい、ご注文はA3、B2ですね?」
    「注文、5番テーブル、A3、B2ですー」
    注文をとり、給仕をし、空いたテーブルを片付け、皿洗いをし、飲食店って本当大変なんだなと私は働いてみてそう思ました。どれだけ忙しくても、ご主人達は私に料理を任せる事はなかったけど。
    洋食レストラン・デリシャス亭。この店には看板の下に、古いフライパンが吊り下げてありました。行き場を失くし、路上生活をしていた私を受け入れてくれたこの店では、魔道書をもらい、魔法騎士試験の日までお世話になってました。
    「ご主人ー、多忙な時は私も厨房入りますか?」
    「いや、デリシャス亭の味は僕と妻が守っていく物だから、部外者の君に料理をさせる訳にはいかないんだ」
    「ナナちゃんが店を継いでくれるなら別だけどね。あなたは魔法騎士になるんでしょ?あなたはあなたの夢を叶える努力だけしていれば良いのよ。私達はちょっと店を手伝ってもらえれば十分なのよ」
    ご主人達はそう言うと、私に日給を渡して、今日はもう大丈夫だから鍛練しておいでと外に促す。私は甘んじて行ってきますと飛び出してゆく。
    お店の手伝いと魔法騎士になる為の鍛練。それが14歳の私の日常だった。

    近所の空き地に着くと、私と同じ目的を持った子達が各々鍛練をしていました。
    「ナナ!こっちこっち」
    私を見付けた2人の友達が、手を振りながら呼び掛けてきます。2人とはここで出会った新しい私の友達でした。
    フーちゃんことフォトファちゃんは写真を使った攻撃魔法が使える子で、いつも胸元にカメラを下げている大人しめな子でした。
    ハーちゃんことハザックちゃんは、フーちゃんとは正反対な強気な性格で、岩を投げ付ける魔法を使う子でした。初めて2人に出会った時、私がゾッとしたのはフーちゃんの方で、「私は写真に撮った物や人物を攻撃できるの…」とはにかみながら言い、胸元のカメラで切り株の上に置いたぬいぐるみを撮影し、カメラから出てきた写真を思い切りビリッと破くと、写真と同じ様に切り株の上のぬいぐるみが綺麗に真っ二つになりました。「これを人にやったら確実に死ぬかもね」と微笑む彼女に、私はゾッとしました。
    2人は男性恐怖症の為、碧の野薔薇を目指していた恋人同士でした。友達になった当初、そこに私が割り込んで良いの?と聞くと2人は、「私達の関係を気持ち悪がらない女子なら受け入れるよ」と答えてくれたので、夢の為にお別れする日までずっと一緒にいました。
    私達は時間が合えば3人で鍛練をし、己を高め合いました。ハーちゃんの作り出す岩をかわしながら何かしらの攻撃魔法をノートに書いてると、フーちゃんにいつの間にか写真を撮られ、写真越しに攻撃される事がほとんどでしたが。私はもう歩いたり走ったりしながらノートに書き物をしても転んだりはしなくなってましたが、複数人からの同時攻撃にはまだ対処出来なかったのです。
    「フーちゃん、写真越しに思い切りデコピンするの止めて!おでこ痛いんだけど!」
    私の訴えに2人は、それじゃ鍛練にならないでしょうよ!と笑う。そんな日々が続いてゆきました。

    私を助けてくれたゴードンさんは、約束通り時々店に来てくれました。私はその度に嬉しくなって彼に駆け寄りました。
    「ナナちゃん、また体調崩してる?」
    最初に来店した時、ケモ耳としっぽをピョコピョコさせながら駆け寄る私に、彼は心配そうに声をかけてきました。
    「あの時は説明を省きましたが、感情が高ぶった時もこうなるんです。約束通り会いに来てくれて嬉しいです」
    水とおしぼりを彼の目の前に置きながら答えると、そうなんだ…とホッとした顔をする彼。本当、優しいなこの人は。ますます大好きになっちゃうじゃん。
    私は彼が店に居る間、ずっとチラチラと彼の事を見ていました。お皿を洗っている時も、他の客の注文をメモしている時も、視線はついついゴードンさんに向いていました。そして、彼がお会計を済ませて帰ってしまうと、自分でもビックリするくらい寂しくなってしまうのです。
    「ナナちゃんってさ、たまに来るあの黒い奴の事好きだろ?」
    ある日、常連さんにそう言われて、私は分かりやすく動揺しました。柱にぶつけた頭が痛い。
    「なっ…何で分かるんでげす?」
    「何でって…あいつ来るとケモ耳出すし、ずっと見てるし、帰った後あからさまにガッカリしてるし…」
    ごもっとも過ぎて返す言葉が見付からず困っていると、別の常連から告白しないの?ととんでもない質問が飛んできました。
    「出来ないよ…。だってゴードンさん、8つも年上だよ。多分私の事、手がかかる子供としか見てないよ」
    「でも助けてくれた人なんだよね?なら望みはあるんじゃない?」
    「あの人は分け隔てなく人に優しく出来る人だよ。私にだけじゃないよ」
    私は自分に言い聞かせる様に答えて、常連客に頭を下げて皿洗いに戻る。泣きそうになる自分に渇を入れて、スポンジを手に取りました。

    「飛行訓練?ホウキで?」
    いつもの空き地で友達と鍛練中、私はすっとんきょうな声を出しました。
    「うん、去年試験を見に行った奴から聞いたんだけど、ホウキで空を飛ぶ試験があるらしいんだ。今年もあるか分からないけど、練習しといて損はないんじゃね?」
    ハーちゃんはそう言うと持参してきたホウキの柄をギュッと握りました。
    「私達ももう少しで魔道書を貰うしね。色んな事が出来る様になってた方が良いよね」
    フーちゃんはそう言うとハーちゃんをチラリと見ました。この2人は施設で暮らしているから、魔道書を貰って卒園し、2人で暮らすのを楽しみにしているのだろう。
    「じゃあ、私から飛んでみるわ」
    ハーちゃんはそう言うとホウキに股がり、ふわっと少し宙に浮きました。上手い!
    それからどんどん高度を上げてゆき、ナナとフーが豆に見えるわと笑い、大空を軽くスイスイと散歩してから地上に戻ってきました。ハーちゃん凄い!何の問題もないじゃん。初めてなんだよね?
    フーちゃんも自分の恋人の勇姿に、凄い!を連呼してました。
    「ほい、ナナ。次やってみ?」
    ハーちゃんからホウキを渡されたので、私も恐る恐るホウキに股がり、それに魔力を注入すると、スッと上に上がってゆきました。おお…面白い。空を飛ぶってこんな感じなのか。更に高度を上げ、前に進んだりわざとバックしたりしているうちに、私は楽しくなってきて、気付いたらホウキの上に立って大空に向かって両手を広げてました。空をハグしているみたいで気持ち良い!下を見ると2人が手を振ってました。私も手を振り返し、立ったまま少しずつ高度を下げて地上へと戻りました。
    「ナナちゃん凄いー。いきなり立ち乗り?体幹凄いね」
    「あんたの運動神経どうなってんのさ」
    2人に褒められて、私は照れながらフーちゃんにホウキを渡しました。頑張って、フーちゃん!
    ところがフーちゃんは全くホウキに乗れない事が発覚してしまいました。魔力量に問題はありません。ただ、高い所が怖いらしく、足が地面から離れると、怖がってすぐに地上に降りてしまいます。
    空を飛ぶ感覚を強制的に身体に覚えさせたら怖くなくなるんじゃない?と考えた私は、ハーちゃんに頑張ってもらいました。ハーちゃんが乗ったホウキにフーちゃんも乗って貰うのです。怖い!怖い!と騒ぎ恋人にしがみつくフーちゃん。恋人の高所恐怖症を直す為に2人分の魔力を無理矢理出して飛ぶハーちゃん。地上に降りた時には、2人ともグッタリになってました。時々私もフーちゃんを乗せて空を飛びましたが、なるほど…ハーちゃんの気持ちが分かりました。なお、これだけ頑張ってもフーちゃんは高所恐怖症を克服する事は出来ませんでした。

    お世話になっている店を手伝い、時々来店してくれるゴードンさんに想いを寄せ、夢の為に友達と鍛練をする。そんな日々はあっという間に過ぎ、魔道書授与式の前日、私はご主人達からとんでもない事を告げられました。
    「え?王貴界に店を移転するんですか」
    「うん。出資するから王貴界に店を移転しないか?ってとある貴族から誘いを受けてね。この店の味を王族や貴族にも味わって欲しいし、話に乗る事にしたんだ」
    「ナナちゃんが魔法騎士試験を受ける前日がこの場所での最後の営業になるわ」
    「そんなぁ。私、万が一試験に落ちたらもうこの店に戻ってこれないじゃないですか」
    「ナナちゃん、私達は一時的にあなたの身を預かっていただけで、ずっと面倒はみれないの。いつかはお別れしなきゃいけない関係なのよ。私達は私達の、あなたにはあなたの夢があるでしょう。残酷かもしれないけど、それは分かって」
    奥様の言葉に、私は頷きました。そうだった。ここが暖かすぎて忘れていたが、ここは私の本当の居場所ではない。
    「そうでしたね。ご主人、奥様、今まで有難うございました」
    私が頭を下げると、ちょっと早いよ!とご主人。言い方が悪かったね、試験まではここに居て良いんだからね?と奥様。
    私は頷くと、ローズちゃんに思いを馳せた。絶対銀翼つれてゆくから、もう少し待ってて。

    翌日、魔道書授与式。私達はドキドキしながらその時を待っていました。
    「ハーちゃん達は今日から一緒に暮らすんだっけ?」
    「うん、やーっとあのクソ施設から卒園出来たからな。私達の事をキモがって散々冷遇しやがって。好きになったのがたまたま同性だっただけだっての」
    「卒園前に2人で暮らす家を既に契約してたからね。今日から入居だよ。ナナちゃん、もしまた行き場を失う事があったら、私達の所に来て良いよ」
    「いやー…それ明らかに私邪魔じゃん。私はもし試験に落ちたら、またスラムでサバイバルするよ」
    そんな会話をしていると、ついにその時がやってきました。偉い人の挨拶が終わり、本棚からフワリと本が飛び出してゆくと、持ち主になる相手の元へと飛んでゆきました。
    私の手元に来たのは、そこそこ厚みがある、表紙にペンが描かれている真っ白い魔道書でした。手に取ると少し遅れて何故かペンも飛んできました。
    「私の灰色だ。岩魔法だからか?」
    「私の大きさはあるけど、ちょっと薄い。でもカメラの絵が可愛いよ」
    友達の様子をチラリと見て、自分の魔道書を開くと、『付属のペンで文章を書け』と書かれていました。どうやら、これからはノートではなく、魔道書に直接文字を書く戦闘スタイルになりそうです。文章…そうだな。私は試し書きとして、『辺り一面に白ユリを咲かせて』と書きました。すると本当に突然魔道書塔いっぱいに白ユリが咲き誇りました。友達も、他の人達も驚いて声を上げました。「綺麗ー!」とか「突然何で?」とかざわつく中、フーちゃんがコソッと私に言いました。
    「これ、亡くなった親友に捧げる魔法?」
    私は頷きました。
    ローズちゃん、見てる?私もやっと、魔道書を手に入れたよ。
    そんな私を、後に相棒になる奴は楽しそうに見ていたそうです。
    「ふーん…これが次にオレが手助けする奴か」

    魔道書を手にした私達は、試験に向けて更に己を高め合いました。出来ない事を励まし合い、良かった所を褒め合いました。「フーちゃん、高い所は怖くないよ!頑張って!」「ハーちゃん、岩投げるタイミング良かったよ!」「ナナ、余計な事は書かない方がいい!」空き地はいつも私達の声で響いていて、他の受験生からうるさい!と怒られるほどでした。
    一方、移転に伴いデリシャス亭も連日お客様で溢れていました。店に居る時は私も休憩無しで働きました。常連客からは移転しないでくれと、ご主人達が懇願されていました。王貴界なんて平民の俺達はめったに行けない場所じゃないか!ここに残ってくれよ!と。ご主人達の意思は固く、首を横に振るばかりでしたが。
    出来上がった料理を運び、空いたテーブルを片付け、皿を洗い、時々お会計も手伝い、只今〇分待ちですー!と外に並んでいるお客様に伝える。これの繰り返しで少し疲れた頃、好きな人が来店してきて、私は自然に笑顔になりました。
    「いらっしゃい、ゴードンさん」
    いつもの様に水とおしぼりを目の前に置き、彼を見詰めました。
    「今日はAにするね。ナナちゃん、ちょっと抜けられる?」
    その瞬間、店内が大きくざわつきました。何?告白?とひそひそ話声も聞こえました。
    ええ…と思いながらご主人の方を見ると、指でOKマークを作ってたので、じゃあ少しだけとゴードンさんの手を引いて店の裏に連れていきました。お酒の空ビンがまとめてあったり、ポリバケツが置いてあったり、いささかロマンチックには欠けるけれど、テンパっていた私には2人になれる場所がここしか思い付かなかったのです。
    「こんな殺風景な所でごめんなさい。何でしょう?」
    「店、移転すると聞いて…。ナナちゃん大丈夫かなと…。次の居場所あるのかなって…」
    「私は試験に受かって銀翼入るし、もし落ちたらまたスラムで暮らすので大丈夫ですよ」
    「大丈夫じゃないよ、それ。女の子があんな所で…ナナちゃん、もしもの時は…っ?!」
    話の途中でゴードンさんの様子がおかしくなって、私は動揺しました。彼は私を急にギュッと抱き締めて、もしもの時は俺の側に来いよと耳元で呟き、私はドキドキが止まりません。でも、違う。ゴードンさんは自分の事を俺なんて言わないし、多分急に女子を抱き締めたりもしない。
    「ゴードンさん…ごめん!」
    私は彼を思い切り突き飛ばし、壁に打ち付けてしまいました。誰に洗脳されたのか知らないけど、これで解ければいい。
    「誰よ!ゴードンさん洗脳した奴!」
    周囲を見渡すと、ポリバケツに座り、矢を持った小さな天使と目が合いました。彼は唖然とした顔をしてましたが、やがて「何だよ…お前の恋を叶えてやろうとしただけなのに」と悪態をつきました。
    「余計なお世話だし、あんなのゴードンさんじゃない!人の恋に手出ししないでよ!」
    私が怒るとその小さな天使はため息をついて、今日は帰るわと呟きました。
    「オレはグリス。お前の恋を助けてやる存在だよ。今日は帰るけど、お前はいずれオレと契約する事になるよ」
    「私はナナ!あんたなんかと絶対契約しないわよ!」
    「お前の事は知ってるよ。女優と魔獣の娘さん」
    そう言ってお節介天使はどこかへ飛んでゆきました。何よ、今の。何で私の親の事まで知ってるの?いや、それどころじゃない。私は突き飛ばしてしまった彼の元へ駆け寄り、名前を呼び掛けました。
    幸い、すぐに彼は目を覚ましました。
    「ごめんなさい、驚いて突き飛ばしてしまって…」
    「え…?僕、何かしちゃったの?」
    抱き締められたぬくもりを思い出して、照れて何も言えない私。その時、勝手口の扉が開いて、A出来ましたよと奥様が顔を覗かせました。
    「内緒です。戻りますか」
    私は再び彼の手を握り、店へと促しました。
    「ナナちゃん、困った事があったらいつでも僕を頼ってね。一応魔法騎士だからね、僕」
    席に着いた彼にはいと返事をし、私はまた店の仕事に戻りました。

    日々は過ぎて、あっという間にデリシャス亭の最後の日になりました。ナナちゃんは明日試験でしょ?だから今日は店の手伝いはいらないよと言われましたが、お世話になった店の最後に手伝わないのは何となく不義理を感じて、開店時間からバリバリ働いてましたが、奥様から「これでナナちゃんが試験に落ちたら責任を感じちゃうわ。だから鍛練に行って」と言われ、午後からは友達と最後の追い込みをしていました。フーちゃん、ごめん!と魔道書にカメラ故障と書いて先に潰しておき、ハーちゃんの岩魔法をかわしながら攻撃魔法を出す。これで何とか私は試験前に自分の欠点を克服出来ました。バトル後、フーちゃんのカメラ故障→解除と書き、これで鍛練の後片付けは完了。あとは明日に備えて身体を休めるだけです。帰り道、欠点を克服出来なかったフーちゃんだけ不安な顔をしていて、私とハーちゃんで必死で励ましました。まあ、飛行で失敗しても別の試験で頑張れば良いよと、ハーちゃんとポンと背中を叩くと、フーちゃんはそうだねと笑ってくれました。
    帰宅するとご主人達は店の前で花束を抱えて、常連さん達に頭を下げていました。長らくのご愛顧、有難うございました!王貴界へ移転してもこの味を守り続けます!と挨拶をし、ご主人達は店に入ってゆきました。私は泣きながら帰ろうとしている常連さんに気付かれ、軽く弄られました。「ナナちゃん!あんたも有難うな!」「良い看板娘っぷりだったよ」
    「てゆかこないだのは何だったの?告白された?」「ああ!そういえば!あの黒いのと付き合ってるの?」「銀翼やめて暴牛行けば?」酔っぱらっている常連さん達に矢継ぎ早に話し掛けられ、困った私は「こちらこそ有難うございました!」とだけ言って慌てて店に逃げ込みました。誰も居なくなった客席に、沢山お皿が残されていました。閉店時間ギリギリまで、お客様が食事をしていた事が分かりました。この店は、本当に愛されていたんだな。片付けをしながら、私は切なくなりました。明日から私とご主人達は別々の道をゆく。サヨナラはいくつになっても悲しいなと思いました。
    「ナナちゃん、先にお風呂入って良いよ。片付けは私達がやるから」
    奥様が看板の下に吊り下げていたフライパンを抱えながら私に話し掛けてきました。
    「そのフライパンも持ってゆくんですね」
    「そうよ。これはうちの家宝でお守りだもの。先代が使っていた物なんだけど、その先代が頑張って味を守ってくれてたからうちは栄えたと思うの。王貴界へ行っても、きっとうちを守ってくれるわ」
    奥様はそう言ってそれをダンボールに入れて、私をお風呂へと促しました。

    翌朝、私はお世話になったお店に頭を下げ、お世話になった人達に向き合いました。
    「本当に、感謝してもしきれません。お世話になりました」
    「こちらこそだよ。もし王貴界に来る用事が出来たら、ついでに立ち寄ってね。また会おう、ナナちゃん」
    「あなたと過ごした日々は、本当に楽しかったわ。試験頑張って!絶対に夢を叶えてね。あと…」
    奥様は私に謎の紙袋を渡して、実はあなた用に用意してたんだけど、結局来なかったねと耳打ちをしました。中を覗き込むと、生理用ナプキンが入ってました。奥様、何かごめんなさい。私、胸の件も含めて2次成長が遅れてる女なんです。
    私達は最後にお別れのハグをして、手を振って別れました。早くも泣きそうだけど、私はこれから魔法騎士になる為の試験。しんみりしてる場合じゃない。
    いざ、試験会場へ!と気持ちを切り替え、会場までの道を歩いていると、背後から「よう、クソガキ」とどこかで聞いた様な声がして、突然頭を硬い物で殴られ、私はそこで意識を失いました。

    目が覚めたら私は柱に縛られていて、身動きが取れない状態になっていました。何これ…びくともしない。しっかり縛られていて、私がどんなに力を入れてもほどけないし切れない。魔道書は足下に落ちていてどうしょうもない。もっとも縛られていて手が使えないからどちらにしろどうにもならない。何でこんな事に…。私は試験を受けて、ローズちゃんを銀翼に連れて行かなきゃならないのに…。てゆかここどこよ。貴族の家の中?首を動かしキョロキョロと周囲を見渡すと、高そうな装飾品ばかりが目に付きました。何か、地味に頭と身体が痛い。縛り上げられる前に誰かに身体も殴られた?
    「目覚めたか、クソガキ」
    「誰よあんた!」
    声のする方に振り向きながら一喝すると、何となく見覚えがある男が目にはいってきました。え…この男、まさか。
    「おいおい、昔、この私の足を思い切り踏み付けた事を忘れたのか?」
    「…ローズちゃんの、パパ…」
    「あいつはチルだ。ろくでもない命を持って生まれやがったゴミだ」
    「ローズちゃんはゴミじゃない!てゆかなんて事するんですか!私は早く試験会場に行って、魔法騎士にならないといけないんですよ!」
    私がそう訴えると、ローズパパは思い切り私のお腹を殴りつけました。あまりの痛さに私が呻くと、そいつは嘲笑いました。
    「なあ、クソガキ。相手に大ダメージを与える復讐方法って何だと思う?」
    私が答えないでいると、勝手に答えを発表しました。
    「相手が忘れた頃に復讐する事だよ。ああ、良かった…仕返しされなかったと油断している時に大きなダメージを食らわす。これが私のやり方だよ」
    「…じゃあ、あの時大人しく王貴界へと帰ったのは」
    「今日の復讐の為だ。クソガキ、私の足を踏み付け、おまけに説教しやがった報いを今受けるがよい。壊してやるよ…お前が大事にしている人間関係を。友人も、定食屋の主人達も…」
    「ちょっと…!まさか、デリシャス亭の資金提供者って…!」
    「今更気付いても、お前には何も出来んよ」
    そう言うとローズパパは私から離れていきました。
    「ハーちゃん、フーちゃんにも何かするつもり?!止めてよ!てゆかほどいてよ!嫌だよ!せっかく今日の為に準備してきたのに!試験すら受けられず、夢敗れるなんて…」
    私がどんだけ喚いても、だれも拘束を解いてくれませんでした。時間だけが刻々と過ぎてゆきます。悔しくて私は久しぶりに泣きじゃくりました。ごめん…ローズちゃん。銀翼に連れて行くのは、早くて来年になりそうだわ。
    「悪い、遅くなった!」
    しばらくすると、私の目の前に青いワンピースを着た男が現れ、縄を解いてくれました。有難いけど、誰?…あれ?こいつもどっかで…。
    「誰?って顔すんなよ。前に名乗っただろ」
    助けてくれた男は、ポンという音と共に小さくなり、あの時のお節介天使になりました。
    「何であんたが!まあいいわ、助けてくれて有難う」
    「まだ礼を言われる状況じゃねえよ」
    どこからわいてきたのか、気が付くと私達は黒服の男達に囲まれていました。
    「私達はユーフク様に、試験が完了するまであなたに何もさせるなと言われている。大人しくしてて下さい」
    「嫌だね♪」
    私は魔道書を拾い、攻撃魔法を仕掛けようとしました。ところが、付属されている筈のペンが見付かりません。困った…これじゃ何も書けない。
    「探し物はこれだね。でも、今は返してあげません」
    黒服の1人がペンを見せつけ、嘲笑いました。グリスはそんな私を見て、ナナ、オレと契約しろと言いました。誰があんたなんかと…。私は身1つで黒服達に突っ込んでいきました。最近は魔法の練習ばかりで、喧嘩は久しぶりだけど、スラムに居た時に変なあだ名まで付けられた女だ。そんな私が負けるわけない。なのに…私はボロボロにされました。私が突っ込んだと同時に黒服達は魔道書を開き、一斉に魔法で攻撃してきやがったのです。
    「普通の喧嘩ならあなたの圧勝でしょうね。でも私達はそれにのるつもりはありません。諦めなさい」
    「…たかが子供に足踏まれたくらいでやり過ぎじゃね?大人げないよ」
    フラフラと立ち上がると、グリスがまた契約しろと話し掛けてきました。
    「ナナ、このままじゃお前殺されるぞ。俺の魔力をお前の魔道書に注入すれば違う魔法も使える!だから…ああ!」
    グリスに話掛けられてる間にも、黒服達は平気で私に攻撃してきました。せっかく立ち上がったのに、私はまた床に倒されてしまいました。ダメだ、このままじゃやられる!私は覚悟を決めました。
    「グリス、分かった。あんたの力を借りるわ」
    こいつと契約すると具体的にどうなるのか分からない。でももう、これしか切り抜ける方法が…。私はグリスから差し出された小さな手を軽く握りました。
    「愛魔法、注入!」
    グリスから魔力を分けて貰うと、魔道書にも変化が現れました。真っ白だった魔道書がピンクになり、表紙にハートが追加され、ペンでハートを刺している様な柄になりました。
    「オレの魔法は愛魔法。想い人を想えば想う程魔法の威力は強まる。ナナ、好きな奴の事を想って攻撃魔法を自由に作ってみろ。絶対上手くいくから」
    グリスがそう説明している間にも、黒服達は容赦なく攻撃を続けてきます。私達はなんとかそれをかわしながら反撃の機会を待ちます。
    私の好きな人は…。ゴードンさんを強く想っているうちに、会いたくなってきました。その為にはこのピンチを切り抜けなくては。広範囲の攻撃魔法が良いな。なら…イメージが膨らむ度に、魔道書は光を増していきます。私は溢れ出る想いで沢山のハートを作りました。そしてそれを雨の様に黒服達に降らせました。ハートが黒服達にドカドカ当たる度に彼らは悲鳴を上げ、床に倒れていきました。
    「名付けて、恋心愛降らしなんてどうかしら?」
    「ダサっ!お前、ネーミングセンス無え!」
    うるさいわ!とグリスに突っ込みを入れながら倒れた黒服の1人からペンを取り戻すと、ガクンと身体から力が抜けて私も床に倒れてしまいました。一体何で…?
    「ナナ!どうした?!」
    グリスが再び人間サイズになって私を抱き抱えました。このまま回復魔道士のところに連れてく!と歩きだそうとしてくれた時、再びあの男が姿を現しました。
    「役立たずの黒ゴミどもが…これだけ人数がいて何で負けてるんだ?」
    「ゴミはお前だろ、ユーフク・ガーデンローズ。表の顔は資産家兼バラ農家、でも裏では詐欺、誘拐、殺人その他諸々の犯罪に手を染める大悪党が…」
    「何の話かな?そもそも君は誰だ。そういう君は住居侵入という罪を犯してるじゃないか」
    「病死に見せかけて実の娘を殺害したお前よりマシだろ!」
    …は?私は頭が真っ白になりました。
    グリスもハッとした顔で抱き抱えた私を見つめました。
    「証拠も無いのに、ゴミどもがごちゃごちゃと…消えろ」
    ユーフクは魔道書を開いて、攻撃態勢に入りました。グリスは一度私をそっと床に寝かせて、弓の準備をしました。
    「安心しろ、ナナ。オレ、弓は得意だから一撃であいつの心臓貫いてすぐ医者行くぞ」
    「そこまでだ!ユーフク・ガーデンローズ!お前の悪事は我々に全て伝わった!」
    グリスが弓を構えた時、突然バン!と扉が開く音がしたと同時に人が沢山踏み込んできました。薄れていく意識の中で、憧れの白いローブを沢山見た気がします。

    あー…私、死んじゃったのかと思ったのは、目覚めた時にローズちゃんが目の前に居たからです。周囲も花畑が広がっていたし。結局、夢も恋も叶えられなかったな。せめて最期にもう一度ゴードンさんに会いたかった…。
    「ローズちゃん、迎えに来てくれたの?」
    「勘違いしないで下さる?私はあなたをここから追い出しに来たのよ。あなたはまだここに来てはダメ」
    「私、生き返る事が出来るの?」
    「あなたはまだ死んでないもの。生死の境を彷徨ってるだけ。帰って、自分の夢を叶えなさい」
    「そうだね。試験を受けて銀翼に…」
    「違うでしょ、それはあなたの夢ではない。それはただの私との約束。…ごめんね、ナナ。私との約束のせいで、あなたを縛り付けてしまった。もう、良いのよ…あなたは自分の夢を追って」
    ローズちゃんは涙声でそう言って、私の手を握った。
    「私の、夢?」
    「あなたの夢は、お嫁さんでしょ?私の事は忘れて、あの黒いお兄さんと幸せになりなさい。私の…銀翼であんたと共闘する夢はもう2度と叶わないのだから…」
    私も何だか泣けてきた。そして言われて思い出した。私、夢はお嫁さんだったね。そしてローズちゃん、そんな事を思ってくれてたの?共闘か…したかったね。
    「じゃあね、ナナ。私もいつまでも9歳のままでいられないから、いい加減成仏するわ。これで本当にお別れよ。ナナに出会えて良かった。幸せになってね」
    ローズちゃんはそう言って、私をポンと突き飛ばしました。その瞬間、徐々にローズちゃんが遠くなっていきました。
    「ローズちゃん!私も出会えて良かった!今度は健康に、そしてまともな親のところに生まれて幸せになってね!」
    これで本当に永久の別れだと思うと、涙が止まりませんでした。

    「 ナナ!…良かった。戻ってきてくれた」
    「1週間も昏睡状態だったんだよ…私達の事、分かる?」
    次に目覚めたら、ハーちゃん達が泣きながら私を見詰めていました。ベッドから起き上がろうとする私を2人が慌てて止めました。まだ、身体がしんどい…。
    「ハーちゃん…フーちゃん…2人とも試験は?」
    「…受けれなかったの。会場に行く途中で、変な男達に拉致されちゃって。抵抗しようとしたけど、カメラを取られちゃって何も出来なくて…」
    「私はあっという間に腕を拘束されて、攻撃魔法が出せなかった…。フーと一緒に監禁されて試験が終わる頃まで男どもに視姦されてたわ。気持ち悪い!」
    「碧の野薔薇の人達が助けてくれたけど、その時には試験が終わっちゃってて…」
    2人はそう言って項垂れました。
    ごめん、2人とも。あれだけ頑張ったのにこんな事になって…。
    「私のせいで…」
    何でナナのせい?と2人が首を傾げた時、男性の回復魔道士が部屋に入って来て、2人は逃げる様に部屋を出て行きました。
    「ナナちゃん、おはよう。ちょっと話をして良いかな?」
    回復魔道士の問い掛けに私ははいと返事をし、話を聞きました。
    私は拉致された時、頭をダイヤモンドで出来た置物で思い切り殴られた後、あばら骨なども数本折られている状態で柱に縛られていたらしく、戦う前からボロボロだったそうです。倒れたのは殴られた時の頭のケガの悪化と魔力切れが主な原因で、下手したら後遺症が残ってたかもと言われました。
    「ローズちゃんのパパはどうなりました?」
    「ユーフク・ガーデンローズ?銀翼が確保して逮捕されたよ。だから、安心して治療を受けてなさい」
    回復魔道士は私の頭に手をかざして暫く魔法をかけると、脳に異常は見られないから、あとは傷口を綺麗に治していこうねと言い、部屋を出ていきました。
    私のせいで、周囲に迷惑をかけてしまった。ご主人達はどうなったんだろう…。嫌な予感しかしないよ。
    「グリス…居る?」
    居るよと返事をし、ベッド横に置かれたテーブルの上の私の魔道書からスッと出てきた彼に、どこに居座ってるのと突っ込みを入れ、私は色々と聞き出しました。後で知った事ですが、彼の趣味は諜報活動らしく、調べ物をさせたら完璧でした。
    ローズちゃんは父親お抱えの回復魔道士に、癌細胞を活性化させられて殺された事、あの怒号は演技だった事、でも母親の方はマジで何も知らなかった事…。ガーデンローズ家は良質なバラを製造販売するバラ農家でもあったが、ローズちゃんが生まれた頃から上手くいかなくなってゆき、父親がこっそり悪事に手を染めていった事。ご主人達は、そんなローズちゃんパパに騙され、全てを失った事…。私と別れて、王貴界の新しい店舗に向かうとそこはただの草原で、荷物が入ったダンボールが無造作に置かれていたそうです。ダンボールの中の金目の物は無くなっていて、創業から継ぎ足して使っていた自慢のデミグラスソースは全て捨てられ、あのお守りのフライパンも無くなっていたそうです。全てを失ったご主人達は今、奥様の実家に身を寄せているそうです。
    私はボロボロと泣きました。私があの時、ローズちゃんパパに喧嘩を売らなければみんなに迷惑をかけずに済んだのに。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
    グリスは私と初めて出会った時から、実はずっと近くに居た様で、私の周囲の事を色々調べていた時にガーデンローズ家の悪事に気付き、情報を集めてレジュメにまとめていたそうです。そして試験の日の早朝、全魔法騎士団にまとめたレジュメを直接ポストに入れて歩き、襲われた私達に気付くと銀翼と野薔薇に通報し、それから私の元へ来たそうです。
    「オレは主人になる奴の身辺調査をし、それを活かして恋の手助けをするタイプなんだ。あの時は色々あって自暴自棄になってたから、強行手段で魔法の矢を放ったけど。ナナ、ずっと泣いてるけどお前のせいじゃない。悪いのはユーフクだ、気に病むなよ」
    「色々とショックなのよ…何でローズちゃんはパパに殺されなきゃならなかったの?何で友達まで受験を妨害されなきゃならないの?何でご主人達は店を失わなきゃならなかったの?悪いのはローズちゃんパパだけど、きっかけは私じゃん…」
    私は泣きました。久しぶりに頭が痛くなるほど大泣きしました。ごめんなさい、みんな。

    「じゃあな、ナナ。いつかまた絶対会おうな」
    「私は新しい夢に向かうから、夢が叶ったら本買ってね」
    「じゃあね、2人とも。フーちゃん、頑張って立派な写真家になってね。勿論、写真集が出たら買うよ」
    私のケガが治り、医療塔から出て再びスラム暮らしをしていた私の元にやって来た2人から聞いたのは、フーに新しい夢が出来たから旅に出るという事だった。
    フーちゃんが元々風景を撮影するのが好きという事は知っていた。このままポストカードに出来そうな綺麗な風景写真は、私の心を癒すものだった。旅をして旅先の風景写真を撮影しながら写真家を目指す。それが新しいフーちゃんの夢らしい。
    「私の方はまだ新しい夢は見付かってないけど、フーを守る為に一緒に行く事にしたんだ。恋人を放置する訳にはいかないし」
    そう言うとハーちゃんはフーちゃんを抱き寄せた。
    「誘ってくれたのに、私は一緒に行けなくてごめんね。私は来年こそ試験を受けて、暴牛を目指すよ。自分の夢を叶える為に、好きな人に好きになってもらう為に、近くに行きたい」
    「ナナの夢はお嫁さんだもんな。正直、男のどこが良いのか分からないけど、頑張ってな」
    私達は最後に3人で集合写真を撮影し、ハグをして別れました。集合写真は今も部屋に飾ってあるし、後に成功して本を出したフーちゃんの本も部屋にあります。でも、それ以来2人に直接会う機会は訪れませんでした。寂しい。

    私はというと、2人とお別れした後、こっそりと実家に帰りました。私はもう、スラム暮らしが苦痛に感じる身体になってしまったのです。ご飯の為にポリバケツを漁りたくない、寒さに震えながらダンボールの中で寝たくない。かつてあんなに普通に暮らしていたのに、デリシャス亭で安全という幸せを知ってしまった今、出来ればやりたくないのです。なんて贅沢者になってしまったんだ私は。それでも行き場がない私は、最初は我慢してそこで暮らしていました。戻ってきたとたんに、戦いを挑んできた相手とも戦いました。投げ銭も有り難く受け取ったし、殺しに来た相手を普通に返り討ちにもしました。以前の生活なのに、不快感を感じる私は、実家に帰る事を思い付きました。
    で、こっそり廃墟暮らし開始。ただいま、サンライト園。立ち入り禁止のテープを飛び越え、園の入り口の前に立つと、ここでの思い出がよみがえってきました。魔道書に鍵解除と書いて扉を開けると、カビ臭いにおいが漂ってきました。園内消臭と書いて奥に進むと、建物全体が傷んでいるのが分かりました。雨漏りでもあったのか、廊下はところどころに水溜まりが出来ていて、床が腐っている箇所もありました。何故か壁が無くなっている箇所があったり、残されていた家具が倒れていたり、内部は滅茶苦茶でしたが、それでも私はここに住む事に決めました。壊れている箇所は魔法で直せば良い。部屋はここを使う!私はかつてローズちゃんと過ごした部屋の扉を開けました。ローズちゃん、あんたは私の事は忘れなさいと言っていたけど、忘れる訳ないでしょ。私は残されていた自分のベッドにダイブしました。埃臭さが鼻をつき、私はゲホゲホとむせました。

    来年こそは試験を受けると、グリスに手伝ってもらいながら園の前で鍛錬を詰んだり、お金を稼ぐ為に公衆トイレの清掃の仕事をしたりしているうちに日々が過ぎ、こっそり廃墟に住み始めて2ヶ月がたちました。
    「そういえば最近全然ゴードンさんに会えてないな…会いたいな」
    外に椅子を出し、星空を眺めつつ林檎を剥きながら呟くと、グリスはこう返事をしました。
    「暴牛に会いに行けば良いだろ。あっちはお前がこっそりここに住んでる事を知らないんだから、またお前を救おうとスラム街を探してるかもしれないぞ。なんなら、オレがあっちにバラそうか?」
    「止めて、グリス。私はさ、成り行きであんたと契約しちゃったけど、何もしないで見守ってて欲しいんだよね。初対面の時みたいなのは、恋敵がもし居た場合卑怯になるし、そもそも人の心を操ってまで恋人になりたくない。ちゃんと自力で振り向かせて恋人になりたいし、お嫁さんになりたい」
    「…それ、オレが側に居る意味がないんだが?まあ良いや。でも、1つだけ約束してくれ。何があっても、お前は最後まで生き抜けよ」
    「ん?当たり前じゃん、そんなの。そういえば契約の代償とかは無いの?何も聞かずに契約しちゃったけど…」
    「無い。オレみたいな恋を手助けする天使は、担当する主人に無条件で自分の力を分ける事になってるから。でも契約解除の条件ならある。①想い人にフラれた場合②主人か想い人どちらかが死んで恋愛続行不可能になった場合③主人の恋心が冷めて違う人を好きになった場合④無事に恋愛成就を迎え、天使の手助けが不要になった場合。その時が来たらオレはお役御免になって天界に帰るよ。分けた力も返して貰う」
    「じゃあ、フラれても上手くいっても、あんたとお別れになっちゃうんだ…」
    剥いた林檎をグリスに渡してしんみりしていると、急に足音が近づいてきました。とっさに魔道書を構えて迎撃準備をすると、近づいて来たのはゴードンさんでした。
    「…ナナちゃん。ダメじゃないか、立ち入り禁止の廃墟だよそこ」

    私は普通にゴードンさんから説教を受けました。
    「サンライト園という廃墟に人が住んでるっぽいと通報を受けた時に、まさかと思ったけど、そのまさかだったとは…。傷んでいる建物に住むのは危ないよナナちゃん」
    「私から見れば実家だし、危ない箇所は魔法で直しましたよ。行くところもないし、大目に見て下さいよ。少なくともスラムよりは安全ですよ。誰も来ないし」
    「そういう訳にはいかないよ。だから君を今から保護するね」
    ゴードンさんにそう言われた瞬間、唐突に「そんな訳で、お前も今日から暴牛な」と背後から声がして何かを着させられました。え、暴牛ローブ?振り向くと筋肉ムキムキの人が楽しそうにケラケラ笑っていて、緑の服のお兄さんは静かに微笑んでいました。
    「ダメです!ボディービルダーさん!私は試験を受けてないから、実力を見て貰ってないよ!こんなの裏口…」
    「誰がボディービルダーだ!良いんだよ、お前の実力なら今日1日観察して見てた。今日は殺そうとしてきた奴を3組返り討ちにしてたな?その時にお前の魔法を見てるし、ゴードンから話を聞いてるからお前がどんな奴かもだいたい知ってる。その上で暴牛に来いと言ってるんだ」
    「ええ…どこでどんな風に見てたんですか!てゆか、良いんですか?本当に…」
    私の問い掛けに、3人は頷きました。
    「あ、でもお前本当は銀翼志望だったらしいな。良かったら前髪に口利きしてやろうか?」
    「いえ、暴牛でお願いします。私はもう親友との約束を自分の夢だと言い張るのを止めたんです」
    と頭を下げたとたん、空気を読まないお腹がグーと鳴りました。恥ずかしい!
    「ナナちゃん、ちょうど良かった、これ食べてみて」
    緑のお兄さんがどこかのお店のお弁当を差し出してくれたので、私はありがたく頂く事にしました。蓋を開けると、懐かしい匂いがしました。あれ?オムレツの味にも覚えがある…エビフライの揚げ色とか、ピラフの炒め具合も…これって、まさか!
    「デリシャス亭?」
    「そうだよ、常連さん達が出し合ってくれたお金で、お弁当屋さんを始めたんだって。再びお店をやるのには資金不足だけど、小規模でお弁当屋さんならと…」
    「今日から開店だったらしい。ナナちゃん多分知らないだろうから、買って行こうってゴードンがな」
    「ご主人達、ナナちゃんに宜しくと言ってたよ。時間がある時に会いに行ってあげて」
    はい。と返事をして私はお弁当を掻きこみました。良かった、ご主人達はまた料理のお仕事してるんだ。みんな頑張ってる。だったら、私も。
    私は立ち上がり、食べ終わった弁当箱を椅子の上に置き、ゴードンさんと向き合いました。
    「ゴードンさん、好きです。私、あなたと結婚したいです」
    私の唐突な告白に彼は照れつつ困惑し、他のお兄さん達は唖然としました。何か言い掛けた彼を慌てて制止し、私は続けます。
    「けど、返事は私がお酒飲める様になってからで良いです。今フラれるとグリス…私についている天使が天界に帰ってしまうらしいし。せっかく友達になったばかりなのに、それは悲しい。それに、ゴードンさん私にそんな感情無いでしょ?だから、時間をかけてじっくり好きになってもらいます」
    さて、5年後私は勝利の美酒を飲み込めているかな?

    ー3年後。
    私が幼少期を過ごした児童養護施設は取り壊され、あそこは更地になりました。
    ご主人達のお弁当屋さんは、食堂だった頃と同様に繁盛していて、今も賑わっています。
    ローズちゃんのパパは数え切れない罪状を今も償っており、ガーデンローズ家は没落貴族になりました。
    旅立った友達は夢を掴み、風景写真家となり写真集も出し、もう1人の友達はその子の敏腕マネージャーになりました。
    一方私は、何か変われたかな?
    墓前に花とたこ焼きを供えて、手を合わせます。
    「ママ、色々あってずっと来てなくてごめんね。最後に来たのは8年前だね。ナナちゃんは…私は、18歳になりました。隣に居る男性に恋をしている乙女です」
    私は付き添ってくれたゴードンさんをチラリと見ました。彼は照れて下を向いています。
    「ごめんねゴードンさん。お墓参りはいつも園長先生と来ていたから、1人は寂しくて…」
    私はたこ焼きを半分食べ、残りを彼に差し出しながら言いました。
    「良いよ。これくらいならいつでも付き合うよ」
    彼はそう言って差し出されたたこ焼きを食べ出しました。
    「ママ…私は多分これからも半獣に理解がない人に襲われる人生を送ると思うの。でも、それと同じくらい私の事を大事にしてくれる人達が居る。だから、これからもこの命がけの生存権を楽しんで生きてゆくね。産んでくれて有難う」
    私はそう言って墓石を撫でると、帰りますかとゴードンさんの方を向き、手を差し伸べました。彼は私の手を取って、ちゃんと繋いでくれました。
    「…どうせなら、恋人繋ぎが良いです」
    と言う私に、照れるからそれは勘弁してと彼は苦笑を浮かべました。
    くーま🐻 Link Message Mute
    2022/09/30 15:14:14

    命がけの生存権と恋(後編

    #ブラクロオリキャラ

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