赤紫蘇のシロップ本丸の畑は季節によりその顔を変えている。
連作障害を防ぐ為でもあるが単純に人口が増えそれに伴い、領土を少しずつ拡大させ収穫物の量を増やしているからというのもある。
真夏の盛りにもなると春先に植えた野菜たちが収穫のピークを迎え連日朝どれ野菜が食卓に並ぶ。
しかしどこぞの豊穣の神の御加護あってか大量収穫、巨大化した野菜が出来る事もしばしば。実りが多い事に越したことはないがそれを処理するのは必然と厨担当の刀剣男士になるわけで。
「今日の分だよぉ」
桑名江を筆頭とする畑当番たちが明朝に収穫した山の様な野菜たちが乗った籠を歌仙兼定、燭台切光忠は見て本日の献立を思案する。
「大量なのは有難いけれど、今日は随分偏っているな」
「今年は天候不順でじゃがいもの収穫に遅れが出てしまったから茄子や胡瓜、トマトなんかと時期が被ってて最近そっちばっかりだったからすっかり抜けてたんだ。でも今日収穫して大正解、葉は軟らかく食べ頃だと思う」
「それにしても凄い量の赤紫蘇だね」
他の夏野菜に比べ籠が八つ分の赤紫蘇の山。
紫蘇のここまでの大量収穫は初の事だった。
片付けがあるからと早々に出ていった畑当番たちの背を見送り問題の赤紫蘇に向き合う。
「うーん。ゆかりにでもしようか、保存が効くし」
「でもこの前も日向くんの梅干しと並行して大量にゆかり作っちゃったから新しいバリエーションがあるといいんだけど」
保存食の棚を確認すれば光忠の言う通り梅干しの土用干しを行った際に勿体ないと一緒に漬け込んでいた紫蘇も天日干しにし、ゆかりを大量生産してからまだ日も浅く思ったよりも減っていない。
新しいバリエーションと言っても天ぷら、紫蘇巻きおにぎり、大葉漬け、佃煮、パスタ、麺類の薬味などと似通ったものしか二人の頭には浮かんで来ない。
どうしたものかと悩んでいると寝ぼけ眼の審神者がふらふらと厨に入って来た。
「お…はよ…早いね…二人とも…」
「おはよう主。珍しいね、こんな朝早くに起きるなんて」
「喉…乾いて…」
「飲水は置いてなかったのかい?」
「飲んじゃった…。今日も暑くなるんだろうなぁ…」
大きな欠伸を隠すことなくして、戸棚からコップを取り出し慣れた手つきで蛇口を捻り水を汲み一気に飲み干す。
五臓六腑に染み入る水に大きく息をつくとそこでようやく厨に広がる青い香りに審神者は気づいた。
「うわ、今度は赤紫蘇が大量発生したの」
「珍しく桑名江が収穫し忘れてたらしくてね」
「でも丁度食べ頃だって」
「年神さんの加護が強めに入ったせいかと思った」
「はは、多分それもあるよ」
この時間に起きてきたのも何かの縁。歌仙が何かいいアイディアは無いかと尋ねると数秒の後、早速提案が出た。
「シロップにしよう」
数十分後、着替えてきた審神者が厨へ戻って来た。
既に本日の厨当番たちが朝餉の準備に取り掛かっており別途で歌仙、光忠は赤紫蘇シロップ作りの準備を進めていた。
赤紫蘇の他に二人が用意したのは大量の水、砂糖、クエン酸。
基本これだけ揃っていればシロップは出来る。
「よくクエン酸なんかあったね。なかったらりんご酢で代用しようかと思ってたのに」
「ああ、それは南海先生から分けてもらったんだ。実験用に買い込んでたけどあまり使ってないからどうぞって」
「何に使う気だったのか気になるけど聞くのが怖い」
「知らぬが仏と言う事もあるさ…。さ、朝餉の前までに済ませてしまおうか」
まずは採れたての赤紫蘇をよく水洗いする。
量が量なだけにここは厨当番たちの浦島虎徹、鳴狐、小夜左文字にも手伝ってもらった。
流水で一枚一枚表も裏も指の腹でこするように丁寧に洗っていく。
次に大きめの鍋に水を沸騰させ、赤紫蘇を投入。無論、一度に入りきらないので、鍋は二つ稼働させ数回に分け菜箸で優しく押し入れる。
再度沸騰させたら中火で十五分ほど煮出し、火を止め粗熱が取れたら一度ザルで液を別に用意したボウルなどで漉し更にその上からへら等を使い、赤紫蘇を押しつける様にして水分を絞る。
これが中々の重労働であり、何度もやっている内に厨で歴戦の歌仙も光忠も疲労を感じ得ずにはいられない。
審神者も既に腕がプルプルしてきていたが言い出しっぺがこんな所で弱音なんか吐けるかと意地で黙々と作業を続ける。
そうして出来上がった漉した液と個々は小さくはなっているものの紫蘇の葉の山。葉の方は一旦置いておき、液の方を鍋に戻しそこに大量の砂糖を加え弱火にかける。
「やっとここまで来たー!」
「時々鍋はかき混ぜようか」
「へらはさっき使っていたのでいいか」
そう言ってぐつぐつと煮える鍋をへらでゆっくりかき混ぜる歌仙を見て思わず浦島が
「なんか歌仙、御伽噺の魔女みたいだね!」
なんて屈託の無い笑みを浮かべて言うもんだから審神者は思わず噴き出した。
「主、なぜ噴き出したんだい。怒らないから言ってごらん」
「絶対怒るやつじゃんそれ。鍋が似合う雅な美刃が眉間に皺寄せちゃ勿体ないよ」
「そんな事でははぐらかされないよ」
後でちゃんと話そうとかと脅しつつも歌仙は鍋をかき混ぜる手は止めない。審神者が理不尽だーと零すも周りにいる男士たちはあの時、同じタイミングで笑いを堪えていたので犠牲となった審神者に心の中でちょっと感謝した。
そんなこんなしている内に鍋の砂糖は完全に溶けたので、火を止め一旦休ませる。
その間に皆で朝餉の準備に取り掛かり、厨は慌ただしくなった。
早ければ朝一番の利用者が顔を出す頃合であり時間との勝負だ。
支度に追われながらも審神者が度々鍋の様子を見て、粗熱が取れた頃にクエン酸を加えよく混ぜた。今度は完全に冷めるまで放置である。
午前九時手前。ようやく朝餉の陣が終わり当番が片付けをしている最中、審神者と歌仙、光忠は再び厨へと戻っていた。
「余った紫蘇の葉はどうしよう」
「塩と胡麻あったよね、それでふりかけ作ろう。それならゆかりと被らないでしょ」
審神者の一言により再びクッキング。
と言ってもふりかけの作り方は至って簡単。
煮出し絞った後の紫蘇の葉を少量ずつ丁寧に広げていき電子レンジで乾燥させ、カラカラに乾かして塩や胡麻と合わせれば、紫蘇のふりかけの完成。
他にも塩や胡麻の代わりに別の具材と合わせれば新しいふりかけになる。
一見すると地味ではあるがふりかけはあれば色々役に立つのでこの本丸の厨組では重宝されるひと品である。
「で、ふりかけ作ってる間に完全に冷めたシロップを煮沸消毒した空き瓶とかに入れて。蔵の冷蔵室行きっと」
「いやぁ、あんなにあった紫蘇がここまでスッキリ無くなるのは気持ちいいね」
初めはてんこ盛りの籠八つ分の赤紫蘇が今や姿を変え大きめの保存瓶二つ分とボトル五つ分、副産物のふりかけも大量に出来上がった。
「頑張った二人には誉って事で」
カランと鳴る氷の音。差し出されたコップには鮮やかな赤色。
「これは…」
「炭酸水で割った紫蘇ソーダ。これは一足先に冷やしてた分。手伝ってくれた厨当番の子達にも渡して来るね」
シュワシュワと立ち上る炭酸の泡と氷の煌めき。
窓から差し込んでくる光をコップに充てるとまるで宝石のようにキラキラと輝く。
一口含めば鼻に抜ける爽やかな紫蘇と砂糖の甘い香りと舌で弾ける炭酸がひと時の喧騒を忘れさせる。
「歌仙くん、美味しそうに飲むね」
「そういう君こそ、恍惚としているよ」
「だって美味しいんだもの」
綻ぶ様に笑う光忠に歌仙も全く同意だと言って二口目を味わう。
浦島、鳴狐、小夜に紫蘇ソーダを配り一緒に味わっている審神者を見て、歌仙はシロップに免じて先の事は不問にしようと密かに思った。
後にこの紫蘇シロップが好評となり以降毎年の恒例となるのだがそこで年神様がまた頑張りすぎて大量に発生させてしまい騒動になるのは別の話。