帰路人気のない通りにポツンと膝を抱えて座る。
年季の入った街灯が付いた電柱と山のように積み上げられたかつては持ち主が居たであろう物たちにもたれ掛かり建物の影に沈みゆく夕日を見送りながら笹貫は思いに耽けた。
ああ、また捨てられたのだと。
自身が光れば持ち主も見つけやすかろうと光った事があったが結局それは仇となり妖刀としての所以を生み出しただけになった。
人の身を得たのはごく最近で歓迎された記憶もまだ新しい、なのに。
「お前も俺と同じか?」
先程からゴソゴソと蠢いていたお隣のダンボールにいる子猫に話しかける。
子猫は笹貫を見上げるとみゃあと鳴いた。
「そうかそうか、じゃあ似たもの同士だな」
毛むくじゃらの小さな頭を撫でてやれば子猫は気持ち良さそうに甘えた鳴き声をあげる。愛されていたはずだった、どうしてこんな所に居るのかはもう覚えていない。いい様に撫でくり回されていた子猫は突然笹貫の手を抜け出しどこか一方を見つめた。笹貫も合わせる様に視線を逸らすと薄暗くなる中でも遠くから誰かが走ってくるのが見えた。
「きぃちゃん!きぃちゃん!!」
小さな女の子が必死に名前を呼びながら駆けてくる。
その名前が目の前の子猫のだと理解しているとその子はもう笹貫と子猫の前までやって来ていた。
「良かった、あった!きぃちゃんごめんね、落としちゃって!汚れちゃってる…ごめんね、もう大丈夫、大丈夫だからね、お家帰ろうね」
ダンボールからひょいと持ち上げられたきぃちゃんと呼ばれた子猫のぬいぐるみは女の子の腕の中に大事そうに抱えられてその場を去って行く。笹貫はきぃちゃんと女の子を黙って見送った。あのぬいぐるみは自分とは違った。あの子には迎えが来た。自分とは違う。
日が暮れて街灯の灯りに蛾が群がっているのを眺めていると自分の逸話を思い出した。また光れば見つけてもらえるだろうか。それとも気味が悪いとまたどこぞへと捨てられてしまうだろうか。
「いや…もう捨てられちゃってたか」
自虐的に笑うと深く溜息をついた。
太陽が沈んで行ったのを見た辺りからどんどん悪い方向へ考えが及んでしまっていた。還る場所にすら辿り着けない迷子に成り果てたらこの身はこの魂は何処へ還るのか。
薮でも海でも本丸でもない屑置き場で一人朽ち果てるのかと考えると寂しさが募り思考が上手く働かなくなったが気付いた。自分は寂しいなどと思えるのだと。
顕現し半年が経つか経たぬかの僅かな時間で自身に起きた変化。
以前だったらそんな感情を持つことすら無かったかもしれない。
「お前の居場所はそんな屑置き場なのか?」
不機嫌そうな声が降ってくる。
笹貫が見上げれると迷惑至極と言わんばかりの表情を浮かべた治金丸が彼を見下ろしていた。
「…迎えに来てくれたの?王子さま」
「ぬかせ。お前のその手足は何の為にある」
「つれないなぁ」
「オレはお前の目付け役じゃないんだが」
「でもさ、出て来てくれたって事はオレがそう言ってもらいたいのは治金くんだったって事でしょ?」
「…あわてぃーるなかーうちちき。オレが言えるのはそれだけだ」
じゃあと踵を返して煙のように消えてしまった治金丸。元から本物では無いと思っていたが言いたいことだけ端的に伝えて消えてしまうの辺り再現度が高い。しかし幻でもヒントを貰った笹貫は立ち上がる。今成すべきことを見つけたからだ。
「そうだなぁ…慌てちゃったら近道も見落としちゃうか」
冷静に、冷静に、とおまじないの様に唱えながら立ち上がり土埃を払っていると山積みにされている何も言わない物たちの無言の圧力を感じた。街灯の灯りがチカチカと点滅する。不気味さに磨きがかかるその場所に笹貫は笑って言った。
「オレは帰るよ、待ってるくれてる"人"がいるんでね。お前たちも迎えが来るといいな」
背を向けて歩き出す。
帰り道なんてご丁寧に示されてはいないが直感で足を運ばせる。
きっとこの道であってる、この先に絶対にいる。
信じて疑わずただ進め。
己の心にそう言い聞かせ余計な事を考えないようにただ歩いた。
自身の呼吸音と地を踏みしめる音だけしか聞こえない、お先は文字通り真っ暗、だけどこの道で合ってると信じて。
どれだけ歩いたのか分からないが歩けば歩くだけ不思議と心は落ち着いて行った。あれ程時化の如く波打っていた不安が嘘のように静まって行き今ではべた凪の様だ。
すると耳にざわざわとした人や物音が戻って来て、次第に視界が眩しい光に包まれる。
自前のサングラスが真白な光でいっぱいになったかと思えば次に見えたのは沢山の人と神と化生が行き交う往路だった。
「戻ってきた…?」
立ち尽くし呆ける笹貫を避けるように歩く往来の人々の視線に気付くと笹貫も人の波に乗り見慣れた闇市の景色を見渡した。確か、最後に別れたのはどの辺りだったか。次第に波を掻き分けるように前へ前へ進んで行くと最後に記憶している店の看板が見えて来た。
あれからどれ程の時間が経っているか分からなかったがそれでも笹貫の勘がここだと告げていた。
「あ、あるじ」
その姿を見たせいもあるが息はいつの間にかあがっていて声も震えていた。呼ばれて振り返る審神者の顔を見た瞬間、笹貫は脱力しその場に膝を着いた。
「笹貫!どこ行ってた…大丈夫?」
「はは、ごめん、ちょっとね…」
「急にいなくなるから探した探した。やっぱり闇市は一振じゃない方がいいね、変なのに捕まらなかった?」
変なの、の心当たりはあったが言えば審神者にきっと心配をかけてしまうだろう。笹貫は今できる精一杯の笑顔で答えた。
「ん、へーき」
「いや平気そうに見えないけど」
「ちょっと人酔いしただーけ。ね、手貸して」
「今日は出店多かったから人出も、ね?!」
立たせるつもりで差し出した手を引かれ予想外の力に審神者は為す術なく笹貫の腕の中へと仕舞われる。
とくとくと動く鼓動を自分のものと重ね合わせる様に抱き締めた。
「ささ、ぬき、ちょっと何、どした」
「寂しかった…って言ったらどうする?」
「あの何その質問待って離してここお店」
「や。答えてくれるまで離さない」
審神者の鼓動が次第に早まってくるのが分かる。
羞恥心から来るものだとしても自分のせいでそうなる様がどうにもたまらなく愛おしくなってしまい悪戯心が芽生えてしまったのだが、それはいとも簡単に摘み取られてしまう。
「主を困らせるなフリムンが」
「いだぁ!?」
ゴツンと骨と骨がぶつかる音。
思わぬ衝撃の強さに笹貫は頭を抱えその隙に二人の間に割って入ってきたのは治金丸だった。
「…治金くんひどぉい」
「お前が公衆の面前でフラーな事してるからだろ。迷子も見つかった事だし、帰ろう主」
「ありがとう治金。ほら、笹貫」
再び差し出された手を見て笹貫は一間置いて握り返した。
それを見ていた治金丸が主はソイツに甘い等と小言を言っていたが審神者はまぁまぁそう言いなさんなと宥めるとそれ以上は何も言ってこなかったが笹貫を見、視線で何もするなよと牽制して来た為、笹貫は大人しく心の中ではぁいと返事をした。
店を出てしばらく、治金丸と審神者の背中を見つめながら帰路を辿る。前の二人はと言えば先程の店にしばらくは行けないなどと話していてその内に別の話題へと移っていく。
幽世の闇市には人も神も化生もなんでも集まる場所。
姿形があるモノが多くいるがそうでないモノも多くいる。
付け込まれれば飲まれてしまう事もしばしばあるのだと本丸の皆が教えてくれた事を思い出した。
いくら自力で戻れる体があったとして、それだけではどうしようもない力というものはこの世にはある。戻って来れたのは戻って来る為の鍵があったから。
「笹貫ー?どうした?」
「一日に二回も迷子になる気か」
着いてきてない事に気付いた二人が振り返りながら笹貫が来るのを待っている。
待ってるくれてる人がいる。
去り際に言った自分の言葉が脳内に蘇る。
「ん、なんでもない」
ニヤけそうになる顔を抑えながら笹貫は帰るべき場所へ駆け出した。