イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    春陽と群青学生の時代と言うのはかくも儚く短いもので、高校の三年だって何もかわからぬ日々が積み重なってあっという間に過ぎ去るものだと思っていた。
    だけど世界は突然変わった。いや、変わる兆しはもっと前からあった。秋山隼人がバンドを組まないかと誘ったあの日からゆっくり動き出したのだと今だからこそ思う。
    知らない世界に知らない景色に最初は不安ばかりだったが一番怖かったのは、憧れが自分の傍から離れ消えてしまう事だった。だから必死に着いて行った。もがきながらも辿り着く世界と景色は悪いものではなかったし何より周りに恵まれた。
    だからこそ次も、次もと頑張れた。


    「なんだっけ、ベースの…なんとかってやつ」
    「女子人気はあるみたいだけど、あんまパッとしないよな」


    普段なら気にしないのに、その日に限ってやけに心に突き刺さってしまった。High×Jokerの知名度は校内は元より周囲の学校にもその活躍は広まりつつあった。文化祭のライブステージもわざわざ外から見に来る人が来る程だったとプロデューサーが話していた事は記憶に新しい。
    それでもバンドのメンバーを覚える人なんて本当に好きな人くらいで心にもない言葉を吐く人は身近にもざらにいる。
    パッとしない。確かにそうかもしれない。
    ボーカルの様な華やかさはない、ギターの様に作詞作曲をする訳でもない、ドラムの様な器用さを持っているわけでもない、キーボードの様な才能がある訳でもない。
    じゃあ、自分には何があるんだろう。そう考え始めたら急に怖くなってしまった。自分はここに居ていいのか、分からなくなってしまった。


    「今日はこれでお開きだな。これから業者の清掃入るって言ってたし」
    「折角午前で終わりなのに部活ロクに出来なかったな」
    「ほら四季くん机に広げてるノート片して下さい」
    「わわ!ジュンっち待ってくださいっす!今良いアイデアが降ってきたんでメモらせてー!」
    「ほらナツキ!ぼーっとしてないで帰る支度しろよ!」


    声をかけられて我に戻る。らしくないとは分かっていても数日前に耳に入ってしまったどこの誰かも分からない人達のあの言葉が脳裏から離れない。賑やかに会話する四人と自分とがなんだか違う世界に居るように思えて仕方ない。
    荷物を持って先に帰るね、とだけ告げて部室を出た。誰かが引き止めてくれた様な気がしたが今は一人になりたい気持ちだった。
    でも強いて言えば会いたい人は一人いた。


    「プロデューサー、さん…」


    会ってどうするわけでもないが、それでも無性に会いたいと願ってしまった。

    打ち合わせを終えあとは事務所に戻るだけ、のはずがテイクアウトした春限定ラテとドーナツの入った紙袋を片手にちょっと寄り道。朝晩の厳しい冷え込みも和らぎ日中も暖かな日差しと南風が多くなって来た今日この頃、沿道の桜の蕾もぷっくりと膨らみ始めており早いものなら既に三分咲きのものもみられる。
    春限定商品が出始め花も咲き始めたとなるといよいよ本格的に春が近づいているのだなぁと感慨深くなる。
    平日昼下がりの公園に足を踏み入れるとそこそこ人はいる。桜の名所とも呼び声高い大きな公園なので一息つける場所があるかと思って来たものの、ベンチなどの休憩スペースは先客が多く中々いい場所が見つからない。
    折角テイクアウトしたラテが冷めてしまうのも勿体ないので休憩は諦めてラテだけ飲んでドーナツは事務所で食べようかと悩んでいたその時。


    「プロデューサーさん…?なに、してるの…?」
    「わっ?!な、夏来くん!?」


    背後から突然声を掛けられ思わず肩が跳ねた。振り返ってみるとキョトンと不思議そうな顔をした榊夏来がいた。制服姿なので学校帰りなのだろう、鞄とベースケースを背負っている。


    「ごめん、なさい…。驚かせるつもりはなかったんだけど…」
    「い、いえ!私の方こそ大きな声を出してしまってすみません。今日はお一人ですか?」
    「…うん。これからスタジオでちょっと、ベースの練習したくて。みんなは…今日はそれぞれ用事…あるんだって」


    High×Jokerと言えばいつも何人かで固まって行動しているイメージがあったのでこうして誰か一人だけと一対一で話す機会は久しぶりに思えた。夏来はメンバーの中でも口数が多い方では無いので余計にそう思えたのかもしれないのだが、今日はどこかいつもより暗い雰囲気を纏っている様に見えた。


    「そうだったんですね」
    「プロデューサーさんは…お仕事、だった?」
    「そうですね、打ち合わせをして来て帰る前にちょっと寄り道を…なんて思ってたんですけど座る場所が見付からなくて。折角花も咲き始めた頃ですし外で休憩したかったんですけどね、もう事務所に戻ろうか、と…?」


    思います、と続きを言う前に夏来が手を掬って握りそのまま引っ張りながら歩き始めた。


    「こっち…あんまり人が来ない場所、ある。そこ行こう…」


    善意100%でいい場所に案内してくれているのだろうが言い方が悪すぎる。彼は現役男子高校生で、アイドルで、知名度だって上がって来ているわけで。思わず周りに人がいないか物凄い早さで辺りを見回しチェックする。幸いにも周りには自分達しかいなかった。スタジオや仕事現場であれば知っている人が見ればアイドルと事務所の人間が話しているだけに過ぎないが場所が違えば見方は180°変わってしまう。異性であれば未成年不純異性交友、同性であれば未成年誘拐未遂など。ましてや誰が見ているかも分からないこのネットが盛んなご時世SNSに書き込まれでもしたら大変な事になるのだ。


    「もしかして、嫌、だった?」
    「いやそうではなくて…うーんまぁ誰もいないし聞かれてないからいいのか…?」
    「プロデューサーさん…?」


    子供が悪い事をしてしまった時のようなしょぼくれ顔になる夏来を見て罪悪感に苛まれた。最近そういったスキャンダルにも過敏になりすぎてた面があるのも否定は出来ないが考えすぎも良くないかもしれないと結論付ける。


    「なんでもありません。折角なので夏来くんの秘密の場所、連れて行って貰えませんか?」
    「…うん。こっち…」


    一転してはにかんだ表情を見せプロデューサーの手を握り直して夏来は慣れた足取りで公園を進む。名所と呼ばれるスポットを横切って遊具のある遊び場と広場を横目に突っ切ってどんどん奥へ奥へ。ここまで来ると公園の出口にまで差し掛かってくるのだが夏来は歩みを止めない。


    「…着いた」


    出口にほど近い所から少しだけ整備されたコースから外れ木々で日差しが遮られようやく陽の当たる場所に出たと思ったらぽつんと一つベンチと小さな桜の木がある場所に着いた。
    確かにあまり人が来なそうな場所である。


    「一本だけ桜が…」
    「元々、小さな苗木だったんだって…。植える時にいい場所がなくて…それでたまたまここに日が当たるから、ここに植えられたって、ジュンが教えてくれた」
    「そうだったんですね。でもこれは確かに良い場所です、日の光を独り占め出来て他よりも花が咲いていますから」


    他が三分咲きならば目の前の桜は五分咲きくらいだろうか。二人でベンチに腰掛けて桜を眺める。夏来が紙袋の存在を指摘すると本来の目的である物を思い出し慌てて中から飲み物を取り出して口をつけると、幾分かぬるくなってしまっていたが冷める前に飲めて一安心した。


    「はー…危ない、忘れる所だった…」
    「美味しかった?」
    「はい!そうだ、夏来くんドーナツ半分こしませんか。ここに連れてきてくれたお礼、になるか分からないですけど」


    袋から取り出し半分に割って差し出すと夏来はおずおずと受け取ってゆっくり口をつけた。倣って残り半分に口をつけ桜を見ながら花見をする。春限定の商品片手に一足早い花見、仕事を頑張って来た甲斐があったなぁなんて思う。この桜みたいにアイドル達のことももっと咲かせて輝かせたい、そんな事を思っていると隣でゆっくり咀嚼していた夏来が口を開く。


    「甘い、美味しい…」
    「なら良かったです」
    「ハルナの持って来るドーナツも、美味しいけど…プロデューサーさんのドーナツも、好き」
    「お口にあったのなら何よりですよ。それにしても本当にいい桜ですね、綺麗に咲き誇ってます」


    最後の一口を咀嚼し飲み込むと突然するりと手が絡め取られる。重ねられた手は当然ながら夏来の手で上からきゅっと少しだけ力が加えられる。


    「俺…もっと、頑張るから。シキみたいに歌が上手いわけじゃないし、ハヤトみたいに曲を作れるわけでもないし、ハルナみたいに器用でもないし、ジュンみたいな演奏が出来るわけでもない、し……。でも…俺も、みんなとアイドル、頑張りたい。だから……その……一緒に頑張ってもらっても、いい?プロデューサーさん?」


    憂いを帯びて今にも泣いてしまいそうな声に思わず手を絡め直し力強く握り返した。


    「夏来くん、夏来くんはきっと良いアイドルになります。君のその輝きを充分に世の中に伝えきれてないのは私の力不足です。だから、一緒に頑張りましょう。貴方は充分魅力に溢れたアイドルHigh×Jokerの榊夏来です」
    「プロ、デューサー…さん…」
    「私が君を咲かせて見せます、この桜みたいに」


    真っ直ぐに見つめられながら言葉を飲み込む様に頷く夏来からぽたぽたと涙が落ちた。やっぱり、と予感が当たり今日一人だったのはきっと偶然ではなかったのだと確信する。夏来に何があったのかプロデューサーからは聞かなかった。彼の抱える不安や恐怖といった感情は突風の如き情慾を巻き起させてしまいかえって下手にアドバイスなどをすればそれらを煽ってしまいかねない。
    それ程までに思い詰めてしまう程の何かがあったのだとしてもプロデューサーとして出来る事は限られており彼の悩む事を全て解決に導いて上げることは出来ない。
    出来るとするなら、それは彼自身とメンバーであるHigh×Jokerの彼らだけだ。あくまでプロデューサーはその手伝いをするだけの言わば影の存在。


    「頼りないプロデューサーかもしれないですけど、私は夏来くんの事ちゃんと見ていますから。今日だって皆さんに負けないように練習しに行くんでしょう?なら、私も付き合います」
    「え、でも……お仕事は……」
    「今日はもう事務所戻るだけだったので。それに久しぶりに夏来くんのベースが聞きたいので聞かせて下さい」
    「…!うん、分かった」


    涙を袖で拭うと夏来は何か吹っ切れた様子で桜を見上げる。
    その横顔はまだ幼さを残しているがやがて洗礼されて行き沢山の人々が彼の輝きに気づく日が来るのかと思うと嬉しくもあるがどこか寂しさを感じた。


    「プロデューサーさん……ありがとう」
    「私、何もしてませんよ」
    「ううん…。俺が、言いたかっただけだから…気にしないで」


    じゃあ、行こっかと差し出された手をそっと取り立ち上がる。すぐに離すかと思いきや繋いだまま歩き出した為、指摘すれば夏来は悪びれる様子もなく言った。


    「…たまには…独り占めさせて欲しい。プロデューサーさんは、お日様、みたいな人だから。沢山浴びないと、俺…咲かなくなっちゃう、かも。なんて…」


    こんな事を言える子がまだ咲いていないだなんて誰が言った。とっくに開花してるじゃないか。呆気に取られて手を振りほどく理由を見つけられないまま結局人通りに出るまで繋がれた手にご満悦の表情を浮かべていた夏来がいた事をプロデューサーは知る由もないし、願いが叶った夏来は決意新たにその胸の内にある迷いも想いも全て音に乗せて曲へと昇華していき一回り成長を遂げるのだがその福音はまだ誰も知らない。
    れぐ Link Message Mute
    2023/01/09 2:18:50

    春陽と群青

    #アイドルマスターSideM
    思い悩む夏来と偶然出会ったPのとある春の話

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品