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    夜明けの温もり「しまった、もうこんな時間…」


    作業の手を止めふとデスク上の小さな時計に目をやると時刻は23時を回ろうとしていた。外回りから帰って来たのが夕方頃だったはずで、しばらくして事務員の山村が定時で上がった所までは覚えているのだがそれ以降この時間まで作業していたのかと思うと我ながらワーカホリックじみてきたなと感慨にふける。
    両手を組み上体を少し逸らしながら腕を伸ばしてみると背骨がパキッと良い音を立てた。 数時間座りっぱなしだったのだ、音が鳴るのも無理はない。
    デスク上の仕分けした各ユニット毎のボックスに入っているファンレターの山を見て、本当に沢山の人達が315プロダクションに所属し活躍している彼等を見たり聞いたりして応援してくれているのかと思うと胸が熱くなる。
    しかしこのファンレター全てが好意に溢れている訳では無い。
    手前に捌けておいた差出人不明なんなら宛名すらない封筒が数枚あり意を決して手を伸ばし封を開ける。
    事務所によってルールは異なれど大抵は差出人不明の郵便物には本人に渡す前にスタッフによるチェックが入り315プロダクションもまた例外ではない。
    業界ではまだまだ新人扱いされる事務所ではあるが着実にファンは付いてきている。しかしそれを面白く思わない輩は業界にしろ視聴者層にしろ一定数はいるもので、ファンレターは特にそう言った負の感情が書き綴られている事がままある。
    1枚1枚に目を通しファンレターか、ファンレターの皮を被った誹謗中傷ではないかを見定める。
    これを目にするアイドル達の顔に不安や悲愴な表情を浮かべて欲しくないプロデューサーの親心が働くからこそ遅い時間まで残って仕分けチェックを行うのだ。
    大手の事務所にもなると事件に発展しかねない様な内容の物もあると耳にした事があるが幸いな事に今回チェックした物の中にそういった物騒な事は書かれてはいなかった。が、やはり妬み嫉み、自分本位な不平不満や過剰とも思えるファンサービスの要求、送り主であろう人物が写った写真に添えられた連絡先などなど続け様に読んでいくと精神的に中々堪えた。
    残念ながらこれらの内容の手紙は処分となり更に仕分けられた手紙達はシュレッダーへとかけられた。

    全て終わる頃には時計は23時半を差そうとしており、その下にあるホワイトボードにも明日も昼から撮影現場へ同行する予定が入っている。
    事務所の戸締りをして支度をして早く帰ろう、そう思いながらデスクに戻ろうとすると事務所のドアノブがガチャっと音を立てて扉が開いた。


    「明かりがついているからもしやと思ったら。こんな時間までご苦労さん」
    「雨彦さん?」


    事務所に入って来たのは葛之葉雨彦。
    その姿を見て思わずシステム手帳を開き今日の予定を確認した。確かLegendersは午前中に雑誌の写真撮影の仕事があり終わり次第オフだったはずなのだが、雨彦の格好は普段よく目にする作業着姿にジャケットを羽織っているものだった。


    「今日は午後からオフでしたよね、どうかしましたか?」
    「なに、家の仕事の手伝いをさせられててね。現場から事務所が近かったからふらっと立ち寄っただけさ。それにお前さんの事だ、また遅くまで残ってる様なら一声かけようと思ってな。来て正解だった」
    「すみません、気を遣わせてしまって」
    「はは、良いって俺が好きで来たんだ。それにこの前桜庭サンに釘刺されてたろ。プロデューサーが体調管理出来てないのは困るって」
    「ご、ごもっともです…」
    「ま、桜庭サンなりにお前さんの事心配してんのさ。元医者だから尚更な」
    「気にかけて頂けてるなんて有難い話です。でももう仕事は終わりましたので!そうだ、雨彦さん折角ならファンレター持って行って下さい。今しがた仕分け終えたので」


    はいどうぞと手渡された雨彦個人に向けてのファンレターの束を受け取る。まるで自分の事のように嬉しそうに綻ぶプロデューサーの顔を見て雨彦はふっと小さく笑う。


    「ありがとさん。家でゆっくり読ませてもらうとしよう」
    「ぜひ!それと今回Legenders宛の手紙が結構多くて。きっと先日の番組出演やCMの反響だと思うんです!」
    「そいつは有難いな。これも全部お前さんのおかげだ」
    「いえいえ!皆さんの魅力が視聴者に伝わったんですよ。これからも頑張りますので改めて宜しくお願いしますね」


    気分が乗ったのかプロデューサーは鼻歌を歌いながら帰り支度を始める。しかし雨彦の目はプロデューサーにまとわりつく良くないものを捉えていた。
    特に酷いのは両手。どす黒い靄のようなものが巻きついている。
    恐らく原因はファンレターだ。仕分けしている際に込められた想い、特に悪い方のものが蓄積されたのだろう。
    芸能界にはそういった負の感情が溜まりやすい。幾度も現場を目にしてきて嫌気が差して来た時、雨彦はプロデューサーと出会った。
    初めてその手を取った時の事を雨彦は今でも鮮明に覚えている。
    穢れを知らぬ清くて温かい優しい手。そんな綺麗な手を汚されて放っておく事なんて出来るはずがなかった。
    自分たちに嫌なものを見せまいとプロデューサーが頑張ってくれたのだから少しくらいご褒美をあげてもバチは当たらないだろう。
    そう結論付けると雨彦はデスクへ向かう。


    「なぁお前さん、マッサージしてやろうか」
    「へっ?!」


    突然の申し出に素っ頓狂な声をあげるプロデューサーに思わず吹き出した。事態を飲み込めない顔をしているプロデューサーに肩を震わせながら改めて内容を伝えると物凄い勢いで断られた。曰く、仕事終わりの人にましてやアイドルにそんな事はさせられません!との事だ。
    だが靄は次第に上腕に向けてゆっくり侵食を始めている。
    これ以上行かせたら体調にも影響が出るかも知れない。


    「プロデューサー」
    「は、はい」
    「俺だってお前さんの事心配してるんだぜ。いつも頑張ってくれてんだ、労わってやりたいと思うのはいけない事かい?」
    「や、その、お気持ちだけで十分嬉しいです、よ?」


    自分より身長が高い雨彦がグイグイ寄ってくるものだから思わず後退りしてしまう。何より顔が良いのであまり近付かれるとなんだか照れてしまうのだ。
    こういうシチュエーションのCMやPV依頼が来たらきっとピカイチだろうなぁ、なんて気を逸らす為に考え始めるが意識はあっという間に雨彦に戻されてしまう。


    「たまには態度でも示させてくれ」


    な?と首を傾げると両肩を抑えられた。と思ったら力を込めて押されてなすがままストンと座椅子に着席させられた。あ、逃げられないやつだと思ってももう遅い。
    座椅子に向かい合う様に座り腕まくりをしたプロデューサーの手を雨彦が優しく指圧していく。都度、力の加減を尋ねては様子を伺うも極楽と言わんばかりの蕩けた表情で生返事をする姿は新鮮で見ていて飽きない。


    「指先までやってもらうの、めちゃくちゃ気持ちいいですねー」
    「整体に行った時に俺もやってもらったんだ。それにしても腕まで張ってるな。指を使いすぎてるんじゃないかい」
    「昨日までPC作業やってたもので…」


    前腕の筋肉に沿ってツボを押し、優しく撫でつつ穢れを祓うのも同時進行に行う。段々と黒ずみが薄くなってきたのを見計らい少し睨んでやれば靄のようなものは腕からボトボトと剥がれ落ちて行く。床に落ちた良くないものはサッと部屋の隅に姿を眩ませた。
    気配はまだあるもののあれだけすれば直に消えてしまうだろうと確信した雨彦は仕上げに取り掛かる。


    「それじゃあ仕上げだ」
    「ハンドクリームですか?」


    作業着のポケットから取り出したミニサイズのハンドクリームの口から小粒大のものを数個プロデューサーの手と腕につけていく。伸ばすように肌に塗り込みながら優しく包むように手を滑らせると、鼻孔に広がる良い香りに気分が寛ぐ。


    「渡辺サンがくれたんだ。冬場は何かと乾燥するからって持っておけってさ」
    「みのりさんらしいなぁ。爽やかでいてなんだか安心する香りですね」
    「ああ。強すぎないから現場でも重宝してる」


    自分の手で覆えてしまう手を揉みながら、改めてこの手は穢させちゃならないなと雨彦は思案する。自分たちを導いてくれるこの手を見ず知らずの悪意に染められてしまうのは看過できないし何より一個人として嫌だと思った。


    「なぁプロデューサー。またマッサージさせてくれやしないか」
    「ええ?!そ、その心は…?」
    「…まじないさ。お前さんと作り上げる仕事がこれからも良いものになる様に、良縁が舞い込んで来ますようにってな」
    「雨彦さんが言うと本当にご利益ありそうですね」
    「なんて、これは建前。本音はさっきも言ったがたまには労わらせて欲しいんだ」
    「あはは、甘やかしすぎじゃないですか?」


    本気で言っているのだがあっさり受け流されてしまう。アイドルとプロデューサーと言う関係性なのだから本気にされる事など無いのだろうが、余計な情の有無に関係なくそれでも慕う気持ちは変わらない。
    両手を包み込むとお互いの手の熱が伝わり合う。


    「甘やかされる位で丁度いいんだよ、お前さんは」


    優しい眼差しに見つめられつい言葉を失う。
    名前を呼ぼうとした時、パッと手を離された。


    「よし、終わりだ…っと日付変わっちまったな。タクシー相乗りして帰ろうぜ。下で呼んで待ってるから支度しちまいな」


    何事も無かったかのように座椅子を片しファンレターを持って事務所を出る雨彦の背をポカンと見送る。宙ぶらりんになった手を下ろしそっと撫でるとマッサージとハンドクリームの効果あってか血色も良く潤っている様な気がした。


    「破壊力抜群すぎませんかね…」


    あんな甘い言葉をサラッと言ってのけるスマートさに感服しながらも思い出したら急に顔に熱が集まって誰もいないのに思わず顔を覆った。
    同時に何かの時に使えそうなコピーだなと思う当たりプロデューサーは自分が思う以上にワーカホリックなのだが当然誰もツッコむ者はいない。
    下で待たせているのを思い出し帰り支度と戸締りの確認をして事務所を出る。この時間に帰る時はいつも足取りが重くなりがちなのだが今日階段を降りる足取りがいつもより軽く感じたのはきっと気のせいでは無い。
    れぐ Link Message Mute
    2023/01/09 2:08:43

    夜明けの温もり

    #アイドルマスターSideM
    残業してたPの元へ雨彦が訪ねる話

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