Andante 大きなショッピングモールの一角。
淡いピンクに濃い茶色で描かれた言葉が数日すれば訪れる日を高らかに掲げている。
所謂、バレンタイン催事。なんて呼ばれるものに、仲良くはしゃぐふたりの幼馴染に文字通り両腕を引かれながら半ば保護者がわりとして連れてこられたのは、もう一時間ほど前のこと。
気づけば傍らにいたはずの幼馴染二人は、あれもいい。これも美味しそう。だと瞳を輝かせ、人ごみの中へ姿を隠してしまっていた。
――まぁ、外に出るなとは言い聞かせてるし、大丈夫か。
そもそも、着いた時に集合時間と場所は決めてある。
用事も目的もない自分はそこにある休憩所代わりのちいさなソファーで休ませてもらえばいい。
決めて、まだまだ人の押し寄せる会場から出ようと歩みを進める。
ふと、綺麗に並べられたディスプレイの中。ひとつの小箱が目についた。
白いボックスに藍色のリボン。それから薄水色の装飾が施された装丁は、良く知るもうひとりの幼馴染の姿を脳裏へ浮かばせる。
思わず立ち止まり、手に取れば間髪入れずにかけられる店員の声に大きく肩が跳ねた。
「人気商品ですよ。あまり甘くないので、男性の方にもオススメです」
そんな自分の様子に気づいているのか。いないのか。にこやかに告げられる言葉に忙しない心音を落ち着かせる。
瞬きを二度。手にした商品と店員を交互に眼へ映して、人知れず深く呼吸をといた。
***
「――ってことで、はい」
努めて自然になるよう取り繕って、あの日。手にした小箱のはいった紙袋を渡す。
そういえば、以前この日に花をもらった時は、あの催事場は戦場だった。みたいな話をしたことがあったけ。確かにあの場所は、いうに等しい光景だったな。なんて、現実逃避気味に考えて、手からさらわれる重さとは反対に妙に肩が強張る。
「これ」
あの日の自分をなぞるみたいに、少しばかり開かれる瞳に不思議とふっと肩の力が抜ける。
「いつもお世話になってるお礼」
やっぱり、同じ台詞を伝えて微かに頬を和らげて見せれば、瞬いた瞼がほんの少し弧を描くよう細められた。
ありがとう。と、伝えられる言葉に胸が温まる。
安堵の吐息をひとつ。暖められた部屋のなかに零した。
「じゃあ、これで」
言って、腰かけたソファーから立ち上がる。
ひらりと手を振り進めた歩みは、けれど呼ばれた名にその場で踵を返した。
「なん」
「これ」
振り返り、見つめた視界に赤が広がる。
羽ばたくように広がった花弁。
鼻腔を擽る香りは芳醇で、反射的に受け取ったてのひらが先よりもほんの少しだけ重い質量を手にする。
続ける言葉もなく今度はこちらが目蓋をしばたたかせる番で。
赤い紅い花束越し。
色を写したように熱を集める頬には気づかぬフリをした。