君と僕の×××を巡る攻防
暖かい日差しが降り注ぐ、お昼時学校の屋上で、今日も親しい友人と昼食を取っていた。
いつもと変わらない日常
そう、そのはず…だったんだ
君と僕の×××を巡る攻防
「なぁ、お前ってさ…いつも苺ミルク飲んでるよな?」
「…まぁ……飲んでるねぇ…」
紙パックの苺ミルクに刺さっている、ストローの先を齧りながら、僕は答える。
毎日一緒に昼食を取っているんだから、知っているはずなのに、今更どうしてそんなことを聞くのだろうか?
「毎日飲んでるってことは、好きってことだよな?」
「…まぁ……そうねぇ……苺おいしいよね」
いよいよ、訳が分からない。
僕が眉をひそめたことに、気にも留めず、友人は身を乗り出して、口を開く
「じゃあさ…そんなに苺が好きならさ…!もちろんパンツも、苺の総柄だろ?」
「なんと、おっしゃいました?」
一体どういうロジックで、その結論に行き着いたのだろうか?
暖かい日差しが、降り注いでいるとはいえ、気分が浮かれやすくなる、四月バカになるにはまだ早い。
僕の聞き間違いで、あってほしい…
「だーかーら、お前のパンツの柄は、苺の総柄だろ?」
「……二度も、言わなくていいです。あと、僕のパンツの柄は、苺の総柄では、ないです。」
「いやいや…絶対嘘だろ…お前は好きなものは、いつも身につけるタイプの人間だ…よって!苺が好きなお前のパンツは、苺の総柄!」
その言葉を皮切りに、友人が僕の制服の下に手をかけようとしてきた。
ちょっと待て!それはない!人として、それはない!
「だーかーら!僕のパンツは、苺の総柄じゃないって言ってんだろ!!」
言葉の勢いのまま、友人の鳩尾に、渾身の右ストレートを叩き込む。
友人が聞いたことないくらい、醜く潰れた声を出しているが、気にしてなんかやらない。
僕は、好きなキャラクターのキーホルダーがいっぱいついた、自身のカバンを引ったくるように持ち、走って屋上を後にした。
ーーー
屋上から続く階段を、駆け降りながら考える。残念なことに、僕は足が早くない。
きっとすぐに、友人に追い付かれてしまうだろう。
この昼休みが、終わるまででいい。
どこかに隠れて、やり過ごせばいい。
…多分。
さて、どこに隠れたものか…
そこまで考えたところで、僕は顔から思いっきり、誰かにぶつかる。
完全に、僕の不注意だ。逃げ切るための作戦を練るのに、気を取られすぎていた。
「ごめんなさい…前を良く見ていませんでした…」
「いや…こちらこそ…ってミニ先輩!ミニ先輩じゃないっスか!」
今にも抱き付かん勢いのテンションで、後輩が話しかけてくる。
この後輩とは、友人の伝手で知り合い、見かける度に、世間話する程度には、仲良くなった。
本人曰く、ニィッと笑った時に見える、八重歯がチャームポイントだそうだ。
「あ…後輩か…ごめんね。良く見てなかった…」
「大丈夫っス!ミニ先輩は、自分より小さいんで、痛くもなんともないっス!」
「君は、いつも一言余計だなぁ…」
不機嫌さを隠そうとしない、僕に気にも留めず、後輩はご自慢の八重歯を見せて、笑った。
「ところで、先輩にお願いがあるんスよ!」
「内容にもよるなぁ…」
「簡単なことっスよ!先輩!パンツ、見せてくださいっス!!」
「無理に、決まってんだろ」
パンツを、後輩に見せることが簡単だと、彼は本気で、思っているのだろうか?
だとしたら、この後輩は頭のネジが、相当緩んでいることになる。やはり、友人のお気に入りの後輩。類は友を呼ぶとは、このことか。
「そもそも、なんで僕のパンツを見たいと思ったの?」
「先輩からL●NEで、ミニ先輩のパンツについて、聞いたっス!」
だから、見たいと?
とりあえず友人は、この騒動が終わったあとで、しばくことにする…顔の原型を、残さないくらいに
「そんなわけで、ミニ先輩のイチゴ柄のパンツ、自分に見せてくれるっスよね?」
「そもそも、苺の総柄パンツじゃないよ。」
「え…?…違うんスか?」
事前に聞いていた情報との食い違いに、後輩が戸惑っている。その隙に、僕は後輩の横を、通り抜けようとする。
友人が絡んでいるのが分かった今、ここで後輩に関わり続けていると、ロクな目に合わない気がしたからだ。
「させないっスよ!」
後輩の腕に、顔から突っ込む。
やっぱり、ロクな目に合わなかった…
「自分、バカだから…どうしたらいいか、まったくわかんねぇっスけど……ミニ先輩を、ここで通したら、漢が廃る気がするっス!」
「どういう理屈!?」
「ここは、通さないっスよ!!」
そう言うがいなや、後輩は反復横跳びを始めた。
リチウムの床とゴム製の靴底が、摩擦で激しく鳴る。うるさい。すごくうるさい。
バスケ部でも、こんなに激しく鳴らさないぞ。
こんなに激しく動いているのに、頭の高さが全然変わってないことに、一種の感動と気持ち悪さを覚えた。
「とーおーしーてー……」
「ハァ……ハァ……フッ……!
ミニ先輩のパンツを…っ…見るまでは…っ
通さないっス……ッ!!」
この執念を、僕のパンツなんかじゃなく、他に使えばいいのに…
高速で繰り広げられる、反復横跳びを前に、まごまごしていると、ふいに焦げ臭い匂いが漂う
火元なんてないはずなのに、一体なぜ…
僕の思考をよそに、なおも繰り広げられる反復横跳び。耳がおかしくなってきた。
鼻もおかしくなってきたのか、焦げ臭い匂いは、ますます濃くなっていく。
「ハァ…ハァ…ハァ………ッ!
……?…なんか、焦げ臭いっスね?」
ボッ
僕の幻臭じゃなかったと、脳が理解するのと音を認識したのは、同時だった。
……ボヤだ!!
「うわわわわ!!!あっつ!!靴、燃えてるっス!!やっべ!!!あっつ!?!?」
「あわわわ……!!後輩!僕が水を探してくるから、一人で持ち堪えて!!」
「!?!?ミニ先輩!?!?」
動きが止まった後輩の隙をつき、隣をすり抜けて、僕は駆ける。
僕の長い襟足が、頬を軽く叩く。地味に痛い。
肺も痛くなり、身体に熱を帯び始めた反面、僕の思考は冷えていく。
そもそも、後輩の靴底が燃える羽目になったのは、後輩の邪な欲望のせいであり、僕が救ってやる必要は、1ミリもないのでは?
それに、後輩は案外タフだし、なんとかなる気が…うん、きっとそうだ…
やはり、僕の貞操を危険に晒すわけには、いかない。
僕は走る速度を落とし、再び良い隠れ場所を探すため、歩き始めた。
ーーー
後輩とのやりとりに、思ったより時間を取られすぎてしまった。
早く隠れられる場所を、探さなければいけない。
ここから近くて、安全に身を隠せそうな場所は、と歩を進めながら、思考を巡らせる。
…体育倉庫だ。
あそこなら、出入口は一つしかないし、戸が中心から、左右に開くタイプの引戸なので、左右それぞれの戸に、棒状のものをかませば、外側から開けることは、難しくなる。
我ながら、いい案だ。
そこまで思考を纏めた所で、体育倉庫の扉の前に、たどり着く。
安住の地を得た安心感と共に、引戸を開けた。
「…やぁ、君か…」
まさか、中に人が居るとは、思わなかった…
引戸を開けたことで、差し込んだ光を元に、声の主に目を向ける。
耽美な雰囲気をまとい、緩やかなウェーブのかかった髪と、切れ長の瞳……間違いない、あれは池 晃良(いけ てるよし)先輩だ!
「池先輩でしたか…こんな所で、何を?」
「あぁ…僕はね…禁じられた遊びを、していたんだよ…」
禁じられた遊び…?
そこはかとなく、嫌な予感がする。
「ほら…こうやってね…ふふふ……っ
体操マットに、かけるとね……あぁ…っ!
背徳的…だろう…?」
吐息混じりに、言葉を紡ぐ池先輩。
気分がとても高揚しているのか、頬が赤く染まっていく。
熱も伴っているのか、次第に蕩けてゆく瞳。
荒々しくなっていく、呼吸。
乱れる呼吸の合間に、とろみのある液体が、注がれる音がしていることに、気づく。
……気づいてしまった。
トプ…ッ
トプ…ッ
白い液体が、とどまることなく、体操マットに、大きなシミを作っていく。
こんな最悪な光景は、見たくなかった。
…そう、池先輩が体操マットに、シーザードレッシングをかけて、興奮している光景なんて…
白い液体こと、シーザードレッシングが、体操マットに染み込んでいくのに、興奮が抑え切れないのか、嬌声が漏れ始める先輩。
これ以上、先輩と同じ空間に居続けるのは、僕の精神衛生上、耐えられなかった。
興奮のあまり、口角を伝い零れるほど、よだれをたらし、喘いでいる先輩を、視界から消すべく、扉を閉めて、急いで踵を返す。
先輩の言う通り、あれは「禁じられた遊び」で、相違なかった。器物損壊的な意味で。
先輩が手に持っていた、シーザードレッシングの瓶は業務用だったので、恐らく先輩の興奮具合は、さらに加熱していくだろう。
…なんとなく、先輩が、この背徳的な遊びを始めた経緯を、知ってはいけない気がした。
耳にこびりついて離れない、先輩の喘ぎ声を、頭を振って追いやってから、再び隠れ場所を探すために、走り出す。
ーーーもう、昼休憩の時間は、ほとんど残っていない。
✱
残り少ない昼休憩の時間で、今居る場所から、最も近い隠れ場所を、脳内で探す。
保健室ーーー
安直な気がしたが、僕自身の貞操を守るためには、隠れなければならない。隠れ通さねばならない。
幸い、この学校の保健室は、ベッドの数が無駄に多いのだ、と保険医から聞いたことがある。その、無駄に多いというベッドの数に、賭けるしかなかった。
ーーー
保健室に到着すると、保険医は不在で、ベッドは、自由に使っていい状態だった。
防犯面で心配になったが、今は好都合。ありがたく、使わせていただこう。
ベッドが置いてある区画に移動すると、一つだけ、掛け布団が盛り上がっている…先客がいるらしい。
自分の貞操を守るためとはいえ、本当に具合が悪い(かもしれない)人がいるのに、ベッドを、隠れ場所として選んだことに対し、少し罪悪感を覚えた。
罪悪感を抱えたまま、ベッドの中に潜り込み、横向きの状態で、両膝を抱え込む。
丸まった体勢のおかげか、僕の角ばった心が、丸くなっていく。
「………ふぅ……」
思わず溢れるため息。
あとは休み時間の終わりまで、隠れ通せ
「…ミニ先輩?」
……なかった。
「ミニ先輩……ッスよね?」
よりにもよって、先客が後輩だとは、ツイてない……さっき見放したバチが当たってしまった…
観念して、返事をすることにする。
「…そうだよ……火傷とか、ない?大丈夫?」
「あのあと、燃えた靴を勢いよく、投げて捨てたんで、火傷はないッス…」
勢い良く投げすぎて、窓が割れて破片が飛び散り、軽いかすり傷ができたから、念の為にここに来たんスけどね!と、後輩は八重歯を見せて、笑う。
「そう…水を持って戻らなくて、ごめん…」
「全くッスよ!」
「でも、君が僕のパンツを見せろって言ったのが、そもそも悪いんだからね?」
「それも、そうッスけど……やっぱり、ロマンには、逆らえないッスからねぇ…」
急に、嫌な予感がしてきた……まさか…
いや、気のせい……きっと、気のせい………!
「自分の見舞いのために、先輩が来るッス!自分を見放した罰は、そこでキッチリ、受けてもらうッス!!」
…嫌な予感、的中!!
即座にベッドから下り、扉に向かって走り出す!
扉に手をかけようとした所で、無情にも扉が反対側から開けられる。
「…おーっす、後輩…見舞いにきてやったぞー……」
僕と目が合うなり、笑みが深くなる友人。
「みー………つけ…たぁー……」
悪魔の宣告とは、きっと、このことなんだろうな…と、ぼんやりと思った。
ーーー
「後輩は、こいつの腕を拘束しておいてくれ。俺は、パンツに着手する。」
「かっこよく言ってるけど、やってることは最低だからな!?後輩も離せよ!!」
「えー…嫌ッスよー!ロマンの前に引き下がれないッス…」
最後の悪あがきで、足をジタバタ動かすも、2体1な上に、僕は2人よりも体格的に小柄。
悲しいことに、あまり意味はなかった。
「お待ちかねの、御開帳ー♪」
意気揚々と、僕の制服の下半身部分を取り去る友人。
僕のパンツの柄を見て、みるみる顔色が変わっていく。
「……カー●ル・サン●ースだと!?」
そう…僕の下着は、自分で頑張ってプリントした、カー●ル・サン●ースのフロントプリントのパンツなのだ。
友人の推理は正しい。
僕は、好きなものは常に身につけたいタイプだ。ただ、苺ではなく、カー●ル・サン●ースなのだが。
ますます、友人の顔色が変わっていく。
「……ゃまれよ……」
「ごめん、ちょっと聞こえにくい…」
「謝れって言ってるんだよ!!カー●ル・サン●ースに!!」
顔色が変わっていってたのは、怒りによってだったらしい。
「あんなに美味しい、フライドチキンを作ってくれる素敵なお爺さんに、なんて仕打ちしてくれてんだよ、あぁん!?神への冒涜だぞ!」
「ケン●ッキー、美味しいよね…」
「だったら、なんで!!」
「僕、好きなものは身につけたいタイプだから…」
「せめてチキン柄にしろよ!!」
フーッ!フーッ!と、いかにも血管が切れそうなくらい、怒り心頭な友人は後輩に言葉をぶつける。
「後輩!お前からもなんか言ってやれ!お前もケン●ッキー好きだろ!?」
「自分からは、何も……ただ、ミニ先輩の尖ったセンスには、ドン引きッス……」
「カー●ル・サン●ースのパンツ、そんなに悪いの!?」
暖かい日差しが降り注ぐ、昼休憩を過ぎた保健室で、不毛な言い争いが続く。
不毛な言い争いの中心人物である、僕のカバンに付いているカー●ル・サン●ースのキーホルダーが、今日も素敵な笑顔で微笑んでいる。
終
後日、僕は怒り心頭な友人の機嫌を取るために、友人と後輩と僕の三人分のケン●ッキーの代金を奢ることになった。
ケン●ッキーのガチ勢、怖い……
(余談だが、体育マットに、シーザードレッシングをかけていたことがバレた池先輩は、卒業見込みが取り消された。反省してると、いいな…)