猫の話拝啓、猫を愛する同志の皆々様方。
この場合、僕はどのような対処をすれば良いのでしょうか?
猫の話
仕事が終わり、土砂降りの雨の中、帰路についていたんです。
傘をさしているとはいえ、雨の中を長時間歩きたくなかったので、家への近道になるかと思い、路地裏に入ってみたんですよ。
暗い道に、内心ビクビクしながら進んでたんです…
そうすると、大きめのダンボールが道を塞いでまして…止せばいいのに、中を覗いてしまったんですよ…
すると中に猫……いや、猫耳がついてるパーカーを着た少女が身体を丸めて入ってたんです…
最初、死体かと思って思わずギョッとしましたね…でも、よく見ると胸が上下に動いてまして…それはもう、安心しましたよ…
このまま立ち去ろうとも思いましたが、場所が場所ですし、時間も時間。天候も悪い。
扱いに困ってしまいまして…………今に至るわけです。
*
僕が結論を出せないなりに、状況整理のためダンボールと少女を改めて観察すると、ダンボールに貼紙がしてあるのに気づきました。
「拾ってください」
……人間を?
猫耳パーカーを着用してるとはいえ、捨て猫のような扱いに違和感を覚えました。
混乱していたとはいえ、猫好きの皆様に対処法を聞いたのは、あながち間違いじゃないようです。
貼紙を読んだ上で、この捨て猫みたいな捨て人間……一体どうしたら良いのでしょうか…
−−−
結局、家に連れて帰ってしまいました。
夜の暗い路地裏に、少女を放っておくのは心配でしたし、あのまま放っておいたら彼女が風邪をひいてしまいそうだったので…
見たところ未成年。例の貼紙があったとはいえ、下手をすると僕は、未成年を拐かした犯罪者になってしまうかもしれません…
貼紙のことは伏せて、事情を説明したのち、合意のもと風呂を貸し、乾燥機で服を乾かしたあと、ビニール傘を渡して、彼女自身の家に帰ってもらおうと思います。
交番に連れていけば良かったかもしれませんが、自宅からも先程の路地裏からも遠いのが、この状況に至った一因。貼紙がイタズラか否か分からない以上、致し方ないですよね…?
とりあえず、彼女の承諾なしに身体を拭くのは憚(はばか)られたため、バスタオルを床に敷き、その上に彼女を寝かせ、タオルケットを掛け、目が覚めるのを待ちます。
ただ待つだけ、というのも手持ち無沙汰ですので、いつもより多めの夕飯を作りながら…
*
「………くしゅん!」
夕飯がまもなく完成するタイミングで聞こえた、小さな音。
音の発生源は一つ。発生源の方に視線を送ると、彼女が上半身を起こした所でした。
警戒させないように、現時点での距離を保ちつつ…なるべく優しい声音になるよう心がけながら、彼女の背中越しに声をかけます。
「…目が覚めましたか?」
「…………ここ、どこ?」
僕の質問には、答えてくれない様子。
こちらに振り返ってもくれませんが、あまり気にせず、状況の説明を試みます。
「ここは、僕の自宅です。土砂降りの雨の中、貴女は倒れていたんですよ。」
「…捨てられていた、の間違いでしょ?」
彼女の言葉に、僕は言葉を返せなくなりました。事実ですが、肯定するのも否定するのも、違う気がしたからです。
言葉が喉に貼り付いて、喉を締付けられる感覚を振り払うように、言葉をなんとか…紡ぎました。
「………このままだと、身体が冷えてしまいます。貴女が良ければ、風呂を使ってください。服が乾くまでの間の着替えも用意しましょう。」
「………そう……」
これほど相手の感情が読み取れない会話は、初めてで…沈黙がこれほどまで、怖いと思ったことはありません。
再び、喉を締付けられる感覚を感じ始めたと同時に、彼女が口を開きました。
「…お風呂、借りる…着替えも用意してくれる?」
「えぇ、もちろん」
「ありがとう」
***
しばらくして、彼女が脱衣所から出てきました。
成人男性の体格と少女の体格差は歴然、用意した長袖シャツがワンピースのようになっています。
頭部を覆っていた猫耳フードで分かりませんでしたが、彼女の髪は色素がとても薄く、金糸のよう。
彼女の髪の美しさに見惚れてしまいました。
「……なに?」
怪訝な顔をしている彼女と、一瞬目が合います。宝石のような鮮やかな紫色に、その美しさに、思わず息を飲んでしまいました。
「……なに?…どうして見てくるの?」
「すみません、綺麗だなって…つい…」
「………綺麗…?…なにが?」
「…髪と瞳が……」
「………そう…」
その言葉を最後に、再びそっぽを向かれてしまいました。良く見ると彼女は綺麗な瞳を目蓋の裏に隠し、わずかに肩を震わせています。
どうやら、彼女にとって触れられたくない所に触れてしまった様子…
こういう時、自分のコミュニケーション能力の低さに辟易してしまいます。
「…ごめんなさい、不愉快でしたよね…」
未だに肩を震わせ続ける彼女。
僕はパニックに陥り、この場にそぐわない素っ頓狂な言葉を口に出してしまいました。
「あああ、あ、あの……ご飯作ったんです…
お腹空いてたら……その……食べてください…」
***
「どうぞ、食べてください…」
あのあと、意外にも彼女が首を縦に振ってくれたため、夕飯を食べていただくことになりました。
彼女の肩の震えは止まっています。一安心。
彼女には申し訳ないですが、夕飯のあと、元の服に着替えていただき、交番まで送り届けることにします。
貼紙がイタズラでない可能性がでてきた以上、保護という名目で警察の手に委ねたほうが良いと判断したからです。
ここまで思考をまとめ、彼女のほうに視線を向けると、丁度彼女が夕飯で出した味噌汁が入っているお椀に、手を突っ込もうと………
手?
「…!お椀の中に手を突っ込んじゃ駄目です!」
「…...!」
僕の言葉に彼女は驚き、身体が硬直。彼女が本当に猫だったのなら、今頃尻尾が大きく膨らんでいたことでしょう。
幸い、お椀をひっくり返すという惨事も避けられたようです。
「大丈夫ですか?ヤケドしてませんか?」
「…え、えぇ…」
「よかった……本当に…」
安堵の息をもらしつつ、改めて彼女の席を観察すると、用意したお箸は使われた形跡がなく、彼女の手は素手で食事をした?のか汚れていました。
…まさかとは思いますが、お箸を使えないのでしょうか?
理由は分からないにせよ、夕飯のメニュー選択を間違えたのは明白です。
「すみません、食べ辛かったですよね…スプーン用意しますね」
「………猫に、スプーンは要らない…」
「あなたは猫じゃないでしょう?」
「猫だよ」
相変わらず、こちらに視線を合わすこともなく、彼女は再び言葉を紡ぐのです。
「……猫だよ」
彼女の言葉に、どう返していいのか分からず…彼女の食事が終わるのを見守ることしかできませんでした。
彼女が言う「猫」とは、どういうことでしょうか?
***
ハラハラする食事を終えたあと、彼女に話を切り出してみます。
「まだ雨は降っていますが、先程よりは雨足が弱いです。付添うので、一緒に交番へ行きましょう…きっと保護者のかたも、心配されてますよ…」
「箱の貼紙、見たでしょ?私、捨てられたんだよ?」
目を合わせないまま、抉る言葉を零す彼女。
怯みそうになりますが、僕の今後を考え、心を落ち着けつつ、言葉を紡ぎます。
「……見ました。
だからこそ、交番へ行くべきです。
貼紙がイタズラか否か、貴女の言葉だけでは判断できません。貼紙がイタズラであるにせよ、ないにせよ、貴女は保護されるべきです。…だから交番へ…警察へ行きましょう」
僕にとってはある意味、祈りにも近い言葉で、限りなく本音で…彼女に提案します。
彼女は一瞬考えるような顔をしたあと、おもむろに口を開きました。
「保護されるべき…というのなら、あなたが保護してよ…」
「………はい?」
意味のわからない提案に、間抜けな反応しか返せない自分自身に嫌気がさします。
そんな僕に構うことなく、彼女はさらに言葉を紡ぐのです。
「捨てられた「猫」を拾ったのなら、飼うのが…面倒をみるのが、筋ってものでしょ?」
「僕がまた、貴女を元居た場所に返す可能性については、考えてないのですか?」
頼むから諦めて欲しい…そんな願いをこめて反論します。
………僕の願いは虚しく、砕け散る予感しかしませんが…
「あなたが、私を元の場所に戻すことは、できないよ。
私は「猫」だけど、私以外の人から見たら、「人間」の未成年の少女だからね…
元の場所に戻すつもりなら、ユウカイです!って叫ぶよ?」
「…そんな……無茶苦茶だ………」
「無茶苦茶で結構!
それに…「人間」を振り回すのが、「猫」の性分でしょ?」
初めて彼女が意識的に、僕と目を合わせてくれました。
満足気に歪む、猫目がちの紫色の瞳はやっぱり綺麗で…
僕はその美しさに……黙って首を縦に振るしかなかったのです。
−−−
彼女を保護して、数日。
どうやら、彼女は学校に通っていないらしく、いつもリビングで丸まって寝ています。
ただ寝ているだけというのも、つまらないだろう…そう思い、自由にテレビを見てもいいと伝えました。
……すると、意外な言葉が返ってきたんですよ…
「テレビって、なに?」
聞くと、彼女はテレビを見たことがないらしく、僕の横で初めてテレビを見させた時は、目を白黒させていましたね。
食事の時といい、テレビのことといい、少しずつ彼女の…彼女の「知識」について違和感を積もらせるようになりました。
…異様に知らなさすぎるのです。
彼女の「知識」を形成する場所。しているはずの場所。彼女の「家」はどんな場所なのでしょうか?
***
さらに数日が過ぎました。
彼女を保護した日から雨は続き、止む気配はありません。梅雨だから仕方ないのですけれど…
湿気で髪のまとまりが悪い?(らしい)彼女の髪を櫛で梳かしながら、外を見やります。
「梅雨だと気が滅入りますね…」
「そうね…」
返事は素っ気ないものの、髪を梳かしてもらうのが気に入ったみたいで、表情はうっとりしています。今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうなくらいに…
ここまで考えて、僕もだいぶ、彼女の猫ジョーク?に、感化されていることに気づきました。
思わず笑みが溢れます。
「…ふふっ」
「…どうしたの?」
「いえ、僕もこの生活に馴染んできたなと思いまして…」
「…馴染んできたと思うなら、そろそろ私の名前を付けてよ」
彼女がこちらに振り返って、イタズラっぽく笑います。
数日前なら、きっと拒否していたでしょうが、彼女の「知識」の偏り、知らないことが多すぎる原因を探るためにも、彼女と生活を共にし、情報を引き出さなければなりません。
それに僕自身、彼女の提案を拒否しない程度には、どうやらこの生活を気に入り始めているようです。
「…そうですねぇ………
……アメジスト、はどうでしょうか?」
「…アメジスト?」
「えぇ、紫色のとてもキレイな…宝石の名前です」
「……むらさき…色…キレイな…宝石?」
「えぇ…少々待ってくださいね」
すぐさまスマホを取り出し、画像検索の結果が表示された画面を、彼女のほうに向けました。
「これが、アメジストです」
画面をのぞき込んだ彼女は、少し目を見開き、そのまま画面に釘付けになってしまいました。
やがて、ポツリと言葉を滑らせたのです。
「……こんなにキレイな…むらさきいろが、あるんだね…」
「キレイでしょう?……僕にとっては、あなたの瞳も同じくらい、キレイに見えるんですよ…」
彼女は大きく目を見開き、こちらを凝視。
初日と比べたら、そこまで取り乱してはいない様子で、安心しました。
「…多分ですけど、あなたは自身の瞳を良く思っていないのでしょう?
あなたは不快に思うかもしれませんが…許されるのなら、この宝石と同じ名前で、あなたを呼びたいんです…」
暫(しば)しの沈黙。
やはり、早まったのでしょうか…
僕が不安に駆られていると、その様子が可笑しかったのか、彼女は小さく笑って、けれどどこか泣きそうな顔で、言葉を紡いだのです。
「………ありがとう。……気に入った…」
「…!…呼んでいいんですね?」
「……えぇ…でも、普段使いするには長すぎて呼びづらいかも…?」
「……では、愛称でアメっていうのは、どうでしょう?」
後付ですが、彼女と出会った日に雨が降っていたことも、愛称の由来に加えることができそうです。
「………いいね。改めてよろしく………えぇっと………」
「……そういえば、名乗ってませんでしたね。
正樹(まさき)です。」
「……マサキ……」
小さく、口の中で転がすように僕の名前を呼ぶ彼女に、心が温かくなりました。
自然と笑顔が溢れます。
「改めてよろしくお願いします。アメ…」
「よろしく…」
2人で小さく笑いあっていると、雨の音がより一層強くなり、窓を激しく打ち付けるようになってきました。
濡れて困るものは、大体室内に入れているはずですが、忘れているものがあったら…?不安に駆られ、ベランダに出てみることにします。
そして、想像したくなかった事実に直面しました。
ーーー1台のパトカーと複数人の警察官の姿が、ベランダから見えてしまったんです…
僕の顔から血の気が引きました。
そのまま身体が硬直してしまい、不審に思ったアメジストも、ベランダに出てきてしまいます。
彼女もパトカーと警察官を視認すると、サッと顔の血の気が引きました。
僕達はお互いの了承で「保護」している(されている)関係ですが、世間では「誘拐」している(されている)関係に見られることを知っていたからです。
幸い、まだ警察官には気づかれていないようです。
うるさい鼓動に気づかないふりをして、アメジストを安心させるように可能な限り優しく声をかけました。
「アメは中に入っていてください…僕はこのまま、外を見ておきます。」
「……え、えぇ…」
アメジストが室内に入ったのを確認し、そのまま観察を続けます。
どうやら、何かを捜索していたらしく、激しくなってきた雨の影響で捜索を中断し、撤収準備をしているようです。
ひとまずは安心………でしょうか?
念の為、警察官の方たちが完全に撤収するのを確認してから室内に戻ると、アメジストが部屋の隅にしゃがみこみ、震えていました。
顔色は依然として、青ざめたままです。
「アメ、もう警察官は居ません。大丈夫ですよ…」
優しく彼女の肩を擦(さす)り、宥めます。
身体の震えが収まるまで、ずっと…
ずっと擦っていました。
どれほどの時間が過ぎたのでしょうか…
やがて、身体の震えが収まったアメジストが今にも消えそうなくらい、小さな声でポツリ、と零したのです。
「………もう、猫じゃ………居られないのかなぁ……?」
アメジストの問いに、容易に答えられない僕は、口を閉ざすことを選びました。
彼女の抱える事情が、とても複雑らしいことは理解しました。
その上で、猫のままーー現状維持をしたくとも困難であり、守れるかどうか分からないことを口にするのは憚られたためです。
この時、僕は最良の選択をしたつもりでした。………けれど、すぐに自分の選択に後悔することになります。
………アメジストが姿を消しました。
***
真夜中に喉が乾き、目を覚ますと、いつも近くで丸まって寝ているアメジストの姿が見えなくて……不安になって、家中探したんです。
それでも、やっぱり姿が見えなくて…
……寝間着のまま、傘も差さずに家を飛び出したんです。
そんな状態なのに、戸締まりはしっかりする自分が滑稽で…泣きたいような、笑いたいような…グチャグチャの気持ちを抱えたまま走ります。
もちろん、彼女の名前を大声で呼びながら…
「アメ!…アメジスト!!居たら返事をしてください…!」
依然として、雨は激しく降り続いています。
激しい雨の中、雨に濡れた身体は重く、視界も悪い。それでも必死に名前を呼んで走っていると、曲がり角を曲がった所で、髪の長い女性とぶつかりました。
辺りに女性が持っていたチラシが散乱します。
「ごめんなさい…!お怪我はありませんか!?」
「ないわ…」
「お怪我がなくて良かったです…チラシ、拾うの手伝いますね…」
「ありがとう…」
小さく笑った女性の顔に、なぜか見覚えがある気がしました。
不思議に思いつつ、散らばっていたチラシを手に取ると………そこには、僕がよく知っている……紫色の瞳の少女が写っていました。
「……娘、なの…」
行方不明になってしまってね……と言葉を続ける女性。ただでさえ、感情がグチャグチャなのに思考もグチャグチャになってしまいました。
それでも、必死に考えます。
…アメジストと出会った日に、アメジストが入っていた箱に貼られていた「拾ってください」と書かれた貼り紙は、なんだったのでしょう?
…アメジスト自身は何度も「捨てられた」と言っていて…
………アメジストは、極端に知らなさすぎて…
……何か複雑な事情を持ち、猫になりたがっている…
そして、眼前には娘を探している母親。
……思考が、上手く、まとまってくれません。
まとまらない思考に反して、散乱したチラシは全て拾い集め、ひとまとまりになりました。……雨に濡れ水気を含んでしまったせいで、チラシとしての役割は果たせないかもしれませんが…
「拾い終わりました…チラシ、使い物にならなかったらすみません…」
「いいのよ。こんなもの、いくらでもあるんだから…」
今、こんなものって言った?
行方不明の娘を探すためのチラシを?
頭の中に警鐘が鳴り響きます。
この女性とは、これ以上関わってはいけない…そんな気がしました。
穏便な方法で、速やかにこの場から離れたほうが良さそうです。
「…そう、なんですね…大変、ですね…」
「そうなの、大変なの…
ねぇ………ところで、お兄さん……
私って、『可哀想』かしら?」
穏やかに笑う女性に、底しれない恐怖を感じてしまいました。
一見穏やかに見える瞳は、どす黒い欲望を孕んでいて、その欲望の闇に引きずり込まれてしまいそうで…逃げたくなります。
女性の眼差しと、その口から発せられた『可哀想』の言葉で、僕はアメジストが抱える事情を理解してしまいました。
震える口で、なんとか言葉を紡ぎます。
「……えぇ、とても…」
「うふふ、そうでしょう?」
なおも笑い続ける母親に、気持ち悪さを感じつつ、この場を離れるための言葉を口にしました。
「では、僕はこれで…猫を探していますので……チラシ、1枚貰っていきますね」
「はーい、どーぞー!ネコちゃん、見つかるといいわねー」
「えぇ……では…」
僕は再び、走り始めました。
アメジストを、あの「母親」より先に見つけ出すために…
***
あれからしばらく走り、アメジストと出会った路地裏に行くと、彼女が膝を抱えて震えていました。
優しく声をかけます。
「アメ……やっと、見つけました…
心配したんですよ……」
「………マサキ……」
今にも泣き出しそうな顔でこちらに顔を向けたあと、僕の手元のチラシを見て、身体が硬直。
震える声で小さく、言葉をこぼしました。
「それ……見たんだ…」
「………はい」
「……お母さんに……会ったの?」
「……はい」
「……そっか……」
彼女の顔から表情が抜けていき、彼女が……「アメジスト」が壊れていってしまう気がしました。
壊れていく彼女を繋ぎ止めるように、僕は言葉を紡ぎます。
「アメ、あなたが抱える事情を…大体は理解できたと思います。その上で聞きます。
あなたは………どうしたいですか?」
少しの沈黙。
やがて、彼女はポツリポツリと、言葉を口にします。
「私ね……今まで何度も、お母さんに捨てられてきたの。この紫色の瞳が気持ち悪いんだってさ…
でも瞳が理由なのは、一番最初だけだった。
次第にお母さんは、「行方不明」の娘がいることで周りの人達から『可哀想』って言われることに、夢中になっていったの…
娘の私を育てることなんか、どうでもよくなるくらいに……」
アメジストの口から語られる出来事は、今の所、僕の推測と一致していました。
これ以上当たってほしくない、と願いつつ彼女の言葉に耳を傾けます。
「捨てて……探すフリをして……周りの人達からの『可哀想』に満足したら、また拾って……『可哀想』が足りなくなったら、また捨てて……ずっと、その繰り返しだった…」
おそらくですが、彼女が警察官に対して良い印象を持っていない?のは、長年に渡る自身の経験からだったのでしょう…
…胸が押しつぶされそうになります。
「……でも今回は、お母さんが拾うより先にマサキが拾ってくれた…」
お互いの、今にも泣き出しそうな瞳が、視線が……混じり合います。
「私ね、猫になりたいの…
………ねぇ、マサキ………私、どうしたらいいと思う?」
拝啓、猫を愛する同志の皆々様方。
改めてお聞きします。
この場合、僕はどのような対処をすれば良いのでしょうか?
▲▲▲
あれから、数日が経ちました。
現在、僕の家に猫は………アメジストは、もういません。
あの日…
アメジストが猫に………自由になりたいと言ったあの日、匿名で児童相談所に虐待の疑いありと通報を入れたのち、一緒に交番へ行きました。
警察の方達も、母親によって繰り返される「娘が行方不明」「娘が戻ってきた」に違和感を持っていたらしく、アメジストの証言、チラシ、拾ってくださいの貼り紙を証拠とし、母親を拘束し、逮捕。
僕も、事情が事情とはいえ、未成年を匿っていたことで逮捕されると思いましたが、アメジストの証言、状況が状況であったため、かなりキツめの厳重注意ですみました。
そして、アメジストは………現在、保護施設で保護されているそうです。
ひょっとすると、もう会うことはないのかもしれません。
それでも、人間であることが苦痛だった彼女が……自由気ままな猫のように、幸せで暮らせるのなら、それでいいや。
そう考えるくらいには、大切な存在なのです。
それでも、少し寂しいことには変わりないので、気晴らしに散歩にいこうと家からでたところで、大家さんと鉢会います。
「こんにちは!そういえば、あんたんとこの郵便受け、イタズラされてたわよ?大丈夫?」
「こんにちは。……イタズラ、ですか?」
「ほら、これなんだけど…」
見ると大家さんの手には、大量の猫じゃらしが握られていました。
思わず笑みが溢れます。
ウチの猫は、結構律儀なようです。
「大家さん、大丈夫ですよ。ただのラブコールです。」
「………これが?」
「えぇ、その猫じゃらし、こっちにください。」
怪訝そうな顔で、猫じゃらしを渡してくれる大家さん。
猫じゃらしが郵便受けに入っていた理由は、僕と彼女だけが知っていればいいのです。
「ありがとうございます。
では、散歩に行ってきますね。」
「???………行ってらっしゃい…」
猫じゃらしを片手に、鼻歌交じりに僕は歩き出します。
僕の晴れ渡った心を映すように、空も綺麗に晴れていて、絶好の散歩日和です。
こんな日は、素敵な猫に会いに行きたくなりますね。
これにて、僕の猫の話は終わりです。
お付き合い頂いた猫を愛する同志の皆々様方。本当にありがとうございました。
今日もあなたにとって、最高の猫と過ごす1日をすごせますように…
fin.